とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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45話:血の滲む

藍色の空を照らすビルの隙間、血が流れ出す脇腹を抑えてゆっくりと歩く。

ガラガラと銀色のスーツケースを引っ張りながら、フラフラとする足を無理やり動かすと電気が走るような痛みが体に広がった。

 

「っくそ、痛いわね」

 

赤髪をふたつに括り、サラシとスカートだけで守る体に名門校のブレザーを掛けただけの自分の体をビルの壁に預けると、脇腹に開けられた赤い穴から手を退かす。

 

七月に破壊されたスーパーコンピュータのデブリである残骸(レムナント)

能力の出処、それを知るためその科学の脳を奪った。

 

またクローンによる実験が行われるのではないかと危惧した第三位、それを助けたい心優しい後輩など、面倒な輩を呼び込んだ代物だが、それを抜きにしてもこのスーツケースの中身には価値があった。

 

「はぁっ、はぁ、どんだけ、血が流れてんのかしら」

 

格上の能力者と、自分の下位互換のと戦い、ボロボロになりながらも辛勝した。後は銀のスーツケースに守られた残骸(レムナント)を届けるだけ。

 

だと言うのに体は言うことを聞かなかった。

軽傷だったはずなのに、血は止まることなく渓流から流れる水のように溢れ出す。

 

「っは、あ、れ、から、だが……?」

 

体調がすこぶる悪い。壁にもたれながら一歩づつ前に進むが、一向に進まないのだ。刺された箇所が悪かったかのだろうか、どくどくと心臓は脈打ち、肺は酸素を求める。

ぐらぐらと揺れる視界に吐き気を催すと、地面に落ちた血液によって足を滑らせ転倒してしまう。

なんとか立ち上がろうと努力をするが、手先は震え、体は冷えていき、動く気力はなかった。

 

「っやば、しぬなんて、きいてない」

 

くるしい。

ただその一言が頭に浮かぶ。

 

あのツインテールの風紀委員(ジャッジメント)が使う短い鉄の棒に空けられた穴がここまで自分の体を蝕むとは思えない。

何かがおかしい。

それを分かってはいても、結論は出なかった。

 

どうにかしてこの苦しみから逃れなくてはいけない。そう思って身じろぐが、何も成果は得られなかった。

 

私の吐息が裏路地に木霊する。恐ろしいほどの寒気と心臓の鼓動が体をきつく縛り付ける。

 

 

誰か助けて。

 

 

「わっ、大丈夫ですか!?」

 

裏路地の入り口、人工的な光を背にした誰かが声を上げた。

霞む視界から見えるのは赤いジャージ、確か藍鈴女子高校のものを着た背の高い女子生徒が駆け寄ってくる姿。

 

ぶわっと風で巻き上がる高い位置で一つに結ばれたセミロングの金髪は緩くウェーブがかかっており、毛先は牡丹色に染まっていた。

緑と赤茶色のヘーゼルの瞳で私を捉えると、その学生はスマートフォンを取り出して泣き出しそうになりながら床に倒れる私に駆け寄った。

 

取り出した薄緑のスマホには何故か白いカブトムシのストラップだけが寂しく着いていた。

胸も大きく、女性的雰囲気を纏う学生だが、随分と少年的な趣味でも持っているのだろうか。

 

「な、に……」

 

「大丈夫?!すごい怪我!」

 

取り出したスマホでどこかに電話をかけると、彼女は慌てたように電話相手に場所を伝え始める。

怪我人、病院、などの単語を呟いている当たり、救急車でも呼んでいるのだろう。

彼女の迅速な行動に安堵するが、同時に疑問も浮かぶ。

 

「あんた、なに、もの……?」

 

こんな夜中に、こんな路地に、なぜ人がいる?

何故タイミングよく現れた?

 

どう考えてもおかしかった。

残骸を狙う別の刺客か?それとも任務を遂行できない私を口封じでもしに?

