とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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もう九月上旬すぎましたね。天羽ちゃんはもうこの時期には死んでると思うと何か込み上げてくるものがあります。
一ヶ月後には垣根くんもと考えるとつらい。


37話:尊ぶべき犠牲

目の前の白いカブトムシはよじよじと、へたり込む天羽のズボンによじ登る。

蛍光緑のワイドパンツはカブトムシの白い体を際立たせた。同じ色の緑の目がじっと深く彼女を見つめる。

脳が目の前の光景を理解してくれない。

 

「え?まって、まって?話が読めない」

 

「何がでしょう?」

 

「頭が混乱状態なんだけどさ、あの、まず君何?なんでカブトムシが喋ってんの?幻覚?」

 

顔を手で覆い隠しながら、震える声をこぼす。喋るカブトムシなんてファンシーな現実に脳がパニックを起こした。

意味がわからない、なに、なんなんだ。

 

「人の姿の方がよろしいでしょうか?これでいかがでしょう?」

 

ただひたすら現実に疑問をぶつけると、カブトムシはぐにゃりと、まるでレンズの歪みのように体を捻じ曲げた。みるみるうちに風船のように膨らむと、それは人の形を成す。

へたり込む彼女に覆い被さり、上から見下ろす真白い少年。

この世界で誰よりも好きなたった一人の不幸な少年。鋭い目つきが印象的で凄艶な顔立ちをしたたった一人の男の子。

 

「垣根、くん……」

 

その生命体は垣根帝督に姿を変えた。

しかし、元の彼とは全く違う。それは天羽の太ももを挟むように膝をつき、彼は顔を覆う少女の手を取った。

理解できない光景は確実に現実のものだった。

 

(違う、違う!これはあたしの知る垣根帝督じゃない!)

 

暖かい手、蜂蜜色の肌、ブラックベリーの瞳、パンプキン色の髪色、ラズベリー色のスーツと、ワインレッドのセーター。

それが彼女の知っている『垣根帝督』

 

対して目の前の生き物はどうだ。

冷たい手、クリームのような白い肌、ライムの瞳、バニラのような髪色、そしてライラックのスーツと、ローズミストのセーター。

 

彼じゃない彼に恐怖する。お前は誰だと、何者だと訴えたかった。

 

「私はマスターである垣根帝督から作られた人工生命体のひとつです。貴女の保護を任せられました」

 

「じんこーせーめーたい……カブトムシ、05……」

 

しかし、訴える前にその生き物は簡潔に自分を明かす。その言葉に聞き覚えは嫌という程あった。

 

カブトムシ05、これから先の未来、死んでしまう垣根帝督が未元物質(ダークマター)で生み出した無数に存在する偵察機の一体。

『学園個人』と呼ばれる少女に影響され、垣根帝督そのものに成り代わる歪で唾棄すべき存在。

その事実に気がつくと、彼女は握られた手を振りほどいてそれの襟を掴んだ。

 

「待って、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「というと?」

 

「垣根くんは?彼は無事なんでしょうね?!」

 

コレが現れるのは垣根帝督が死んでからだ。木原病理とかいう車椅子に乗った科学者から着想を得た垣根帝督が、能力を吐き出すだけの存在になった自分を生き返らせるために取った手段。

自分の体を未元物質(ダークマター)で代替し、命を吹き返す。

垣根帝督という少年の結末、末路。

 

それを知っているからこそ、天羽は彼の安否を必死になって問いただす。彼女の知らないところで、あの美しい少年が死んでいるかもしれない現実が酷く心を苦しめた。

 

「私の存在と因果関係は分かりませんが、マスターなら存命です。先程貴女と別れた場所で待ちながら私経由で貴女を見張っています」

 

「見張り?」

 

存命という言葉に胸を撫で下ろすも、続けられた言葉にすこし怪訝な顔をしてしまう。

彼が天羽に一定以上の監視を続けると思えなかったのだ。

彼女が垣根を見張り、見守る立場にいるはずなのだ。逆転するはずはない。姉である彼女が、誰かの下に立つことはないはずなのだ。

 

