とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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九月ももう終わるってどういうことなんですか


38話:赤

瓦礫と埃が床を覆い、床や天井が崩れた地下街は警備員(アンチスキル)の置いた照明で眩しく照らされる。ぽっかりと地面に空いた穴にはロープが虚しく垂れ下がっていた。

英雄がつたっていったロープ。十分以上前に彼が使ったロープは未だそこに鎮座しており、シャッターもまだ開かない。

天羽はただひたすらに時が過ぎるのを待っていた。

上条当麻が風斬氷華を人として肯定する瞬間を見たくなかった。

 

「行ってしまわれましたね」

 

対角線上にあるロープをぼんやりと見ながら縁の近くでしゃがみこんでいると、ふと後から声をかけられる。

聞き覚えのある声、しかし聞き覚えのない口調。真白い生命体が砂利を踏み締めながら地面に座る天羽の隣に立ち止まった。

真っ白い革靴らしきものが視界に入る。

自分の緑のズボンと、灰色の瓦礫のせいでその白さが嫌という程目に入った。

 

「いいんじゃない?上条くんの友情物語に水を指すのも嫌だし」

 

「だというのに、貴女は何故今にもその穴に身を投げそうなのですか?」

 

しゃがみこんで頬杖をつき、暗い穴の先を見ていた彼女にそれは優しくも無機質な声をかけ続ける。

嫌になるような声に苛立ち、ゆらりと立ち上がるとそれは不思議な顔をした。無機質なライム色の瞳の奥、微かな感情の揺れ。

真っ白いシャツに包んだ肉塊を大事そうに抱えて、05はそこに静かに立っていた。

 

「帰るんだよ、シャッターはまだ上がらないみたいだし」

 

何を伝えたいのか分からない05に眉をひそめながら呟くと、それはまたもや意味不明な顔をする。不安と無機が入り交じったような表情はなんとも言えない不気味さを持っていた。

抱える白い塊はじわじわと赤を広げる。それに少し顔を顰めると、何を勘違いしたのか05は彼女から目を逸らして口を開いた。

 

「そこから飛び降りるのは危険です。ロープをお使いになられたら如何でしょうか」

 

「服汚れるし、その案は却下よ。いいの、あたしは死なないんだから。さっきも見たでしょ」

 

「見たから言っているのです」

 

貴女の腕は使い捨てではないと言ったばかりですが?なんて均一なトーンの声で05は言い添える。

宝石のような緑の目は言語に絶する気持ち悪さと、美しさを持っていた。禍々しいそれと一線画すように立ち上がって睨みつけるも、それは微動だにしない。

垣根と同じ身長、同じ顔、同じ声のそれはさらに彼女を苛立たせた。

 

「いいんだよ、だって痛みなんかないし」

 

「痛みがなくても、貴女を愛する他人が悲しむとマスターに説教されたばかりではありませんか?」

 

「……垣根くんに何言ったって変わらないよ。あたしが使い潰されるおかげで愛する人が笑顔になるのなら幸せだし、それは永遠に続く幸福なんだから」

 

それは誰にも否定されたくないこと。不変の感情。

彼女の望む幸福はとてつもなく難しいことであり、誰にも理解されないもの。やはり05には少し難しいようで、眉を八の字にして相変わらずの無機質な瞳で天羽を見る。

 

「あなたの幸福は理解し難い」

 

「簡単な事だよ、あたしはあたしにとって正しいことをしたいだけ。たったそれだけの事」

 

「貴女の言う正しさとは、なんですか?」

 

「快感だよ。快楽、悦楽、エクスタシー」

 

からかうように声を潜めてみると、05は少しだけ目を逸らす。子供のように小さく縮こまり、気まずくなったのか逸らした瞳はうろうろと彷徨っていた。

 

「……なんか言い方がいやらしいです」

 

「そこは垣根くんっぽいね。未元物質(ダークマター)の生命体って生殖能力あんの?」

 

「話を逸らさないでください」

 

まさか恥ずかしいと思うとは。

人じゃないはずなのに感情があるというのか。けれど意識があるように振舞っているだけかもしれない。

緑の目を伏せてむくれたような顔をした05だったが、その顔を見るだけで苛立ちが湧く。白い睫毛の隙間から覗く緑は相変わらず読めない。

 

