とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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40話:罠と敵

夜、蝉の鳴き声も、明るい空もない狭い研究室の中、白い蛍光灯の下で三人の人間が等間隔に立ち、互いを睨んでいた。

 

一人は白衣姿の髪の長い大人の女。薄く色付いた髪をひとつに括り、椅子にふんぞり返るその人はテレスティーナ・木原・ライフライン。

 

一人は同じく白衣姿の男。短いグレーの髪、天羽と同じようにびっしりと耳に付けられたピアス、チェシャ猫のような笑み、黒い手袋。その人の名前は木原相似。

 

そして二人の木原に挟まれているというのに、天羽彗糸は顔色変えずに明るく笑う。

いつもと変わらない、朗らかな笑みだった。

 

「それで?あたしになんの用?」

 

低い声で呟いて机の上に腰を下ろし見定めるように男を見下ろす。

カブトムシ05をチャームとしてくっつけたスマホを持って机の上に足を乗せ頬杖をつくと、木原相似は蛇に似た細い目をさらに細めて癪に触るような腹立たしい顔で笑った。

 

スピンオフにしか出てこない彼が動いているということは、今はその時系列で確定である。

そして物語を知っているこそ、この男が天羽に用事があるのが考えられなかった。

 

「随分と切羽詰まってるんだな?代替品でお遊びしてる野郎がこいつに何の用だよ」

 

「おや、これはこれは、実験が頓挫して捕まったところを拾われた可哀想な人じゃないですか。なぜこんな所に?」

 

「知ってるくせに、嫌味ったらしいなクソ」

 

刺々しい言葉の押収は木原同士故なのだろうか。

しかし、今は二人の喧嘩よりも思惑の方が百倍は大事。ため息をついて本題に入るよう促すと、木原相似は貼り付けた胡散臭い笑みで話し始めた。

 

「……それで、本題は?」

 

「貴方を実験に使いたくて、お迎えに上がった次第です。珍しく許可が取れたんですよ」

 

「あたしを?実験に使いたいなんて、初めてかも」

 

彼の話とは()()の実験についてだった。

 

学園都市で能力開発をすると価値があるものは研究対象となり、幼少期から研究機関でデータを取られたりするのだ。

それは彼女も例外ではない。超能力者(レベル5)である時点で研究対象としては上の方。子供の頃にデータを取られていたからこそそれが今勝手に色々なところで使われている。

 

けれど、天羽は珍しくどこの研究機関に属してなかった。

 

データは全てこの病院で簡単に取られたものと、能力に開花した直前に取られたものの二つしかない。冥土帰しによって守られているため、ほとんど実験協力なんかしたことがないのだ。

だからこそ彼の思考が読めなかった。

今までだって天羽無しで世界はまわっていたのだ、わざわざ黒幕からお出ましになるとは思わない。

 

「そりゃあ貴方は厳重に管理されてますからね。生物学の分野で貴方の能力は重宝されてますよ?ねぇ、()()()()()

 

「……妹達(シスターズ)のこと?確かに何故かあたしの能力が使われてたけど、それ以外には何も……」

 

「あれ、ご存じないんですかぁ?貴方のデータを使おうとしたどっかの馬鹿がアイテムに潰されたこと」

 

演技じみた声色でニタニタと笑う木原相似に眉を顰める。

人を苛立たせるには十分の態度に思わず舌打ちをしてしまうと、さらに口角が上がった。腹立たしいことに、彼の言っていることに思い当たる節はなかった。

 

「なにそれ、どういうこと?」

 

「なんでしたっけ、ケミカロイドを作るとか何とか……まぁ、なんでもいいです、重要なのはそこではありませんし」

 

ケミカロイド、その単語に脳の奥の記憶が反応する。

 

記憶が確かなら、その単語は超電磁砲二期の最後の下りに出てきていた。

夏休み中に起こる話で、てっきり自分が遭遇していないだけだと思っていたが、彼の話を信じるならそもそも起こらなかったと考える方が正しいようだ。

中心人物そのものが作られなかったというのだから。

 

