とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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16話:研究室

昨夜のゴタゴタからかなり時間が経ち、今はお昼前。

色とりどりの花と無機質な機械が同居する研究室。病院の地下にある青と紫が一切排除された禍々しい色の研究室の中で、真っ白い椅子に座り少女は黒い液体を啜っていた。

 

苦いコーヒーが口に広がり脳を刺激する。

この世は甘味だけあれば事足りるというのになぜ人は苦味や辛味を求めるのだろう。苦痛でしかないというのに。

甘党で案外美食派な彼女は苦味に弱い。

だというにに、コーヒーを消費しないと新しく飲み物が買えないという制約のせいで、仕方なくそれを飲む。

苦い。まずい。

 

資料や本でごちゃごちゃした部屋の中、溜息をつきながら文字がびっしりと映っているパソコンの画面をコーヒー片手にボーッと眺める。

英語で書かれているそれは昨夜連れ去られた子供たちの記録。能力を暴走させた時のホルモンや神経回路、血液循環についてなど、事細やかに体の変化が記されていた。

 

(このデータがあれば、あたしはもっと強くなれる)

 

一つずつ確認しながらスクロールしていく。

 

天羽の今回の目的はシンプルだった。

自分の強化のための情報収集。ただそれだけ。

 

元々は魔術を使って防衛手段を構築したかった彼女だったが、それも今では難しくなった。

魔術も勿論諦めていない。しかし魔術を教えてくれる人がいない今、別方向で強化を試みなくてはならないのだ。

 

それは物理的な肉体強化。

暴走能力者のデータをそのまま自分に組み込んでしまえば絶対能力者(レベル6)はいかずとも、自身の能力強化に繋がる。そのためのデータは子供たちが提示してくれた。

 

治すために収集していたデータを勝手に使うのは少々ためらわれたが、彼女が皆を守るために必要なものだ。後悔と罪悪感を永遠に心に残してでもこのデータは使う。

 

(せめてもう少しテレスティーナさんが来るのが遅かったら、データももう少しあったのにな)

 

とはいえまだ情報量は少ない。自分で体晶を作り出すにはもう少しデータが欲しい。

そのせいもあって、天羽は少し落ち込んでいる。

自分が苦手なコーヒーも、味覚を遮断して飲み切るほどには。

 

彼女の能力は案外使い勝手が悪い。

生かすことよりも殺すことに特化している、正直天羽の性格とは馬が合わない。

 

「不死者」《アンデッド》で行う肉体干渉は、遠隔よりも直接触れるほうが精度が上がる。ロボットアームでハサミを使うより、自分で鋏を握ったほうが使いやすい、感覚的に言えばそのようなもの。

そしてそのロボットアームだと複雑な切り方はできないし、ハサミを二台持ちしたも違うように動かすことができない

 

周りにある電化製品全てと繋がることが出来るリモコンを想像して欲しい。たくさんのボタンはついてるが、ボタンをひとつ押すと繋げた電化製品が全て同じ影響を受ける。

対象を選ぶことは可能、しかし対象となったものは全て同じように干渉される。それに範囲が遠いとそれだけ演算が複雑になってくる。

勿論近くにいた子達なら簡単に、そして複雑な干渉が出来る。

しかし、全て同じ結果になるのだ。

 

一人一人違うホルモン量、分泌量なのに同時に、同じ影響を与えると体に悪影響を及ぼす可能性の方が高い。

細やかな調整は可能だが、それが全員に同じようにされるのだ。性別、体格、脈拍、その他もろもろが皆違う。誰か一人を元にして全員に干渉するのは危険。

 

そうやって理由をつけて、子供達を治さなかった。

 

「はぁ、嫌になるなぁ……」

 

つまり全てただの言い訳である。別に個人個人目覚めさせればいいだけ。

結局全ては物語通りに進めるための都合のいいでっちあげである。

 

昨夜テレスティーナに子供たちを預けたのは彼女には行動してもらうため。

アニメの知識があるとはいえ、それは断片的で完璧なものでは無い。子供たちがこれから移動される場所の外観は知っていても、場所を知っている訳では無いのだ。

だからテレスティーナに子供たちを連れていってもらった。彼女に道案内をさせるために。

 

そして何より、あの子供たちは天羽の力がなくても治るのだ。

それだけで彼女の意欲はないに等しい。

 

「おい、ちょっといい、か?」

 

思考の海の中、ドアノブを回す音が聞こえ、浮上する。ノックもしない訪問者。

そんなマナー知らずの身勝手野郎は一人しかおらず、天羽はただため息をつく。

 

