とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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ギリギリセーフ。長いです。
急いで書いたので誤字脱字あったらそっと教えてください。


44話:知らない人

月と星の光だけが部屋を照らす丑三つ時、することも無く手持ち無沙汰な現状に退屈さを感じて一人病室に座っていた。

冥土返しの診察も終わり、あとはベッドの上の少女が目覚めるだけ。何も無い病室で窓の外を眺めながら思考に浸る。

それにしても退屈だ。

 

面会時間もとっくに終了しているというのに垣根がこの場にいられるのはあの嫌いなナースと結んだ縁のおかげというのは分かってる。認めたくはないが有難いし、それ以上を望むのは我侭だろう。

けれど本も、テレビもない、携帯で連絡できる友人もこんな時間だと限られてくる現状、何かしらの暇つぶしを提供してくれてもいいんじゃないかと、文句の一つぐらい出てしまう。

部下を帰したのは間違いだったかとふと思うが、アイツらがいても退屈は変わらなさそうだ。

 

林檎が起きるのを待つしかないかとため息が出る。最近一人になる機会が少なかった為、誰かの声がしないのは少し物足りない。

 

普通なら保護下にある少女が倒れて病院で入院していると言われたら顔は青ざめ、退屈なんて感じないほどハラハラするだろう。

けれど垣根は違う。

垣根はわかっていた。彼女がしばらくすれば起きることを。

だって彼女を蝕むいけ好かないプログラムを取払ったのは垣根で、その後はあの冥土返しが引き継いで、不本意ながらあの天使様の手伝いもあったのだ。

杠林檎は生きる、そう確信していた。

 

「か、きね……?」

 

「起きたか、寝坊助」

 

だからこそ、ベッドから小さく漏れた声にも驚かなかった。

もぞもぞと白いベッドから緑の病衣を着た黒髪の幼い少女が体を起こす。表情筋をあまり使わない少女だと言うのに、今日ばかりは驚きで目を見開いて口を薄く開いていた。

 

「私、生きてる……」

 

「俺に救いを求めたのが運の尽きだな、死ねなくて残念か?」

 

夜風を入れようと窓を開けるとそよそよと二人の髪が揺れる。

驚きと喜びで毛布を握りしめる林檎に、あの嫌いな女と同じように目を細めて問いかける。

 

「……ううん、とっても、嬉しい」

 

小さな声で呟いた声は夜の風に溶けていく。破顔を見せると、林檎は小さな水滴を一粒目尻から零した。

その返答に柔らかく口角を上げてしまうほど、自分はこの少女を気にかけていたみたいだった。

 

「そうか。ま、取り敢えず第二の命の恩人を呼ぶとするかな」

 

ベッドに腰かけて林檎の短い黒髪をわしゃわしゃと撫でると、傍に繋がれたコードを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくするとスライド式のドアが静かに開き、病室の照明が入ってきた白衣の男によって付けられる。

カエルのような顔が白衣と肩書きの威厳を弱める凄腕の医者が入ってくると、林檎はびくりと肩を震わせた。

 

「起きたんだね?」

 

「見ればわかるだろ?…ってかあのバカはどこいるんだよ」

 

カエル顔の医者、冥土帰しの質問に質問で返すが、同時に別の疑問が湧く。後から向かうと別れたあのいけ好かない女が上司である医者の隣にいないのが妙に気になった。

しかし、そんなことよりも林檎にとっては医者の顔の方が気になる様で、首を傾げて医者を指差し垣根に困惑した表情を見せてくる。

そんな無礼な態度にも関わらず、医者が優しく微笑むと林檎はさらに困惑した表情を浮かべた。境遇を考えると医者にかかったことも病院に入院したこともないのだろう、初めての環境に戸惑っているのも無理はない。

 

「……カエル?」

 

「このカエル顔の医者は冥土返しって呼ばれてる医者だ。お前を助けた後に駆け込んだんだよ」

 

()()の主治医だ、よろしく頼むよ。で、君の質問だが、本人が答えてくれるんじゃないかな?」

 

林檎に優しく答えると、医者は垣根の質問に意味不明な答えを返しパッと窓に視線を移す。意図がわからず同じ方向に目を向けると、夜風を招き入れる開いた窓に金と牡丹色がちらついた。

 

「げ、先生ネタバラシしないでくださいよ」

 

