とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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27話:誇示

サイレンが五月蝿い大通り。暗い路地の隙間、光のない道に一人の少女が立っていた。

 

「間に合わなかったか」

 

着崩したセーラー服に身を包んだ彼女は言葉を零す。丸一日掛けて捜索したというのに、彼女は間に合わなかったのだ。

セーラー服に似合わない真っ黒なピンヒールは、高い音を路地裏に響かせた。

 

拭き取られた血痕と強い薬品の匂い。

ここで何が起こったかを強く想起させるそれらに彼女は一瞬顔を顰める。

 

「待っててね、一方通行(アクセラレータ)くん」

 

狂気に満ちた慈愛の眼差しは月夜に照らされ薄気味悪く光る。

未来を知るその女はひっそりと路地を飛びだす。軽やかな足取りで空を跳び、ただひたすらに舞台へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女、天羽彗糸が向かった先は操車場。月明かりの下、積み上げられたコンテナのひとつに彼女は可愛らしい最強との再会を待ち侘びながら静かに座っていた。どこに来るかはおおよそ見当がついている。

前世から受け継がれた視覚情報は、学園都市の技術(地図アプリ)と合わさり、彼女をここへ導く。幸運な少女。

 

数分経った頃だろうか、地面と擦れる靴の音が彼女の耳に入った。静かな空間で強調されたその音は彼女の方角に向かってくると、その人はコンテナの上に大きく飛び乗り、象牙のような白い髪を揺らす。

細い体、少女より低い背、炎のような赤い瞳。それは彼女が待ち焦がれていた人。

 

「あ……?テメェは」

 

飛び乗ったところで、その人の目に反対側のコンテナで座る女の姿が映る。

バターのような金髪にストロベリーピンクの毛先。大きな瞳の上にはアイシャドウがキラキラとしていた。

月を背にしてコンテナに座る彼女はどこか神秘的な雰囲気を纏っている。一番会いたくない人。

 

「久しぶり、一方通行(アクセラレータ)くん」

 

にこやかに笑顔をみせると、白髪の青年、一方通行(アクセラレータ)は嫌そうに舌打ちをした。

 

一方通行(アクセラレータ)はこの女が苦手だった。

たった数回の会話しか交わしていない。だがそれだけで彼女と相容れないのがすぐに分かる。

それ程までに彼女への嫌悪感は分かりやすかった。

 

「そういや、研究所が軒並み破壊されたらしいンだが、もしかしなくともテメェのせいか?」

 

「まーね、これでも力があるからさ」

 

ばたばたと上が騒いでいたのは知っていた。そしてそれが彼女のせいだとなんとなく気づいていた一方通行(アクセラレータ)は二度目の舌打ちを打つ。

早く会話を切り上げたかった。

 

「また邪魔しに来たってわけか?」

 

「いいえ、アナタを救いにきたの」

 

「は?俺?あのクローンじゃなく?」

 

また邪魔するなら今度こそ殺せばいい。

そう思い、嘲笑うように女を見たが、憎たらしくもその女は救いの言葉を紡ぐ。

それは彼に理解できない言葉だった。

 

「あれはモルモットじゃん?人間じゃない」

 

「ナースが吐いていい台詞じゃあねェな、なら前に助けたクローンはなんだってんだ?」

 

「九九八二号を助けたのはあの子が人に成ろうとしていたからよ。これからアナタが殺す子は死に疑問を持っていない。だから別にどうだっていいの」

 

苛立ちを覚えながら一方通行(アクセラレータ)は目の前の狂人に疑問を投げ掛ける。

返ってきたのは想定外の答え。

 

彼女は善人ではなかった。

 

究極の人間至上主義。人を愛し、人を助け、人を救う。

その中に動物も植物も天使も悪魔も神も含まれない。

人の形で、人の心を持っていれば、彼女はそれを愛する。けれども、どちらかひとつでも欠落していれば彼女にとっては人間ではなかった。

そのため人の形を持っていても、借り物の心である他の妹達に心は動かなかった。

 

「一番大切なのは人間であるアナタなんだから」

 

「相変わらず気味が悪ィな、彼氏できねーぞ、クソ女」

 

冗談交じりに鼻で笑うと、気味の悪い狂人は静かに微笑む。

祈りを捧げるように胸元で手を組み合わせ、彼女は一方通行(アクセラレータ)を緑と赤の瞳で見据えた。

居心地の悪い空間だった。

 

