とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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39話:九月上旬

九月上旬、暑さが残る澄んだ空の下で一人歩く。蝉が五月蝿い病院の周りを確認するようにグルグルと目的もなく廻るのはめんどくさいし、しんどい。

薄ピンクの看護服は少し窮屈で、嫌になる。熱を感じない体とはいえ籠るような気持ち悪い熱気は正直不愉快だ。

 

何も起きない平和な日常にため息を吐く。せっかく高位の能力を手に入れたのだから全てを助けようと意気込んでいたのに、それが仇となるなんて聞いてない。

九月上旬といえば上条くんがローマの十字教徒とのいざこざをはじめた出来事がある。しかし自分は超能力者(レベル5)、なので外出許可は降りないし、上条くんたちに茶々を入れることは叶わない。

なので次のイベントが来るまで学生らしく学校で日常を過ごそうと考えていた。けれど現実はそうもいかなかった。

 

「はぁ、めんどくせぇ……」

 

普通なら学校で授業を受けているはずの時間帯、天羽は病院の外をただひたすらと歩く。

平日だというのに学校には行かず、病院を彷徨くだなんて普通じゃありえない。

 

そう、普通じゃないのだ。

この行為はパトロール。この病院に在籍する妹達も同じことをしているが、自分も戦力として駆り出されたのだ。

眩しい太陽に目を細めながらこの状況に苛立つ。

 

というのも、昨日の昼に変な武器持った人がテロってきたり、どっかの最強さんが自分の病室の壁に穴をあけたり、深夜に変な集団が駐車場にでかい穴を開けたりとやらで、警戒態勢に入っている。

高位の能力者、しかも色々な事件に自ら巻き込まれて行った天羽は防衛に適任だと言われこの様にパトロールするだけの日々を送る。

公欠になるのが唯一の救いか。

 

「仕方ありませんよ、妹達だけでは広範囲を索敵出来ません」

 

病院の裏、ぼーっとしながら足を止めると優しくも無機質な声が頭上から降り注ぐ。

誰もを虜にしてしまうような優しい男の声。けれどその声の主をよく知っている自分からすると反吐が出るような声。

 

無視を決め込むのもバツが悪い。眉間に皺を寄せながらゆっくりと振り返るとそこには確かに()()()()()1位2位を争う程度には嫌いな生命体が佇んでいた。

しかし、その姿は初めて会ってから今日まで見たことの無い姿をしており、さらに眉間に皺が刻まれる。

 

「アンタ、何それ?」

 

「ナニ、とは?」

 

振り向いた先に立っていたカブトムシ05、通称05は通常なら色違いの暗部姿の垣根くん、つまり色落ちしたようなスーツとセーターを着ているはずなのだ。

真っ白い肌に、色の抜けた淡い色の髪、そして美しいライム色の瞳。それに変わりはない。

 

「服だよ、服」

 

違うのはその服装。

薄い水色の看護服はどう見ても彼が自分の能力で作ったものとは思えないし、違和感を覚えさせるその見た目は酷く不愉快だった。

 

「先程、この服の方が違和感がないと冥土返しに言われ、貰いました。貴女の隣に居やすくなるのなら構わないと思いましたが、悪手でしたか?」

 

「それ着てたら病院にしか居れないでしょ。どっか行きなさいよ」

 

「貴女から片時も離れるなと上位命令を受けているので、それは不可能です」

 

苛立ちながらシッシッと手で追い払うも、05はそこに突っ立ったまま。

それの言葉に頭を抱えて溜息をつくが、そんな態度をとっているにも関わらず05は動じず笑みを貼り付けた。

 

「あぁ、どんどん自由が無くなっていく……ここは地獄か」

 

「ここは学園都市ですが」

 

「んなマジメに答えないでよ」

 

愚痴を零すことも許されないのか。

真顔で天羽の言葉をぶった斬る05に不快感を感じながら舌打ちをしても、それは顔色を変えることは無かった。

無を体現したようなそれに苛立ちが募る。こういう時は酒や煙草に溺れてしまいたいが、今は未成年、気軽にストレスをぶつけられない。

五月蝿い蝉と、腹が立つ男の幻影に、ゆっくりと肌を伝う汗。何もかもが嫌だ。

 

