とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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31話:誘拐騒ぎ

八月三十一日、午後五時。

夏休み最後の日、天羽達は近所のファミレスで不幸な少年の真っ白な紙を埋めるお手伝いをしていた。

 

「何か嫌な予感がする」

 

暑さの厳しい夏から隔離されたファミレスの中、必死にレポートを書く自称不幸少年、上条当麻が顔を上げた。

涼しいはずの店内で汗を一滴零す彼からは何やら確信めいた強い言葉が放たれる。

 

「上条くんちに強盗でも入ったんじゃない?」

 

「やめてくれ……今日は御坂に振り回されるはアステカの魔術師に追われるわで大変だったんだ……もうこれ以上不幸を呼びたくない」

 

彼の斜め前、窓ガラスを背にしてスマホをいじる少女は予言めいたことを呟く。珍しく白いワンピースを着ている彼女は、つまらなさそうにニュースサイトを見ていた。

 

「今日は忙しいねぇ」

 

「ねぇけいと!何でも頼んでいいの?」

 

上条の隣、天羽の目の前に座る真っ白いシスターはメニューと睨めっこしていた顔を上げ、目を輝かせる。

疲れ気味の家主をほっぽり、食べ物に夢中になる彼女がまさか魔導書図書館だなんて誰も思うまい。

 

「いいよー、払えない分は垣根くんが払うから」

 

「テメェ俺を財布かなにかと勘違いしてないか?」

 

これから来る請求書の束を想像しながら乾いた笑いを浮かべ、隣のイケメンこと垣根に話のベクトルを捻じ曲げる。すると呆れたように睨まれ、少し怒られてしまった。

学園都市の第二位様なんだからこれぐらい払ってくれたっていいじゃないかと眼差しを向けるも、垣根に問答無用で頭を叩かれる。

 

その姿すら様になるのだから恐ろしい。

シンプルなカラーシャツとジーンズ。シンプルイズベストを地で行く普通の服装だというのに、どこか浮世離れしていた。

 

「レポート書き終わったぁ……!」

 

「おめ!とりま見してみ?」

 

「あ、注文いいすか?」

 

涙ぐみながら埋め終わった原稿用紙を天井に掲げる上条に微笑みがこぼれる。

念の為誤字脱字を確認するために上条から原稿用紙を受け取り、一つづつ確認していく。

 

これでも元院生、教授に頼まれて学生のレポートチェックをしていたりしたので確認作業は得意だ。

一字一句、間違えないように文字を目でなぞっていく。内容もちゃんとあり、目立った間違いは見当たらない。

頑張ったなと思うが、同時に彼に必死に教えていた垣根の苦労を考えると何故か涙が出てくる。

 

そんな垣根は我関せずにウェイトレスを呼んでインデックスと注文をし始めており、この状況をスルーしていた。

明るい声で優しく注文する彼はいつもの姿とはかけ離れており、優しい微笑みに呼び止めたウエイトレスは頬を赤る。

だがそのウェイトレスに向けた優しい王子様フェイスは注文を終えるとガラリと変わった。

 

「一教科終わらせたぐらいで喜んでんじゃねぇぞ」

 

「……はい」

 

「ま、まぁ、いいじゃん、ね?モチベも大切だよ?」

 

蛇に睨まれた蛙のように肩身を狭くする上条があまりにも哀れで、すかさず助け舟をだす。

本来は終わるはずのない宿題が終わったのだ、未来が変わった事実は褒めるべき。

しかし垣根はそれを認めない。自分にも他人にも厳しい垣根はそれを許さないそうで、冷たい目で上条と天羽を見下ろした。

 

「甘やかすな。俺の貴重な時間を使ってることを忘れんじゃねぇぞ」

 

「垣根様、本当にありがとうございます……」

 

「分かったら早く終わらせろ」

 