「あたしは全ての人を平等に愛さなくてはいけないの。個に執着すると破滅するからね」

 

「まるで体験したかのような言い回しだな」

 

「こう見えて経験豊富なの、生も死も」

 

大きい目は細められ、まるでどこか遠くを眺めているかのように見える。

優しそうな顔立ちは逆に気持ち悪さを増した。

 

「で?クソビッチはどうやって俺を助けると?」

 

「それは勿論、あたしの命で」

 

「は?」

 

突拍子のない提案だった。そして細められた目からそれが冗談ではないと暗に伝えていた。

 

「この前言ったじゃん、クローンじゃなくてあたしを殺せば、って」

 

「自殺志願者か?悪いが、テメェみてぇな野郎の願いを叶える程、俺はできてねェンだよ」

 

「自殺?あたしは死なないもの、自殺ではない」

 

彼女の微笑みは傲慢であり、強欲。

救いを求めるものにはきっと謙虚で寛容な微笑みに見えるのだろう。

 

しかし救いを求めない一方通行(アクセラレータ)にしてみれば悪魔のような女だった。

禁断の果実(赦し)を与える存在。

エゴの塊である少女は天使のような心を持ちながらも、実態は悪魔に似ている。

 

「言ったでしょ?あたしは不死身だって」

 

悪魔のような少女は天使のような微笑みで殺せと言わんばかりに両腕を広げた。

 

大能力者(レベル4)肉体支配(リカバライザー)。売りは高い不死性なの、よろしくね」

 

狂気が蠢く瞳は一方通行(アクセラレータ)を苛立たせる。

何も知らない癖に。なにも出来ない癖に。名前の無い感情が彼の中に確かに生まれ始めた。

 

彼女の考えはあまりにも途方もなく、怠惰な戦法だった。

永遠に、永久の時を使って一方通行(アクセラレータ)を諦めさせる。無敵になろうが、諦めようが、彼女には関係ない。

その「怠惰な戦法」ができる彼女が出来損ないのはずがないと、あの研究資料を書いた野郎に見せつけたかった。

 

その病名はナルシズム。傲慢な少女は自分が正しいと思いつづける。

 

「……面白ェ、どこまで切り刻んだらオマエは死ぬんだろうな?」

 

「試してみる?」

 

「言われなくても」

 

その苛立ちを原因へと向けた。

足を軽くコンテナにぶつけると、大きく風が吹く。

カッターのように鋭いその風は少女の首を刈り取る。高級感を醸し出すチョーカーは真っ二つに切り取られ、無残な姿となる。

風に吹かれ髪は舞い、首はごろんと彼女の手元に落ちるが、その表情は髪に隠れて見えない。

月に照らされたその光景は彼が見たかったものでは無かった。

一滴も零れない血を少し疑問に思いながらも一方通行(アクセラレータ)はその光景をただ呆然と眺めていた。

 

「……あっけねェな」

 

動揺が彼の瞳に浮かぶ。

逃げると思っていた、叫ぶと思っていた。

今まで殺してきたモルモットだって死に際には痛みに叫んでいた。それは人間の生理現象。

動物ならある筈の生理現象が、彼女には現れない。

刃物を向けられたら体を逸らすなりするはずだと言うのに、彼女は動かなかった。痛みと死を受け入れた。

反射ができるわけでも、助けてくれると信じる人がいるわけでもない彼女がそれを受け入れることがどんなに気味の悪いことか。

冷静を装いながらも彼は酷く動揺していた。

 

「首を刎ねよだなんて、まるでハートの女王ね。さしずめあたしはアリスかしら?」

 

「……は?」

 

そしてその動揺をさらに助長する声が女の方から聞こえた。

首を刎ねたというのに、体から分離した頭は声を絞り出す。

 

「アリスなんて柄じゃないの。あたしは白の騎士(ナイト)なのよ、アナタを最後のマスまで導くルイス・キャロルなの」

 

彼女は生きていた。

 

頭の無い体が頭を持ち上げ、カチリと元に戻す。血液の一滴も零さずに端正な顔が体に収まった。

もしかして彼女の首を刎ねたのは幻覚だったのだろうか?本当は肉体ではなく精神干渉の能力者ではないのかと、考えが飛躍する。

しかし分断されたチョーカーが嘘ではないと醜く主張していた、

 

「……能力は体に宿るものではない。魂にある」

 

