とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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長いので暇なときに読みましょう


14話:MAR

鼻腔を擽ぐる消毒液の匂い。今日も今日とて変わらず、垣根は怪しい挙動が多いナースの監視を続けていた。

その姿はいつもより慌ただしく、あっちに行ったりこっちに行ったりと忙しい。

溢れるように病院のロビーから通路にと患者がひしめく混沌とした空間は人の怒号や、ナースや医者の忙しない足音が病院を駆け巡る。

 

「今日は随分と賑やかだな」

 

「そう思うなら手伝ってくれる?」

 

「やだ」

 

「邪魔するなら帰ってね?」

 

監視対象の天羽彗糸はいつものナース服とお団子から飛び出た髪を揺らしながら早歩きでカルテを確認しながら通路を進んでいく。

通路の両端に固まっている患者たちの間を割って通る彼女はさながらモーゼのようだ。

 

「んで?なんでこんなに患者が多い上にテメェは違う病院にいるんだ?」

 

今日彼女が忙しく働いていた病院はいつもの第七学区のカエル顔の医者がいる場所ではない。

だからといって別に転職したようにも見えないし、カエル顔の医者にクビにされたようでもなかった。

 

「第二一学区の自然公園でポルターガイストがあったの!そんでこっちの病院に沢山患者が運ばれてきて人手が足りないから駆り出されてんの!」

 

「あー、そんなこと言ってたな」

 

「これ説明すんのニ回目!」

 

苛立つ彼女と少しだけ距離を空けて歩く。そういえばそんな話もしていたか。あまりにも大慌てで病院内を移動し回っていたため、真面目に聞いてなかった。

 

話は簡単で、この間の花火大会のよな現象が、この第二一学区でも起きていたのだ。

地震のようなポルターガイスト現象が起きたのは第二一学区の自然公園。そこから大勢の怪我人が搬送されてきており、その量は病院の機能を一時停止させるほどのものだった。

 

人員が足りない、なら他の病院から借りよう!と言うことで、天羽に白羽の矢がたった。

軽傷者に割く人員が減れば効率的に重傷者へ対応ができる。軽傷者を一人で全て面倒が見れればなおいいだろう。

それができる少女は、この縁もゆかりもない病院であくせく働く。なにやら豪勢な肩書きを持っている回復能力持ちのこの女が軽傷者の早期回復のため駆り出されていた。

 

「聞いておいてよ!ごめん次の人の手当に……って初春さん?」

 

早足に次の患者の元へとカルテを確認しながら歩み寄ると、そこには昨日の夜にも会った花飾りがインパクトを残す一人の中学生がいた。

中学生にしては賢そうな彼女の名前は初春。まさか天羽がいるとは思っていなかったようで、少し目を丸くしていた。

 

「天羽さん、垣根さんも……ここで働いてたんですか?」

 

「今回は派遣!怪我見せて」

 

「は、はい」

 

軽く膝を擦りむいているようで、しゃがみこみ足に手をおいて演算を始める。みるみるうちに治っていく傷口。

肉体の治癒能力を上げて直しているというより、細胞に信号を出して補修している方が正しいかもしれない。違いがあるようには見えないかもしれたいが、言い換えればこいつは肉体に干渉してから相手の持つ治癒能力を向上させているわけではなく、細胞そのものに干渉して治癒という結果を得ているということ。

 

大能力者(レベル4)で収まっていい能力なんかじゃない。

それは出力、そして応用力。

特に脳へ干渉、神経への干渉、脳内物質への干渉。神を目指す学園都市の研究者からしたら喉から手が出るほど欲しいものだろう。

死体すら有効活用したい彼らだ、死体への干渉、人を生き返らせることも理論上可能であれば、目の前の少女を使いたいと思うのは当然。

戦闘能力はともかく、能力研究が生み出す利益や発展性を考えれば超能力者(レベル5)でもおかしくない。

 

だが超能力者(レベル5)級の能力者は少なくない。出力だったり、価値だったり。

だからそれだけでは彼女を疑う理由にはならない。

 

ならなぜ垣根は彼女に執着するのか。

 

それはあまりにも秘匿されているから。

書庫(バンク)での能力の詳細、家族構成のの改竄疑惑。能力に見合わない低レベルの学校。

普通の高校生がそこまで厳重に一般人になりすましているのは違和感だ。

 

もし彼女が何かの鍵になれば。鍵でなくてもいい、懐刀になりえれば、敵にならなければ。

それだけのために、彼はつまらない女と一緒にいた。

 

「初春さん!」

 

「皆さん!」

 

ちょうど傷を塞ぎ終わった頃、ばたばたと大声で騒ぐ少女たち病院の出入り口から走ってくる。

いつもの中学生メンバーは酷い顔色で、とてもいつもの明るさは見られない。

ロビーにいた垣根たち、というより花飾りの少女を見つけると心配そうに不安げな表情で囲んだ。

 

「大丈夫?怪我は?」

 

「すみませんわざわざ、天羽さんに治してもらったので大丈夫です」

 

「え?天羽先輩、ここでも働いてるの?」

 

