とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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34話:漏洩

落ちた太陽、全てを青に染める真夜中。乾いた銃声が静寂な青の中響き渡る。

男から放たれた弾丸は真っ直ぐ、一切の迷いなく対角線上に立つ白髪の子供を撃ち抜いた。鮮烈な赤が青に混じる。吹き出た血液は青を汚し、びちゃりとグロテスクな音を立てて床に散らばる。

 

最強と呼ばれたその子供にはそれの銃弾を防ぐ方法はなかった。いや、正確にはあったのだ、けれど自らの意思で使わなかった。

それは彼の通り名、一方通行(アクセラレータ)そのもの。全てを拒むその能力から作られた反射膜、それさえあれば彼が傷つくことは無かった。けれど初めて誰かを救うという事実が、そのすべを封じる。垂らされた救いの糸を手放し、その代わりに幼い少女に握らせた。

 

強烈な衝撃は一方通行(アクセラレータ)を撃ち抜き、今まで覗き込んでいたスポーツカーのシートから強引に引き剥がす。守りたい幼い少女、打ち止め(ラストオーダー)から手が離れてしまう。

吹き出た赤と夜空の青、そして見下ろす白い月がじくじくと瞳を焼き焦がす。焼けるような痛みに悶え、床に崩れ落ちる。

しかし、汚い地面とぶつかることは無かった。

 

「お疲れ様、一方通行(アクセラレータ)くん」

 

「テ、メェ、おせー、よ」

 

崩れ落ちた一方通行(アクセラレータ)を受け止めたのは他でもない天羽だった。

白い髪と赤い血が真っ白い服に花のように咲く。散らばった髪の隙間から覗く赤い瞳にゆっくり手をかざすと、彼に優しく話しかけた。

 

「ゆっくりおやすみ。大丈夫、全ては滞りなく終わるから」

 

手を触れて演算を試みるも思った通り演算が阻害される。脳に触れるのを彼の意識は許していない。

つまるとこ、天羽は彼を治せない。

声は優しくとも、心の中ではチクチクと針が突き刺さる。

 

(できるとこまでになりそうかな。全快は無理。病院まで()()ようにするのが精一杯か)

 

彼は自身の電気信号も、血流も、ベクトル能力でその体を制御できる。それは彼女と同一の力。

自分で操作できるということは、彼女の操作を自力で打ち消すことが出来るということ。無意識に良いも悪いも判定してしまう彼の力なら特に相性が悪い。

勝手に血流を操り、組織細胞を動かして、血小板を増やして。

それは自然現象ではなく、介入。まだかろうじて意識のある一方通行には深くまで潜ることを拒まれる。

眠っている時も最低限のものを反射する人だ、軽い干渉は許されても根幹は難しい。

 

それは脳。能力の深淵をこねくり回すのなど、治療行為といえど宿った力は許さない。

 

似たような能力ゆえに彼らは互いに干渉できない。

()()()()()()()()()()()()()

 

同一のものは互いに打ち消し合う。

 

「高そうな車だな、性格の悪さが滲み出てるぜ?おっさん」

 

胸の中でうなされる一方通行(アクセラレータ)の軽い体をお姫様のように抱き抱えると、後ろからゆったりと、優雅に少年が歩いてくる。黄金色の髪を揺らして彼、垣根帝督は嘲笑うかのように辺りを見渡した。

ゴンゴンとめちゃくちゃになったクルマのバンパーを叩くと、その場に腰を抜かす哀れな男を見下す。その悪態に少し呆れながら彼女は、一方通行(アクセラレータ)を車の運転席に座らせ、彼の横に立った。

その光景に男は更に顔を青くする。銃を構える手は酷く震えていた。

 

「な、なんだお前ら、だ、誰だ!」

 

「そうだなぁ、この間襲撃した一人っていえば分かるかな?」

 

「っ!お前が、あぃ──」

 

その男、天井亜雄は最初こそ威嚇していたが、彼女の一言に顔を強ばらせる。そしてあろう事か彼女の本名を口にしようとした。

瞬間、全てがバレてしまう前に開けた口に足を、正確にはピンヒールを蹴り入れる。脳よりも早く体が動いた。

今回ばかりは手より足の方が距離も短く、口をふさぐには合理的だ。

鼻にめり込んだつま先部分と、口腔に突きつけられたピンヒールはさすがに痛かったようで、あまりの出来事に彼は拳銃を落とす。それを拾い上げて垣根は男を汚物のように蔑む。

 

「うっわ……流石のドMも喜ばねぇぞ」

 

「外野、うるさいよー?」

 