「何してんだよ馬鹿」

 

「垣根くん驚かそうかと……」

 

「馬鹿だろお前」

 

人の姿を保つ05の首に緑の爪でしがみ付いている少女、天羽彗糸が窓の縁から病室に降り立つ。任務が終わったと言わんばかりにカブトムシの姿に戻った05を手に乗せてしょげた表情を見せる彼女に少しの苛立ちが芽生える。

何をしてるんだとか、今まで何をしていただとか、なんで気配に気づけなかっただとか、色々と言いたいことはあったが、ぐっと堪えて頭を抱えながら大きく溜息をつく。

今日はなんだかんだと疲れたのだ、この女と話すことすら面倒だった。

 

「研究所の……天使」

 

「うーん、否定したいけど、まぁ、初対面のお嬢さんには少々インパクトのありすぎる姿だったよね」

 

だが垣根の思いとは反して林檎は天羽に興味があるようだった。彼と同じように羽が生えた人間に興味が移るのは当たり前なのかもしれない。

彼女の声に天羽は林檎の傍で目線を合わせるようにベットに腰掛けると彼女は朗らかな笑顔を見せる。

愛嬌のある笑顔。コミュニケーションのためだけに作られたような笑顔はどうしても気持ち悪く感じた。よく知る相手の外向けの面なんて気持ち悪いか面白いかのどちらかだ。

 

「初めまして、天羽彗糸って言います。よろしくね、杠林檎ちゃん。垣根くんから話は伺ってるよ」

 

「……ぶりっ子」

 

「外野は黙ってな」

 

その感情を林檎を挟むように座る天羽にぼそっと呟くと、彼女はすぐさま反応して低い声で応戦した。緑にも赤にも見える不思議な瞳と目を合わせ、お互い睨み合う。

最早じゃれ合いに近い行為に互いバチバチと火花を散らした。

 

「……天羽、垣根と仲良いの?」

 

「普通の人より互いを知ってるだけだよ、気にしなくていいからね」

 

きょとんとする林檎に天羽は困ったようにヘラヘラと笑う。軽く林檎にハグをして頭を撫でると、彼女はきっぱりと林檎の質問に答えた。

しかし子供にはよく理解できない関係性に林檎は更に首を傾げる。その表情に天羽は一瞬狼狽えると、今度は強引に手に乗ったカブトムシ05に話題を変えた。

狼狽えた理由はいくら考えても分からなかった。

 

「で、こっちはカブトムシ05……喋るペット的な何か?」

 

「まぁ、あなたの盲導犬的立ち位置ではあるので、間違ってはいませんね」

 

「カブトムシだ……!」

 

結果として天羽の思惑通り意識を別の方向に移すことに成功したようで、林檎は少しだけ口角を上げて手のひらに乗ったカブトムシ05をじっと観察し始める。

初めて見るのか、05を見て林檎は目を輝かせて、食い入るように魅入った。

 

「さて、診察の結果だが……プログラムの解除、内蔵機能の回復、共に完了。君たちの処置が迅速で正確だったからこそだね?天羽くんが入れ知恵でもしたのかい?」

 

子供の意識が別のものに逸れたところで、こほんと冥土帰しが咳払いをした。話を聞けと言わんばかりの眼力に天羽とお互いに黙り込むと、彼はやれやれと呆れながら話し始める。

子供ウケしそうなカエル顔をほころばせて冥土帰しは淡々と報告するが、そのどれもが自分の思った通りで特に大きく反応はしなかった。

やはり思った通りと言うべきか、心配するようなことは何一つない。

 

「垣根くんが頑張ったからですよ、私は何も」

 

「今更清楚ぶって謙虚になるなよ、気持ち悪い」

 

まるで成長を見守る母か姉のように優雅に憫笑を携える女に思わず舌打ちを打つ。自分だって精神すり減らしていると言うのに、何故笑えるのか、意味がわからなかった。

林檎と同期して、脳みそいじくられているはずなのに、よく分かんねぇ翼が生えて、頭には四角い天使の輪が浮いて、どう見ても人じゃなかったのに、なぜ笑える。なぜ他人事のように振る舞える。

 

「で、今後のことなんだが……」

 

「何か問題でもできたか?」

 

「いや、9月14日に退院だね?」

 

「早っ!?逆に問題じゃねぇの!?」

 

