とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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18話:生命線

パソコンの光が眩しい狭い管理室の中、背の高い少年、垣根帝督と同じく背の高い女、天羽彗糸がカタカタとキーボードを忙しなく叩いていた。

 

「うーむ、データはあんま残ってないなぁ」

 

ギシッと椅子を軋ませながらその場で伸びをすると肩を鳴らす。

徹夜続きのOLのようなその仕草は見た目と相まって大人びて見える。

彼女が今まで見つめていたパソコンにはError_Not Foundの文字がびっしりと詰まっており、誰から見ても八方塞がりなのがわかった。

 

「パソコン苦手なんじゃねぇの?」

 

彼女に目もくれずそう質問した彼は必死に青く光りを放つ画面と睨めっこしながらせかせかと指を動かす。

キーボードを打つ規則的な音は心地よく部屋に響く。

 

「簡単なことは出来るよ?ただ、ハッキングとかは無理、ていうかやったことないってだけ。そっちはどう?」

 

「深くまで潜り込んではいるがプロテクトが硬いな。めんどくせぇ」

 

舌打ちしながらも珍しく従順に天羽の言うことを聞き、研究所の全貌を暴こうとキーボードを叩く姿はいつもの彼とは思えない。

 

「無理なら休んでてもいいよ。酷使させちゃったし」

 

「あ?無理な訳ねぇだろ第二位だぞ」

 

「無理しないでね?」

 

その珍しい姿に少々恐怖的な意味でドキドキしながら彼に話しかけるが、鋭い睨みですごまれるとそそくさと目を逸らす。大抵誰かがいつもと違うことをしていると、それは決まって何か良からぬことを考えていることだと彼女はよく知っていた。

変なことやらかしたらちゃんと叱らなきゃ、と心の中で決意をすると同時にあることを思い出す。

 

「あ、そうだ、キャパシティなんたら!」

 

「あ?」

 

それはほとんどない前世の記憶に埋もれていたキャパシティダウンの存在。

 

「テレスティーナさんが開発したっていう演算妨害音響装置!多分ここに着いてるでしょ?アナウンスみたいに流せるようにしてそうだからさ、解除しといて?」

 

ニコニコと垣根に頼み込むと舌打ちしながらも解除し始める。

悪態をつき、キーボードをカタカタと打つ。イライラしている彼のタイプ音はどことなく大きく、力が篭っていた。

 

「注文が多い女だな。モテねぇぞ」

 

「うーん、モテないか。そういうの興味無いからなぁ」

 

乾いた笑いを漏らしながらぼーっと垣根のタイピングを見つめる。

その目には家族への愛情に近く、得体の知れない愛情があった。

 

「狂人の上に恋愛感情無しか、ますます人外じみてるな」

 

「恋とか性とかあたしはやっちゃいけない、知っちゃいけない。知ったらあたしはここに居れなくなる気がする。……何言ってんだろ、あたし」

 

天羽彗糸の人外じみた感覚は、その思考からくるものもあった。

 

慈愛と博愛の感情しか持てない彼女は、恋愛や性愛など微塵も興味がなかった。興味を持ってはいけないと、無意識のうちに自分に暗示をかけていた。

それは恐怖からくる暗示。愛に溺れて全てを救えなくなるという恐怖。

人に恋をする龍もいれば、人と情事に及んでしまう天使もいる。

人外だとしても、恋というのは当たり前のこと。しかしその当たり前が彼女にはできない。

確かに無性愛者や非性愛者というものもいる。だが彼女はそれに当て嵌まることはない。

元々彼女にはその感情があったはずなのだ。

しかし最愛の少女を救うと決めたその日から封をした

 

無意識のうちに封をした感情は彼女の精神を狂わせる。

いつしかそれが当たり前になったのだ。

 

「あ?恋をしちゃいけませんってどこのアイドルだよ。卒業予定はねぇーのかよ?」

 

「卒業予定は永遠にないかな」

 

くすくすと冗談に余裕の笑みを返すとさらに垣根の眉間にシワが寄る。

 

「女よりお姉ちゃんだから、そういうのはしちゃいけないの」

 

「聖女気取りか?夜中に襲われても知らねーぞ」

 

彼の言葉にはいちいち棘があり、その心情は決して良いものではない。

 