「はい、()()は貴女を見張るために作られました。貴女のそのストラップでは行動を把握出来ないため、意識があり、行動が興せる私達作られたのです」

 

ぎりりと05の言葉に歯を食いしばる。自分の行動が仇となった事実にただただ腹が立った。

携帯を持ち歩かなければ盗聴はされない、何もバレない。そんな単純な行動が彼女の首を今締めている。

彼の言っていたプレゼントとやらの正体は恐らくこれのこと。

 

天羽にとってはいいものじゃなく、直接の害はない。

彼女を監視するけれど、彼女に害はなさない真っ白い作り物。

 

「……()()?なに?気持ち悪い虫が何体もまだいる訳?」

 

「はい、私達です。二百体いますよ。本来は2万体作る予定でしたが、時間が足らず、このようなお披露目になってしまいました」

 

しかも何匹もいるらしい。未だ彼女を見下ろすエメラルドの瞳は無機質な笑みを見せた。張り付いた笑みはまるで機械のように冷たい。

けれどその裏に憎悪や嫌悪は見えなかった。

これがこの生命体の自然な笑みであり、顔なのだ。それを理解すると、天羽は低く唸るような声で威嚇する。

得体の知れない生物に精一杯の虚勢を込めて。

 

「二百……そんなに?何がしたい訳?」

 

「私たちは貴女のために作られた未元物質(ダークマター)製の人工生命体です。貴女を監視し、見張り、助ける事が私達の生まれた理由です」

 

ピリピリと張り詰めた空気が薄暗い地下街に漂う。

目の前の生き物の言葉に小さく舌打ちをすると、それを両手で押し退けて彼女はゆっくりと立ち上がった。

見下ろされるのは垣根だけで十分だ。

 

嫌悪感を顕にしながら未だ膝を着くそれの前に立つ。

どんなに嫌な顔をしていても、目の前の生き物が傷つくことは無かった。

 

未元物質(ダークマター)で構成された人外、ね。あたしの為の天使の軍団なんて、垣根くんは一体何を考えてるのかな?」

 

「天使だなんて、メルヘンチックですね。マスターも天使と呼称されるとは思っていないと思います」

 

天羽が立ち上がったのを見て、彼も立ち上がる。

デフォルトなのか、ずっと穏やかな笑みを浮かべるその生き物は気持ちが悪いほど吐き気がした。まるで、自分の鏡を見ているみたいで気味が悪い。

 

「風斬氷華といい、今日はハロウィンだったっけ?ったく、イライラする。てか早く上条くんとこ行かないといけないのに」

 

元からこの世界にいる風斬氷華という人外。そしてストーリーに登場しない天羽と、この時間軸では存在しないカブトムシ05。

どれが一番気持ち悪いかなんて明白だ。

彼女と目の前の生命体は同じ土俵にいる。彼女と同じ立ち位置にいる。

 

概念が、思いが、覆されてしまうほどその生命体は天羽の存在を脅かす。なぜなら同じものだから。

 

唯一違うのは自我があるかないか。

 

「保護対象」

 

「着いてこないで」

 

それに背を向けて歩き出す。

ドロドロと心臓を満たす懊悩が嫌になる。これを視界に入れてはいけないと脳が叫ぶのだ。苦痛から逃れるため、適当な脇道に入ろうと足を動かす。

自分の上位互換のような存在に、心の平穏が脅かされる。この空間にこれ以上留まってはいけない。

 

「上条当麻はそちらの道には居ませんよ」

 

けれど05は空気も読まずに彼女に声をかける。

何を考えているのか分からない無機質なエメラルドの瞳は酷く恐ろしいものに感じた。ただひたすらに恐怖することしか許されない。

自分と似た存在がただひたすらに怖かった。

 

「上条当麻と警備員(アンチスキル)ならもう目的の人物へたどり着いているようですが、どうしますか?」

 

