とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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26話:放縦

八月二十日、澄み渡った青空から遮断された暗い部屋の中で電子音が鳴り響く。

一人暮らしにしては広いマンションの一室、コーヒー缶やら資料やらが綺麗に整頓されている部屋で寝ていた垣根はそのうるさい音で目を覚ました。

 

「朝っぱらから誰だよ……」

 

イラついた声を漏らしながらもベッドから這い出し、音の出処である携帯を机から拾い上げる。

ろくに名前も確認せずに電話を取ると間抜けな声がスピーカー越しに聞こえた。

 

「もしもし……」

 

『よぉ垣根、今大丈夫か?』

 

声の主は上条当麻だった。

アレイスターが展開するプランの中枢にいる重要人物。

天羽彗糸と出会った利点の一つといえばこいつとコネクションを作れたことだろう。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)なる理解不能な能力を右手に宿した少年。

限りなく善人に近い。だが、あの女ほどかと聞かれれば少し頭を捻る。

どっちも似た存在ではあるがやはり性別の違いか、性格の中にある何かの違いか、天羽彗糸のほうがどこか螺子が外れている気がする。

 

善人とはエゴイズムの塊だ。あの女を見てるとそんな哲学的な考えが増幅する。

そのエゴイズムの塊を解さない限り、垣根はあの女に赦されてしまう。

それだけは阻止しなければならない。

 

「何の用だよ、こんな朝から……」

 

『いや、天羽、そこに居ねぇか?』

 

こんな朝から電話をかけるのだ、さぞ重要な要件かと思い、欠伸を噛み殺しながら問いかける。

しかし、彼の要件はどうやら垣根が世界で1番嫌いな女のことだったようで少し舌打ちをしてしまう。

 

彼女の名前を呼んで欲しくないと考えてしまうのはきっと嫌悪感からのもの。

決して醜い感情からではない。

 

「あ?いねぇよ」

 

『マジかー……垣根んとこにいると思ったんだがな……ワリぃ、時間取らせたな』

 

「あのバカと連絡取れないのか?」

 

上条当麻がなぜあのギャルと話がしたいかは知らない。だが、アレの保護者兼飼い主としては自分の知らないことが起きるのも嫌だった。

 

『ん?あぁ、十六日に連絡したんだがずっと電源が入ってないみたいみたいでさ。病院にもいねぇらしいし』

 

「あー……十五日からずっと休み取ってんだ、アイツ」

 

何かあったのかと聞いてみると彼も垣根と同じような状況のようだった。

 

「ついでに言うとその日から会ってない」

 

十五日、テレスティーナに一方通行(アクセラレータ)の実験を聞いたあの日から垣根は彼女と連絡が取れていない。自分が研究にうつつを抜かしている最中、彼女はスマホを家に置いたままどこかへ行ってしまった。

垣根でさえ連絡が取れていないのに、上条はもっとアクセスできないだろう。

 

あぁ、ムカつく奴だ。

ひっついて付きまとってたくせに、ぱたりと姿を消す。

 

何をしていて、何を思っていて、誰といるのか、知りたくて堪らない。彼をぞんざいに扱う今の彼女が恐ろしい。

 

だが彼女が何をしているかの大体の目星は着いていた。

最近あの実験に関与している施設が次々とテロにあっているらしく、どうせそれに関わっているのだ。

 

しかし、そんなことを知る由もない上条は気の抜けた声であろう事かあの女の心配をし始める。

 

『そりゃー心配だな、風邪でも引いたのかね?』

 

「アレが引くわけねぇだろ」

 

上条の言葉に薄く笑う。

あの女の能力を考える限り風邪を引くなどありえないだろう。

 

自身と他人の電気信号を操り肉体の再生能力を劇的に向上させ、体のリミッターを外す。常盤台にいるらしい大能力者(レベル4)の電気系統の能力者と近く、その上位互換の能力だと書庫(バンク)には書かれている。

しかし、書庫(バンク)の言っていることは信用出来ない。

それに、あの女の今までの言動を考えると書庫(バンク)の情報を鵜呑みにしてはいけないとよく分かる。

 

他人の怪我を感知する力、脳内麻薬の分泌を促す力。

そして彼女の肉体を構成する全てを操れたらという例え話。

それらが本当かどうかは分からない。

全て彼女のでまかせかもしれない

 