苛立ちを更に増幅させるように神妙な顔をした冥土帰しだったが、拍子抜けするような朗報に思わず苛立ちが吹き飛んだ。

一週間どころの騒ぎじゃな早さの退院に驚き言葉を失う。どう見ても栄養失調で、脳を弄ったとか関係なく入院が必要そうな子供だ。

なぜそんなにも早く済むのかひどく困惑したが、どうやら元凶はわかっていたようで髪を弄りながら苦笑いを見せた。

 

「あー、やっぱり?良かれと思って自律神経とかホルモンバランスとか治して、タンパク質作ったりしたけど、やめといた方がよかったかな」

 

「いや、治してもらう分には困らねぇけど、流石に早すぎるだろ。もう少し様子見た方がいいんじゃねぇのかよ!」

 

「色々あるんだ。天羽くんならわかるだろう?」

 

「あー、まぁ、わかりますよ、流石に」

 

確かに治してもらうのは有り難いし、ラッキーだがどう考えても可笑しい。医者とその部下の含みある会話に舌打ちをし、その意味を教えろと未だベッドに座る彼女と目線を合わせて、ベッドに腰掛ける。

その意図に気づくと、彼女は直ぐに眉を八の字にして耳を貸せと手招きをした。

仕方なく彼女にしたがって身を乗り出すと小さな声で話し始める。確かにその内容は林檎に聞かせなくないものだった。

 

「別の問題児がいるからさ、なるべく長い期間ここに置いてたくないんだよ。わかるでしょ」

 

「問題児、か……」

 

問題児、その言葉についこの間の8月31日のことが頭を過ぎる。

白くて小さくて、この学園都市最強の座に座る赤い目の悪魔が撃たれたあの日のことを。

今でも入院していることは知っていたが、確かに彼に関連する研究の被害者である林檎がいるのが知られれば病院に迷惑がかかるかもしれない。天羽はともかく、冥土帰しにはこんな時間に急患、しかも厄介なプログラムで死にかけた林檎を診てもらったという恩がある以上、迷惑はかけたくない。

 

「そうかもしれねぇけどよ、退院してもこいつひとりで住まわせる訳にも行かねぇだろ。病院の方が安全だし、入院が長引いた方が正直助かるんだが」

 

「なら垣根くんの家で一緒に住めばいいじゃん。女の子と同棲だよ?二人っきりだよ?ラブコメしようよ、ラブコメ」

 

それでも納得いかないものは納得出来ない。ヒソヒソと林檎の頭上で内緒話を続けるが、呆れるような言葉が返ってくるだけだった。

ニヤニヤと口元に弧を描いて笑う天羽が無性に腹立たしい。

 

「……テメェ俺がこのガキに手を出すとでも思ってんのか?」

 

「えっ、しないの?!」

 

「しねーよ殺すぞ」

 

コソコソと小声でしょうもない下世話な話を繰り広げる女に苛立ちが募る。眉間に皺を寄せて低い声で怒りを顕にするが、彼女は分かっていないみたいでさらに話を続けた。

キラキラと恋バナに興じる乙女のように下世話なことを嬉々として声にする女の言葉に猛烈な吐き気を感じてしまう。

確かに、躊躇なく恋愛話をぶっ込んでくるのは姉らしいといえば姉らしくもある。が、そんなものをこの女に求めてはいないのでただただ腹ただしさしか浮かばない。

 

「えー、林檎ちゃんじゃないなら、本命はあのドレスの女の子?名前は?」

 

心理定規(メジャーハート)な。あといい加減黙らないと窓から突き落とすぞ」

 

止まらない口に嫌気が差し、物理的に黙らせてやろうかと拳を握るも、直ぐに力が抜けた。

一度痛い目みさせないとこいつは分かりっこないと思って拳を握ったが、そもそもこいつは痛みを感じない。殴っても分かりはしない。

やり場のない怒りに柳眉を逆立てて肩を震わす。どうすればこいつの頭を治せるんだ。

 

「なんの話してるの?」

 

「え?垣根くんの未来のお嫁さ」

 

「お前の退院後の住居についてだ」

 

嫌いな女の今後に頭を悩ませていると、聞いて欲しくない会話に林檎が首を傾げて入ってくる。

誤解を与えそうな台詞を答えようとした天羽の口を右手で瞬時に抑え話題を適当に変えると、垣根の返答に納得したのか林檎は寝起きのようなはっきりしない表情で頷く。

イマイチ話の内容を掴んでいないようで正直ほっとする自分がいる。なんせ実際の内容がバレていたら自分の立場が危ういのだ。

 