「……いけず、あたしの気持ちも無視するのね」

 

天羽の焦燥感なんか無視して背後に佇む生き物は淡々と話す。人離れした存在は風斬氷華なんかよりもよっぽど恐ろしい。

哲学的ゾンビ、人間と全く同じはずなのに何かが違う。

そんな気味悪さと、煽るような言葉に思わず足を止めた。振り向いて嫌味ったらしく笑顔を向けるも、白い生き物が笑みを絶やすことはなかった。

 

「意地悪なんかじゃありませんよ、事実を述べているだけです」

 

「……人外、他人の気持ちも分からないのかって言ってんのよ」

 

下唇を噛んで小さく声を出すと、それはまるで人のように困った笑みをみせる。

 

「けれど貴女も、化け物なのでしょう?」

 

「……そうね、そう。でも化け物同士は馴れ合わないでしょ?」

 

天羽の何を知っているのかは知らないが、05はあどけない少年のように微笑みながら彼女を見つめた。

まるで母をみる少年のような瞳は今まで向けられたことのないものだった。背筋を這う蛇のような悍ましさが脳に登り詰める。

 

「ですが天使と天使なら、兄弟にだってなれますよ?」

 

「口説き文句としてはイマイチね、出直してきな」

 

「これはこれは、手厳しいことで」

 

なにを考えているのか分からない。そもそも、これは人ではない、理解するだけ無駄。

天羽と同じ。

 

この感情は嫉妬。

自分の概念を喰い千切るような存在に穢れた嫉妬と、存在を奪われる恐怖を感じるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西口出口。

看板が外れかかった通路の奥、響く沢山の銃声と、巻き上がる埃の匂い。

大きな泥の塊を囲む警備員は一斉にそれに向けて銃弾を放つ。撃ち出る火薬と、警備員(アンチスキル)が設置した複数の白い照明に照らされながらもゴーレムは微動だにしない。

その巨体に隠れるように立つゴスロリ女と、それを睨む上条と風斬氷華、そして黄泉川先生。

 

「あーらら、大変なことになってるねぇ」

 

透明な盾の前で身を守りながら今か今かと反撃の機会を伺う風斬氷華を除く二名。泥の人形に視線を注ぐ彼らに後ろから気の抜けた声で話しかけると、ぎょっとした表情をして彼女たちにその視線を向けた。

 

「天羽!」

 

「おまっ、どこ行ってたんだよ!」

 

「ちろーっとね、『知り合い』を見つけたから」

 

慌てる彼らの前に、後ろに隠れていた真白い人型の生命体を見せると、その顔はさらに驚きに満ち溢れた。

当たり前の反応は少しつまらない。

 

「……って、垣根!?あれ、でもいつもより色素が薄い?」

 

「君、あの化け物の時の……!」

 

各々が三者三葉の反応を見せると、一気に誰だという視線を投げかけられる。

見覚えのある人のそっくりさんはやはり珍しいようで、目を見開いて問い詰めてきた。

めんどくさい問い詰めにすこしため息を着く。なんと言おうかと辻褄合わせに戸惑うも、よくある言い訳を思いつくと勝手に口が開いた。

 

「あー……こいつは垣根くんの双子の弟。ばったり出くわしたからこっちまで連れてきたの」

 

「弟?」

 

物腰が柔らかく、生意気さが些か足りないがこれが垣根と見た目と声だけは似ているのは事実。弟だと法螺を吹いてもすんなりと受け入れられた。

しかし当の本生物は異議があるようで、納得のいかない様子で空気の読めない真面目な返答を返し始める。

 

「私が保護対象を案内しました。あと私は弟ではなく─」

 

「ややこしくなるから黙ってて」

 

ウザったいことこの上ないそれの口を天羽の細い手で覆うと、それは渋々口を閉じた。

どうやら垣根の作り上げた下僕は私に対しても従順のようだ。

 

「それで?どんな作戦立ててんの?やっぱり上条特攻?」

 

「ま、それしかねぇかんな」

 

