とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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九月
35話:始業式


九月一日、二学期初日の今日、昨晩起きたいざこざのせいで病院で一夜を過ごしてしまった事実にうんざりしながら仮眠室から出ると、五人の少女に囲まれた。

自分より二十センチは低く、全員が茶髪で同じ制服を着たその少女たちは五人姉妹というわけではない。

彼女たちは第三位、御坂美琴の軍用クローン。二万のクローンのうちの五体は様々な理由でここに配属されていた。

 

「垣根さん、打ち止め(ラストオーダー)を連れてきていただきありがとうございました、とミサカ一〇〇三二号は嫌々ながらも感謝します」

 

「嫌々って……まぁ、頼まれたことだしな、感謝する程じゃねーよ」

 

囲んでいたミサカの内の一人が無表情で感謝の言葉を伝えてくるが、その無表情と声色からは感謝されているとは到底思えなかった。

別に感謝されたいなど思ってもいない。打ち止め(ラストオーダー)を病院に連れてきたのは垣根に頼んだ女に口煩く言われたくないからで、決して良心からではない。

昨夜起こったことは実際のところ多くは知らないが、一方通行を助けたような気がしてならないし、結構複雑な心情を抱えていた。

 

「あ、あの、垣根さん」

 

「あ?」

 

悶々とする感情に蓋をしながらため息をつくと、恐る恐ると言った表情で別のミサカが垣根の服の袖を引っ張った。

この中で一番おしとやかな子、確か番号は19090号は乙女らしく少し頬を染めて垣根を見上げて呟く。

 

「えっと、あの、打ち止め(ラストオーダー)はミサカ達が見ているので、天羽さんに朝ごはんを食べるよう説得してきてくれませんか?と、ミサカ一九〇九〇号は少し照れながらお願いします」

 

「アレを?飯に?勝手に食うだろ。昨夜も結局食べてねぇし、腹減るんじゃねぇの?」

 

一九〇九〇号は少し目を伏せて女の子らしく小さな声でつぶやいた。しかし内容は女の子らしいキラキラとしたものではなく、もはや内容的には介護に近い。

サプリと栄養補助食品とスイーツだけで生命を維持しているミサカたちの上司は彼女たちの悩みの種だったようで、少女たちは全員揃ってため息をついた。

 

「あの人はいつもご飯食べないので。さすがに今日は二学期の始まりなので食べてもらいたいのですが、とミサカ9932号は苦悶の表情を浮かべます」

 

「ならお前らが誘えば?」

 

「ミサカ達はそうホイホイ外に行けませんので、とミサカ一〇〇三二号は答えます」

 

「それと、ミサカ達は彼女の部下なので強く言えません、とミサカ一三五七七号は付け加えます」

 

リレーのように言葉を繋いでいくクローンの少女たちになんとも言えない不気味さと面白さを感じるが、彼女たちの依頼は全くもって面白くない内容だ。

めんどくさいことを押し付けられている感が否めない。

 

「はぁー……めんどくせぇな、冥土返しに頼めよ」

 

「冥土返しは天羽さんに弱いので無理だとミサカ九九三二号は断定します」

 

「た、たぶん天羽さんは垣根さんの言うことなら聞くと思うので……と、ミサカ一九〇九〇号は小さく言い添えます」

 

十もの縋るような無表情の瞳がじっと垣根を見る。うるうるとした子供の純粋な目は垣根の天敵のようなもの。

それでさえ話の内容は世界一嫌いな妹分について、嫌だと思いながらもしぶしぶ承諾してしまう。

 

「……お兄ちゃんポジションは大変だな」

 

小さな呟きにはこれ以上ない感情がこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、再びナースステーションへ足を運ぶ。

 

「飯食いに行こうぜ」

 

垣根の一言に彼女、天羽彗糸は目を丸くした。

 

朝ご飯も食べずに始業の時間までナースの業務を終わらせると意気込んでいた彼女には、その言葉は望んだものではなかったらしい。

嫌そうな顔をして遠慮する彼女に腹が立つと、その襟を掴んで彼女の私室と成り果てた研究室まで引き摺る。

 

頼まれた身なので、どんな武力行使も厭わない。

頼まれごとじゃなくとも武力行使に出る確率は高いが。

 

