分割できなかった。
月が明るく照らす藍色の空の下、積み上げられたコンテナの傍に四人の人影が伸びる。
白い髪の子供、黒い髪の少年と金の髪を持つ少女。
上条当麻の肩を支えながら天羽彗糸は力強くその場に立つ。その顔は慈愛に満ちていた。
「さっきぶり、
優しい声が
気持ち悪い優しさは
その微笑みは
「天羽!なんでお前ここに!」
同じく肩を掴まれた上条当麻も彼女に一種の不信感を抱く。
彼女はこの事件に関わりが無いはずだというのに、何故ここにいるのか分からなかった。
考えを巡らせるが、しっくりくる答えは見つからない。彼女は彼にとっては部外者で、裏の事情を知らない彼には見当が付かなかった。
「……脳内お花畑のクソビッチ、コンテナで一生眠ってればよかったのになァ?もっぺン死にに来たのか?」
「ええ、アナタの気が済むまでね」
月の下、優美で下品な笑顔をみせる彼女は嫌になるほど美しい。
宗教画のモデルにでもなれるんじゃないかと、普通の人間ならば思うかもしれないが、ここは学園都市。
その姿は異形で汚い科学でできた化け物としか認識されない。
彼女は『出来る子』であると見せ付けなくてはならない。ただそれだけのためにここに立っていた。
彼女はエゴイズムの塊。
傲慢な少女は己のレッテル剥がしに奔走される。それが意味のないことだとわかっていても。
「上条くん、受け身取れる?」
「へ?」
自分より背が低い上条に彼女は困ったように話しかけた。履いたピンヒールがなおのこと彼らの背丈に溝を作る。
遠くでバキっと嫌な音がすると、答えも待たずに彼女は脳から体に信号を送った。体の強化、肉体の支配、彼女は彼女にしかできないことをする。
蛇のように蠢くレールが上条の目に映った瞬間、天羽は小さく言葉を漏らした。
「ごめんね」
彼らを目掛けて廃線となったレールの残骸が飛び込むと、天羽は勢いよく上条を投げ飛ばす。
「っ!?うわ!??」
訳の分からぬまま投げ飛ばされた上条だったが、彼の身体能力は彼が思うより優れており、不格好ではあったが、外傷もなく地面に着地した。
しかし、投げ飛ばした天羽の方はというと、上条の方へ逃げて来れたものの、足や腕には痛々しい傷がついては消えていく。
感知する間も無く塞がってしまう傷は気味の悪いものだった。
両者無事を確認し顔を見合わせるが、間髪入れずに再びレールが雨のように降り注ぐ。変えられた方向と強さ、それが頭を打ったらどんなことが起きるかなんて馬鹿でもわかる。
上条は自分目掛けて飛んでくるレールの残骸から逃げるように背中を見せるが、永遠の命を持つ化け物は違う。
骨が軋み、肉は裂け、傷口は血液一滴溢す前に塞がれる。
少女という化け物はそこに佇んだまま力を受け入れる。自分の力を誇示するため、自分の存在を認めさせるため。
永遠の命が彼女に万能感を与える。
運命を支配できると、その運命の価値を平等に下に見る。そうすれば彼女は妹への罪悪感を払拭できると思っていた。
それが贖罪になると、本気で思っていた。
躁的防衛と呼ばれるそれは、彼女を子供に、天使にさせる。
「……どうやら、マジでオマエはイかれてるみてェだな」
腕は折れ、血は流がれ、肌は裂けた。痛みを消して、彼女は振り続けるレールをその体で受け止める。
それは彼女を見せつけるため、上条当麻を守るため。
どんな異能を打ち消せても、
「上条くん、飛んでくる火の粉はあたしが何とかするからさ」
攻撃が止むと、彼女は後ろで目を見開く上条に微笑んだ。
みるみるうちに塞がっていく傷と、月明かりは上条の脳裏に焼き付く。英雄を導く天使は己の体など微塵も興味がなかった。
「
「……あぁ!」
天使の願いは英雄によって叶い届けられる。それはフィクションでも現実でも同じだった。
「ンだよ、仲良く共闘ってか?
