とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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36話:刺客

「お前の細腕で喧嘩なんか出来るかよ!」

 

「とうま、今までのラッキーが自分の実力だと思ってない?所詮とうまは魔術の素人なんだから!」

 

電気の消えた地下街。廃墟的な雰囲気を纏う不気味な通路からは二人の男女の騒がしい声が響き渡る。

 

「何をおっしゃいますやら!この不幸の塊である上条さんにラッキーなんかあるはずねぇだろ!……自分で言ってて嫌になる」

 

「あ、あの……」

 

ツンツン髪の少年、上条当麻。真っ白いシスター服の少女、インデックス。

騒がしいその二人を宥めるように黒髪の少女が割って入ろうとするが、それを遮るように天羽は騒々しい二人組の肩を叩いた。

 

「お二人さん、仲良く喧嘩?」

 

「天羽!?お前帰ったんじゃ……!」

 

「けいと!なんで来たの!?」

 

突然現れた天羽に目を丸くさせながら、彼らは食ってかかる。

上条は白いシャツを掴みながらグワングワンと上半身を揺らされ、インデックスには周りをうろちょろとさせられた。

主人公らしく他人を気遣う心構えには感心するが、その心配は彼女には無縁のもの。

 

風紀委員(ジャッジメント)ちゃん達が慌ててたからねぇ、手伝いが出来ればと思って来ちゃった♡」

 

「来ちゃった♡じゃねぇーよ!危険なんだぞ?!」

 

明るい声とふざけた調子で言ってみるも、逆に怒られる。けれどそうやって怒るものの、上条はなんだかんだ諦めてくれて、やれやれとため息をついた。

まったく、心配性なのは垣根と似ていることで。それでもこの後現れるはずの風紀委員(ジャッジメント)瞬間移動(テレポート)されないように平気だと念を押す。もともとこの日に何が起こるか知っている身としては、偶然とはいえこの場にいるのだ、手伝いたいと思うのは当たり前だろう。

 

「不死身の彗糸ちゃんに不可能はなくってよ?」

 

「で、でも魔術師なんだよ!?この間みたいに血だらけに……」

 

「大丈夫、大丈夫!あたしがしたいのは警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)の手伝いだから」

 

だがインデックスはどうも納得していないようで、しきりに天羽の緑のズボンを掴んで訴えてくる。優しく頭を撫でて大丈夫だと伝えても彼女の顔は晴れぬまま。

何故か彼女の胸元にいる猫も不安げな顔をしていた。猫は感情なんてないから、たぶん錯覚だろうけど。

 

ここまで心配されているのは恐らく、昨日のことが関与している。

昨夜、彼女に記憶の一部を覗かれているのだ。視覚情報だけしか彼女に伝わってないとはいえ、疑惑の目を向けられているのは確か。

 

「あ、あの、えっと、もう一人の方は……?おひとりみたいですけど……」

 

「んー、安全なとこに置いてきたから安心して?」

 

記憶操作が出来ればいいのに、などと物騒なことを思っていると黒髪の少女、風斬氷華から話しかけられる。

垣根と思うの名前を知らない彼女は言葉を濁しながら質問をするが、何を言いたいのか天羽にはよく分かった。

それに笑顔で答えるもその答えは彼女を困惑させるだけだったようで、しどろもどろに目を泳がせる。

 

悪いが、天羽の最優先事項は垣根ただ一人。どんなに強かろうが、彼を危険な場所には連れてけない。

彼は上条たちとは違って主役でもなければ主人公でも無い。ただの悪役で、死人。とても不幸な子。

そもそも今日、この日に地下街を選択してしまう時点で彼が不運なのは確定だ。

天羽がいることで事件に巻き込まれることは無かったが、選んだ時点で既に不幸。

 

そんな彼は今頃不満でも漏らしてるだろうか。それとも呆れて帰ってしまっただろうか。

スマホに着信が無いことから、きっと後者だろう。天羽に興味が無い方が彼にとっては安全だ。

 