駄々を捏ねたってお兄ちゃんという生物は妹に優しくなんかしないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……で、なんで地下街?」

 

無理矢理私服に着替えさせて引っ張ってきたのは懐かしの地下街。

ここのゲーセンで彼女と出会ったのだが、まぁそんなことはどうでもいい。

 

「外歩くの暑いだろ?紳士的で優しい俺に感謝しろ」

 

「いや、よりによって……ま、いっか」

 

不貞腐れながら垣根を睨む彼女だが、怖くはなかった。なぜなら、その瞳の奥には好奇心と、喜びがきらきらと溢れていたから。

ばかなやつ。

うるさく文句を垂れる彼女のその目に逆らうことができず、手首を握って歩き出す。

 

垣根はこの地球上の誰よりも彼女に詳しい。

だから甘いものに目がないことももちろん知っていた。

どこに連れて行けばさらにその目が輝くか知っていた。

 

「あっ!ケーキ新作出てる!」

 

だからご飯を食べたあとも、甘味を見つけると彼女は時間を忘れて垣根を引っ張る。

彼女は誰よりも自分本位で、我儘。本人は姉と豪語するが、それはどう考えても『妹属性』だ。

 

「ブドウシェイク美味しそうだよ垣根くん!」

 

笑顔で、まるでただの少女のように彼女は跳ね回る。やはり女は甘いものに弱い。それはこの馬鹿な少女も例外ではなかった。

いつもの気味の悪さとは無縁の姿だった。

 

「次はアイスね!」

 

やはり、マザーグースは正しいようで、彼女は砂糖で体を構成している。砂糖の塊片手に喜ぶ彼女は外見から懸け離れた幼い子どものように見えた。

……しかし、ものには限度がある。

 

「テメェは掃除機か!」

 

堪らず声を上げると、天羽は隣で不思議そうな顔をした。

七回は甘ったるいものを買ったというのに、なぜ今だに衰えず甘いものを口にくわえているのだろうか。

 

「垣根くん、これはゲームって言うんだよ?」

 

この間まで中学生だったとは思えないほど豊満な胸にフラペチーノの入った容器を乗せて、太いストローで飲む彼女の手元は一寸の狂いもなく的確に目の前のゲームのボタンを押す。

彼らがいたのは出会いの場、ゲームセンター。出入口に置かれたアーケードで対戦している垣根たちだったが、あまりの垣根の負け具合に腹が立ち、つい先程の放縦な彼女を思い出して叫んでしまう。

 

格闘ゲームは反射神経と動体視力、そしてコマンドの早撃ちがものを言う。

能力を使っているとはいえ、化け物レベルのそれらができる天羽には、頭脳戦メインの垣根は太刀打ちできない。

 

「ちげーよ。どれだけ食うつもりだ胃袋ブラックホール」

 

しかし、垣根の腹立たしさをものともせず、彼女は甘ったるい飲み物をフリーハンドで飲みながらゲームを続ける。

ハイスコアを叩き出している彼女は涼しそうな顔をしていた。

 

「甘いものは別腹って言うでしょ?」

 

「生物学専攻してた大卒が別腹なんてふわふわした言葉使うんじゃねぇよ。太るぞ」

 

「ちょっっっっとまってなんで大卒知ってるの!?教えた記憶ない!」

 

余裕を崩したい一心でつい昨夜知った彼女の秘密を零すと、彼女は目に見えて慌て出す。

その余裕がなくなった哀れな姿が見たかった。優越感が再び垣根の心を支配する。

 

「昨夜冥土返しから聞いたんだよバァーカ」

 

「しゅ、守秘義務がない……?」

 

愕然とした表情を浮かべ、なにやら悩み出す彼女だったが、秘密を掴まれたことよりも考えるべきことがあるのではないかと少し呆れてしまう。

ポケットに入れていた携帯を取り出し、時刻を確認するとため息をついた。

 

「つうかお前が点々と店変えるからもう昼じゃねぇか、お前学校はいいのかよ」

 

「いいじゃん、どうせ今日は始業式だけでしょ?」

 

「サボりはよくねーぜ?」

 

「人のこと言えんでしょ、アンタ」

 

