とある科学の肉体支配【完結済み】   作:てふてふちょーちょ

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21話:ホムンクルス

8月14日、一方通行(アクセラレータ)と出会ったその6日後。あたしは直射日光の当たる外から、冷房の効いた店内へ入る。

様々な店が並ぶこのショッピングモール、セブンスミストの中は多くの人で賑わっていた。

 

「どーしてあたしは、垣根くんとセブンスミストにいるんでしょう?」

 

私服に着替えさせられ嫌々連れてこられたあたしは非難するように隣にいる少年を見上げる。

今日は目線が近くない。

 

「散歩だ散歩。テメェが丸一日研究室にこもってるからこの俺が直々に気分転換に誘ってやってんだろ感謝しろ」

 

一方通行(アクセラレータ)と出会ったあの日から丸5日、あたしはずっと飲み食いせず研究室にこもっていた。

科学者や研究者としては何日も部屋に閉じこもるのは良くあること。前世では研究に没頭して1週間飲み食いせずに倒れて病院のお世話になったこともある。

 

「別に良くない?まるまる1ヶ月は起きてられるよ?」

 

だが昔のあたしとは違い、今のあたしには能力がある。

体内のエネルギーさえ調節出来るあたしは倒れることなんてない。

 

「サプリとプロテインで生命を維持してる女が健康なわけないだろ」

 

ご飯を食べてエネルギーを作るより効率がいいじゃないか。

それで事足りるのだ。食べるという行動に今は必要性を感じない。

趣味としてご飯を食べるなら時間はとるが、優先順位が研究が第一のいま、ご飯を食べる気にはならなかった。

 

「なんで垣根くんに心配されなきゃいけないの?」

 

「テメェ、こっちが下手に出てりゃ……」

 

そもそも彼があたしの体を心配すること自体、おかしな話。

なにか企んでいるのか?

彼の人物像とかけ離れている気がするのだ。

 

「垣根くんは傍若無人、悪逆非道、虎視眈々、正々堂々って感じじゃん」

 

あくまで、あのアニメの中の話だが彼の印象は概ねそんな感じ。

決して誰かを心配するような少年ではない。ましてや疑いの目が向けられているあたしを心配なんてしないはず。

あのスピンオフ漫画の少女、杠ちゃんみたいに彼の好感を上げるような発言もした記憶はない。

姉として接してはいるが、それが好感を上げる要素とは思っていない。お節介が嫌いな人もいるし、それは分かっている。

それでも世話を焼いてしまうのがあたしなので辞めるつもりは無いが。

 

「お前の中の俺はどうなってんだ?」

 

「可愛い弟くんって感じ」

 

軽く微笑んで見せると、あからさまに不機嫌になる彼の姿に小さく笑ってしまう。

そういうところが子供だということを彼は理解しているのだろうか。

 

どことなく少年らしさが見え隠れする彼は弟か子供くらいにしか見えないのだ。

生意気で、口が悪く、そんでもって反抗的。

弟という幻影が付きまとう。彼は弟でもなんでもないと言うのに、幻想が認識を歪める。

見守る者(ナース)として、あたしは中立で居なくてはいけない。

けれど見守る者()としてあたしは彼に入れ込んでしまう。誰よりも妹らしいから。

 

歩んだ人生は彼の倍以上、それだけでなくても享年は24、妹と同じくらいの年齢である彼にそれ以上の感情を抱く事はなかった。

 

「……可愛いって、男だぞ?」

 

「可愛いって言い続けたら男の子でも可愛くなるらしいよ!」

 

嫌そうな顔をする垣根くんだが、女性に可愛いと言い続けて本当に可愛くなったという実験結果があるのだ。これはレッテル効果というもので、貴方はこうだと決めつけられることで実際にレッテル通りに行動するという心理学的に説明できるものだ。

垣根くんにいい人って言い続ければいい人になるかな?と、少し思うものの、言葉だけで変わるのなら人間苦労しない。

 

人間、そんな簡単に変わる事はないのだ。たとえ死んだとしても、

 

「テメェは余程愉快なオブジェになりてぇみてぇだな?」

 

「垣根くん可愛いね!」

 

「よーし、表出ろ」

 

「怒ってる顔も可愛、いっ!ひどい!」

 

よしよし、と頭を撫でて見せると、それがさらに彼を苛立たせ、怒らせてしまう。

そのまま頬を抓られ、肉を持ち上げるように引っ張られる。

 