「アイツがいるほうが安心するんだが?」

 

「あ、それより誰か来るよ?」

 

呆れ顔の上条の呟きを大胆に無視して、天羽は通路に目を向ける。

ちいさな二人分の足音。

年齢はたぶん少し下。能力のサーチ機能から算出したDNA配列は女だと伝えてくれた。

状況と結果から察するに恐らく風紀委員(ジャッジメント)の彼女と、第三位の少女だ。

 

「隠れろインデックス!」

「とうま逃げて!」

 

しかしそれを知る余地もない上条とインデックスは、足音に警戒して互いを庇うように前に出る。

残念なことに、お互いの大切な人の前に出ることは出来ない。ぶつかった二人の体はそのまま体勢を崩して重なって倒れてしまう。

いたそうな音が響く。

その重みでインデックスの服の中に隠れていた猫が鳴いた。

通路に響いた猫の悲鳴は甲高い。

 

「……ねぇ、こんなとこで何やってるわけ?」

 

「あらあら、こんな時間から大胆ですこと」

 

その猫の鳴き声に反応したのか、少女たちは突き当たりの通路からこちらに飛び出してくる。

倒れ伏した上条を見下ろしながら頭に青白い火花を散らす御坂美琴と、それを呆れる白井黒子が眼前に現れた。

 

「やっほー、御坂ちゃん、白井ちゃん。お仕事中?」

 

「あら、こんにちは、天羽さん。お久しぶりですわ」

 

「久しぶり、お仕事大変そうだねぇ」

 

修羅場になりそうな御坂ではなく、壁にもたれかかる白井に話しかける。ツインテールが可愛らしい彼女は天羽を見ると丁寧に挨拶を返した。

 

「なにとうま!この品のない女たちは一体誰!?知り合い?!」

 

「アンタね、初対面の相手にいきなり品がないってどういうこと?」

 

「貴方、やっぱりとうまの知り合いなの?とうまとは一体どんな関係?」

 

お上品な白井に声をかけた矢先、シスターともお嬢様とも思えない様な言葉が飛び交い始める。

上条を挟んで始まる修羅場に少しため息をつくが、青春真っ只中の少女達に可愛らしさも覚え、なんだか不思議な感覚が湧き上がった。

 

「かか、関係って!いや、アンタこそ、コイツのなんなのよ!」

 

「え?えっと、命の恩人だったりする」

 

「はぁ?アンタも頼んでないのに駆けつけてくれた口?」

 

可愛らしい喧嘩に微笑んでしまうが、同時に遣る瀬無い気持ちになる。

垣根も青春をしていたのだろうか。

十月に死んでしまう彼は楽しいことはあっただろうか、好きな人はいただろうか、親友はいただろうか。

生産性のない幻想に縋ってはいけない、これから私がその景色へ導くのだと考えていないと弱いメンタルはすぐ落ち込みそうだ。

 

「とうま!」

「アンタ!」

 

「は、はいっ!」

 

「どういうことだか説明してもらうわよ!」

「どういうことだか説明して欲しいかも!」

 

少女二人による不毛な言い合いは、二人のため息で矛先が変わった。

御坂の言葉に頷いたインデックスと、その意味が理解出来た御坂は今度は大きな声でそれぞれの意中の相手を呼ぶ。あまりの大声と気迫に体が強ばった上条にズカズカと迫り、顔を見上げると彼女たちは怒りの表情を見せた。

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて!」

 

「なるほど、大体怪しいと思っていたのですけど、お姉様は私を差し置いて上条さんに身も心も全てをさらけ出したということですわね、ふふ、ふふふ」

 

「さらけ出してなんかないわよ!」

 

宥めるように間に入ってるが、白井の言葉に御坂が反応してしまい、意味をなさない。

なんでこうも落ち着きがないのか。けれど状況は先程の修羅場とは一転したようで、御坂は上条に呆れながら声をかけた。

 

