オレンジ色の暖かい光が暗い部屋を照らす。
窓のない部屋の中、薄く光る大きなビーカーからコポコポと音がする。アクアリウムのように光るそのビーカーの中には不思議な色の液体で満たされており、男にも女にも子供にも老人にも聖人にも囚人にも見える人物が逆さまに浮かんでいた。
輝く銀色の髪は泡が浮かぶ水の中でゆらゆらと揺れて、薄く開かれた瞼の下にはエメラルドのような深い緑の瞳が鈍く光っている。
その人物はこの学園都市の創設者であり、稀代の魔術師、アレイスター=クロウリーその人であった。
「ふむ、アウレオルスの件はきちんとプラン通りにいっているようだ」
腕が切断され、露出した上条当麻の肩から伸びる白い竜は今まさにアウレオルス=イザードの頭を食べようとしていた。
空中を浮かぶ様々な画面にはそれに関するデータが文字として送られ、それをみて男は安堵する。
幻想殺しは着々と成長している。学園都市が作られた目的である彼の成長は順調に完遂されている。喜ばしいことだ。
「問題は……藍花悦か」
錬金術師の件は彼らに任せておこう。そう考えて、今度は別の景色をその瞳に写す。
夜中だというのに忙しなく病院内の個人の研究室でテキパキと働く少女が映る。
上条当麻から連絡が来ず、アレイスターとカエル顔の医者の策略により三沢塾に近づけない彼女は1人で研究室に篭っていた。
その少女のウェーブ掛かった金髪は毛先から桜色に染められており、美しいグラデーションを作っている。
高い位置でひとつに括られたその髪は、彼女が動く度に犬の尻尾のように揺れた。
アジア系にも、中東系にも、ゲルマン系にも、ラテン系にも、スラブ系にも見えるその異様な顔立ちは美しく、最も人間らしく、また最も人ならざるものに見える。
内面も実に人間離れしており、アレイスターからしてみれば興味深くも気持ち悪くもあった。
その少女の名前は藍花悦。
天羽彗糸などという別の名義はあるが、それはこの世界での本当の名ではない。
彼女は天羽彗糸ではなく、藍花悦なのだ。
そして彼女が藍花悦である限り、アレイスターの監視からは逃れられない。
「彼女を一方通行と出会わせたのも手筈通り……彼の精神に揺さぶりをかけてくれるだろう」
昼間、彼女が一方通行と出会ったのは紛れもない必然だった。
様々な調整を加え、彼女が一方通行と出会えるように舞台を整えたのだ。カエル顔の医者のおかげでスムーズにことが進んだ。
彼女にお使いを頼んだあの医者は帰宅した彼女の態度を見て、上手くいったと内心ホッとしていたのだが、それは彼女の知らない情報。結局彼女はアレイスターの手のひらの上だった。
「
正に位置する異常者と負に位置する異常者。その組み合わせの成功例が藍花悦と垣根帝督であり、
「なにやらおかしな実験をしているようだが、それも組み込んでしまえば問題ない」
研究室で冷めた目で資料を読むその少女に再び焦点を当てる。
散らかった実験室にはラットから流れた血が点々と垂れ、床を汚していた。それに目もくれず少女は資料を読み漁る。
あーでもない、こーでもないと頭を悩ませながら、自身の能力の向上を目的とした実験を繰り返している。
彼女の傍らには
無謀で無茶な実験内容だが、興味深く刺激的なものであるのは間違いない。
「藍花悦、
肉体の支配者である彼女は万が一の為の
「
彼女には異能が通用しない。
彼女の認知を歪めようとしたものの、上手くいかず。だからこそ彼女は
前世の微々たる量の知識から得ていた魔術と能力がほぼ同じ理論だという事実を彼女は捻じ曲げられることなく持っている。
だからこそ彼女は
彼女はこの世界の全てを信じていないのだ。
「気味の悪い少女だ」
世界にたった一人だと思い込む孤独な少女。
それでも他人を助けようと足掻き、救いの糸を垂らす。自身の破滅などどうでも良いと考えるその少女は善人過ぎて気味が悪い。
異質で奇妙。それが彼女を表すのに最適な言葉。
誰も信用していないのに、彼女は誰をも救おうとする。
人間とは思えなかった。
天使か悪魔か、或いは堕ちた神か。
もしくはそれ以上か。
「
ぱっと景色を変える。
「
次に映るのは自室で未元物質の改良に励む第2位、垣根帝督の姿。
設計図や脳医学の資料が嫌という程積み上がっている彼の部屋は綺麗に整頓されている。