大きくため息をついて頬杖を着く垣根はどこか楽しげだ。

上条と垣根の青春劇を目撃しているこの現実はなんだかとっても微笑ましい。

 

「ごめんね、あたしが提出してなかったら貸せたんだけど……」

 

「いや、今日までやってなかった俺のせいだからな……天羽が謝ることじゃねぇよ」

 

今回、垣根に頼み込んでまで上条の宿題を手伝う会が結成したには理由がある。

偶然の重なり。

天羽がせっかちすぎて宿題を夏休み中に小萌先生に提出していたため見せることが出来ないこと。

助っ人で来てくれた垣根が上条の狭い部屋に文句を言ったこと。

かといって部屋を見せたくない天羽、立場上部屋を貸せない垣根。宿題をやる場所がないこと。

そしてインデックスがお腹を空かせた。

 

そんな偶然が重なった。

誘導込みの偶然が。

 

八月三十一日、天羽は何が起こるのかを知っていた

インデックス誘拐事件と打ち止め(ラストオーダー)誘拐事件。

 

その他にもアステカの魔術師やらなんやらがあったのは知っている。だがそちらに首を突っ込むことはなかった。

恋愛ごとに首を突っ込むのは避けるべきだ。下手に干渉して恋のキューピットにでもなってしまえば今後の展開に絶対影響が出る。

御坂には申し訳ないが、上条にはインデックスの隣にいてもらわないと話が進まない。

 

今日のメインは前述した二つ。

どちらを取るかは明白だった。

 

ファミレスにいる通り、天羽が取ったのはインデックス誘拐事件。

理由は色々あるが、ひとつを挙げるとすれば垣根と一方通行を合わせたくないことが挙げられるだろう。

この間の妹達(シスターズ)しかり、この先敵として出会う二人を極力合わせたくない。

 

「つかなんで今の今までやってなかったんだよ。こんなの一日もあれば終わるだろ」

 

「いやぁ、最近まで両親の元に強制送還されまして……あと一日ではこれは終わらないかんな」

 

特に御使堕し(エンゼルフォール)のことは言及せずに、上条は帰省したことを話す。

家族。海。当たり障りのない話ばかり。

 

その話に昔を思い出す。

 

前世の話。

 

杉並区の一軒家。

頭の悪い両親。未成年のうちに天羽を産んだ母と、実家が太いボンボンの父。

可もなく不可もなくで、両親との関係は良好。親としては見ていなかったが。

そんなちゃらんぽらん二人から生まれた天羽といえば、三歳ではすでに一人でキッチンを効率よく動かし、五歳ではアメリカの最悪の治安の中一人で買い物に行き、七歳で赤ちゃんの面倒を見ていた。

お気楽な親から生まれたとは思えないポテンシャルを秘めた子供。

 

そんな子供に妹を預けられる天羽がいたから夫婦仲に問題はなさそうだった。

私立の高校に、留学、色々お金を出してくれたことももちろん感謝してる。

一番感謝しているのは妹を産んでくれたことだが。

 

しかしこれはあくまでも前世の話。

 

今世の両親に特別な感情はない。

帰省したいという思いもない。

大学だってなんだって自力で来たし、学園都市に来れたのも大学の教授や先生のお陰だ。今の両親ではない。

 

妹を産んでいない偽物。

 

藍花の姓をもつその偽物に天羽は感情を抱かない。

 

「帰省かぁ……いいな、あたしも帰りたい」

 

しかし、妹がいる前世の実家には帰りたい。そんな感情がぽろっと口から出てしまう。

ホームシックな訳では断じて無いが、妹のいる世界に帰りたい一心で言葉を口にしてしまった。

 

「天羽の場合はアメリカに帰んのか?」

 

「あー……そうなるね。親もいるし」

 

「そっか、けいとってアメリカにいたんだよね」

 

とはいえそんな事情を知るはずもない彼らは興味津々に天羽の家庭環境を聞いてくる。

学園都市しか知らないから興味が湧くのも当然か。

 

