アイドル天羽と垣根が男女の仲
ならこの現代編の二人は姉と年の離れた弟、あるいはお母さんと息子です
エディプスコンプレックス真っ最中の幼児って感じです。
重たい扉を開けて、靴が散乱する玄関へタイヤを回す。
普通の家より広い玄関先、靴を両手で脱ぎ捨てて別の椅子に座ると、ゆっくりと廊下を進む。
「うひぃ、廊下寒っ!」
廊下の扉を開けて、おいしそうなご飯の香りを漂わせるキッチンへと向かう。肉の匂いとソースの香り。
姉がいる事はメールで聞いていた。
久々に食べる姉のご飯に想像が膨らんで少女は恋を弾ませタイヤを進めた。
久々に会う好きな人、機嫌が良くなるのも当然だ。
「ただいまぁ!お姉ちゃんご飯!!」
元気よく挨拶したものの、キッチンからは返事が返ってこない。
しかし誰かの話し声が聞こえる。
楽しそうな女の声と、抑え気味の男の声。
「お姉ちゃん?」
その声に不安が募る。
父も母ももう旅行へと向かっているはずで、男の声などするはずもないのに。
恐る恐るとタイヤを回す。フローリングに軋む車椅子の音と、誰かの話し声がやけに心音を早めて、怖かった。
「天使くん飾り切り上手!器用だね」
「精密機器の扱いは慣れてるからな」
「工学系天使……!」
暖かいキッチンの角、そこにいたのはよく知る姉と、どこか柔らかい笑顔の茶髪の少年。
姉より五センチほど背が高く、美しい顔をした男だった。
「お姉、ちゃん……?」
「あ、おかえり。ご飯できてるよ」
朗らかな笑顔で美少年とキッチンに立つ姉は、いつも通りの声色で彼女に声をかける。
まるでそれが日常のように、疑問などないように。
「誰だ?」
「あぁ、あたしの妹」
「ふーん、似てんな」
しかし妹にとっては疑問ばかり。普通と暗に言われても、姉の隣に立つ男は妹の知らない人。
忘れたわけでもなく、本当に知らない人だった。
なぜそんなにも確信があるのか。彼の顔を一度みれば誰だって納得する。
こんな傾国の美少年、いちど見たら忘れない。
男は間違いなく妹の知らない人。とは言え、姉の交友関係を全て知っているわけでもない。だから、本来ならば男が何者であろうと妹の知らない姉の友人だと結論を出すはず。けれど、この美貌の前にはそうは言えない。
顔が良い友人がいれば、何かしら妹に話すだろうし、もし近所にいる人ならば、杉並に国宝級のイケメンがいると連日大騒ぎだろう。
紛れもなく、妹にとっては不審者だった。
「…………唐突なNTRに脳が破壊された」
「は?なんそれ」
しかしその不審者は、あろうことか、姉と甘い空気の中笑っている。笑い合っている。
詰まると客で、姉にとっての大事な人。
そこまで分かればこの男が姉の恋人に近しい存在だと、中途半端に良い頭が推測してしまう。
「見損なったよお姉ちゃん!!行き遅れるからって未成年たぶらかすなんて!」
「いやいや、落ちてたの拾っただけ。可愛いでしょ?」
「人が落ちてるとお思いで??犯罪がバレなきゃセーフなのは宇宙人までだよ!」
犯罪。未成年淫行だったか、誘拐だったか、とにかくおぼろげな知識が警告する。
姉が何かに巻き込まれているのではないかと。
「犯罪とかじゃなくて、とにかくこの子しばらくうちで面倒見るから。アンタ粗相のないようにね」
「え!!?やだ!!!」
「騒がないで静かにしてよ。文句は後で聞くから」
「やだー!!!純愛がいいのぉ!!!茶髪のチャラ男はやめてぇ!!お姉ちゃんの面食いー!バカー!」
それでなくても姉が続けた言葉に驚いて、心の奥底から叫ぶ。
こんな色男が家に住み着くだって!?
うちの姉はどうしちまったのか!!