だが、痛みは感じなかった。痛覚を遮断してるわけじゃない。

いつもみたいに強く抓られていなかったのだ。

なぜ?いつものように力を掛ければいいのに。どうせ痛みなんて、いつだってOFFにできるのだから。

彼だってそれを知っているはずだ。ならばなぜ?なぜ手加減をする。

気味の悪い感情と考えがグルグルと渦を巻く。

 

「これが世に言う修羅場というものですか、とミサカは人前で恥ずかしいセリフを言ってる女性と、そのお連れの男性を交互に見つめます」

 

しかし、その思考を中断するように声をかけられる。

 

「っえ?」

 

そこに立っていたのは御坂美琴の外見を持つ少女。しかし御坂美琴より声が落ち着いていて、まるで別人だ。

そしてその存在を、あたしは知っていた。

 

「あ?第3位じゃねぇか」

 

妹達。

超能力者(レベル5)第3位電撃使い御坂美琴の量産型軍用クローン。

 

その情報を知っているのは限られたものだけだ。

だから何も知らないように静かにしている。変に目をつけられたら困るので。

 

「第3位……お姉様のことを言っているのなら、ミサカはお姉様ではありません」

 

「……あー、なるほどな、あれか、妹か」

 

妹。そう断言する彼に違和感を覚えた。

 

「わかんないよ?従姉妹かもよ?」

 

ドッペルゲンガーと呼ぶにふさわしい目の前の少女は妹と断言するにはまだ情報が足りない。従姉妹かもしれないし、再従姉妹かもしれない。

彼はきっと妹達を知っている。彼の口ぶりとあたしの直感がそう告げた。

よくないことを企んでなければいいが。

 

「いえ、妹であっています、とミサカはお姉様とお知り合いと見られる男性の意見を支持します」

 

「変な口調だな、長ぇよ」

 

「変ではありません、とミサカは今だ名乗らない男性に明確なツッコミを入れます」

 

自分から絡んでおいて、自己紹介を求めるとは。

なんだか図々しい彼女にコホンと咳払いをすると、苦笑いをみせながら名前を伝える。

興味津々なのか何も考えていないのか、あたしを覗き込む瞳は無機質で何を考えてるか分からない。

 

「えっと、あたしは天羽彗糸ね、んで彼が……」

 

「……垣根帝督だ」

 

「ていとくん……ぷぷ」

 

簡単に名前を教えると、吹き出すように彼女は笑う。と言っても目は笑っていないが。

まさしく無表情と呼ぶにふさわしい彼女の瞳は御坂美琴と全く同じ色をしていた。

その中に穢れのない瞳に少しの感情の色が見られる。クローンとは思っていたより感情豊かなようだ。

まるで人間だ。

 

「テメェ初対面の相手に随分と無礼だな……」

 

「まーまー、ムキにならないの」

 

眉間にしわを寄せる垣根くんを軽く宥める。

人造物に何言ったって時間の無駄だ。だって人では無いのだから。

価値観も何もかもが違う別の生命体。

しかし彼女は人に作られ、プログラムによって魂を構築した既製品(レディメイド)

唯一無二(オーダーメイド)の人間とは違う。

人間に作られたホムンクルスをあたしは人間とは認められなかった。

 

「で?妹ちゃんはなんでうちらに話しかけたわけ?」

 

「辞書にしか載っていない修羅場が体験できると思いまして、とミサカは先程のお2人を思い返します」

 

そんな考えを隠してあたしは彼女に問う。

なぜセブンスミストにいるのかも気になるが、1番気になるのはなぜあたし達に話しかけたのか。

藍花悦絡みか、垣根くん絡みか。

少しばかり警戒しながら彼女の返事を待つと、返ってきたのは突拍子もない答え。

 

「……修羅場?」

 

修羅場と言われてもあまりピンと来ない。

 

そもそも修羅場とはなんだ?

1万文字のレポート締め切り前日だというのに一文字も書いていないことか?それとも解剖の講義で誰かが嘔吐して騒ぎになることか?