これは考察、予想、推測でしかない。

しかし彼女の言葉が本当なら、体温を上げてウィルスを殺すことも、自ら白血球やらマクロファージやらを作ることも可能だろう。

なんなら精神への干渉もきっと出来る。

 

そんな女が風邪なんかひくものか。

 

しかし何かの事故やら事件に巻き込まれている可能性もなくはない。

現代人だと言うのにここ最近スマホを持ち歩いてないおかげで彼女の行動が把握できてないのも事実だ。

 

「……仕方ねぇ、家に行ってみる」

 

『あ、じゃあ俺も行くぜ』

 

バカ正直に家にいるとは思わないが、病院に居ないとなると、他に思い当たる場所もない。

 

そこでふとある疑問が思い浮かぶ。

何故こいつはこんな朝早くからあの女に連絡を取ろうと思ったんだ?

なにか良くない企みを?

飼い主のいない所で?

 

「てかこんな朝からアイツに何の用だよ」

 

今でさえ垣根の知らないところで何かをしているという状態が腹立たしく破壊衝動に駆られるというのに、それ以上のことでもしていると?

ムカつく。

垣根の知らないアイツを知ってる上条が非常に目障りだ。

醜い感情が心を支配する。

 

『いやぁ、そろそろ夏休みの宿題がやばくてな』

 

「……写させてもらいたかったのか」

 

しかしその心配を吹き飛ばすほどマヌケで思いもよらない答えに少し肩の力が抜けた。

 

「馬鹿だろ」

 

『はい、上条さんは紛うことなき馬鹿です……』

 

自分が危惧していたことは起こらなさそうだ。

安堵のため息を着く。

 

「とりあえず、アイツの住所送るから行ってくれ。俺も今から行く」

 

『了解!』

 

上条の元気ハツラツな声を聞くと通話を切り、携帯をベッドに投げ捨てた。

今日の予定を組み立ながらスウェットを脱いで私服に着替えていると朝食を食べていないのに気づく。

 

「……ま、後でアイツらと食べに行けばいいか」

 

早く合流して飯を食べに行かなくては。

軽く笑みが零れるのを気付かぬまま、垣根は玄関に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、第七学区にそびえ立つマンションの前に垣根はつんつん頭と共に立っていた。

 

「……でけぇな」

 

「医者の名前で契約されてるからな、豪華だろうよ」

 

マンションのロビーに入り、ズボンのポケットから一枚のカードを取り出す。

このマンションの鍵は合鍵を作るのが難しいカードキータイプで、それを入口の機械の窪みに差し込むとガラスでできた入口が開いた。

 

「なんでんなこと知ってんだよ」

 

「調べた」

 

「は?」

 

そのまま奥へ進み、エレベーターに乗り込むと九階を押す。

流れるような動作に流石の上条も少し疑問を覚えたようで、怪訝そうな顔でこちらを見てきた。

 

「つか、さっきのオートロックもすんなり入ってたけど……」

 

「合鍵」

 

「なるほど……ってテメェら、そこまで進んでたのか!?」

 

ぴっと先程だしたカードキーを彼の目の前で見せつけると、納得したような顔をみせるが、直ぐにその意味を勘違いし声を荒らげた。

 

「アイツから貰ったわけじゃねぇぞ」

 

そういうと今度は犯罪者を見るような目を向けてくる。

犯罪者であることは確かだが、この件に関しては犯罪は犯していない。

 

「あの医者にくれって言ったらくれた」

 

「い、医者ァー!!」

 

エレベーターが目的の階に止まり、扉が開く。狭い空間から廊下へ出ると、生温い風が頬を掠めた。

 

この鍵はあの冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がくれたものだ。

しかも自分から寄越せと言ったものでは無い。

ポルターガイストが多発していた時にちょっとした質問と話ついでに貰ったもの。

 

(俺に鍵を渡すとは間抜けな医者だ。こんな俺を信用するとは)

 

鍵を渡された時に言われたことを少し思い出す。

 

─あの子を助けてやってくれ

 

垣根はヒーローじゃないというのに、何故か受け取ってしまったこの鍵。

 

「……随分と信用されちまったみたいだな、ほんと」

 

「なんか言ったか?」

 

聞こえないような小さな声で心から言葉が漏れる。

しかし鈍感な上条の耳には届かなかった。

 

「いーや、なんも。ほら、この部屋だぞ」

 

九二九号室。そこが彼女の部屋。

合鍵で突入するのも一瞬頭に過ぎったが、さすがに女性の部屋にノックなしで入るほど常識がないわけではない。

なのでインターホンをしつこく連打する。

鬱憤も溜まっているのでこれくらいしたって許されるだろう。

 

