「なかなか美味しいミルクティーでした」
午後八時半。夜の帳が下りる頃、たわいもない世間話を交えながら少女達は街頭に照らされた歩道を歩く。
日は落ち、着々と夜に塗り替えられていく空はビルの光によってかき消され明るさを保っていた。
「好きなの?ミルクティー」
「ミサカはミルクティーにはうるさいのです」
未だ無表情を保ちながら波のない声で言うが、そこに少しだけ感情の動きを感じ取る。
「そっか、今度はもっと美味しいとこ探しとくよ」
「いちごショートケーキも美味しかったです、とミサカは率直に感想を述べます」
これは垣根に美味しいケーキ屋を聞かなくてはいけなくなりそうだ。
ゆっくりと三人で人工的な光が眩しい道を歩んでいると、突然後ろで静かにしていた御坂が口を開く。
「ねぇ……アンタ、いつになったら帰るのよ」
三時間くらいはカフェで駄弁っていたが、一向にミサカは帰る気配が無い。
まぁそうだろう。これから彼女は死刑されに行くのだ、帰る場所はない。
「言い忘れていましたが、ミサカはこれから実験に向かうので施設へは戻りません」
「はぁ!?」
「お姉様があとをつけるのは自由ですが、ミサカの創造主には会えません」
それを知らない御坂に、今になって衝撃の事実を言い放つ。天羽は元々知っていたため特に驚くことは無いが、御坂は目を丸くしてしまう。
確かに彼女は帰るなんて一言も言ってない。
「なんで今頃……」
「聞かれませんでしたので」
「確かに」
結構おちゃめなところもあるのだろうか、
会えないという事実を言わないことによるメリットはそうそう多くない。強いていえば御坂をからかえること、そして長く彼女と会話出来ることくらい。
クローンなんて合理的な判断を下すものと思っていたが、この光景を見ると人間にしか見えない。
少し肩を落とすと、御坂がポケットから何かを取り出す。真っ白い電子辞書のような機械。たしか小さいパソコンだったか。
ポケットからそれを取り出すと同時にカランと音を立てて緑色の何かが落ちた。
「それはなんですか?」
それは先程のガシャで手に入れた缶バッチのうちのひとつ。
天使の羽を背負ったカエルのキャラクターがプリントされたその缶バッチは個人的に可愛いと思えるものではなかった。
「いや、ガシャガシャでとった景品だけど……あ」
「なんでしょう?」
「いいからじっとしてなさい」
妹の前にしゃがみ、缶バッチをサマーベストに付ける。
「うん、鏡で見るより客観的でわかりやすいわね、こうしてみると結構アリって気も……」
「いやいや、ねーだろ、とミサカはミサカの素体のお子様センスに愕然とします」
セーターの端についた缶バッチをまじまじと眺めると、ミサカはため息をついた。
缶バッチをベストの裾につけるのは、確かに余り見ないファッションではある。
基本的に缶バッチはカバンや帽子につけるもの。服につけるのは少々奇妙であった。
とはいえセーラー服にピンやアップリケをつけて、カバンには缶バッチもシールもキーチェーンも何もかもつけている天羽が言ったって説得力はない。
「な、なにおぅ!?じょ、冗談に決まってるでしょ?!ちょっと試しにつけてみただけよ!」
お子様センスと罵倒され、すこしビクッとした御坂だったが、気を取り戻し缶バッチを外そうと妹のサマーセーターに手を伸ばす。
しかし哀れにも伸ばした手は罵倒したミサカ本人によって叩かれ、缶バッチに触れることは無かった。
「ん?」
それに一瞬不思議に思い、御坂は妹にもう一度手を伸ばすが、また手を叩かれてしまう。
真っ赤に腫れた手は痛そうだ。
缶バッチをめぐる不毛な攻防戦はしばらく続き、決着がつかないまま御坂は大声で叫ぶ。
「って、なんなのよ!」
「ミサカにつけた時点で、このバッチの所有権はミサカに移ったと主張します。お姉様の行為は強奪であると思います」
「何よその屁理屈!」
「まぁまぁ、いいじゃん、もう一個あるでしょ?」
可愛らしい姉妹喧嘩を止めに入る。
天羽の言葉に渋々御坂は食い下がると、ミサカは改めて缶バッチを手にとった。
「お姉様からの初めてのプレゼント……もう少しマシなものはなかったのでしょうか、という本音を胸にしまってミサカは嘆息します、はぁ……」
「やっぱ返せ!」