あたしの知る修羅場とはこういったもので、特に何も起きていない現状を修羅場と呼ぶ彼女に疑問が浮かぶ。

 

「こんなん修羅場とは呼ばねぇよ」

 

「なるほど、あの程度は愛ある2人には日常だと……」

 

「これに愛情なんかこれっぽっちもねぇよ!」

 

よく分からないが、彼女の一言に垣根くんが大声を上げて否定し、あたしの首を掴む。グラグラと揺さぶられ、目が廻る。

くらくらとしながら彼を見つめると、何だか複雑な表情をしていた。

 

「大丈夫!あたしにはあるよ!垣根くんへの愛情!」

 

「テメェはややこしくなるから黙ってろこのバカ!」

 

なんの話かは分からないが、彼へ愛情なら誰にも負けない自信はある。

首を掴まれながらもとりあえず大声で愛を叫んで彼に笑顔を向けると今度はデコを指で弾かれる。

 

「馬鹿じゃなくてお姉様とお呼び!」

 

お返しという意味ですこし頭をツンっと指で押すと、物凄く嫌そうな顔をされる。

さすがにそんなに嫌がられると悲しい。

 

「お姉様なんですか?」

 

「こいつが言ってるだけだ、真に受けるな 」

 

「ひどいなぁ!あたしはいつだって垣根くんの、全人類のお姉ちゃんのつもりだよ」

 

「テメェいい加減にその口縫い付けるぞ」

 

胸を張って言うが、益々垣根くんの顔が歪んでしまう。不機嫌な彼に口を掴まれて何も喋れなくなると、あたしのその姿を観て少なからず彼の機嫌はよくなる。あたしを手元において支配したいといっているようだった。

しかし支配なんて出来やしない。

なぜならあたしは姉だから。これは彼からの支配ではなく、あたしが彼を甘やかしているだけだ。

これも一種の愛の形。

姉として、あたしはリードしたがりの少年を持ち上げる。

 

どんなに嫌悪されようと、どんなに蔑まれようと、どんなに理解されずとも、あたしは姉でいる。

それ以外の役柄はあたしには合わない。

あたしはいつだって子供か姉としか生きられない。そういう思考回路しか持っていない。

だってあたしの世界にはあたしと、妹と、親しかいない。

娘と姉。それ以外の役回りを知らないのだ。

 

だからそれ以外の存在になることなど、考えられない。

 

「仲良しなんですね、とミサカはじっとお2人を見つめます」

 

「……はぁ、とりあえず行くぞ」

 

「あ、ちょっと」

 

死んだような目で見つめられるが、垣根くんにはそれが居心地の悪いものだったようで、あたしの腕を掴んで別の場所へ行こうと足を進めた。

しかし数歩進むと妹ちゃんも当然のように着いてくる。

まるでひよこのようだ。

 

「……何でテメェも着いてきてんだ」

 

しかし、その行為は垣根くんにとって不愉快なものらしい。

苛立ちながらも垣根くんが理由を聞くと、相変わらずの無表情で答えた。

 

「面白いお二人に同行しようかと思いました、とミサカはお姉様のお友達に奢ってもらおうかという魂胆を隠して簡潔に答えます」

 

「めっちゃ心の声漏れてんぞ」

 

この喋り方の一番の問題点は全部包み隠さず言ってしまうことかな。

苦笑いを向けながらあたしは垣根くんと顔を見合す。

 

「でも着いてくるって言ったって、ねえ?」

 

「散歩ってだけだから目的はねぇぞ?」

 

彼女には申し訳ないが、あたしたちに当てはない。

今こうやって散歩しているのも垣根くんが出かけるぞとあたしを引っ張ってきたからであって、特に目的は無いのだ。

 

「なら、ミサカが目的を提唱します」

 

「どこか行きたいの?」

 

スっと手を挙げた妹ちゃんに目を向ける。

 

「それが買えるところがいいです、とミサカは首元を指さします」

 

挙げられた手を下ろして指を刺したのは あたしの首元。

キラキラと光るチョーカーとネックレスが揺れていた。

 

「あー、アクセ見たいの?」

 

ネックレスを持ち上げて、彼女に聞いてみると小さく頷く。

確かに女性とカラスはキラキラしたものが大好きだ。あたしも例に漏れず、ジャラジャラとつけている。

 

だが彼女は人ではない。

興味を示し、美しいものを美しいと感じ、物欲を感じられるのは人間だけだ。

七つの大罪というように、欲というのは人にしかない感情。

そんな彼女がアクセサリーに興味が湧くとは夢にも思わなかった。

確かにアニメの中でも猫や缶バッジなどに興味を示していたが、自分から進言するほどではない。

明らかにおかしい。何故ここまで成長している?