実の姉の色恋沙汰、しかも若い男とのただれてそうなものなど見たくも聞きたくもない。
姉の腹をポコポコと叩き、必死の抵抗を見せる。
しかし柔らかいお腹に縋り付くように突進して叫ぶも、姉の表情は変わらない。
「黙んないと部屋のDVD片っ端から捨てるよ」
「……はい」
「まったく……ほら、自己紹介しな」
というより、怖い方向に変わってしまう。
姉のバイト代で買いまくったDVDを人質に取られては、もう反論などできない。本気で怒る姉の怖さを知る小さな妹は、素直に、そして不機嫌にその手を止めて男に向き直る。
「……天羽
「恋糸と彗糸……なんか、双子みたいな名前だな」
頬を軽く膨らまして名乗ると、男は低めの、少し荒っぽい良い声で呟いた。
その声に脳が反応する。記憶のフォルダが、その声を覚えていた。
アニメにゲーム、映画、嗜んだオタク文化は姉より圧倒的に多い。
その妹の記憶は確かに、その声を覚えている。
「……?お兄さん、声かっこいいね」
「は?なんだ突然……」
「確かに。大人っぽいね」
落ち着きがありつつも、大人びた声。ちょっと気だるげで、色気のあるその声は、確かにこの間いたばかりのものだった。
すぐそこまで、ぼんやりとした輪郭は浮き出ているのに、なかなか脳は口を割らない。
「思い出しそうなんだけど、なんだっけ……主人公じゃなくて、最近聞いたばかりの……」
ウンウン唸って背の高い彼の顔を、全体をよくみる。顔面偏差値の高さに驚いていたが、ようやく見た少年の全体像もどこか普通とは言い難い。
今時ではないぴょんぴょんした長めの茶髪。
切れ長の美人。
スラリとした長身と、どこか風格を感じる立ち振る舞い。
少年はどこか記号的で、特徴の多い姿をしていた。
そしてその記号に当てはまる存在を彼女は一人知っている。
「……垣根帝督?」
2018年冬アニメ。
大好きなアニメの新クールに、同じ姿の存在がいた。
大好きな主人公のいない、旧約15巻。本体は一巻しか出てこないのに人気のある公式イケメン、そして二次創作で引っ張りだこの禁書界屈指のネタ枠。
誰よりもロマンあふれる能力を持っていて、原作者に美しいと評される顔をしていて、少しニヒルでカリスマのあるその人。
そのキャラクターの名前が、ぽそっと、小さな口から溢れでた。
「何者だ、テメェ」
「へっ……」
「なぜ姉が知らない情報をテメェが知っている?」
その言葉に、少年は眉を釣り上げ酷く低い唸り声をあげた。
車椅子を見下ろす長身が、冷たい黒の瞳が、どこか無機質で恐ろしい。
しかしもっと恐ろしいのはその背中。
「へ、は、はぁっ、本物……!?」
「早く答えろ」
甘い香りと、鈍い血の匂いがする純白の翼。
神々しい三対の巨大な翼が、広めのキッチンを覆い隠す。
時が止まるとはこういうことをいうのだろう。
魔法にかけられたような光景に、息を飲む。
ただ呆然と車椅子の上で眺めることしかできない。
「垣根帝督……あぁ、アンタが好きなアニメのキャラクターだっけ?」
その翼の隙間から、呑気な姉の声が響く。この状況下でなんと悠長なことかと思うものの、その間抜けで穏やかな優しい声に、恐ろしい形相の少年は逆立った精神をある程度落ち着かせたようだった。
だがその発言に今度は彼が驚く番。
ブレた黒い瞳が恐る恐る、姉と視線を合わせると、透明な水滴が頬を伝った。
「……キャラクター?」
聞いたこともないような小さくか細い声。
子供のような小さな声に、場の空気はガラリと変わる。
これは妹自ら説明せねばなるまい。
好奇心と興奮を必死に隠して、テレビの録画を取りに、冷えたタイヤに手を添えた。
美味しい食事。快適なリビング。暖かいカフェオレ。
暗部の頃とは違う、明るい声の中、醜い男の声が響く。