垣根帝督という少年は天羽彗糸という女に三つの感情を抱いていた。

一つは人間とはかけ離れたその精神に対する激しい嫌悪感。

二つは自分が見つけることのできない秘密に対する執着心。

最後は珍獣を手元に置いておきたいという気味悪い保護欲。

 

得体の知れない彼女へ対する感情は綺麗なものではなかった。

 

「実の姉をそういう目で見る人はいないでしょ?」

 

「はぁ……いつか痛い目見るぞ」

 

「大丈夫、痛みなんか感じないから」

 

狂気が宿った光のない赤茶色い緑の目は恐怖でしかなかった。

その気色悪い目から視線を外し、そっぽを向いて話を続ける。

 

「女として色々失ってんな」

 

「お姉ちゃんだから」

 

「そうじゃなくてよ……」

 

その異常な思考に彼は胸焼けのような感覚を覚える。

グロテスクな彼女の考え方は彼には反吐が出る代物だった。

 

「あ、でも安心して?ちゃんと垣根くんも皆大好きだから」

 

「ほんと頭イかれてんな。テメェはさながら宇宙人だな」

 

「宇宙人……間違ってはないかも」

 

「は?」

 

宇宙人という単語がストンと腑に落ちる。

 

彼女は今でも疑っていた。この世界はまやかしなのかと。

実は水槽に浮かんだ自分の脳が見ている夢なのではないか。

実は高度なVRゲームの世界なのか。

実はこの世界が本物で、今まで生きてきた世界が夢だったのか。

実は神が作った世界で、自分はただのキャラクターなのか。

実は地球そっくりな別の惑星に飛ばされたのか。

切りがないほどの「もしも」が彼女を苦しめる。

だからこそ宇宙人という言葉がしっくりときた。

 

宇宙人、いるかもわからない幻想で、フィクションの中ではよく地球を侵略する得体の知れない知的生命体。

今の彼女は確かに宇宙人と言えるのかも知れない。

実際は違うとしても。

 

「それよりも解除できた?」

 

「できた。木っ端微塵に破壊しておいたから、二度と使えねぇ」

 

それはそうと話を戻すと、ニヤニヤと垣根がキーボードから指を離す。

そのままその指でこんこんと画面を叩く。その画面にはCapacity_Down Brokenの文字。

解除する程度で別に木っ端微塵に壊さなくてもいいじゃないかと思う天羽ではあったが、やってしまったことは元に戻せない。

 

「いいこだね、よーしよしよし」

 

「ぶっ殺すぞ」

 

しかし良い働きをしてくれたのも事実。お姉ちゃんとして大型犬を撫でくりまわすように垣根の髪を乱雑に撫でると手を叩かれる。

悲鳴の代わりに、可愛げがないと愚痴を溢すと今度は頭を軽く叩かれた。さすがに二回も叩かれるとは思ってなかったようで、驚いて固まってしまう。

妹に拒絶されるのと同じくらいの(死に等しい精神的な)ダメージが彼女に与えられていたが、そんなことを垣根が気づくはずもなく。呑気に彼女に話しかけた。

 

「ったく、テメェも研究者ならこれくらいできるようにしろよ。遅れてんな」

 

「……研究者ってだけでなんでもできると思ってらっしゃる?」

 

呆れたように天羽の方に振り向くと、青筋を立てる彼女が立っているのが見えた。

未だ心にダメージを負いながらも垣根に返事を返すが、それでも彼は呆れ顔を浮かべ続ける。

 

「できねぇの?」

 

「できるか!」

 

「そんで、もうやることねーの?」

 

「スルーですか!」

 

微笑ましい喧嘩が今まさに始まろうとしていたその時、複数人の足音が管理室の外側から聞こえてくる。

バタバタと騒がしくなると、突然大きな音を立てて扉が開く。

 

「天羽先輩!垣根さん!」

 

勢いよく開いた扉の先には走ってきたのか肩で息をする御坂美琴と、その後ろには彼女の友人たちが不安げに立っていた。

 

「来たね、お転婆ガールズ。」

 

「なんで二人がここに!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて?」

 

ズカズカと怒りながら御坂は管理室の中にいる天羽に近く。むくれ顔で睨んでみるが「お姉ちゃん」には効かない。

膠着状態なその間に白井黒子がずいっと割り込むと御坂とは違って呆れた目を向ける。

 