無神経な言葉にむすっとした顔を見せると、彼はふっと鼻で笑う。なにやらおかしなことを考えているようで、笑いを堪えるように手を口元で隠していた。

仕方の無い少年だ。子供のように軽口を叩く彼に少しばかりの苛立ちが込み上げるが、非常事態の前で口論をする訳にもいかない。小さくため息をついて彼に呆れた顔を見せ、彼女はスポーツカー内で横たわる少女を指さす。

 

「垣根くん、そこの女の子を病院に運んどいて。あとはあたしがやっとくから」

 

「そいつはいいのか?」

 

「あたしが連れてく」

 

少女、打ち止め(ラストオーダー)を軽々と片腕で持ち上げ、人形のように抱えると、彼は少しため息をつく。

天羽と少女を交互に見ながら残念そうにだらんと下を向いた。文句ありげな顔がこちらを向くと、彼はジロジロと天羽を見つめる。

 

「ったく、テメェもこれくらいちっさければ持ち運びが楽なんだがな……重いんだよ、お前」

 

「すみませんねデカくて」

 

「ホントだよ、縮めデカ女」

 

悪態を着いてから帰路につこうとする彼にべぇーっと舌を出す。女子に重いだなんて言ってはならぬと、習わなかったのか?ムスッとして彼に拗ねてみると鼻で笑われる。

正直かなりムカつく。まるで年上のように茶化し、拗ねる自分を笑い飛ばすその一連の行動に苛立ちと腹立たしさを覚えるも、別の要件を思い出すとポケットに手を突っ込む。取り出したものを軽く投げつけると慌てた様子もなくそれを受け止めた。

 

「あ、これ持ってって」

 

「は?……お前」

 

小馬鹿にした表情を向ける彼だったが、天羽が投げたものを空いた手でキャッチすると、顔を一気に顰める。

投げたのは彼女のスマホ。彼お手製の盗聴器がついた特別なもの。それが意味するのは分断、秘め事、真実。

 

「ここから先は、あたしだけの世界だからさ、立ち入り禁止なの」

 

軽く微笑むと、垣根は眉間にしわを寄せる。苦々しい表情をみせる彼は、悲しいような、苦しいような声を上げた。

その感情の意味が彼女には分からない。

 

「教えてはくれないんだな」

 

「自分で調べなきゃ、楽しくないんじゃないの?」

 

「……先行ってるからな」

 

つまらなさそうに彼は打ち止め(ラストオーダー)を抱えて病院へ足を進めると、そのまま見えなくなってしまう。

その姿を見届けると、天羽は男の口から足を抜いて話しかけた。

 

「さてと、天井亜雄、アンタ確か量産型能力者(レディオノイズ)計画の責任者よね?」

 

天羽は彼を知っている。

それもそのはず、ついこの間の一方通行(アクセラレータ)の件で自分に関する実験を盗み見ていたから。藍花悦のデータを使ったことを知ったのは偶然とはいえ、知ってしまったものは聞かなくてはならない。

クローンたちの製造に使われた藍花の能力。そして彼はその製造の第一人者、問い詰めるには持ってこいだ。

 

彼の体の支配権を有する天羽は、彼の神経を麻痺させ、逆らえないように肉体を調教する。体もまともに動かず、生殺与奪の権を握られた可哀想な男は土の味がする口で咳き込みながら答えるしか選択肢がなかった。

 

「っげほ、っがは、はぁっ、は……まさか、こんな所で出会えるとはな、()()()()

 

「あたしのデータを実験に組み込んだんでしょ?これは必然よ」

 

反抗することは愚か、立ち上がることすら出来ない天井亜雄は言葉で天羽を挑発する。

けれどそんな事言われても、彼女の心は揺らがない。さっきまでもっと酷い言葉の数々を垣根の口から浴びせられたのだ、この程度の罵倒はもはやなんとも思えなかった。

 

「だが使えなかった。お前のデータは使い物にはならなかった。遺伝子情報の変更程度にしか役に立ってない」

 

「他人に流用したら失敗するに決まってるじゃん。あたしにしか使えないんだから」

 

「あぁ、そうだな、化け物。お前以外にそんな力を持つ奴は二人としていない」

 

憎しみの籠った目が彼女を映す。化け物のように、怪物のように彼女を見るその目が気に食わない。

 

━━あたしは人間だ。

━━この世界とは違う世界から来た()()

 

だからそんな目を向けられるいわれなどなかった。

 

「……化け物だなんて、失礼極まりないね」

 

「化け物だろう?人でなし、人間の皮を被ってヒーローごっこか?」

 