無事を確認するとようやく第三位が垣根たちに気付く。いつもは違う病院にいる知り合いが、全く違う場所の病院でも働いていたら誰だって驚く。しかもその傍に関係ない男がいたら尚更。

 

「派遣でーす。んで、垣根くんはあたしの邪魔しにきてんの」

 

「なにいってんだよ、俺がいるから変な男にセクハラされねーんだろ」

 

「あはは、そーかも?」

 

しかし垣根がいることで有利に働くこともある。

ナース服の可愛くて胸の大きい高校生。その隣にホスト顔の高身長がいるだけで多くの()()()()を未然に防げると言うもの。

垣根としてはありがたみを感じて欲しかったものの、天羽には理解されず。

そもそもそのトラブルすら把握してないようで、垣根としては不満だ。

 

この女はそういった話題に全くといっていいほど反応しなかった。その態度がさらに不満を増幅させる。

侮辱しても、セクハラまがいのことを言っても流されるだけ。

暴力を振るってもニコニコと笑みを浮かべ、反対に垣根を心配してくる始末。

気味が悪かった。

この薄気味悪い女を逆算して、解析したい。それが垣根の持つ彼女への感情だ。

 

「ほんと、仲がよろしいことで」

 

「そういえば、春上さんは?」

 

「春上さんなら一応ここに緊急搬送されてるはずだよ、リストに書いてあるし」

 

愉快な勘違いを未だにしている白井という風紀委員(ジャッジメント)の少女と第三位。

昨夜の花火大会で倒れたあの少女も搬送されているのか、きょろきょろと辺りを見渡していた。

 

「気絶しただけだそうなので、大丈夫ですよ」

 

「初春、ポルターガイストの直前、昨夜の花火大会のように春上さんの様子に変わったところはありませんでした?」

 

昨夜の花火大会で倒れていた春上も搬送されているようで、白井は少し焦ったように振る舞う。

白井はおそらく勘繰っているのだ。垣根にも分かる。

 

偶然にしては出来過ぎている。

 

昨日の今日でまたポルターガイスト発生時に倒れた、二回あれば偶然か必然か疑うもの。現場で不審な行動をした人を真っ先に疑い、調べる。サスペンスでもミステリーでも一番最初に行うことだろう。

有能な風紀委員(ジャッジメント)は、それをよくわかっているようだった。

 

「なんかあったの?」

 

「あの時、ポルターガイストが起きる前、突然呟き出して歩き出したんです。それが不思議で……」

 

「あー、なるなる」

 

「私が調べたところ、春上さんは異能力者(レベル2)ながらちょっと変わった精神感応(テレパス)ですの。もしあの時とおなじような不思議な挙動が見られたとしたら……」

 

白井の言葉に天羽と垣根は同じように頷く。白井の言葉は確かに疑う余地のあるものだ。

 

それは精神感応という能力。

AIM拡散力場に干渉しうる能力で、不思議な言動もあるとくれば疑いが深くなるのも当然。しかも「ちょっと変わった」ときたらさらに。

だが、異能力者(レベル2)ならそこまでの芸当はできない。

“ちょっと変わった”がどのような意味かは把握しかねるが、それでも出力が上がるかどうかは疑問。

とはいえ疑うには十分とも言える。それも平和を守る風紀委員(ジャッジメント)なら、気になるところは確認するのは当たり前のこと。

 

「なんで、なんでそんな事調べたんですか?」

 

その少女は初春飾利。

 

「なんでって……」

 

納得がいく。そう思ったのは垣根と天羽だけ。感性が幼い中学生たちには筋が通っているようには見えない。

 

信じられないものを見るかのように驚きと敵意が混じった目を一人の少女が向けられる。

花飾りが印象的な、同じ風紀委員(ジャッジメント)の初春だ。

 

「まさか白井さん、春上さんを疑ってるんですか?」

 

「そ、そういう訳では」

 

「酷いです白井さん」

 

はっきりとした拒絶だった。

泣きそうになりながらも初春が声を上げると友人は酷く狼狽える。

脳内御花畑な友達思いの少女、そして合理的判断を下す風紀委員(ジャッジメント)の少女。正反対の性格だというのに、なぜ仲がいいのか。

垣根には疑問だった。

 

「春上さんは転校してきたばかりで、不安で、私達を頼りにしてて、それなのに、それなのに!」

 

「あのね、初春さん、黒子は別に……」

 

徐々に口調が強く、声が大きくなる。病院ということも忘れヒートアップしていく。

子供の喧嘩はめんどくさい。

人の視線が増えていくのをなんとなく感じると、垣根は気配を消そうと一歩後ろに下がる。

巻き込まれては迷惑だ。

 

そう思って動いた。

しかし、前に出る誰かの影にその足は止まった。

 

「お静かに。ここは病院、喧嘩するなら外でやってちょうだい?」

 

花飾りの少女に一人のナースが前にでる。

お姉さんらしく優しくも力強い、それでいて少女らしくあどけない声。

 

少しだけ怒ったような顔をしながらも、彼女は花飾りの少女を軽く咎める。

その顔は随分大人びていて、怒りの中にどこか後悔を感じさせた。

 