見た目から想像もつかない優等生な彼女に今この状況を携帯の画面を見せつける。携帯が指し示す時刻はとっくに昼を過ぎ、始業式だけの今日ならもう生徒は下校する時間だ。

垣根はなんとも思っていなかったが、優等生な彼女にはきっと毒。そう思っての言葉だったが、予想と反して彼女はなんともなさそうに笑う。どうやら彼女は思ったより優等生ではなかったようだ。

 

「いいじゃん、楽しいよ?弟分と遊ぶの」

 

「え、なに、俺のこと好きなの?テメェは無理だわ、回れ右して帰りやがれ」

 

「は?あたしの崇高で、純粋な愛情を恋情とか下賎で上辺だけの愚劣な感情にしないでくんない?」

 

ふざけたことを言い放つ彼女に苛立ち、からかい混じりに彼女の嫌がる言葉を投げかけるとその女はあからさまに笑顔を崩して威嚇する。

ワントーン下がった彼女の低い声と笑顔のない無に等しい顔はかなり怒ってる証拠。さすがにここまで怒っている所を見たことは無かった。彼女の沸点はいつだっておかしくて、意味不明。

 

「うっわ、ガチトーン……冗談なんだからそんな怒るなよ、沸点がわかんねーんだよお前」

 

「あたしの愛はね、姉弟愛、隣人愛……人はこれをアガペーと呼ぶんだよ。お分かり?」

 

「ぜってぇ呼ばねぇ。それはな、自己犠牲型他者愛性愛着障害って言うんだよ」

 

アガペーだなんて、笑わせる。

お前の愛は汚くて、穢れてて、多方向に向けたもの。そんな醜い愛の形を綺麗だなんて呼んで欲しくなかった。

作り上げた言葉を吐き捨てるとあからさまに顔を顰めた。

 

「それ、垣根くんの造語でしょ。そんなもの心理学で習ったことないけど」

 

「お前に関しては俺がルールだって言ってんだろ」

 

「なにそれ、俺様系?ウケる」

 

言葉とは裏腹に彼女の声色と表情は笑顔には程遠い。

苛立った表情だが、見た目程は怒ってなさそうだった。真っ白いシャツにプラスチックの容器を乗せて冷めた顔をする天羽に笑いが込み上げるが、それと同時にある疑問が浮かぶ。

 

「つーかよ、姉妹愛つったって、妹と過ごしたのは多くて九年くらいだろ?なんでそんなに執着してんの?」

 

「……あたしの生きる意味だったってだけ」

 

その疑問は彼女の根幹に関わるもの。昨夜色々と天羽本人の話は聞いたが、彼女を突き動かす感情に関わるものは何も聞いていない。

冥土返しの話が本当なら、彼女が妹と一緒にいたのは学園都市にくる前、つまり彼女が10歳の時まで。たかが九年程度、それも記憶がおぼろげな幼少期のころにいた妹への執着は並ならぬものだ。

 

「生きる意味ねぇ……妹のために幼少期に大学入ったってくだりか?」

 

「文字通りの意味だよ。あの子が出来ないことはしない、あの子のためになる選択をする。人生全て、()()()()()()

 

「ストイックすぎるだろ。その精神を今でも続けてるとか正気の沙汰じゃねぇな」

 

「あたしにはそれしかなかったからね」

 

こんな性格じゃ、親も苦労するだろう。話を聞いてもその程度しか思い浮かばなかった。

自分の意思は全て他人のため。他人のために自我を通すその生き方は彼女を産んだ両親や、重い愛を受け取る妹にしては鬱陶しいものでしかない。

 

「妹とは仲良かったのか?」

 

「あたしは愛してたけど……彼女は知らない」

 

「冷たい奴だったのか?」

 

「そういうわけじゃないよ。悪戯好きで、生意気で、可愛くて、明るくて。好きな漫画とか本とか、アニメとか、いっつも楽しそうに話して……とっても可愛い子」

 

こちらと目も合わせずに、彼女は目の前のゲーム機にコインを入れる。スタートのボタンを押して冷えた声で答えるこの女の横顔にはどことなく後悔の色が見えた。

人の目が見れないほど、彼女にとって妹の存在は大きいのだろう。

 

「じゃあなんで知らないなんて思うんだよ。話聞く限りじゃ仲良さそうじゃねえか」

 

「……さっき大学の話が出てたけどさ、あの子はあたしが大学で何をしてたのか興味無さそうだった。あたしに興味が無いんだよ」

 

彼女の口振りは酷く冷たいものだった。そしてある推測が同時に浮かぶ。

 

前提として、この女の妹はある程度姉がである彼女が好きだ。

自分の好きな物を共有したいと思うのは愛情ゆえの行動と見てとれる。

趣味や興味を共有したいと思うのはプラスの感情。どういう意味の好きでも、それは変わらない。

ではなぜ天羽がそれに気づかないのか。

 

それはきっと彼女が愛なんてものを知らないから。

 

愛を与えるだけの人。

愛を伝えてもわかってくれない人。

 

そんな人を、妹はどう思う?