恐ろしい考えが頭を駆け巡る。この学生が敵である可能性は充分有り得るのだ。

 

動かない体に流れ出す血。寒気が襲い、まともに演算ができない今、この学生に襲われたら死は確実だ。

 

「そんなことより、手当を!」

 

「だれだっ、て、聞いてんのよッ!なんで、ここに、いる、の!」

 

チャックを下ろして赤いジャージを脱ぐと、彼女は横たわる私の患部にそれを当てようと手を伸ばす。真っ白いスポーツブラと肌を露出しているにも関わらず、彼女は恥ずかしがりもしなかった。

赤いジャージをさらに赤くしようと患部に押し当てるが、その手を全身全霊で叩き落とす。

だっておかしいじゃないか。こんなタイミングよく助けにはいるだなんて。

 

「え、えっと、あたしは天羽彗糸。ランニングしてたらアンタを見つけて……」

 

「は、ラン、ニング?」

 

真っ青な顔で体を震わせてへたり込む学生は天羽彗糸と名乗った。

ランニングをしていたと証言する彼女の足や腹部、胸の谷間は薄らと汗が流れており、街灯の光を反射していた。

 

顔を伝う冷や汗とは違う汗、そして太ももに巻き付けられたスポーツ用のペットボトル、高い位置のポニーテール、汚れた白と黄色のハイカットスニーカー、たしかにランニング中の女子といった風貌だ。

 

「ごめん、なさい、怒鳴って、しま、って」

 

「い、いえ!あたし怪しいし、謝らないで?」

 

ジャージを脱いだことで服の下になにか武器を隠しているとも考えづらい。太ももを隠しきらない短いズボンは武器が入るとも思えないし、そもそもこんなに顔を青くさせて震える女子生徒に人が殺せそうとは思えない。

 

「ごめ、ん、な……さ、い……」

 

だから気づかなかった。

 

脅威じゃないことを理解したからこその安心感か、傷口の痛みに耐えられなかったのかは分からない。徐々に微睡み、瞼が閉じようとした時、必死に介抱する女がなんて呟いたか知る事はなかった。

 

「大丈夫、すぐ終わるから」

 

重い瞼が閉じる。

 

最後に見たのは彼女が地面に置いたスマートフォン。

そのスマホにカブトムシのストラップが無くなっていたのに気付かずに私の眼球を瞼が覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、全く、震えも顔色の悪さも、操作できるってのに」

 

藍花悦でなく、天羽彗糸と名乗った自分は赤髪の学生が倒れる路地裏で壁に体を預けビルの隙間に流れる雲を見上げた。

天羽の能力によって本来致命傷になり得ない傷によって気絶してしまった少女、結標淡希に罪悪感を感じながらため息を吐くと顔を下ろし手で自分の髪を梳く。

 

「演技上手ですね、女優にでもなるおつもりで?」

 

「まさか」

 

すっとどこからともなく現れた垣根の顔をした05に褒められるとゾワゾワとした感覚が背中を襲う。

皮膚の血管を収縮し、血流を悪くすれば顔は青ざめるし、発汗を促せば汗は出て、自律神経による生理反応を弄れば体は恐怖を感じて勝手に震えてくれる。

全ては能力に依存した演技だったが、どうやら傍から見たら演技上手と認識されるようだ。

 

「てかあんたどこにいたの?あんた勝手にスマホから外れてどっか行ったでしょ」

 

「いえ、特に」

 

「……ま、いいけど」

 

突然現れた05は天羽の質問に少し狼狽えたように目を泳がせるが、それこそ演技だろう。

この生物達に感情はない、だからきっと垣根絡みの問題を隠しているだけか何かだ。深く追求することは無い。

 

「ったく、こーんなスペースデブリなんか持ち帰って、あたしの妹分を怖がらせんなっての」

 

特に05と話すことも無く、そのまま倒れる結標淡希の傍にしゃがむと服のポケットをまさぐった。

無造作に突っ込んであった無線機を壊すと、同時に彼女の患部を一応確認して再び立ち上がる。

もう彼女に用はない。

 

「しかし、言われるがまま赤髪のお下げの女を探しましたが、まさか本当にこの方が残骸(レムナント)を持っているとは」

 

「前情報ってやつだよ」

 

「九九八二号ですか?」

 

「そうそう、そゆこと。アンタ壊しといてよ、あたしの腕力じゃ壊せるか疑問だし」

 

05の言葉に適当に相槌を打つと、くるりと踵を返す。

前情報は前世の記憶ありきのものだから適当に誤魔化すしかないのだ。従順にしたがってスーツケースを破壊する05を背にし、結標淡希を抱きかかえて路地裏の奥の光へ足を向ける。不思議そうな05を置いて歩き出すと、それはヒヨコのように天羽の後ろをついてきた。

 

「さーて、とっととズラかろうかな。会うとめんどいやつもいる事だし」

 

「めんどくさい、とは?」

 

「知らなくてもいいことよ」

 