「それは、やってみなきゃ、わかんないんじゃね?」
どんな強者であっても天羽彗糸は屈しない。自分が弱者であろうと、それが不幸を嘆くなら彼女は救いの糸を垂らす。
それが彼女の使命であり、本質。
哀れな異常者は、天界から落ちてきた己を天使だとわかっていた。無意識レベルの理解は彼女の言動に影響を及ぼす。
彼女は本当に天使だった。
「さすがに不死身は相手すンのめんどいなァ?」
顔を顰め目の前の愚者に
実に腹立たしい。何もかもを破壊し、何もかもを殺してしまいたい激情がふつふつと彼の中で煮え滾る。
世界で一番嫌いな女。理解なんてしたくなかった。
その顔を見たくなかった。
「そうだ、分断させちまえばいっかァ」
「っ!上条くん!」
コンテナと鉄骨、レールの残骸が空を舞い、地面に突き刺さり少女と少年の間に高い壁を作る。
嫌なものは視界に入れたくない、その一心で
天から人を見下す神のようだった。
「っ、は、はぁ」
「狩人を楽しませるなら狐になれ。食われるための豚で止まってンじゃねぇぞ三下ァ!」
レールから飛び降り、上条をその力で吹き飛ばすと、抵抗することも出来ずに上条は聳え立つレールに身体を打ち付ける。
耐え難い痛みに思わずえずくと、喉を痛めるような咳が彼を苦しませた。
「反対側の女がめんどくせェからな、そろそろ、終わりにするとすっか」
ジリジリと弱者に近寄ると、彼は左手を差し出す。この男の全てを跳ね返そうと、憎悪を込めて差し出したその左手は一度触れば死が訪れる悪魔の手。
血は逆流し、電気信号は狂わされ、死に至るのだ。それを知ってか知らずか、上条は恐怖からその手を叩き落とす。
触れた右手はどんな異能も打ち消す力を持つ。それは
逆流しようとした血液も、狂わせようとした電気信号も、
「は?……っ、あ、あぁぁぁ!」
そして拒絶された左手は
それは
昂った感情は力となって上条を襲う。
風が舞い、空気は切り裂かれ、上条は押し寄せる力によってコンテナへと吹き飛ばされた。
「がっ!」
「上条くん!」
上条がぶつかったコンテナに
そして蹴られたコンテナは物理法則に従って積み上げられた他のコンテナと共に上条の方へ倒れ落ちる。
ホコリを巻き上げ、大きな音を立てて倒れたコンテナは惜しくも上条の体を押しつぶすことはなかった。
「上条くん、大丈夫?」
「お前も無事か、良かった」
コンテナから溢れた小麦が漂う中、先程分断された天羽が横から飛び出てくる。
なんだかんだ元気そうな彼女に安堵すると、何やら険しい顔で彼女は上条の腕を掴んだ。
「とりあえず、ここから距離をとるよ」
何が起こるか彼女は知ってる。どんなに物理に乏しくたって、彼女にだってある程度学はある。
粉が充満するこの空間がどれくらい危険なものかを知っていた。
「女の方は知ってるようだなァ?」
上条の手を掴み、頼りないピンヒールで地面を蹴るが、目の前の化け物に思わず足を止めてしまう。
目の前の煙の中、白い髪が現れた。凶悪な笑みを携えて
「空気中に粉末が漂ってて、そいつに火がつくとさァ、酸素の燃焼速度がバカみてェに早くなるンだと」
鼻で笑い、
袋の鼠、蛇に睨まれた蛙。それが今の彼らの状況。逆転する力はない。
「なぁ、オマエ、粉塵爆発って言葉くれぇ聞いたことあるよな?」
歪んだ笑みに身体が強ばる。
「掴まって!」
「え、ちょっ、うぉ!」
予感と微かな匂いで彼女は思いっきり上條の腕を引っ張り、折れてしまいそうなヒールで地面を翔る。僅差で鳴動と共に空を明るくする爆発が起こる。藍色の空は一気に橙色に染め上げられた。
爆音の中、
「っは、ギリセー?」
「あっぶねー……」