「外にいたMARが倒れていたのですが、あれはどなたが?」

 

「二人でちょろーっとね」

 

グッスリ寝てたでしょ?と微笑むこの女はやはり危険だ。可愛らしい風紀委員の脳内に警報がなる。

ちょっとなんてものじゃない、と彼女は先ほど見た光景を振り返った。

この研究所の警備として配置されていたと思われるMARたちはすべてが無力化されていたのだ。

完璧な無効化。誰一人として致命傷はなく、すやすやと眠っていたのだ。

 

大能力者(レベル4)とはいえ、MARは訓練をしている屈強な人間の集まりだ、それを全て自分も相手も無傷で無力化するなど、普通の人間にはできない。

その裏に少しのトリックとたくさんの嘘が隠れているのは彼女は知らないとはいえ、結果だけでも白井が警戒するのには十分だった。

 

「それで、子供たちの居場所は分かるか?」

 

続いて初春飾利と佐天涙子を連れた木山春生が管理室に入ってくる。

不安げな表情が天羽の眼に映った。

 

「それなら垣根くんが……」

 

「あー、そうだな。今この施設内で、一箇所だけ消費電力が桁違いの場所があるからそこじゃねぇの」

 

木山の問いに他のものよりも機械に疎い彼女が答えられることはできず、未だに機械をいじる垣根に話を振った。

つまんなそうに頭を掻きながら管理室の一番大きいパネルに指をさす。

この施設の消費電力がリアルタイムに映されたその画面にはびっしりとよくわからない数字が敷き詰められている。

 

「最下層ブロックか……」

 

「わ、私達も行きましょう!」

 

木山がそれを確認すると大急ぎで部屋を出て目の前の階段を降りていく。

それを見て慌てて中学生たちが同じように階段を降りていくが、高校生二人組はじっとその光景を眺めてるだけで何もしない。

 

「階段降りるのダルい……」

 

「だからって飛び降りんなよ」

 

「垣根くんはいつからテレパスになったんですかねぇ……?」

 

それもそのはずだ。目の前にある階段は最下層ブロックまで続いているのだ。

そしてこの層と最下層までには何層も挟まっており、一種の高層ビルのような作りになっている。

現実的でなんだかんだ合理主義な二人にはその非合理的で現実味のない長い階段に冷ややかな笑いしか出てこない。

 

どうせ大気圏から落ちても死なない丈夫な体を持っているのだ、と考え手すりを掴む。しかし大きな手に頭を鷲掴みされその行動は始める前に阻止されてしまった。

苦笑いしながら彼を見上げる天羽であったが、垣根の珍しい怒り顔に一瞬動揺を見せると手を柵から離してしまう。

それでも階段を使いたくないのか冷めた目でもう一度階段に視線を向ける。

 

「でもさぁ、コレは嫌でしょ」

 

「エレベーター、あったはずだ」

 

「天才じゃん」

 

垣根の一言で虚ろな目を輝かせると早く連れて行けと目で訴え始めた。お姉さんというより年相応の少女的な面が残っていたかと少しばかり垣根は安心するとエレベーターへ足を進める。

それに続き天羽もエレベーターに乗り込むと5分と経たずに最下層へと辿り着いてしまう。

エレベーターの扉が開き、最下層へ足を踏み入れる。

大広場のように広く、機材に囲まれたその部屋をぐるりと見渡すと丁度木山たちが階段から降りてきた。

 

「見つけた……!」

 

「春上さん!」

 

部屋の奥、階段を少し降りたところにある広いスペースに何個も設置されているカプセルのような機械。それぞれが赤い管のようなものが中央のカプセルに繋がれている。

カプセルはオレンジ色の半透明なガラスに覆われており、中にはテレスティーナによって移送された子供達が眠っていた。

 

その子供達の入ったカプセルを束ねるように上段に配置してある一つのカプセルに初春と佐天が近寄る。中には寝息をたて目を閉じている春上衿衣が横たわっていた。彼女の無事を確認すると、辺りを確認すると言って佐天が部屋から飛び出していく。

彼女が扉を通ったその時、嫌な音がどこからか聞こえてきた。

 

「なんだこの音……」

 

「キャパシティダウン?!」

 