初めて怒った顔を見た気がする。こんな顔をするのか。

垣根の中の好奇心が満たされる。

昨日の花火での不気味な苛立ちとは少し違う、誰かに対しての愛ある怒り。

 

本当に姉のように見えた。

誰かに愛を持って怒られたことなんてない垣根には新鮮な感情だった。新鮮で、あまりにも眩しい。

 

少しだけ複雑な感情が心を蝕む。

その感情に答えは出ない。

 

精神感応(テレパス)が、AIM拡散力場の干渉者になる可能性はなくは無いわ」

 

その感情を必死に考えないようにしていると、背後から女性の声が聞こえてくる。

聞いたことがある大人の声。

 

声がした方を振り向くと、色素の薄い長い髪を一つに括り眼鏡をかけた女が立っていた。

見覚えがある。

Multi Active Rescueの頭文字が灰色で印字されているオレンジ色の救急用のベストを着込むその女は、花火大会で見かけた人物だった。

 

「ただし、それには少なくとも大能力者(レベル4)以上の実力が必要だし、余程希少な能力と言わざるを得ない」

 

その女の名はテレスティーナ。

他の隊員に軽く報告を受けると再びこちらに振り向いて胡散臭い笑みを向けた。

 

異能力者(レベル2)にその可能性はほとんどないと思うけど、念の為、ちゃんと検査した方がいいのかもしれないわね。お友達の名前は?」

 

「春上衿衣さんですの」

 

「白井さん!」

 

「潔白を証明するためと思いなさい。大丈夫、専門のスタッフが揃っているから、安心して?」

 

花飾りの言葉も虚しく、白井はテレスティーナと事務的に言葉をかわす。

話が大きくなり、先ほどの喧嘩がまた熱を持っていく。白井の冷たい対応に優しさを感じない初春は、ただ責めるばかり。

 

「皆様、喧嘩するなら病院から出ていってね?」

 

そのような会話を続ける二人の間に少しだけ苛ついたような口調の天羽が割って入る。

姉のような優しさではなく、動かない人形のような、部外者のような。そんな目。

その苛立ちはどことなくテレスティーナに向けられているような気がした。

 

「あら、昨日の医療班の……」

 

「あぁ、初めまして。第七学区の病院から派遣されてきました。大能力者(レベル4)の肉体干渉能力保持特別医療従事者の天羽彗糸です」

 

「あなたが噂の……よろしくね。テレスティーナよ」

 

間に割って入った天羽を見て少しばかり目を丸くさせて、テレスティーナは考えるようなそぶりをして呟いた。おおかた昨日のことを思い出したのだろう、元々知り合いではない彼女らは、簡単に自己紹介を済ませて微笑みあう。

最も、天羽の微笑みには僅かに敵意を感じる。

 

「それで、そちらの彼は?彼氏さん?」

 

「ちが━━」

 

「こいつの兄です」

 

天羽の微かな敵意はテレスティーナに気づかれることなく、そのまま次の話題へと移る。

それは垣根自身。

中学生は友達の見舞い、天羽は仕事。なら一番部外者なはずの彼は、誰?

そう思うのは当然だ。

 

だがその口ぶりはひどく腹立たしかった。

まるで天羽と恋仲だと勘違いしたような言葉に、天羽よりも早く訂正を重ねる。

 

大きな嘘という訂正で。

 

「はっ……!え、えぇ、そうなんです。高位能力者なので少しお兄ちゃんの力を借りていて」

 

「えっ?」

 

MARという組織に木原が一人いるのを事前情報として知っているということ、そして天羽がこの女に苛立ちを覚えていること。

その事実から導き出された答えは至極簡単なものだった。

 

名前を出してはいけない。超能力者である垣根の名前は。

 

そうなると彼氏を肯定するか別の身分を詐称するかの二択になる。

前者は互いに嫌。なら一番現実的で、おかしくない関係性を上げるしかない。

 

「お兄さん?随分仲がいいのね」

 

「こいつブラコンなんすよ」

 

「ぶっ!?」

 

金髪頭に指を向け、適当に兄を名乗る。それが現状一番違和感がない答えだった。

しかし妹と呼ばれた方は明らかに苛立って�る。空気を読んで「お兄ちゃん」なんて呼ぶものの、天羽の顔に浮かぶ笑顔は若干崩れ気味だ。

不機嫌な声で兄と呼んでくる姿に凄まじい違和感と嫌悪感が押し寄せ、鳥肌が立つ。

世の中の男は可愛い女に「お兄ちゃん♡」と呼んでほしいらしいが、垣根の考えは違う。

よく知った女、しかも大嫌いで気色悪い女が身内にいると思うとひどく吐き気がする。

従兄妹とでもいった方がマシだったかと思うも、もう言葉は戻らない。

 

「大変だからお兄ちゃん手伝ってって、なぁ?彗糸」

 

「ははは、お兄ちゃんはいつも面白いね……?」

 

「それで?よければ手伝いますよ。妹と一緒に」

 