 

これは推測でしかない、彼女の家族構成も、妹の人格も知らない。だからこれは垣根の妄想だ。

自分の好きな人が自分のせいで人生を捨てたらどう思うのか。

人生を妹のために捧げたことを妹はどう思ってたのか。

彼女が人生捧げてまで掴もうとした幸せが本当に妹の幸せだったのか。

 

好きな人が自分のために人生を消費する姿なんて、誰が見たがる?

だから興味がわかない。

何を学んでも全て妹のため。そんなもの聞きたくない。

 

哀れな考えが頭に浮かぶ。

目の前の不幸な少女が面白く見えるほどの考えが。

 

「テメェは不幸な奴だな」

 

きっと彼女の国語の成績は最低だろう。

思わず乾いた笑いが溢れる。

頭がおかしくて、不幸で、それでも自分は幸福でまともだと思っている哀れな女。間違った努力をし続ける馬鹿な人。

その生い立ちをいつか知るのだろうか。

 

「は?喧嘩売ってる?」

 

「なんだ、喧嘩したいのか?」

 

「したいのはそっちでしょ?」

 

五月蝿い妹分はゲームそっちのけで低い声で威嚇する。自分の哀れさに気づかない、気づこうとしない彼女を思わず鼻で笑うと、さらに天羽は顔を歪ませる。

どんなに馬鹿にされようといつもヘラヘラとしているのに、自分が不幸と言われるのは嫌なようだ。

ばちばちと交わる視線の間に火花を散らし、威嚇し合う。一触即発とはこのことだ。

 

「あのぉ、お二人さん?兄妹喧嘩は他所でやった方が……」

 

「誰が兄妹よ!」

 

「お前らだよ!」

 

しかし、突然話しかけてきた男によってそれは中断される。

顔を近づけ睨み合っていると、ぽんと肩に手が置かれた。置かれた右手は男の手。

兄妹という単語に素早く反応したのは天羽だった。威嚇する猫のように声を張り上げると、その人物は見るからに狼狽えた。

 

「あ?上条?なんでここに」

 

「いや、それは上条さんのセリフ……」

 

その人物は上条当麻だった。昨夜会ったばかりの彼との再会は何故か懐かしく感じる。

始業式を終えたと思われる上条はいつもの学生服に薄っぺらい学生鞄を持って呆れた顔をしていた。

 

「ていとく!けいと!昨日ぶり!」

 

「インデックスも一緒か、仲良いな……あ?そっちは?」

 

学園都市では珍しい真っ白いシスターをいつものように引き連れた上条だったが、後ろに別の人物を引き下げているのに気づく。

ノーフレームのメガネを掛け、長い髪を一部サイドで結んでいる少女。

有名な女子校の制服を着込んだ少女は天羽とほぼ同じくらいに胸部が膨らんでおり、上条の隣にいつも居るタイプとは全く違っていた。

 

おっとりした見た目に、長い髪、服の上からもわかるプロポーションの良さ、清楚感。

あぁ、男が好きな女子の要素を全部注ぎ込んだような女子生徒だなと、生暖かい目で上条とその少女を眺める。

 

とうとうインデックスから乗り換えたか……と失礼極まりない思考が一瞬浮かぶ。

しかし、その生暖かい目に居心地が悪くなったのか少女が口を開けた。

 

「あの、えっと、そのぉ……」

 

「彼女は私の友達!ねー、ひょうか!」

 

「えっ、あっ、はい、か、風斬氷華っていいます」

 

風斬氷華。

 