プレゼントというものに感情が揺さぶられたのだろう。悪態を吐きながらも大事そうに缶バッチを触っていた。
嬉しそうな顔に掛かる茶色い髪の毛にはオレンジ色のピンがキラキラと顔の横で光を反射していた。
「そういえば、この間あげたやつ付けてくれてるんだね」
「誰かからの初めてのプレゼントですので」
なんとなく嬉しそうに語る彼女を見てひとまず安心する。
髪に付けられたキラキラと輝くそのピン留めは彼女の心に残るようなものになったようだ。
それだけで心が満たされる。誰かから貰ったものは、たとえどんなものでも嬉しいのだから。
心がなければそれは感じることはできない。
よかった、彼女は人間だ。
「え?アンタたち知り合いだったわけ?」
「あぁ、昨日ナンパされたの」
「ちげーだろ、とミサカはすかさずツッコミを入れます」
特に考えもせずこの間のことを話題にあげると、御坂が目を丸くした。
知り合いだということを一切話していなかったため、御坂にとっては初の情報である。
「ナ、ナンパ?」
「まぁ冗談だけど」
彼女との遭遇は偶然によるもので、どうやって知り合ったのかを説明するのはめんどう、また何よりかなり嘘くさい事実。
適当に誤魔化すと、御坂は意味不明とでも言いたげな目をする。
「……もういいわ、今日のところは失礼させてもらうわ」
ひとしきり質問すると彼女はあっさりと尾行を諦め、帰ろうと後ろを向いてしまう。
だがそんな彼女にミサカが「あ」と小さく声を漏らす。
「まだなんかあんの?」
「……いえ、さようなら、お姉様」
「あぁ、うん、じゃあね」
その小さい声に振り向いた御坂だったが、別れの挨拶をした妹に特になんの疑問も持たず、そのまま帰ってしまった。
「貴方は帰らないんですか?」
完全に彼女の姿が見えなくなると、ミサカが口を開く。未だ彼女のそばに立つ天羽を見上げる。
どことなく不思議そうな表情を浮かべる彼女の両腕を掴み、屈んで目線を合わせる。
女子中学生にしては背が高い彼女だが、天羽にとっては小さい。
「アナタがこれから何をするのか、あたしは少しだけわかってるつもり。これでも学園都市の暗い部分を知ってるからね」
「……」
「だからあなたが傷ついて、死にたくないって思ったら電話して?」
じっと暗い瞳を見つめる。
名刺、渡したよね?と聞くと人形のようにコクリと頷いた。
「もっとも、電話がなくても行くけどね」
腕を離してふたたび背筋を伸ばして立ち上がる。
「また今度、紅茶でも飲みに行きましょう?」
自分に出来る一番の優しい笑顔を彼女に向けると、ミサカは軽く視線を外して顔を伏せた。
「……ミサカは」
「お姉ちゃんに甘えていいからね」
優しい言葉をかけても、彼女の表情は変わらない。
「覚えて、おきます」
「またね」
「……さようなら」
消え入りそうな声で呟くと、ぺこりと会釈をして帰ってしまった。
「さて……調べようかな」
彼女の背中が見えなくなると直ぐにスマホを取り出す。
ロックを解除し、メッセージアプリを起動する。
「見てくれるかなぁ……」
メールに先ほどのパスを添付し、送りつける。今の時間ならまだパソコンを弄ってるはずだ。
一分と少し経ち、メールではなく、電話の着信音がスマホから流れてくる。
慌てて電話を取ると、気だるそうな声がスピーカーから流れてきた。
「あ、もしもし?テレスティーナさん?」
『おい、今のメールの意味はなんだ』
声の主はテレスティーナ=木原=ライフライン。
今現在天羽の研究室でお手伝いをしてくれている
「あ、ちょっと待って。そこに垣根くんいる?」
『は?居ねぇけど。木山んとこに話聞きに行ったぞ』
本題に入る前に垣根の所在を聞くと、彼女は簡潔に答えた。彼がいないなら都合がいい、このまま電話を続けよう。
電話してるところを彼に聞かれると厄介なことになるのは確実だ。
うちの病院でまだ入院中の木山のもとに行ったのは少々疑問だが、特別気にすることでもないだろう。
『で、なんだよこれ、セキュリティランクAの情報じゃねーの?』
「うん、それを抜き取ってあたしに送って欲しいの」
優秀な
そしてそれは垣根に知られてはいけない。
盗聴されているのは分かっているが、それでも彼に前回のようにハッキングの手伝いをさせてはいけない。
前回はテレスティーナの件だったから手伝ってもらったが、今回は