「……ベンサムの唱えた功利主義だよ。幸福とは悦楽、そして悦楽を生む全てのものはそれと比例して善である」

 

「それは全体的な幸福論を唱える時に使うものでは?」

 

「全体だろうがなんだろうが、正義って言うのはエゴなんだよ。エゴに基づいて他人を幸せにしたいのならそれは即ち正義であり、幸福なことなんだよ」

 

少し間を置いて05に意味を伝えると、先程までの狼狽えを感じさせないほど冷静な声と瞳で05は言葉を返す。

少年のようなあどけなさも、純情もそこには見えない。無機質で冷たいなにか。

 

「貴女は本当に理解しがたい」

 

「あら、人外にも理解されないなんて、残念ね」

 

「貴女の思考はとても人間らしくありませんが、同時にとても人間らしい。だからこそ私には分かりません」

 

真っ直ぐ天羽を見つめる目は酷く冷徹だった。

 

「誰も理解しない愛情、誰も知りたくない幸せ、気持ち悪いあたしの感情。人に理解されない信念を持つことは許されないことだと思う?」

 

「それの答えを私は持ち合わせておりません」

 

「自分で答えを作ることも出来ないのね。せっかく肉体があるのに魂がなくては意味が無い。つまらない木偶の坊」

 

ガヤガヤとうるさい背後とは打って変わって果てしない沈黙が間を流れる。

探るように05を見つめるも、それが何を考えて、何を感じているかは分からない。デフォルトの笑顔も浮かべず、それは無表情でその場にたち続けていた。

 

「怒りもしない、それが一番の証拠でしょ?」

 

言い捨てるように言葉を吐くと、天羽は汚れたスニーカーで地面を蹴る。静寂だけが残る地下へと身を投げた。

下へ、下へ、下へ、穴の中に落ちていく。落ちるのは何回目だったか、苛立つ思考の中で思い返すがあの日の感覚しか思い出せない。

初めて空へ落ちたあの日の風、初めて目を開いたあの日の光、初めて死んだあの日の鮮やかな赤、初めて泣かせてしまった妹の塩辛い涙。

穴の中、暗闇の中、初めての日を思い出しながら彼女は地へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を橙色へ染める太陽に目を細め、真白いカブトムシが肩を這う感覚に気持ち悪さを覚えながら静かに道路に佇む。腕に抱えた真っ白い布と真っ赤な肉の塊の重さにうんざりとするが、忙しなく働く警備員(アンチスキル)に比べたら些細なことだ。

たくさんの瓦礫とそれを処理していく警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)を後目に、工事中のビルの上を眺める。ツンツン髪の少年とシスター服の少女、人型のなにか。

ゴーレムを打ち消した残骸を地上に残しながら彼らは天に近い空の下で甘酸っぱい青春を繰り広げていく。天羽にとっては毒のような空間。

 

彼らのやさしいせかいの中で風斬氷華は人となり、人の輪に入っていく。

反吐が出る。

 

「結局、上条くんはアレを人だと認識するのね」

 

化け物を否定して自分と同じレベルまで引き下げる。彼の思考は随分と腹立たしい。

 

いいじゃないか、人と違っても。

永遠の命、永遠の肉体、永遠の精神。否定なんてされたくない。

彼女の幸せを否定する彼らをどうしても、心から好きにはなれない。愛すべき隣人ではあるが、好きなキャラクターにはなれない。

 

「いいねぇ、青春だ。ま、片方はただの科学反応の集合体だけど」

 

そんな彼らに皮肉を込めて小さく呟くと、喧騒の中で低い声が背後からはっきりと聞こえた。

 

「アレはテメェにとっては人じゃねぇんだ?」

 

「マスター」

 

その声に05は肩から飛び立ち、声の主へ音を立てて飛んでいく。後ろに立つ端正な顔の持ち主は飛んできた05を手のひらに乗せてゆっくりとこちらに歩むと、ニコニコと胡散臭い笑みを貼り付けた。