軽蔑の眼差しを向けながら問題となったセクハラをしてきた女の口から手を離すと、彼女は目に見えてガッカリする。女の恋話の餌食になるのは懲り懲りだ。

そんな垣根たちを見て再び咳払いをすると、冥土帰しはため息を着いた。またかと呟くあたり、彼も天羽に振り回されている犠牲者の一人なのだろう。

 

「……君の立場的に預かりにくいのもわかってる。かといって一人にする訳にもいかない。回復したと言ってもこれから先の食生活や生活習慣がダメならプログラム関係無く病気になる」

 

「まぁガリガリだもんな、栄養失調にでもなって倒れてられても本末転倒だ」

 

林檎は恐らく、というか十中八九チャイルドエラー、そして今まで研究所で管理されていた。IDはあるかもしれないが、住む家は恐らく無い。

垣根が引き取りたいのは山々だが、暗部に属している以上、第二位の保護下にあるとなると襲われる可能性が跳ね上がる。

だからといって上層部の誰が自壊プログラムを仕込んだか分からない以上、野放しにするわけにもいかない。

 

今必要なのは暗部に在籍しておらず、けれど自衛できる程の力があり、世話好きで、初対面の人ととも難なく話せて、人並みレベルの健康的な衣食住を提供出来る人。

そして、冥土帰しと垣根はそんな人物に心当たりがあった。ぱっと同時にその人に目線を向ける。

 

「そういうわけだから、天羽くん、君が引き取りなさい」

 

「……っえ?」

 

二人で目を向けた先にいたのは困惑した表情で佇む一人の看護師兼高校生。

ぱちぱちと目を瞬かせて彼女は硬直するが、医者と垣根の話は彼女をおいて進んでいった。

 

「この子、大学で栄養学の授業取ったし、病院の栄養士と交流してるからそういう知識はあるんだね?それに君の監視もあるし、一番安全で、人から詮索されにくい環境下にある」

 

「愛想だけはいいし、親戚の子を引き取ってるって言えば違和感はあっても納得するしな、女だし」

 

「えっ?えっ?なんであたしが……初対面ですよ?」

 

「看護師がいる方がなにかと安心だろう?それに、こういう時のために君に広い家に住まわせているんだから、有効活用してもらわないとね」

 

おどおどと突然決まった事実に狼狽えて天羽は拒否するが、恩がありすぎる冥土帰しに強く出ることは出来ないようで、徐々に元気を無くしていく。

しゅんと言葉に出せないことに落ち込みながらオロオロと目と体を右往左往していた。

 

「……天羽と住むの?」

 

「女同士だし、それがベストだろ。それに俺の家は安全とは言い難いし」

 

「ゆ、杠ちゃんは垣根くんの方がいいよね?ね?」

 

「天羽でいいよ、垣根がそういうから」

 

「主体性無じゃん……」

 

対して林檎は特にリアクションもせず、流れに身を預けるスタンスを貫く。

不安そうではあるが同時に少し嬉しそうな表情をみせるあたり、研究所以外で寝泊まりすることに子供らしくワクワクしているのかもしれない。

けれど天羽はまだ諦めてないらしく、大人気なく林檎に縋るように問いかける。しかし目線を合わせて林檎に詰め寄っても、欲しい回答は得られなかった。

 

「取り敢えず退院の手続きするから、垣根くんは私と一緒にナースステーション、天羽くんは杠くんのバイタル確認しときなさい」

 

「え、まってあたし了承してない」

 

「じゃ、また後で」

 

子供に縋る哀れな看護師に見送られながら病室の扉を開ける。

くるりと背中を向けて勝ち誇るように後ろに向けて手を振ると、地団駄を踏む大人びた子供の罵詈雑言が閉じるドアに向かって叫ばれる。

久々に勝てたような感覚に心は踊り、晴れ渡った。

 

 

 

━━俺に勝てると思うなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして九月十四日、退院の日。

引越しや入居の手続き、ご飯を食べたり、生活雑貨を買ったりと慌ただしくして昼を過して居たらいつの間にか空は暗くなり、子供は寝る時間となっていた。

 