「セミうるせぇなぁ……早く秋になんねーかな」

 

「保護対象、セミの種類によっては12月まで鳴きます。聞こえなくなるのは随分先かと」

 

「……マジメに答えるなって言ったばかりなんですけど?ただのお気持ち表明だから」

 

悪態をつきながら早足で歩き始めると、05もふよふよと浮遊しながら着いてくる。

霊に取り憑かれた人はこんな感情なのだろうか。恐怖や怯えよりも嫌悪感と腹立たしさしか湧かない。

この生命体の口調、声色、見た目、匂い。その全てに言い難い気味の悪さと嫌忌が湧き上がる。

 

「つかさ、保護対象呼びやめてって何度言ったらわかるの?」

 

「保護対象は保護対象です」

 

「名前を呼ばれないことほど、嫌なことは無いんですけど?」

 

名は体を表す。

名前がどんなに重要で、大切なものなのかを分からないこの知性なき醜い生物が大嫌い。

名前を呼ばず、『保護対象』だなんて呼ぶこの生き物が何よりも嫌い。

自分を弱くするその生き物が大嫌い。

 

━━名前がなければ、あたしはあたしで居られないのに!

 

ボロボロと崩れていく感情が優しくコーティングされて口の端から溢れ出す。抑制した声は早歩きをしているからか、乱れたラジオの音声のようだった。

 

「私の世界はマスターと保護対象:天羽彗糸だけで構成されています。それ以外はありません。よって、名前を呼ぶ必要はないと思います」

 

病院の裏手から表に差し掛かったところで05は小さく声を出す。

蚊のような小さな声だが、そこに寂しさの感情はない。均一な声は優しくも無機質。

苦味を感じさせるその声に顔を顰めながら一瞬足を止め、振り向く。建物の影に重なるそれはどことなく陰鬱だった。

 

「……別に、名前くらい神だって呼べるっつーの。視野を広く持ちな?」

 

現世とは少し違う、何かが違う雰囲気を纏うそれはやはり人とは言えない。

けれど、最低限認めてはいた。

 

「05、あたしはね風斬氷華と違ってアンタを一応は評価してるの」

 

「評価、ですか?」

 

「あたしと似たようなもんなんだから、何かを変える力があるハズ。今アンタは垣根くんの命令で動いてるから気に食わないのよ」

 

カブトムシ05、並びに未元物質(ダークマター)製の生命体は異界の素材で作られた生命、そしてこの時間軸にいるはずのないもの。

居るはずのないキャラクター、別世界の常識(ルール)に基づいて作られたそれは創作者によって息をして、生を受ける。

 

神の気まぐれによってここに呼ばれた、生きる世界が違っていた彼女。

垣根くんのエゴによって作られたそれら、ちがう世界の物質で作られたそれら。

 

基本は同じ。

ジャンルは同じ。

種類は同じ。

けれど違う。

 

「貴女と似てる……」

 

ぽつりと言葉を発するそれの腕を引っ張って建物の影から抜け出す。

暑さを感じないとはいえ、やはり肌に纒わり付く熱気は気持ち悪い。それでも05を陽の下へ連れ出すと、そのまま歩き始める。

 

それらと天羽は色々な点で似てる。だから彼女は否定しない。否定したら今彼女がここにいる現実を否定することになってしまう。

彼女であろうと、誰であろうと、この現実を否定してはいけないから。

それは彼女が妹を死から助けたことを否定することに繋がるから。

 

それだけはしてはいけない。

 

「とはいえ、自分にしかない意識がなければ人とは認められないけどね」

 

「意識、ですか……どうすればヒトになれるのでしょうか」

 

「人になりたいの?」

 

されるがままにされている腕に力を入れることもせず、05は相変わらずの冷たい声で言葉を呟いた。

 

「いいえ」

 

「じゃあなんなの?」

 

「……貴女とマスターの考えていることを知りたいと思うのです」

 