静けさが戻った頃、爆煙が晴れた夜空の下で天羽は起き上がる。隣にうつ伏せで横たわる上条の安否を確認すると、彼は苦笑いを返した。
「まったく、さっき身を持って経験したばっかじゃねェか、酸素奪われるとこっちもつらいンだっつの、あー死ぬかと思った」
互いの無事を確認していると、コツコツと晴れた爆煙から
「ふふ、嘘つき、君がそんなんで死ぬわけないでしょ」
「別にいいンだぜ?世界で初めて俺を死ぬ所まで追い詰めたって言っても」
地べたにへたり込む彼らに
この場の強者は他ならぬ
「死ぬ物狂いで努力しても一歩も近づけねェ、かと言って仮に近づいたところでオマエらに何が出来るってンだ」
誰も届かぬ最強の座に君臨する
その視線が嫌で嫌で堪らない。ゆっくりと上条が相対するように立ち上がると、
「俺は触れたもののすべてのベクトルを操ることが出来る、俺がオマエ触れたら最後、全身の血管と内臓を根こそぎ爆破って事なンだけど、そこンとこ正しく理解してたのか?」
目の前の最強はは死さえも操る。
捻じ曲がった方向は人も、音も、生も、何もかもを拒む。上条と似て非なる力。
最強の称号を持つ子供は自ら殻に篭る。誰も傷つけたくないから、誰にも傷つけて欲しくないから。
望んだありきたりの幸せのため、彼は人を拒む。
「ま、つっても、この
息を吸い込み、目を見開く。
全てを拒むため、全てを取り返すため、手を伸ばす。
「だからいい加減、楽になれ!」
上条目掛けて一直線に
一方的な力が上条を捉えようと腕を伸ばした。彼を否定しようと、食ってしまおうと伸ばされたその腕は勢いよく上条に向かってくる。
「くそぉぉ!」
何も出来ない無力さからか、圧倒的な力の前に理性が失われたのかは分からない。
上条は右腕を大きく振りかぶり、拳を勢いよく
何かが割れるような音と共に
この右手なら、最強を否定できる。目の前の事実が彼をヒーローにした。
「っ!……天羽、お前下がってろ」
「……そうだね、彼を殴れるのは君くらいだもんね」
唸るような上条の声に天羽は残念そうに頷く。素直に彼の言葉に従うと、兎のようにコンテナの上に飛び乗った。
彼女は分かっている、自分が主人公じゃないことを。醜い嫉妬の化け物にはそれに届けやしないと、知っていた。
結局のところ、彼女はただの傍観者、見張る者だった。
どんなに頑張っても奪うことのできないヒーローの座。彼女は彼らを見下ろしながら緑の目を光らせる。
天使は人間の英雄に恋い焦がれる。
彼女は英雄を導く星であり、その星が英雄になることはありえない。
「っ、たく、面白ェ、ちくしょう、いいぜ、最っ高にいいね、愉快で素敵に決まっちまったぞ……オマエはァ!」
何回も何回も、全てを拒む右手が
知らない痛みは彼の積み上げてきた全てを壊すのに十分だった。
肉が、骨が、心が悲鳴をあげる。
その痛みは神から示された運命。
痛みとは神からの戒めであり教え、彼はそれを受け入れなければならない。でないと彼は進むことはできない。
「……痛そう」
彼女はそれを分かっていた。
進むことは尊いこと。正義であり、幸福。進めないことは何よりの不幸だから。
あえて彼女は手を出さない。
彼女の嫌いな痛みは『神による理不尽な痛み』であって、『進むための痛み』ではなかった。
けれど、たとえ
痛みからの解放と幸せへの道標を示してあげたい。ショートカットを教えてあげたい。
けれどもそれはただの甘えであり、真の救済は自ら考えさせ、行動させなくてはいけない。
感傷と無力さでチクチクと胸を痛める。
しかし、黙って殴られたままの
「ちっくしょう……どういうことだ、一体……」