そのまま営業スマイルを貼り付けると金髪から少し笑い声が漏れた。

なんだかムカつくその笑い声に、垣根は苛立つばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

◼︎

 

 

 

 

 

 

 

病院から移動し、春上という少女を研究所に検査のため搬送した後のこと。

場所は変わり何やらパステル調の少女趣味な部屋に通される。

色とりどりのファンシーなインテリアに少女たちは皆釘付けになりあちこちを見回していた。

 

「なんか、全然研究所って感じしませんよね、すっごいセンスっていうか……」

 

「女がてらに災害救助なんてやってると、こういう純粋なものが好きって意外に思われるのよね」

 

ここは研究所の一室、しかも胡散臭い女の部屋だった。

 

中学生たちはその趣味に驚いたり、同じ趣味なのか興味津々といった風にインテリアを見ていたが、一人だけ金とピンクの髪を揺らしながら何やら探すようにあたりを見渡している。

何か確信を持っているような目つきに、垣根の疑惑は膨らんでいく。

 

「さて、改めまして、先進状況救助隊付属研究所所長のテレスティーナです」

 

あらかた部屋を堪能したあと、ソファに促される。しかし六人も座れるスペースは流石になく、結局垣根と天羽、そしてツインテールの風紀委員(ジャッジメント)は座らずにドアの付近で立ちながら話を聞くことになる。

中学生に席を譲るのは少々不満だったが、挙動不審な態度を続ける天羽のそばで監視を続けるには彼女の隣にいる他なかった。

 

「所長!?ってことはMARの隊長さんで、研究所の所長さんで……えぇと、あとなんですか?」

 

「所長ねぇ……」

 

頑なに名字を名乗らないテレスティーナの肩書きに黒髪が驚くが、それを聞いて益々不審に思う。

彼女の正体に目星は付くが、なぜ救助隊なんかをしているのか、救助隊を隠れ蓑に何をしているのか。

考えは尽きない。

 

「うふふ、それだけよ?そう言えば白井さんと天羽さん以外はまだ名前を聞いてなかったわね。お兄さんのお名前は?」

 

だが考えても仕方がない。いざとなれば殺せばいい。

天羽ができないことを代わりに垣根がやるだけ。

不安分子を潰して、道をきれいにする。それが垣根のやるべきこと。

 

「……天羽帝斗だ」

 

「ていとお兄ちゃん……ふふ、ふふふふ」

 

「死ね」

 

適当にそれっぽい名前をあげると目線の少し下から吹き出すような笑い声が漏れた。

小さく「ていとくん」と戯けたことを抜かしたのが聞こえると、軽くその女のこめかみのあたりに両手の拳をグリグリと当てる。

痛みを予期していなかったのか小さい悲鳴がその金髪から漏れるのを確認すると最後に頬を抓って解放する。

キャンキャンと耳元でチワワのように文句を言ってくるが痛くも痒くも無い。

 

「仲がいいのね。あなたは?」

 

テレスティーナは一人づつ名前を聞いていくが特に怪しいそぶりはしていない。強いて言えば第三位に少しだけ驚いた程度。

注意深く見ているが、特に不審点な見当たらない。

 

《あの一族》》を全て知っているわけではないが、垣根はこの街で起こっている()()()()()()()はほとんど把握している。

何か見落としや発見がないかと、あまり気が気じゃない。

 

「あの!春上さんは干渉者じゃ、犯人じゃないですよね!?」

 

自己紹介も終わり、静かになった所長室。しかしその静寂は早くも打ち破られる。

心配そうに、そして焦るようにテレスティーナに叫んだのは友達思いの初春飾利。

未だに結果が出ておらず焦りと緊張が爆発したのか声を震わせながら聞くと、テレスティーナがその顔に胡散臭い穏やかな笑みを浮かべてポケットから何かを取り出す。

それはよくスーパーなどで売っている色とりどりのコーティングが施されたチョコレートの筒だった。

 

「試してみる?」

 

「え?」

 

「あなた、好きな色は?」

 

筒をカラカラと音を鳴らしながら軽く揺らし、中身を確認すると初春飾利に笑顔を向ける。

爆弾でも仕掛けているのかと考えるも、第三位がいるこの状態で何かしでかすことは無い。純粋に意味がわからなかった。

 

「なんでも好きですけど、強いていえば黄色とか……」

 

「黄色ね?手を出して」

 

「なんなんですか?一体……」

 

訳がわからないと言いたそうな表情をしながらも両手を差し出すと一粒のチョコレートがコロンと少女の手元に転がった。

 

黄色のコーティングがされたチョコレート。

それを見た女は薄く笑う。

 

「あら、幸先いいわね」

 

不気味な表情だった。

そろそろいきましょうとテレスティーナが立ち上がりドアの方へ向かうと中学生達もそれに続く。

 

長い廊下の先、MRI室と書かれた白いドアにたどり着くと躊躇いもなく部屋に入る。たくさんの機材で囲まれた部屋の右側の壁は透明なガラスとなっており、誰が何をしているのか簡単にわかるようにされていた。