この話が起こらなかった原因は何となく推測できる。

考えられる理由は二つ。

布束砥信の暗部入りを阻止したこと。そして木原相似の話が本当ならもう一つの理由は天羽自身だ。

 

「あたしって、そこまで有名人だったわけ?」

 

「生物学の分野ではそうみたいですよ?だってなんでもできるんですから!まあ、()()()を扱う自分には大きく関係ある分野ではありませんが」

 

『藍花悦のデータは厳重に管理されている』

『生物学の分野で藍花悦の能力は重宝されている』

 

前者はともかく、問題は後者。

 

前提として、天羽の能力はそもそも原作にはない。藍花悦の実際の能力かどうかも分からない。

そうなると、研究での価値観や用途が変わってくる。

 

一方通行(アクセラレータ)がいなかったら窓のないビルの外壁は凄まじい防衛機能を持っていなかったかもしれない。

垣根がいなかったらお米みたいな形のお面も作られなかったかもしれない。

上条がいなかったら学園都市は存在してないかもしれない。

 

人がいることで変わる未来、現実、過去。

原作とは違う能力を持つ藍花悦がいることで生物学分野の根本が変わってしまった。

本当はない能力があるせいで、生物学に関する研究が全く違うものになったのだ。

 

ここでその『藍花悦のデータは厳重に管理されている』の話が出てくる。

 

先程の通り、『生物学の研究=藍花悦の能力データを使う』という図式が出来てしまったこの学園都市。暗部の研究員もおそらくこの図式を知っていたのだ。

そして何かしらの方法を使って藍花のデータを使おうとした。

アニメに出ていたケミカロイドは特別性の飴を舐めなきゃいけないなどかなり欠陥もあったし、学会に発表するとかが目的だったので天羽のデータを使ってさらに改良しようとするのに納得出来る。

 

彼の話を鵜呑みにするなら、彼女の能力はかなり厳しく管理されているらしい。理由は不明だが。

だが事実、今の今まで学園都市の能力者だと言うのに研究の協力要請も来たことがないし、実験の手伝いもしたことも無いのだ。彼の話に信憑性はある。

 

そんなものに安易に手を伸ばしたら、闇討ちされるのは学園都市なら当然なのかもしれない。

 

何となく自分がいる故の変化を感じ取る。けれどそれが何を意味したいのかはよく分からない。

厳重に管理されているからなんだという話だ。この人は曲がりなりにも木原で、厳重とかそういったことは関係無さそうだというのに。

 

「結局、何が言いたいの?」

 

「今回の試みは上層部に評価されているらしいって事ですよ。それで、来ていただけます?」

 

彼女の存在によって物語そのものが変わってきている可能性がある。

バタフライ効果、小さく物語が歪んでいく。

 

それでも、やはり彼が天羽を呼ぶ理由がわからない。

 

そもそも彼の行っている実験は一方通行(アクセラレータ)のパチモンを作ることだ。

しかもDAとかいう独立した組織を手駒にしていることから察するに、彼は上層部から見放されているのだ、天羽を使う許可が降りたとは考えにくい。

 

罠臭い。

十中八九罠。

 

「保護対象、危険です。これ以上彼の話を聞くことは─」

 

「で?どちらまで行けばいいの?」

 

罠なら嵌ればいい、敵なら赦せばいい。

どうせ死ぬことは無いのだから。

 

天羽にしか聞こえないほど小さいカブトムシ05の囁きを無視し、堂々と机から降りて床に立つ。

小声で彼女の名前を呼ぶが、そんなことどうでもよかった。

 

自分が必要とされている、それだけで十分だった。

 

「いいんです?抵抗しないで」

 

「うん。あたしの体使っていいよ。どうせ死なないしさ、有意義に使った方がいいと思うの」

 

ボタンがひとつ空いた大きいシャツの胸元に手を当てて心からの笑みを向ける。

罠に嵌めようとしたって、出来る姉である彼女はその程度じゃ折れることは無いと、強い想いを胸に秘めながら。

 

「……天羽、ふざけてんじゃねぇぞ。木原の実験がどういうものか分かってんだろ?」

 