「いたっていうかミックスだかんね?まぁ血が混じり過ぎてて純粋なアメリカと日本のミックスとは言えないけど」

 

「多国籍って凄そうだよな、家庭環境。なぁ、どんな親なんだ?」

 

「普通の人、興味ないからなんとも言えないけど」

 

「興味ないって……」

 

妹を産み、天羽を姉にしてくれた前世の両親。

そして天羽をこの世界に産むためだけに生み出されたであろう今世の両親。

 

育ててもらってもない偽物。興味も湧かない。

妹を産んでもらった恩はあれど、妹のいないこの世界では天羽を産み堕としただけの役立たず。

 

「ま、今のあたしにとっては冥土帰しが親代わりだし、多少はね?」

 

十歳からお世話になっている冥土帰しがこの世界での基本的な保護者。

彼の協力無くして天羽彗糸は存在しない。

そういう意味では親にも当たるだろう。

 

「ねぇ、けいとはなんで学園都市に来たの?アメリカにも似たような機関はあるんでしょ?」

 

「んー?そうだなー、こっちでやりたいことがあったから、かな」

 

ぼーっと上条の原稿用紙を眺めながら受け答えをしていると、インデックスが無垢な笑顔で天羽に話をふる。

確信をつくような質問。本当のことなど言えるわけなく、適当に言葉を濁す。

 

「やりたいこと?」

 

「それは秘密」

 

口元でばつ印を人差し指で作ると、インデックスはすこしほっぺを膨らました。

可愛い顔をしても天羽の口は固い。

 

「でもけいとって十字教徒なんでしょ?教会も少ないのによく来ようって思ったね」

 

「十字教徒……あぁ、前言ってたな。なんだよ、柄にもなく神を信じてんのか?」

 

「まぁ、渋々カトリックを名乗ってはいたけど……うん、信じてはいる、かな」

 

まだまだ質問は続くらしく、インデックスと垣根、二人がかりで畳み掛ける。

宗教の話題は世間的にはタブーだと知らないのか、根掘り葉掘りと聞いてくる彼らに天羽は少し戸惑う。

とはいえ学園都市の一生徒と、記憶のないシスター、彼らに世間の常識が備わってるとは思えない。

 

神か。

 

天羽はそれを知っている。

前世での出会い、夢とでの遭遇。

 

垣根に上条のレポートを手渡して彼に確認をさせると、大きくため息をついてあの日のことを思い出す。

ハッキリと自分が掴んだ天の糸の感覚を覚えている。

空に堕ちていくあの日の体験を忘れるわけが無い。

 

懐かしくも苛立たしい感情がじわじわと脳を登る。その感情に目を細めながら渋々答えると、垣根は鼻で笑った。

 

「シスターの前で悪ぃが、神なんていねーだろ」

 

「魔術はすんなり信じたのに神は信じないの?」

 

「この不幸な世界こそが神のいない証明だ。神がいたら世界は平和になるし、理不尽も、不幸も起きないだろ?魔術は結果として目に見えているから信じるだけだ」

 

天の力を奮う少年は神の存在を信じることは無かった。

 

「……違うよ、神がいるから理不尽が起こるんだよ」

 

その思考にため息を着くと、椅子に頭をもたれて真理を口にする。

誰もが誤解する慈悲深い神の偶像を粉々に打ち砕きたかった。

 

「上条くん、この間喋ったよね、ノアの方舟について」

 

「あ?あぁ、言ってたな。なんだっけ、文化を知った人間が世界を大変なことにしたから神が洪水を起こしたってやつだろ?」

 

ノアの方舟。旧約聖書、エノク書に書かれている、誰もが知っている有名な話。

 

天から落ちた天使たち、見張る者(グリゴリ)は人に知識と魔を与え、人間の女を娶った。

人は堕落した。天使と女の間に子が生まれた。

生まれた子は巨人となり、世界は混沌に満ちていく。

堕落した人間を一掃する際に、一人の人間とその家族だけを助けて他の人間を全て母なる海に還した。

 