話を変え、今の状況を簡潔に問うと、上条は困りながら笑う。

アニメ通り、自ら特攻して敵の懐に潜るという彼へのダメージが大きすぎる作戦を立案していたようで、そのダメージを最小限で済ませたい天羽にとっては少し困るものだった。

 

「ふーん……ねぇ05」

 

「はい、なんでしょうか保護対象」

 

「アンタさ、垣根くんみたいに未元物質(ダークマター)錬成できんの?」

 

「少し劣化はしますが、可能です」

 

口を塞ぐ天羽の手を退かし簡単な質問をすると、05は特に表情を変えずに答えた。

肉体しか干渉できない彼女にはあのゴーレムを止めるのは不可能。

シェリーを遠隔操作で昏倒させても魔術、もといゴーレムが動きを止めるかどうかは賭けになる。自立式かどうか全く記憶にない。

 

彼女では役不足。

そのため如何に上条を無傷で彼女の元まで送るか、それが今考えなくてはいけないこと。

 

「アンタ、あたしのために作られたとか言ってたよね?」

 

「はい」

 

「あたしの手足になれる?」

 

「それが生まれた理由です」

 

それには05の力は必要不可欠。垣根じゃない人外に頼み事をするのは罪悪感もわかないし、とても便利だ。

簡単に何をさせたいか教えてみると、05は悩む素振りもせずに即答する。垣根の頼もしさを持った、ぞんざいに扱える人外は彼女にとってはご都合主義の塊だ。

 

「やるだけやってみましょう、貴女を助けるよう命令されていますので」

 

「というわけで、上条くんはステイ」

 

「あっ、おい!」

 

「天羽!……ったく、銃撃やめるじゃん!」

 

制止する声に耳も貸さず、そのままゴーレムのもとへ足音を響かせた。

真っ直ぐ土の塊を目で射抜くと、側に立つ魔術師、シェリー=クロムウェルは八の字を寄せて黙り込む。

少しの間、静寂が空間を満たしていた。けれど、魔術師の張り上げた声でそれは終わりを告げた。

 

「エリス!」

 

魔術師が名前を叫ぶと、泥の人形は腕を振り上げる。

勢い良く天羽に迫るその腕は、力強く空気と共に彼女を押し潰そうとした。

 

(避けるのもめんどくさいし、いいかなー?)

 

大きな手で潰しにかかるゴーレムをその場で受け止めようと立ち止まる。複雑骨折程度で済むのなら攻撃を受けたって問題ない。

迫る手、空気の振動。手を合わせるように受け止めるため右手を振り上げた。

しかし、大きな手が触れる瞬間、誰かに引っ張られる。

 

「保護対象、避けるという行動はこういう場面で行うものです」

 

左腕掴まれ、間一髪で05によって巨大な手の攻撃は部分的に避けられた。そう、部分的に。

 

「あー、ったく、爪塗り直しじゃん!シャツも気に入ってたんだけど、最悪」

 

「お、おま、う、腕っ」

 

かざしていた右手は腕から肩にかけて服と共に無惨に引きちぎれられ、遠くへ吹き飛ぶ。

血を塞き止めたから血液が吹き出すことはなかったが、さすがに吹き飛ばされた腕はグロテスクな光景だったようで上条は青ざめた顔をしていた。

 

「へーきよ、へーき、んなことで死ぬわけないでしょ」

 

まるで花が咲くように、蔦が伸びるように、肩から筋肉と皮膚、血管、神経、血液、骨が再生されていく。その光景に誰もが息を呑んだ。この瞬間はとても美しい。

けれど人とはかけ離れた光景に誰もが恐怖を抱く。それは人外も同じ。

 

「貴女の腕は使い捨てでは無いのですが」

 

「そっちは適当に処分しておいて。学園都市って気軽に(パーツ)捨てれないから困るんだよねぇ」

 