垣根は暗部の少年。そして彼は十月に
彼を巻き込んで物語の道筋を大きく変えるわけにはいかない。
ある程度物語の枠からはみ出ないようにしないと、後々取り返しのつかないことになるかもしれない。
それこそ彼の死が確定されてしまう可能性があるかもしれない。
だから今回こそ彼は連れていってはいけない。
『……あー、なるほどな、はいはい、ちょっと待ってろ』
「ありがとう!大好き!」
『羽のように軽い好きだな、まあいいが』
何となく話が分かったのか、特にツッコまれることなく、彼女は了承してくれた。
持つべきはマッドサイエンティストの同僚だ。
しばらく沈黙が続き、スマホ越しに彼女のキーボードの入力音だけが聞こえる。
「で、どう?出来そう?」
『木原だぞ?これくらい秒殺だ。おら、データ送るぞ』
五分も経たないうちに彼女はデータを調べあげたようで、ピロンと耳元のスマホからメールの着信音が鳴った。
「ありが───」
『天羽、なんでこの研究をお前が知っている?』
「……紆余曲折あってね」
通話を終えようと口を開けかけたが、テレスティーナの問いでそれは塞がれる。
彼女の質問に答えてあげたかったが、時間もないうえ、話すと長くなるので適当に誤魔化すと舌打ちが耳元から聞こえた。
『これは暗部の実験だ、テメェみてぇな弱っちいのはすぐ殺されるぞ』
「大丈夫、流石に第一位に勝てるとは思ってないから、事が済み次第逃げるよ」
今の天羽では
絶対死にはしないが、勝てない。
それに天羽が彼を傷つけることを許さない。
たとえ彼が忌々しい神と等しい力を持っていたとしても、彼が人間である限り天羽は彼を愛するのだ。
『……まぁいい、あのクソガキには言わないでおいてやる』
「何から何までありがとう、明日なんか奢るよ」
ニッコリと笑顔を作って笑いかけると、見えていないはずの彼女はそれを察したようにため息をつく。
垣根に配慮していただけるのはありがたいが、どうせバレてる。
とはいえパスをメールで送りつけたので盗聴されていないし、「なんか怪しいことやってんな」程度にしか思わないだろう。
彼に何から何まで把握されるわけにはいかないのだ。
『いや、いい。その代わり何があったのか鮮明に教えろよ、少し興味がある』
「分かった、ありがとうね」
感謝を軽く伝えると、何も言われずに通話を切られる。全く、照れ屋なんだから。
メールボックスを確認し、送られてきたデータを確認する。
やはりテレスティーナを病院に連れてきたのは正解だったようだ。こういう時に暗部を知る人が垣根以外にいると何かと便利だ。
メールに添付されていたデータファイルを開き、ざっと目を通す。
─
─学園都市には七人の
─この被験者に通常のカリキュラムを施した場合、
─我々はこのプランを保留とし、実践による能力の成長促進を検討した。
─特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進めることで成長の方向性を操作する。予測演算の結果、一二八種類の戦場を用意し、
─しかし、
─本来ならば
─武装した
アニメで見ていた通り、二万体にも及ぶ第三位のクローンの殺害により第一位は
ただ、アニメにはなかったと思われる一言が天羽を揺さぶる。
─同じ戦闘パターンしか生み出せない
様々な大人の思惑が渦巻く憎たらしい実験計画のレポートの中でその一文が心に突き刺さった。
(
その疑問が頭を支配する。
声の違い、筋肉量の僅かな差、想定よりも遥かに豊かな感情。
原作と食い違うクローンの姿。
あぁ、納得がいった。
その全ては恐らく天羽の能力を根幹としたクローン製造技術によって生まれたものだ。
彼女の能力は演算が複雑で繊細、科学に応用するときっと誤差が生じる。
ではなぜ天羽の能力が使われたのか。
仮説だが、この世界がアニメの世界をベースとして作られたものだと仮定すると、声の違いというクローンにはありえない違いが出てしまう。
そこで神は無理やり根幹を変えた。キャラクターの設定を守るために話が壊れない程度。
というのが一番筋が通っている気がする。
もっとも、これがVRや水槽の脳が見る夢ならば話は変わってくるが。
それに、「同じ戦闘パターンしか生み出せない
思わず乾いた笑みが浮かぶ。
──あたしが、できないと?