きつね色の髪が茜色の空と相まって一際精彩を放つ。

 

「よう、駄犬。新しい首輪のつけ心地はどうだ?」

 

「最悪ね」

 

「そりゃあよかった」

 

赤を纏った少年はクスリと忍び笑いを洩らした。子供のような純粋な邪気を感じる笑みに少し臆するが、その恐ろしさを飲み込んで静かに声を出す。

 

「いい性格してるね、大好きよ、本当に」

 

皮肉を込めて鼻で笑うが、彼の表情は変わらぬまま。逆に胡散臭い笑顔をさらに張り付かせて恐怖を煽るような苛立ちと怒気を含んだ声で天羽を責めたて始める。

随分と怒ってるようで、黒い瞳の奥は濁ったように赤い空を映していた。

 

「それで、その首輪が教えてくれたんだが、今度は腕を吹っ飛ばされたんだって?」

 

「それが何か?関係ないでしょ」

 

彼女の顔から右腕へ、視線を逸らすと彼は鼻で笑う。真っ白い布の塊を有無を言わさず奪い取ると、その表情は呆れ顔へ変わった。

 

「関係大ありだ、何勝手に行動してんだ」

 

「垣根くんに被害は出てない。あたしの作戦は成功した。別にいいでしょ?」

 

「ったく、やっぱお供をつけたのは正しかったな。感謝しろよ狂人」

 

未元物質(ダークマター)でも展開しているのか、彼の手にある天羽の右腕と血液が分解され、崩れていく。どろりと腐った肉のように液体に変わり、最終的には肉塊なんてなかったかのように赤く染っていたシャツは白へ変わる。

 

「人体錬成なんかした人間に狂人とは言われたくないね。そんなの作って何がしたいの?」

 

「手綱を握っただけだ。これから、少し忙しくなるからな」

 

「忙しいならあたしも連れていきなさいよ、垣根くんのためならなんだってできるんだから」

 

忙しいと言葉を濁す彼に苛立ちを覚えると、口は勝手に声を出す。

九月一日、運命の日まであと一ヶ月と少し。彼の忙しさの意味は誰よりも知っているつもりだ。だからこそ、喉から捻りだした声は悲しさを我慢するような小さく震えていた。

愛するキャラクターの為ならばなんだって出来るのに、自分が出来る子だって証明する為ならばなんだって出来るのに、神の理不尽に背く為ならばなんだって出来るのに。

 

心からの願いと愛を込めて真っ直ぐ見つめてみるも、彼は向けられた視線を真っ白いシャツで遮る。顔に被せられたシャツは血の匂いを微塵も感じさせなかった。

 

「駄犬はステイだ。お前がこっちに来たら手に負えないからな。しっちゃかめっちゃかにするだろ、お前なら」

 

「なに?お姉ちゃんだけハブられてんの?」

 

「だからこうやって愛するお兄ちゃんのお人形さんを持ってきてやってんだろ?」

 

まるでどこかのアニメーション映画に出てくるお姫様のようにカブトムシを長い指に乗せて、彼は艶やかな笑みを浮かべる。

右手の甲に乗せたカブトムシを顔の近くに寄せて眺める彼の横顔は、夕日に染められまるでオレンジのマリーゴールドのようだった。

世界一赤が似合う少年。

太陽を浴びたアプリコットのような髪色に、夜を閉じ込めた瞳。

陰と陽を両立させる少年は果てしなく闇深く、果てしなく輝いていた。その矛盾が人間臭くて、子どもっぽくて、可愛らしい。

 

「誰がお兄ちゃんよ、誰が」

 

「俺の事だよ、ばァーか。とうとう日本語も理解できなくなったか?」

 

「は?喧嘩売ってんの?」

 

兄だと背伸びをする子供に苛立ちをみせながらも、内心は至って冷静だった。

それがどういう事なのかは分からない。けれど天羽の口から出る罵倒めいた言葉はいつもより柔らかく、棘はなかった。

彼が上に立ちたがるのをなんだかんだ理解しているのだ。姉として、寛容な態度を見せるのは当たり前。

 