困惑するような声を出す05を置いて人工的な光が差す大通りに躍り出ると、くるりと振り返ってそれを見つめる。

にっこりと笑顔で答えるが、05は相変わらず意味がわからないと愚痴を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重傷人を病院へ運び、スクールバッグを肩にかけて行きと同じセーラー服に着替えた後、コンビニ袋片手に垣根は帰路に着く。

垣根そっくりの姿をした05と二人体が触れるほど近くに固まって歩いていると、すぐ目の前にマンションが見えてきた。

 

「コンビニって、ご飯の材料も売ってるから便利だよねぇ」

 

たわいもない話をしながら家路を辿る。

誰もいない道はとても静かで、彼女たちの足音と声だけがこの場にある唯一の音だった。

 

「そもそも料理出来るのです?」

 

「まぁ、人並みには作れるよ。美味しいかは分かんないけど」

 

不本意とはいえ子供を預かることになってしまったのだから多少は自炊をしなきゃいけない。そう思ってコンビニで材料を買ってきたのだが、05は垣根の料理の腕を心配しているようだった。

怪訝な顔をしてコンビニ袋に手を伸ばし、荷物を代わりに持ってくれた05だったが、それに反応すること無く淡々と質問に答える。

 

昔は能力なんか持っていなかったので、前世では生きるために料理していたし、料理歴は結構長い。

こちとら前世では中学から高校まで妹の弁当を放任主義の親の代わりに作り、大学と大学院では口に合わないアメリカの食文化で何とか生き抜くため自炊して生きていたのだ。

とはいえそんなことを赤裸々に伝えることは出来ないので適当に誤魔化すと05はさらに眉間に皺を寄せる。

どうにも信頼されてないみたいだった。

 

「その割には料理を作ることは愚か、食べてるところを見たことないのですが」

 

「今は必要ないかなぁって。サプリとかでコントロールすれば生きてられるし」

 

栄養学的観点からすれば、野菜とサプリだけで人間生きるために必要な栄養素は全て取ることが可能で、健康的に生きることが可能なのだ。

科学で証明されたことならば天羽にだってそれは実現できる。それでも05は納得いっていないようで、眉を顰めていた。

 

「それにしては甘いものを好んでいるようですが、必要ないのでは?」

 

「あたしにとってご飯を食べることは息抜きみたいなものだからさ、甘いものとか美味しいものは趣味みたいなものだよ」

 

「……よく分かりません」

 

ギュッとコンビニ袋を握りしめて05は小さく呟く。

分からないことを分かろうとするそれに対してため息を零すと、05は俯いた。伏せた目は何を伝えたいのか分からない。

 

「分からないなら、分からないままでいなさい。どうせアンタは人間じゃないのだから」

 

「そうかもしれませんが、私は貴女達を理解したいと思うのです」

 

「……表面上はなんとでも言えるよ、哲学的ゾンビ」

 

理解することがないのなら、無駄な努力なんてしなくていい。優しく教えたつもりだったが、05はぐっと下唇を噛む。

いつもの無機質な声はどこか苦々しかった。

 

「哲学的ゾンビ、ですか。私に意識がないと言いたいのですか?」

 

「ええ、だって自ら行動を起こしたことないでしょ?」

 

内面的経験がない、意識がない。そんな紛い物に天羽のことが分かるわけが無い。

彼女にとってカブトムシ05は唾棄すべき異質なもの。そんなものに自分を理解して欲しくなかった。

 

「……質問を変えようか」

 

道の真ん中で足を止める05にため息を着くとコンビニ袋を持つそれの手を掴んで、髪を揺らし目と鼻の先に見えるマンションへ足を動かす。

静かな道は天羽の声を余計に響かせた。

 

「垣根くんが、マスターが死んでしまったら、死に瀕したら、分身である君はどうするの?」

 

「もちろん助けます、それが私の生まれた理由です」

 

「ほら、考えてない」

 

05の腕を掴む手に込める力を強めると、05は弱々しく言葉を零す。それはよろめきながら天羽に引っ張られてフラフラと着いてきた。

 

「貴女だって同じじゃないですか」

 

「そうね、あたしは誰かを救うために生きている。それがあたしの存在理由。確かに似てるかも」

 

「なら、」

 

「でもね、あたしが人を救いたいと願い、それが正しいとしっていて、そのために生まれてきたと思うのはあたしのエゴ」

 

「エゴ、ですか」

 