あたしに不可能があると?
永遠の命を持つあたしが、使い捨てと比べられると?
消耗品に、あたしが劣ると?──
憤怒が混じった傲慢な感情が湧き上がる。
学園都市直々の安っぽい挑発は天羽を苛立たせた。
「着信は、無いね」
レポートを眺めるのに夢中で少し時間が経ってしまった。イラつきながらスマホで時間を確認すると、午後九時になったところだった。
相変わらずスマホに着信はなく、少しだけ落胆する。
「現世への未練を少なからず作れたと思ったのだけど、無理か。強引でもいいから感情を作らせとくべきだったかな」
感情を生み出すきっかけ作りようはいくらでもある。
アドレナリンを分泌して興奮状態にして擬似的な恋愛感情を作ることもできるし、脳にストレスを与えて涙を流せることも、悲しませることも出来る。
扁桃体や前頭前野に刺激を与え、悲しみならノルアドレナリン系、幸せならドーパミン、脳内麻薬を使えば感情を取得することなんて簡単だ。
その感情が本物かどうかは別として。
もう少し強引にでも改変を行うべきだったかと少しだけ後悔に苛まれる。
きっかけ程度ならいくらでもやりようはあったのだ。
「はたしてクローンに想いはあるのか」
解明されていない感情という複雑なシステムはクローンに存在するのだろうか。
持論だが、心、意識、感情と呼ばれるものは心臓にあると考えている。
脳を操ったって、心臓を動かせられなきゃ意味がない。だから今まで彼女の肉体に干渉してこなかった。
「さてと、行くか」
そろそろ実験が始まる。
鳴らないスマホを見つめ、息を吐く。
得た情報と、スマホの地図アプリを駆使し、実験現場から最も近いコンテナ置き場に向かう。
間に合うことを信じて。
◇
街頭もない暗く広い空間で少女は息を切らしながら走る。
茶色い髪についているピン留めは反射する光がなく、鈍い色をしていた。真っ暗な砂利の上、少女こと御坂美琴の九九八ニ番目のクローンはコンテナが積まれたこの広い空間を懸命に走っていた。
「逃げろ逃げろ、その分だけ長生き出来るからよォ」
後ろから聞こえるのは悪魔のような人の声。
「なンせ、こいつは命懸けの追いかけっこだからなァ」
真っ白い髪、真っ赤な瞳。
「追いつかれたらゲームオーバーだぞ?」
どこか浮世離れしたその人物は九九八ニ号を追いかける。
「おっせェ」
後ろにいる鬼、
骨が軋むほどの衝撃がその薄い体を走り抜けた。
「かっ、はぁっ……」
「寝っ転がってる暇なンざねェぞ」
息を整え、フラフラとした足取りで立ち上がろうとするも足元がおぼつかない。
「オイオイ、もう壊れちまッたのか?つまンねェな」
しかしそんなことはどうでもいいと言うように
「こンなンで本当に
それは誰しもが夢見る
最強ではなく無敵。
溜息をつきながら歩みを進めると、今の今まで死にかけていた少女はが立ち上がり、コンテナの向こう側へと走り去ってしまう。
「あ?いいねェ、渋いじゃねェか、そう来なくっちゃよォ」
余裕の笑みを携えて彼はコンテナへと向かう。
ゆっくりと歩く彼からは見た目とは違い、強者の風格が漂っている。
角を曲がり、クローンが走り去った場所へ目を向けるとそこには少女が己から逃げようと走っていた。