ぶつぶつとありえない現実に負け惜しみに似た言葉を零す。
今の姿は到底最強と呼べるものではなかった。
「はっ、負けたことがない、ね」
地面を擦る靴の音が
ヒーローは決して逃げない。
強く握られた拳は
その感情は初めてのものだった。
「あらゆる敵を一撃で倒し、どんな攻撃も反射する……そんなやつ、喧嘩のやり方なんて知ってる筈ねぇよな」
「吠えてんじゃねェぞ、三下がァ!」
足元のレールからネジが吹き飛び、波のように上条を空高く打ち上げる。
二メートル以上は跳んだだろうか。一瞬驚くものの、持ち前の適応力とアドリブ力で下降する力を使って右の拳で
「ガッぁ!」
レールの先の通行止の看板に体を大きくぶつけると、
強烈な痛みが彼の演算を狂わせた。
「あいつらだってな、精一杯生きてきたんだぞ、全力を振り絞って、必死に生きて、精一杯努力してきた人間が、なんだって、テメェみたいな人間の食い物にされなくちゃなんねーんだよ!」
ゆらゆらと定まらない足元で立ち上がる
死ぬために生まれ、それに疑問を持たないクローンの少女。
自分の知らぬところで力を悪用され、死を覚悟してまでそれを止めようとするオリジナル。
それらを上条は知っている。
知っているからこそヒーローである彼はここに立っている。
「精一杯……生きてきた?全力を振り絞って生きてきた?なんだよそりゃあ、クク、ククカク」
だが上条の訴えは
不気味な笑い声をあげると、彼は月へ真っ直ぐ両腕を伸ばした。
手のひらに集まるように風が吹き荒ぶ。かき集めた風は頭上に青白い球体が生み出し、空気をビリビリと痺れさせる。
その光は
「やばっ!」
「殺せ」
身の危険を感じると、天羽は素早く上条と
身を焦がすような熱が頭上を通り抜ける。
「上条くん!大丈夫!?」
「お前こそ!」
滑稽な彼らの姿を
自分は勝てると、慢心と優越感が彼の身を包んでいた。
「なンだ、なンだよ、なンですかァ?女に守られてやんの!でかい口叩くだけで大したことねェなァ!?」
「……アンタにだけは言われたくないわね」
「あ?」
スっとその場に立ち上がると、彼女は顔を伏せて言葉を続けた。
「すべてのベクトルを操る、それがどんなに素晴らしいことかアンタは分かってない」
その力があればなんだって出来るのに、なんだって助けられるのに。あたしなんかよりうまくできるのに!
嫉妬が少女の体を蝕む。誰よりも嫉妬深い彼女は彼の力を誰よりも羨んでいた。
神に力を与えられた者である彼女は神と等しい力に強く憧れる。
「破壊しか知らないアンタは、あたしに勝てない」
「天羽!なにしてんだ!」
一歩一歩、土を踏み締めて彼女は進む。
放たれた光線は彼女の柔らかい体に傷をつけていく。けれど気にもとめずに力強く彼女は歩いた。
不死である彼女は痛みなんて感じない、死の恐怖なんて感じない。
感情の赴くまま、彼女は真っ直ぐ、体に穴を開けながら
誰もが唖然とする中、少女だけが動く。時が止まったような感覚だった。
化け物の少女は神と等しい力を持つ
神への反逆を誓う彼女は、その力の使い方に疑問と憤怒の感情を覚えるのだ。神と同じ。理不尽と暴虐を与える
蛇蝎の如く嫌う神とよく似た思考とよく似た力を持つ
「人体の創造を司るあたしに、破壊しか能がない今のアンタじゃ勝てない」
彼女は
途方も無い怠惰の戦法ができる肉体は彼女を特別にする。永遠に生きる体は彼女を無敵にする。
例えそれがどんなに愚かなことだと分かっていても、それをやめることはない。
何故なら、特別じゃない人間は物語に食い殺される『モブキャラ』にしてしまうから。彼女は強固な自我を持って物語に割り込む。