ノックもせずに勝手に研究室にズカズカ入り込んでくるのは昨夜から木山と話し込んでいた垣根。

昨夜と服に変わりはなく、足首が見えるジーンズに、赤い半袖のワイシャツ。お高そうなスニーカー。

単純にイケメンが着れば適当な布切れさえ見栄えがいい。

 

インスタに載っけたら5万いいねは確実なアウトロー系イケメン。美人と言った方が正しいのかもしれない。

 

「ノックは?」

 

「お前着替えたんだな」

 

「無視かぁ……」

 

口に出したら怒られそうなことを頭の中でこねくり回していると、垣根は近くのテーブルに腰を下ろす。

神妙な顔をする天羽は昨日とは違う格好で、垣根には少し新鮮に見えたのだろう、まるで不思議生命体を発見したかのように驚きに満ちた顔で見てくる。

 

いつもはセーラー服の彼女だが、今日は私服を着ている。

理由は単純、今日起こることを危惧しての衣装替え。

セーラー服はこの間の件でボロボロにしてしまい、新品を調達するのに手間取ったので一回休み。ナース服も同様。

いつもと同じなのはゴテゴテのアクセサリー類くらい。

 

その中でも特に、彼女が着る白い布に垣根は興味が惹かれていたようだった。

 

「研究者だったのか?」

 

「一応ここには研究者として在籍させてもらってるからね。ここは研究室兼自室」

 

「確かに、テメェらしい部屋なことで」

 

それは全てを包み込むかのように着ているのは真っ白い白衣。

研究者のシンボルである白衣はいつもナース服かセーラー服の二択の彼女がきているのは少し珍しいだろう。

 

天羽の白衣を摘んで何か考えるそぶりをすると、白衣の下の服から目を逸らすように今度は研究室の中を見渡し始める。

ドレッシーな光沢感のある真っピンクのへそ出しフリフリのキャミソールにスキニーの青いジーンズ。体の線が明らかになる服は、紳士的な彼にとっては見てはいけないもの。

そう思ったのか要所要所に置いてあるサボテンや観葉植物を手に取り始めた。

 

この部屋は緑とピンク、そして黄色で構成させている。そのため緑の植物や、ピンクや黄色の花々が置いてあり、プチ植物園状態。

その他にも彼女がハマっているキャラクターグッズにファンシーグッズが所狭しと置いてあり、研究室には見えなかった。

 

「で、なーに?ごよーけんは?」

 

「昨夜について、少し話でもしようじゃねぇか?」

 

「……なにについて?」

 

目を細め、睨むように垣根は天羽を見てくる。近くにあったぬいぐるみの顔を引っ張ったり押しつぶしたり、手持ち無沙汰に手を動かす彼は、その平坦な声色からは想像できない懐疑的な目をしていた。

疑う目、探る目。普通の人ならば怖がるような目。

 

けれど、彼女は違う。

例えどんな目を向けられようと、彼女は姉で居続ける。

強くあり続ける。強者であり続ける。

揺るぎない信念。

 

彼女を構成するただ一つの役目。誰かを救い、赦すこと。

姉としての、役目。

 

「いや?ただ、何やら愉しそうだったからな、仲間にでも入れてもらおうかと」

 

「愉しそう、か。確かに愉しいかも知れないね」

 

鋭い眼光に嘲笑うかのような声色。垣根の探るような目つきに付き合ってあげるほど暇でもない。

さて、どうあしらってやろうか。コーヒーカップを両手に持ったまま、目を瞑る。

瞼から微かに感じる部屋の明かり。スニーカーが床を擦る音とともに、その光は影に遮られた。

 

「反吐が出るほどの善人が、患者を前にして愉しいだなんて、職務怠慢もいい所だな?」

 

「未知への探究心、それもあたしを構成するひとつだよ」

 

ゆっくりと瞼を開くと目の前に少年がいた。

椅子に座る彼女に覆い被さるように肘置きを掴んで、端正な顔で見下ろす彼からは無機質で甘い香りが漂う。

天使のような翼を持つ少年。その翼の香りと同じ甘い香り。

未元物質(ダークマター)、神の住む天界の力。

その匂いは香水の匂いと合わさって不思議なものへと変わっていた。

 

「タブロイド思考に苛まれるテメェが探究心?面白ぇ冗談だな」

 

「あたしの探究心は絶対能力者(レベル6)についてだよ。子供たちへの実験ではない」

 

悪戯好きな少年は彼女のコーヒーをその手の中から奪うと、ちびちびと飲み始める。

他人の飲みかけでも気にしない性格なのかと疑問に思うものの、ただのコーヒー好きなよう。

ぬるくなったというのに、美味しいそうに口をつけていた。

 

