追記
書き直しました。
プロローグ
黄金が眩しい。
たくさんの薬と、たくさんの管。
超能力者へ至ると宣告された少年は、研究所の中、独り静かに次の工程が始まるのを待っていた。
白と灰色、少しばかりの水色。
殺風景な研究所はどこもかしこも孤独で、つまらない。
だからか、ふと目に入った黄金が気になった。
医者か、研究員か、白衣を着た男と幼い金髪。
次の実験体か、はたまた視察に来たご令嬢か。
顔も見えず、視界の端で捉えたほんの一瞬の金色。ただそれだけだった。
けれど、それはまだあどけない少年には強烈な色彩だった。
六月下旬。晴れ。
巨大な壁に苛まれ、百何万という学生を抱える巨大な都市。
科学の見本市、何百もの研究所が乱立し、超能力を研究するここ学園都市の地下街、チープなゲームセンターで歓声が上がった。
「うっわ!すげぇなお前!すんげぇとるじゃん!」
がこんと大きな音を立ててUFOキャッチャーの取り出し口に箱が落ちると、少年が一人、高い背を縮めてぬいぐるみを頭から鷲掴み、それ見た事かと鼻で笑う。
投入したコインは一枚だけ。
友人相手に自慢したくなるのも当然で。
端正な顔がみせる気怠げで上から目線な笑みは、多くの女性を落としてしまうような、そんな男にとっては気に食わない笑みだった。
「ここの出来が違うんだよ、バァーカ」
「くっそぉぉぉ!」
指でトントンとこめかみを指すと悔しそうに、しかし楽しそうに少年を取り囲む学友が文句を叫ぶ。
とはいえぬいぐるみなんてその場のノリで取っただけであり、思春期まっしぐら立派な男子高校生である彼は別に嬉しくとなんともない。
彼の手の中で帰る家を待つぬいぐるみは、はっきり言って手に余る。
「あー、どーすっかなこれ。お前らいるか?」
「え、じゃあ貰うわ。ラッキー!」
楽しそうな友人たち、その楽しさは伝染し、滅多に笑わない彼もほんの少し口角をあげる。
しかしそれでも心の奥底ではこの楽しさに浸ることが出来ていなかった。
それも当然の話。
彼の日常は、非日常だ。
ぬいぐるみではなく死体を。
コインではなく弾丸を。
賞賛ではなく罵倒を。
学友ではなくクソ野郎を。
明るく希望に満ちた学園都市、それを維持するための汚れ仕事を請け負う暗部。
成績優秀とはいえ、まともに学校にも行っておらず、数少ない友人と遊ぶ機会など滅多にない。
今日の偶然は本当に珍しく、奇跡に近いオフだった。
「なな、あの子可愛くね?」
「は?」
しばらくオフはないだろうとぼんやりぬいぐるみを見つめていると、友人のひとりが肩を叩く。
目線の先にいるのはひとりの学生。
女性にしては背が高く、丁度少年の目線と重なる。眩しい金髪の毛先はピンク色で、体格も顔も、派手な印象を与える少女だった。
「あれは……どこの制服だ?」
「Fラン高校のセーラー服だよ。頭悪そうだし、ヤらせてくれねーかな……ぁっ!?なにすんだよ!」
童貞のくせになにいい気になってんだ。
セクハラ発言が鬱陶しい友人の足を踏みつけ、痛みに悶える叫びをぼんやりと聞き流しながらその少女を見つめる。
なんだか気味が悪い少女だ。
蛍光緑の爪。
軽く見積っても両耳で八箇所は空いているピアス。
腕や首にこれでもかと巻かれたブランド物のアクセサリー。
スクールバッグにじゃらじゃらとついた緑とピンクのチャームや缶バッチ。
体の凹凸や谷間がこれでもかと目立つ肌色多めの着こなし。
まるで私を見ろと着飾る蝶や孔雀のようで。
一人、この世界で色を身にまとっていた。
「あれ?結構タイプだったか?」
「あ?」
「しょうがない、ここは友人として渡し船を出してやろう」
「それ言うなら助け舟……って、何すんだ!」
輝きに目を奪われるカラスのようにじっと見つめていると、背後から腕を掴まれる。
珍しく、少年の本能が危険を告げた。
ニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべる彼らに、少年は嫌な予想がフラッシュ暗算が如く次から次へ浮かんでは変わっていく。
ミステリアスな孤高の美少年が珍しく興味を引いた。
それも成績優秀の彼とは真逆(のように見える)の少女に。
男子高校生が、こんな面白いシチュエーションを逃すわけないのだ。
「なにって、決まってんだろ!!」
「おいっ!やめっ、うわっ!」
腕を思いっきり引っ張られ、放り出される。パチンコの要領で弾き飛ばされた先には先程の金髪頭。
はっきりと、最悪の想定が脳裏をよぎる。
「うわっ!」
「ひゅー!大成功!」
失態とはこのことを言うのだろう。勢いを殺しきれず、少女を巻き込み派手に転んだ。
少女の上に馬乗りになってしまい、結果として少女を押し倒すことになってしまう。
最悪だ。
感触が。柔らかさが。顔を包む香りと布越しに伝わる心音、柔らかさが少年から血の気を引いていく。
手の中の膨らみ、頬を圧迫する熱を帯びた肉。学友をセクハラだのと言えない状態に体が固まる。