神は、堕落した程度で人を流してしまう。

同じ姿をした人間を。

 

「そう、神は傲慢にもたったそれだけの理由で人間を殺すんだよ?」

 

傲慢で気まぐれ、残虐で強欲、怠惰。

七つの大罪もびっくりの罪深い神が誰からも愛される事実が気持ちが悪い。

 

「それを踏まえてさ、垣根くん、あなたは本当に神が人間を愛していて、人間の味方であると思う?」

 

「……人間を愛すのが神様じゃねーのかよ」

 

「何言ってんの、聖書において神が殺した人間は三千万人だよ?神はね、傲慢で強欲、気まぐれで残酷。だからこそ、あたしは信じはするが信頼はしない、愛しはしない」

 

足を伸ばし、気怠げに椅子にもたれ掛かる天羽は自分のペンダントに手を伸ばす。

ダガーを模したペンダント。まるでロザリオのようなそれは、気まぐれから自分で買ったものだった。

 

「あたしが握るのは十字架じゃなくて神を貫くダガーなの」

 

「……歪んでんな」

 

姿勢を正し、きちんと椅子に座る。こほんと咳払いして空気を和ませるように明るい声で話題を変えるが、垣根の冷めた目は変わらなかった。

 

「ちなみに、ちょっと違うけど神を忌み嫌うことをグノーシス主義って呼んだりするよ。人間の世界が地獄で、神様が魔王って考え方」

 

「お前って無駄に知識豊富だよな」

 

「これでもお勉強は得意なの」

 

無駄と言われようと立派な知識、脂肪の詰まった胸を張って言ってみせると、「すごいすごい」と適当にあしらわれる。

全く、酷い人だ。

 

「けいとって、学園都市の人にしては物知りだよね、とうまもこれくらい詳しければ言ってること分かってくれるだろうに」

 

「え?あー、まぁ職業柄、神話はよく知ってんのよ」

 

天羽はインデックスも驚かせる程度には宗教に博識なようで、インデックスは少し恨めしそうに上条に視線を向ける。

確かに学園都市の人間にしては物知りだがこれはあくまでもキリスト教の知識。十字教のことはさっぱりだ。

それに知ってる神話だって偏りがあるし、万全ではない。

大学で神学専攻しておけば良かったと少し思うが、神なんて嫌いなものを讃える授業を受けるのは精神衛生上良くないのでわざと避けた。

それに物語としての聖書や神曲、失楽園は理解できるが、神が何を伝えたいかなんて知りたくもないし。

 

「職業柄?お前聖職者かなんかだったわけ?シスター服借りれば?」

 

「まぁナースも教師も見方によれば聖職者だけど……そうじゃなくてさ、医学用語って神話が元になってたりするんだよ。だから自然と知ってるって感じ。単語の背景知っといた方が覚えるの簡単だからさ」

 

「神話から?例えば?」

 

からかい混じりに笑う垣根に少し苛立つが、平常心で受け答える。

上条もその話には興味があるようで、テーブルに身を乗り出して聞いてきた。

 

「例えば海馬(hippocampus)。これは伝説上の生物ヒポカンプスからきてるの」

 

「へー」

 

仕方ないと例を上げると平坦な声があがる。

聞いてきた癖にリアクションが薄いことに腹が立つ。もう少し具体的な例を出した方がいいかもしれない。

 

虹彩(iris)はギリシャ神話の虹の女神イリスから、アキレス腱は英雄アキレウスから」

 

「お、おう」

 

「病名ならナルシズムが有名だよね。あとダイアナコンプレックス、エディプスコンプレックス、あ、あと心理学(psychology)って単語そのものがPsyche(プシュケ)、聖書で魂を意味する言葉から来てるよ」

 