その名前に聞き覚えがあった。

霧ヶ丘女学院にいる「虚数学区の鍵」、プランの重要な役割を担う謎の少女。

その程度の情報しか知らないが、それでも彼女が危険であり、マークしておかなければならない存在だと分かる。

それを隠して押し黙っていると、垣根を代弁するかのように少し苛立ったように天羽は言葉を零す。

 

「……友達、ね」

 

何かを知っているようだった。恐らく、それは風斬氷華のこと。

 

随分と物知りだ。その知識は一体どこから来るのか甚だ疑問だった。

パソコンもろくに使えず、垣根にハッキングを頼んでくるほど。何より彼女は表の世界の住人。

 

なぜこんなにも気持ち悪いほど闇に詳しいのかが気掛かりだった。

 

「それはともかく、天羽、小萌先生怒ってたぞ?初日からサボりとは補習が必要ですね!って」

 

「うわぁ、最悪!垣根くんのせいだかんね!?」

 

「テメェのせいだろ、責任転嫁すんじゃねぇコラ」

 

しかし瞬きをした一瞬で彼女の苛立ったような表情は吹き飛んでいた。ムスッと垣根に責任を問う彼女は怒ってはいるが、ふざけているだけ。本心での怒りと上辺だけの怒りくらいずっと一緒にいた垣根には見分けが着く。

だからこそ彼女が今何かを隠していることもよく理解していた。ムカつくことこの上ない少女。

 

「ねぇ、ていとく」

 

「あ?なんだよ」

 

苛立ちを隠しながら賑やかなゲームセンターの奥を眺めていると、インデックスに話しかけられる。

興味津々といった風貌で垣根と天羽二人が先程までやっていたゲーム台にを指して首を傾げた。

 

「これなに?なんのテレビ?」

 

「あの……それはテレビじゃなくて……」

 

「これはゲームだ、ゲーム。やった事ねぇのか?」

 

まじまじとゲームを眺めるインデックスだったが、突然鳴り響く電話の着信音に肩が跳ねる。

一瞬自分の携帯かと感じるがそれは杞憂だったようで、うるさい電子音の出所は上条だった。

 

「電話?悪い、中に入っててくれ」

 

「うん!行こう行こうひょうか!」

 

呑気に携帯を取り出すと、彼は優しくインデックスにゲームセンターに入るように促す。

その姿を見届けると、彼は垣根たちに困ったようにお守りを頼んだ。

 

「垣根、アイツらのこと見ててくんねーか?」

 

「しゃーねーな、あとでなんか奢れよ?」

 

「えっ!?ま、まぁ財布と相談していいなら!」

 

「いいから早く行けよ」

 

同居人が心配なのだろう、愛に溢れるその頼みに頷くと彼は嬉しそうに笑う。

通話ボタンを押して電話口を口元に当てた後ろ姿に羨ましさを感じながら、垣根は隣の女の襟を掴んだ。

 

「おら、行くぞバカ」

 

「喧嘩売ってる?」

 

天羽の襟を掴み、引っ張るようにゲームセンター内に足を踏み入れると、目の前のゲームにインデックスたち群がっているのが見える。

ぴょんぴょんと跳ねながらゲームの辺りをうろつく少女達は片方がシスター服じゃなかったら放課後の女子生徒にしか見えない。

 

「可愛い可愛い可愛い!ねぇねぇ、可愛いよひょうか!」

 

「う、うん……」

 

先にゲームセンターに入っていた少女二人はクレーンゲームに興味を示していた。

白い頭巾を被った茶色いクマが積み上げられたクレーンゲームを嬉嬉として眺めている。所狭しと敷き詰められたぬいぐるみは子供受けするようだ。

 

「なんだ、それが欲しいのか?」

 

「ていとく!取れるの!?」

 

「この垣根帝督に不可能はねぇ」

 

子供がおもちゃを欲しがるのは当たり前の感情だ。不幸で貧乏な主人の代わりに取ってやろうとポケットに入れていた財布から取り出すと、緑のネイルがそれを阻止する。

呆れたような、蔑むような目つきがこの行動を無駄だと言っていた。

 

「さっきあたしにボロ負けしたくせに?」

 

「あ?」

 

「は?」

 

初めて会った時、垣根がたくさんクレーンゲームで賞品を取っていたのを覚えていないのか、彼女は小馬鹿にしたように呟く。

あまりに強烈な煽り文句に睨むが、彼女は優越感たっぷりに笑うだけだった。

一度きりの勝利で悦に浸ってんじゃねぇと、今度こそ勝ってやるという意味を込めて中指を立てると、別の少女、風斬氷華に宥められる。

 