「こんな女子高生つかまえて化け物だなんて、酷いこと!あたしは()()だよ?」

 

たとえ違う世界の人であろうと、彼女は人間である。それ以上でもそれ以下でもない、ただの人。

だというのに男はそれを否定し続ける。

 

「はっ、『肉体の支配者(ドミニオン)』、第三候補(サブプラン)のモルモット、そんなお前が人間だと?笑わせる」

 

「あ?なにそれ?ドミニオン?」

 

「知らないのか?ふ、はは、何も知らない哀れな人外、真実を知らないまま醜く死んじまえ」

 

意味の分からない言葉を口にすると、彼は唸る。厭悪渦巻く低い言葉は獣のようだ。

 

「そこまで嫌われてるとはね、あたしのデータを使って甘い蜜を吸ったくせに」

 

「そのせいでこうなったんだ、恨むのは道理だろ?」

 

「大いなる力には等しい代償が必要。それだけの事でしょ?」

 

優しく微笑み、彼の目の前にしゃがみこむ。悍ましい怪物を見ているかのように小刻みに震え、冷や汗をたらすその男は実に滑稽だった。

 

「っ、殺すのか?」

 

「まさか。これでも博愛主義者なの」

 

震える男の顎を右手で掴み、強引に目を合わせた。恐怖に染る瞳の色は夜の青を溶かす。

哀れで罪深い男に慈悲を与えまいとゆっくりと、土に染み込む命の水のように静かに、広がるように演算をし始めた。

 

「だから全てをリセットしてあげる。記憶も心も感情も0に戻す。子供の頃は誰だって純粋だもんね?」

 

死とは最大の不幸である。

 

未来は分からない。絶望かもしれない。けれど生きている限り、何かが変わるかもしれない。

神は気まぐれ、幸福も不幸もいつ降りかかるか分からない。生きることは賭け事みたいなもの。

けれどわずかな確率だろうと全てが幸せになるチャンスがあるのなら彼女は醜く泥を啜ってでも掴み取る。

それだけの覚悟がある。

 

人は死を救済だと言う。だが彼女はそうは思わない。死を望むことはとても不幸なこと。

死を望んでしまうその人生が、その選択をさせたことこそが不幸だと彼女は思う。

 

だから私は彼を生かす。次のチャンスに巡り会えるように。

100を0に、有を無に、全てを初めに戻す。スタートに戻る。

すごろくの駒を壊すのではない。初めのマスに戻すだけ。

純粋なあの頃に戻してあげる。闇を知らなかった頃へ。

 

「救いの糸を垂らすのは神ではなくあたしなのよ」

 

電気信号を操って、脳髄を操って、細胞を操って。痛いかもしれないけど、苦しいかもしれないけど、それがきっと贖罪になるのだから。

優しく微笑むと、彼も子供のように無邪気な笑顔をみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青が包む夜の中、停めた車を降りたその女は目の前の異様な光景に目を丸くする。

 

「……これは」

 

そこには一方通行(アクセラレータ)も、打ち止め(ラストオーダー)も居なかった。いたのはただ1人、この誘拐騒ぎの犯人で、研究者である天井亜雄。

 

しかし、彼はまともな姿をしていなかった。

 

口から零れる涎、純粋な瞳、わんわんと溢れる涙、地面でへたりこんで泣き喚くその男はまともではなかった。まるで母を探す赤子、まるで何も知らない純情な子供が癇癪を起こすような姿は異常だった。

銃を握る彼女の手はそのおぞましい光景に震える。

 

それは心理学的に退行と呼ばれるものだと気づくのにそう時間はかからなかった。

 

一方通行(アクセラレータ)が?いや、彼ならもっと……」

 

惨い光景に頭が酷く痛む。何が起こっているのかと、理解できない現実がめまいを起こした。

赤子のように泣き喚く背の高い男を眺めながら彼女は下唇を噛む。彼女は甘い人間だった、だからこそこの光景に吐き気とおぞましさを感じる。

こんな姿にするのなら、殺してしまう方が優しいのではないかと。どこまでも甘い彼女はこの日初めて優しさを見せる。彼に向けられた銃口は他ならぬ優しさから来るものだった。

誰か知らない他人が起こした酷い現実はそれほどまでに強烈な光景だったのだ。

 

「一体、誰がこんなことを」

 