「やめろやめろ、怒られるぞ」

 

「それも面白いからいいだろ」

 

「えぇ……」

 

しかしどんなにベルを鳴らしても扉の奥からは物音一つしない。

 

「出てこねぇな」

 

仕方ない。ここは強引に入らせてもらおう。

鍵を取りだし、ドアノブの近くに取り付けられたスキャナーにカードキーを差し込むとピピッと音がする。

 

「あっ、コラ!不法侵入!」

 

「何言ってんだ、合鍵持ちだぞ」

 

「合鍵渡した覚えないんだけどなぁ」

 

簡単に開かれたドアの取っ手に手をかけ、ドアを引くが、勢い良く腕を横切った足によってそれは拒まれた。

ドンっと音を立ててドアを蹴り、侵入を許さないその足は黒いフラットシューズを履いており、足首は細い。

 

そして足が伸びる方向から低く優しい女性の声が聞こえてきた。

 

「あ?なんだ、外にいたのか、よ……」

 

ここ五日会っていない少女の声だと理解すると、顔を拝もうと後ろをむく。

ムスッと顔を顰めて、ドアを抑えていた足を下ろす彼女の姿はいつもと違った。

 

「垣根くん、なんであたしの家の鍵もってんの?」

 

「髪の毛、どうしたんだよ」

 

胸部の曲線も、化粧のしてない顔も、黒いシャツと白いズボンのボーイッシュな服もいつもとそんなに変わりはない。腕に抱える黒い布の塊も気になったが、それよりも気になるものが視界を埋め尽くす。

唯一違っていたのはその髪だ。

垣根よりも明るいの金髪はいつもなら胸まで伸びており、毛先は牡丹色に染まっているはずだった。

 

しかし、今の彼女はどれでもなかった。

 

向日葵色の髪は足首まで伸び、その毛先は色づいていない。前髪もいつもより長く、赤いピンで留めている。

まるで別人だった。

 

「どうだっていいでしょ。垣根くんには関係ないよ」

 

重そうな髪を掻き上げて、ため息交じりに呟くその態度が気に食わなかった。

垣根だけが彼女の秘密を知っていなくてはいけない。それが飼い主である彼の務め。

 

「は?俺に関係ない?テメーの飼い主は俺だぞ?吐けよ駄犬」

 

「……あたし今機嫌悪いの。お願いだから変なこと言わないで」

 

いつもと違う姿、いつもと違う感情のブレが腹立たしい。

彼以外にこのイカれた女の秘密を知っているのがひどく不安だった。

誰にも理解できないこいつを理解するのが彼の楽しみなのだ。

その楽しみが奪われるのが酷く不愉快だった。

 

「そいつはおもしれぇな。暴言のひとつでも吐いてみろよ善人」

 

「は?」

 

安い挑発をかましてみると、目に見えて彼女は苛ついた。

低い目線で睨まれるが、ちっとも怖くない。威嚇する子犬は垣根に優越感を与えるだけだった。

 

「言えねーのかよ意気地無し」

 

「……fuc」

 

「やめろやめろ!お前ら!仲良くしろよ!」

 

珍しく暴言が聞けると思ったが、優しい優しい上条当麻がそれを阻止した。

つまらない。この女の本音を引き摺り出してぶち撒けさせたいと思うのは飼い主である彼だけだった。

 

「……喧嘩売ってきたのは垣根くんでしょ」

 

「テメーがうだうだして答えねぇからだろ」

 

「弟分に心配される筋合いはないよ。大したことじゃないから」

 

苛立ちを抑えるような声で彼女はため息をついた。

全人類の姉を豪語する彼女は相変わらず頭がおかしいようだった。

 

「誰が弟だ誰が」

 

「垣根くん」

 

「姉ぶってんじゃねぇぞ年下」

 

姉というポジションに恐ろしいほど執着する彼女は気味が悪い。

その考え方も、声も、見た目も、何もかもが気味が悪くて大嫌いだ。

この女を好きになる男がこの世にいるとは思えない。

彼女の深淵は吐き気を催すほど気味が悪かった。

 

「でもほら、髪の色似てるし、遠目から見たらホントに兄妹みてぇだな」

 

鈍感な上条は何も考えていない頭でぽろっと言葉を零す。

 

()()

 