「ねぇ、マジであたしの部屋?今からでも遅くないから垣根くんの部屋にしよ?ね?」

 

「いい加減うるせぇぞ、何がそんなに嫌なんだよ」

 

藍と紫が混じった空を建物から発する痛々しい光が照らす夜、明るいマンションに入り、ロビーの機械にカードキーを認識させて自動ドアを潜る。

未だグチグチと文句を垂れる女を無視して林檎の手を引きエレベーターに乗り込むと、慌てながら彼女も乗り込んだ。

今日買った林檎の服やら日用雑貨の入った袋に、分厚い学校鞄を手に持ってエレベーターに滑り込むとセーラー服姿の天羽が金髪の髪をかき揚げて苦虫を噛み潰したような顔で垣根を見上げる。

 

「いや、ほら、女には色々あるじゃん?」

 

「なんもねぇよ。男も連れ込んでねぇし、呼ぶ友達もいない。乱痴気騒ぎをするようなタイプでもない。な?問題ナシだ」

 

「それに貴女が学校に行っている間は()()が面倒見れますので、貴女に負担はありません」

 

「ほ、ほら、部屋汚いし……」

 

「私と一緒に掃除したではありませんか」

 

「う、」

 

嫌だ嫌だと天羽は拒絶するが、エレベーターは否応なしに上昇する。9階まで数分もかからずに到着すると、駄々をこねる彼女をほっぽいて真っ直ぐ929号室へ足を進めた。

彼女の思考回路が分からない自分に苛立ちながら早歩きで天羽を置いていく。

苛立ちが募る。弱気で、拒絶する彼女はいつもの思考回路とは異なっていて、何故そんなに嫌がるのかわからなかった。

 

「俺はたまにお前が分かんなくなる。世話好きなお前が拒否する理由はなんだよ?」

 

「だって、あたしがしゃしゃり出る問題じゃないじゃん?杠ちゃんは垣根くんの方がいいわけで、あたしはその輪に入っちゃいけないって言うか……」

 

垣根たちに追いつくように小走りをしていた天羽だが、徐々に声が弱くなると足を止めてその場に立ち尽くした。

なにかに恐怖するように、彼女は片手で頭を支えると弱々しく息を吐く。

それに気づいた林檎は垣根の手を離して彼女の下に駆け寄ると、顔を覗き込んで相変わらずの無表情で話しかけた。

 

「天羽は私がいると邪魔?」

 

「……そうじゃなくてさ、あたしの方が邪魔じゃない?可愛らしいお姫様と王子様の仲を引き裂くのは嫌というか、杠ちゃんと垣根くんが仲良くしているのを遠くから眺めてたいって言うか……」

 

「クソみてぇな考えしてねぇで腹くくれ」

 

「あ、ちょっと!」

 

うじうじ、うだうだ、ウザったい女を無視してそのまま929号室に到着すると、持っていたカードキーで部屋を開ける。

学生向けじゃない物件なだけはあって、開いたドアの先はワンルームでは無く、無駄に広かった。

 

「ここ、住むの?」

 

「……独身貴族だったのに」

 

「テメェ結婚適齢期じゃねぇだろ15歳」

 

2LDKの室内に靴を脱いで上がると、林檎は目に見えてテンションを上げる。キョロキョロと辺りを見渡し、玄関から続く廊下の壁にあるドアノブに手をかけた。

ガチャリと音を立てて扉が開くと、そこには目に痛いほどの桃色と黄色、緑色が目に飛び込んでくる。

肺を満たすほどの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「お花がいっぱい」

 

「そこはあたしの部屋。今日はとりあえずここで寝てね、ベッドなんてここしかないし」

 

真っ白な家具を覆うのは色とりどりの花。ピンク色のチューリップ、黄色い向日葵、赤い彼岸花、白いマーガレット。季節感の統一されていない花々は憎たらしく咲き誇っていた。

初めて入る部屋の中にはいたるところに本が積み上げられており、たくさんの植物も相まって植物園や図書館に見える。ジャンルがバラバラな本に、研究資料と思しき紙束。角部屋だからか、窓もあり、月の明かりだけでも色を視認できるほど明るかった。

そして彼女が気に入っているキャラクターのぬいぐるみ。

部屋の雰囲気を直感で感じ取る、ここに隠すべき大切なものは置いていないと。

そして同時に気味の悪さを感じる。しかし気味の悪さに気づく前に、部屋に飛び出した林檎に気を取られてしまいその薄気味悪さに答えを出すことはなかった。

 