薄いガラスの先には一人の少女が検査にかけられている姿が見える。

てっきり血みどろな検査でもしているかと思ったが、垣根の予想は外れたようだ。

 

「春上さん!」

 

たかがMRIの検査だというのにガラスにへばりつき、恐怖やら不安やらそういう類の感情を憶える表情をしながら少女の名前を呼ぶ。だが別室の彼女には聞こえておらず、気づかぬままMRIを終える。

 

「あー、干渉者じゃないみたい」

 

「ほんとね。たしかに、彼女は異能力者(レベル2)精神感応(テレパス)、しかも受信専門で自ら思念を発することは出来ない」

 

しかしそれには目もくれず天羽はデータを取っていた研究員のところに歩みを進めた。

検査結果を見せてもらったようで、一通り確認すると顔色一つ変えずに結果を告げる。当然と言わんばかりの表情で結果を凝視する彼女に強烈な違和感を感じた。

 

「でも書庫(バンク)に登録されたデータでは特定波長下においては例外的に強度(レベル)以上の能力を発揮すると」

 

「白井さん!まだそんなことを!」

 

その結果にまだ疑念があるのか勇敢な風紀委員(ジャッジメント)の少女が疑問を問いかけるが、それが癇に障った花飾りの少女が声を荒げる。

だが疑わしきは罰せず。疑うのは人間として普通の心理であり、それが表の世界だけとはいえ風紀を守る組織に身を預けるものなら当たり前の思考回路。

 

だからこそ、垣根はこの花畑の少女にイラつきしか覚えなかった。

ちらりと隣に戻ってきた天羽を盗み見ると、それに気づいたのか優しい笑みを浮かべる。まるで垣根の感情を読み取ったかのようなその表情が不愉快で堪らなかった。

 

「検査結果を見る限り、どうやら相手が限られるみたいね。その相手だけは距離や障害物の有無に関わらず確実に捉えることができる。いずれにしろ彼女にAIM拡散力場への干渉など不可能ね」

 

「ほら!ほら!」

 

「私はただ……」

 

勝ち誇ったような笑みを浮かべる花飾りとは反対に納得がいっていないような白井。

 

「白井ちゃんも初春ちゃんも間違ってはないのにねぇ」

 

喧嘩と呼ぶには酷くお粗末な光景を眺めながらはぁっとため息をつくと、二人をフォローするように天羽が口を開く。

二人を見る目は優しく、まるで妹の喧嘩の行く末を見守る姉といったようで更に垣根を苛つかせた。

 

全人類の姉だと豪語するこの女が気味が悪くて、嫌いで、嫌いで仕方がなかった。

その優しく、甘えてしまうような目が何よりも嫌いだった。

 

(間違っていないと本当に思うのか。もし仮に彼女が干渉者だったらどうしていたというんだ)

 

綺麗事だけじゃ誰も救えない。薄っぺらい希望の光だけじゃ何も救えない。

だから垣根は汚い方法でこの街を変える。醜く歪んだ世界をこの汚い手で変える。

その覚悟がある。

 

それは決して間違っていない。革命家としての覚悟。

大きく感情が揺れる。

 

ムカつく。全部全部、壊してやりたかった。機械も、人も、友情なんてものも、何もかも。

 

「その点あたしはお兄ちゃんに寛容よねぇ?弟って言ってくれればもーっと喜ぶんだけどにゃー?」

 

何かが頭に触れる。それの暖かさに気づくと静かに波は引いていく。

その温もりの正体は誰かの手だった。優しい手つきで髪を梳かしていくその手は男にしては細く、女にしては大きい。

でも絶対に垣根よりも小さい手。

七センチ下の、小さな女。

 

そんな手に頭を撫でられて、あやされるなんて、侮辱に等しい。

 

「……誰が弟だ、誰が」

 

それでも何故か苛立ちは覚えなかった。悪態をついていつものように振る舞うとその女は満足げに頷いた。

本当によく心得ている。下の子の扱いを、末っ子の扱いを、一人っ子の扱いを。

 

下手に説教されるよりも茶化すような不真面目な台詞の方が今の垣根には気楽だった。

 

「でも……だとしたら……本物の干渉者は一体……」

 

未だ残る謎を疑問に思いながら第三位が呟くが、誰もその言葉に反応を示すことはなかった。

移動することとなり、ドアを開けて部屋を出る。

再び長い廊下を進み、階段を降りたり登ったりしてようやく別の棟の個室へたどり着いた。

 

「春上さん?」

 

スライド式のドアを開けて中に入ると、その音に反応したのか少女がゆっくりと目を開けた。

それに気づいた花飾りは一目散にベッドへ駆け寄る。

周囲を確認しながらベッドから上半身を起こすと、何があったか理解したのかため息をついて顔を伏せた。

 

「あたし、また……」

 

「大丈夫ですよ、何も心配しなくていいですから」

 

花飾りに気がつくと安心したような笑みを浮かべるが、何か別のことに気がつくと狼狽え始める。

それを見て花飾りは心配そうに何かを渡す。

その手には窓から差し込む光を反射して輝くネックレスがあった。

 

「はい、大事なものなんですよね?」

 

「うん、友達との思い出なの」

 

「友達って探してるって言う……?」

 

大事そうにそれを受け取り首にかける。安堵した表情でペンダントヘッドを眺めると静かに呟いた。

よほど大切なものなのか、首にかけた後も彼女は大事そうに握りしめていた。

 

「声がね、聞こえるの」

 

「それって精神感応(テレパス)の……」

 

「たまにだけど、でも、それを聞いてるとボーッとしちゃって」

 

「じゃああの時も……?」

 

ポルターガイスト現象発生時に声が聞こえる。

その現象は少し不思議だった。

 

(ポルターガイストの発生によって誰かと波長がリンクした?AIM拡散力場が関係しているとはいえそれは可能なのか?)