垣根の方が上だと、上条は認めた。認めたのだ。

その一言は彼を舞い上がらせる。彼はこのイかれた女の下になんかならない。

優越感を込めてその女を見下ろすと、彼女は見るからに嫌そうな顔で低く唸る。

 

「……誰が妹よ」

 

「テメェだよバァーカ」

 

「あ?」

 

暴言がそのまま口から溢れたが、何事もなかったかのように天羽はため息をつく。

揺れる髪は嫌になる程眩しい色をしていた。

 

「……とりあえず、退いてくんない?着替えたいんだけど」

 

丸まった布の塊を腕に抱え、後ろのドアに行こうとする彼女の髪から嫌な匂いがどろりと臭う。

濃い血の匂い。

 

それを感じ取ると、横を通り過ぎようとする彼女の髪を引っ張る。

 

「うわ、なになに」

 

長い髪を掴み、匂いを嗅ぐと彼女からは到底匂わないはずの匂いがシャンプーの匂いに隠れて鼻を掠める。

 

それは硝煙の匂い、そして濃厚な血液の匂い。

火薬の嫌な匂いか鼻の奥を刺激した。

 

「テメェ、今までどこにいたんだ」

 

「……秘密」

 

睨むように瞳を覗き込むが、それにビクともせず彼女は薄く笑う。

憂いを帯びた眼差しはどことなく疲れているようで、肩に力が入っていなかった。

 

「で、なんの用?悪いけど部屋汚いから話すなら外でね」

 

伏せた目からはほんのりと苛立ちの感情が見え、気だるそうな声からは疲れを感じさせた。

 

「じゃあ俺これから学校だし、公園でいいか?」

 

「……着替えてくるから、待ってて」

 

中が見えないように薄く開かれた扉に体を滑り込ませ、10分ちょうだいと言って慌ただしく逃げるように部屋の中へ入っていく。

その慌てように垣根は上条と目を合わせた。

 

何かある。

直感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条と三人で向かったのはとある公園。

赤い自販機が佇むその公園は朝だからか、人の気配がほとんどなかった。

 

お金を入れて、自販機からコーラとサイダーを取り出すとベンチに座る天羽の元に向かう。

硬く口を閉ざし、空を見上げる彼女の頬に冷たい缶を当てても反応はない。

疲れきった目でそれを受け取ると、ありがとうと呟いて飲み始めた。

 

手にしたコーラ、商品名ザクロコーラ、は美味しいとは思えないのだが、なぜか彼女は気に入っていた。

とは言え垣根が手にしている黒豆サイダーよりはマシなのかもしれない。

 

「あー、美味しい」

 

チューリップの写真がプリントされた男物の真っ白いTシャツと柳色のズボン。

髪はいつも通りの長さに切り揃えられ、いつの間にか毛先も桃色に染まっていた。あの短時間でよく色がついたなと少し思ったが、学園都市の技術なら造作もないか、少し納得してしまう。

気の抜けた服装だが、いつもと変わらずアクセサリーをジャラジャラとつけてるのはそれが大切なものだからか。

 

彼女のファッションは今どき見ない格好で、そのセンスが少し気になってしまう。

流行を追いかけないというか、ダサいというか。

この間はTシャツをズボンに入れていたし、そのズボンはどこで買ったのか聞きたくなるような真っ赤なワイドパンツ。

独自のファッションセンスを持っているのは明らかだった。

 

「お前、朝飯食べたのか?」

 

「食べてないよ」

 

「じゃあ後で食いに行こうぜ、腹減った」

 

「垣根くんの奢りなら」

 

「たかる気満々だな……何食いたいんだよ」

 

ぼーっと飲み干した缶の成分表をまじまじと見つめながらベンチに座る彼女だが、案外話は聞いているよう。

意外と奢られることに抵抗がない彼女は、垣根にたかる。というよりも、これは「こう言っておけば誘わないだろ」、もしくは垣根のプライドを刺激しない意図があるのだろう。

 

彼女の食生活はかなり偏っている。

必要な栄養素は全部サプリで補い、ご飯を食べるのが面倒臭いと言ってご飯がわりにプロテインやらカロリーメイトで腹を満たす。

そのわりに甘味は好きで、よく垣根にケーキが食べたいから買ってこいなど宣う。

矛盾だらけで理解不能だ。

 

「……山羊肉のトマト煮込み、とか?」

 

「マニアックすぎる」

 

ついでに言うと、味の好みも理解不能。子供舌で、繊細。その割に微小化で甘い物好き。

何故そこで山羊を出す。

 