呟いた言葉は突然鳴り響く電話の音で掻き消える。あまりに唐突な音に少し肩が跳ねるが、着信が知り合いだと分かると途端に安堵した。

電話の主は昔馴染みの医者。こんな時になんの用かと、彼女は携帯を耳にかざす。同時に引かれた引き金は、花火のような音ともに裏切り者を地獄の底へ突き落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)の手術に立ち会い、彼を病室へ運んだ後、夜勤の仕事をしようと暗い廊下を歩く。自分の配属先のナースステーションに足を運ぶと、そこには青白い蛍光灯の光でキラキラ輝く黄金色があった。

 

「よう、おかえり」

 

「あれ、帰ってないの?」

 

「悪ぃかよ」

 

何かをいじりながら満面の笑みで天羽を迎え入れる垣根は不気味なほどご機嫌だ。それに少しばかりの恐ろしさを感じるが、そんなことよりも彼の手元に目がいく。

彼しかいないナースステーション。そこに踏み入れて彼の隣に立つと、彼の手元のそれが天羽のスマホだと気づいた。写っているのは電話帳のアプリ。

何をしているのか、見当がつかない。

 

「アンタ、あたしのスマホで何してんの?」

 

「情報の抜き取り」

 

「は?なに?怒られたいの?」

 

「で?一方通行(アクセラレータ)は?」

 

全く、何を考えているのか分からない少年だ。呆れながらため息を着くと、適当な椅子に座っている彼は先程のことを聞いてくる。

その質問に笑みが少し溢れると、彼の頭を軽く撫でて一方通行(アクセラレータ)のカルテを確認する。

重要人物のカルテはアナログな紙でしか書かれない。電子データはすぐ漏洩するのがオチだ。

 

「大丈夫、生きてはいるよ。けど脳の損傷で彼の演算能力と言語能力は無くなっちゃったけど」

 

彼が気にしていたのは永遠の一番手。まぁ、これから喧嘩売りに行くのだから気にする理由もわかる。なので簡単にあらましを説明すると、彼は意味深に笑った。

 

一方通行(アクセラレータ)がこれから先付き合っていかなくてはならないものは失語症。前頭葉のブローカ野、または側頭葉のウィルニッケ野の損傷から引き起こされるこれは基本的に治ることは無い。

そして演算能力、そして身体能力も異常をきたしている彼はこれから先大変だろう。とはいえ演算補助道具をこれから作られ、能力さえあれば歩ける、そもそも彼は死なない。

 

欲しかった家族も手に入れて、愛する人も手に入れて、トントン拍子で上手くいって、主人公にもなれて。

彼は決して不幸じゃない。今までの経路が不幸だとしても、これから歩む人生は幸せだ。

未来で牢屋にぶち込まれながら統括理事長になると言っても、それは彼が選んだことで、彼はそれを不幸とは思っていない。

 

死にもせず、愛する人も救える彼は不幸なんかじゃない。

 

不幸とは進めないこと。守れないこと。何も出来ないこと。不自由なこと。当たり前の幸せを受諾できないこと。

 

だから彼女は歩けないあの子を幸せにしようとした。死んでしまうかもしれないあの子を守った。

不幸であり幸福。彼女を命を懸けて守れた誇りと、在り来りな幸せな生活を掴めない妹を助けられなかった罪悪感に苛まれる。

 

「……なぁ、お前は、何故一方通行(アクセラレータ)を信用した?」

 

「んー?何が言いたいのー?」

 

「お前は俺の強さを信じない、なのにあいつは信じた。俺たちの差は何が産んだ」

 

沈黙の中、垣根が口を開く。机に座る天羽は一方通行(アクセラレータ)のカルテを閉じると、頭上で光る蛍光灯を眺めた。

青白い光は眩しくて目を痛める。

 

「……そうだなぁ、神を、運命を信じているから、かな」

 

垣根の質問の答えは至極簡単だ。

 

一方通行(アクセラレータ)幸福(死なない)、そして垣根帝督は不幸(死ぬ)

 

たったそれだけの事。決められた運命が彼らの強さを表す。

垣根は主人公じゃない。どんなに主人公じみたセリフを言っても、それは変わらない。彼の運命は決められていて、彼の強さは語られない。

彼は、死んでしまう。

それが彼をか弱く見せた。

 

カルテを仕舞おうと机から降りて、垣根の後ろを通る。彼を同情する顔を見せなくなかった。

きっと、もっと嫌われてしまうから。

 

「ロマンチストが。神を嫌うと豪語しておいて結局はそこに行き着くのか」

 

「まぁ、少し違うけどね」

 

彼の納得する答えが出せない自分がもどかしい。なにか言えることはないか、なにか伝えられることはないか。ぐるぐると思考が廻る。

意味がわからないと、椅子でむくれる彼はまるで猫のようだ。

 