だからこそ彼女は
「自分を悪と決め付けて、それ以上を考えない、最悪の未来しか見出させないアンタが、たまらなく愛おしくて、たまらなくムカつくの」
「あ……?」
彼らはやはり似たもの同士だった。
タブロイド思考に劇場のイドラ。思考が止まり、最善を見いだせない。
異常者は互いに嫌う。同族嫌悪。
それでも彼女はまるっきり嫌うことはできなかった。
「大好きよ、
彼女は己を嫌う。だからこそ彼女は神裂火織とステイル=マグヌスを拒絶した。
科学を拒絶し、ただひたすらに少女を苦しめた彼らに己を重ね、嫌悪した。
しかし、
紛いなりにも、彼が実験に参加したのは現実を壊したかったから。彼は行動を起こしたのだ。変わるための努力が確かにそこに存在した。
たとえその方向が間違っていても、たとえそれが馬鹿げた方法でも、自分を幸せにするために手を伸ばした彼を否定することは彼女にはできなかった。
彼女は彼の正義を咎めない。だからこそ彼女は彼を拒絶しなかった。
自分が出来なかったことを成し遂げた彼に憧れと嫉妬を渦巻いた感情を抱く。
「愛するアナタに傷ついてほしくないの、だから終わりにしましょうよ」
慈愛の天使は誰もを堕落させる微笑みを見せる。
天使の救済ではなく悪魔の囁きに似ているそれは、まるで泥の中でもがくような苦しさと気味の悪さを持つ。そのおぞましさが
こびり付いた言葉は彼の憎悪を助長させるだけだった。
「幸せになりたいなら手伝ってあげる、幸せにしたいのなら手を貸してあげる、だから」
背の高い彼女は
「お姉ちゃんの言うことを聞きなさい?」
濁った感情は姉たる彼女を完成させる。
地獄の全てを飲み込んだように澱んだ彼女の目は見守る者である彼女だからこそ魅せる色だった。
凶悪で冒涜的な少女の名状しがたい笑みに
彼女の言葉の全てが理解できなかった。理解しようとしても思考は止まる。それ以上理解してはいけないと警報が鳴り響く。
そこが垣根帝督との決定的な差だった。
人間が神を目の前にしたら言葉を失うように、人は未知に恐怖する。そしてその未知を常識の範囲で理解する。
現れた神がただの幻覚だと思うように、目にした怪奇が実はただの見間違いだと納得するように。
彼の本質は『自身が観測した現象から逆算して、限りなく本物に近い推論を導き出す』ことであり、未知を解析・再定義して『理解出来る法則』に落とし込むこと。
それはつまり、未知を『未知』として見ていないということ。未知を既存の法則、ステレオタイプに当てはめる彼の演算は、領域外の未知の化け物には通用しない。
だからこそ、彼女を未知の化け物だと定義した上で、『理解出来ない法則』を探す垣根帝督だけがこの天上から降りた化け物を解析できる。
それが揺るぎない事実だった。
「
未知に恐怖する
「動かないで」
コインを撃ち込まんと構える。
死を覚悟して彼女はそこに立っていた。自分の不始末を自分で片付ける為に彼女は
全てを失くす覚悟を持って。
「御坂!やめろ!」
「そんな無駄なことしないで、御坂ちゃん」
しかし、その行動が虚しいだけだと知っている天羽は、
御坂美琴が命をかけずともこの問題は収まると知っている彼女は優しく啓蒙する。彼女の知る正解に導き、物語の短縮を図るのだ。
「先輩、なんでここに……」
「そんなことどうでもいいでしょ?」
しーっと人差し指を口に当て、彼女は御坂にわざとらしくヒントを与える。早く動けばそれだけ早く彼らはこの痛みから解放されると彼女は信じていた。
「……プラズマだっけ?気体が電離したもの、だよね?物理はあんま詳しくないんよ」