小さい声、けれどハッキリとしている声が後ろから風に乗って耳に届く。

人の心など分からないくせに、分かろうとするその姿勢はどうみても嘘くさくて。

人のいない病院の裏手はまたすぐに影を差す。ずんずんと足だけが進んだ。

05の顔なんか見れない。

 

「垣根くんの気持ちは共有されてないの?」

 

「理論としては分かっています。けれど、映画を見ているような気分なのです。とはいえこの目で映画を見た事はないので表現として正しいかわかりませんが」

 

「垣根くんそのものではないのね、まぁ従順な性格に作り替えたって言ってたし、当たり前か」

 

「私達は垣根帝督をベースに生まれました。その中で一番自我と意識が確立されているのがこの私です。どちらかと言えばマスターの成分が入った別の人格といった方が正しいかと」

 

前を向いたまま話しかけると、それは平坦な声で答えた。

05の言葉が正しければ、きっとカブトムシ05はスワンプマンみたいなもの。

 

垣根帝督の自我を切り取って新しく構築された別の生命体。それを垣根帝督と呼ぶか別の存在と呼ぶか。

カブトムシ05という存在は一体なんなのか、それはきっととても難解で、解明不可能な哲学的問題だ。

 

天羽と同じ。

自分という概念が酷く不安定な存在。

 

「ま、どうでもいいか、アンタが何を思おうが内面的経験を持たないアンタは人じゃないし、あたしは愛さない」

 

それを深く考えてしまったら、きっと自分は自分でいられない。

二十四歳の天羽彗糸であり、十六歳の天羽彗糸であり、15歳の藍花悦である。自分を切り取って作られたのか、ただのコピーなのか、本物なのか、それは自分にだって分からないのだから。

 

分かってはいけないこと。一種のブラックボックス。

 

「貴女は人間が好きなのですね」

 

05の言葉にピタリと足が止まる。

当たり前のことを聞いてくるそれに今までのとは違う自然な笑顔が溢れ出す。

 

「そう、あたしは人間が好き。そしてその中で一番好きなのはあたしの妹。その妹に似てる垣根くんが二番目に好きなの」

 

「そして人でない私は好きではないと」

 

「ええ、そうね」

 

天羽は05を愛すことは無い。自分と同じものを愛せやしない。

けれど否定してしまえば自分の現実の否定へと繋がる。

 

矛盾を抱えた心理は05への無関心へと繋がる。

05がどんなに天羽に感情を抱いても、どんなことを思っても、05の性質が変わらない限りそれは覆ることは無い。

天羽を母と呼ぶそれに、愛情が湧くはずがない。彼女は姉であり、母ではないのだから。

 

「それは、困りましたね。貴女は人を拒まない天使のような人だとご学友や職場の方から聞いていたのですが」

 

「アンタは天使かもしんないけど、あたしは違うよ」

 

「私は自分を天使などとは思っておりません。確かにこの間比喩として出しましたが、私は未元物質(ダークマター)で作られた人工生命体であり、天使ではありません」

 

まるで落ち込んでいるかのような声で呟く05を鼻で笑うと、無機物でも苛立つのかむっとした表情で言い訳に近い言葉を少し早口で並べ立てる。

張り合うように頬を膨れさせて抗議する05の手をぎゅっと握り、ため息をついてその白さを改めて認識した。

 

「どうだか。天使は生まれつき天使なんだよ。人間のあたしとは違う、生まれつき未元物質(ダークマター)で作られたあんたは天使と同義でしょ」

 

「といいますと?」

 

「天使は炎の子、人は塵の子。概念が違うんだよ。人間は死んだ後キリ……十字教なら天国か地獄、もしくは煉獄へ。人間が天使になることはない」

 

ミルクのように白いその手は人間のものとは違う。体を構成するものが違う05、ひいては未元物質(ダークマター)の蟲の群れは天使の定義とよく似ている。

アレイスターだかどこかの上層部に主天使(ドミニオン)と名付けられたとはいえ、自分の体を構成するのは人の血肉。

喜ばしいことに、天羽は天使ではないのだ。

 