冥土返しに木山、そしてテレスティーナから得た資料は案外彼の実験に重要だったらしく、ひとりほくそ笑んで理論を組み立てていた。
「
藍花悦と出会い、彼は少なからず彼女を守ろうと考えるようになってきた。それはこれから第1位が抱えるのと同じ感情。
たとえその関係が異質なものでも、使えるものならなんだって使う。
「
改めて藍花悦に映像を移す。
能力の向上を試みる彼女の姿はいつになく真剣で、赤にも緑にも見える不思議な瞳の奥に炎が揺らめくように見えた。
「『不老不死』にも『死神』にもなれる力、
藍花悦の能力は到底6位に収まる程度のものではなかった。
普通、能力とは一つのことしかできない。
例えば応用力で名高い
彼女は電気系統の能力使いで彼女は電気しか操ることができない。
磁力や電子、電気信号も操れると言っても、根本は電気。彼女は電気に関するものなら全てを操れるが、それ以外には干渉できない。
例えば未知を操る
既存の物質に
例えば神と等しい力を持つ
投げた小石を弾丸のように弾き出すことはできるが、その小石の成分を弾丸のものに変えることはできない。
一人一つの能力。それが絶対的な条件だった。
彼女が現れるまでは。
肉体とは様々なもので構成されている。
水分、脂質、タンパク質、ミネラル。
体内を巡るシナプスは電気を使い、体からは熱が発せられる。
そのどれもが違う物質で、どれもが違う演算を必要とする。
しかし肉体の支配者たる彼女はその違いを含めない。
脳内信号という電子を操り
髄液という水分を操り
遺伝子という因子を操り
ホルモンという物質を操り
体温という熱量を操り
血液の
体内に限ってだが、万物の全てを操れていた。
「科学で解明できない原石。もっとも、彼女はその事を知らないようだが」
彼女の力は科学によって生み出されたものではなかった。
厳重に封が施されているその情報を知るのは極僅か。本人でさえ知らない。
知っているのはアレイスターとほんの少しの上層部くらいだ。
「薬物投与で生み出した能力ではなく、引き出した能力」
それは神が許可した唯一の武器。
この世界の理から外れた力。
その力があるからこそ彼女は神の存在を疑うことがなかった。
そしてその異次元の力は彼女を神如き強者に仕立て上げた。
抑えこまれるように内在していたその力は科学の力で再び彼女の手に渡った。
学園都市で初めて現れるように設計されていた神の時限爆弾。
この世界に堕とされたときに神に与えられた枷のようなものだったが、それは少女を含め誰にも分からない。
神に目をつけられた少女は彼女の知らないところで何重にも枷をつけられていた。
例えば能力。
例えば記憶。
例えば感情。
例えば運命。
世界を渡った代償だった。
「一時期、神童と言われ、医学を背負っていくと持て囃された少女。なるほど、恐ろしい才能だ」
黒髪に黒目。青が良く似合う昔の藍花悦は神童と評価され、今でも研究所の何ヶ所かは彼女に協力を要請している。すべてアレイスターに拒まれてるというのに、健気な研究員達だ。
原石であること、そして最も異質な能力であることは限られた人にしか知らされていない。だからこそアレイスター自ら彼女にまつわる研究のほぼ全てを藍花悦の知らないところで断っていた。とはいえ、複数の研究所は事実を知らされずにデータを使う許可をもらっていたりするが。
「あの医者が欲しがるわけだ」
彼女を学園都市に招待したのは他ならぬあのカエル顔の医者。
彼が藍花悦を呼んだのは至って簡単な理由だった。
学園都市に行きたいと言った幼い彼女の元に何通も届いた研究所は学園都市では珍しくない非合法的な施設が大半だったのだ。それを知っていた医者は、研究員として彼女を呼んだ。必要なものを全て与え、暗部から隔離した。
そして今はその弟子を随分と可愛がっているようだ。
「幸運の女神にも、冥界の女神にもなれる存在か」
薄く開かれた緑の目が少女を見据える。
「まさしく、イレギュラーの名に相応しい」
神に最も愛され、最も嫌われているその少女は着実にその力の片鱗を見せていく。
けいとちゃんにも色々謎があるってだけの話です。
どう考えても体の全てを操るって変だよね、ってことを伝えたかった。
ちなみに変ってだけで別に最強ではないです。
ただ、転生という特異な状況下にいる彼女自身もまた特異な存在ってことをわかっていただければ。