見るも無残な姿になった緑のネイルが輝く腕を掴みあげて05は感情の分からない顔で呟いた。そんな05にちぎれてしまった腕の処分を命じると、彼は口を閉じる。

その反応に思わずため息をつくと05にボロボロになってしまった真白いシャツを投げつけた。上半身下着姿に一瞬ギャラリーがどよめくが、そんなことにいちいち構ってやれるほどの余裕もない。

投げつけたシャツを05が受け取ったのを確認し、グロテスクな腕をそれで包めと目線で訴える。しかしあまり察しが良くないようで、05は首を傾げて指示を待っていた。

 

「はっ、化け物、しかも男連れときた。人間騙って楽しいか?三番目」

 

「うん、とっても楽しいよ。だってあたしがここにいれば誰も傷つかない」

 

めんどくさい05なんて気にも止めずにそのまま歩みを進める。目の前のゴスロリ女に嘲笑気味に罵倒されても、歩みが止まることはない。

 

「そういう考え方がマスターの沸点だと気づいた方がよろしいですよ」

 

「いいのよ、だってあたし死なないもの。そこの泥人形と一緒、やってることは変わらない。人体錬成、永遠の肉体。それはとっても冒涜的なこと、素敵なこと」

 

余計な一言を言ってくる05を鼻で笑い、笑みを携えながら言葉の矛先を魔術師へ向ける。

煽り合い、皮肉を言い合いながら睨み合う。相手がどう出るか精一杯に考えながらの虚勢の張り合いは虚しいものだ。

 

「とはいえ?あたしはカトリックを名乗ってるとはいえ実際はいわゆるグノーシス主義。どんなに冒涜的なことをしていても、神を愛するアンタとは立場が違う。神と同じように泥から人形を作るのは楽しい?」

 

「へー?あんた、学園都市の人間なのによく知ってるね。野蛮なアメリカに住んでただけある」

 

天羽の挑発を鼻で笑うと魔術師は不愉快な言葉を並べ立てる。

不快な言葉と天羽について知っているかのような口振り。非常に面白くない。

 

けれど挑発に乗るわけにもいかず、感情を押し殺して彼女の言葉を笑い飛ばす。

優位にいるかのように立ち振るわなければいけなかった。

 

「神は土から人を創った、カトリックじゃなくたってこんなん知ってるわ。それで?魔術師がその御身に、本当に届くと思ってんの?」

 

「はっ、神に届くわけがないのは知ってんのよ。まずは原初に土、神は土より形作り、命を吹き込みこれに人と名をつけた。ノアの方舟以前、グリゴリの長により伝えられた秘宝、その御業は人になせるものならず。だから私の手によって生み出されたのは腐った泥の人形でしかない」

 

「グリゴリねぇ……聖職者が堕天使賛美してどーすんの。彼らの知識で泥人形作って、壊して、面白い?」

 

高圧的に目を細めると、魔術師は舌打ちをした。馬鹿にしたような言葉は彼女の目をつり上げる。如何に冷静を装っても、青筋を立てて怒気を含んだ低い声はあからさまに彼女の苛立ちを表していた。

 

「化け物に理解できるわけがないだろ?」

 

「そうね、理解できないかも。あたしならこんなことじゃなくて救うために力を振るうもの」

 

「一番目にも二番目になれない出来損ない、お前に何が出来る?」

 

出来損ない。その言葉に一瞬苦悶の表情を浮かべてしまうが、悶々とした気持ちを払拭し余裕な態度を保つ。

その程度の嘲弄では心臓は脈を乱さない。

 

「出来損ない、か。あんたに言われる筋合いはないわ。だって、あたしは天使に命令を下すことが出来るんだから」

 

虚を衝くように05の名を叫ぶ。

同時に、泥人形がぐちゃぐちゃと泥濘へと姿を変えた。腐った林檎が溶け落ちるように見るも無惨な姿になったゴーレムは力なく崩れ、大きな泥の池を作り上げた。

 

「なっ、なにが」

 