「神ならぬ身にて天上の意思に辿りつくもの、か。テメェは神にでもなりてぇのか?」

 

「まさか、傲慢で理不尽で人を愛さない神なんてクソほど嫌い。神様嫌悪症なの」

 

笑みを浮かべ天羽は知りたがりの少年を見つめる。

長身に比べ少し幼い顔は、可愛らしく恐怖に彩られていた。動揺し、硝子のような黒目は少しだけ小さくなっている。

その顔も可愛らしい。けれど一番見たいのは喜びに満ちたような笑顔なのだ。

 

「そんな神に人間如きが成ろうだなんて笑えるでしょ?」

 

「……興味あるのかディスってんのかハッキリしろよ」

 

「あたしも神への反逆に加わりたいだけ」

 

()()()()()()愉色を見せ、怖がらせないようにするも逆効果。

さらに警戒心を強められてしまう。

 

「あたしは神なんて大嫌い。でもね、そんな神を目指そうとする人間が愛おしくてたまらないの」

 

神なんて代物は夢物語だと、この街の学生たちは思う。

科学でできた街、垣根も同じく万能という意味で神という言葉を使う。

 

しかし、天羽彗糸はこの世界の人間ではない。

信仰心がものをいう宗教に近いところで暮らし、その恩恵を受けてきた。

 

そして何よりも、彼女は神の垂らした救いの糸を握ったのだ。

 

神の存在を本能的に理解していた。いや、知っていたのほうが正しいか。

もしここが本当に別世界と呼ばれるものならば、彼女がいるのは神の仕業という事になる。

この世界でもまだ異世界への行き来は不可能なのだから。

彼女がここにいることこそ、神の証明になる。

 

この世界の理不尽を生み出す、厄介な神様はいる。

彼女はそう理解していた。

 

 

そんな言葉が言えるはずもなく、天羽の思考はドアのノック音で掻き消える。

誰か知らない人が尋ねてきた音に、垣根も椅子から離れて再びテーブルの上へ腰をかけた。

行儀が悪いと一言言いたかったが、あまりにも様になっている彼に余計な口出しはできない。

 

「どーぞー」

 

来客に間延びした声でドアの向こう側へ声をかける。

真っ白いドアが開くと、そこには花飾りが似合う初春飾利と、目の下に隈をこさえた木山春生が立っていた。

 

「お取り込み中ですか?」

 

「んーん、ご要件はー?」

 

「あの、今からMARに資料を届けにいこうと思うんですけど、こっちにも資料があるらしいので……」

 

「あー、取りに来たんね。はいはい」

 

初春たちの言葉にUSBを掴んで立ち上がる。

彼女たちの要件はデータの回収。MARに連れて行かれた生徒たちのためにできることはないかと考えた結果、集めたデータを引き継いでもらうことにしていた。

そしてそのデータは天羽も持っている。

幸いなことにもうデータの移送は済んでおり、あとは渡すだけ。

 

「よければ一緒行くよ」

 

「そうですね、一緒行きましょう!」

 

「なら病院の入口で待っててくれない?あたし先生に外出のこと言ってくるから」

 

「わかりました!待ってますね!」

 

USBを渡すと、天羽は少し考えてからついていくことにした。

正直いうと、彼女は全ての物語の全ての道筋を知っているわけではない。

特に外伝作品。超電磁砲に関しては。

オタクな妹がいたらどれだけいいかと思うものの、いないものに縋ることはできない。

 

彼女は面倒なことに、自分の足で状況を確認をしに行かなくてはいけない。

それも、別の目的があれば尚更。

 

「垣根くんは?」

 

「……いや、いい」

 

「そう?じゃあ研究室閉めちゃうから外出てくれる?」

 

白衣を脱いでドア近くのラックにかけると、垣根と目が合った。懐疑的で疑い深い目は少し居心地が悪く、急かすように彼を部屋から追い出す。

マグカップを持ったままの彼を容赦無く背中から押して、研究室のロックをかけた。

あまりに突然の行動に驚いた垣根だが、それに動じることはない。

別に不審に思われようと、疑われようと、どうでもいい。

 

「は?何言って」

 

「垣根くんパソコン触るでしょー?それはダメですー」

 

天羽はそれに興味はない。彼の嫌悪も何もかも、知っていても天羽のやるべき事は変わらない。

姉として、全てを助け、救い、赦すこと。姉というものはいつだってそんな役割で、下の者を包み込んで見守らなくてはいけないのだ。

 