その瞬間、モスキート音のような不快な音がその場に響く。

頭をかき乱すような不愉快なノイズに御坂は心当たりがあった。

近頃スキルアウトが能力者狩りなどというイかれた遊びをしていたのを知っていた彼女は、同時に彼らが能力を無効化するのに使用してい機械のこともよく知っていた。

 

開発者がスキルアウトに横流しし、情報を集めていたその装置の名前はキャパシティダウン。

つい先ほど開発者本人に話を聞いていた彼女はこの音を流した犯人もよく理解していた。

 

「この、クソガキ共が……!」

 

そしてその機械は、垣根がシステムごと破壊したもののはず。

 

研究所の奥からガツンガツンと重い装甲で床を一歩づつ踏みしめながらその開発者がゆっくりと近づいてきた。

紫色の駆動鎧(パワードスーツ)に身を包み、ノーフレームの眼鏡の奥に野心を持った青い目を光らせて、薄い色素の綺麗な髪を揺らしながらその人、テレスティーナ=木原=ライフラインが現れる。

低い声で心底憎むように少女らを睨み付けると、突然の事態に混乱していた天羽の元へ向かう。

 

「さっきの礼だ!」

 

「っうぐ、っは」

 

なぜキャパシティダウンが動いているのか必死に考えていた天羽の腹に、テレスティーナは重い蹴りを入れる。

演算が乱れるこの状況で彼女に成すすべはなく、壁に蹴り飛ばされてしまう。骨が軋む音と痛みに苦しむ彼女の呻き声が悲劇を知らない少女たちの耳にこびり付く。

 

「先輩!」

 

「だい、じょーぶ、だから、ね?」

 

天羽本人に外傷は見られないが、内臓と肋骨の何本かは負傷したようで痛覚はなくとも、彼女は腹部を抑えながら肩で息をしていた。

口から赤い液体がポタポタと流れ落ちる。それでも笑顔を作ってみせるのは彼女の狂気からなのか健気さなのか。

 

撃った本人(強者)じゃなく天羽(弱者)を狙う辺り、クソ雑魚だな。チンピラ風情が」

 

「っは、言ってろクソガキ」

 

うるさいノイズに顔を顰めながら垣根はテレスティーナを見下ろす。

しかしその言葉に怒りを顕にするほど彼女も幼稚ではない。鼻で笑い飛ばすと、そのまま歩みを進める。

 

「キャパシティダウンですね!御坂さんが言ってた!能力者だけを苦しめる音だって!」

 

「なんだ?それがわかった所でどうするってんだ」

 

春上が眠るカプセルに近づくと、それを守るように初春が前に出た。

少しばかり足が震える彼女だったが、それでも勇気を振り絞ってテレスティーナの道を塞ぐ。

 

「確か、改良型は大きくて固定したスピーカーを移動できないって!」

 

「あぁ、だがこれは施設に着けてるものじゃない」

 

ため息をついてテレスティーナは話を続ける。

 

「どこの馬鹿だか知らねぇが?この施設のキャパシティダウンのシステムをご丁寧に未知のウィルスで破壊しやがってな?これは劣化版だ。だから動けはするだろ?」

 

「なるほど……垣根くんはちゃんとやってくれたと……」

 

「テメェ信用してなかったのかよ」

 

血を吐きながらも、天羽が口を開く。ふざけた口調ではあるが、彼女はいたって真面目に垣根が嘘をついていると思っていた。

忘れがちだが、垣根帝督という少年は暗部に所属している自他共に認める悪党だ。彼女はそれを忘れてはいない。

テレスティーナが暗部と何らかの繋がりがあったという描写がアニメ内にあったと記憶している以上、ある程度は警戒していた。

もっとも、現時点では垣根は無意識のうちに暗部としてではなくただの少年として接しているのだが、彼も彼女も先入観からそれを理解していない。

 

「ったく、ごちゃごちゃうるせーガキだ。せっかく良いもん見せてやろうってのに。能力体結晶の完成っていうな」

 

前に立つ初春を押しのけ、カプセルに繋がれたパソコンを立ち上げる。しかし、青白い電流がそれの手を拒む。

 

「なんでよ」

 

演算がしにくい状況での電撃は不安定で、意図した場所に当たらない。

それでも彼女は今だに火花を散らしながら憎き研究者を睨みつける。

 