「あのぅ、おふたりとも、仲良く……」

 

「怒られてやんの」

 

「あ?殴る」

 

「ん?ねぇねぇ!なにあれ!」

 

その一連の流れを笑う天羽に思わず手を上げるのは当たり前のことだろう。

ムカつく女のこめかみを拳でグリグリと抉っていると、インデックスが道行く女を眺めて黄色い声を上げた。

 

大胆にもバニーガールのコスプレをした二人組の女子に興味が移ると、インデックスは興奮気味に目を輝かせる。バニーガールの入っていった場所はゲームセンターにはよくあるプリントシールの撮影ゾーン。

キラキラとエフェクトのかかったシャッター音が聞こえると、インデックスはあからさまに興奮し撮影スペースがあるカーテンの奥を凝視した。

 

「あぁ、コスプレ……」

 

「ほら、あっち、写真シールの撮影用に服の貸し出しサービスをやってるんだと思う」

 

「上条くんはあたし達が待ってるから、やってくれば?」

 

風斬氷華が指差した場所にはカーテンのついた簡易更衣室がずらりと並んでおり、毒々しいデザインのポップと無料コスの単語がこれでもかと強調されている。

コスプレして何が楽しいのかさっぱりわからないが、女子なら心踊ることなのだろう。

そう思っておそらく一番身近な女性に目を向けたが、全く興味なさそうに一人蚊帳の外感を醸し出していた。

 

その表情から伺える感情は『無関心』、または『無関係』だろう。

花火にもコスプレにも興味がない彼女はどこか大人びた笑顔でインデックスを眺めていた。

 

「ありがとう!行こう、ひょうか!」

 

「いってらー」

 

「けいとは?」

 

「やだ。絶対」

 

困惑する風斬氷華の腕を引っ張ってコスプレコーナーへ走り去るインデックスを見送る。

年相応に楽しそうに遊ぶ彼女たちの笑い声を聞きながら上条を待っていると、しばらくして何も知らない彼が不思議そうな顔をして歩み寄ってきた。

 

「あ、いたいた、垣根!あれ?インデックス達は?」

 

「あぁ、アイツらならプリクラの為にコスプレ中だ」

 

「と、とうま!?」

 

閉められたカーテンを親指で指差し簡単に事情を説明すると、上条ではなくカーテン越しに女性陣二名の声が上がった。慌てた様子の声色から着替え終わってないことがよくわかるが、カーテンに隔てられている現状、焦る意味がよくわからなかった。

 

「あの、い、今開けてもらうと困ります……!」

 

「ふふん、上条さんは保健室の轍は踏みませんのことよ!」

 

なぜ上条が見るからの地雷を開けると思うのだろう。つっかっかる言い回しに首を傾げるも、上条の言葉で余計ややこしくなる。

 

「保健室で何があったんだよ……」

 

「上条くんはラッキースケベの達人だからねぇ」

 

「いやいや、上条さんは不幸ですからね?」

 

自称不幸の少年は隣でめんどくさそうにスマホをいじる天羽の適当な言葉に反論する。胸を張って言えることではないはずなのに、虚しく胸を張っている彼は見るに耐えない。

 

「あの、ちょっと、押さないで……!きゃっ!」

 

そんなバカみたいな会話を途切れさせたのは女性の短い悲鳴。風斬氷華のものと思われるその悲鳴は先ほどの天羽の言葉をまさしく体現したものだったと、ことが終わった後に思うだろう。

 

不幸とは一体なんなのか、哲学的な問題を持ってきそうな奇跡的な確率で男と女を隔てていた布切れ一枚がビリビリとカーテンレールから外れ落ちる。

カーテンの向こう側、よく知らない青と白が特徴的な魔法少女モノのコスプレをしたインデックス。

バラバラな服を着る少女たちはその反応も様々だった。一人は不慮の事故とはいえ着替えを覗かれたことに怒りを露わにし、一人はそれに怒りではなく羞恥を覚えて頬を染めた。

三者三様の姿に覗いてしまったという罪悪感や、やましいものを見てしまったという性的な興奮よりも、呆れしか出てこない。

 