「で?アンタ、今度はどんなトラブルに巻き込まれてるわけ?」

 

「知るかよ!」

 

「それで白井ちゃん、今何が起こってるの?」

 

「この地下街でテロリストが活動中のようです。大規模な戦闘が起こる可能性がありますので、私達は閉じ込められた方たちの避難を済ませませんと」

 

漫才みたいな二人に少々呆れ、話を進めるために白井に簡単に状況を聞くと彼女は簡潔に答えた。

これでも瞬間移動(テレポート)の使い手ですし、と冷静に付け足すと、胸を張って腕章を見せつけた。白井の風紀委員(ジャッジメント)としての責任感がひしひしと伝わってくるようで、なんだか微笑ましい。

 

「ならお前はコイツらを外に出してやってくれ、その間、俺が時間を稼ぐ」

 

「アンタが先に逃げるのよ!」

「とうまが先に逃げるんだよ!」

 

「つってもなぁ……俺の右手はあらゆる能力を無効化させちまう、だからここに残るしかねぇんだよ」

 

「私の力にも限りがあります、一度に運べるのは二人が限度でしょう」

 

自分の右手を眺めながら上条は笑う。困ったような笑顔に少し躊躇うも、白井たちは特に何も感じないようだ。

 

「あ、あたしは警備員(アンチスキル)のお手伝いするから遠慮しとく」

 

「そうか?ならまずはインデックスと風斬を頼む」

 

一瞬上条に目を向けられるが、慌てて拒否すると理解したのか軽く頷く。それ以上天羽に構うことはなく、別の人を逃がすように彼は白井に頼み込んだが、それがいけなかったのかインデックスに怒ったような顔を向けられた。

それでも上条は乙女の気持ちがよく分かっていないようで首を傾げる。

 

「とうま、それはつまりこの短髪と残りたいんだね?」

 

「え?じゃあ御坂と風斬でいいよ」

 

「ほう……?アンタはこのちっこいのと残りたいと……?」

 

上条のいい加減な言葉に二人の乙女は眉間にシワを寄せた。どちらの優劣もないというのに、彼の隣にいたい一心で御坂とインデックスはいがみ合う。

 

「不幸だ……」

 

その光景に思わず上条はいつもの決めゼリフを蚊のような弱さで呟いた。

そんな上条の言葉に答えるように白井が二人の少女の肩に手を乗せる。よく分からないと言った表情をする少女達だったが、決定が覆ることは無い。

 

「ではお二人共」

 

「え?」

 

結局、選ばれたのはいがみ合っていた二人の少女だった。しゅんっと、音もせずに三人は消えてしまう。

瞬間移動(テレポート)、実に便利な能力だ。瞬時に消えてしまった三名の少女を見届けると、上条は風斬氷華の方を向いて罰の悪そうに言葉を零した。

随分と優しい人だ。人じゃないものに優しくするなんて。

 

「悪ぃな、お前を残しちまって」

 

「ううん、私は別に……それより貴方の方こそ……」

 

そう風斬氷華が呟いた瞬間、大きく地が揺れた。

 

「始まったか!」

 

グラグラと揺れる地面はなにか大きな力が奮われた証拠。通路の奥、その震源地に目を向ける。

 

「悪い、風斬!お前はここで白井が来るの待っててくれ」

 

「え?貴方は?」

 

「魔術師を止めてくる」

 

力強い眼差しだった。驚異を消そうとするその視線は正しくヒーローのもの。

そんな彼は申し訳なさそうに天羽に声をかける。ヒーローにしか出来ない真剣な顔はチクチクと彼女の心に棘を指す。

 

「天羽、来てくれるか?」

 

「もちろん!あたしはそのためにいるんだから!」

 

けれどその痛みに気付かないふりをして天羽は笑う。

ヒーローへの嫉妬はただただ醜いだけだ。それぐらい、彼女だって知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土埃が上がる閉鎖空間、上条と音の大きい方へ靴を汚しながら走る。

