あと時代が本編より前の2018年です。
天羽姉妹で垣根を(年齢的な意味で)挟もうとしたらこうなりました。
設定画
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次回は次の次の金曜日くらいになりそうです。
初日:初めまして
10月9日、学園都市創立記念日。
スクランブル交差点にて。
「は……はは……ちくしょう……テメェ、そういう事か……っ」
巨大な力が少年にぶつかる。その力を跳ね返すことは出来ず、ぼんやりとした意識の中で、まるで他人事のように黒い竜巻を見つめていた。
どうしてこうなった。
ただ、忘れられていくあの子たちが嫌で、このクソみたいな世界が嫌いで、もうなにもなくしたくなかっただけ。
それだけのはず。
白い悪魔が少年の四肢を引きちぎる。真っ白な翼の中で、美しい少年は血を撒き散らし、嗚咽を漏らした。
醜い痛みのなか、思うのは小さな願い。
普遍的な幸せが欲しかった。
あの子たちが幸せになる世界が欲しかった。
自分も、幸せの欠片が欲しかった。
それが垣根帝督の願いだった。
そして、その願いは気まぐれなる神に届く。
暗闇に沈んだ意識が何かを掴む。
天の糸、あるいは救いの糸。
空へ落ちていく感覚。
少年は微睡み、その感覚に全てを委ねた。
2018年、12月25日。
東京都杉並では特に雪が降ることも無く、寒いだけのクリスマスが過ぎる。
電飾に、サンタ服のチキンのおじさんの像、クリスマスの概念で彩った街は今日が最後だと言うのに、随分と賑わっていた。
そんな賑やかな街を一台のタクシーが通る。
大通りを突っ切って、向かうのは住宅街。一軒家が立ち並ぶ道を走り、似たような家のうちの一つ、天羽と書かれた表札の前に止まると、タクシーはドアを開いた。
大きなスーツケースひとつと、食品が入った手提げ袋、そしてチェーンで繋がったスマートフォンを肩から提げて、金髪の女性が降りる。
仕事を終えたタクシーを見送り、門扉を開くと少し嬉しそうな顔をして玄関へ向かった。
玄関の前に人がいる。その人たちの姿に見覚えがあった。
綺麗な赤毛の女と、平均より飛び抜けた背の男。その人たちと視線が合うと、彼女はより一層笑顔を浮かべて走り出す。
「お母さん!お父さん!」
「彗糸!?アンタ帰ってきたの!?」
彗糸と呼ばれた彼女は両親に駆け寄り軽くハグをした。
自分と血の繋がった子供の帰還に喜ぶ両親だったが、その喜びよりも驚きの方が強いようで目を見開いて彼女の髪を撫でる。玄関前の寒さは、あまり気にならなかった。
「八月ぶりか?少し見ない間にお前太ったな」
「は?」
「おっぱいとおしりがママに似ただけよ。パパはデリカシー無さすぎ」
「背と顔は俺に似たんだがな……」
「玄関前でやめてくんない?」
仲の良い親子は楽しげに寒空の下はしゃぐ。寒いと言うのに明るい家族はクリスマスの装飾に負けないほど賑やかで、暖かい。
「あれ?ていうかそもそもお前今日帰って来ないんじゃなかったのか?」
「え?昨日メッセ送ったじゃん。既読してたよね?」
「パパ……?まさか忘れてたの?」
「……みたいだね」
「お父さんさぁ……」
しかし久々に会う娘にはしゃぐのも直ぐにやめると、二人は少し首をひねって困惑気味に顔を伏せる。帰宅したばかりの娘を出迎える格好ではないところから察していたが、愛する娘の帰宅時間をド忘れてしていたらしい。
「ごめぇん!アンタ帰ってこないって聞いてたから今日からパパとニューイヤー旅行なのよぉ」
「だと思った。いつもならアホみたいに祝うし」
「埋め合わせはするから、ごめんな」
「いいよ。あいつと過ごしてるから」
「あ、あの子も出かけてるわよ。友達の……ほら、あんたとも仲良い」
どこが抜けている両親はいつもの事。
仕方がないとスーツケースを持ち上げて玄関を開くと、ため息混じりに家に入る。
しかし彼女の思惑と違い、家の中にはもう1人の大事な家族が見えない。
「マジ?じゃああたし一人でクリスマス過ごせっての?」
「夕方には帰るって言ってたから、そろそろじゃない?ご飯は作ってあげて」