「プラズマ……?風のベクトルを操ってプラズマを……?」
「あたしが知ってるプラズマは
軽く冗談交じりに口を開くと、策があるのか、御坂はどこかへと走り去る。それを見届けると、どこか安心したように天羽は再度
青白い光が少女を照らす。浮世離れしたその光も相まって、彼女の微笑みは悍ましく見える。
人ではない理解できない禍々しい何かが蠢くその瞳は
恐怖だった。その目が何よりも恐ろしかった。
「プラズマは荷電粒子群と電磁場が相互作用するもの……電磁場を操れる御坂ちゃんって結構邪魔じゃないかにゃー?」
「第三位くらいの能力者が、俺の力を上回れるわけねーだろ?」
「そーねー、風でも操れればいいんだけど、
「でもさぁ、他に策はあるよねぇ?」
なぜなら彼女は知っているから。
物語のあるべき姿を。
「っ!何が起こってんだ……?計算は完璧なはず……」
「そうそう、風力発電のモーターって特殊な電磁波を浴びせると回転するらしいよ?」
「っ!……この野郎!」
熱量を持つ青白い球体はロウソクの灯火のように揺らめくと、一気にその勢いを失っていく。
風に掻き消えた青白い光は誰のことも照らしていない。空虚に消えた光を必死にかき集めようと腕を伸ばす。
しかしどれだけ腕を伸ばしても、どれだけ風をかき集めても、もう二度とその光は彼の手に届くことはなかった。
それは御坂とその妹達によって人為的に歪められた風の流れによる妨害。いたぶってきたモルモットは叛逆の牙を向ける。
天羽の言葉から彼女たちを瞬時に結びつけた
唸るような声を喉から捻り出すと、彼は後ろを睨みつける。
「殺す!」
コンテナの間、
鬼の形相で彼女を睨むが、視線の間に二人の少女が立ち塞がる。
金と桃色、茶色が視界を支配した。少女たちはそれぞれ感情を
「させると思う?」
「図に乗ってんじゃねェぞ格下」
低い声で威嚇するも、聖なる少女は屈しない。聖域に立ち入らせまいと右腕を広げる。
「大丈夫、アンタを倒すのはあたし達じゃないから」
確信めいた微笑みは
「……手を出すな」
怒りに肩を震わせ、英雄は立ち上がる。
「ヒーローはあたしじゃない、主人公は上条当麻なのだから」
悲しそうな声色が
「そいつらに、手を出すな」
「……おもしれェよ、オマエ、最高に、おもしれェぞォ!」
誰かを守ろうとする少年に
その苛立ちを埋めるため
両腕を前に突き出し、上条当麻の首を刈り取らんと彼に飛び込んだ。
「歯を食いしばれよ最強」
しかし、
上条は右手の拳を握り、しゃがみこむと
「俺の最弱は、ちっとばっか響くぞ!」
全身全霊、ありったけの力を込めて最弱は最強に拳を叩き込む。痛みを知らない体が吹き飛ばされると、
そして同時に終わったことへの安心感と疲労で上条当麻もその場に倒れ伏す。
「……これで一件落着、かな?」
喧嘩疲れで地面に倒れた子供たちを優しく見守りながら、彼女は安堵の吐息を漏らした。
◇
優しい風が頬を撫でる。
ゆりかごのような感覚、花の香りと柔らかい感触。耳を掠める誰かの吐息。
「ア……?」
感じたことの無い感触に違和感と安らぎに
「あれま、起きちゃった?」
目の前の谷間、首筋、髪、浮遊感。
簡潔に言えば、
「っ!何しやがる!降ろせ!」
「うわっ!」
操車場が見える道の上、彼は先程散々に貶し、恐怖を覚えた女に抱き抱えられていることに気づくと、彼は一瞬の間を置いて声にならない悲鳴をあげる。
最強が女に抱き抱えられていることと、初めての匂いに、初めての感触、初めての感覚にパニックを起こすと、力を反転し、彼女の腕の中から脱した。その勢いで少女が尻餅をついてしまうが、そんなことはどうでもよかった。