「わかった上で言ってるの。あたしがやることで他の子が痛い目を合わないで済むのなら、それでいいんじゃない?」

 

「やはり聞いた通り変ですね、貴方」

 

相変わらずのニタニタした笑顔を貼り付けた男にテレスティーナが舌打ちをした。同じ木原でも相性は最悪のようだ。

だがどんなに止められようと、天羽の意見は変わらない。

 

「でもさ、なんであたしを使うのかは教えてもらうよ」

 

「……まぁ、そのくらいなら。あなたが『第三候補(サブプラン)』であり、『肉体の支配者(ドミニオン)』だから、という至って簡素な理由になりますし」

 

とはいえ信用しきったわけではない。探るような質問を投げかけると、彼は少し間を開けて頷くとこの間も聞いた単語を口にした。

 

肉体の支配者(ドミニオン)』と『第三候補(サブプラン)

 

この単語を耳にするのは二回目だ。天井亜雄が呟いたものと同じ言葉。

天羽の知らないことが上層部に有るのは確実だった。

 

「そう……ま、とりあえずエスコートして下さる?」

 

調べ物は後回し。今はスピンオフの現状をどうにかするのが先。

扉を開けろと笑顔を見せると、木原相似は苛立ちを隠しながら笑う。蛇のように細い目は笑っていなかった。

 

扉を開けた彼と共に研究室を出ると、直ぐに十人ほどの警備員(アンチスキル)のパチモンに取り囲まれ、そのまま暗い廊下を進む。

まるで重要人物かのような扱いに思わず笑いかけるが、必死に咬み殺す。笑いを堪えて肩を震わせる天羽に反応する人はいなかった。

 

「貴女は……」

 

「しー……垣根くんには教えちゃダメだからね?」

 

そのまま笑いを堪えながら厳つい男たちに囲まれて廊下を歩いていると、スマホのストラップに擬態していた05が天羽にしか聞こえないような小声で囁いた。

こうやって質問してきているあたり、まだ垣根には報告していないのだろう。

 

「いえ、教えない訳には」

 

「……そっか、君は人じゃないもんね。秘密なんかできるわけが無い」

 

05と同じように声を潜めて囁くと05は固い頭でいいえを突きつける。拒否権なんてないというのに。

 

だが確かに、05に期待するのはお門違いだ。造られた生命体は秘密なんて人間めいたことを出来るはずがないのだから。

暗い廊下を突き進む天羽は、手元にぶら下がる生命体に視線を向けることは無かった。

 

「秘め事ってのはね、利己的で我儘な人間にしか出来ないの」

 

人間じゃない05に期待なんかしていない。どうせ人間じゃないのだ、秘密なんてことが出来るとは思えない。

実験のことも、本当のことも、言ってしまえばいい。少しムキになって拗ねた自分に嫌になりながら、心の中で言葉を唱える。

 

「だからさ、アンタに期待なんかしてないよ、カブトムシ」

 

どうせいつかバレてしまうことなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『第三候補(サブプラン)』ねぇ……いいこと聞いちまったな」

 

二人の人間がいなくなった部屋の中、残された女性は青白い蛍光灯の下で顔に影を作りながら笑う。

悪戯っ子のような、悪役のような凶悪な笑みは誰にも気づかれることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星が煌めく夜空の下、河川敷を三人で歩く。少女、部下、そして茶髪の少年。

川から来る心地良い風に乗って草木と水の匂いが鼻をくすぐる。

 

「さっき食べた肉塊すごい美味しい!とても!」

 

「肉塊……死体みたいに言うなよ」

 

後ろから着いてくる少女、杠林檎の言葉に呆れながら道を進む。階段をおりて、川辺に近づくと立ち止まる。振り向いてそこらに散らばる石ころを指さした。

 

「さて、食ったぶんは働いてもらわないとな。林檎、試しに能力使ってみろ」

 