「ま、こうなるわけですよ」

 

「……なるほどな」

 

片手で項垂れる頭を押さえながらため息をつくと、更衣室から飛び出てきたインデックスが怒りに任せて上条を噛みまくる。その光景に再びため息をつくと、天羽も乾いた笑みを漏らした。

目の前のカオスな空間に呆れしか感じないが、同時に少女たちが楽しむ空間を傍観しているだけの女に視線が向く。

派手な見た目、だというのに地味な私服ばかりのよくわからない少女。彼女がこの輪に入らないのが少し気になった。

 

「テメェはやんなくていいのか?」

 

「見てるだけで十分だよ」

 

「ふーん?メイド服とか、似合うんじゃねーの?ミニスカで、中に膨らむやつ入れて、なんだっけ?」

 

「パニエね。やだよ、あれどう見てもお尻と太ももがさらにデカく見えるじゃん」

 

いつも上から目線のイケすかない女が戸惑って恥じらう姿が見れればいいなと、意地悪をするつもりで声をかけたものの、天羽はその言葉に冷たく返す。

どうやら自分の体型に自信がないようで、口を少し尖らせて視線を逸らす。

 

彼女はどうにも自己評価が低い。

でかい胸に同じようにでかい骨盤周り。

肉付きのいい見た目はかなり男の目を惹く。性的な意味で。

 

それは本人もわかっている。だが引け目があるようだった。

 

「太ももは太いから太ももっていうし、そっちの方がエロくね?」

 

「別にエロくなくていいし、最近また肉ついてきて凹んでんの」

 

「能力でなんとかすればいいだろ、そんなの」

 

「できるけど、ズルっこじゃん、それ」

 

つい口を滑らせた彼女にふと口角が上がったのを感じた。

失言だ。

垣根も天羽も、気づいた。

 

「できるんだ。へー?まるで肉体変化(メタモルフォーゼ)だな?」

 

「……とにかく!あんな、似合もしない格好しないよ」

 

もうこれ以上は喋らないという意思表示なのか、彼女は

 

「ま、お前の場合、毎日がコスプレだもんな」

 

改めて見る彼女の意味不明なファッションセンスに思わず頭を抱えてしまう。

真っ白いブカブカのシャツに明るいライムグリーンのワイドパンツ。裾をいれたシャツと、ゴテゴテした指輪にチョーカー、ネックレス、ブレスレット。

 

古着な上に、シャツイン、そしてサイズが合っていない。

コスプレまがいのファッションはコスプレではなく、私服なのが末恐ろしい。

 

「そんなに変?普通じゃない?」

 

「もっとガキらしい格好しろよ、老けて見えんぞ」

 

「あたしはガキじゃないんですけど?大人と言ってくんね?」

 

もっと少女らしいものを着ればいいのに。正直な感想は垣根が言うと捻くれて言葉として現れる。

 

馬鹿にするような声に、彼女は少し目つきが悪くなる。

彼女は少女と、弱いものと認識されるのをひどく嫌う。だから垣根はそこにわざと蹴りを入れる。

 

コイツを怒らせて、苛立たせて、感情を見たい。その深淵に近づきたい。

 

優越感が心を渦巻く。この瞬間が堪らなく好きだった。

 

「ガキだろ。フリフリの服着たら案外似合うと思うぜ?今度兄ちゃんが買ってやるよ」

 

「垣根くんのほうがガキじゃん」

 

「年齢は俺の方が上だ高校一年生。チビ」

 

「精神の話してんの。あとあたしがチビとか頭大丈夫?」

 

まさか一歳差とは言え年下にガキ呼ばわりされると思ってもみなかった。

思いがけない反撃に少し苛立ってシャツを掴んで顔を近づけさせると、低い声で威嚇する。

ほんの少しだけ背の低い彼女は背伸びをしなくたって容易くそれに順応した。

 

「あ?喧嘩するかクソガキ?」

 

「え?なに?去勢されたいって?」

 

両者互いに睨み合い、一歩も譲らない。

けれど、野次馬から聞こえる彼らに向けられたヒソヒソ声が耳に入ると、途端にその勢いを無くす。

認めなくはないが、こんな見てくれの男女が喧嘩しているのはかなり目立つ。

 

「で?テメェは写真撮ってこねぇの」

 

「撮らないよ、メンドくさい」

 