驚く一方通行(アクセラレータ)に少しため息をついて彼女は話を始める。簡潔な事実を彼に伝えていく。

 

死を知る彼女は死に恐怖を抱かなかった。

妖精のようにくすぐったい彼女の笑い声は一方通行(アクセラレータ)の耳を這うように纒わり付く。

 

「体が分離されようが、頭がぶっ飛ばされようが、魂が両方に宿っていれば死ぬことはないの。それがこの世界のルールなの。あたしはそれを誰よりも知ってる」

 

「……気持ち悪ぃ」

 

「そうね、他人に理解なんか求めてないよ」

 

一方通行(アクセラレータ)の垂直な感想だった。蛇蝎の如く彼女を嫌う。

しかし嫌悪程度で彼女は傷つかない。彼女が傷つくのは神の理不尽に抗えなかった時だけだ。

愛する者を幸せにするためだけに彼女は生きていた。

 

「人間は理解できないものに恐怖する。自分とかけ離れた存在に恐慄く」

 

彼女は垣根帝督と同じ、無限と創造を司る。

そしてそれは一方通行(アクセラレータ)には理解できない。有限と破壊を操る能力者、対になる存在に理解を示すことは無い。

だからこそ垣根帝督だけが彼女を理解できると言っても過言ではなかった。

 

「君は酸素がなければ死ぬ。反射を破ってしまえば痛みは感じるし、腕を切断すれば血は吹き出す」

 

淡々と彼女は言葉を続ける。

 

「君に出来ない事が出来るあたしを君は理解することが出来ない」

 

彼女が一方通行(アクセラレータ)に持つ感情は一種の嫌忌だった。

神を嫌う彼女は神と等しい力を振るう彼と、神如き強者である自分を嫌う。

とはいえ、一方通行(アクセラレータ)は人間だ。

人への愛と神への憎しみが混ざったヘドロのような感情が彼女を蝕む。

 

「神を目の前にした人間が言葉を失うように、君にはあたしが分からない」

 

だからこそ挑発的な言葉がスラスラと彼女の口から零れていた。

 

神への歪で絶対的な信頼が彼女を盲目にさせる。

絶対能力者(レベル6)も何もかも彼女は信じていない。人の身で神の王座に座ろうなど、出来るはずがない。

 

けれどもその割に彼女は絶対能力者(レベル6)を生み出すことに肯定的だった。

それは理不尽で傲慢な神に一矢報えると考えたから。

いつだって彼女は神を見返すために行動する。誰かを幸せにするため、神に仇なすためならばその命さえ捨てることが出来る。

 

「たとえ君が粒子加速器(アクセラレーター)であっても、未知(異世界)を知らない君は、あたしという怪物は解析できない」

 

少女という名の怪物は笑顔を忘れない。

美しくも醜い、嫣然たるさまは邪悪だった。

 

「殺しちゃおうよ、こんな気持ち悪い人外」

 

囁くような声が一方通行(アクセラレータ)に絡みつく。

まるで悪魔の囁きだ。蛇のように体に巻きついて離れない。

月を背にした彼女は祈るように手を組んだ。

 

「あたしを殺せば、クローンを殺さずに済むかもよ?」

 

少女は一変して大人の表情を魅せる。

怖気を震うような微笑がその姿を麗しい聖女にも恐ろしき竜にも感じさせた。

子供であり大人。彼女は無垢であり不浄で、矛盾を持ち合わせる。矛盾を好む研究者(大人)のお気に入り。

艶かしい声と言葉に大人ならば酔ってしまうだろう。夜をまとう少女の危うさが人を惑わす。

 

「ねぇ、一方通行(アクセラレータ)

 

「っ!」

 

しかし相手は子供だった。

矛盾と未知、誰も解析できない力を持つ彼女は一方通行(アクセラレータ)にとっては得体の知れない怪異でしかない。

 

ゾワゾワとした気持ち悪さが背中を這う。

悪魔に唆された哀れな子供はその場から高く跳び上がり、女の座るコンテナに飛び移った。

 

ガッッッッ!!!コンテナが凹むほどの威力で降り立ち、腹立たしい笑みを浮かべるその女の肩を強く踏み付ける。

脱臼どころか、肩の骨が砕けるような力。しかし聞こえたのは呻き声ではなく、子供を相手にするような柔らかい声。

痛みを感じない少女は、相変わらずの笑みで一方通行を見上げる。

 