一瞬首を傾げた林檎だったが、言葉の意味を理解すると指さした小石に近づいて強く目を瞑った。

手を握りしめて力を放出しようとするが、小石はガタガタと揺れるだけで変化はなかった。

資料じゃ低能力者程度の念動使い(サイコキネシスト)とあったが、昼間の出来事と言い、数値にブレがある。その法則に心当たりはあるが、推測で物事を判断することは得策ではない。

 

少しづつ解明していけばいい、一方通行(アクセラレータ)のデータを。

 

 

 

 

 

しかし、そこから何十分か時間が経っても何も起こらなかった。

的を設けたりと色々と試行錯誤してみたが、結局彼女の能力が向上することは無い。

時間だけが虚しくすぎていく。

近場の岩に腰を下ろしてその光景を眺めていたが、欠伸が出てしまうほど何も起きない。これ以上やっても無駄だろう。

 

そう思って顔を上げたが、林檎の前の小石が空に打ち上がっていくのに目が奪われる。

林檎の能力ではなく、人為的な移動。打ち上がった石ころのほう視線を向けると、そこには石をぶら下げた黒いドローンが月明かりを背にして耳障りな音と共に飛んでいた。

 

『邪魔しちゃってごめんねー、でもそんな特訓じゃ何年かかっても力は発動しないって』

 

加工された声がそのドローンから響く。性別もよく分からないその機械じみた声に苛立ちが芽ばえる。

ムカつく言い方の機械にガンを飛ばすが、機械は物怖じせずに話を続けた。

 

「知ったような口をききやがるな、誰だテメェ」

 

『おぉ恐い。私も彼女と同じ関係者ってやつでね?林檎ちゃんとの付き合いはお兄さんよりは長いよん』

 

「ふーん?それで、何の用だ?」

 

『この先にその計画に関わってた研究施設がある。破棄されて、もう誰も使ってないけど』

 

淡々とした機械音が響く。それが話す内容は興味深いが、同時にきな臭い。

探るように空を五月蝿く舞うドローンを睨みつける。

 

『お兄さん短気?そんなに睨まないでよ、私も林檎ちゃんが能力使うとこ見たいだけ、オトモダチだもの』

 

進展がない状況でタイミングよく現れた存在に怪しさを感じるのは当然だ。

林檎の情報経路を弄っている存在なのか、加担してるだけか。

全て推測の域を出ることは無いが、真実に近づけるのならやるべき事はひとつ。

 

「わかった、乗ってやるよ。オトモダチのお誘いだもんなぁ?」

 

罠なら突破すればいい、敵なら潰せばいい。

誰よりも強いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月の明かりも、街灯の明かりもない真っ暗な視界。ドローンに連れてこられたのはもう使われていない製菓工場だった。

暗い廊下を突き進む。人のいない静かな工場は薄気味悪い。

 

子供に夢を売る工場の地下へと靴音を響かせながら足を進める。

皮肉の効いた施設に乾いた笑いが浮かぶが、地下におりた林檎の不安げな表情を前にしてはその笑みも消えてしまう。見覚えがあるのだろう、不安げな表情はここで何が起こったのかを物語る。

真っ白で何も無い部屋、機械しかない広く無機質な部屋は嫌な気配が漂っていた。

 

「見覚えがあるってことはここは──」

 

『だからー、さっきから』

 

部屋の端に取り付けられた無数のモニターと機材に足を運び、触ってみる。電源をつけてみるが、触ると同時に浮かぶドローンから響くハウリングのような音に気が向いてしまう。人間の声が合成されたような声が気持ち悪い。

だが気味が悪い声は突如生身の声へと変わる。

 

「そう言ってんじゃん」

 

ハウリングの晴れた声は扉の向こうから出てきた少女のものだった。

長い黒髪だが、顔に掛る横の髪は黄色に脱色されており、子供の外見には似合わないパンクなファッションと相まってひねくれた不良少女のよう。

 

垣根はこの少女を知っている。

名前は確か黒夜海鳥。

杠林檎と同じ『暗闇の五月計画』の被験者、実験台、モルモット。

 