「……宗教は分かりませんが、とにかく、天使は人間とは違う生き物と言いたいのですね?」

 

「そう、人は死んだら最後の審判を天国、煉獄、地獄のどれかで待ち続ける。それが絶対であり、カトリックにおける真理……あれ?」

 

人が天使になれない。人は死ねば天上へ登る。ダンテの神曲じゃなくても、この真理は絶対だ。

聖母マリアも聖人も、天使にはなれずに天国で最後の審判を待つ。そして天使は天上と下界を行き来し、最後の審判まで神の遣いとして人を導く。

 

そこまで考えると、ふと別の疑問が浮かぶ。

 

(人が死んだら否応なしに天国か地獄に行くのなら、あたしはなぜここにいる?あたしはなんなんだ?)

 

天羽は魔術とか、超能力なんかない現代で生まれて死んだ。それは嘘ではない。

しかし、彼女が次に目覚めた時は五体満足で別世界に放り出され、しかも幼い子供、同じ見た目で名前が違うという状況に晒された。

 

これは普通、キリスト教の考えではあり得ない。

だがキリスト教、または十字教の教えが天羽の輪廻転生に適応されるかは怪しい。考え過ぎなだけかもしれない。

けれどその疑問も残念なことに簡単なことで解決してしまう。

 

それは彼女の能力だ。

彼女が超能力を扱えるのも、能力というこの世界にもともとある概念に天羽が適応しているから。

言い換えれば、この世界に生きる限り、天羽はこの世界のルールに縛られるし、世界も自分の()()に縛られる。

 

この世界には宗教の世界、つまり天国や地獄もあるし、魔術は大雑把に言えばその世界から力を引っ張ってきている力だ。

ならば死んだ彼女もその宗教観に縛られるはずなのだ。特に前世でもカトリックを名乗っていた天羽は、それが嘘だとしてもカトリックに縛られるはずなのだ。

 

けれど天国に行くこともなく、地獄に落ちることもなく、煉獄を登ることなく彼女はここにいる。

 

「あたしは、何?」

 

ポツリと消え入りそうな声で呟く。握ったままの白い手を強く握ると、視線を上へ、手の主へ向けた。

 

そういえば、これはこの間なんと言っていた?

 

─貴女は私の母であり、私の生まれた意味全てなのです。

 

純潔である自分と、子だと主張する人ならざる生き物。

 

聖母マリア、純潔、青。

それを再び思い出すとその場に立ち止まって思考を巡らせる。何か、何かが引っ掛かる。

 

「どうかされましたか?」

 

「神の子を産んだ純潔なる母……」

 

05の声も届かない深い思考の海でひたすらに考えた。

 

ストーリー、または登場人物そのものにモチーフを与えるという物語はいくつもある。

童話、神話、食べ物、動物、はたまた実在の人物をモチーフにしていたり。

妹が遊んでいたゲームや観ていたアニメにはそういったものがよく見受けられた。だからたまに宗教関連や歴史関連の質問をしてきたことがあったのだ。

 

そういった点からこの『とある魔術の禁書目録』という世界、または登場人物が宗教的モチーフを持っていると想像するのは容易い。

昔、wikiや掲示板スレッドなどで超能力者(レベル5)は七天使をモチーフにしているだとか、上条当麻はヌイトやらハディートとかいう神をモチーフにしているなどという考察をよく見かけていた。

 

そこである仮説が立てられる。

登場人物である『藍花悦』も何らかのモチーフを持っているのでは無いか。

 

名前と能力。

どう考えても聖母マリアに似ている。その似ているという事実は、物語を外側から眺めていた天羽にしか分からない。

 

モチーフとはキャラクターの行動、心理、姿に色濃く反映される。

それはきっと、天羽彗糸(藍花悦)にも。

 

「……あたしの勘は、当たってるのか」

 

消えていく記憶、増幅していく傲慢、キャラクターを人と認識する感情、限りなくこの世界の住人に近い感覚と、相容れない認知、この世にある天国との矛盾。

 