姉の役目を全う出来なかったから、今回は完璧に姉でなくてはいけない。

誰に嫌われようと、誰に貶されようと、彼女は姉であり続けなくてはいけない。

 

「はいロック完了〜!ハッキングしたらすぐに分かるから入っちゃダメだよ〜!」

 

「チッ……」

 

垣根を優しく部屋から追い出し、ガチャんと扉を閉める。電子ロックを施し、自分のIDでしか開かないようにすると彼に向き直る。

物凄く嫌そうな、残念そうな顔をしながらマグカップ片手に舌打ちをしてくるが、仕方の無いことなのだ。我慢してもらいたい。

 

(絶対無断で入りそうだし、先生に頼んで彼を監視しておいてもらお)

 

置物同然のスマホとは違い、この研究室は天羽の全てが置いてある。冥土帰しの計らいというべきか、もはや自室になっている研究室においそれと他人を置いたままにはできない。

それも目の敵にしてくるハイスペック理系男子なら尚更。

 

「んじゃ、いってきー!」

 

スマホを取りに一旦看護師の更衣室に戻り、そして病院の出口へ。

初春と木山の待つ場所へ向かう。

 

いちいちスマホを取りに戻るのは面倒だが、スマホについたぬいぐるみキーホルダーは垣根からの贈り物。詰まるところ十中八九盗聴器である。

そんなものを研究室や冥土帰しの近くにおいては置けない。彼女の正体を知る一人である医者との会話など、聞かれたらバレるどころの話ではない。

 

人の多いロビーを抜けて、入り口へ。初春たちと合流するとそのまま歩いてMARへと向かう。

本当はどちらともMARに行かせたくはない。解決するとはいえ、悲しい思いはさせたくなく、涙も見たくない。

それでも風紀委員(ジャッジメント)のプライドと生徒への愛情を胸に向かう彼女たちに、天羽が強く言えるはずもなく。

 

別にいいか。どうせ解決するし。

 

そんな楽観的な姿勢で天羽は彼女たちの後ろを追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MARの研究所へ辿り着くと入り口から中に入り、テレスティーナの元へ。

ロビーでどこにいるか聞き出すと、そこへズカズカと歩いていく。アポなしの来客だというのに、スムーズに進むのは策略か。

 

「まぁ、それでわざわざ今までの研究資料を?」

 

通路の先、薄い髪色の女性の後ろ姿を見つける軽く状況を説明して書類を手渡す。その綺麗な顔が一瞬歪んだのを初春たちは気がついていないようだった。

 

「それで、あの、枝先さんたちに会わせてもらいたいんですけど……」

 

「残念だけど無理ね」

 

微妙な空気が流れる彼女たちの間に初春が割って入る。書類を一瞥もせずに笑顔を貼り付ける彼女は、どう見ても機嫌が良くない。

だというのに飴のような甘ったるい声がテレスティーナに掛けられると、空気が軽くなり再び笑顔を貼り付けた。

 

「子供たちは移送することになったの。ここよりも設備の整ったところに行くのよ」

 

「どこの施設ですか?」

 

「それを教える訳にはいかないわ。あの子たちのことはこちらに任せてちょうだい?MARが責任をもって治してみせるわ。あぁ、そうそう、春上さんも一緒だから」

 

何かを隠すような笑顔でさらりと言葉を返す。

これ以上話を聞くな。暗に伝える本音はそんなところだろう。

 

「え?どうして?」

 

「だって、ずっと探してた仲良しのお友達なんだもの。一緒に居たいんじゃないかな?」

 

「でもっ!」

 

抗議の声を上げようとした友達思いの少女を遮り、その女性はポケットから何かを取り出した。

この間も見せた市販のマーブルチョコの筒。

ポンと軽い音を鳴らし、フタを開けると初春に手を出すように促す。

 

「選んだ色が出たら春上さんでも子供たちでも合わせてあげる」

 

「えっ……」

 

突然のことに初春は言葉を詰まらせる。

何も答えず混乱している彼女に痺れを切らすと、短くため息をついて筒を振って音を鳴らす。

 

「仕方ないわねぇ、じゃあ黄色にしとく?」

 

勝手に色を決め、少女の手に一粒のチョコレートを出した。その色は明るく華やかな黄色とは真逆の落ち着いた茶色だった。

 

「あらぁ、残念!茶色!」

 

「からかわないでください!」

 

「あら!私は真面目よ!」

 