『なんで俺とオマエが第一位と第二位に分けられてるか』
胃の中で溶けるデミグラスが迫り上がるような感覚。
『その間に絶対的な壁があるからだ』
忌々しい男の声。
記憶に焼き付いた鮮明な言葉が、再び鼓膜を揺さぶる。
デフォルメされたアニメーションと、声を遮る効果音。
酷く不愉快な記憶が、映像となり、テレビに映る。
その光景に、脳はただ混乱するばかりだった。
「ね?言ったでしょ?」
「確かにそっくりね」
午後五時から時は過ぎ、今は午前一時。飛ばし飛ばしで見せられた深夜アニメはようやく終わり、寝た方がいい時間。
ご飯はあっという間に食べ終わり、あとはもう寝るだけ。
しかし垣根は静かに手元の本を眺め続けていた。
「……とある魔術の禁書目録」
それが世界の名前だった。
小さな本に収められた自分たちの世界。
何万、何十万、何千万という文字で形成されたフィクション。
それを知ってしまったら、もう苛立ちも、怒りも湧かない。
ただひたすら、重い脱力感が肩を襲う。もう、考えることを脳が拒絶していた。
こんな狭い世界だったのか、と。
「この、フィクションがアナタの世界で合ってるの?」
「あぁ……見覚えがありすぎる」
「そう。それは、なんて言えばいいか」
呆然と本を眺める垣根に、姉の方は優しく声をかける。同情と、哀れみと、慈しみを含んだ優しい女の声。
空を飛ぶ垣根の絵で止まったテレビの画面を背に、彼女は甘く、暖かい言葉をくれる。
それがひどく気持ち悪かった。
「まぁ異世界転生したと思って楽しめばいいんじゃね?学園都市になかった外の空気楽しもうぜ!!!」
「あのねぇこの子にとっては一大事なのよ?そもそもこんな長時間映像見せ続けられて疲れてんの。もう1時なんですけど」
「えー?これでもかなり話数飛ばしてるし、wikiと私の解説付きだから早い方だよ」
垣根の感情を置いてけぼりにして、少女たちはスマートフォンに、本に、映像に、様々な媒体で記された世界の秘密を追いながら軽やかに喋る。
借りたタブレットに表示されたウィキと、公式のホームページ。
欲しかった情報を何もためらいなく開示して、手軽に知って、明るく話し合う。酷い目眩がする光景だった。
何年も、何十年も、苦労して、もがいて、戦うために集めてきた情報が、アクセス制限すらなくネットの海で泳いでいる。
腹が立つのも、当たり前だった。
「垣根くん?でいいんだよね。そろそろ寝ましょう」
「っ、あ、あぁ。それでいい」
「和室に布団敷いてあげるから、今日はそれで寝てね」
心の中で渦巻く苛立ちを抑えて、明るい女の優しい笑顔にそれとなく返事を返す。ソファの上、柔らかい女の体温が少しづつおぞましい怒りをなだめていく。
「寂しいなら一緒寝る?」
「……いらねぇ気遣いどうも」
ただひたすらに真っ直ぐ、垣根を見つめるこの女に、この怒りをぶつけることはできなかった。
「ねぇ!!まだ話終わってないんだから寝ないでよ!!」
「でももう垣根くんのバックボーンは理解したけど、他になんかある?」
「感想!」
「よし、垣根くん寝よっか」
「一生のお願いだからぁぁぁ!!お姉様ぁぁ!!!」
しかし妹はといえば、その優しい気遣いを遮って、車椅子から身を乗り出し姉に迫る。同じ顔だというのに、ここまで性格が違うのがなんだか不思議だった。
「そう言われてもね。面白いのはわかるけど、単純にあたし向けじゃないのよ。色々ツッコミたいところもあるし、あたし人死ぬやつ大嫌いだし」
「ひとこと!ひとことでいいから……!」
「ひとこと、ねぇ……本人前にして言っていいの?」
妹に腰を掴まれて、立ち上がった彗糸は戸惑ったようにため息をつく。その視線は垣根と交わり、何処か気まずそうで、居心地が悪い。
「……悪かったな、落ちてきたのが人殺しで」