もう一度、あの薄汚い神に話を聞かなくてはいけない。

そして同時に悟る。きっと、その機会は近いうちに訪れると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晴れ渡る空の下、空気の熱と太陽の熱が嫌になる天気に苛立ちながら目の前のテーブルに置かれたガレットにナイフを入れた。

一口分に切り取るとフォークで口へと運び、咀嚼する。

食事なんてただの生命維持、生きるため必要なもの。それでも美味しいものが食べたいと思うのは人間だからだろうか。

 

テラス席に青い空、雰囲気のいいカフェ、美味しい食べ物、そして目の前の席に座る幼い少女。

子供には大きすぎるカーキ色のブルゾン、どうみても下着にしか見えない紫のキャミソールワンピを着て、大きいブーツを履いた黒髪のボブカットが特徴的な少女を観察しながら再びガレットを口に運ぶ。

フォークとナイフと垣根を交互に見ながら、ガレットに怯えるような顔をするその少女は昨夜確保した『暗闇の五月計画』の実験台の一人。

これから先の未来で挑むたった一人の最強に打ち勝つための切り札のひとつ。

 

「俺がわざわざ買ってやったもんに文句があるのか?さっさと食っちまえよ」

 

少女、杠林檎(ゆずりはりんご)に目の前のものを食べるように促すと、不器用な手でナイフとフォークを使ってガレットを口に入れた。

みるみるうちに表情が困り顔から子供らしい笑顔になると、杠は声を絞り出してあたふたと両手に握ったカトラリーをブンブンと振り回す。

 

「おっ、おいしい、これっ!こんな、美味しい食べ物っ!」

 

「ガレットなんて別に珍しくもないだろう、それともどこぞの女みたく偏食だったのか?」

 

「食べ物いつも、四角くてボロボロと、緑のプルプル、ピンクのネチネチ、あと点滴」

 

いつも甘いものしか食べないどこぞ馬鹿女を少し思い出すが、そんなのに構わず少女はガツガツとガレットを食べ進める。

口の中に食い物を入れながら喋る杠はまるで小動物のようだった。

 

「レーション以下かよ……今どき最前線の兵士だってもっとまともな……いや、でもアイツはサプリだけで生きてたな」

 

「これすごく、とってもおいしいっ!すごい!」

 

「おぅ……」

 

ふと汚い部屋と散らばる薬品が頭をよぎる。気が向いた時に甘いものだけ食べて、気が向かなければ生命を維持できる程度の量のサプリメントを飲む。自堕落な生活。

あれは一種の精神修行だったのだろうか。

 

カブトムシ05をつけているから最近はそういったものはないが、目の前の少女の生活環境といい、あの金髪ギャルといい、研究者という生き物は物を食べない、食べさせないがモットーなのだろうか。

最近顔を見ていないムカつく女に溜息をつくと、顔を上げた矢先に白い容器に困惑しながら首を傾げる杠林檎が視界に入る。

 

「それはそこのポテトにつけて食うんだ」

 

ケチャップの入った小さい容器を持ち上げて匂いを嗅ぐ少女に呆れ、なるべく優しく教えてあげるも杠はそのまま容器に指を突っ込んで行儀悪くケチャップを舐めとった。その行動力はまるで野生児だ。

 

「おいしい、濃い」

 

「単体で食うもんじゃねぇよ」

 

優しく教えても、女という生き物はどいつもこいつも話を聞かない。

ケチャップを指で掬いながら猫のように指を舐める杠林檎は正しくそれを体現していた。

 

「腹も膨れたろ、そろそろ本題に入ろうぜ」

 

彼女の行動に少々頭を悩ませるが、プレートの上が空になるのに気づくと椅子に深く座ってずっとはぐらかされていたメインテーマを話題として引っ提げる。

少し威圧的な低い声で話しかけてみても、少女の無表情は相変わらず崩れなかった。

 

「『暗闇の五月計画』……なんで一方通行の演算パターン掴みたいの?一方通行と戦いたい?」

 

「あいつと戦うのが目的じゃない。それは単なる手段だ」

 