そんな会話をしていると、先程使った自販機から狼狽える声が聞こえる。

そこには上条しか居ないはずで、何かあったのかと目を向けた。

 

「あ、あれ?あれ?」

 

「なんだよ、うっせぇぞ上条」

 

ガチャガチャとお釣りを出すためのレバーを必死になって下げる彼は、垣根の声に気がつくと青ざめた顔で小さく呟く。

 

「……あのぉ、お釣り、出てこないんですが」

 

突然告げられた内容に一瞬ポカンとするが、すぐに理解すると遠くを見つめる。

晴れた青空はまるで上条を皮肉っているようだ。

 

「不幸だな」

 

「不幸だねぇ」

 

「不幸だ……」

 

不幸体質の上条ならこんなことなきっと日常茶飯事だろう。

遠い目をしながら缶コーヒーに口をつけると、放心状態の上条に近づく影が見える。

短い茶髪を揺らして上条に近づく少女に見覚えがあった。

 

「ちょろっと、ボケっと突っ立ってんじゃないわよ、買わないなら退く退く!」

 

「ん?ビリビリじゃねぇか、何やってんだ?」

 

超能力者(レベル5)第三位、御坂美琴。

 

そういえば天羽が彼女と知り合ったのは上条経由と言っていた。

インデックスといい、彼は年下に好かれるようだ。気さくに彼女に話しかけるが、ニックネームに不満があるようで、御坂美琴は眉間に皺を寄せて声を張り上げる。

 

「……あたしには、御坂美琴って名前があんのよ!いい加減覚えろこのバカ!」

 

張り上げた声と同時に青白い電流が空気を斬り裂く。

人がいないとはいえ、無闇矢鱈に能力を使う姿勢は感心しない。

第四位と同じく、短気なんだろう。電子制御系は皆同じなのだろうか。

 

「あー、ビリビリ、その自販機な、どうもお金を飲むっぽいぞ」

 

「知ってるわよ」

 

上条を退け、自動販売機の前に立つ御坂美琴に彼は親切心から忠告する。

しかし彼女にはそんな問題は些細な用で、悪戯を思いついた子供のように口角を上げて彼に微笑みを向けた。

 

「裏技があんのよ、お金入れなくてもジュースが出てくる裏技がね」

 

そう言い終わるや否や、大声を上げて体をくるりと回す。そこから放たれた回し蹴りは自動販売機の側面に当たると、ガコンと音を立てて1本の缶ジュースを取り出し口に落とした。

 

「この自販機ボロっちいから、ジュース固定してるバネ緩んでんのよねぇ……何が出てくるか選べないのが難点だけど」

 

「器物破損に窃盗……お嬢様がやることとは思えねぇな」

 

「こんなことしてるから、自販機壊れるんじゃない?」

 

自販機からジュースを取り出すと、すぐさま缶を開けて一気に飲み干す。

さりげなく行われる軽犯罪に少し乾いた笑いが出てしまう。

 

「いいじゃない、アンタ達には実害があるわけじゃないでしょ?」

 

「と、申してますよ、同志上条」

 

「……」

 

御坂美琴の言葉に天羽は現在進行形で実害を受けている不幸な少年に視線を移す。

その視線に気づくが、彼は目を逸らして哀愁漂う表情を浮かべただけで何も話さない。

 

「……のまれた?」

 

「……」

 

キラキラと不幸な少年を笑うように瞳を輝かせる御坂美琴。しかし彼の口は硬く閉じたままだった。

 

「一体いくら飲み込まれたわけ?」

 

「……二千円」

 

ここでやっと口を開く。

まさか二千円も飲み込まれていたとは思わず、彼の深刻な顔を見て少し同情してしまう。

自分も運がいいとは言えないので、彼の気持ちは何となく察する。

この気持ちは隣の女には分からない痛みだろうな。

 

「っふふ、二千円!?ひょっとして二千円札!?」

 

「そりゃ自販機もバグるだろ……」

 

「パないね」

 

ようやく御坂美琴の笑いが納まった頃、彼女はごめんごめんと軽く告げて、彼に笑顔を見せた。

 

「じゃー取り返してあげるわ」

 

「どうやって……?」

 

先程と同じイタズラっ子のような笑み。

嫌な予感。

ぼけっと座る天羽の腕を掴んでそそくさとその場を離れると、常盤台のお嬢様はまるでキックボクシングを始めるかのように体を上下に動かした。

 