知識を脳から引っ張り出し、口から吐き出す。簡単なサイクルはどうやら天羽の箍を外したようで、溢れ出る知識がラジオのように延々と流れ出た。

 

「薬関係だと睡眠薬(Hypnotic)が眠りの神ヒュプノスから。モルヒネはモルペウスス、夢の神から取られた名前」

 

「あのー、天羽さん?もう十分なんですが……」

 

「こいつは医療オタクだからな、一度この状態になると止まらねーんだよ、諦めろ」

 

不名誉な称号が垣根の手によって付けられたのが頭に来ると、天羽は口を閉じて深刻そうな顔をする。

突然止まった口にハテナを顔に浮べる男性陣に一発かましたい一心で再び口を開いた。

 

「……ちなみに、思春期の男性諸君にお役立ち情報。エロは愛の神エロスから、そして英語で媚薬を意味するaphrodisiac(アフロジシアカ)の元ネタはアフロディーテ、ヴィーナスの丘は……言われなくてもわかるよね?」

 

「んなお役立ち情報要らねーよ。死ね」

 

渾身の一撃のつもりだったが、照れもせずにバッサリと一刀両断されてしまう。

さすがにこの位では動じないか。思春期男子の耐久性をなめていたな。

 

「ていうか!そんな情報よりも!宿題がですねぇ!」

 

「あー、はいはい、んじゃやりますか。つぎはどれ?」

 

思春期男子の耐久性、というよりただただ宿題と己の未来を危惧していただけのようで、必死の形相で残りの教科書を見せつけてくる。

哀れな学生はペラペラと教科書を巡り、頭を抱えた。

 

「数学なんだが……」

 

「それなら垣根くん担当だね。あたしの得意分野は生物学、化学、英語、保健体育、社会のみ!一応ドイツ語、あと勉強中だけどロシアとイタリアもいける!」

 

「俺はオールマイティーだからお前と違ってなんでも教えられるだけだ」

 

勝ち誇った顔を見せる垣根に非常に醜い苛立ちを感じながらも笑顔を見せる。子供の調子に乗った顔など、大人の天羽が気にすることもない。

しかし天羽の精神はまだ子供である。大人だったのは過去のこと。

だから笑顔の下は苛立ちで埋まる。

お前は出来損ないだと言わんばかりの顔が、ひどく腹立たしかった。

 

「第二位様様だな……」

 

「お前さ、この俺(第二位)に教わるなんて、宝くじに当たるほどの幸運ってわかってんのかコラ」

 

「俺、お前と友達になれて良かった……」

 

「きっしょ、口じゃなくて手を動かせ」

 

天羽の心の棘に気づかずに彼らは実に高校生らしい掛け合いを始めた。

青春臭く、馬鹿みたいな会話は在り来りの日常を描き出し、心の棘を一つづつ抜いていく。

幸せそうに変哲もない日常は垣根のイメージとは掛け離れている。けれどその掛け離れたギャップが埋まる時、彼はきっと幸せになる。

刺激ない日常、色褪せた毎日。

刺激的な日常、色鮮やかな毎日で死ぬくらいなら、そちらの方にいて欲しい。

 

死ぬことは進めないこと。とても不幸な事だから。

 

「ふたりとも仲良しだね」

 

「ほんとだね、見てて楽しいよ」

 

だから彼らが和やかな世界を観ているのが、天羽にとってはとても楽しかった。

心のモヤを吹き飛ばすほど、涙が出るほど、不幸な彼らの何気ない幸福が天羽にとっては最高の幸せだった。

オタクな妹なら「尊い!」とでも叫んでいただろうか。

 

「お待たせ致しました」

 

「あっ!来たよとうま!」

 

そんな幸せを噛み締めていると、一人のウェイトレスがハンバーグやらご飯やらパフェやら、頼んでいたものを持ってきた。

ほとんどがインデックスのものだろう。重そうなお盆を両腕に抱えながらウェイトレスは足元に気をつけながら歩く。

 