くすくすとその姿を笑いながらカルテを棚に収めようとすると、不機嫌な彼に目を奪われていたせいでカルテも、棚の他のものも落としてしまう。

 

「あー」

 

「ばーか、俺に見とれてるからだよ」

 

「自分で言う人初めて見た……すげぇ」

 

大きく音を立てて落下したそれらを戻す作業を考えると億劫になる。疲れているのだろうか。理論上は眠りも要らない体のはずなのに。

眉間にしわを寄せながら片付けるためしゃがみこむと、珍しいことに垣根も手伝いにきてくれる。「馬鹿だな」なんて隙あらば罵倒するも何も聞かずに手伝う彼はチグハグで笑いが込み上がる。

 

「……垣根くんも一方通行(アクセラレータ)くんも、みんないい子なんだよね」

 

「は?なんだよ唐突に……俺らは悪党だぞ?いい子じゃない」

 

ぽつり、考えが口から零れた。

 

(そうだよ、彼はとってもいい子じゃないか)

 

打ち止め(ラストオーダー)のことも病院まで運び、嫌いなはずの天羽をホテルに捨てずおぶって帰ってくれる。

当たり前のことを忘れていた。彼は悪党であって、同時にいい子なのだ。

 

「あたしね、この世界の人間は全員いい人だって信じてるの。それが誰であろうとね」

 

「性善説でも信じてんのかよ」

 

「うーん、なんだろうね、よくわかんないや」

 

物語の世界、生み出されたキャラクター達は読者に愛されるように生まれている。

どんな極悪人でも、そのバックグラウンドには悲しい出来事と悲劇が必ずある。

 

いじめっ子が実は母親に虐待を受けているだとか、ラスボスが実は人間から不当な扱いを受けていたとか。感情移入がしやすいように、誰もキャラクターを嫌わないように、言い訳という善性が用意されている。

垣根も、一方通行(アクセラレータ)も、テレスティーナも、アレイスターも悪い子なのだ。

けれど同時に良い子でもある。

 

一方通行(アクセラレータ)は友達と遊ぶ未来を掴むため一万のクローンを殺した。

テレスティーナは人の、化学の発展のため。

アレイスターは娘の不幸の復讐として。

そして垣根は誰もが悲劇を体験する世界を否定するため。

 

誰もが不幸で、誰もが善人なこの世界が彼女は受け入れない。けれど誰もが善人である世界はとても分かりやすく、とても恐ろしい。

 

「じゃあなんで助けてやんねーの?お前は正義ある人を助けんじゃねぇの?」

 

「……あたしの能力は彼に通じないの、無理なんだよ」

 

拾ったカルテを全て元の位置に戻すと、彼は当たり前のようにそれを聞く。

 

「それにさ、垣根くんは彼を助けて欲しい?」

 

「……それは」

 

「さっき言ったよね、あなたが幸せならなんだってしてみせるって、なんだって赦せるって」

 

痛みを隠しながら、垣根に笑いかける。

 

「あたしの最優先事項は垣根くんなの。垣根くんが不利になるようならあたしは助けないよ。それが貴方の罪になるのならあたしが背負う。貴方に赦しを与える」

 

たとえ一方通行(アクセラレータ)を治せなくても、彼女には垣根の為という大義名分がある。

 

━━あたしは決して間違ってない、あたしは決して出来損ないじゃない。

 

「それに、欠陥がないと彼は彼のベアトリーチェを認めないからね」

 

垣根の為だけじゃない、物語の大きな改変は避けられるべきだ。もし彼が打ち止め(ラストオーダー)に助けられなかったら、きっと彼は今のままだ。

打ち止め(ラストオーダー)がいるからこそ、彼はロシアまで行くし、学園都市の理事長になる。その未来を捻じ曲げたくなかった。

それに、改変されてしまったらきっと彼は暗部なんてものに堕ちないし、垣根の目的に遠のいてしまうかもしれない。垣根のためにならないのであれば、それはしない。

 

「……全員を救うんじゃねぇのかよ」

 

驚いたように、彼は目を丸くする。まるでその答えは予想していなかったかのように、天羽の深淵を覗こうとするように彼は問う。

それに対しての答えはきっと同じように彼の理解できないものだった。

 

「あたしにだって特別はあるよ」

 

「お前に?無性愛者で、博愛主義者でパラノイア思考のお前に特別だって?面白い冗談だな」

 

「あたしは人間なら誰でも好き、どんな人だって愛してるよ。良き隣人としてね」

 