「うわぉ、すごいねぇ、ひとっ飛びだ」

 

「……喋るな」

 

足に力を込めると、バキッと音がした。

今度は腕の骨。上腕骨。

だが彼女は笑顔を崩さず、声ひとつあげない。

 

「どうする?殺しちゃう?」

 

和かな笑みが一方通行(アクセラレータ)の神経を逆撫でする。

愉悦と苛立ちの籠った彼の声色は少女に恐怖を植え付けることはなかった。

 

「不死身の攻略法、知ってるか?」

 

「んー?氷漬けにするとか?」

 

ぽつりと呟いた言葉に腕が潰れた少女が反応する。

未だに笑みを携えていた。

 

「その通り、動けなくすればいいだけだ」

 

「っ!」

 

言葉と同時に大きな音を立ててコンテナが崩れ落ちた。

彼女が座っていた部分が抜け落ち、コンテナの中に落ちていく。

 

「粉の感触はいかがですかァ?」

 

規則正しく置かれていた重い袋を突き破って底へと落ちる。

そこにあったのは大量の小麦粉の袋だった。

粉が舞い、重い袋が彼女の体を圧迫し、動けなくした。ピンで止められた蝶の標本のように体から自由が奪われる。

 

「ひんやりしてて気持ちいいかもね、降りてくれば?」

 

「そこでもがいてろ、クソビッチ」

 

精一杯の皮肉を込めて笑顔を見せるも、一方通行(アクセラレータ)はその笑顔に恐怖するだけ。

捲りあがったコンテナの天井部がみるみるうちに元通りになっていく。

 

「……閉じ込められたか、くそ、動けない」

 

暗く息苦しいコンテナの中、一人悪態を着く。

四肢は動かず、瞳には暗闇しか写らない。確かにこれは不死にとっては面倒である。

手足と視界が奪われるのは彼女にとっては死よりも恐怖することだった。為す術がない今の姿は滑稽で、実に腹立たしい。

 

動けないことが彼女にとっては何よりも恐ろしいこと。

それは救済を与えられない事と同義。とはいえこれは一方通行(アクセラレータ)の時間稼ぎ。

豪腕を持つと知っていて、思い小麦の中に落とした。抜けられると知って。

だが何も出来ないことが悔しくて腹立たしい。絶望と憤怒の感情が湧き上がる。

 

「はぁ、どーしよっかな」

 

ため息混じりに呟いた言葉は誰かに届くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数分後、一方通行(アクセラレータ)の気持ちがいくらか落ち着きを取り戻した頃に今度は違う少女が現れる。

 

「時刻は八時二十五分ってとこかァ?」

 

冒涜的な少女を詰め込んだコンテナを抑え込むように座る一方通行(アクセラレータ)は、現れた少女、御坂美琴のクローンに声をかけた。

頭に着けたゴーグルでしかオリジナルと見分けがつかない彼女は一方通行(アクセラレータ)へ目を向ける。生気の宿ってないくらい瞳だった。

 

「じゃ、オマエが次の実験のダミー人形(ターゲット)ってことで構わねェンだな?」

 

「はい、ミサカのシリアルナンバーは一〇〇三二号です、とミサカは返答します」

 

コンテナの上で彼女を見下ろす一方通行(アクセラレータ)に一〇〇三二号は小さく頷く。

 

「その前に実験関係者かどうかパスを確かめるのが妥当では?とミサカは助言します」

 

これから死ぬというのに少女は怯えるどころか一方通行(アクセラレータ)をすこし叱る。

その異常さは封じ込めた女の姿をした化け物と同じ。違うのは見た目と感情と狂気くらい。

 

「まぁ、オレが強くなるための実験に付き合わせてる身で言えた義理じゃねぇンだけどさぁ、あの女もオマエも、よく平然としてられるよなァ、この状況で。ちったァなにか考えたりしねェのか」

 

舌打ちを打ち、一方通行(アクセラレータ)は純粋に疑問に思う。

死は万人に訪れる。それがどのような形であれ、普通は恐るはずなのだ。

それこそ、絶対的な存在を前にしたら尚更。

 

「何か、という曖昧な表現では分かりかねます、とミサカは返答します」

 

「自分の命を投げ打つなんざ俺には理解出来ねぇなァ。俺は自分の命が一番だしさぁ、だからこそ力を欲することに際限はねぇし、そのためならオマエたちが何百、何千何万と死のうが知ったこっちゃねぇって鼻で笑うことも出来んだぜ?」