こほんと咳払いをして話題を逸らす。着替えを事故とはいえ覗き見た上条に齧り付くインデックスを横目に、無難な会話を広げようとしたが呆気なく彼女の否定の言葉で崩れ去った。

会話を広げようとする気はこいつには無いのだろうか。こいつとは沈黙してても気まずくなることはないが、自分の努力が否定されるとなんだか悔しい。

 

「えー!けいとも写真撮ろうよ!」

 

「うちらもう帰んなきゃ行けないからさ、ごめんね?」

 

上条を齧りながらインデックスが落胆の声をあげる。残念そうにしていた彼女だったが、天羽はなんとも思ってないようで心のこもってない声でインデックスに謝った。

帰るだなんて言う天羽だが、早く切り上げて帰りたい理由は分からない。

 

「あ?用事でもあるのか?」

 

探るように聞いてみるも、困ったように笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、写真も撮らずに彼らは二人で帰路をついていた。

 

「ほんとに良かったのかよ、帰ってきて」

 

「いいのいいの」

 

地下街から地上に上がるための階段を登りながら彼女に聞くと、天羽は気にしていないかのように話す。友達がいない博愛主義者は、友達なんて作れないと当たり前のように受け取っていた。だからこそ彼女は写真も撮らないし、青春の一ページを作ろうともしなかった。

 

あまりにも孤独な思想にため息と呆れた笑みがが溢れていると、後ろから走ってきた野郎に肩をぶつけられる。

どかっと、ぶつけられた肩に痛みはないが、ただただ腹立たしい。舌打ちをしてその男を見上げると、心配そうに天羽が見上げてきた。

 

「あ?……なんだよ、階段で走ってんじゃねぇよクソ」

 

「大丈夫?怪我は?」

 

「いや、大丈夫だが……」

 

謝りもしないのかよ、と怒りを顕にして拳を握る。何をそんなに急いでいるのかとおもいながら後ろを振り向くと、後ろにはどう考えても通勤ラッシュの電車位の人数がわらわらと階段を登っていた。この時間帯でこれほどの混雑は有り得ない。

少しの疑問と不安が脳にチラつく。

 

「あー、ゴミ捨てなきゃ」

 

何かあったのか合法的に調べるため携帯を取り出すが、天羽の間抜けな声で中断される。

わざとらしいその声に一瞬眉を顰めるが、手に持った空の容器を見せつけられると思わず黙ってしまう。本当のことを言っているのはわかるのに、下手な演技が胡散臭く感じさせた。

 

「戻って捨ててくるから先行ってて。少ししたら戻るから」

 

にこりと貼り付けた笑み。それはいつも見る秘密のサイン。垣根の平和を願うそれ。

何を考えているのかわからない笑みは酷く恐ろしかった。

 

「おい、まて、お前何考えて」

 

大きく足を踏み込んで、金色と桃色の髪が跳ねる。階段を踏まずに下まで一直線に降りた瞬間、大きな揺れが足元を疎かにした。

 

「じゃーねん、垣根くん!」

 

そしてシャッターが目の前に落とされると、彼女との間に壁を作る。地震に反応して落ちたと思われるそれは薄っぺらくて、けれど全てを拒む。

 

また一人で勝手にフラフラとどこかへ去る彼女が堪らなく不安だった。

垣根の知らないところで何かしでかして、何かを助けて、何かを救って、何かを甘やかして。

人口調味料のような醜い甘さでできた少女が垣根の知らぬところで、知らない人に、その秘密を教えてると思うと嫌になる。

 

それは彼だけの楽しみだと言うのに。

 

「お前のリードは俺が握ってること、忘れるんじゃねぇぞ」

 

息を吸う。そして大きく息を吐くと、垣根は一人呟いた。

飼い主は彼であり、お前を見る目はどこにだってあると証明しなければならない。

 

「……少し早いお披露目になっちまったな」

 

誕生日は九月二十九日。少し早めのバースデープレゼントに驚く彼女の顔はどんなものだろうか。

その顔を想像するだけで楽しくて、垣根らしくなくなってしまう。

 

(たかがキーホルダー如きで、俺が終わると思ったのか。)

 

あぁ、この両目で見れないのが酷く不愉快だ。




絵を描いてたら遅くなりました。生きてます。
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