「強引に降りないでよ、降りたいなら降ろしてあげるんだから」
「テメェ、何が目的だ?」
あまりの出来事に彼女の思考の裏側を読もうとするが、彼女はキョトンとするばかり。
地面にへたり込む彼女は先程までの狂気を感じさせない程か弱く見える。
「何って病院に連れていこうと……」
「……病院?」
彼女の話によると、どうやら
「だって
「余計なお世話だ」
その場に置いていけばいいものを。そう
「大丈夫だよ、あたしはアンタを悪いようにはしないから。だって大好きだもの」
「……テメェ、さっきもンなこと言ってたな」
気軽に使われる愛の言葉に
イカれた女の心情を彼が理解することは無い。
「あたし、人間が大好きなの。
「なンだ?博愛主義かなンかか?」
「まぁ、そんな感じ。それにほら、馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃん?」
くすくすと妖精のようにあどけなく笑うと、彼女はスカートについた汚れを払いながら立ち上がる。
ギラギラと下品に光るナイフのペンダントが
「
そのペンダントを握り、彼女は言葉を紡ぐ。この世の全ての砂糖を溶かしたような声だった。
悪魔のような囁き声が
「あなたにはあなたの正義があるわけじゃない?」
「ハッ、正義だァ?俺にンなもんねーよ」
「アナタの信念、アナタの願い、アナタを幸せにするアナタだけが導き出せる正義」
目の前の少女が紡ぐ言葉の数々は歪んでいて狂気を孕んでいる。
瞼を閉じ、ペンダントを祈るように握って彼女は
歪んだ唇と傲慢さが溶けだす瞳は人のものとは思えない。
「それが実験に参加した理由でしょ?」
「……何を知ってる」
「なんでも知ってる、だってお姉ちゃんだもん」
全てを知っているかのような口ぶりに
細められた目は寛大にも強欲にも感じられた。
「
人間を愛する彼女はどんな大罪人であろうと、救いの言葉と糸を下ろす。
「それがきっとアナタの
神に力を与えられた彼女は神の子であり、御使い。たとえ神を嫌おうと、知らずのうちに行動してしまう。
たとえ聖痕がなかろうと、彼女は聖女であり、伝道師。神の高潔で公正なる正義を伝え歩く。気付かぬうちに植え付けられた歪んだ使命は他ならぬ神が与えたものだった。
彼女は罪を送り、運ぶ者。その罪を天へと送る役目を追う。
「ダイジョーブ!あたしはみんなの味方だよ。だからお姉ちゃんを頼って?」
邪悪で聖なる笑顔。矛盾を抱えた彼女の笑みはこの世の何よりも美しくも冒涜的だった。
「覚えておいて、例え世界が敵に回っても、あなたに正義があるのならお姉ちゃんはアナタの味方だから」
「……気持ち悪ィ」
心の底から吐き出した言葉だった。
しかしそれに傷つくことも無く、彼女は当たり前のようにその言葉を受け取った。
「理解されなくたっていい、あたしが誰かの
神の歪んだ精神を受け継ぐ少女は聖女のような笑みを見せる。
それは誰にも理解されない、蠱惑的で典麗な笑みだった。
◇
鉄塔の上、双眼鏡を掲げて一人の少年がその場を遠くからその光景を眺める。
茶色にも金にも見える不思議な髪、烏のように黒い瞳、端正な顔立ち。部下を引き連れたその少年、垣根帝督は双眼鏡から目を離すと少しため息をついた。
彼は全てを見ていた。
一から十、その全てを。
「首がくっつくとか、どんだけだよ……ぜってぇ嘘ついてるなアイツ」
不審な動きをする駄犬の観察にきたら思わぬ収穫があった。
首を刎ねられた少女の光景が頭から離れない。吹き出しもしない血液、閉じた傷口、喜ぶ彼女。
気味が悪かった。
その気味の悪さに隠れる心配も彼を苛立たせる。