だが、理解と納得は違う。

なんだかんだムカつくことはムカつく。少し喧嘩腰に腕を組んで睨むと、彼は策にはめたと言わんばかりにニヤついた。

 

「事実を述べただけだ、そう怒るなよ」

 

「……ははぁーん、二百体もこんなチンケなものを家で一人寂しく作ってた我が弟君はお姉ちゃんに構って欲しいんだ?だから反抗的なんだ?」

 

そのニヤついた顔を歪ませてやろうとチクチクと刺のついた台詞を吐き捨てる。すると目論見通りに彼は柳眉を逆立てて声をさらに低くした。

 

「あ?喧嘩売ってんのか?」

 

「事実を述べただけじゃん、そう怒らないでよ」

 

「事実じゃねぇ」

 

勝ち誇った笑みがみるみるうちに怒りに満ちた憎たらしい顔になるのがなんとも子供らしくて愛らしくて可愛らしい。

膨れっ面で否定する彼に思わず笑いを堪えてしまう。なんとも言い難いこの空気が楽しくて仕方ない。

 

「はい。二百体ではなく、正確には二百五体です」

 

「そこじゃねぇだろ」

 

けれど05にはその楽しさは分からないようで、愚かにも場の空気を乱すようにどこで出ているのか分からない声を出す。

垣根と彼と全く同じ声の会話はなんだか現実離れしていた。

 

「そうなの?」

 

「私は初めての成功例、四体の失敗作の後に作られたものなので、個体としては一体目(1st)ですが、制作としては五体目(5th)です」

 

05は羽音を鳴らしながら再度彼女の肩にとまる。

肩に感じる虫の気持ち悪さと蠢きに不快感を感じるが、05の話はそれを忘れさせるほどのものだった。

 

「……つかさ、人体錬成なんて知識、垣根くんにははないはずだよね?生物学に通じてるわけでもないし」

 

カブトムシ05、及び未元物質(ダークマター)製の生命体は本来この時間軸にはいない。

 

それはアニメにも登場していなければ、そもそもこれらは垣根が死に近い状態に置かれた時、自らを復活させるための知恵だったのだ。

キリスト様もビックリな復活はあまりにも悲惨な末路故の産物。それがこんなにも早く、不鮮明な理由で造られるのは有り得ない筈だというのに、あろうことか現実に起きている。

 

その不気味な現実に得体の知れない気味の悪さを感じてしまうのは、極々当たり前のことだろう。

 

「こいつらはな、お前の研究である能力錬成と、冥土返し、テレスティーナ、木山春生から得た知識から創られた。だからお前には感謝してるぜ?おかげで神の御業を作り上げることが出来たからな」

 

先程の魔術師との会話を聞かれていたらしく、彼はしてやったりと言うような子供らしい表情をしていた。

その顔に少し腹立たしさを感じると、天羽は唇を噛み締めた。

 

木原病理の役割はいとも簡単に代替されてしまった。他ならぬ彼女の手で。

 

けれど、本当にそうだろうか。

 

どう考えても、その程度で神の御業を成せるとは思えなかった。ヒントを与えても、道標を示しても、ショートカットを教えても、それは容易くできるものでは無い。

神の御業は神にしかできないのだ。

 

「私達のネットワークのモデルはレベルアッパー、木山春生が作り出したネットワークです。貴女がマスターと居たおかげで今の私が生まれました」

 

「ま、あながち間違いじゃないな。お前の研究のおかげで脳を作ることができたし、能力の噴出点を分け与えることができた。お前が母みたいなもんだ」

 

「……あたしのせいか、あたしが生きていたせいか、あたしがここにいるせいか」

 

ぐっと真っ白いシャツを胸元で握りしめる。

 

(あたしのせいだ。あたしのせいで彼に死の象徴を作り出させてしまった。あたしが、神なんかを呼び寄せてしまったばっかりに、こんなものが作られた)

 

神の御業は神にしかできない。

 

簡単な事だ。介入、干渉、救いの糸。

神は天羽の首を絞めるため動く。性根が腐っているのが神というもの。

その事実は何よりも彼女の対抗心と苛立ちを増幅させる。全てが神なんぞの掌の上だと思いたくない、信じたくない。

お前の理不尽に抗うため、彼女は生きているのだ。

愛おしい妹の死を肩代わりして、垣根の死を遠ざけて。それが彼女のやるべき事で、それは何があろうと変わらない。

 