 

有限の命だからこその無敵への執着。

自分の夢を叶える為の手段。

そのためには彼は人も殺す。どんなに罪悪感があっても、モルモットに置き換えてしまえばその感情に封をすることは容易かった。

 

「ミサカの方こそ、貴方の言動に理解出来ない部分があります、とミサカは答えます」

 

感情の無い人形はAIのように静かに口を開く。

藍花悦のデータを元に(原作とは違う製法で)作られたクローンといえど、彼女と過ごした訳では無い一〇〇三二号に感情は見られない。

生みの親との思い出は共有されてあれど、藍花悦と出会い、感じたことは九九八二号だけのものだった。

 

「貴方は既に学園都市で最強の超能力者(レベル5)です。誰も追いつけない位置に立っているならば、それ以上の力を欲する必要はないのでは?と、ミサカは予測します」

 

「最強ねェ……そんじゃどうして周りの連中はそれを知ってんだ?実際に俺と戦ってみて負けたからだろ?逆に言えば、俺の強さは面白そうだから試しにあいつに喧嘩を売ってみよう、って程度にしか思われてねぇってことだよな?」

 

少女の答えに嘲笑うと、彼は憎悪も激情も合わせた泥濘のような感情を吐き出す。

 

「ダメだよなァ?そんなんじゃ、全然ダメだ、そんな最強じゃ全くつまンねぇ!」

 

張り上げた声は喉を痛めそうほど感情が籠っていた。

 

「俺が目指してんのはその先なんだよ、挑戦しようと思うことが馬鹿馬鹿しくなるくらいの戦おうって思うことすら許されねぇ程の、そんな無敵な存在なんだよ」

 

感情を昂らせ、穢れのない少女に全てを吐露するも、少女は無関心といったように別の話をし始める。

 

「実験開始まで一分三十秒ですが、準備は整っていますか?とミサカは再度確認をします」

 

無視されるのはあの女を除けば誰だって嫌な気持ちになる。もう何度目かも分からない舌打ちをすると彼はすっとその場から立ち上がる。

 

「ったく、ちったァ暇でも潰してみようと考えたンだが、こりゃダメだな」

 

冷めた目で見下ろすも、クローンの少女は感情をみせない。

気味が悪い。

 

「やっぱオメェとは会話になンねーわ、まだあの女の方が会話になる。いや、どっちもどっちか」

 

コンテナから音もなく飛び降り、少女の前に立つ。

 

「そンじゃ、もういいか?そろそろ死んじまえよ、出来損ないの乱造品」

 

「午後八時二十九分四十五秒、これより第一〇〇三二次実験を開始します。被験者一方通行(アクセラレータ)、所定の位置に着いてください、とミサカは伝令します」

 

頭につけていたゴーグルで視界を塞ぐと、緑の淡い光がゴーグルから発せられた。

それを合図に一方通行(アクセラレータ)は一気に一〇〇三二号に飛び込むと、コンテナを伝い、逃げる彼女を追いかける。

実験が始まり、世界はまた静寂に包まれた。

 

 

そして時間が進んだ頃、誰もいなくなったコンテナからバコンと何回か音が響くと強烈な力によって内側から穴が開けられる。

側面に穴が開けられたコンテナからは一人少女が現れ、月が怪しく彼女を照らす。

小麦粉だらけで咳き込む彼女は服についた汚れを払い落すと先程まで一方通行(アクセラレータ)がいたであろう地面を見下ろした。

 

「やーっとどっかいってくれたか」

 

そよそよと夜風が気持ちよく彼女の髪を撫でる。

閉じ込められていた彼女、天羽彗糸は自らの知恵と力を使って自由を得た。

淀んだコンテナの空気から解放されたものの、彼女を取り巻く空気は重々しい。

 

「はぁ……さてと、これからどうしようかな」

 

コンテナの上に飛び移り、操車場を見渡す。

一方通行(アクセラレータ)がどちらに行ったのか確認するためだ。

 

「……おや?おやおや?上条くん?」

 

無理やり視力を上げて目当ての人物を探してみると、少し離れた所で別の人物を見つける。

重力が通用してなさそうなツンツン髪の少年がフェンスをよじ登っていた。

 

それはアレイスターの『計画(プラン)』の中心人物、物語の主人公、上条当麻。

誰よりもヒーローである彼は切羽詰まった表情で操車場に乗り込む。

その姿は天羽彗糸の嫉妬心を刺激する。

 