その背中に能力によって操られた衝撃を飛ばすと、九九八ニ号は呆気なくその場に倒れ込んだ。
「どうしたどうした?そろそろへばっちまったかァ?それとも、もう諦めちまったのかなァ?」
「ミサカ、は、目標の能力を、正確に、把握出来ていません、が、これまでの実験結果から、周囲にバリアのような、ものを、張り巡らせていると、推測、します」
歩いてくる鬼に怖がりもせず、少女はその場に倒れ伏したまま口を開く。
「目標が、地に足をつけて歩行していることから、下方、少なくとも足裏には能力は展開されていないと、思われるため、そこからの奇襲が、最も有効であると、結論、付ます」
「なァにぶつぶつ言ってンだァ?逃げねェなら終わりにすンぞ」
「逃亡では、ありません」
力強い声だった。
腕の力を振り絞り、上半身を起こすといつものような無表情で
「計画通り、目的地への誘導を達成した、とミサカは訂正を求めます」
瞬間、
「目標、完全に沈黙」
爆風、熱量、その他もろもろを考慮してもきっと鬼は死んだだろう。
そう思って安堵から警戒を解いてしまう。
「ざンねェン」
しかし、煙の奥から真っ白い髪の鬼が現れる。急いで距離を取ろうとするも、足を掴まれ地面に貼り付けられてしまった。
「テメェの考えは、てンで的外れなんだよォ!」
「ぁっあぁ!」
あらゆるベクトルを操るその人は、非力な見た目に関わらず、そのモルモットの左足を股関節から引き抜いてしまう。
今まで感じたこともないような強烈な痛みが神経を伝い、脳に信号を送る。
大量の血液と肉片が散らばり、引き千切られた左足は宙を舞って遠くて投げ捨てられてしまった。
「っ!」
痛みにより痺れた脳は案外言うことを聞くようで、痛みにもがき苦しむ暇もなく彼女は電撃を撃ち放つ。
しかし
その電撃のベクトルをも操り、逆に九九八ニ号の体にその電流が流れた。
セーターに付けられた缶バッチが電気によって外れ、コロコロと彼女の後ろに転がってしまう。
そのまま力なく倒れ、地面に顔を埋めた。
「プレゼント、ふたつめの、プレゼント」
そう呟きながら彼女は必死に腕を動かし、落ちてしまった缶バッチを拾いにいく。
芋虫のように体をくねらせ、缶バッチを手に取ると少しだけ口角が上がった。
「お姉様と、天羽さんからの、プレゼント」
その次に手を当てたのは彼女の髪に付けられたピン。
それは初めて貰ったプレゼントだった。本物の姉からもらった缶バッチとは違い、大人びたそのピン留めは彼女にとっては大切なもののひとつだった。
缶バッチとピン留め。二つもある大切なもの。
彼女はどの個体よりも恵まれており、なおかつ感情を芽生え始めていた。
走馬灯のようにここ二日の記憶が蘇る。
天羽彗糸に話しかけたのは何も偶然ではなかった。
無意識のうちに彼女は天羽彗糸がクローン技術の生みの親である藍花悦だと
それはもはや理論を超えた何か。
運命と言える代物だった。
彼女の言葉が録音テープのように一言一句間違えないで脳に響く。
─あなたが痛くて辛くて、苦しい時、連絡ちょうだい?
─あなたが傷ついて、死にたくないって思ったら電話して?