「きゃっ!」

 

「あ」

 

転びそうだな、と思っていた矢先、つるりとウェイトレスは床の摩擦に転ばされた。

倒れるウェイトレス、投げ出されたお盆、宙を舞うお皿。

空飛ぶスパゲッティ・モンスター教なんてものもあったな、なんてくだらない考えを巡らせながら物理法則に基づき落下していく食べ物を目で追うと、それらは全て同じ放物線を描く。

 

落下した食べ物はどういう訳か全て上条の頭に降り注ぐ。

 

「あーらら、さすが上条くん」

 

「スゲーな、お前」

 

ぐちゃぐちゃになった食事を頭に乗っけた上条は、悲しそうな顔で身体を震わせる。

彼の左隣にいたインデックスには全く被害が及んでないのが彼ら二人のギャップ(幸運値の差)を浮き彫りにさせた。

 

「でもレポートが無事でよかったね」

 

「垣根様様だな……」

 

インデックスが頼んだ豆腐ハンバーグやライスがぶち撒けられた悲惨な机だったが、幸運なことに垣根が手に持っていたレポートだけは無事だった。レポートはハンバーグの汁が一滴もかかることはなかった。

 

「俺の数少ない運か、垣根の運か……どっちが働いたんだ?」

 

「それを決める前にさ、あの人どうにかしたら?」

 

「あ?」

 

垣根が机にレポートを置いた瞬間、後ろのガラス越しにくぐもった声が微かに耳に届く。

カチンと何かぶつかった音が聞こえた瞬間、天羽は垣根の腕を持ち上げ、隣のテーブルに飛び乗った。

 

幸い使用者がいなかったテーブルに足が着いたその時、大きな音とともにガラスが割れる。

 

吹き荒ぶ風がガラスから力強く流れ出す。

テーブルの上に垣根を下ろしてその風の行く末を眺めていると、パキンと弾ける音ともに風が止んだ。

打ち消された風は周囲をめちゃくちゃにし、全てを無に還す。風が止んだその場には粉々にされたテーブルと何もかもを打ち消す少年しか立っていなかった。

 

「てんめぇ……なにしやが、あ?」

 

割れたガラスの向こうにいるはずの男に上条は叫ぶ。

顔をあげ、敵意を向けるが、窓の外には誰もいなかった。

 

「こちらだ」

 

上条の背後に知らぬ間に移動したその男は惨状を目にして少し驚く。

黒いスーツに身を包んだその男は二メートル近い長身で、筋骨隆々の体格をしていた。

テキサスに居そうな体格をもつその男の両目は固く閉じられており、どうやって前を見ているのかはなはな疑問だ。

しかし、片腕につけられたボーガンのような装置がそんな些細な問題を吹き飛ばす。危険だと、脳が警告を出していた。

 

「この結果は予想外だが、無益な殺生が減るのなら喜ぼう。このまま投降すれば君には手を出さない。目的のものさえ手に入れれば君たちに危害は加えない」

 

「無益な殺生ねぇ……ド派手なご登場しといて何言ってんだか」

 

テーブルから降り立ち、鼻で笑うように男に声を掛けると、垣根は天羽に目を向ける。顎を使って指示を出し、彼はゆっくりと上条の隣に立った。

 

別に彼に言われたからではないが、床に倒れているインデックスの元に駆け寄る。

この事件は彼女を狙ってのもの、彼女のそばにいた方がいいのは明白だ。

 

「インデックスちゃん、大丈夫?」

 

「けいとも、怪我は?」

 

「あたしは大丈夫だから」

 

体を起こし、守るようにインデックスの体を抱き寄せる。今、彼女から離れるわけにはいかないのだ。

身を守る体制に入り、大男の挙動に注目していると視界の端にひらひらと舞う紙切れが写る。その真っ白い紙切れに書かれていたのは薄い色の線と、鉛筆の黒。

それは上条の魂込めて書かれたレポートの切れ端だった。

 