連鎖する銃弾の音と、重い何かが地面を踏む音が鼓膜を揺さぶった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

火花を散らす通路に差し掛かると、そこでは警備員(アンチスキル)となにか巨大なものが交戦しているのが見える。

土袋で簡易に作られた壁に身を潜めながら銃を持つ警備員(アンチスキル)達に上条が飛び出ると、一人の隊員が声を張り上げた。

 

「少年!こんなとこで何してんじゃん!」

 

「黄泉川せんせーじゃん!お仕事?」

 

「天羽!しかもそっちの子は月詠先生のとこの悪ガキじゃん!」

 

それはうちの学校の先生の一人、黄泉川愛穂先生。別クラスの担任ではあるが、天羽の立場的によく知っていた。

上条の後ろからヒョイッと顔を出すと、彼女は見るからに焦り始める。警備員(アンチスキル)としては子供がここにいるのは有り得ないはずなのだから。

 

しかし警備員(先生)の心配をものともせず、上条は土埃の先の巨大な何かに足を進める。

その先にいるのは、記憶が正しければ土でできたゴーレム。その拳を地面に打ち付けている巨体が土埃の奥に佇んでいるはずだ。それを知らない上条は恐れもせずに危険地帯に足を踏み入れた。

 

「どこ行こうとしてんの!少年!ぐ、っ」

 

「先生!大丈夫?待って今治すから」

 

それを止めようと黄泉川先生は腕を伸ばす。しかし、体の傷がそれを拒んだ。

痛みに顔を顰め体を庇う先生のもとへ駆け寄るが、それも嫌なようで彼女は大声で天羽を叱る。

 

「天羽、お前はなんでここにいるじゃんか!」

 

「先生も病院であたしの治療を受けてるなら分かるでしょ?あたしが理不尽な痛みが嫌いってこと」

 

怒るような目、心配するような目。ただの教師と生徒なのにそこまでの目をできる彼女や担任はとても素敵だと思うのは天羽が現代人だからだろうか。

けれどそんな目を向けられても困るだけ。

天羽は姉で、見守る人。立場が同じなのだ。

ただの生徒(子供)としか見られていないこの状況はかなり歯がゆい。

 

「まったく、月詠先生のとこの生徒は、悪い子が多い」

 

「仕方ないよ、だってあたしってそういう人間なんだもの」

 

そういって笑いかけると、彼女はため息をついて天羽の肩を優しく叩く。

 

「天羽、少年とこ行ってやれ」

 

「え?」

 

「彼が痛みを感じてるんだ、大人より、子供を優先しろ。それがナースだろ?」

 

母のような寛大さを持つ黄泉川先生は優しく天羽を押しのけた。

 

その優しさは彼女に向けていいものじゃないというのに。

天羽がその優しさを与えるべきなのに。なんだか少し苛立つ。

子供扱いが一番嫌いだった。

 

「大丈夫、もう治したから」

 

「な……はは、迅速じゃんか」

 

「戻ってくるまでには治ってるよ」

 

もう既に遠隔で自然治癒能力の向上を促している、天羽が戻るまでには完治しているだろう。驚いた表情をする先生だったが、今度は呆れた表情をして乾いた笑いを零した。

衛生兵として、お仕事はちゃんとしなくてはいけないのだ。それでも戻ってくると言う意味を込めて軽くハグをすると天羽は上条の元へ向かう。

 

「上条くん!」

 

「天羽!警備員(アンチスキル)はいいのか?」

 

暗い通路に立つ上条の横に名前を呼びながら立つと、彼はあからさまに驚いた。先生を心配しているのか、少し焦りながら喋る上条の言葉に頷くと今度は別の女性の声が通路の奥から響く。

 

「おや?また哀れな子羊が迷い込んだのか?」

 