捕獲した少女はこれから先に起こす革命の為の駒。一方通行の演算パターンを埋め込まれた少女は自分の目的のために必要なのだ。

この世界を変えるために、クソッタレな統括理事長を引き摺り降ろすために必要なパーツ。

 

「垣根の目的は?」

 

少女の問いに答えることは無かった。

沈黙を続けると、杠は無表情を顔に貼り付けて再び質問を投げつける。

 

「言えない?言いたくない?」

 

「お前には関係の無いことだ」

 

「なにかなくした?」

 

確信をつくような嫌な言葉が彼女の口から落とされた。

嫌な記憶、嫌な感情。混じる気持ち悪さが脳を掻き混ぜる。頬杖をついていた自分の掌を強く握りしめた。

 

「お前には関係ねぇって今言ったよな」

 

「お前じゃない、杠林檎」

 

「悪ぃ悪ぃ、名前で呼ばれねぇのムカつくもんな、ゆじゅりは──」

 

苛立ちを隠すように軽い調子で話を変えるが、長い舌に邪魔されて自分でも認めたくないが少し噛んでしまう。

言いづらい名前にクレームを言ってしまいたいが、少女の可哀想な目に気がつくと目を逸らす。

 

「ゆじゅりは……」

 

「っせえ、噛んでねぇ」

 

「噛んだ」

 

「噛んでねぇっつってんだろ」

 

どんと机を叩いて威嚇する。

しかしそれでも杠林檎は怯まずにじーっと生暖かい目で見つめてきた。

 

「絶対噛んだ」

 

「あー喉渇くな追加の飲みもん買ってくるわ」

 

生暖かい目をする子供を一人置き、その足でカフェ店内へ。

賑わう店内に反してレジ前は閑古鳥が鳴いており、すんなりと注文することが出来た。何故か頬を染めてテンパる店員にホットコーヒーを頼むと、店員は笑顔でコップを取ってコーヒーマシンにポニーテールを振り回して注ぎに行く。

慌てずともいいのにと思うが、脳の大半の意識は別のところに引っ張られてしまい、店員の姿もろくに見ずにため息を吐いた。

 

「ったく、可愛くねぇガキだな」

 

先程の生意気な子供が脳裏にちらついて苛立ちを孕む声が小さく口から漏れ出す。

かっこ悪いところを見せ、威厳を失ってしまった。いつだって上に居なければならない人種としてはやってしまった感が否めない。

隙を見せてしまうとどこぞの全人類の姉を豪語する馬鹿に弟扱いされるのが目に見える。

 

例え彼女がこの場にいなくても、常日頃から年上らしくしていなければならないのが垣根だ。

 

とはいえこの場にいない女について考えるのは無駄であり、05に全て一任しているので今考えることでもないだろう。05からの感覚共有で特に不自然な点もないし、今は垣根の後を追ってどこぞに突っ込むこともなさそうに見える。

自立型追尾カメラは随分と優秀だ。

 

「なんだ?」

 

店員がはにかみながら持ってきたホットコーヒーを手に取って気分よく店内から颯爽と出ていくと、ちょうど小さな爆発音が空に響く。

 

空気を揺らす音ともに人が波のように押し寄せてくると、悲鳴がいたるところから上がった。それに眉を顰めて問題の場所に足を向けると、そこには警備員(アンチスキル)の格好をした集団が杠林檎を取り囲んでいるのが確認できる。

少女の足元の地面はまるで大きな力が使われたように凹み、ひび割れていた。

 

「人が流れてくると思ったら何してんだよ」

 

「おいキミ、我々は家出少女の保護活動中だ。彼女の能力が暴発する可能性もある。下がっていなさい」

 

ひび割れをなぞるように足を踏み出す。

ホットコーヒーをすすりながら彼らに近づくと、男の一人が機械的に垣根にふざけた警告をした。

光の無い目、定型文のような台詞、小さく幼い少女に向けられた銃口。どう考えても、この光景はありえないものだった。

 

警備員(センセイ)、じゃねぇなお前ら」

 