喉を鳴らして笑うテレスティーナに噛みつくように声を荒げるが、それでもテレスティーナはおちょくるような喋り方をやめない。

小馬鹿にしたような表情で肩を竦めると、脇に挟んでいた書類を床にぶちまけた。

偶然にも意図的にも見えるその仕草はなんとも薄気味悪い。

 

「あらぁ、ごめんなさいねぇ」

 

そうはいうものの、落としたUSBをハイヒールで踏み潰す。

バキッと嫌な音を立てて粉々に破壊されたUSBはもはやデータを移行する機能を無くしていた。

 

「でも、どうせこんなデータ、役に立たないから」

 

「役に立たないかは見てからじゃないとわかんないよ、ね、木原さん?」

 

「あら、私のミドルネーム、ご存知なのね?」

 

嘲笑うように言い放つテレスティーナに、ただ一人少女は笑いかける。

イタズラ好きな妖精の笑み。まるで全てを知っているかのような微笑みは、テレスティーナの機嫌をさらに逆撫でする。

背が近い彼女たちは、誰にも邪魔されずただ目が合った。

 

「木原……?」

 

「あなた達は知らなかったのね。私のフルネーム、テレスティーナ=木原=ライフラインよ」

 

天羽の後ろで、木山は小さくつぶやいた。その名前を彼女は知っている。一族全員にマッドサイエンティストという末恐ろしい家系。

その名字を聞くやいなや木山が彼女に掴みかかる。

木山と初春を守るように前に出た天羽の肩を突き飛ばして、腕を伸ばす。諸悪の根源たる女に怒りをぶつけるため。

 

「き、貴様ぁ!」

 

しかしテレスティーナは救助隊の人間。加えてマッドサイエンティストの家系は何故かやたらと武闘派が多い。

木山の腕を受け流し、そのまま木山の拳を振り下ろす。

 

しかし当たったのは木山ではなく、綺麗な金髪の女。天羽の腹に当たった拳は体に衝撃を与え、バランスを崩す。

床に体が叩きつけられると鈍い音があたりに響いた。バランスが悪かったとはいえ、健康体重の重めの体だというのに軽々と吹っ飛ばす豪腕に驚くも、うまく言葉が吐けない。

 

「天羽!」

 

「天羽さん!大丈夫ですか!?」

 

痛みは感じないが、衝撃により肺から空気が漏れ出す。床に這いつくばって咳き込みながら息を整えると、木山と初春はひどく心配した顔を見せてくる。

しかしその表情は天羽の意図するものとは違っていた。

 

(なんで泣きそうな顔をしているの?)

 

痛みを知らなくて済んだことに喜んでいて欲しいのに。

傷つかなくて良かったことに安堵していて欲しいのに。

 

「私たち忙しいの。そろそろお引取りを」

 

心配性の先生と少女をよそに、テレスティーナははっきりとした口調で踵を返す。

もうここにいる理由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初春は泣きながら何処かへ走り去り、天羽も木山に手を引かれて走りながらわけも分からず病院へ戻ってきた。

病院に着くと、木山は一人で研究室へ向かい、閉じこもる。

不思議な行動にキョトンとするが、すぐに興味は別のものに移る。

自分の研究室へ繋がる廊下にある休憩用のソファとテーブルに背の高い少年とカエル顔の医者が談笑しているのが見えたからだ。

 

「よぉ、おかえり」

 

なにやら御機嫌なのかニタニタと笑いながら頬杖を着いている垣根。

先生に監視を頼んだのは正解だったようで、スマホには電子ロックへのハッキングの形跡は通知されていなかった。

 

「先生、垣根くん変なことしてませんでした?」

 

「いいや?締め出された後からずっと話し込んでいたんだね?」

 

良い子にしていたようで一安心。だが、ここで話し込んでいる場合ではない。

彼には少し頼み事があるのだ。医者と話しているのは困る。

ちょいちょいと手招きをして垣根に立ってもらうと、ニコニコと笑顔で連れ出した。

 

「んじゃま、垣根くん借りますねー?」

 

「は?おいっ!どこ掴んでやがる!」

 

「どこって、襟?」

 

「やめろ!伸びる!」

 

ウェッジソールの靴のおかげで目線がほとんど一緒の彼の襟元を掴むと、そのままエレベーターまで歩き出す。

背が近いと、引っ張っていくのがとても楽で便利だ。

しかしずるずると連れていかれるのは趣味ではないようで手を叩かれて恨めしい目つきで睨まれる。

 

「あのさ、ちょっと手伝って欲しいの」

 