「別にそんなこと言ってないでしょー?泣かないの」
「泣いてねぇ」
その視線が自分を責めているようで怖かった。
顔を伏せて、その視線から逃れるように弱々しい声を絞り出す。
「アナタは悪くないよ。子供の粗相は、大抵親の責任なんだから」
どんな悪態を着いても彼女は受け止める。それが酷く心地が良くて、腹立たしくて、怖い。
それでも彼女にやめろとは言えない。
何故だかは分からない。
けれど、彼女に嫌われるのは天地が崩れるような恐怖だった。
「ただ、垣根くんの世界の大人が子供で、アナタが大人びていただけ。罪悪感を持てるなら、アナタはちゃんとした子よ。大丈夫、あたしは垣根くんの味方だから」
「なんでそう言えるんだ」
「言葉を交わせば分かるよ。垣根くんが素直で、頭が良くて、真面目な子って」
よしよしと、丸っこい垣根の頭を撫でて、彼女は静かに微笑む。
その手を振り払う力は、今の垣根に残っていない。
「お姉ちゃんは垣根推しか……ホントことごとく趣味合わないよね」
「あー、アンタあれでしょ?上条だよね?」
優しい手のひらが髪を撫で、なんてことないように、それが当たり前かのように頬に触れて前髪を整える。
とても、とても、暖かい。
「お姉ちゃんの守備範囲外でしょ」
「うん。説教臭い人は大嫌いだもん」
「あぁ……お姉ちゃん偉そうだもんねぇ……」
「なんだって?」
ぱっと体温が離れると、車椅子を追いかけて姉はソファから立ち上がる。重みが無くなり、跳ねるようなソファの柔らかさが今は癪に障った。
「なんでもないよ♡妹ちゃんはもう寝ます♡♡だから怒らないでください♡」
「あ、コラ!ここ片付けろ!」
「お姉ちゃんよろしく!!」
器用に車椅子を動かして部屋を移動する妹に怒りつつも、彼女はただ小さくため息をついて散乱した机を片付け始める。
テレビは消し、本は閉じて、積み上げて、至って普通に片付けを始めた。
仲の良い姉妹。
うるさい妹と、面倒見のいい姉。
そして、自分。
「……仲良いな」
「そう?反抗期の生意気妹よ」
その姿が羨ましい。
守りたかった少女たちが成しえなかった幸福。
自分が欲しかった安寧。
彼女たちは、それを全て持っていた。
ぐずぐずと、嫌な感情が湧き上がる。
全て持っている彼女に、名状しがたき感情が生まれていた。
おやすみなさい。
優しい声にそう言われてから、一体何分たったか。
(寝れねぇ……)
硬い畳の上に敷かれた弾力のある敷布団。暖かい毛布に、それなりに硬さのある低反発枕。
客人に出すには少し値が張るもの。だと言うのに垣根の瞼は一向に降りない。
原因は分かっている。
現実とか、真実とか、嘘とか、本当とか。
処理しきれない情報が、垣根の中で渦巻いて、渦巻いて、どうにも手の施しようがない。
見せつけられた自分の行為と、自分をえぐったあの黒い翼。パッキリと別れたコントラストに、ない傷が痛む。
自分は死んで、利用されて、踏みにじられたというのに、この世界ではただの線と、ただの平面。この痛みは嘘だと突きつけられた。
プライドがその事実を認めない。
「……水でも飲むか」
ひどい痛みと寒気に布団から起き上がる。喉なんて乾いてなかったが、それぐらいしか心を落ち着かせる方法なんて思い浮かばない。
襖を開いて、冷たいフローリングが足の裏を刺激する。
静かだ。寝静まった闇が、何か不安を煽って、垣根のなかにいる漠然とした恐怖を思い出させる。
暖かい場所に行きたい。
少し散らかった寒いリビングに、一人ポツンと立つ。頭を撫でたあの体温が、忘れられなかった。
「寝れないの?」
一人静かに部屋を見つめていると、不意に声が聞こえた。
甘い香りとともに、優しい声がふんわりと風に乗って広がっていく。リビングの隣、庭につながるガラスから、冬の夜風と金髪が舞う。