 

色々な情報を一つずつ頭の中で並べていく。

 

この少女は受信する相手が限られる。

ポルターガイストの正体はRSPK症候群を発症させた際に起こる現象。

今回は誰かがAIM拡散力場に干渉して人為的に及ぼされたもの。

 

この少女が聞こえたのはRSPK症候群により一時的に能力が強まった誰かの思念だろうか。

誰かの手によりRSPK症候群になった人の思念。それはきっと痛ましいものだろう。

 

「中になにか入ってるんですか?写真?」

 

「枝先絆理ちゃんっていうの」

 

そのペンダントヘッドはロケット仕様になっているようで、ぱかっと中を開くとそれをベッドの周りを囲む少女たちが覗き見る。

彼女たちの反応を見る限りそれは写真、それも一人の女の子を写したもののようだった。

 

「その子っ」

 

「絆理ちゃんのこと知ってるの?」

 

「あ、えっと……」

 

その名前に第三位だけが反応を示す。慌てて濁すも、垣根は誤魔化されずただ疑問に思う。

何かを知っている顔。その顔は、木山と対峙した時に見た苦々しい顔とよく似ていた。

 

「あのね、あたしも置き去り(チャイルドエラー)なの。同じ施設で育ってね。私、人見知りで友達もできなくて、でも絆理ちゃんとだけは仲良くなれたの」

 

何も答えない第三位に特に責めることはせず、小さく話し出す。

 

それはありふれた話。学園都市に無数に存在するごく普通でどこにでもあるような話。

情に訴えられるようなものでもないただの事実。似たような話ならそこら辺に転がっている。

 

「いつも能力(テレパシー)でお話してくれてたの。けど別の施設に移されて、それきり……」

 

それでも話は続く。

可哀想な子、哀れな子だと、その少女に部屋にいる誰もが同情の目を向けた。

 

平和に、闇を知らずに生きているというのに何故可哀想だと思う。

彼女はどう見ても幸せな世界の住民だった。

 

「なのに、この頃また聞こえるの、絆理ちゃんの声が、助けてって、でも何処にいるのか、何をして欲しいのか、分からないの」

 

悲痛な表情で言葉を零した。

 

「助けてあげたいのに、私、何も出来ないの」

 

「大丈夫ですよ!お友達はきっと見つかります!いえ、私がみつけてみせます!なんてったって風紀委員(ジャッジメント)ですから!」

 

そんな彼女の手を柔らかく自身の手で包むと花飾りの少女が優しく励ます。

その場面が先程の天羽と少し前、幻想御手(レベルアッパー)の時に手を握ってきたことと重なる。

似ている二人だが何か違うところもある。

その些細な違いが大きな要因となる。この二人への印象の違いの。

 

「お涙頂戴なことで、なぁ彗、糸……?」

 

鼻で笑いながら隣にいるはずの女に話しかけるも、そこに見慣れた姿はなく。

そもそも部屋にいない。どこに行ったのか首を傾げているとパタンと扉がしまったのが聞こえた。

静かに部屋から出ると、しっかりとした足取りで何処かに歩いていく金髪頭が視界に入る。

 

「おい」

 

肩を乱暴に掴み、強引にこちらを振り向かせる。何も言わずに帰ろうとしていた女は、何を驚いたのかキョトンとして垣根を見上げるだけ。

なんで呼ばれたのか分からない。そう言いたそうな表情だ。

 

「テメェは何を知っている」

 

挙動不審な態度、何処か不機嫌な佇まい、何もかもが知っている彼女と違っていた。

まるで何かを知っているかのように、攻略法を知っているゲームをしているかのような振る舞いにずっと違和感が付き纏う。

彼女の瞳には得体の知れない何かが蠢いているようで気味が悪かった。

 

「……べつに」

 

「答えろ」

 

グッと肩を抑える手に力を込めるが、痛みを感じてないか呻き声一つ上げずに垣根の目を真っ直ぐと見つめる。

彼の感情を、思考を探るような目つきが痛い。少し視線の読み合いが続き、数秒見つめた後、少しだけ悩むそぶりをして観念したかのように息を吐く。

 

「……今日の夜、暇なら病院おいでよ」

 

「あ?夜這でもしろってか?夜のナースの本領発揮ですかァ?」

 