「あんまりキョロキョロしないの、これから当たり前になるんだからそんなに驚かないで?」

 

うるさく動く林檎の腰を捕まえて、そのまま体を抱き抱えると天羽はスタスタと部屋のベッドに彼女を下ろして笑顔を見せる。

皺一つないベッドに座った林檎を置いて荷物を下ろすと、学校指定のものではない大きなスクールバックを手を取って彼女はまっすぐ垣根が立つ部屋の扉に向かった。

 

「垣根くん、ちゃんと杠ちゃんのこと見ててね?あたしこれから仕事だから」

 

「仕事?」

 

「そう、大事な仕事。1時間くらい空けるから、静かにしててよね。このマンション、大人ばっかり住んでてすーぐ苦情くるんだから」

 

スマートフォンを手に玄関へ歩いていく彼女は再び革靴を履き始める。05もそれに続いてカブトムシ姿のまま彼女のバックに留まると、天羽はそれを見て薄く笑う。

 

「垣根くんも早く帰りなよー?寮生でしょ?」

 

「うっせぇな、とっとと失せろバーカ」

 

「なるほど、反抗期の息子を持つ母ってこんな気持ちなのか」

 

「誰が息子だクソ女」

 

からかうように剽軽な態度でくすくすと笑う女にムキになって叫ぶが、もうそこに彼女はいない。

パタンと音を立てて閉じた玄関を睨みながら舌打ちをするが、このやり場のない怒りが彼女に届くことは無かった。

 

「くそ、言い逃げかよ」

 

「……行っちゃった。仕事って看護師のかな?」

 

「ちげぇよ、あいつのシフトはもうない。大方、どこぞの()()()()()()()の片付けに行ったんだろ」

 

「なにそれ?」

 

あぁ、イライラする。

 

ベッドに座る林檎の隣にどかっと腰を下ろしてポケットから携帯を取り出すと、ベッドに身を沈ませた。

違和感を感じながらも、この部屋を物色することはない。女の部屋を許可なく引っ掻き回すのは趣味じゃないし、できた空き時間にやるべきことがあるのだ。

それに、大切なものは分厚いスクールバッグにでも入っているのだろう。持ち出した辺り、その説が濃厚だ。

 

部屋の違和感を解消するためにも、まずは彼女について情報収集するのが先決だ。

手に持った携帯でひとまずニュースサイトにアクセスすると、出てくるのは他国の宇宙開発について。何カ国もスペースシャトルを宇宙に飛ばしたと報告する記事が並ぶニュースサイトにため息を着いて、天井を仰ぐ。

 

「残骸なんて俺には関係ねーな」

 

暴走したどこかのシスターによって打ち砕かれた世界一の演算機は宇宙に未だ漂っており、それを狙ってどこの国も宇宙船を飛ばす。

きっとあのお人好しは助けたクローンにでも頼まれて壊しに行ったのだろう。

 

「問題は、こっちだな」

 

自分の携帯を開いて、いつかの8月に盗んだデータを呼び起こす。

 

垣根の手から離れて一人で最強に突っ込んで行ったあの日。垣根ではなくテレスティーナにハッキングを頼んだあの日。

自分のスマホにデータ送らせたのが運の尽きだ。哀れな女は隠し通そうとする秘密を暴かれる。

 

「垣根、なにしてるの?」

 

「調べ物」

 

【『妹達(シスターズ)』を運用した『絶対能力者(レベル6)』への進化法】と題されたデータを開く。

 

絶対能力者(レベル6)へとたどり着くものは1名だけだとか、『超電磁砲(レールガン)』を一二八回殺害するだとか、『不死者(アンデッド)』とかいう知らない能力者に協力を要請するはずだったとか、クローンを二万殺すだとか、そんな物騒な内容の項目は無視し、ただひたすらスクロールをして目的の項目へ読み進める。

 

忙しくて真相を追求できていなかったが、今ならちょうどいい。

ボタンを押す手を止め、画面に映る文字の羅列を一つづつ確認していく。一方通行の実験に携わっていた研究所を照らし合わせ、あの暑い朝に言われた名前を見つけると口笛を吹いて喜んでしまう。

 

「みっーけ」

 

上条に連れられ、初めてこの家に来た時のこと。

いつもとは違う、踝に届く長い金髪と火薬の匂いを纏っていた少女が帰り際に伝えた名前。

あの日の言葉が鮮明に蘇る。

 

─水穂機構が業務撤回したね

 

随分と日は空いたが、今日、あの日の続きをしようじゃないか。

 

─聡明な垣根くんならこれくらいヒントをあげれば分かるでしょ?