それを理解した瞬間、大きな音が広い部屋に鳴り響いた。

黒夜海鳥が手元に持っていたボタンを押すと、二人の少女から切り離すように透明なガラス板が天井から落ちてくる。それと同時に床も動き、隔離された少女たちをガラス越しに見下ろす構図になっていた。

 

「舐めてやがんな、こんなガラスで俺を切り離したつもりか」

 

「やめときなよお兄さん。ここは能力者の実験施設だから壁も床も特別製。チンケな攻撃は通じない」

 

壁に取り付けられたスピーカーから黒夜海鳥の冷たい声が流れる。ガラスに触る垣根に忠告じみた言葉を垂れ流すと、勝ち誇ったような笑みで下から見上げた。

腹立たしい顔に思わず手に力が入ってしまう。

 

「さすがに超能力者の前じゃ三秒と持たないだろうけどさ、お兄さんがこっち来る頃にはガラス片で林檎ちゃんはボロ雑巾みたいになってるよ?」

 

スピーカーから流れる音声は癪に触ることしか言わない。苛立ちを露わにして睨みつけても、ヘラヘラとした表情は一向に変わる気配がない。

 

「それにぃ、林檎ちゃんと私、被験者同士の戦闘データが得られるまたとないチャンスってね」

 

「なに?」

 

ガラス越し、黒夜海鳥と杠林檎、二人の少女が対面する。言葉を二、三交わしたあと、黒夜海鳥がまたもや手元のリモコンのボタンを押した。

しかし何かが起きることはなかった。目に見えた変化は特にない。

 

唯一、林檎を除いて。

何かから身を守るように頭を抱え、うずくまると、乱れた呼吸がスピーカーを伝って垣根のいる部屋に響いた。

 

「林檎ちゃんに指向性のスピーカーで不快な音をぶつけてんの。お兄さんさぁ、もう薄々は気づいてるでしょ?林檎ちゃんの能力発動には強い負荷が鍵になってるって」

 

自分には聞こえない音が小さな少女を苦しめる。けれど垣根には何もできない。

部屋のモニターとともに流れる映像の一つで、林檎の能力が分析され、カタカタと音を立てた。

 

垣根の目的は一方通行(アクセラレータ)の演算パターン。このまま傍観していればデータが蓄積され、この間得たデータよりも多くを得ることができることだってできる。

ここにただ立っていれば、全てが終わる。何もしなくていい、究極の怠惰。

 

━━……本当に?それでいいのか?

 

怠惰なあの少女と同じことをしていて、いいのだろうか。

流れに身を任せ、自分が、他人が傷ついてもなんとも思わない、怠惰。

 

苦悩が脳を支配する。しかし垣根の苦悶なんか気にもせず少女たちは戦い始めた。

窒素の槍を何度も何度も黒夜海鳥は林檎に打ち込む。床に、壁に凄まじい音を立てて勢いよく飛び出た窒素がぶつかると、林檎は小さな体を縮こませて逃げ回った。

何回も逃げ回り、必死に細い足を動かす。

 

「あァあ〜、最初はイイ感じだったのに。まァ、失敗作は所詮こンなもンかァ」

 

しかし、出口のない部屋での攻防はすぐに終わりへ向かう。

追い詰められた林檎は怯えた顔で身を守るが、それでも黒夜海鳥は足を止めずに林檎へと近寄っていった。

 

「もォイイや、ちょーっと期待はずれだったねェ。バイバイ、林檎ちゃン」

 

手から放出される窒素の槍を構え、ゆったりとした足取りで近づく。

鬼ごっこの終わりを迎えようと、窒素が流れ出る左手を振りかぶった。

 

「失敗作……?はは、それはオマエもだろォがァッ!」

 

だが、林檎によって跳ね返された不快な音がその手を拒む。

ばちばちと空気が震え、スピーカーからもその凄まじい音が伝わってきた。

 

空気の振動を操作して相手に音をぶつけたのだろう。

音の波形は変えずに方向だけを変える力、さっきまでと能力の出力が桁違いとはいえどう見てもあの夏の夜、空の下で気味の悪い少女越しに見た力と同じだった。

あの日見た光景。吹き飛ぶ頭と、月夜に光るネックレス。

とても嫌な記憶。

 