諦めたような顔で夜のお誘いをしてきたのがムカついて更に力を込める。勿論それが性的なものでないのはわかってはいたが、その声と表情が無性にイラつく。

彼を巻き込みたくないと強く訴えるその目がどうしようもなく嫌だった。

 

彼女の前にいるのは他でもない、超能力者(レベル5)の第二位である垣根帝督。

彼に勝てるのは一人くらい。彼女が逆立ちしたって勝てない相手。

だと言うのに、天羽は呆れるくらい彼を心配し、巻き込まないようにと考える。

 

その脳をぐちゃぐちゃにして殺してやりたい。

優しくしないでくれ。赦さないでくれ。

 

彼女といると嫌な感情が湧き出るばかりで、落ち着かない。

 

「んなわけねーっしょ、来たくないなら来なくてもいいよ?垣根くんには関係のないことだし」

 

「は?テメェふざけるのもいい加減に」

 

今度は殴ってやろうかと拳を握りしめるが、結局彼女にぶつけることはできなかった。

無駄なことだと分かっている。

どんなに殴られてもこいつはヘラヘラと笑うだろう。

気味の悪い異常者。本当に嫌だった。

 

「あのぉ、お二人とも?私たちは帰宅しますが……」

 

拳を納めたところで誰かに声を掛けられる。

用事が終わり、帰るところと見られる中学生達が呆然と、または何やらキラキラとこちらに視線を向けるのに気がつく。

一瞬何にそんな目を向けているのか分からなかったが、天羽の肩においた手に視線が注がれているのに察する。修羅場か、男女の修羅場か!そう言いたげな中学生たち。

これだからガキは嫌いだった。

 

「行く行く〜!ほーら、行くよ」

 

肩から離した手を今度は彼女から握ってくる。手首を捕まれ、そのまま引っ張られるように中学生の輪に連れていかれると研究所から離れ、帰路につく。

研究所側から車回してくれてもいいだろうに、気が利かない組織だ。

 

結局、少年少女たちはモノレールで帰る。ラッシュ前の誰もいない車内。

久々に乗ったモノレールにはほとんど人がいなく閑古鳥が鳴いていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、枝先さんは木山の元生徒で、その枝先さんたちがポルターガイストを起こしてるって言うんですか?」

 

「おそらくね」

 

一列に座った中学生たちの真剣な声色が車内に響く。対面の座席に座った垣根たちにも聞こえる音量。

誰もいないとはいえ行儀は良くない。

 

「無意識以下での暴走か、推測通りだな」

 

第三位が語った内容はシンプルなものだった。

木山春生が起こした幻想御手(レベルアッパー)事件で木山の記憶を覗いた時に見た少女が、春上衿衣の持っていたロケットペンダントに挟んであった少女だったという。

 

そしてその少女は実験のモルモットだった。

実験の影響で未だに眠り続けている少年少女達は哀れにも暴走能力者としてポルターガイストを起こしているとのこと。

 

(だが問題は、木山はまだ塀の中ってことだ)

 

ほとんどは推察通りで面白みに欠けた。しかし、話に上がっている木山は現在も刑務所で身動きができない。

頭のイカれた実験を世間に公表しかねない存在は上層部にとっては邪魔だろう。

死んでいるか一生塀の中かの二択。容疑者として名前が上がるのがおかしいのだ。

 

何かがおかしい。

情報が必要だった。

 

「いやーさすが垣根くん、ってスマホ返して!」

 

「あ?うるせえ黙ってろ」

 

情報を得るにはネットから。ムカつく言い草の天羽からスマホを取り上げ、勝手にネットに潜る。

 

この女のスマホのことならきっと垣根の方が知っている。

スマホもそう。初期から入ってるアプリしか入れておらず、ほとんど手付かずの状態。壁紙を昨日の自撮りに変えたくらい。

未元物質(ダークマター)で細工されたストラップもあって、セキュリティは垣根の素の携帯より万全。

パスワードも入力して、どこにどのアプリが入っているかも知っていた。

そして彼女も、それに文句は言わなかった。

 

自分の携帯で潜るより、彼女のスマホで潜る方が安全。ただそれだけの理由で彼女のスマホから警備員(アンチスキル)の情報網、書庫(バンク)、刑務所のセキュリティ、思いつくところに片っ端から当たっていく。

 

「仮説ですけどね」

 

「その子たちを見つけないことには何も分からないわね」

 

「見つけるったってどうやるんですか?」

 

「それは……」

 

「パソコンでぱぱーっとやっちゃえばいいんだ!初春の出番じゃん!」

 

ぽちぽちと文字を打ち、ネットワークに侵入を試みる。ストラップの未元物質(ダークマター)を介してこの世のものではないウィルスを送りつけると早々に引っかかった。

ガバガバ過ぎるセキュリティに呆れてしまう。

こんなもんなら同僚の輪っか野郎に頼まなくても入り込めるレベル。

 

「もちろん探します、探しますけど……春上さんの次はその友達を疑うんですか?」

 

「あんたいい加減にしなよ!」

 

初春の言葉に御坂の怒号が飛ぶ。

怒りを含んだ声が耳に入り、ついスマホから目を離した。

少女達の間には先程から不穏な空気が漂っていた。

 