 

挑発しておいて、勝ち逃げだなんて許しはしない。

 

「たしか、あの日に業務撤回したのは二つだったな」

 

「何の話?」

 

「なんでもねーよ」

 

あの日業務撤回したのは水穂機構とSプロセッサ社脳神経応用分析所のふたつ。

そしてその両方とも一方通行の研究に関与していた。

 

未だ解体されていない研究所に未元物質(ダークマター)の偵察隊を向かわせる。200体のうちの何匹にその二つの施設の廃墟に偵察をするよう命令を下した。

至る所に潜む白い虫達はマスターからの命令が下されると各々空を舞って目的地へと向かう。

 

 

三十分、いや、四十分は掛かっただろうか、いち早く水穂機構に着いたグループから未元物質(ダークマター)による連絡が入る。

それらと視覚を共有し、家にいながら研究所の中を見渡すとおかしな点が目に入った。

 

「あ?」

 

「どうしたの?」

 

「なんでもねーよ、心配してねーで遊んでろ」

 

無意識に零した声に隣に座る林檎が反応する。

なんでもないと言って彼女の頭を撫でてみると、彼女は少し落ち込んだような目をしてトテトテと本が積み上がる部屋の隅へ行ってしまった。

 

哀愁漂う背中に罪悪感を感じるが、かといって彼女に付きっきりになる訳にもいかない。

再び視覚を下位個体と共有すると、その有様に少し驚く。鉄の床が外れ、所々に焼け焦げた跡がある研究所はどう見ても異様な雰囲気に包まれていた。

 

「あいつにこんな芸当は……」

 

床に広がる小さな爆発で焼け焦げた跡に、一直線に焼き切れたような跡。拳銃なんかでは作れない跡に思わず顔を顰める。

あの短気な四位を拳銃だけでいなせるとは思えないし、彼女の能力では勝てない。

 

結論、彼女はここにはいなかった。

 

「わざと違う方を言ったのか?なんのために?」

 

誤魔化すということは何らかの秘密があるはず。そう思って直ぐに別の部隊と感覚を共有しようとするが、部屋にいるもう一人の声で思わず中断してしまう。

 

「変な本ばっかり」

 

「あいつ趣味がおかしいからな」

 

神学関連の本、語学の教科書や、医学書しかない部屋はさすがに林檎にはつまらないようで、綺麗に積み上げられた本を崩しては積み直す作業を延々と続けていた。

床に散らばる本にはよく知らないSF小説や、大人向けのライトノベル、教育学の専門書なんかも落ちており、ジャンルの幅広さからどれが持ち主の好みのジャンルなのかいまいちピンと来ない。

ただ彼女の勤勉さが伺えるだけ。

 

「……つまんない」

 

「ちょっと待ってろ。これ終わったら遊んでやる」

 

部屋の隅で丸くなる林檎に声をかけたあと、直ぐに別の研究所へ向かわせた部隊と視覚を共有する。

Sプロセッサ社脳神経応用分析所と書かれたその建物に簡単に侵入すると建物の管理室に移動させる。壁の中も移動できる未元物質(ダークマター)なら、管理室を見つけるのに一分とかからなかった。

 

「……電気系統は死んでねぇな、これならいけるか?」

 

管理室のほとんどの壁を独占するスクリーンに未元物質(ダークマター)を接続させ、電気を通すと、一気に光が着く。ランクの低いデータも消えておらず、撤退して行った研究員たちのずさんさがよく分かる。

そのデータの中から残る監視カメラの映像を自分の携帯に送信させ、偵察隊の任務を終わらせると、彼らは各々の巡回ルートへ戻っていった。

 

「うっし、きたきた……っと」

 

送信したデータを見るため視界の共有を切断して、携帯のメールを確認する。

あの女があの日なにかしているのが分かればあの女の上に立てる。そう思ってファイルを確認するが、写っていたのは知らない人だった。

 