「そう、エゴイズム!誰かを幸せにするという結果が欲しくて人を救う。あたしの正義はエゴの塊だ」

 

ピタリと足を止める。

マンションの目の前で眩しいライトを浴びながら05に笑いかけると、それは建物から零れる痛々しい光に目を細めた。

 

「でもあんたは違う。命令されたからでしょ?そうやって命令されて、そうやって言われて、だから命を捨てる、誰かを助ける。自我がない」

 

「……それは」

 

「エゴに基づいて他人を幸せにすることが正義であり、幸福。ならエゴを持たず、他人を幸せにしないものは正義でもない。そしてエゴを持たないものは人間じゃないでしょ?」

 

静かな空気が漂う。口を開かない05の頭を優しく叩くと、そのまま目の前のマンションに入っていった。

エントランスホールのガラスの自動ドアをカードキーで開くと俯いたままの05の手を引っ張って早歩きでエレベーターへと駆け込んだ。

 

エレベーターの中、口を閉ざした二人の間には会話はなかった。

ピカピカと現在のフロアを示す光がひとつ上がっていく。九階まであと少し。

 

「……何故、貴女はそこまで他人の幸福に執着するのですか」

 

チン。

軽い音と共にエレベーターの扉が開く。

沈黙を破った05の言葉は質問するまでもない、くだらなくて簡単なものだった。

 

「それがあたしの幸せだからだよ」

 

しかしその答えは05にとっては面白いものだったらしく、自我もないくせに小さく声を洩らして笑う。

エレベーターから飛び出て軽いステップを踏むと、それは苦痛に耐えるような酷く醜い目で天羽を見下す。

 

「ふ、はは、幸せ、幸せですか。貴女は存外頭が悪いのですね」

 

「なに、今更気づいたの?」

 

とても嫌な目だった。

天羽を馬鹿にするような、哀れむような、そんな冷たい目。

その目を鼻で笑うが、05はその目を止めることは無い。

 

「他人を幸せにしても、自分は幸せになりません。他人の為に自分を消費するのはお世辞にも頭がいいとは言い難い」

 

「あたしは元々見た目通り頭悪いんだよ。別に神童でもないし、天才でもない。生まれてこの方努力一筋なんだよ」

 

みんな、みんな、彼女を過大評価しすぎだ。

あの醜い神も、お前も、彼も、彼女に期待をかけすぎだ。

 

天羽に出来るのは努力だけ。

才能はないし、特別なものは何も持ってない。

妹が生まれた時、初めて努力し始めて、何年も何年もかけて目標に向かった。結局叶うことはなかったけれど、それでも報われると信じて努力を重ねてきた。

 

能力だって、あのふざけた神が天羽をこの世界に降ろす為に体を作りかえた時の副産物。

勉強は前世の知識。前世だって大学にはいれたのは小学生の頃から努力したおかげ。

 

「お粗末な頭で必死に考えて、必死に足掻いて、それでハッピーエンドを目指す。それが天羽彗糸のやるべき事」

 

「それは義務なのですか?」

 

「そう、義務。あたしが生きるための理由、幸福」

 

辿り着いた我が家のドアに薄っぺらい鍵を反応させると、ドアノブに手をかけて静かな室内の中へと滑り込んだ。

いつもは無い男物の靴と、格段に小さい子供の靴が綺麗に並べられた玄関になんとも言えない嬉しさを感じながら明かりが漏れる自室のドアを開く。

 

「貴女の言うハッピーエンドは迎えられそうですか?」

 

「それは……一目瞭然じゃない?」

 

荷物を置いて、明るい部屋に入ると目の前の光景に足が止まった。カモフラージュのために買った甘い花の匂い、崩された本。

この間教えた神曲や、詩集、教科書に、哲学書。きっと目の前の少年と少女が暇潰しに読んだのだろう。優しく微笑んで静かに落ちている本を拾うと、05もそれに続く。

 

ベッドの上、目を瞑って静かに眠る少年と寝息を立てる小さな子供、まるで親の子のように二人は眠りに着く。その姿に05と二人顔を見合わせてくすくすと互いに笑い会う。

幸せそうな彼らの姿は本当は起こらなかったもしもの姿。運命を捻じ曲げた結果は誰から見ても望まれた幸せだった。

 

「努力って、来世でも報われるんだね」

 

幸せそうに眠る子供たちは何よりも愛らしく、何よりも愛していた。




11月いっぱいまで金曜更新になりそうです。
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