「はぁ、ほんとガキはめんどくせぇな」

 

「まーまー、いいじゃないの」

 

呆れながら呟くとほんわかとした声が隣から漏れた。

柔らかく微笑みながら少女たちを見つめてるその女の台詞は垣根の思っていたものと真逆だった。

 

「あ?テメェなら喧嘩はやめろとか言いそうだけど」

 

「あたし喧嘩はいい文化だと思ってるよ?だって持ってるのは自分の正義と怒りの感情でしょ?そこに悲しみがなければあたしは別になんとも思わないよ」

 

喧嘩を止めに入りそうな女だというのにそれをしなかった。

彼女の正義という言葉が、喉に刺さった小骨のように気持ちが悪く心にのこる。

 

この間も、木山に言っていた。

正義。

それを成すためならば、あたしの元に来いと。

 

その言葉がずっと残る。

 

「お前って変なとこズレてるよな」

 

「そりゃどーも」

 

「褒めてねーよ」

 

だがそれに突っ込むこともなく話を終える。簡単な話。

スマホの画面に映されたその文字がその気力を無くしたからだった。

 

「……木山ってもう保釈されてんのか」

 

「えっ!?垣根さん今なんて?!」

 

「だから、木山が保釈されてるって」

 

スマホに映る機密情報の文字列。暗号化されたそれを意図も容易く突破して、垣根は文字を追う。

そこに書いていたのはなんてことない事実。

 

そう、木山春生はもうすでに保釈されていた。

彼女はこの街で自由を謳歌しているそうだ。

 

「あんな重罪を犯しておいて!?」

 

「ていうかどうやって情報を!?」

 

「ハッキング」

 

色々な事実に少しずつ真実が浮かび上がる。

木山の釈放、実験、ポルターガイスト。

垣根の脳内でパズルのピースが埋まっていく。

 

「RSPK症候群ってAIM拡散力場の共鳴で集団発生するんだったか、あのジジイの論文にあったな」

 

「え!?知らない情報がわんさかと!?ど、え?どういうことですか!?」

 

「は?あのジジイ、木原幻生の論文だ。どうせお前知ってんだろ?」

 

「まーね」

 

静かにしていた天羽に話をふると、彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。

まるでクイズに正解された時のような、悔しさと楽しさが同居する笑み。

 

「干渉された暴走能力者ってのは共鳴するらしくてな、同系統の能力者が共鳴して暴走するっつー話だ。例えばそこのエレクトロマスターなら磁場を操る能力者と、電場を操る能力者が影響を受ける。ねずみ算式よろしく共鳴していくわけだ」

 

「それ早く教えなさいよ……」

 

RSPK症候群、その研究に取り組んでいたのは木原幻生。

マッドサイエンティスト、木原の系譜。

 

頭の隅にあったクソジジイの論文を引っ張り出し、脳内で内容を読み直していると揺れる車内で中学生たちがワラワラと寄ってきた。

うざったいことこの上ないが、仕方がないので一から丁寧に説明してやると感嘆の溜息が周りから上がる。

天羽に至っては正解だと言わんばかりに満足げに頷いていた。

 

「でも、木山って子供たちを助けるためにあんなことしようとしたんですよね?それなのにその子たちを利用するっておかしくないですか?」

 

「……さぁな、でも繋がってんのは確かじゃねぇか?なぁ、我が妹よ」

 

「次妹って言ったら病院出禁にする」

 

兄を名乗ったことにまだ腹立てているのか、妹と呼ぶと顔を青くして訴えてきた。

弱点を知ったようで少しだけ優越感が押し寄せる。

 

「ていうかなんでお兄ちゃんって嘘ついたんです?」

 

「女子中学生とヘンテコナースに囲まれる男が、他校、しかも同級生ですらないってどう考えても職質されるだろ」

 

「あぁ、確かに」

 

適当に質問に答えながらスマホの履歴を消して天羽に返すと、彼女はまだ拗ねたような顔を続ける。

その顔にツーショットを消すのを忘れていたことに気がつくが、もうスマホは触らせないとズボンのポケットに隠され壁紙の続行が決まってしまった。

 

「AIM拡散力場の共鳴……十名の子供があの実験の被害者なのですのよね?それって下手をすればほとんどの学生が……」

 

「ま、ざっと八割は影響されるな」

 

「垣根くんは特殊すぎて影響されないね」

 

「俺様は特別だからな。褒め称えていいぞ?」

 

軽口を叩きあっているとモノレールが駅に停まる。

どうやらその駅は天羽が降りる駅のようで、立ち上がるとモノレールから降りてからこちらを振り返る。

 

「はいはい、そうだ、垣根くん、あたしは今日は別の病院に行かなきゃいけないから来るなら深夜にでも」

 

来なくてもいいけどと付け足して彼女は駅の出口へ向かう。

一度も振り返りはしなかった。

 

「密会のお約束でも?」

 

「ま、そんなところだ。ガキは首突っ込むなよ」

 

モノレールは動き出す。

深夜まで、どうやって暇を潰そうか。




課題を後回しにしてはならない。
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