愚かな妹分。
限りなく似ていて限りなく似ていない彼らは互いを上だと主張する。
少女は姉だと、少年は兄だと、自分が強いと競い合う。
元来、兄妹・姉弟とは互いを理解することはない。理解できない。当たり前だ。血を分けたとて彼らは他人なのだ。
しかし誰よりも互いを理解する。矛盾を持つ存在。
その矛盾をこの二人も抱えていた。
理解できない少女、しかし不思議と理解できる根本。
理解できない少年、しかし不思議と共鳴する感情。
彼らは擬似的、精神的な兄妹・姉弟であり、その関係が覆ることはない。
「……ムカつく」
零した言葉は一人の少女に送る言葉。
不機嫌な声色は後ろで機械をいじる部下と思しき少年の肩をビクリと震わせる。
「しかしまあ、あのメサイアコンプレックス、
「でもおかげで結構情報取れましたね」
「まーな。アイツにつけてたストラップがこんなとこで役に立つとは」
何本ものケーブルが伸びる輪っかのようなゴーグルを頭に被せた少年は上司である垣根の顔色を伺うように言葉を発した。
「演算解析装置でしたっけ?なんでそんなのつけてたんですか?」
「珍しい能力だったからな。まぁ、あいつの能力が複雑すぎて解析すんのめんどくさくなったから使ってなかったが」
「第ニ位に複雑って言わせるってことは……」
少し息を飲む。彼はスーパーコンピュータ並の知性を持ち合わせているのだ。
あの少女の能力にひとつの仮説が浮かび上がる。
「たぶん原石かもな、本人に養殖か天然か聞いたわけじゃねぇし」
「七位が最大の原石でしたっけ?」
「アイツはマジでわかんねーが、天羽はあそこまで分からねーわけじゃない。でも原石の可能性は大いにある」
原石。それはある種の天才のことだ。
薬物によって生まれた能力とは違う、生まれついての異能。異形の存在。
人でありながらも人では無い力を扱うものたち。
「珍しい能力ですしね」
「だからストラップを渡したんだよ」
「でもこの解析用のストラップ、その他にも機能がありますし、随分と慎重ですね」
「アイツには色々と世話になってるからな、いなくなると困るんだよ」
面倒くさそうにため息を着くと、彼は再び少女が居るであろう方角に目を向けた。
「そんな困ります?ちょっと特殊なナースですよ?」
「テレスティーナや木山春生、冥土帰しとのコネはアイツが居たからこそできてんだ。おかげで
「垣根さんが感謝って、やべー……」
垣根帝督の人物像とはかけ離れた感謝の言葉に驚きが隠せない。あの垣根帝督が感謝するとは、いったいどれほど幸運で前世で徳を積んだ人なのかとすこし思うが、不機嫌な上司の声で思考を消し去る。
「誉望ー?無駄口叩いてないで
「わ、わかってますよ、垣根さん。でもさすがにあの小さいストラップじゃ分かる情報が少ないですよ」
誉望万化の言葉にあのストラップのバージョンアップを考える。
最近になって研究している
そんなことを考えながら、哀れにも彼の手中で飼われる子山羊を遠くから見つめる。
彼女は騙された子山羊だった。
しかし彼女はそれを知っている。体よく使われていることに気づいていながらも、それに甘んじていた。
それは一種の愛の形。
彼女の盲目的な愛を信じる彼は鎖で縛り、得体のしれない女を飼い殺す。
歪んだ関係性を表す言葉はこの世界には無い。
これからもこの先も、彼らはぐらついた関係を築き上げる。
あっさり終わった
IFを見る限り八月の時点で対
あと作者の挿絵ページ行くとけいとの絵が見れます(豆知識)
けいとは自分の好きな要素詰め込んだキャラなので絵を書くのが楽しすぎる。そのせいで更新が滞るんですけどね。