─お姉ちゃんに甘えていいからね
─お姉ちゃんって生命体はね、妹に、弟に甘えられるために生きてるんだよ
どろどろと砂糖のように甘い言葉の数々。彼女の言葉は救いを求める者にとっては甘美な果実のようだった。
甘えてしまいたくなるのも当然か。
「ふ、ふふ、ミサカは、電話なんて、持ってませんよ」
しかし彼女にはそのすべはなかった。
全人類のお姉ちゃんと豪語する頼もしい存在に甘えたくても、することは無かった。
何かが持ち上がったような大きい音がすると、猛スピードでその物体が彼女を目掛けて飛んでくる。
影がかかる。ぎゅっと缶バッチを握りしめ、彼女は逃げようともせずにその場に座り込んでいた。
死を覚悟し、目を瞑る。
だがいつまで経っても痛みはこなかった。
恐る恐る目を開けて頭上を見上げると、一人の女性が立っているのが見えた。
「ごめんね、気づかなくて」
何トンにも及ぶ巨大な車体から細い腕でその人は九九八ニ号を守っていた。
金色と桃色の髪、赤みがある翠の瞳、真っ白なノースリーブのシャツ、黒のズボン。
大人びた服装の女性は先程別れを伝えた人だった。
「電話持ってなかったんだ、そりゃー電話出来ないよね」
「あな、たは」
彼女は笑顔を向けたまま巨大な鉄の塊を二つの腕で下から持ち上げていた。
腕からは骨の軋む音や血液が流れ落ちるが、不思議なことに痛みが脳に伝わる前に全て治っていく。
「神はまだあたしの味方のようね」
「テメェ……この間の」
その光景に少しばかり
この能天気な女には見られたくなかったと。
「ったく、おっもい!」
体を大きく動かし、持ち上げていたトラックを空中にぶん投げる。
轟音と突風を巻き起こしながらそれが地に落ちると、彼女は
「……ナニモンだ」
「全人類のお姉ちゃんで、みんな大好きなナース様よ」
天使に見間違うほど慈愛に満ちた大人びた笑顔を彼女は殺人鬼へと向ける。
沢山の命を奪った白髪の子供はその笑みに少し気味の悪さを覚えた。
「こういう場合どーすんだ?二人仲良くあの世へ導いてやればイイのかァ?」
その笑顔を血に濡らしたいと心の奥底で破壊衝動が生まれる。何もかも包み込むような天使の笑みは、今の
神に等しい力を振るうその子供には天使による救いの糸はプライドを傷つける代物だ。
「
「あァ?何言ってンだ?」
彼女は一度しか会ったことのない
不死性への絶対的な自信、命を平等に見ない彼女だから言えることだった。
彼女は人以外の生物にその価値を見出せなかった。
だからこそ自分の命をいとも簡単に投げ捨てられた。
彼女は自分を人として認識していなかった。
「君が無敵になるまであたしを殺してご覧」
「は?」
「これでも不死身だからさ、好きなだけ殺していいよ」
不死身の体と異常な思考回路がそうさせていた。
そして学園都市からのくだらない挑発がそれの思考をさらに過激にさせる。
彼女は今、貼られたレッテルを引き剥がすためだけに
「それでアナタが幸せになるなら、あたしは構わない」
「……気持ち悪ィ」
その異常性を感じとれるのは同じ異常者だけ。
同じ穴の狢。同族。
彼女たちは互いに似ていて、互いに違っていた。
「アナタの正義をとやかく言うつもりは無い、でもそれで
足を失った一人の人間を抱え、彼女は
緑と赤。二つの色がかち合う。
「だからあたしは彼女を助ける、それがあたしの正義」
狂気を孕んだ瞳だった。
人間とはとても思えないほどの狂気。別次元の、別の生命体のような得体の知れなさが彼女にはあった。
冒涜的な存在。それが彼女を表すのに相応しい言葉だった。
「じゃあね
その怪物は人間のようにお辞儀をして高く跳び去る。羽のない彼女は病院を目指してウサギのように高く跳び上がった。
藍花悦が小説に出てきてやべぇなって思ってたら更新が滞ってました。
小説に出てきた藍花さんが自分の作ったけいとちゃんの能力と結構似ていて(?)やっべぇなこれとか思ってました。
自分はこの小説の最後までプロットを作っていてですね、けいとちゃんのできることできないことを考えていました。
その上で、下手に当たってしまっていて少し混乱しています。能力を与える〜の下りとか特に。
とりあえず似たよった部分は原作に寄せますが、藍花悦の能力が完全に出てきたわけではないので、あくまでも捏造の能力ということを忘れないでいただけると幸いです。
彼女は今のとこ劣化版藍花悦です。後々どうなるかわかりませんが。
あとifで垣根くんが掘り下げられてて目頭が熱くなりました。
なんで死んだんだ。