仕方がないので手を離し、そのまま先にエレベーターに乗り込む垣根を追う。すぐに扉が閉まったエレベーターの中、妙に静かな狭い空間で先に口を開いたのは天羽だった。

そしてその言葉は、垣根にとっては信じがたい言葉でもあった。

 

「手伝って、欲しい……?テメェが……?」

 

「え?なんでそんな驚いてんの?」

 

驚愕と少しの喜びに染まったその顔は天羽としては少々不本意であり、そんな顔をされる理由が思いつかない。

垣根にとっては天変地異が起こったようなものだが、本人は何がそうも驚かせたのか一切わからない。

 

「いや、人にお願いするような女じゃねーだろ」

 

「だって、あたしパソコン苦手だからさぁ」

 

「パソコン?」

 

長女だから甘え下手というのもあるが、彼女は誰かに自分の意思でお願いをすることは滅多にない。

あるとしても「強いお姉ちゃんあるある」に抵触する程度のライン。

そんな天羽が危険を承知で垣根に頼むのは、いわゆるクラッキングである。

 

天羽は電子機器に疎い。情報工学に関心がない。

もちろんwordやexcelは使えるし、セットアップなど基本的なものは出来る。元の世界、もしくは現実世界の人間程度のことは普通に出来る。

だが、ハッキングとなったら話は別。そこまでのことは範疇外だ。

というか犯罪である。

できるはずがない。

 

「垣根くんならどーせ知ってると思うけど、テレスティーナさんって木原の姓を持ってるんよ。それで大体理解できるっしょ?」

 

「あぁ」

 

「MARの研究所から子供たちが移動させられるの」

 

「それで?」

 

「移送先に先回りしたいんだけど、場所わかるかなーって」

 

そうなると学園都市第二位の頭脳を有し、軽々と機械を分解組立をしてみせる垣根に白羽の矢が刺さる。

エレベーターの扉が開き、神妙な顔をして静かに頷く垣根と共に一階へ降り立つ。

天羽にとっては自分の信念を曲げるようなものだが、それがないと話が進まないのも事実。

背に腹はかえられぬ。

 

「……俺はエスパーじゃねぇんだが」

 

「ハッキングして?」

 

「堂々と犯罪宣言してんじゃねぇよ。」

 

話をしながら向かうのは関係者用の駐車場。なんてことない日常の一コマのような空気で突然ハッキングしろと言われたら、流石の垣根も呆れて言葉も出ない。

だが少し興味が湧いたようだった。

顔をヒクつかせるが、ため息をついて手を差し出す。何を意味するのかわからず首を傾げていると、イラついた声が口から溢れた。

 

「……仕方ねぇ、貸しひとつな。おら、スマホ貸せ」

 

「あたしの?」

 

「いいから貸せ」

 

駐車場につながるドアを開きながら、ズボンのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出す。彼に手渡すとすぐさまロックを解除してポチポチと何かをしだす。

 

慣れた操作に黙り込むが、内心天羽は気が気ではない。

前回貸した時も思ったがなぜこの少年はスマホのパスワードを知っているのか。なぜアプリの場所を知っているのか。

彼が知り得ない情報だというのに、何故か垣根は知っていた。

 

彼女のスマホに情報はほとんど入ってない。強いていうならネットの履歴と画像、クラスメイトの連絡先程度だ。

それかスマホ経由でプロバイダーと回線事業者の情報を抜き取るくらいしかできない。それをしたって分かるのは天羽の名前と住所くらい。

 

とはいえそれでも調べられたら困る。

何故か。

 

彼女のデータは()()()()()()のだ。

書庫(バンク)にも能力の簡単な説明と名前、写真()()()()

それは彼女自身が本物の人物じゃないから。本来の人間ならあるはずの情報量が、彼女にはない。少なくともデータ上には。

 

藍花悦もそう。あるのは強度(レベル)と名前だけ。学校名は愚か、性別も、姿も、能力も、家族構成も何もかも載せていない。

こちらに関しては秘匿た方が良いと冥土帰しに言われたためだが、それでも秘匿されている事実は明らかにおかしい。

 

彼は天羽の情報にたどり着けない。

けれどそれそのものがおかしい話。

だから調べられるのも困りものだった。

 

「どれどれ……警備員(アンチスキル)の回線から周り込めばいいか」

 

「出来たん?」

 

作業が終わったかのような雰囲気を感じ取ると、彼の後ろからスマホを覗き込む。

ハイヒールのおかげで殆ど背丈が変わらないため、楽々と覗き見ることができる。嫌がる顔をする垣根だったが、なんだかんだ攻撃してこないあたり危険じゃないと認識されているようだ。