握りしめたシャツはしわくちゃになっていく。シャツの白と肌色と爪の緑。醜い生命体と同じ色。

それに顔を顰めるが、その生命体がそこに移動すると益々顔が歪んでいく。

髪の隙間を縫うように天羽を見つめながら緑の爪にそれはとまる。

まるで彼女の手から生まれたように、白と緑の生物は手の甲に佇んでいた。

 

「はい、貴女のおかげで私は生まれたのです。貴女は私の母であり、私の生まれた意味全てなのです」

 

「はっ、処女なのに子持ちだなんて、あたしは聖母かよ」

 

自傷気味に声を洩らすも、実際天羽の頭の中では酷く複雑な感情が入り乱れていた。

両手を胸元で強く握りしめて、ゆっくりと思考を巡らせる。

 

事実、この体は処女であり、純潔。そしてそんな女を母と呼ぶ限りなく自分に近い生命体。

その事実から聖母マリアを連想するのは容易い。

 

マリアと言えば処女懐胎。天使によってキリストをその体に宿したという新約聖書の物語。

自分の能力なら天使による受胎告知なんかなくたって処女でありながら妊娠することは可能だし、酷く不愉快だが、聖処女にだってなれる。

人体の創造、それ即ち懐胎。

そして偶然か必然か、宗教画における処女マリアを象徴する色は青だ。

 

藍花悦の能力と名前。

 

まるで神の母マリアを連想させるかのような設定じゃないか。

 

「悪いけど、あたしが好きなのは人間なの。カブトムシはお呼びじゃない」

 

沸々と嫌な考えが脳を廻る。しかしこれ以上進展しない考えに苛立ち、05に当たるように言葉を吐き捨てた。

 

「んだよ、カブトムシかっこいーだろ?それに、未元物質(ダークマター)で作られてるとはいえ肉体は人間と遜色ない。ま、人間の姿じゃなくてもいいんだがな」

 

「……姿が人間だろうと意味ないよ。未知(天界)の物質で作られて、作られた自我しか持たないものを愛することは無い」

 

「私はマスターの命令に従うだけです。貴女が嫌がろうと、関係はありません」

 

天羽彗糸は処女マリアじゃない。

だから天使に祈ることはないし、神の子を認めることはない。

垣根の言うことを聞いて、自分で考えないただの玩具。天羽は05を愛することは出来ない。

 

「そういうとこが嫌なのよ。自分で考えなさい」

 

「仕方ねぇだろ?お前を監視するには俺がカメラの権限を持ってなきゃいけない。こいつらの自我は全て俺をベースにしている。サンプルが俺以外無いってこともあるが、お前的には俺の姿と声と、性格のほうが言うこと聞くだろ?」

 

「は、こんなメルヘンチックな王子様みたいな子が垣根くんをベースにしてるって?どう考えても生意気さが足りてないじゃん?」

 

「思考パターンが同じって意味だ。上下関係ハッキリさせるために従順な性格にしてんだよ」

 

合理的だろ?なんて憫笑を携えて天羽を笑う彼は、少年らしいあどけなさと青年の艶やさを持っていた。

興味のために神をもその玉座から引き摺り降ろすその強さは酷く恐ろしく、美しい。冒涜的な少年は誰もを凌駕する美しさを秘めていた。

 

「風斬氷華とは違うのね。まぁ、それでも人間ではないのだけど」

 

「あんなのと一緒にするなよ、あれは結局電気信号の集合体。でもこいつらはめんどくさいことに肉体と感情がある。御坂のクローンとほぼ同じだ」

 

だから制御が面倒だと愚痴を零すが、自分にとってはそんなこと些細な事。

 

肉体があろうとそこに自分の意思がなければ人ではない。

肉体がそもそも人間と違い、天使と同じそれ。天羽は天使なんてもんを敬うことはないし、愛すことはない。

それは愛すべき人ではない。

 

「だから何?あたしはそれを愛することは無いよ」

 