「アンタだって犠牲者じゃない!お祖父さんの実験台になって、能力を暴走させられて、なのに!」

 

「犠牲なんかじゃねーよ。権利を得たのさ。私から生まれたこの種を花開かせて──」

 

感情的な彼女の発言にテレスティーナは薄く笑うと、どこからか小さな筒を取り出す。

いつも持っていたチョコレート菓子のではない、ガラスでできた透明な小さい筒。

 

絶対能力者(レベル6)を生み出す権利をなぁ!」

 

その中には真っ赤な宝石がキラキラと人工的な光に照らされて輝いていた。

 

「それはまさか、ファーストサンプル……!」

 

「こいつはこれから、学園都市初の絶対能力者(レベル6)になる!このガキ共の力を使ってなぁ!」

 

血のように赤い能力体結晶を愉しげに掲げると、ゴンゴンと春上の入っているカプセルを叩く。

その光景に舌打ちしながら垣根は頭を掻きながら彼女を見下す。

 

「体晶、だったか?だが理解できないな。それを使った絶対能力進化実験は樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)から絶望的な答えが出てると聞いたが?」

 

彼は知っていたのだ、彼女の研究について。

能力体結晶というその存在を風の噂で聞いていた。

能力をブーストさせる代物とは聞いていたが、まさかここで繋がるとは。そんなことを考えながら彼はその開発者に目を向ける。

 

「なぁんだ、知ってんのか?なるほど?テメェはこっち側ってことか。教えてやるよクソガキ、いいか?研究者ってのはなぁ、自分の目で確認しないと気が済まねぇんだよ!」

 

「あー、やっと治った」

 

「あ?」

 

一触即発の雰囲気の中、低い女性の声が部屋に木霊する。

壁際でふらふらと目を閉じて頭を押さえながら立ち上がると声の主、天羽彗糸がテレスティーナのもとへ行く。

 

「ごめんね、耳潰したから、何言ってるのか分からないけど、この子達を傷つけるなら、あたしが相手になる」

 

足音も、声も、何もかも今の彼女には聞こえない。

聴神経の遮断。蝸牛内の小さな有毛細胞の人為的な破壊。うるさい音が飛び交う中、彼女はそれをやってのけた。

何も聞こえなければ、演算を狂わせることはない。酷く単純で至極簡単な答えを導き出した彼女は丁寧に、そして静かに、演算の失敗なんて考えもせずに音を封じた。

 

彼女は死を恐れない。

ゆっくりと緑と赤の気味の悪い瞳を開くと、まっすぐテレスティーナを見る。

 

「は……?」

 

「テメェまた何かやらかしたな!?」

 

彼女の発言に誰もが驚きを隠せなかった。

 

耳を潰した、この女は確かにそう言ったのだ。

たとえノイズがひどくて音が止まないラジオがあっても、ノイズをなくすために破壊する人はなかなかいない。

なぜなら物を壊すという罪悪感や後ろめたさが破壊衝動を抑制するからだ。

自身の身体を自ら傷つけるという行為はそれと同じ。痛みへの恐怖、罪の意識、それらが自傷行為にブレーキをかける。

 

しかし彼女にはブレーキが存在していなかった。

 

その異常な考えと行動に垣根は息を飲む。

目の前にいる少女は自分のことなんかどうだっていいのだ。誰かを救うためならその命も捧げる。

 

「演算妨害音響装置……だっけ?ならその音を聞かなければいいだけの事」

 

狂気を孕んだその女は悪魔のような薄い笑みを浮かべた。

 

「へー?肉体干渉能力がそこまで出来るとはな。書庫(バンク)には書いてなかったが、テメェ何者だ?」

 

「だから、聞こえないってば」

 

ニコニコと笑みを絶やさずにテレスティーナを見る。

二人して高いヒールを履いているが、少しだけ天羽の方が背が高い。

 

「まぁいい、テメェが何者だろうがどうでもいい。学園都市を壊滅させればいいだけの事だからな」

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

彼女たちの間に御坂が割って入る。

定まらない不安定な青白い電流をばちばちと放出しながら苦々しい顔でテレスティーナに詰め寄った。

 

「学園都市にそんなことするのなら、総括理事会が黙ってないわよ!?なんでそんなことするのよ!」

 