警備員(アンチスキル)ならばの話だが。

こびり付いた死の匂いは服を変えた程度で落ちるものじゃない。嫌な気配と、ムカムカする空気。

 

「こっち側のクソみてぇな悪党の匂いがプンプンするぞ」

 

「我々が悪だと?」

 

垣根の言葉にあからさまに嫌悪と憎悪を見せると、男は唸るような声を出す。その声は獣のような暴力性を秘めていた。

 

「自覚ねぇの?じゃあ悪党以下だな」

 

「我々の活動は正義だ。我々こそが正義なのだ」

 

傲慢な口ぶりに世界で一番嫌いな少女が思い浮かぶ。

正義を振り翳す愚かで夢見がちな乙女。変なところで冷めているのに、妙にメルヘン思考な気味の悪い女。

どんな思考でも、それが彼女の言う正義ならば暖かく赦しを与える、そんなメシアコンプレックスに苛まれた慈愛の天使。

 

「正義ねぇ……俺が世界一嫌いな女も正義を掲げてそれを正しいと言っていたが、アイツとは全然違うな」

 

あの狂人は正義が複数あると考えている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

実にムカつく理論だが、彼らと違うのは多様性を認めていること。

 

酷く歪んだ考えは何よりも忌むべきで唾棄すべきもの。

その気持ち悪い考えを肯定して、否定して、暴くのが俺の役目。

 

「なんというか、正しさを掲げてひとつしか信じず、疑わないってのが一番の悪だと思うんだよな」

 

だからこそあの女の考えを肯定しても、目の前の男たちは否定する。

 

━━お前らなんかが正義を語るなんて片腹痛い。

━━他人を否定して受け入れないくせに、砂糖の欠けらも無いくせに。

 

「お前らのことだよカス」

 

飲み干したコーヒーのごみを口を開きかけた男に投げつけると、ヘルメットで眼光を隠し、まるで軍隊のように統率の取れた流れで手に持った暴徒鎮圧用の大きな銃を構えた。

向けられた銃口に思わず乾いた笑いが漏れ出す。

 

「なにそれ?警備員(アンチスキル)が丸腰の学生に銃を向けるのか?」

 

「問題ない。不良学生鎮圧用のとても安全な模擬弾だ」

 

「あ?」

 

嘲笑うように言葉をかけると、銃口を向けた一人がきつく構えた銃を握って気味の悪い声を洩らす。

 

「ちゃんと生きたまま罪を全身で理解させることができる安全な武器だ!」

 

見開いた目はまるで神を崇める狂信者のよう。吠えるように、自分が正しいと虚しく叫ぶ獣。

醜い顔のそれは曰く人畜無害の武器を構えて汚い正義を掲げた。

 

「正義を理解できない悪め、お前も我々が正しく導いてやろう!」

 

引かれたトリガーから連鎖し、銃口から放たれた弾丸は目にも止まらぬ早さでこちらに一直線に向かってくる。引き金を弾くだけで人を殺すその鉛玉は歪んだ正義のために人を射抜かんと空を舞う。

けれど小さな弾丸は無慈悲にも力強い風によってねじ伏せられた。

 

「安全だとか、危険だとか関係ねぇな。超電磁砲(レールガン)くらいまでなら俺の羽は耐えられるぞ?」

 

風が晴れた先、埃や塵がゆっくりと地に落ちたその瞬間、杠林檎の隣に佇む自分の背中から伸びる翼が白い輝きを放って偽物共を威圧する。

三対六枚の白い翼は彼らには何よりもおぞましく感じるだろう。

 

「き、貴様、その翼、まさかっ、第二位ッ!?」

 

「誰にケンカ売ったのか把握したようだな」

 

冷や汗を流し、目を見開き、震える悪人共は実に滑稽で、愉快だ。

そんな悪人共にかける慈悲も、慈愛も、赦しもない。

 

「そうだ、俺が『未元物質(ダークマター)』、垣根帝督だ」

 

彼も同じ悪人なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の風物詩であるアイスキャンディーを口に含みながら空を見上げていると、遠くの空で煙が上がっているのが見えた。