「こうやって!」

 

背後からガラガラと何かが大量に落ちる音がしたと思ったと同時に、けたたましいアラーム音が聞こえてくる。

お嬢様はこんなにも野蛮なのか?逃げておいて正解だ。

もうすでに離れた位置にいた垣根たちは他人事のように哀れな男子高校生に同情のこもった目線を送った。

 

「あっ!垣根!天羽!卑怯だぞ!」

 

「悪いな、窃盗犯になるつもりはねーんだよ」

 

後ろを振り返ると上条が必死に走っているのが見える。

心の中で彼にご愁傷さまと呟くと同時に後ろで走る天羽の顔がちらりと目に入った。

先程の生気のない顔とは打って変わって、心底楽しそうな表情を浮かべている。

 

その表情に少しだけ安堵する自分がいた。

 

少し走った先にあったベンチの辺りで足を止めると、数秒遅れで上条が走ってくる。

 

「っは、はえーよ、お前ら……」

 

息を荒らげ身を投げ捨てるようにベンチに座ると、彼に向かって一本の缶ジュースが投げられる。

先ほどの窃盗で獲得されたそれは手に入れた経路がまともであればきっと彼も喜んでいただろう。

 

「愉快に現実逃避してないでジュース持ちなさいってば。元々アンタの取り分でしょ」

 

彼を追いかけてきた御坂美琴が投げたその缶ジュースは黒豆サイダーの文字が映っていた。

彼女が持つ薄い革製の鞄の上にはピラミッドのように缶ジュースが積まれており、その一つ一つを上条に投げ渡す。

 

「なんか、これを受け取った瞬間、傍観者から共犯者に成長進化しそうで怖いんですが……」

 

「良かったねぇ上条くん、女子からのプレゼントだよ?」

 

「いやいや、元々は上条さんの二千円札がですねぇ!」

 

もう疲れはないのか、ケラケラと明るく振る舞う天羽はいつもの脳天気な彼女に戻っていた。

 

「いいからジュースお飲み!美琴センセー直々のプレゼントだなんて、うちの後輩だったら卒倒してるのよ?」

 

「卒倒だ?少女漫画じゃあるまいし」

 

 

「ま、少女漫画ではないよねぇ」

 

「は?」

 

「んー、なんでもない」

 

だが隣にいる天羽は女子校のことよりも少女漫画という単語に反応する。

小さな声で呟かれた言葉は、意図が分からない単語の羅列。

 

何を言っているのかと睨みを利かせるが、彼女は悲しそうに笑うだけだった。

 

「お姉様?」

 

無理やり口を開かせてやろう。そう思って武力行使をしよう(頬を抓ろう)とした瞬間、特徴的な少女の声が後ろから聞こえた。

 

「まぁお姉様、まぁまぁお姉様!補習なんて似合わない真似をしていると思ったら、このための口実だったのですね!」

 

「念の為、聞くけど、このためって、どのため?」

 

名前は白井黒子だったか。

白なのか黒なのかはっきりして欲しい名前の少女は笑みを貼り付けており、その態度と言葉にお姉様と呼ばれた御坂美琴は少し顔を引きつらせる。

 

「決まっています、そこの殿方と密会するためでしょう?今日はダブルデートですの?」

 

上条に笑顔で詰め寄る白井黒子だったが、どう見てもその目は笑っていない。

 

「初めまして、私、お姉様の露払いをしている白井黒子と言いますの。もし、お姉様にちょっかいを出す気なら、まず私を通してからにしてくださいな」

 

「……アンタはっ、このヘンテコがあたしの彼氏に見えんのか!」

 

ビリビリと火花を頭に散らしていた御坂美琴は、我慢の限界に到達したのか大きな声とともに青白い閃光を放出する。

上条を盛大に罵倒しながら放った電撃は白井の足元に一寸の狂いもなく撃ち込まれた。

 

「ですわよねぇ……垣根さんは天羽さんと一緒ですし、そのような類人猿など、私のお姉様に限って。それではくれぐれも過ちは犯さぬようにしてくださいませ、お姉様」

 

しかし、その場所に彼女の姿は既にない。

目の前の街灯の上に移動していた彼女はお嬢様らしくお辞儀をしてその場から去っていってしまう。

うるさいのが増えたり減ったりと忙しいなと考えながら先程まで白井黒子が立っていた街灯を見上げていると、今度は別の声が御坂美琴を呼んだ。

 