「俺の、俺の宿題が紙吹雪に……」

 

「上条、お前は頼むから黙っててくれ……」

 

その事実を知ってしまった彼は体を震わせる。

パソコンなり携帯のメモなり、電子機器で書いておけばよかったのに、と的外れなことを考えてしまうのを許してほしい。

粉々にされたレポートの切れ端を持つ手をぐっと握りしめた彼は大男に屈さず声を荒げた。

 

「おい!そこのお前!お前がやったんだからお前が責任取れ!俺の宿題お前がやれよ!?」

 

「知ったことか」

 

「オーケイ……今日の上条さんはちょっとばかしバイオレンスですよ……ってあれ?」

 

正当な権利だと言わんばかりに大声で主張する上条だが、もちろんそれは一刀両断される。

逆になぜそれが通用すると思ったのか。

上条が鋭い目つきをその男に向けるが、一度あることは二度あるのがお約束、彼の姿はもうそこにはない。

 

首筋に当てられたゴツゴツとした何か、背後からの威圧。

その男はインデックスを抱きしめる天羽の首に矢のない弓を当てた。

 

「手短に済ます。子供の遊びに付き合う気は無い」

 

「天羽!」

 

「インデックス!」

 

ぎゅっとインデックスを抱きしめる。手放すことがないとわかると、男は静かに口を開いた。

 

「女、死にたくなければそれから手を離せ」

 

「無理な相談ね、インデックスを連れていきたいならあたしを殺してからにして」

 

挑発するように男を見上げると、閉じられた目と目が合う。

睨まれている。そんな気がする。

そう感じ取るとインデックスを守る腕に力が入る。離れまいと必死になるのは当たり前だ。

 

「何考えてんだテメェ、そいつらをどうするつもりだ!」

 

「分かるだろう?これが十万三千冊を記憶している禁書目録だと知りうる者だ」

 

「お前、魔術師か」

 

「如何にも」

 

上条の問いに頷くと、大男は平坦な声で呪文を口にした。

 

「断魔の弦」

 

弓の音と共に放たれた風は首筋を切断する。

引き裂かれる肉、切られた神経と首の骨。けれどもその傷は風の刃が通り抜ける前に再び接合された。

傷を認知する前にそれは消え失せる。一方通行(アクセラレータ)の時のように見世物として気軽に頭を弾き飛ばすわけにもいかない。

 

「なーんでみんな首を狙うのかなぁ?そんなに女王様になりたいの?」

 

血の一滴すらつかないカシュクールのワンピースが揺れる。今日のためのか弱い衣装。

いつもの元気なボーイッシュな少女ではない、可憐な姿。

死装束のような服装がさらにその不気味さを演出した。

 

オーディエンス(他の客)に配慮しての治癒は随分と大男を驚かせたらしく、彼は眉間にしわを寄せて天羽を見下ろす。

まるで化け物だと、人じゃないと、その顔が訴える。

 

(知っているよ、そんなこと)

 

不老不死にすらなれる自分が人じゃないことくらい。

永遠の命と永遠の若さ。細胞を保ち続ければそんなことは簡単だ。

永遠に生きるなんて、化け物と呼ばれるには十分すぎる。

 

「あたしの能力は卓越した回復力。バラバラに刻まれたって生き返るけど……どうする?」

 

「ふむ、面白い能力だ。しかし、非力な娘よ、傷を治せたところで本体が強くないと意味は無い」

 

浮かべた笑みはどうやら相手の癇に障ったようで、男は遠慮なく軽々と彼女たち二人を抱え上げた。まるで子供が人形を抱くように男の腕に抱えられてしまい、なんとなく気恥ずかしい。

 

「透魔の弦」

 