疑問と疑惑。

知っている彼女と今目の前に立っている彼女は明らかにイコールで結ばれない。

 

「その服も、気になります」

 

「ん?なんか気になる?」

 

しかしそんなあたしの疑問なんか露知らず、彼女はあたしの胸元に視線を落とす。

なにかついてるのかと思い、そこに目を向けるが、あるのは自分の胸の谷間のみ。足元が見えないほど膨らんでいる胸部には特に問題は見当たらない。

 

「いやいや、どこの露出狂ですか」

 

「ろしゅっ!?」

 

「まぁ、そう思うよな」

 

突然の誹謗中傷に慌てると、自分の格好をもう一度よく見る。

 

オレンジ色の短めのキャミソールに、白いシースルーのロングカーディガン。

白く光沢感のあるガウチョパンツは絵の具が飛び散ったようなデザインが施されており、黄色、オレンジ、ピンクの華やかな色が散りばめられている。

靴は白いスニーカー。

確かにへそは出してるし、胸元の防御力も薄いが、前世ではこういう格好してる所謂ファッショニスタも少なくなかった。

 

まてよ?こういう格好してたのは2019年頃……つまりこの世界の人たちには少し早すぎるのか。

こういう時未来人は辛いな。

 

「言い逃れは出来ませんね、とミサカは男を寄せつけるために露出する哀れな女に冷ややかな目線を送ります」

 

「ファッション!で!す!」

 

腹立たしい。

可愛いじゃないか、この格好。あたしに罪があっても、服には無いのだ。

 

「あと、化粧も濃いですし」

 

「それ女に言っちゃいけない台詞ナンバーワン!」

 

ジトっと向けられた綺麗な瞳は大きく、クリクリと可愛らしい。

化粧が濃いだなんて、なんてひどい台詞か。

 

あたしが化粧をするには二つ理由がある。

その名の通り、化ける為。

藍花悦の身を隠すためのカモフラージュ。

天羽彗糸と藍花悦は同一人物だ。そのため二人の学校の証明写真を見比べてしまえば、勘のいい人でなくともすぐにわかってしまう。

徹底的に排除した青色や、黒髪黒目などその他諸々工夫はしてあるが、できることは全てやって起きたい。

化粧もその一部だ。

とは言え整形級のメイクではないのでぱっと見違うなーくらいにしか感じない。

 

もう一つは価値観によるもの。

すっぴんで街を歩くなんてあたしにはできない。なぜならそういう価値観のもと育ったから。

現世では飛び級してアメリカにずっと居たが、前世のあたしはアメリカ生まれ日本育ち。

公立の小学校に公立の中学。

高校は留学生を多く排出するミッションスクール。昔アメリカでいざこざを避ける為カトリックを名乗っていたのはある程度知識があるからだ。

そして日本のパリピ女子高生としては化粧は命よりも大事だ。アメリカの大学に入ってもその価値観は変わらない。

あたしは普通の世界で育って、彼らの価値観のもとで育った。

 

だがこの世界は違う。

この世界の高校生はあんまり化粧をしない。

それはここがアニメの価値観で構成されているからだ。

アニメーションの中の女の子は化粧はしないし、スカートが短くたって怒られない。

ツインテールは当たり前で、ニーハイは可愛いもの、痛々しい子だとは思われない。

その価値観の違いにあたしは追いつけなかった。

化粧とズボンが何よりの証拠。

 

あたしはこの世界の人間じゃないのだ。

 

「とりあえずギャルは置いといて、アクセサリーショップまで連れていくのは構わないぜ。どうせぶらついてるだけだしな」

 

「はぁ……それで、アクセサリー屋さんってどこ?」

 

少し嫌な感情が心を蝕むも、垣根くんの気だるそうな声で我に帰る。

もうツッコミをいれるのも疲れた。

 

「この階に1件あるな、アクセサリーって言うより雑貨屋だが」

 

「あそこですね、とミサカは腕を引っ張り、目的地へ急かします」

 

「ふふ、急がなくたって大丈夫だよ」

 

妹ちゃんに腕を引かれ、ショップへと小走りで向かう。

あぁ、なんだか懐かしい。

あの子と過ごした日々を少しだけ思い出す。

あの子はあのブランドが好きだったっけ。あの子はあの色が好きだったっけ。

 

消えかかっている記憶が、蘇る。

 

「キラキラしてます」

 

「そう、だね」

 

感情のない黒い瞳が微かに揺らぐ。

 

「あ、あれ、貴方がつけているものに似てますね、とミサカはさりげなくアクセサリーショップの中に誘導します」

 