土埃が舞う通路の奥、どデカい土の人形の隣に立っていたのは手入れのされていないミディアムの金髪と足をすっぽり隠す真っ黒いゴスロリの女性。

カトリックの見た目とはかけ離れたその服装の女は天羽の顔を見るとあからさまに嫌な顔をした。

それは恐らく、彼女を知っているからこそ表面化する感情。

 

「初めまして、魔術師さん。どうやら、あたしのことはご存知みたいね?」

 

「あぁ、知ってるよ。三番目の天使だろ?主天使だなんて呼ばれてる哀れな科学のモルモット」

 

直感からそう問いかけると、彼女はあっさりとそれを認めた。馬鹿にするように冷めた声で彼女が言う言葉の数々天羽の知らないもの。

天使?主天使?

聖書の中でしか見ない言葉に思わず乾いた笑みが出た。

 

「あはは、天使!主天使ねぇ!?しかも三番目!いやはや、アレイスターに天使って呼ばれてるだなんて光栄だわ」

 

よりにもよって天使だなんて笑わせる。

確かに、天から落ちた魂として天使と呼ぶのは間違ってはない。

しかし神の手先として崇められる存在に他人から揶揄されるのは酷く不愉快だ。

 

しかも主天使で三番目ときた。

主天使とは位の高い天使の階級のこと。英語では()()()()()

 

そして三はキリスト教ではとても重要な位置にある特別な数字。

思い出すのはこの間の天井亜雄が言った『肉体の支配者』(ドミニオン)、そして『第三候補』(サブプラン)という言葉。

 

何かが引っかかる。

 

けれどそれに答えは出ない。

 

「ふ、人間のくせに炎の子だと呼ばれてるだなんて、いけ好かない」

 

「なに?アンタは立派な泥人形を持ってるじゃない。塵の子は塵の子らしく生きればいいじゃないん?それが旧約聖書に書かれたことでしょ?」

 

けれど今はそんなことどうでもいい。のちに調べればいい事だ。

今彼女がするべきはとっととこの場を制圧して、先生達の治療に向かうこと。

衛生兵はとは兎にも角にも忙しいものなのだ。

 

「炎の子を騙る醜い泥から生まれた人形はお前だろ?それと、彼女はゴーレム=エリス、ただの泥人形と侮らない方がいい」

 

鼻で笑い、薄っぺらい挑発の言葉を並べる彼女にマウントを取るように歪んだ笑顔で扇動すると、彼女は目を吊り上げた。

白いチョークを握って彼女は獣のように唸り、天羽達を睨みつける。まるで一心同体のバディとでも言いたいように、彼女はエリスと名付けられた泥でできた巨体を誇らしく見上げた。

 

「大地は私の力、エリスを前にしたら誰も大地に経つことなど出来やしない」

 

「お前!」

 

「お前ではない、シェリー=クロムウェルよ。ま、ここで死ぬんだし、イギリス清教名乗ってもねぇ」

 

鼻で笑うように名乗る彼女の言葉に上条はすこし怪訝な顔をする。

イギリス清教、この世界にしかない宗教は彼の守るべき人と同じものだ。その事実に困惑しながら声を出すと、シェリーと名乗った女は強く彼を睨みつけた。

目は口ほどに物を言う。その目には憎悪が渦巻く。

 

「イギリス清教?インデックスと同じ組織の人間がなんで……」

 

「戦争を起こすんだよ、その火種が欲しいの。だから多くの人間にイギリス清教の手駒だと知ってもらわないとね!」

 

上条の質問に力強く答えると、シェリーさんはチョークを振るってゴーレムに命令を下す。するとその泥人形は天羽達ふたり目掛けて大きい拳を振り下ろした。

間一髪といったところでそれを躱すも、拳は地面にめり込み、波紋のような衝撃と共に床を凹ませた。

 

「破壊力だけはパないね、見た目ブサイクだけど」

 

「くそ、少しでもあいつに触れることが出来れば!」

 