正確には格下の馬鹿と思われているのだが、天羽にとってはどうでもいいこと。気にも留めなかった。

 

「出来た。ふたつあるな……どっちが本命か……こっちだな。たしかこの先に閉鎖した研究所があったはずだ」

 

「ありがと。じゃあ行ってくるわ。鍵ちょーだい」

 

どうやら監視カメラの映像を入手したようで、スマホの画面に映ったMAR本部の映像には一般車に偽造された輸送車が映っている。

MARの車両は木山を誘き出すための罠だったはずで、そこから本命の車両に目星をつけたのだろう。そこまで計算に入れるとは恐ろしい少年だ。

 

「……あ?」

 

「バイクの鍵!返して!」

 

そんな少年に手のひらを差し出す。

わざわざ駐車場まで来たのは移動手段のため。天羽の移動手段であるバイクは未だ垣根の手の中にある。正しくはそのキーが。

いい加減彼に奪われたままの鍵を返して貰わねば今回の移動に使えない。

そう手のひらを見せながら催促するが、垣根は何を言っているのかわからないと言った風に目を丸くする。

 

「俺が運転するし、つーかそのつもりだったから言うこと聞いてやったんだけど」

 

「ダメだよ!危険だし、垣根くんは連れていきません!」

 

天羽の言葉に垣根は意地を張っているのか、鍵を返すことはなかった。都合のいい時にだけ頼って面白いことには関わらせないなんて、好奇心と知識欲のある垣根には旨みがない。

 

しかし天羽は姉として、守護者として、彼を危険な目に合わせる訳にはいかない。

たとえ彼が天羽より強くても、それを認めてはいけない。なぜなら彼女は姉だから。

姉という生き物は、いつだって強くなくてはいけないのだ。

それは全てに該当する。垣根も、インデックスも、上条も、木山も、御坂も、初春も、佐天も、白井も、テレスティーナも。

全ての人が彼女の妹であり、弟であり、護るべきものなのだ。全てを守る為ならば、彼女は全てを捨てても構わない。

 

「じゃあ鍵は渡さねぇ」

 

「ねぇ!??ふざけてんの!?」

 

しかし、その気持ちは彼には伝わらない。

何故なら彼は強者だから。

それでも彼女は全てを守りたい。悲しみなんか知って欲しくない。痛みを知って欲しくなかった。

たとえ彼女が弱くても、それだけは譲れない。

 

「連れてってくれるのなら、返すけど?」

 

「……じゃあ歩くからいい」

 

仕方ない。ここは最善の選択をしよう。そう言い聞かせて歩き出す。

彼を巻き込まない方法。それは彼の願いを聞き入れないこと。

 

「え?は?マジで言ってんの?」

 

「大マジ」

 

「拗ねんなよクソガキ」

 

その足を止めたのは他でもない垣根の言葉。

売り言葉に買い言葉。拗ねている訳では無いが、クソガキ呼ばわりは流石の天羽も腹がたつ。

経験も精神も、倍以上の年月を生きてきた天羽がガキなわけがない。

それでも今子供の姿をしていることを強く再確認されているみたいで、ただただムカつく。

 

「んまー!クソガキだなんて、お姉ちゃんに対して酷くない!?」

 

「誰が姉だ殺すぞ」

 

「あたしですー!」

 

大きい胸を張り、堂々と姉であることをアピールするが、垣根はジト目になりながら溜息をつく。

何言ってるんだこの女はといった哀れみの籠った目だが、ここで辺に言い返すと惨めな気持ちになるので口を閉ざして彼の発言を待つ。

 

「……はぁ、飼い主は寛容じゃなきゃいけねぇからな、返してやるよ」

 

「だーれが飼い主じゃ!」

 

「え?俺」

 

おとぼけ顔で当然のように言ってくる彼にイライラが募る。垣根にとってはこの程度の軽口はじゃれあいであり、犬がまとわりついてくるのと同じもの。

垣根的にはもちろん中傷でもあるが、一種の褒め言葉でもある。(馬鹿で平和なやつだな、と言う意味だが)

しかし彼が天羽を犬に例えることが何よりも嫌いだった。犬、それは動物のことでもあるが、配下という意味もある。

 

彼女が誰かの下であると言っているようで気分が悪かった。

そして、下に見られるのが何よりも嫌な彼女には犬という単語は腹立たしい。

 

「お姉ちゃんはあたし!」

 

「年下がふざけたこと抜かしてんじゃねぇ!」

 

「もー!我儘なんだから!」

 

「それはテメェだろうが!」

 