彼女が手に取ったのはナイフを模したネックレス。あたしが着けているダガーを模した金のネックレスとは値段が雲泥の差だが、少し似ている。

少しだけテンションの高い彼女は嬉しそうな表情を見せる。

いや、そう見えた。

無表情ではあったが、その身振り、その声色、その瞳が感情を訴える。

 

訂正しよう、彼女は紛れもなく人間だった。

 

「オマエ、いつもジャラジャラつけてるもんな」

 

「でもこれ貰いもんなんだよね」

 

「貰い物……?」

 

腕にはブレスレットが右に1つ、左に2つ。

右手の小指には金色の分厚い指輪。ピアスもびっしり。

首元には金の装飾が施された緑のチョーカー。

これらは患者からの贈り物。

 

「うん、患者さんがたまにくれるんだ。みんなあたしに感謝してるんだってさ」

 

「皆さん貢ぐクンなんですね、とミサカは古い用語を嬉嬉として使います」

 

お高いものが大半だが、どれも大事な患者さんからの贈り物。

レジンやら樹脂やら粘土やらで自分で作るのも好きだが、やっぱり誰かからの贈り物は心が篭っている感じがしてもっと好きだ。

しかし、垣根くんはそれが嫌みたいで、話を聞くと一気に顔を歪めた。

 

「……外せ」

 

「え?」

 

「いいから全部外せ」

 

首のチョーカーに手をかけられる。

不機嫌な声に、顰めた顔。怒られるようなことをした覚えはない。

伸ばしてきた腕を掴み、睨むように彼の烏のような黒い瞳を見つめた。

怒ったような顔。いつもとは違う表情はあたしを不安にさせる。

 

「なんでさ」

 

「……盗聴器でも入ってたらどうするんだ」

 

少し躊躇ってから彼は言った。

何かと思ったら盗聴器疑惑か。

あまりにも飛躍した理論と的外れな心配に思わず笑いが吹き出る。

 

「まっさか〜、垣根くんじゃないんだから!」

 

脳で思いついた文章をそのまま口にしてしまう。

失言だということに気づかずに。

 

「俺じゃなかったら?」

 

「あ、ヤバ、失言」

 

結果向けられたのは疑いの目。

 

やってしまった。

やってしまった!

脳と口を直結させるのは良くないことだとあの件(神裂さんのこと)で学んだというのに!

 

「やっぱ知ってたんだな」

 

「……まーね」

 

口から滑り落ちた言葉は元には戻らない。

諦めて彼と向き合う。

 

「だって、いきなり見ず知らずの人にお高いストラップ渡してくるんだよ?疑うでしょ」

 

「ならなぜ外さない。あの時受け取らなければ良かっただけだろ」

 

ピンクと緑のリボン。白いくまのチャーム。

あたしらしい色の配色。

たとえこれが爆弾だとしても外すつもりはない。

 

「だって、たとえ盗聴器入りでも垣根くんがあたしのことを考えて選んだものだよ?嬉しいじゃん」

 

「……そーかよ」

 

少しだけ表情が和らぐが、再び顔を顰める。

 

「だがそれとこれとは話が別だ。外せ」

 

「嫌だっての」

 

「ワガママいうな」

 

「その発言、アンタにそっくりそのまま返すよ!」

 

今日の垣根くんはいつになく頑固だ。

そんなに盗聴が嫌なのだろうか?自分はあたしにやるくせに、サレル側にはなりたくないと?

自分勝手の極みみたいな彼だが、そこも彼のいいところなのでなんとも言えない。

 

「新しいの買ってやるから、俺の言うことを聞け」

 

「嫌ですけど!?」

 

チョーカーを外しにかかる垣根くんの腕を必死に拒むと、子供を見るようにあたしを見下ろした。居心地の悪い空間。

子供扱いしないでと言いかけるが、いまの(高校生)姿じゃ何を言っても無駄だ。

視線に耐えきれず、彼から目を逸らす。逸らした先には蚊帳の外だったミサカちゃんが店の前で立っているのが見えた。

 

「これとか可愛らしいですね、とミサカはうるさいお2人をスルーしてアクセサリーを見ます」

 

「ミサカちゃん、もはやツッコミもボケすらしないね?」

 

彼女の眼中に既にあたしたちの姿はなく、キラキラと光るピン留めを眺めている。

オレンジ色のレジンが先端に着いたそのピン止めはとても乙女チックで、オリジナルが好きそうなものだった。

やっぱり好みも似るのだろうか。

 