明るい夜の中、姉、天羽彗糸が煙を纏ってそこにいた。
「っ!起きてたのかよ」
「まーね、眠れなくて。垣根くんもどう?お月見」
バルコニーの椅子で、テーブルの上に酒とタバコを並べて彼女は微笑みかける。幼い顔立ちではあるが、もうすでに成人なのだろう、火のついたタバコから煙を吐き出す彼女は大人の匂いがした。
「……明るいな」
「案外綺麗に見えるでしょ。ほら、こっちおいで。眠くなるまでお話ししましょ」
「危機感ねぇな、お前」
「そう?」
冷たい空気が頬を撫でる。「はい」と渡されたブランケットを借りて彼女の隣に座ると、タバコの苦い香りと、シャンプーの甘い香りが鼻先をかすめた。
能力で寒さなどどうとでもなるのに、なぜか温まろうと布を借りてすぐ近くに座る。
無意識の行動の意味が自分でも分からない。
温度だけではない暖かさを、胸の奥が欲していた。
だがその暖かさに屈するほど、垣根は子供ではない。垣根を構成する小さなプライドと誇りが、彼女の熱を拒絶する。
「俺は男で……いや、それよりも、俺は人殺しの悪党だぞ。なぜそうも無邪気でいられる?」
「人殺しねぇ。アンタが殺した殺してないって言ってんのはただの紙の上の文字、もしくは線。ただのフィクション。垣根くんはユニコーンを殺したと宣う馬鹿を動物愛護法で裁けると思うわけ?」
「フィクションか。俺は、噓から出たまこととでも?」
俺は、この記憶は
そう言い切る前に、タバコの火が消えて、月だけが頬を照らす。
彼女を見つめることしかできない。
優しい笑顔から、次の言葉が出て着るまでの時間が、やけに長く感じて鼓動が早まる。
彼女の甘ったるい瞳に見つめられると、不思議と声が出なくなった。
「真面目なんだね、垣根くんは」
「あ……?どこをどう見たらそう思う」
「罪悪感があるんでしょ?
ふつうの、優しい言葉。
どんなに強くて、どんな鉄壁の守りを持つ、
「そんなに真面目なら、アナタは大丈夫よ。そんなに自分を責めないの」
「何が大丈夫なんだよ、テメェに何が──っ」
「分からないよ。何も。ただ、この世界の法律と、お手伝いをしてくれて、礼儀はわきまえて、食べ方が綺麗なアナタを知ってるから、そう言ってるだけ」
ふと見上げると、オリーブ色の、茶色と緑の瞳と目が合って優しさが視界全体に広がってしまう。
とても柔らかくて、暖かい熱の籠った微笑み。
子供に笑いかけるような優しい眼差しと、宗教家のように尊大で、そして甘ったるい言葉。
熱い。
「なんで……なんでそんなに悪党に甘いんだ」
「だって垣根くんのこと大好きだから。守りたいって思うの」
あぁ、もう。
その熱を、こんな悪党のために使わないでくれ。
「だからさ、あたしだけでも垣根くんを赦してあげたいんだ。それだけじゃ不十分?」
「それは……」
「ならこの話は終わり。解散!そろそろ寝ましょーか?明日起きれないよ?」
その熱に犯されてしまうから。
「どうしたの?」
ゆっくりと立ち上がり、去っていく熱に手をのばす。
咄嗟に出た手は彼女のシャツを掴んで、その足を止めた。
もう壁は崩落した。
手は行き場をみつけ、目が願望を叶えるために彼女を見つめる。
「……あたしのベッド、狭いけど。それでいい?」
袖から手が離れない。
離したいのに、こんな女々しいこと、本心じゃないのに。
心臓が、感情が、この女の熱に犯されて、動かせない。
「大丈夫、あたしはどこにもいかないよ」
学園都市では与えられなかった熱は、垣根を
泥の中でもがく一人の男を、ただの子供にしてしまう。
もう、悲劇の英雄なんていなかった。
今回のポイントは夜更かしが苦手なのにわざわざ一階におりて”お月見”をしていた心配性のねーちゃんです。
<ちゃんと寝れるかなあの子……
って思いながらタバコ吸ってました。