泥の中、色素の薄い人型が姿を現す。エメラルドの瞳を煌めかせて泥濘に佇むそれは静かに口を開いた。

体のほとんどが学園都市の泥や瓦礫から作られたゴーレムには05の攻撃は有効のようだ。

 

「コンクリートに付着すると化学反応を起こし、分解する未元物質(ダークマター)を生成しました。魔術の知識はマスターから引き継いでいるので対処可能です」

 

引き出せる未元物質(ダークマター)に限りがあるのが難点ですが。

そう言い添えると05は薄っぺらい笑みを見せる。胡散臭い笑顔は垣根によく似ていた。

 

「さてさて、魔術師、アンタの出来損ないの人形はこれでおじゃんになっちゃったね」

 

05の創り出した泥を見つめて天羽はせせら笑う。憎しみの籠った魔術師の真っ直ぐな目が写す彼女の姿は、随分と悪役じみていた。

 

「あ、でも安心して?アンタを止めるのはあたしじゃないからさ」

 

本当なら天羽の能力で気絶させる方がいいのだろう。けれどゴーレムが気絶程度で動かなくなるのかは分からない。

だからこそ彼女はヒーローに託すのだ。

 

それに、この先の出来事を潰すのは少々気が引ける。可愛らしいインデックスのためにも、風斬氷華との和解をないことには出来ない。

例え人でない物であっても、風斬氷華はあのお優しいシスターの『お友達』だ。

嫌悪を催しても、彼女の友情物語に水を差すような真似は控えたい。

 

「ありがとな、天羽、垣根弟」

 

「なっ、いつの間に」

 

細かい瓦礫を踏む音が後ろから聞こえる。思惑通り、崩れ落ちた泥沼をビシャビシャと音を立てて通り、上条当麻は真っ直ぐ歩む。

呆気に取られる魔術師を他所に、上条は大きく右腕を振りかぶった。

 

「テメェは黙って眠ってろ!」

 

全身全霊の力で振り下ろされた拳は勢い良くシェリー=クロムウェルの頬を容赦なく殴り飛ばす。頬を走る衝撃は凄まじく、彼女を宙に浮かせ床に叩きつけた。

げほげほと咳き込みながら痛みに耐える彼女だったが、皮膚が切れた唇からは禍々しい声が零れる。

彼女は負けていると思っていなかった。

 

「ふ、はは、お前らがやったのは形を崩しただけの事、魔術そのものは掻き消えていない」

 

優美な手つきで床に何かの模様を描くと、彼女は勝ち誇ったように笑う。人の手で描かれたとは思えない完璧な円形と、真っ直ぐ伸びる線はアニメで見た魔法陣そのものだった。

 

「二体目でも作る気?」

 

「一度には二体も持たせらんねーのさ。けどな、そいつを上手く利用すればこういうことも出来るんだよ!」

 

チョークで描かれた魔法陣が眩く光ると、うつ伏せに倒れる彼女の周りを囲むように円のような亀裂が床に走った。

バキッと嫌な音がなった刹那、ぽっかりとその亀裂に沿って穴が開く。魔術師を地下へ下ろし、その場には空洞だけが残された。

 

「あちゃー、逃げられた」

 

「クソ、風斬のことを狙ってるわけじゃねぇのか?」

 

「さぁ?どーだろーね?」

 

くり抜かれた床部分を眺めながら上条は悩む素振りを見せると、すぐさまぱっと天井に顔を向ける。

何かを思い出したかのような顔をするあたり、目論見に気づいたのだろう。

 

「……インデックスか!誰を殺しても構わないって!」

 

「イギリス清教出身だし、まぁそんなんだろうね」

 

「早くアイツんとこに行かなきゃなんねぇ!」

 

簡単に答えを見つけ出すと、上条は黄泉川先生の所へ走り去ってしまう。あまりの慌てっぷりに笑いそうになるも、不謹慎すぎるので自重する。

 

「地下街の封鎖はまだ解かれないってさ……」

 