そう呟くと、ゆっくりと目を瞑る。あの子を思い出すように、あの世界を思い返すように、ゆっくりと、けれど力強く。

その思い出は未練。現世に残した唯一のもの。

 

「でもね、その隣人の中に一人だけ特別がいるの。あたしにとっての特別。それはね、あたしの妹」

 

能力の無い世界、幸福で不幸せな世界、平凡で色褪せた世界。それでもいつだって平和な世界。

そして彼女がいる世界。

天羽が生まれたその世界は妹こそ世界の全てだった。愛しい妹を悲劇に落とすその世界を見返す為に足掻いて、泥を啜って、命を懸けて幸せを模索した。

 

けれど、開けた瞼の先にあるのは彼女のいない世界。

何よりも嫌って、何よりも愛さなくてはいけない新しい自分。

 

「誰よりも、何よりも、彼女を愛してる」

 

これは誰もが美しいという姉妹の愛。なによりも綺麗で、何よりも煌々(キラキラ)していて、何よりも美しい愛の形。色情も恋情も霞んでしまう、ただひたすらに透き通った愛。

 

無償の愛。

献身的な愛。

 

世界のなによりも愛する人。世界の誰よりも幸せにしたかった人。

 

たった一人の愛しい妹。

 

あたしより可愛い顔も、明るい金髪も、意地悪な態度も、甘え上手な所も、オタクな趣味も、心配性な性格も、その何もかもを愛している。

 

彼女は妹を幸せにしなければいけなかった。けれど、神の理不尽はそれを拒む。

あの子が幸せになるのを拒む。

 

だから彼女は代替品を見出す。

神に幸福を拒まれた垣根を救いたかった。

 

「だからね、垣根くん。世界一愛している妹とよく似た貴方をあたしは助けたいの。叶えられなかった願いをあなたで叶えたい」

 

垣根帝督は不幸だ。

 

望んだ世界に進めず(死んでしまい)、愛する人を守れず、何も出来なかった。

人じゃない体と、否定したかった善性に犯される未来。

彼は当たり前の幸せを掴めなかった。

 

妹と限りなく似ていて、誰よりも不幸な少年。彼女はあの子を救えなかった贖罪として彼を救う。

 

それを人は感情転移と呼ぶ。相手を変えて過去の自分に打ち勝たんとするその行為は心理学書にも書かれた心理療法のプロセスの一つ。

彼女は彼女自身の心を治療する。垣根を使って後悔を正す。

ただのエゴイズム。自分のためだけに彼女は汚い感情のもと、彼を救うのだ。

 

「この世界で一番好きなあなた(キャラクター)を幸せにしたいんだよ」

 

「……俺はテメェの妹のスペアじゃねぇ」

 

低い声で声を荒らげる彼の気持ちも分かる。

スペアにされるだなんていい気分じゃない。けれど、分かっていても辞めることは出来ない。彼を妹の代わり以外には見れなかった。そうとしか思えなかった。彼と出会えたのは偶然なんかじゃない、きっと必然なんだと。

 

彼こそが、彼女が叶えられなかった願いを叶えてくれる最後の希望としか思えなかった。

 

「うん、わかってる、わかってるよ。それでもね、君にあの子の影を見てしまうの。だから君が幸せになるまで、垣根くんのお姉ちゃんで居させてね」

 

 

━━出来損ないの死に損ない。あの世界で叶わなかったたった一つの願いを、今度こそ叶えたいと願うのはいけない事?

 

願いを叶えるため、理不尽に抗うため、神に力を誇示するため、神への完璧で完全なる復讐のため、彼女は少年を幸せへと導く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界一嫌いな少女は憎むべき敵のバイタルを確認しにどこかへ行き、垣根はひとりきりでナースステーションで籠っていた。

天羽彗糸のスマホの情報を彼女公認で盗みながら、夜の病院で暇を潰す。どうせなら仮眠室にでも行こうかと席から立ち上がると、ちょうど別の人がナースステーションに入ってきた。

ここのナースたちとは顔見知りではあるが、さすがに夜中ここに入り浸ってるとなると絶対怒られる。面倒だと心の中で悪態を着くが、それが白衣を着たカエル顔の男、通称冥土帰しだと分かると途端に安堵した。

 

「天羽くんは?」

 

「仕事だ。まったく、この病院ブラックかよ?あいつ多分寝てねぇぞ」

 

「医療従事っていうのは基本ブラックだよ?でも良かった、君が一人で居てくれて」

 

天羽に会いに来たのなら席を外すべきか、そう思ったが、どうやら目的は垣根のようだった。仕方ないので浮いた腰を再び椅子に下ろして話しかけると、彼はため息混じりに呟く。