「……誰だこいつ」

 

踝まで届く烏のように黒い長髪は顔の左半分を隠し、その隙間から黒い目が覗く。着ている服は何故か藍色のカンフー服で、白いズボンに覆われた足が服の裾から伸びていた。

身長は恐らく垣根より十センチ程度低く、男にしては華奢だ。

男なのか女なのかパッと見では少しわかりにくい中性的な人物が、白衣を着た若い研究員と並んで歩いている姿が画面に映っていた。

 

「なにが?」

 

「見るか?」

 

「うん」

 

意図せず呟いた言葉に林檎が首を傾げると、ベッドの隣に手招いて携帯を二人で一緒に並んで確認する。

構われて嬉しいのか、林檎は少しだけ笑っていた。

 

「こっちは……見たことあるな、先輩か。話したこともねぇけど」

 

「髪の毛長い」

 

白衣の研究員が長点上機でのひとつ上の先輩だと気づくが、林檎はそれよりも髪の長い方に目がいった。

髪の長い金髪なら知っている。あの日の天羽は毛先のピンクも取り払って、セミロングより少し長い髪の毛を踝まで伸ばしていた。

 

「ほんとだな、あの日のあいつもこんぐらいだった……あ」

 

そしてそこでようやく気付く。

これがあの日の彼女だということに。

 

「……これ、天羽か」

 

「天羽?すごい、私全然分からなかった」

 

長い黒髪と黒目なんて体を操る彼女ならなんとかできるだろう。デカイ胸だって潰してオーバーサイズの服を着れば案外隠せるもの。

顔が半分も隠れているからパッと見わからなかったが、たしかにどこの国の人かいまいち分からないミステリアスな顔立ちをしている。

彼女の真実、それが目の前の小さな画面に映っていた。

 

そして同時に気づく、この部屋の違和感に。

 

画面に映る藍色。それこそが違和感の正体だった。

藍色、空色、水色。青、蒼、碧。

この部屋も、そして天羽自身も、藍を身につけないのだ。色とりどりの花はあれど、青だけがなかった。

その事実に気がつくと、思わず笑いが溢れてしまう。

 

彼女はこれを隠すためだけに青を着ないのだ。

 

「なるほどな、これが隠していたい真実か」

 

色と見た目だけでこれほどまで変わるとは。

いつもとは違う清楚でミステリアスな印象が漂う画面越しの人物に思わず感心してしまう。

その変貌っぷりを褒めてやりたいほど。

 

今度、青い花でもプレゼントしてやろうか。

どんな顔をするだろう。バレたと思って顔を強張らせるか?それとも意図に気づかず笑うだけか。

 

早く伝えたい、お前の一番知られたくないことを知ったことを。

 

「つまり?」

 

「変装して悪いことしてんだよ」

 

「天羽、悪い子なの?」

 

「あぁ、とっても悪い子だな」

 

長点上機の先輩、布束砥信と行動を共にするのは分からない。

けれど推測のようなものは出来た。

 

きっと、私怨なのだろう。

 

Sプロセッサ社脳神経応用分析所は筋ジストロフィーを主に研究していた場所。

そして彼女の話によく出てくる妹の動かない足。

筋肉が衰えていき、若くても動けなくなって死んでしまう不治の病。そして若くして死んだ、足の動かない妹。

その二つはきっと繋がっていたのだろう。

 

アイツが御坂美琴のために動いていたことも垣根は知っている、分かっている。救うことを生きがいにしている女が御坂美琴を助けることはわかっていた。

けれど、姿を隠してまで御坂美琴と別れて行動したのはきっとそういうことなんだろう。

一方通行の一件を知って、手伝いついでに復讐をしに行った。それが垣根の見解だった。

 

「黒目の方が似合ってるって言ったらどんな反応するか、楽しみだな」

 

「でも今の目の色の方がキラキラしてるよ?」

 

「眩しいだけだろ、あんな気味悪い色素異常の目なんて」

 

それが分かったら途端に肩の力が抜ける。やっと一つ、彼女の秘密を知り得たのだから。

深く息を吐くと、林檎の頭に手を置いた。きっと今の垣根は晴れやかな表情をしているのだろう。

 

「で?遊んで欲しいのはどこのどいつだって?」

 

でなければ、こんな言葉が口から出るはずもないのだから。

 




詰めが甘すぎる
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