「いいねぇ、ヒーロー(英雄)って!いいところを全部持ってって、誰もを救えて、泥水なんて啜らずに勝ちを奪える。あたしも欲しかったな、ヒーロー(主人公)の座が」

 

我儘でエゴの塊の少女は感情を押し殺した声で言葉を呟く。

 

彼女は自分が異物ということを誰よりも深く理解していた。

違う世界、違う理、違う自分。だからこそヒーローという概念に恋焦がれる。

自分が掴めない存在に嫉妬の炎が揺らめく。

 

それが欲しいと、醜い嫉妬が彼女の奥底で燻る。

誰よりも醜く、汚い感情を背負って彼女は月を見上げた。

 

濃艶な少女は傲慢で強欲、そして非常に嫉妬深い。怠惰な戦法しかできない彼女は、憤怒の感情しか湧かない最強を姉として叱りに行くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンテナが積み上がった操車場の中心で青白い電撃が弾ける。

ビリビリと空気を震わせ、白い悪魔へそれは一直線に放たれた。

 

「なんだよ、なんだ、なンですかァ?どれだけ時間を稼いだところで、奇跡なンざ起きるわけねぇだろ!」

 

少しの息苦しさを感じながら一方通行(アクセラレータ)は吐き捨てる。

形勢逆転か。コンテナの上でクローンは被験者を狩ろうとしていた。冷たい目で遠く輝く月を見上げると、小さく言葉を呟く。

 

「今夜は、風がないのですね」

 

「この匂い……なるほどねぇ?電気で酸素を分解して、オゾンにしてるってわけか」

 

焼け付くような匂いに顔を顰め、口を手で覆うと一方通行(アクセラレータ)は歪んだ笑みを向ける。

 

「この俺を酸欠状態に持ち込もうってか?いいねいいねェ!最ッ高だね!」

 

獲物はクローン。狩人は一方通行(アクセラレータ)

それが崩れることはない。

空気が薄いのを気にも留めずに彼は愉快に口を歪ませる。

久々に感じる臨場感、愉しさ。興奮しない方が可笑しいとすら彼は思う。

 

「きっちり俺の敵やってンじゃん!退屈しねぇなぁ、さすがに一万回殺されりゃあ悪知恵のひとつでも働くってか?」

 

使わなくなった電車のレールに沿って走る獲物が知恵を使ったのが堪らなく面白かった。

 

「だけど弱点がひとつ、オマエが追いつかれちまったら、この作戦は失敗だよなァ!?」

 

地面を蹴り、加速する。

箒で空を飛ぶ魔女のようにスレスレの地面と並行に飛び、必死に逃げ惑う少女へと追いついた。

魔法のような現実に一〇〇三二号は驚きを隠せない。

 

「っ!」

 

「驚くことはねぇだろ?足の裏にかかる運動量のベクトルを変えただけだ」

 

ニヤニヤと馬鹿にするように笑うと、細い腕を彼女の鳩尾にぶつける。

その細腕からは想像もつかない程の衝撃が少女に放たれると、人形のように吹っ飛んでしまった。あまりの衝撃に息が止まる。

咳き込みながら腹に与えられた痛みと戦っていると、一方通行(アクセラレータ)に見下ろされた。

 

「なぁ、自分の手を痛めずに相手を殴る方法って知ってっか?」

 

軽い力で少女を蹴ると、凄まじい衝撃が少女にぶつかる。胃液がこみ上げ、内臓がめちゃくちゃになるのが嫌でもわかった。

声にならない悲鳴をあげる少女に一方通行(アクセラレータ)は笑いかける。

 

「相手の体が触れた瞬間、運動量のベクトルを相手に向けりゃあいいんだよ。ま、その分?相手のダメージは倍になるけどなァ」

 

愉悦に浸りながら何度も何度もクローンの薄い体を蹴り飛ばす。

しかし何回か蹴った時、自分のとは違う靴音が聞こえた。力強く地面を踏みしめる靴音は聞き覚えのないものだった。

 

あの女のものではない。

 

そう思い、後ろを振り向くとそこには見慣れない姿があった。

 

「……オイ、この場合実験ってのはどうなっちまうんだ?」

 

ツンツン髪の少年がそこに立っていた。

低い声を絞り出すと、その少年は一方通行(アクセラレータ)を睨みつける。

 