「……はーい。おふたりさんは楽しんできてね」
「あと布団干してるから取り込んどいて!」
「分かったから!」
一人のクリスマスが確定した。
申し訳なさそうに旅行へと向かう両親がいなくなり、静かな家の中、一人ぽつんと靴を履き替える。
スーツケースは玄関の前に置いて、ブーツを揃えてリビングへ。その足で庭についたバルコニーへと向かうと、からからと音を立てて窓を開けた。
外に並ぶのは白い布団。おそらく妹に取り込ませようとしたのだろう、低い位置で干された布団は柵にかかってるだけでクリップが着いていない。
「またクリップつけ忘れてる……布団落ちてんじゃん!」
そのせいで真っ白な布団が一枚、無造作に落ちていた。
ベランダに落ちた異様に白い塊に近寄ると、持ち上げようと手で触れる。とても暖かい白い布団。
しかし手触りは布団のそれと違っていた。
「布団じゃ、ない?」
それは白い羽根の集合体、翼だった。成人男性の平均身長より大きいその翼は三対あるようで、何かを守っているのか、蛹に似た形をしていた。
柔らかい羽に恐る恐る触れる。
撫でるように触れた羽は、その優しさを受け入れるように花開く。
彼岸花が咲くような美しい光景に、思わず息を飲んだ。
「子供……?」
そこに居たのは麗しい少年。
香る香水と鉄の匂い。
冬の太陽に照らされて、秋の色をした少年が寝息を立てると、それに呼応して翼が脈打つ。
翼が守るのは赤紫のスーツを着た、幼い寝顔の天使だった。
暖かい。
肌に伝わる温度が体の熱を上げる。
微睡みから覚め、ハッキリとしていく思考の中、瞼が開いた。
「……ぁ?」
ぼんやりした視界が捉えたのは見知らぬ部屋。その天井。
「どこだ……ここ……?」
病院とも違う、生活感溢れる部屋のソファの上、体を温める毛布を握って体を起こす。
知らない匂い。
知らない部屋。
あまりにも情報量が多い。
最後の記憶は10月9日、あの決戦の時の痛み。
破壊した交差点と、悪魔の笑顔。
だと言うのに見える景色は暖かい家のリビング。
この流れからなら運がすこぶる良ければ病院か、学園都市の命運に任せればどこかの研究所、その二択しかないはずなのに。
「……なんなんだ?」
「あ!起きた?結構寝てたね。4時間くらい?」
ソファに座り辺りを見渡していると、柔らかい女の声が広い部屋に響いた。
普通の女の声。優しい声色で話すその女は、垣根の後ろ、階段を降りてソファに向かう。
「痛いところとかない?大丈夫そ?」
「いや……」
階段をおりる度に長い金髪が弾む。
柄が入った短めのニットカーディガン、太めのダメージジーンズ。大学生ほどか、垣根より年上の若い女がとても嬉しそうに垣根の前に現れた。
「ならお風呂入っておいで。お洋服は貸せるから。あと下着もさっきコンビニで買ってきたからさ」
「その前に……ひとつ聞く──聞いてもいいですか?」
優しそうな女性に少したじろぐ。
ここがどこなのか分からない現状、彼女が敵なのか味方なのかもはっきりしない。
もし彼女が味方で、匿ってくれているというのなら、一応の愛想は必要だろう。
「お姉さんのことは知らないんですが、なぜ俺をここに?そもそもここはどこなのか……」
「えっと、あたしは天羽彗糸。彗糸ってよんで」
「彗糸……さん?」
とすんと横に座ると、天羽彗糸と名乗った女性は朗らかに微笑んで垣根と視線を合わせる。
彼女の甘い香りと、キッチンからだろうか、洋風の美味しそうな香りがくらくらと鼻腔を掴んで離さない。
「あ、タメ口でいいよ。歳とか気にしないから」
「……分かった。それで、俺はなんでここに?」
「天使くんはね、ベランダに落ちてたの。そのままにしておくわけにもいかないからうちに入れたんだ」
なんだかとても楽しそうに彼女は語る。くるくると跳ねる金髪が少し眩しくて目を細めると、彼女はさらに眩しく微笑んだ。
「天使くんって、俺のことか?」
「うん、違うの?」
「……普通の人間なんだけどな」
「えっ!?翼生えてたのに!?」
目を丸くした幼い顔で、彼女は驚いたように垣根を見つめる。年相応とは言い難い、可愛げのある反応がなんだかすこし新鮮で、心の緊張がほぐれていく。