 

「俺に用とは、どんなご要件で?」

 

「君に言ったじゃないか、彼女を助けてくれと」

 

彼の要件とは鍵と一緒に約束させた彼女についてのことだった。

流石に一方通行(アクセラレータ)やら別種のクローンを担ぎ込んできた馬鹿な女はどう見ても絶賛問題行動起こし中としか見られない。それは分かっていても責めるような口調に少し苛立つ。

 

「助けたぜ?トランス状態のバカを治してやった」

 

「……彼女をね、あまり表舞台に出したくないんだよ」

 

「箱入り娘じゃねぇんだぞ?そんなに過保護になる理由がわかんねぇな」

 

あまりにも過保護な冥土返しに呆れた顔を見せると、彼は少し悩んだ顔をしたら今度は何かに頷いた。

 

「単純な理由だよ。彼女を表舞台に出せば確実にアレイスターに狙われる」

 

「アレが?ただのバカ女だろ」

 

どんだけ過保護なんだ。親代わりだとは聞いていたがここまでとは。頬杖を着いて呆れ返っていると、彼はまだ話を続ける。

 

「彼女はね、人ではない、いや、人に近い何かなんだね?」

 

「は?クローンかなにかか?それとも人造人間か?アンドロイドか?」

 

彼の発言は現実味のないものだった。

 

「この世界と互換性がない、といえばいいのかな。彼女は全てが不思議なんだよ。体の構造は人間と非常に似ているが、何かが違う」

 

嘘のような話を淡々と呟く。出鱈目のような話を彼は確信を持って話していた。

 

「日本、ロシア、ドイツ、スウェーデン、イングランド、アメリカ、台湾、フランス、レバノン……血が混ざりすぎてて生まれを特定できない、もはや彼女という新しい人種と考えた方がいいね?」

 

ため息を着くと、先程片付けたカルテが沢山詰め込まれた棚に近づいてひとつのファイルを引っ張り出す。

そのファイルには#06と書かれていた。

 

「ひとつのOSに合わせたアプリが違うコードなのに別のOSで動けているように、同じ(アプリ)のはずなのにまるで違う世界(OS)物質(コード)を使っているかのようなんだよ」

 

バカみたいな話、フィクションみたいな話、それでも苦々しい顔でそれを語る冥土返しが嘘をついてるとは思えなかった。

 

「宇宙人みてぇってことか?」

 

「まさにそう。宇宙人だ。能力も解析できず、身体も彼女だけのもの。彼女は理解してないようだがね」

 

彼は一枚一枚カルテを確認するように捲っていく。その表情は重々しいものだった。

 

「そして精神も異様だ。僕はね、六歳から彼女を知っているが、彼女は何も変わっていない。今の彼女と昔の彼女は全く同じだ。その頃から既に成熟した大人だった」

 

そういって彼はカルテから写真を取り出し、垣根に手渡す。ここの病院で働くナース姿の一人の幼い少女が写ったその写真は初めて見るものだった。

 

「幼女のナース姿って……需要どこだよ」

 

一三〇センチくらいで、幼さの割に背が高いその女の子はどこからどう見ても天羽彗糸本人。短い金髪はもう既に毛先が薄い桃色に色付いており、ふたつに括られている。ズボンスタイルのナース服は今とセンスが変わっていない。

幼い頃から患者から好かれているようで、貼り付けた笑みを浮べる彼女に病衣を着る患者達がニコニコと微笑んでいた。

どうやらこの病院にはロリコンが多いらしい。

 

写真に着いた年月日から察するに彼女が十歳のころのもの。彼女の家庭的な背景は全く分からないが、働かなければ学校にも行けなかったのだろうか?

この頃から社畜とは狂気の沙汰だ。

 

「昔から勤勉で、よく働いてたよ。学校にも行かず、ただひたすら」

 

「学校に行っていない……学費でも払えなかったのか?」

 

「いいや、彼女が言い出したんだね?大学も出ていたし、一人前の大人だって聞かなくてね、今の高校だって僕が強引に行かせたようなものだよ」

 

へー、と聞き流したが、その発言をもう一度よく頭で反復する。()()()()()()()

知らない情報が流れ星のように勢いよく過ぎ去っていくのをつかまえると、医者に大声で聞き返してしまう。

 

「は?え、大学?あいつ大卒なの?」

 

「ん?聞いてないのかい?彼女はここに来る前アメリカの大学で神経の再構成について研究しててね、それが気になって見に行ったんだよ。六歳で入学して、十歳で卒業。卒業してすぐ来たからその写真は十歳の頃だね?」