流石の腕力に驚くが、この程度ならもし食らっても複雑骨折と内臓破裂程度で済みそうだ。コンティニュー出来る身体はやはり素晴らしい。

上条と二人でそのゴーレムを見上げていたが、後ろから聞こえた声に目が奪われる。

 

「あの」

 

そこに空気も読まず現れたのは風斬氷華だった。

上条の気遣いを気にも止めず彼女はオロオロと不安げに天羽達の背後に立つ。

 

その行動も含めて天羽は彼女が好きではなかった。

本当は上条も危険な目に合わせたくないのだ、力を封印して守られるというのは天羽にとっては意味のわからない行為。

 

彼の心配をよそに勝手な行動をとる彼女はやはり天羽と同じで人じゃない。

だから辛辣な態度をとってしまっても、罪悪感が湧くことはなかった。

 

「風斬!?馬鹿野郎!なんで白井を待ってなかった!」

 

「あの、えっと、その」

 

「いいから早く伏せろ!」

 

しかしヒーローである上条は彼女を心配し、叱る。ゴーレムによって作られた迫り来る新たな衝撃と、飛び交う瓦礫から彼女を守ろうと必死に腕を伸ばし、地面を蹴った。

けれど、その努力も虚しく、風斬氷華の額の左側に大きな瓦礫ががぶつかってしまう。ガツンと痛々しい音ともにぶつかった瓦礫はメガネを弾き飛ばし、彼女を重力と共に床に叩きつけた。

 

「風斬!」

 

地面に叩きつけられた彼女に二人で駆け寄るも、その現実離れした光景に思わず息を飲む。

倒れ伏した少女の横で膝を地につけて上条は目の前の光景に目を見開いた。

 

「あーらら、大変」

 

風斬氷華は人ではなかった。

 

瓦礫が当たった左のおでこから頬にかけて、文字どおりぽっかりと穴が空いていたのだ。まるで割れた卵の殻のように、空いたパズルのように、忽然と彼女の肌が失われていた。

そして壊れた頭の空洞には光り輝く三角の物体が禍々しく棲む。脳があるべき場所に潜んでいたそれは幻想御手(レベルアッパー)のときの化け物の核とよく似ている。

 

「な、なんだ、これ」

 

驚愕の表情を顔に浮かべて戸惑う上条だったが、対して天羽は至って冷静だった。

それもそのはず、元々彼女が人間でないことは知っているし、知らなくてもそもそも能力を使えば他人の肉体構成を把握出来る天羽に隠すことはできない。

 

天羽は風斬氷華を愛すことは出来ない。だって彼女は人間じゃないから。

人じゃない肉体、それは人でない事を意味する。同じ偽物。

 

それに天羽はは彼女の末路を知っているのだ。

 

天使としての自分を受け入れて翼を生やす。

死を恐怖し、人になりたいと願い、生きたいと思った九九三二号とは違う。

彼女が人間になりたいと思わない限り、それが覆ることは無い。

 

天羽が好きなのは、人の姿をして、人のように意識する人間。

それを凌駕し、不幸()に怯えない自分や風斬氷華、クローンを愛することは出来ないのだ。

 

「う、あれ?メガネ……」

 

おぞましい自分の姿なんて露知らず、風斬氷華はゆっくりと体を起こす。いつもなら目の前にあるメガネがないことに気づくと、彼女は自分の顔に手を添えてしまった。

そこで初めて気づくのだ、自分が人ではないと。

 

「え?なに、これ?」

 

崩れた頭部に彼女は戸惑いを隠せなかった。欠けた部分をなぞるように指を動かすも、あまりにもおかしい現実に彼女はフリーズする。何が起こっているのか確認しようと右隣のガラスに目を向けるが、その行為はただただ彼女の恐怖を増幅するだけだ。

知らないお店のショーウィンドウが彼女の真実を映し出す。へたりとその場に座り込んでいた彼女はガラスに映る自分を見て動揺と焦り、恐怖を感じた。

 

「そ、そんな、え?こんなのって、いや」

 