「神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの、そのための学園都市だろうが!絶対能力者(レベル6)さえ誕生すりゃあ、こんな街用済みだろうがよぉ!」

 

何も知らない少女を嘲笑うとテレスティーナは汚い真実を紡ぐ。

 

「そういや、テメェ面白いこと言ってたな?スキルアウトはモルモットじゃねぇ?そうだ、スキルアウトだけがモルモットじゃねぇ!お前ら全員がモルモットだ!学園都市は実験動物の飼育場、テメェらガキは一人残らず、家畜なんだよ!」

 

「っアンタねぇ!」

 

その真実に怒りで肩を震わせる御坂だったが、彼女を遮るように背の高い少年が前に出る。

スポットライトに自ら当たりに行くように前に出た垣根はピリピリとした空気を纏っていた。

 

「言ってくれるじゃねぇか」

 

「な、羽……?なぜ、キャパシティダウンは動いて……!」

 

純白の小さい六枚の翼を広げると、キッと研究員を睨みつける。

闇を知る少年は己の苛立ちと鬱憤の全てをその女にぶつけるつもりで口を開く。

 

「そのモルモットが牙を立てることを、身を持って知りやがれ!」

 

「垣根くん!」

 

「いい加減、このうるせぇ音を止めねぇと、な!」

 

彼が腕を振りおろすと突風が突如発生する。

轟音とともに身体を通り抜けるその風はなんらかの機械に当たると派手に火花を散らしてショートした。

 

「しまっ、うぐっ!」

 

その機械が崩れ落ちたと同時に音が止む。

瞬間、銀色の細い棒がどこからか能力体結晶をもつテレスティーナの手に刺さる。それを見て瞬間移動能力者が安堵の表情を見せた。

突然の痛みに驚きと動揺が隠せないテレスティーナは演算機能が回復した御坂によって、電磁波で部屋の奥へと飛ばされる。

テレスティーナの手から離れた赤い結晶は木山春生の元へ転がった。

 

「ふふふふ、あっはははは!もういい、わかったよ、テメェらこの施設ごと、丸ごと吹っ飛ばしてやんよ!」

 

部屋の奥の壁に激突したテレスティーナはゆらゆらと、青筋を立てながら彼女の背丈ほどある長い金属製の槍のような武器を取り出す。

タコの足のように放射状に伸びる複数のアームを先に携えた槍はその先端から青白い球体を生み出す。

 

「こいつは第三位の能力を解析して作ったもんだ、テメェの超電磁砲より強力にな!」

 

「撃てるもんなら、撃ってみなよ!」

 

その光を少女たちに向けた矢先、バキッと強烈な音がなる。

骨が折れる音にも似たその音は他でもないテレスティーナがもつ槍から聞こえてきた。

軽やかな足取り、素早い身のこなし。テレスティーナがトリガーに指をかける前に、天羽はその懐に入り込む。

 

不快な音はもうない。

 

「なっ!テメェ!ゼロ距離だぞ!?」

 

「あんの、馬鹿っ!」

 

彼女の蹴りが銀色の槍を真っ二つに折ると、そのままテレスティーナの懐へ潜る。

まだ光を発する槍をもう一度蹴り飛ばすと、今度こそ機能を停止させた。

 

「たかがあたしの命程度で全てが救えるってんなら、命くらい差し出してやる!」

 

その勢いでテレスティーナの腹部に膝蹴りが炸裂する。

脳のリミッター解除をされて怪力となった彼女の蹴りは骨をも折れるほどの衝撃を繰り出した。

 

「っぐは!ぅぅぅガァぁ!」

 

蹴りを入れた瞬間、彼女は同時にテレスティーナに能力を使用する。

メラトニンの分泌とベンゾジアゼピン受容体の刺激、即効性の睡眠薬を服用した状態と全く同じ症状を引き起こした。

結果として、手加減されていた彼女の蹴りがアーマーのみを砕き、その瞬間に強引に入眠させられた。他のものには蹴りの衝撃で気絶したように見えたが、実際は少しの衝撃と能力による強制的な眠りに落ちただけなのだ。

 

「ごめんなさい、痛いよね、苦しいよね、でもねこれはきっと因果応報って奴なのよ」

 