腹立たしい記憶を胸に押さえ込みながらゆっくりと顔を上げると、いつの間にやら少女たちは別の部屋へ長い廊下を渡っていた。

 

少女たちが飛び込んだのは血と瓦礫で埋め尽くされた部屋。

画面越しでもわかる異様な空気に顔を顰めると同時に、林檎の甲高い痛々しい叫びがスピーカーから漏れ出す。

痛々しい悲鳴。悲惨な部屋に響くそれは酷く心を揺さぶった。

 

「昔ね、ここで林檎ちゃんのオトモダチが死んじゃったのさ」

 

喉痛めるほどの林檎の叫び声に気にも止めず、黒夜海鳥は冷たく鼻で笑う。

血だらけの床と崩れた瓦礫を見下ろすと、馬鹿にするような声を吐き捨てた。

 

「なんて言ったっけ、あの子。いちいち名前なんて覚えてないけどさ」

 

「おい」

 

「まぁ待ちなって、もっと傷口を抉ってやれば『暗闇の五月計画』の成果が見られるかもよ?」

 

「もういい、データは十分に集まった。林檎をこっちに渡せ」

 

思わず、小さい少女を守るような言葉が出てしまう。

 

普段ならこんなこと言わないはずなのに、こんな人間じゃないはずなのに。

ただ、誰かが泣いているのなら、幸せにするべきだと、頭の片隅で嫌いな女が囁くのだ。誰かを幸せへ導くための方法、それこそ正義だと、あの少女は言った。

目の前の悲劇を、学園都市に蔓延る穢れを追い払うための方法。垣根にしかできないこと。

どんなに汚くても、この信念を曲げるつもりは毛頭ない。交渉権を手に入れて、この世界を終わらせたい。

 

けれど、目の前の小さな子供一人幸せにできないのなら、それだって不可能だ。

 

「あっれー?なに、お兄さんもしかしてそんな面で優男なわけ?暗部に身を置いてる第二位が、そんなこというんだ?」

 

思い出すのは二人。

自分を巻き込まないために血まみれになったシスターを自分のエゴで救った少年。

誰かを幸せにする為なら死も痛みも苦も厭わないエゴの塊と呼ぶに相応しい少女。

 

ヒーローとはきっとエゴなのだ。

 

誰かを救いたいという願いから生まれたエネルギーが彼らを突き動かす。

ほんの少し、眩しかった。

 

「子供が消費されて潰されるなんて、学園都市では普通だろ?ありふれた悲劇のひとつに、何ケチつけてんだよ?」

 

「この学園都市での常識……か」

 

その言葉を言い終わるや否や、白い翼が視界を覆った。儚く綺麗な音を立ててキラキラと人工的な光を反射しながら目の前のガラスは砕け散る。

崩れた瓦礫と粉々になったガラスが散らばる実験場に六枚の羽を背負って降り立つと、少女たちのいる部屋へ繋がる廊下を見据えた。

 

「オイオイオイ!なに急にブチ切れてンだよッ!」

 

廊下の奥でそんな声が聞こえると、間を遮断するように何枚もの分厚いシャッターが道を封じる。

浅ましい考えに思わず鼻で笑ってしまう。そんな小細工でこの彼から逃げられると思っているのか。

 

「テメェがこの学園都市の枠組みをどう捉えようが、その中でどう生きようが知ったことじゃない」

 

力を振るうと凄まじい音と風を起こして空を舞う。()()()()()()()()()落ちた瓦礫の上に立つと、小さい少女たちは驚きに満ちた表情で見上げてくる。

垣根によって吹き飛ばされた天井は無残な姿となり、地下であるこの場所に月の光をもたらした。

 

「ただな、超能力者を甘く見るんじゃねぇ」

 

瓦礫から降り、恐怖の色を見せる子供に近づいてその頭に手を乗せる。さらに青ざめていく顔は実に滑稽だった。

 

「俺に常識は通用しねぇんだよ」




十月は投稿頑張るぞい……ぞい……
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