全てを理解して狂ったのだろうか、風斬氷華は甲高く痛々しい悲鳴をあげると、立ち上がって走り去ってしまう。

 

「いやぁぁぁぁ!」

 

「風斬!おい!そっちは!」

 

「エリス」

 

彼女が向かった先には巨大なゴーレムが鎮座していた。上条の声は届かず、彼女はゴーレムによって投げ飛ばされてしまう。大きな衝撃は彼女を高く舞い上げ、鈍い音とともに天井にその体を打ちつけた。

 

「風斬!」

 

「う、うぅ」

 

それでも彼女はめげずにゆっくりと立ち上がる。

破損されたはずの体はみるみるうちに再構築されていき、それが益々彼女の恐怖と不安を煽った。

 

「ぁぁぁぁぁ!!」

 

再び叫び声を上げて走り去る風斬氷華だったが、それを見て魔術師はほくそ笑む。

 

「行くぞエリス。無様で滑稽な狐を狩りだしましょう」

 

そう呟いた瞬間、土で出来た人形は天井に穴を開け、主人と共に逃げる。巨大な穴を開けられた天井は当たり前のように崩れ落ち、大小様々な瓦礫はまるで天羽達の行く先を拒むように降り注いだ。

 

「くそ、何がどうなってるんだ」

 

降ってきた瓦礫に埋もれた通路を眺めながら彼は言葉を零す。その顔には焦りが見えた。

無力感と困惑でいっぱいいっぱいの彼に少しでも助けになるのが今の彼女がやるべき事。

そう感じるや否や、口が勝手に動き出した。

 

「簡単だよ、彼女はあたしと一緒で化け物って訳」

 

「お前と、一緒……?」

 

「あたしはね、能力の特性上他人の肉体を把握することが出来るわけなんだけどさ」

 

本当に自分の口から言っていいのか少し不安になり一度口を噤むが、意を決して口を開く。

出てきた言葉は上条には理解し難いもののようだった。

 

「彼女ね、体がないの」

 

「体が?」

 

ゆっくりと、そして優しく事実を話す。薄暗い地下街の空間で静かに。

 

「肉体がない、それは永遠のもの。メビウスの輪。あたしとおんなじ」

 

まるで狐がキスをするように自分の両手で無限()の印を作ると、それをメガネの要領で親指と人差し指と中指でできた輪っかから彼を覗く。

酷く不安げな表情をする彼だけが切り取られたように天羽の視界に写った。

 

「まぁ本物の肉体があるあたしの方が恵まれてるけどね」

 

その不安げな表情は突然鳴り響いた電話の着信音とともに更に酷く歪んでいく。彼の感情を理解することは出来なかった。

ちらりと天羽の様子を伺いながらぎこちなくズボンのポケットから携帯を取り出す彼に少し乾いた笑いが出てしまう。

 

「でれば?きっと答えを教えてくれるよ」

 

「……あいつのとこ、行ってきてくれ」

 

「見つかるかわかんなくてもいいならね」

 

天羽は笑って電話を取るように促すと、彼は苦々しい表情で小さく呟いた。

主人公はやっぱり優しいみたいだ。死ぬ事の無い人を心配するだなんて。

その甘い優しさは酷く心を痛めつける。

 

優しくない自分を余計醜く見せるだけだった。

 

彼の言葉に頷いたら風斬氷華が走っていった方向に足を向ける。上条の顔も見ずに迷いなく前を歩き、ある程度の距離を取ったらその場で立ち止まった。

 

「とは言ったものの……生命反応が無い無機物をあたしは見つけられるのかな?」

 

少しため息をついて能力による肉体探索を行うが、やはり生命体じゃなければ見つからない。

手掛かりもないし、どこかから音がする訳でもない。ゴーレム=エリスとシェリーさんが逃げていった大穴から進んでいれば良かったか?