そのまま弓のついた腕を垣根たちに向けると、ガチャンという音と共にと弓が引かれた。

風が頬に当たり、あまりの風量に目を閉じてしまう。何が起こったのかよく分からぬまま大人しくしていると、どうやら彼女たちが見えていないのか目の前の少年たちはあたりを見渡し始めた。

透明化。見えてるのに見えていない。

 

「待てこの野郎!」

 

「ひゃっ!」

 

どこかに行ってしまったのかと思ったのか、上条が左手を突き出すと可愛らしい声が下から聞こえた。

インデックスの可愛らしい声に驚くと、上条はまじまじと自分の手を見つめる。

 

「なにか小さくて柔らかいものが……!?」

 

「小さくて柔らかい……?ならインデックスか」

 

「そこにいるのかインデックス!」

 

どう考えてもセクハラ案件で裁判沙汰にできるが、寛容な(彼女)は全てを聞かなかったことにした。

 

(ええ、聞こえてない、聞こえてない)

 

現実逃避をしていると、弓のついた男の腕が上条目掛けて振り下ろされる。

その隙に再び風でガラスを割ると、天羽たちを抱えたまま男が店の外へ逃げていく。

ガラスを踏み荒らし、足音を響かせながら彼の目的を達成しに連れ去られてしまった。

 

(さあー、大変だ)

 

すこしこの状況を楽しみながら、天羽は男の鼓動を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

散らばるガラス片、壊されたテーブル。透明人間が残していった惨状を何やら面白そうに眺める垣根帝督と、その透明人間が壊していった窓から身を乗り出して誰もいない道を睨むように見ている上条当麻が異様な店内で立っていた。

 

「くそっ!やられた!」

 

「あいつらなら平気だから、とっとと追うぞ」

 

悪態をつきながら愚痴をこぼすと、垣根はいつもの調子で彼の隣で携帯をいじり始める。

その態度に若干苛立ちながら上条は友人である彼に詰め寄った。超能力者(レベル5)である彼ならどうにかできたはずなのに、そんな腹立たしさが脳を過ぎる。

 

「なんであの羽出してくんなかったんだよ!」

 

「ここ店内、子供が多い、よって却下だ。あと面白そうだったし」

 

「性格悪いなおい!」

 

悪魔のように面白がる彼に上条は大声でツッコミを入れた。そんな腹立たしい奴だが、真面目に怒らないのは彼がやるときはやる奴だと知っているから。

上条にとって彼は「いい奴」で、大切な友人の一人だ。だからこそ彼らはこんな状況下でも軽口を叩けていた。

そんな二人は割れた窓ガラスから身を乗り出し、いなくなった同棲相手と世界で一番嫌いな少女を迎えに店を出る。

 

「あの、お客様?」

 

「は、い……?」

 

しかし、外に出ることは叶わない。店のウェイトレス、シェフ達が総出で彼らを呼び止める。

青筋を立てた彼らの目には怒りしか見えない。

その気迫に上条が押されていると、垣根がぽんとその肩を叩く。

 

「頑張れ上条」

 

笑いを必死に堪えながら、彼はまるで他人事のように上条に全てを丸投げした。

哀れな不幸少年を笑う彼も十分不幸な少年ではあるが、そんなことを知らない彼はめちゃくちゃに汚れた店内で片方を馬鹿にする。

高校生らしい掛け合いだが、場所が悪い。

 

冷たく、迫力ある目線を送るファミレスの従業員、イケメンフェイスでせせら笑う金持ちの友人。

上条の何かが弾けた。

 

「ふ、ふ、不幸だァ──────!!!」

 

悲痛な叫びが彼の中から湧き上がる。

店内に木霊した叫び声が問題を解決するわけではないのに、彼は感情の全てを声に乗せた。

 

人は切羽詰まると叫ぶらしい。

もはや彼の決め台詞となったその言葉は、小さな店内で虚しく響いた。

 




果たして8月31日までに8月31日を終わらせることは出来るだろうか。
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