「お姉様」

 

「またか!」

 

落ち着いたトーンの声が御坂美琴を呼ぶ。

その声は全く同じ見た目の少女から聞こえてきた。

ゴーグルをつけていること以外は御坂美琴と瓜二つの少女が階段の上で垣根たちを見下ろす。

 

「え?増えてる……!?御坂二号!?」

 

「妹です、とミサカは間髪入れずに答えました」

 

「この間の妹か」

 

御坂美琴の量産型軍用クローン。

一方通行(アクセラレータ)の実験に起用された人の形をしたモルモット。

一体はあの病院に匿われているようだが、二万体もいるそっくりな少女は見分けがつかない。この個体は病院から抜け出した個体なのか、他の個体なのかを判断するすべは垣根にはなかった。

 

「妹……?けどミサカなんとかで一人称は御坂なの?そこは普通名前の方を使うもんじゃねぇのか?家の中で混乱するだろ」

 

「ミサカの名前はミサカですが、とミサカは即答します」

 

だが、隣の女には見分けが着くようで、少女を無にも等しい暗い瞳で見つめる。

興味が無いといった様子で、黙ったまま御坂美琴とその妹を眺めていた。

 

「別の妹か」

 

ポツリと零した声は酷く冷めていた。

 

「アンタ!一体どうしてこんな所でブラブラしてんのよ!」

 

「どうしてかと問われれば、研修中です、とミサカは簡潔に答えます」

 

御坂美琴の迫力ある声に動じず、クローンは淡々と答える。

 

「……おい、妹、ちょろっとこっち来てみようか、色々積もる話があるから、色々」

 

「いえ、御坂にもスケジュールがあります、とミサカは」

 

はぐらかす彼女に御坂美琴は感情を抑えるように顔を伏せて階段を登り始める。

階段の上にいる彼女のクローンに腕を回すと唸るような低い声を絞り出した。

 

「いいから、来なさい」

 

重い空気が場を支配する。はたから見たら家庭環境が複雑なご家庭出身としか思えないが、事実は小説より奇なり、複雑どころの騒ぎじゃない。

 

「じゃあ、私たちはこっちの道だから、アンタたちも寮の門限とか気にしなさいよ」

 

垣根たちに一言別れの挨拶を伝えると、そのまま帰ろうと彼女たちは踵を返した。

それを見届けると、天羽も空になった缶をゴミ箱に投げ捨てて家の方向に視線を向ける。

 

「あー、んじゃあたしも戻るわ」

 

「えっ?」

 

「じゃあね、上条くん」

 

軽く手を振って彼女は来た道を戻る。ぽかんとする上条を置いて独り歩きだす天羽を垣根は黙って追う。

そのまま隣に並ぶと、公園を離れゆっくりと二人で歩く。

 

歩幅に差がない二人はお互いの歩調に合わせる必要はない。

しかし、歩調が同じとはいえ、彼女は垣根よりも小さい。

ちょうど垣根の目線に頭のてっぺんがきて、天羽の目線に垣根の口がくる、そんな身長差。

ぺたんこなサンダルを履く彼女の目線は今は垣根よりも低く、つむじが見えるほど。その低さが彼女を弱い人と感じさせる。

たとえそれが勘違いだとしても、垣根は彼女に守られるような存在じゃないと信じていたかった。

 

悶々とした考えが頭を重くしていると、彼女の方から声をかけられる。

萌葱色も錆色にも見える気味の悪いヘーゼルの目はどこか闇を纏っているかに見えた。

 

「お腹空いてるんだっけ、どっか食べにいく?」

 

「それよりも、お前今まで何して━━」

 

「今の時間だとファミレスかな?ファストフードとかコンビニでもいいけど、あ、でも部屋汚いから垣根くんを入れるわけにいかないし、イートインがあるとこじゃないとダメだよねぇ」

 

何も聞くな、と圧をかけるような笑顔で垣根に発言権を与えまいと早口で捲し立てる。

逆にそれが彼の感情に揺さぶりをかける。

 

(俺の知らないところで何をしている?俺に黙って何を考えている?)