何故だろうか、彼女を疑うことに罪悪感が溢れ出る。
「だからって天使はないんじゃないかな?」
「そう?天使くん綺麗だから、そうだと思ったのに」
女の子の声で、彼女ははにかんだ笑顔をみせた。
何も知らない、汚れのない無垢で純情な笑顔に心臓が悲鳴をあげる。
そんな優しい顔を、声を、言葉を貰うのは久々だった。
「……ありがとう」
愛想を忘れた本音の言葉が、思いがけず垣根の口から零れた。
紛れもない本心。
あの激闘の末、酷い痛みと衝撃を受けた体に、砂糖にまみれた甘い言葉は嫌という程染み込んで、心を温める。
知らない女性の優しさは、酷く傷んだこの体にはあまりにも熱くて、甘くて、どろどろに溶けてしまいそうだった。
◇
水滴が落ちる。
茶色の髪から水がしたたり、暖かい湯気が頬を撫でる。
(敵では無さそうだが……色々不思議な点が多い)
それなりに広いファミリー向けの風呂場、浴槽の中で大きくため息を吐く。
思い悩むのは先程出会ったばかりの女性、天羽彗糸と名乗った綺麗な女のこと。
それは別に恋愛的なものでも性的なものでもない。彼女の言葉が脳の中で異物として残っていた。
天使なんて、学園都市の人間が口にするような言葉じゃない。
窓の外の光景は垣根の見覚えのないもの。
天羽彗糸の名前も、暗部では聞かない。
能力を使ってる素振りもないし、高位能力者らしい上から目線もかんじない。
謎。
そればかりが頭を埋め尽くす。
(あの女を全面的に信頼する気は無いが、大人しくしておいた方が無難か)
頬を両手で挟み、マッサージするように揉み込む。好青年の笑顔をずっと保つのは少し厳しい。
だが、味方の可能性が高い今は少しでも好印象を残しておいた方が無難だ。
(……というより、夢、明晰夢とか、走馬灯を疑うべきなんだろうが)
本当にそれだけか?
心の奥底、救済を願う子供心が垣根の耳元で囁く。
(これを夢だと思いたくねぇな)
金髪、色白。胸、尻、背はデカく、優しくて明るい年上の女性。
こんな垣根に何も聞かず、ただ底抜けに優しい笑顔を振りまいて、暖かいなにかで感情を満たしてくれる甘い女。
その母性に甘えてみたいと、垣根の中の子供は頬を膨らました。
長袖のシャツを着て、ダボついた青のジャージを履く。高校の体操服だと思われるも、刺繍で施された校章は見知ったものでは無い。
「ありがとう、服とかいろいろ」
「結構ピッタリだね!申し訳ないけど、今日はそれで過ごしてね、明日買いに行くから」
「え?いや、そんな悪いし、気にしなくて構わない」
また謎がひとつ増えつつ脱衣所から出ると、すぐ側のキッチンで金髪が見え隠れする。
フライパンとにらめっこする彼女の機嫌を伺いつつキッチンに向かい、軽くお辞儀をした。
「それで、色々聞きたいんだけど。いいかな?」
「料理しながらでい?」
「構わないよ。それで、ここがどこか……とりあえず住所教えて貰えると助かる」
愛想を良くしないと欲しい回答が得られないかもしれない。
上の立場、救って
敵だとしたら内部からの攻撃、味方だったらそのまま関係を保てばいい。
ともかく、何も分からない今のままでは下手くそな愛想を振りまくしか手がなかった。
「住所?ここは東京都杉並。あたしの実家。まぁ、なんもないとこだよ」
「杉並!?」
「え、知らん?」
一番大事な質問に、彗糸はなんてことないように答える。
フライパンの上で温まる茶色いソースを小さなスプーンでかき混ぜて、日常の延長線で彼女は答えた。
ここを東京と、平坦で普通の声色で、彼女はのたまったのだ。
雷どころの騒ぎではない。地球が真っ二つに割れるような衝撃が垣根の脳に走る。
そして多くの疑問も、雪崩のように押し寄せた。
彼女の言葉を信じれば、ここは外部、学園都市から離れた外の世界。
この女が学園都市から脱出させた?
それとも上層部が?
何のために?
何を思って?
何が目的で?
「……俺は学園都市にいたはずなんだが」
「学園都市?八王子だっけ?」
その疑問はさらに深まるばかり。
謎が謎を呼び、彼女の何気ない言葉に酷く恐怖する。
(学園都市を知らない……!?)