とはいえ時すでに遅し。考えるだけ無駄ってやつだ。

 

「まぁ、いっか、最悪見つからなければ一般人の避難誘導の手伝いすればいいだけだし」

 

人間とは切羽詰まると安全な場所に逃げようとする。この閉鎖空間においての安全な場所は出口。

もし仮に出口へ向かったのだとしたら、最初に上条たちが入ってきた出入口に向かうはず。なぜならこの地下街は今の彼女にとって初めてくる場所だと思われるから。

 

だが残念なことに、捜す側である天羽もこの地下についてはよく知らない。

というか、彼女は方向音痴である。地図があれば遠回りだが辿り着く、そんな軽度の方向音痴。

 

ならばと、地下街のマップから調べようとするが、最悪なことに今立っているところには地図らしきものはなかった。

何回目かも分からないため息を吐き、天羽はその場で頭を搔いてスマホを取り出す。

ネットの公式サイトから地図に飛んだ方が早い。そう思っての行動だったが、飛び込んできたのはエラーの文字。

 

慌てて右上にある扇形のアイコンに目を向けると、そこにはバッテン印が嫌というほど鮮明に光っていた。

つまるとこ圏外、ネットワークエラー。

 

「まって?低脳すぎるでしょ?学園都市5G導入しろよバカ!」

 

あまりに馬鹿げた出来事にスマホを振るという古典的な解決法に手を染めるが治ることは無い。どんなにスマホを上下に振っても、揺さぶっても圏外は圏外。アンテナが立つことはなかった。

学園都市の技術力が聞いて呆れる。5Gどころか7Gくらい出来るだろ。

 

「こんな時垣根くんなら道教えてくれるのかな……」

 

ため息をついて、その場にしゃがみこんだ。

なぜ今日はこんなにもツイていないのか。

落ち込みながら足元を見つめる。おろしたての緑色のスニーカーは土埃を被って汚れており、ドブのような色をしていた。

家に帰ったら靴を洗わなきゃだとか、学園都市へ5G導入を願う声明を送るかなど訳の分からないことが頭を廻る。

 

「私が教えて差し上げますよ?」

 

そんな意味のわからない落ち込み方をする天羽の背後から声が聞こえてきた。

優しく、低い、柔らかい男の声。どこかで聞いたことのあるような、なんだか好きになってしまうようなそんな甘い声。

 

(一般人?なんでこんなところに?)

 

ありがたい申し出にふと考える。

風斬氷華などほっぽいてその男を出口まで護衛するのも悪くない。肉体のない化学の天使に思い入れもないのだから。

 

「え?何処のどなたか存じ上げないけどありがとうございま、す……」

 

そう思って後ろを振り返るも、()()()()()

まさか本当に幽霊でも出たのだろうか?実体のない幽霊が怖いと思ったことは生まれてきてから一度もないが、今回ばかりは背筋が凍るほど恐ろしかった。

この耳に、鼓膜に、その優しい声が届いたはずなのに。その姿はない。

 

キョロキョロと辺りを見回し、その声の出処を探す。

上から下へ、なぞるように目を動かすと、足元に真っ白い何かがいるのに気がついた。それは無機物のような白さを持つ厳つい虫だった。

 

カブトムシ、兜虫、beetle。

機械のような風貌のその昆虫は、美しい白い甲冑とエメラルドよりも深く美しい翡翠色の目を持っていた。

 

「初めまして保護対象、私はカブトムシ-ナンバリング05」

 

優しくて、低い男の声。けれどどこか無機質で感情が篭っていない、不思議な声。

天羽を保護対象と呼び、自分からカブトムシと名乗るその小さな醜い生き物を彼女は知らない。

 

「貴女のお供をさせていただきます」

 

嫌になるほど神々しい白さを持つその物体はどこで喋っているか分からない声で言い放った。

 

「……はぇ?」

 

思考が止まってしまうのは、彼女の小さい脳のせいじゃないはず。

 

 




白くて緑の目のカブトムシですか……なんでしょうね?
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