早くこの場を去ろうとすぐさま起き上がるも、申し訳なさなのか、罪悪感なのか、少女の顔を見る事が出来ない。
床に散らばる金髪がやけに目について、吐き気がする。
羞恥心に違い感情を抱いたのは久しぶりだった。
「わ、わる……」
「お兄さんダイジョーブ?派手に転んだけど、足とか、痛めてない?平気なん?」
辛うじて喉から出た謝罪の言葉。しかしそれは思わぬ人物に遮られる。
「は?え、あ、大丈夫、です?」
それは巻き込んでしまった被害者本人。
明るく、大人びた少女の声に顔を上げると、丸い瞳と目が合った。
緑と赤。鮮やかな瞳だった。
思わず上擦った声でなれない敬語が飛び出すと、少女はとても、心から、心底安堵したように笑う。
「そっか、よかった。気をつけてね?」
強烈な違和感と不気味さ。
気味が悪い。
床に強く押し倒されて。
チャラついた見た目の男に馬乗りにされて。
恋人にしか許さないようなところを触られておいて。
文句も言わず許すばかりか、ぶつかってきた相手に心配する目の前の女は本当に人間なのか。
もちろん気が弱くてなあなあで済ませてしまう人がいるのはわかっている。特に背が高くてチャラそうな同年代相手、文句を言えず怯んで逃げる人もいるだろう。
しかし目の前の女は違う。
心の奥底。偽りのない感情から少年を心配していた。
ただただ、不気味でしょうがない。
「……?俺の顔になんかついてんのか?」
しかし、その思考は直ぐに中断された。
顔に穴が空くほど見つめられていることに気がつくと、少女は慌てて顔を逸らす。
その目には焦りと困惑がかすかに読み取れる。
「えっ?あ、えと、なんでもないよ!怪我ない?」
取り繕った言葉で有耶無耶にしようとするが、その態度が不信感を募らせていく。
その態度は垣根に見惚れたとか、少し恥ずかしくなったとか、そういうものではない。
垣根はその態度をよく知っている。
後ろめたさ。恐怖心。秘密。
根拠はないただの勘。だが、今回ばかりはこの勘を信じた。
俺を知っている?
もちろん、学園都市に七人しかいない超能力者のひとりである以上、様々人間が名前を知っているのは百も承知。
だが、この女は違う。
裏側を知っている。
そんな確信めいた憶測が脳裏を過った。
「……悪いな、ぶつかった挙句乗っかっちまって。よかったらお詫びになんか奢らせてくれねぇか?」
「ぶつかったくらいで?」
気味の悪さが不信感を増幅させる。
一度気になったらとことん追求したい。自分の邪魔になるのなら、潰したい。
本音を言うと、この不気味な少女を知ってみたかった。
「男が女を誘う理由ぐらい分かるだろ、お嬢さん」
「えー、まぁ。バイトまで時間あるし」
「そりゃよかった。で、名前は?」
床に座り込む少女の手を掴み、引き寄せると鮮やかな髪が空気の中に広がった。
とても華やかで、不気味な少女。
その笑顔は幼い。
「あたしは
しかし、少年の声にその笑みは消えていく。
「
赤と緑の瞳が少年を真っ直ぐ見つめる。
「第、二位……」
その鮮やかさがやけに目について、まるで世界を変えてしまったようで、瞼の裏からしばらく消えなかった。
◼︎
カエル顔の男は問いかける。
「キミが、噂に聞く天才少女かね?」
少女は頷く。
男を見定めるように目を細めると、口を開かずにその後ろを小さな歩幅で着いてきた。
小学校に通っていたら四年生か五年生か。実年齢より随分幼い外見はまるで西洋の球体関節人形のように可憐で、整っている。
だと言うのにまるで成人した女性のような気迫と所作があるその少女は、顔色ひとつ変えず多くの子供が集う研究室を歩いていく。
それもそのはずで、彼女はその見た目と反して六歳にしてアメリカの高名な大学に飛び級、生物学の分野で医者と準ずる学問を納めた天才少女。
知識の化け物だった。
「学園都市に来たい、それも確かだね?」
またも少女は頷く。
研究室を何部屋か通り過ぎて、自分の研究室へたどり着く。
その間に何人もの研究員や実験体に見つめられ、少し罰が悪い。
第二位になる予定の少年もいるこの施設。彼女のような普通じゃない子供はよくあることだというのに、誰もがその子供の大人びた冷たさに怯えていた。
「この都市で救いたい人が居る。それだけじゃ不十分?」
ブラインドを下ろした窓の隙間から零れる夕焼けが少女を照らして、黄金の髪を輝かせる。
まるで太陽のようだ。
あまりにも眩しい少女から目線を外すと、机の上に散らばる書類が嫌でも目につく。
━━天才少女、学園都市へ?
新聞の見出しと、上から送られた彼女の情報。
こんな不気味で、未来ある少女を研究に、ましてや昔馴染みの患者からのお願いに消費したくはなかった。
けれど運命とは人の手で変えられない。
「それが願いだと言うのなら、歓迎するがね?────
資料に映る
全く同じ顔の金髪の少女はかすかに嫌そうな顔をして、もう一度口を開いた。
「いいえ。天羽彗糸、そう呼んでちょうだい」
名前の通り藍色が似合う少女は、なんだか馬鹿にしたような顔つきでただただ微笑むだけだった。