「離れろよ、テメェ……今すぐ御坂妹から離れろよ」

 

「オイオイ、頼むぜ、一般人なンざ実験場に連れ込んでンじゃねぇよ」

 

ヒーローのように立ちふさがる少年に思わず呆れた口調でその少年をまっすぐと見据えた。

黒い瞳と赤い瞳がぶつかり合う。

 

「クソ、後味悪ィな、秘密を知った一般人の口は封じるとかってお決まりの展開か?」

 

「うるせぇよ」

 

面倒なのが増えたとため息をつく。今日はなんだか妨害が多い気がする。

そんなどうでもいい考えが頭を巡るも、それは妨害者の言葉で搔き消えた。

 

「あ?」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、離れろってつってんだろ三下!」

 

三下という言葉に苛立ちが湧く。

プライドだけは立派な白髪の子供はその単語に怒りを覚えた。

 

「オマエ、何様?七人しかいねぇ超能力者(レベル5)の超能力者の中でも頂点って呼ばれてるこの俺に向かって三下?」

 

腹ただしい感情を隠すように足元の小石を蹴ると、それは弾丸のようにスピードを上げて後ろの鉄塔にぶつかる。

鉄塔は轟音をあげて爆発し、跡形もなく消え失せてしまう。そんな衝撃に目の前の少年は驚きも、叫びも、恐怖もしなかった。

覚悟を決めた人間の瞳は一方通行(アクセラレータ)を昂ぶらせる。

 

「へー?オマエおもしれぇな、さっきのクソビッチとは違う異常さだ」

 

ゆっくりと黒髪の少年は憎っくき悪魔へ足を進める。

その姿に一番動揺を隠せなかったのは悲劇のヒロイン(ミサカ)本人だった。

 

「何を、何をやっているんですか?と、ミサカは、問いかけます」

 

ありえない光景に思考が停止する。彼女が予想していた未来とは違っていた。

予想とかけ離れた現実に心が悲鳴をあげる。

 

「ミサカは自分の心理状態に疑問を抱きます。いくらでも換えを作れる模造品の為に、貴方は何をしようとしているんですか?と、ミサカは再三にわたって問いかけ─」

 

「うるせえよ、ちっせえ事情なんて知ったことじゃねぇ、俺はオマエを助けるためにここに立ってんだよ、お前は世界でたった一人しかいねーだろうが!」

 

少女の言葉をかき消すように少年は声を張り上げた。

ヒーローである少年は力強く悪魔を見据える。英雄は今まさに囚われの姫君をその魔の手から救おうとしていた。

どんなに無謀なことでも、どんなに恐ろしいことでもヒーローは止まらない。

 

「勝手に死ぬんじゃねぇぞ、お前にはまだ文句が山ほど残ってんだ、今からお前を助けてやる、お前は黙ってそこで見てろ」

 

優しい笑顔がミサカに向けられる。

その会話に苛立ち、一方通行(アクセラレータ)が声を荒げると、ヒーローは再び彼を睨みつけた。

 

「なんだァ?さっきからヒーローじみた台詞ペラペラと……まさかこの俺の存在、忘れちまったンじゃねェよなァ?」

 

一方通行(アクセラレータ)の声にヒーローは拳を握る。

足を踏み込み、大きく腕を振りかぶった。しかし拳は宙を切り、反転させた方向によって足元がぐらついて吹き飛ばされる。

哀れなことに、ヒーローの拳は悪魔に届くことはなかった。

 

未来予知なんかなくたって予期できる痛みの波紋に固く目を閉じ、身を守るように体を丸める。

だが痛みはいつまで経っても少年の体に伝わらない。代わりに柔らかいクッションのようなものが吹き飛ばされた体にぶつかり、衝撃を和らげた。

 

「じゃあ聞くけどさぁ」

 

少年の体を支える一人の少女。

甘ったるい色の癖毛が風になびいて、少年の頬にかかる。

 

「あたしのこと忘れてなーい?一方通行(アクセラレータ)くん」

 

悪魔に挑む英雄を導くのは天使の役目。

そう言わんばかりに彼女は不思議な色の瞳を悪魔に向ける。

若葉のような緑と夕焼けのような赤が混ざった瞳は悪魔を捉えて離さない。

 




上条くんと10032号は泣く泣くカット…
久々に神の目線(三人称視点)です。垣根くんは欠席のご様子。
けいとの薄気味悪さを感じていただければ嬉しいです。
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