 

目障りなノイズが頭を掻き乱す。

知らないことが酷く恐ろしく感じた。

 

「…お前は今何をやっている」

 

彼女が聞きたくないであろう言葉を投げかけると、びくりと肩が跳ね上がった。

わかりやすい女だこと。

解りやすいはずなのに、底が掴めない。

 

立ち止まり、彼女はゆっくりと振り向いた。

張り付いた笑みは隠し事のサイン。

 

「どうせ知ってるでしょ?」

 

「いいや?知らないな」

 

「へー、垣根くんが知らないなんて珍しいね」

 

再び前を向いて歩き始めると、明るく取り繕った声色で話を逸らす。

 

「はぐらかすな」

 

彼女の肩を掴み、強引に振り向かせるとガクンと力が抜けるようにフラついた。

その弱さと隙にさらに苛立ちが増す。

 

弱いくせに、なぜ強がる。

思考回路の矛盾と、彼女を突き動かす感情に得体の知れない不気味さが募るばかり。

 

「知りたい?」

 

いつの間にか彼女から笑みが消えていた。

 

「どうしても?」

 

「早く答えろ」

 

見定めるような瞳が髪の隙間から見え隠れする。

 

「テメェが第一位と接触してんのは知ってんだ。今朝までスマホを家に放置してまで何をしていた」

 

「さぁ?なんでしょーね」

 

のらりくらりと言葉を躱されてしまう。

このまま彼女のペースに飲まれるの癪だった。

 

「髪と手に着いた火薬の匂い、どう弁明するつもりだ?」

 

肩から手を離し、髪を掬う。

硝煙と火薬の独特の香りはもうしない。

 

「答えろ、テメェは何をした」

 

「……水穂機構が業務撤回したね」

 

「は?」

 

空を見つめ、やっと開いた口からは昨夜のニュースが出てきた。

遠くの空で浮かぶ飛行船が映すニュースだとその視線で気がつくと、ふっと鼻で笑われる。

 

「聡明な垣根くんならこれくらいヒントをあげれば分かるでしょ?」

 

髪を触る手を振りほどき、見下ろす様は先程の弱々しい姿とはかけ離れていた。

自分の手で髪を払うと、糸のような髪が靡く。伸びる金色が太陽に照らされ目に焼きついて離れない。

 

()()()に調べるの手伝ってもらったら?」

 

悪魔のように笑う彼女の口から出てきたのは突拍子も無い言葉だった。

 

なんでそれを知っている。なんでそんな笑顔でその言葉が言える。

 

含みをもたせた単語はきっと他の人には理解できない。

垣根帝督(闇を知る人)だからこそ理解できる言葉。

それを彼女が知っていたことが酷く怖かった。

 

「テメェ、どこまで知ってる」

 

「知っていることは少ないよ、ただ普通の人よりは知ってるってだけ」

 

指を口に当て佇む天羽が恐ろしく感じる。どこまで知っているのか、なにを知っているのか。

恐怖が心を埋め尽くす。

 

天羽彗糸()垣根帝督()を知られるのが、赦されてしまうのが堪らなく怖かった。

 

「あたしが何かを知っていることが怖い?」

 

図星を突かれ、動揺してしまう。

口を閉ざし、睨み付けると彼女は慈愛に満ちた表情をみせる。

その顔が何よりも嫌いだった。

 

悪党は天使の救済を望んではいけない。

現実と、壊れた精神がギシギシと鬩ぎ合う。

 

「大丈夫、あたしが何を知っていてもアナタの味方であることは変わらないよ。あたしは垣根くんのこと大好きだからさ」

 

「……信用出来るかっつーの」

 

吐き捨てた言葉は苦し紛れの虚勢。

真っ直ぐでいて嘘くさい彼女の好意はいつになっても慣れない。

 

「信用なんてしなくていいよ、理解なんかしなくていいよ、どうせあたしの考えはあたしにしか理解されないのだから。でもね、あたしはアナタを救い、赦すためだけにこの世界にいることは覚えていて」

 

「なぜそこまで言える?悪党の俺に」

 

「だって垣根くんのこと大好きだからさ」

 

白い布地を翻して彼女は笑う。

目を細め、愛しい()()を見るように笑う姿がチクチクと垣根の心に針を刺す。

 

「明日、楽しみだね、垣根くん」

 

放縦で、異端な彼女の微笑みはいつだって彼を苛立たせる。

その苛立ちは悪との葛藤、善への憧憬の表れ。その感情に蓋をして垣根は今日も彼女の隣に立つのだ。

 




気持ち悪くて気味の悪い理解のできない異端な女。そんな彼女との関係性はいつだってグロテスクで冒涜的で不愉快極まりない。
そんな心情のもと、彼らの関係性を構築していきたいですね。
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