苦しそうに寝息を立てるテレスティーナの頭を優しく撫でる。

 

「テレスティーナ、アンタは自分の欲のために他人を悲しませ、痛めつけた。正義によるものではない以上、あたしはアンタを赦せない、赦すことができない、罪を背負ってあげられない。アンタは罪を自分で背負わなくてはいけないの。だってアンタは欲のままに行動したのだから」

 

優しく諭すような口ぶりは姉らしくも、天使らしくもあり、得体の知れない気味の悪さが滲み出ていた。

 

「おやすみ、テレスティーナ」

 

眠る彼女に笑顔を向けると、後ろにいる少女たちの方へ向き直る。

 

「よし、じゃあ子供達の治療にうつりますか。木山さん、皆、怪我はない?」

 

「あ、あぁ」

 

「なら良かった」

 

彼女らの無事を確認するとホッとした表情を見せた。

先ほどとは違う姉らしい表情からはその狂気さは微塵も伺えない。

 

「テレスティーナさんはあたしが見てるからさ、治療プログラム作ってきな?」

 

「そ、そうさせてもらいましょうか」

 

そそくさと能力体結晶を持って木山たちが子供達の元へ向かうと、今度は垣根の方へ振り返る。安堵の表情から下の子を心配する顔つきになった。

 

「垣根くんも、怪我ない?」

 

「テメェなぁ……」

 

「ん?」

 

ヒールのおかげでほとんど同じ身長になっている彼女には彼の表情がよく見えた。

頭を抱えていた彼は、突然ばっと顔を上げ天羽の肩を両手で大きく揺さぶる。

 

「自分のこともちったぁ心配しろはドアホ!」

 

「え?なんで?」

 

ガクガクと上半身を揺さぶられながら困惑した表情をみせるとさらにヒートアップし、今度は両頬を引っ張った。

 

「テメェはよぉ!!この口か!」

 

「らんれぇ!?」

 

「俺らじゃなくて自分の身を守れっつってんのワカンねぇのか!?あ!?日本語わかりますかぁー!?」

 

必死に訴える垣根だったが、その訴えは彼女には理解不能だった。

 

「だ、だって、()()()()()?心配なんてしなくていいよ?」

 

なぜなら彼女は「不死者」だから。死なないから、老いないから。

もう二度と死が訪れない彼女はその恐怖を克服していた。

だからこそ彼の考えがわからなかった。

一度死んだ命に、死なない身体。死の恐怖を消し去るには十分だった。

 

「テメェが死んだら困るって何度言わせりゃ気が済む?言ってみろやコラ」

 

「あたし死なないってば!あたしじゃなくて自分の心配して?垣根くんたちが怪我したら嫌だからさ」

 

笑顔で言ってみせるが、それが彼の神経を逆撫でする。

 

「テメェは弱者だろうが!黙って守られてろ!見てるこっちがヒヤヒヤする!」

 

「はぁぁぁ?お姉ちゃんは強いんですがぁ?下の子はお姉ちゃんに守られてればいいの!」

 

それぞれがお互いの考えを伝えようと、理解してもらおうと必死になるが、二人して頑固なため進展はない。

 

「誰が下だ!この脳内花畑シスコン野郎!」

 

「まー!失礼ですこと!あたしはシスコンじゃなくて全人類のお姉ちゃんってだけですぅー!」

 

「もっとダメじゃねーか!」

 

二人してムキになり大声で口論を始めると、それよりも大きい声が部屋に響く。

 

「二人ともうっさい!テレスティーナが起きたらどうすんの!」

 

「……中学生に怒られてんぞ、お前」

 

「……垣根くんだって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クーラーが効いた病院の一室。

個室となっているその部屋のベッドには綺麗な女性が眠っていた。

心地よいクーラーの風で女性が目覚める。

 

「ぅ、こ、こは、」

 

「あら、起きた?」

 

ベットから上半身を起こすと、一番最初に目に入るのはベッドの隣の椅子に座る不良じみたナース服の女。様々な国の血筋が混じったような不思議な顔立ちの女性は優しい笑みを浮かべていた。

そしてその後ろには警戒するようにベッドの中の女性を睨む背の高い美しい少年。

彼らに見覚えがあった。

 

「テメェら、は」

 

「おはよう、テレスティーナ」

 