ひとしきり言い合った後、ゼェゼェと荒い息をあげながら改めて垣根と向き合った。

手を突き出し、鍵を求めるが相変わらずの仏頂面で頑なに拒否続ける。

 

「……はぁ、とりあえず鍵、返して」

 

「ついて行っていいなら返してやるって言ってんだろ」

 

この漫才のような論争を続けても垣根は一向にかぎを出さない。

 

(さては意地になってるな)

 

こうなったらテコでも動かない。それはもういない妹から学んでいた。

 

生意気で姉の気持ちなどわからない妹はいつだって天羽の側にいようとした。どんなに他人に偏見を持たれても妹は姉の側から離れない。

あの子への思い出と愛情が迫り上がってくる。もう二度と会えないというのに。未練タラタラで女々しいことこの上ない。

でもこの後悔が、思い出が、悲しみが、記憶が、罪が、感情があの子を証明するただ一つの証拠。

決して忘れてはいけない彼女の罪。

 

彼女を救えなかったことへの罪は彼女が永遠に後悔し、他人を助けること。

天羽彗糸は姉なのだから。

 

「……じゃあ、あたしの後ろでナビして。あたしコンピューター苦手だし」

 

「ま、それでいいや」

 

だから本当は彼を連れて行きたくない。

でも、連れていかないと彼はきっと鍵を返さない。返してはくれない。

 

いつだって全てがうまく行った試しがない。幻想御手(レベルアッパー)の時も、インデックスの時も、妹の時も、今も。

介入した全ては運命通りに進んでいる。

どんなに運が良くとも、結果がともわなければ意味がない。

 

彼女はそういう星の下で生まれてしまったのだ。

そしてその理不尽なる運命から彼女は逃れようと必死に歩む。

 

「後で返せよ」

 

「いや、あたしのなんすけど」

 

仕方ないと言わんばかりに垣根は鍵を投げつける。咄嗟にキャッチできたものの、その口ぶりはまるで所有者のよう。

 

(この子、さり気なくバイクの所有権を奪おうとしてない?……ま、それもいいか)

 

どうせ姉のものは全て下の子に渡されてしまうのだ。

姉らしくお下がりにしてあげるのも、大人の対応と言えるだろう。

 

「てか、木山はいいのか?あの女もついて行くだろ」

 

「彼女には言わないよ。先に行っておいて不安要素を無くしておきたいの」

 

鍵を受け取り、エンジンを掛けると空気を大きく吐き出すようにモーターの音が駐車場に響き渡る。

ヘルメットは被らずにバイクに跨り、彼を後部座席に促す。

邪魔な髪の毛を簡単に下の方に二つに結んでいると、低い声が後ろから聞こえた。

 

「……テメェらしくねぇな」

 

何を企んでいる、と唸る彼はさながらライオンだ。後ろから刺されないといいが。

手元が狂って垣根をバイクから振り落としかねない。彼を怪我させるのは何があっても避けたいのだ。

 

「残念だけど、近接戦闘と盾以外であたしができることは少ないからさ。カーチェイスは無理なんよ。だからせめて子供たちの安全確認と不安要素の排除くらいしないとね」

 

目的は二つ。

研究所で必要なものを回収すること、そしてテレスティーナに木山ではなくこちらを狙わせること。

前者の布石で、後者の方がメイン。だから視認性を高めるためにヘルメットはつけない。

本当は垣根にはつけていて欲しいのだが、姉がつけないものは妹もつけないという法則の下、彼がつけないのはわかっていたので強制はしていない。

 

今回の事件は少々めんどくさい。

記憶が確かなら、この事件は二チームに別れる。木山の車で研究所へ向かうチームと、MARの足止めをするチーム。

本当はどちらにも行きたい。しかし彼女は二人もいない。どっちにもいけない。

なのでどちらにも行かないことにした。

 

つまるところ誘導作戦。

 

天羽が御坂らよりも早く行動することでMAR、そしてテレスティーナを天羽の方に向かわせる。

そうすれば木山や御坂の方には追っ手がこないことになる。

成功するかは分からないが、成功すれば誰も傷つかない。

今度こそ守れる。

 

彼女は不死者(死なない)

だからこそ、彼女が全てを引き受ける。

 

「成長してきてるじゃねえか駄犬」

 

「次に犬扱いしたら出禁」

 

軽口を叩き合いながらアクセルを押し込む。

熱い空気を打ち消すように心地の良い風が体を通り抜ける。

 

誰も傷つかない夢を見て緑色のバイクは前に進んでいく。




月金に更新していきたい。
10月までに暗部編にいきたいのにこのペースで大丈夫なのだろうか(反語)
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