チーターも真っ青な素早さで先生のもとへ行ってしまった上条だったが、しばらくするとこちらに重々しい空気を纏って戻ってきてしまう。走り去る前とは全く違う表情は哀愁漂うものだった。

 

「でしょうね。こういうのって建物の管理と警察組織で管轄が違うことが多いから」

 

「クソっ」

 

「どうする?あたしと05……垣根弟なら運べるよ?それともシャッターぶっ壊す?」

 

刻々とインデックスに迫る危険に怯えながら悪態を着く上条に協力を申し出るも、彼の表情が晴れることはない。

腕を組んで05と顔を見合わせてため息を着く。

穴の縁でたむろする彼女達だったが、その背中に小さく声がかけられた。

 

「あの、さっきは、ありがとうございました」

 

「あぁ、それよりお前、体は大丈夫なのか?」

 

オドオドとしながら風斬氷華が上条に感謝を伝えると、彼はそれに苦笑いを返す。警備員(アンチスキル)がここら一帯に設置した照明を背にした風斬氷華はえらく眩しい。

 

「は、はい、たぶん、平気だと思います。もうあの石像は襲って来ないんですよね?」

 

「あの煤けたゴスロリ女は逃げたんじゃない……次のターゲットを追い始めただけだ」

 

もごもごとした口調で辺りを見渡す風斬氷華だったが、残念なことに脅威はまだ完全に消え去ったわけではなかった。

 

シェリーさんの目的は私や風斬を殺すことではない。特定の条件さえ揃えば誰でも良いのだ。

鍵となるもの、風斬氷華、上条当麻、インデックス。

 

一方通行(アクセラレータ)妹達(シスターズ)も物語の鍵ではあるが、スペアがいる彼と数多くいる妹達(シスターズ)は優先順位は低い。

同じような理由で彼女と垣根も狙われないだろう。垣根は結局のところ第二候補(スペアプラン)だし、天羽は不死身、重要性はそこまで高くない。

となると、消去法的に次の標的は上条の大切な人となる。

 

「そのうちの一人が、インデックス」

 

それはインデックス。

本当は今いる警備員(アンチスキル)に手伝ってもらうのが最善手なのだろうが、彼女は学園都市の住人じゃない。迂闊に警備員(アンチスキル)に保護を頼めるような身分にないのだ。

それをわかっているから上条は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。何が今できる最善策なのか、彼は懸命に考えていた。

 

沈黙が空間を支配する。しばらくの間、誰も言葉を交わさずに上条を見守っていると、穴の前でしゃがみこむ彼は意を決したように呟く。

真後ろで動きを待っていた私たちに背を向けて立ち上がると、彼はまっすぐ巨大な穴を見つめた。

 

「行くならここしかねぇか……天羽、垣根弟、手伝ってもらっても─」

 

「ま、まって!ほ、本当に行くんですか?」

 

「インデックスが危ないんだ」

 

穴の底を眺める上条に風斬氷華は後ろから叫ぶ。どれだけ危険だと訴えても上条がその視線を外すことは無かった。

 

ただひたすら愛するシスターを助ける未来を信じて彼は力強く答える。揺るがない覚悟に一瞬たじろぐも、風斬氷華は静かに、震えながら彼に言葉を伝える。

彼女にとってのハッピーエンドを。

 

「大丈夫、です。貴方が行かなくても、助ける方法はあります」

 

「どういうことだ」

 

「化け物の相手は化け物がすればいいんです」

 

風斬氷華の言葉に驚いたのか、上条は思わず地面に空いた穴から目を逸らしてしまう。

彼の目に入るのは風斬氷華の笑顔だけ。天羽と05を追い越して風斬氷華に近く彼の表情は見えない。

 

風斬氷華の笑顔と05の無表情、そして背中で語る上条の虚しさ。それしか彼女の目には写らなかった。

三人の人外と、一人の人間。とはいえ、その人間も随分と人間離れしているが。

 

「私は、あの石像の化け物に勝てるとは思えないけど、少なくとも囮くらいにはなれます。あたしが殴られてるスキに、あの子には逃げてもらいます。あたしは化け物だから、それぐらいしか出来ないけど」