 

「神経の、再構成?」

 

ふと、初めて彼女をおぶさったときの話を思い出す。

 

愛しい妹、彼女の大切な人。

彼女は確か神経の異常で足が動かないと言っていた。彼女のために人生をかけたと。

 

彼女がここに来たの十歳の頃。それまでの間に神経の研究をしているというのなら、()()()()()()()()()()()()()()

心理学的に、幼少期の出来事は人格の形成に大きく関わっていると言われている。つまり、妹の死こそが彼女を構成する全てであり、そこが深淵の入口なのだ。

 

「神童なんて昔は呼ばれていたよ。それがきっかけで僕の元に来たしね?」

 

「神童ねぇ、そりゃ歳の時に大学にいればそう呼ばれるだろ」

 

「それだけじゃない。彼女は先を見ていたんだよ」

 

近づく深淵に少し口角が上がる。それを隠すように口を手で覆うと、冥土返しは気づかずに言葉を続けた。

恐ろしいものを思い出すように絞るようにでた声は彼の頬に冷や汗を流す。

 

「どの治療法が成功し、どの治療法が失敗するか、彼女は元々知っているようだった。未来予知に近いんだ」

 

気重になる空気に居心地の悪さを感じる。冥土返しはカルテを閉じると棚に戻して息を着いた。

 

「全く、十五歳だと言うのに恐ろしい」

 

他のどの発言よりもその発言が少し引っかかった。

彼女は四月生まれの十六歳だと、バイクを乗り回していた時に言っていた。彼が間違えているのではないかと思い口に出すと、冥土返しは何を言っているのか分からないと言った顔をした。

 

「十五?十六って聞いてるが?」

 

「ん?彼女は九月生まれだからまだ十五のはずだよ? 」

 

年齢詐称。しかも誕生日まで違うときた。四月と九月ではだいぶ違う。

 

九。その数字に微かな記憶が掘り起こされる。

まさかと脳内で数字がめぐるが、彼女の性格と照らし合わせると信ぴょう性が増していく。

 

垣根の知っている天羽彗糸は結構面倒くさがりな性格をしている。

そのため部屋はこの世の終わりかと思うほど汚いし、花火みたいな娯楽なんて興味がない。

外面だけ整えて、中身は追いついていない子供。

そして一種の破滅願望。

知られたくないことを「当てて見せろ」と垣根に自ら首を差し出すような思想。

 

「……もしかして、九月二九日か?」

 

「なんだ、知ってるんじゃないか」

 

「いや、あいつの部屋番号から察しただけだ……結構安直だな、面倒くさがったか?」

 

「部屋を選んだのは彼女だよ。あの子は結構面倒くさがりだからね?」

 

そしてその仮説は当たりだった。

アクティブでよく考えるはずなのに、安直で面倒くさがり。抱えた矛盾は彼女らしかった。

 

「彼女はね、今まで誰とも交流がなかった」

 

「あいつ、友達いないもんな」

 

「だから君がいてホッとしてるんだ。彼女にも頼れる友人がいることが」

 

「……友人ねぇ」

 

友人という言葉に少し反応する。俺は彼女の友人なんかじゃないと、反論したかった。

しかし、だからといって彼らの間を表す明確な言葉もない。反論しようと開けた口からは空気しか出なかった。

 

「あの子も僕の患者だ。精神が不安定な彼女を正すのが僕の医者としての義務だ。そしてその治療には君も必要でね?あの子を正すのを手伝ってやってくれ 」

 

彼と彼女の関係は複雑だ。

兄と妹、飼い主と犬、嫌いと好き、興味と無関心、憎しみと愛情、そして認めたくないが姉と弟と、複数の関係が混じり合う。

 

そして今日、ここにセラピストとクライエントの関係性も追加されてしまった。

 

「暗部の人間だって知ってるだろ。なぜ俺に頼む」

 

「簡単さ。彼女を信じてるからだね?」

 

カエル顔の医者は優しそうな瞳で垣根を見つめる。

あぁ、嫌だ。優しさが取り巻く空間は苦手だ。底抜けに優しくて甘い女の隣にいても、それだけはまだ苦手だった。

 

「君はいい子だと、彼女はまるで君の姉のように笑って言っているよ」

 

「……姉とは、実に厄介で気色悪い生き物だな。悪党をいい子と呼ぶなんてあのイカれた女くらいだ」

 

姉である彼女に勝てそうにない。けれども彼女を下に引きずり降ろして見下ろしたいと、兄である垣根は願うのだ。




誰かの深淵を覗く、それはつまりセラピスト。
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