灰色の煙は青い空によく映える。どうみてもそこで何かがあったのは一目瞭然で、目を凝らしながら首を捻った。今日は特別何かある日でもないというのに。

 

「あれ?どうしたんだろ」

 

「あれはマスターが起こしたものです」

 

どこかの誰かさんが激しい喧嘩でもしていたのだろうか。アニメでこんなシーン見た記憶はないし、多分学園都市の日常の一コマなのだろう。

そう思って特別興味は持たなかったが、同じようにその煙を眺めていた05はその原因を知っているようだった。

 

「へ?垣根くんが?なにやってんのあの子」

 

警備員(アンチスキル)の格好をした集団と交戦していたそうです」

 

垣根くんはやんちゃだな、と甘いアイスキャンディー片手に空を眺めていたが、脳はゆっくりとその意味を噛み砕いていく。蝉がやけに五月蝿い中、まともに思考していてくれた脳にあるものが思い浮かんだ。

9月上旬、日付が明言されていないひとつのお話。警備員(アンチスキル)のパチモンと、不思議な少女、研究者が描かれるあのお話。

 

白と黒の絵、紫の表紙、人生で初めて買った漫画、この世界で一番の少年。

 

「あ」

 

垣根帝督のスピンオフ作品。

『とある科学の未元物質』

 

それと結びついた瞬間、05の肩に掴みかかった。

伝えなくてはいけない。メールや電話じゃなくて、誰にも妨害されないシステムで。

愛する少年の大切な少女が傷つく事実を。

 

「05!どうやって垣根くんと連絡とってんの?リンクしてるんでしょ?映像をリアルタイムで送信するの?傍受されないの?」

 

「いえ、強いて言うならメールの送受信みたいなものでしょうか。必要な情報だけ送信できます。それに未元物質で行われているので誰かに傍受されることはありません」

 

それを聞いて安心すると、更に05の肩を強く掴む。痛そうにすることはなかった。

この先のことを知っているからこそ、彼に助言をしたかった。痛みを知ることのないように、少女が不幸にならないように、ショートカットを教えてあげたかった。

 

「突然どうされました?」

 

「その、垣根くんに──」

 

「天羽さん」

 

伝えて欲しいことがある。

そう口にしようとしたが、それはとある少女によって遮られてしまう。

 

「うぉっ!?びっくりした……どうしたの?九九三二号ちゃん」

 

突如背後に現れた茶髪の少女。背は天羽より十センチは低く、目は死んだ魚のよう。

ウチの病院に勤務するクローンの一人、九九三二号がそこに立っていた。

 

他の妹達とは違うピン留めが天羽が助けた子だと判別できる方法の一つ。前よりは表情筋が豊かになった気はするが、死んだような目は相変わらずだった。

 

「天羽さんにお客様がアポを取ってきたのですが……お伝えしても?とミサカは他のミサカから送られてきた伝言を間違いなく伝えます」

 

「客?あたしに?誰?」

 

九九三二号の要件は特別驚くものではなかった。ただし、今が夏休みじゃないことを抜いたら。

二学期も始まり、普通なら学生として学業に専念しているこの季節。そんな時期にわざわざ学校ではなく病院に突撃するとどのような要件だろうか。

研究絡みだろうかと怪訝な顔をすると、少しの間を開けて九九三二号は躊躇いながら声を発した。

どうも嫌な予感がする。

 

「……木原相似、と名乗っています、とミサカは嫌な顔をしながら名前を呟きます」

 

そしてあろう事かその予感は見事命中した。

乏しい表情筋を苦々しいものにして、彼女は接点があるはずのない人物の名前を口にする。

 

五月蝿い蝉の音は何故かとても非現実的で、静かなものに聞こえる。

一気に脈打つ心臓と夏の暑さが鬱陶しかった。

 




スピンオフ編にはいります。漫画を読んだ前提で話していきますのでご容赦を。

あと注意なのですが、ここから先は転生した理由とか、天羽の過去話を入れていきます。
オリ主の過去とかはあんまり受け入れられないみたいなので一応注意喚起します。
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