 

「お前、まだそんなこと言ってんのかっ」

 

怒ったように眉を釣り上げて立ち上がると、彼は力強く土を踏みしめて風斬氷華の前に立つ。声を荒らげ、風斬氷華の決意を蔑ろにするように彼は言葉を叫んだ。

 

「お前は化け物なんかじゃねぇ!大体、俺がそんなことされて嬉しいとでも思ってんのか!」

 

「感情なんて関係ないよ」

 

「天羽……!」

 

だが大切な友人を叱るように声を張り上げた上条くんの言葉は天羽によって斬り捨てられる。彼らの間を遮るように立つと、上条くんは見るからにう狼狽えた。

まさか否定されるとは思っていなかったのだろう、彼は動きを止めた。

 

「行きなさい、風斬氷華。それがあなたにとって正しいことだから」

 

「っ、は、はい」

 

「風斬!」

 

その隙に風斬氷華を穴に促すと、それは躊躇わずに穴に落ちていった。

まるで兎の穴に落ちていくアリスのようにスカートを翻して暗い底へ風斬氷華は身を投げる。それを引き留めようと上条は右手を伸ばすが、その右手は何かを掴むことはなかった。

引き止められなかった彼はその顔に動揺の色を浮かべる。小さくなった背中は天羽に謎の優越感と悦びを与えた。

ヒーローの落ち込む姿はとても愉快なものだった。

 

「ッ天羽!この前も!今日も!自分の体を顧みず、なんで突っ込むんだ!なんであいつを行かせた!」

 

そんな彼は勢いよく天羽の方に振り返ると、悲痛な声を絞り出す。千切れても再びくっつく腕を掴み、天羽を見上げた。

背の低い彼はどう足掻いても天羽を見下ろすことは出来ない。その事に再び優越感をおぼえるも、きつく睨む彼の目は彼女には眩しかった。

 

「それがあたし達に出来る唯一のことだからだよ」

 

見下すように、その眩しい瞳を見つめる。垣根とはまた違った黒い瞳はキラキラとした輝きを放つ。掴まれた腕にじんわりと彼の手の熱が伝わってくるのが酷く腹立たしい。

その輝きを、熱を否定したくて、氷のように冷たい言葉が口から降り注ぐ。

 

「あたしと風斬氷華はほとんど一緒、永遠に死ななければ、歳をとることも無い。肉体があるかないか、物理現象の塊か本物の人間か、それだけの違い」

 

風斬氷華のことは愛してない。

けれど風斬氷華の感情はよく分かる。だって同じものだから。

誰かを助けるための自己犠牲。それはとても尊いことで、素晴らしいこと。

 

天羽だけが傷つけば、全てを終わらせられる。

自己犠牲とは力、誰かを生かすことが出来るすべ。だから彼女はここにいる。

妹をこの体で助けた事実が彼女をこの世界への侵入を許可したのだ。

 

自己犠牲の尊さは彼女の体に刻みついている。

九月上旬、この肉体を妹に捧げたあの日が全てを物語っていた。

 

「あたしにとってこの能力は完璧で幸福で、完全無欠な愛すべきもの。あたしが死ぬことで誰かを無敵に導けるし、あたしが傷つくことで救われる誰かがいる。あたしはそれに幸福を覚えるの、幸せなの」

 

その過去を否定なんかされたくない、この世界にいる理由を否定されたくない、妹を救った事実を否定されたくない。

右手を過信し、自ら災難に飛び込む上条当麻に否定なんかされたくなかった。

この男は私を否定できる立場にいないのだから。

 

「そんなあたし達の幸せを否定しないで」

 

お前も同じ穴の狢だと言うのに。

 




この世界線のカブトムシ05、ひいては垣根特製ネットワーク(??)はオリジナルと考えてくださるとありがたいです。
木原病理が関わってない、目的が違う、そもそも作り方が違う等、原作と大幅に違うので。
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