「キラキラ……ふふ……」

 

「買ってあげようか?」

 

「っ!いえ、ミサカは」

 

じっと穴を開けそうなほどピンを見つめる彼女を隣から覗き込む。

ただの少女にしか見えないほど、目の前の少女は人間らしかった。

 

「お姉ちゃんには甘えた方がいいよ?」

 

「……そう、なんですか?」

 

「そう、お姉ちゃんって生命体はね、妹に、弟に甘えられるために生きてるんだよ」

 

魚のように口をパクパクさせて慌てふためく彼女からピンを優しく奪う。

困ったような、驚いたような、嬉しいような、そんな複雑な感情が彼女の瞳の奥で燻っている。

 

「姉は、妹のために……」

 

「つーことで、お姉ちゃんに甘えなさい?」

 

「アイツ結構頑固だからな、諦めろ」

 

何とか丸め込むと、レジに向かう。

垣根くんもあたしのことを分かってきたようで、特に邪魔はしなかった。

すんなりとレジに行き、ピン留めを購入する。

 

外で待機していたミサカちゃんに手渡すと、嬉しそうに薄く微笑んだ。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、ありがとうございます、と、ミサカは」

 

「妹を甘やかすのは姉の特権だから、当たり前でしょー?」

 

ミサカちゃんの発言に被せるように口を開く。

また新しく妹ができた気分だった。

この子()()は守ろう。

一方通行(アクセラレータ)に殺されないように。

 

「ミサカちゃん、ほかに行きたいところある?」

 

何かをしてあげたい。そんな感情が募る。

せっかく会えたのだ、せっかく人だと認識できたのだ、もっと彼女の感情を見てみたい。

 

「……いえ、そろそろ別の所へ研修へ行かなくてはいけないのでここでお別れです、とミサカはピンをつけながら別れの挨拶をします」

 

「研修?お仕事でもしてるの?」

 

「明日のお仕事のために少し研修をしているのです、とミサカは簡単に説明します」

 

十中八九、一方通行(アクセラレータ)との実験のことだろう。

明日か。

それまでに実験場を突き止めないとな。この子と、一方通行(アクセラレータ)を救わなくてはいけないのだ。

姉として、ナースとして。

 

「そっか、これ、名刺。電話ちょうだいよ、何かあったら力になるよ」

 

「医療、従事者……?」

 

「そ、あなたが痛くて辛くて、苦しい時、連絡ちょうだい?」

 

この間一方通行(アクセラレータ)に渡したものと同じ名刺を渡すと、彼女はまじまじとそれを見つめた。

優しく微笑みかけると彼女は目を伏せてしまう。

10センチはある身長差のせいで彼女の表情を見ることは出来なかった。

 

「……覚えていたら、連絡します、とミサカはきっと連絡しないだろう名刺をポケットにしまいます」

 

ツッコミをいれたくなる言葉が聞こえたが、まぁいい。渡したのが重要なのだから。

彼女が少しでも生きたいと願えば何かが変わるかもしれない。

願いとはどんなに不利な状況でも簡単に覆してしまうほどの力を持つ。

神にチャンスを与えられたあたしはそれを誰よりもよく知っている。

理不尽で残虐、傲慢で気まぐれな神はどんな願いでも叶える。現にあたしは叶えられてしまった。

 

「んじゃ、またね」

 

「はい、さようなら」

 

手を振って店を離れる彼女を見届ける。

孤独な後ろ姿。あの子の姿がチラつく。

力になってあげたい。姉としてのごく当たり前な感情。

しかしその感情さえ垣根くんには見透かされていたようで、少しだけ睨まれる。

けれど不思議とその目に敵意はなかった。

 

「……首突っ込むんじゃねぇぞ」

 

「お姉ちゃんだから、それは無理な相談だよ」

 

これから先、どうやって干渉しようか。

考えを纏めながら帰路に着く。

あたしは夢を見ているのだ。大団円のフィナーレを。

彼らの笑顔を。




何やら日間のランキングに入ったようで、予想を超えたお気に入りやらしおりの数にびっくりしました(小並感)
ありがとうございます。
好みが別れる物語ではありますが、気に入ってくださる方がいて喜ばしい限りです。
物語を生み出した親の最低限の礼儀として、どれくらい時間がかかろうと最後まで書くつもりでいるので、よければお付き合いください。

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