テレスティーナが先ほどまで敵対していた子供達の内二人、天羽彗糸と垣根帝督。

しかし彼女たちが誰なのかわかったが、肝心なことはテレスティーナには分からなかった。

 

「なんでテメェらがここにいる?私は警備員(アンチスキル)に……」

 

それは彼女がなぜここにいるのか。

テレスティーナは理事会の手から離れ、大々的に違法行為をした。

総括理事会の後ろ盾がない今、彼女は逮捕されているはずなのだ。

それなのに拘束も手錠も彼女にはつけられていない。

 

「それは特別な権限ってやつでなぁなぁにしてもらったんよ」

 

「……なぜ?ここはどこだ、目的はなんだ、テメェは何者だ」

 

「その前に、一応伝えておくね。アンタが拉致った子供たちは、無事木山さんの手により救われた。彼女は成し遂げたんだ」

 

笑顔の天羽がテレスティーナには天使よりも悪魔に見えて仕方がない。

得体の知れない恐怖がテレスティーナの脳を圧迫する。

 

「だからなんだ?」

 

「んで、最初の質問に戻るけど、ここはうちの病院のvipルーム、つまり今のアンタは患者」

 

淡々と質問に答える天羽。

その口調はどことなく楽しげだ。

 

「あ、安心して?ここには盗聴器とかないから。スマホも持ってきてないしね」

 

「んなこたぁどうでもいいんだよ、何が目的だ」

 

「この病院で働いて欲しいの」

 

突拍子も無い提案だった。

 

「テレスティーナ、アンタには才能も知識もある。それを正しく使ってほしくてさ」

 

「何言ってんだテメェ?」

 

「さっきアンタに赦せないって言ったけどさ、なにも100%赦せないって訳じゃないの」

 

寂しそうに、けれどどこか懐かしむように天羽は言葉を続ける。

 

「アナタの気持ちも分かるからさ。不要と言われ、研究しか道がなかったあなたが、よく分かる。あたしも、研究しか道はなかったし、世界に不要と言われたから」

 

どこか遠くを見るように窓に視線を向ける彼女の高校1年生とは思えないほど大人びた表情はテレスティーナの心を揺さぶった。

 

天羽彗糸はちゃんと研究を理解していた。何を使って成果を出し、何を犠牲にしたかも。

けれども、彼女にとっては些細なことだった。

 

何せ彼女も昔は科学者の卵だったのだ。

大学では実験をして、教授についてまわって、たくさんのことを学んだ。

その中で殺生もした。

 

何百、何千というモルモットを殺し、ラットを殺し、虫を殺し、猿を殺した。

彼女は人間しか愛していない。動物など殺したって心はゆらがない。

だからこそ、誰よりもモルモットを使い潰す木原の心情を理解していた。

 

探したい、見つけたい。

その一心で情のない他の生物を殺してきた。

 

その矛先が人間でも、彼女にそれを否定することは出来ない。

彼女も同じことをしてきたのだから。

 

彼女は決して善人ではないのだ。

 

「だから、あたしの所においで。研究という快楽を貪ることのできず、他人を救うことしか許されない病院に。あなたの才能と知恵、正しく使おう?きっと、貴方は正義をなせるから」

 

姉に甘えたい、頼りたい、そのようなありえない感情が心の奥で芽生え始める。

 

「テメェ、頭イカれてんのか?」

 

「うん。そうみたい。よく言われるよ」

 

「自覚あるのがタチわりぃな、クソ」

 

理解ができなかった。

気味が悪い女を理解なんかしたくなかった。

それでも無意識に姉を求めてしまう。

 

「そうだ、あたしが何者かって話だけど、改めて自己紹介させてもらうね」

 

相変わらずの笑顔で彼女は言葉を紡ぐ。

 

「あたしは天羽彗糸、それ以上でも、それ以下でもない」

 

嘘だらけの自己紹介だったが、その嘘に気づくものはここにはいない。

悪魔のような天使の笑顔を携えて、彼女はテレスティーナの青い瞳を見つめる。

彼女の瞳に映ったテレスティーナは驚きと呆れの表情に満ちていた。

 

「これからよろしくね、テレスティーナ」




テレスティーナが仲間になった。
今後もお助けキャラとして登場するでしょう。多分。
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