「私を嫌うのですか?」

 

手に乗る白いカブトムシは酷く無機質で感情の籠っていない声で呟く。ただの事実確認、そう言いたげな無感情さは天羽を苛立たせるだけだった。

 

「嫌いにはならないよ。ニーチェ曰く、愛せなければ通過せよ。興味が無いのなら素通りすればいいだけだもの」

 

「お前が素通りしようと、関係ない。こいつはずっとお前の隣にいて、俺に報告してくれる。お前の弟みたいなもんだ。よかったな、本物の弟ができて」

 

05へ抱く感情は愛憎入り交じる無関心。

垣根帝督の一部として愛しているかもしれない、けれど天使のような存在に憎悪しか湧かない。

たどり着いた結論は無関心。

 

これがどうなろうが関係ない。

 

「喜ぶと思ってんの?」

 

「せっかくの誕生日プレゼントだ、喜べよ」

 

「あたしの誕生日四月だけど?」

 

怒りを抑え、突き放すように答えるも、彼は動じない。狼狽えもせず、さらに愉悦を顔に浮かべると垣根はニタニタとチェシャ猫のように口角を上げた。

 

「九月の二十九日だろ?聞いたぜ」

 

「……何を聞いたの」

 

「それだけだ。後はお前の体が変な構造ってぐらいだな」

 

本当の誕生日、本当の自分。それは藍花悦に繋がるもの。

彼がそれを知っていることに恐れを抱くも、それよりも天羽の知らない言葉が彼の口から飛び出すことに動揺してしまう。

その動揺をいとも容易く見抜くと、垣根はゆっくりと足を踏み出す。

黒い瞳は空の赤と相まって今の彼は言葉を失うほど美しかった。

 

「構造……?何の話?」

 

「お前の知らない話だ。お前の深淵の根元、お前さえ知らないお前の秘密」

 

一歩、また一歩、少しづつ彼が近づいてくる。コツコツと靴音を鳴らして、目の前まで来ると足を止めた。

ギリギリ胸に当たらない距離。十センチも違う背が憎くて堪らないのは見下す彼の瞳が酷く綺麗だから。

 

「俺はな、お前の家族なんて知らない、お前の人生も、これからも。知ってるのは名前と、誕生日、能力の一部と、身長、体重、国籍、学籍、スマホのパスワードと、交友関係、それくらいだ」

 

「それで十分じゃない?もうすでにあたしの全てを知っているじゃん」

 

「何言ってんだ、それはテメェも一緒だろ?お前も何故か俺の全てを知っている。暗部のことも、昔の悲劇も。思わせ振りな態度で、まるで全てを知っているかのように振る舞う」

 

歯をギリギリと噛む。強く、強く、強く。

目の前の少年の言葉を否定するように、ただひたすらに。

 

「でもテメェも俺も、互いの深淵を知らない。だから俺はテメェと一緒にいる。それはテメェも同じだ」

 

切れ長の目を細め、まるで兄が妹を見るように、主人が犬を見るように彼は夜よりも深い黒の瞳で天羽を見下ろす。

勝ち誇ったような美しい顔は夕日に照らされてさらに流麗で神秘的なものだった。

 

純情な少年は蛙と蝸牛、そして仔犬のシッポで出来ている。

大人の青年はため息と流し目、そして嘘の涙で出来ている。

 

マザーグースは正しかった。

 

目の前の少年は好奇心と探求心、そして恐ろしく耽美な何かで出来ていた。

キャラメルのように甘みと苦味が混じる少年は紛れもなく人間で、それが何よりも素晴らしいものだと彼女は知っている。

彼は愛しい妹と同じだった。

 

素敵なもので作り上げられた少年はいつものにやけ顔で彼女を見下ろす。

 

「俺はな、テメェさえ知らない深淵を覗くためだけに、他でもないテメェのために神の御業を成したんだよ」

 

その笑顔はどこか誇らしげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしは()()()()で一番、あなたが好き。

それでもあたしはあなたの全てを、あなたの深淵知ることは無い。

 

嫌われて、けれど構われて。そしてあなたの隣に立って、自分の存在を再確認するの。

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