学園都市。
東京都西部にある完全独立教育研究機関。ありとあらゆる教育機関、研究機関が集まった学生の街。
超能力開発が実用され、外部と比べ科学が発達している。
一般知識の範疇。
しかし目の前の大人はそれすら知らない。
おかしな話だった。
「えっと、日付を聞いても?」
「え?今日はクリスマスだけど。2018年12月25日の、えっと、午後五時だね。やべ、あいつ帰ってくるかも」
だが次の質問でまたもや言葉が詰まる。
(クリスマスだぁ!?俺の記憶ではハロウィンすら来てねぇぞ!!?)
最後の記憶は10月9日。間違ってもクリスマスではない。
しかし彼女が指さした冷蔵庫は確かにクリスマス、それも知らない年度を示していた。
パニック。
記憶と噛み合わない現実に吐き気と胃痛が体を支配する。
ぐわんぐわんと脳は痺れ、思考が阻害されていた。
「ね、天使くん、ちょっとこれ食べてみて?」
「え?あ、はい……」
痺れた脳は目の前に差し出されたスプーンを拒絶しない。
茶色のソースが舌に絡まるように喉に落ち、しょっぱくて甘いデミグラスが味蕾を刺激した。
暗部の人間として、超能力者として、食べるものは気をつける方だ。それも他人が作ったものは。
しかしそんな疑いをさせないほどの衝撃が脳を麻痺させ、ソースの味を舌全体に広げた。
「うまい……」
「じゃあもういいかな。味見しすぎて味分かんなくなってたから、ありがと」
野菜と肉の旨味。
毒のことを考える余裕もないまま、美味しいソースが胃の中に消えていく。
誰かの手料理を食べるのは初めてかもしれない。
その温かさに単純な疑問が浮かぶ。
女。
純粋な筋肉量や力は男より、能力者でなければ尚更弱い生き物。
男よりリスクが高く、危険を孕んだ崩れやすい砂の城のような女が、目の前に、武装もせずに立っている。
「なぁ……なんで、なんで俺みたいな不審者に優しくするんだ?」
「んー?難しいね。強いて言うなら、困ってそうだから?」
不思議だった。
絶対的強者である垣根を前に、恐怖すら見せないこの女が。
「そうじゃなくて、何も詮索せず、服も着せて、風呂も沸かして、こういったらあれだけど、男と女で、二人きりなんだけど、どうしてそう無防備になれる?」
「なに?あたしにアレコレしたいの?」
「んな事言ってねぇっ!」
目を細め、少し妖しく微笑んで彼女は真っ直ぐ垣根と向き合った。
その表情に反して、その声はとても弾んで、楽しそうだった。
「あ、ちょっと乱暴になった」
「っ、言ってない、です」
「別にいいよ。気を張らなくて。好きなように喋りな。天使くんも警戒してるんでしょ?なら対等に喋るべきだ」
荒らげた声に動じることも無く、逆に嬉しそうに 口角を上げる。
男を惑わす目線と体、だというのに男と二人でいても怖がらない女が少し恐ろしかった。
「……なら、言わせてもらう。危険だと思わねぇのか?見ず知らずの男を家に上げて、なにかされると思わねぇのかよ」
「そりゃあ、元々人間じゃないと思ってたし。天使は無性、性別ないっていうの?天使くん美形だから服くらいでしか男女イマイチ判別つかないから、いいかなって」
天羽彗糸は笑う。
とても綺麗な、可愛らしい笑みで。
「それに、アナタみたいな綺麗な子が、理不尽に酷いことをすると思えないから」
まるで人を信じる可憐な乙女のように。
「……面食いって言いたいのか?」
「そうかもね。ねね、サラダ作るの手伝って?」
彼女への嫌悪感はなんとも簡単なものだった。
なくしてきた少女たちと同じ、きらきらとした無垢な瞳が、失う恐怖を呼び起こす。
深く知ってはいけない。
なくしたとき悲しいから。
深く付き合ってはいけない。
なくしたとき寂しいから。
あの時の苦しみが、死への恐怖が、優しい女性を否定する。
「変なやつ」
「よく言われる」
けれどどうしてか垣根は微笑んでいた。
昔なくしたはずの希望が、愛情に飢えた心が、この女の甘い言葉を求めて、血流を酷く熱した。
大人天羽さん、色々bigです。
本編の天羽さんと比べて死を体験していないのもあり割と常識人寄りです。