とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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内容が下品


50話:癇に障る

賑やかな道、天井の陰と人混みに隠れるように陽が差し込む赤茶色のタイルが敷かれた渡り通路を進む。話し声、足音、様々な音で賑わう道を三人で横並びになって歩くと天羽はあくびを噛み殺し何も知らないかのようににこにこと笑う。

 

「で、どうしたの上条くん?」

 

何も知らないように振る舞うと、彼は優しく、そして眉を顰めて人混みの先の金髪をじっと見つめた。

金髪碧眼、お姫様のような巻き毛に、ベージュの作業服から目も向けられないほど露出した肌。視界に入るオリアナ=トムソンをチラチラと横目で見ながら右手で拳を作る。

 

「いやさ、あの人の手を握った時、何かを壊した感じがしたんだ……たぶん、魔術師だと思う」

 

多分と言いながら確信を含んだ強い口調で言い切ると、彼はぐっと握った右手から力を抜いて手の平を静かに眺めて目を伏せた。

彼の気持ちを探るように一度伏せた目を見ようとしてみるが、彼より高い背がそれを許すことはない。黙ったまま携帯を取り出して何処かへかけると、彼は状況を語り出した。

土御門に話しているのだろう、オリアナから目を離さずに小さな声で話す彼の邪魔をしないように一歩下がる。

 

「まさかお目にかかれるとはな。上条は不幸なのか幸運なのか」

 

「上条くんが不幸なわけないでしょ。いつだって事件の中心にいれる、誰かを守れる。まぁ、彼が生きてなかったら厄介ごとも起きなかったけどね」

 

一歩下がった途端に上条を挟むように隣にいた垣根も下がってくる。居場所やらGPSなんて単語をだす上条の電話に向けた真剣な声に気を利かせたのか小さく呟く彼は、じっと前を向いて自然な形で歩いていた。

どうやら暗部出身は伊達じゃないようだ。

チラチラとオリアナを横目で確認する上条とは違って自然に振舞えているような気がする。

 

年不相応な尾行テクニックに苦笑いでしか応えられず、どうしたものかと次に出す言葉を考え始めるが、どうやらそれは無駄になりそうだった。

視界の端で跳ねる金髪。オリアナ=トムソンが走り始めたと頭が瞬時に理解する。

 

「あ、バレた」

 

しかし、足よりも口が動く。

それがいけなかったのか、上条よりも遅れて足が動いてしまう。

渡り通路から枝分かれしたガラス張りの橋へ。

走り去るオリアナを追いかけていった上条の横に小走りで追いつくが、そこにはすでに誰もいなかった。

 

「いない……?」

 

ガラス張りの通路は誰一人立っていない。立ち尽くす天羽と走る気がないのか歩いてくる垣根を置いていくように、もうすでにいない影を追って上条がパッキリ別れた通路の境界を跨いで走り出した。

 

「あらら、走ってっちゃった。あたしらも走る?」

 

「あー……そうだな」

 

彼に追いつくのは容易いが、隣にいる垣根が走らないのなら天羽も走るわけにはいかない。顔色を伺うように上を見上げるが、めんどくさそうな声とため息が返ってくるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息を荒くして走る上条の後ろをジョギング程度の軽い走りで追いつくと、大きな建物の下で険しい顔をして奥の倉庫らしき建物を凝視する二人組に鉢合う。赤髪の神父と、金髪にグラサンの学生。

それが知り合いだと気づくと、減速して彼らの隣に立って改めてその建物を見た。たくさんのバスが並んだ大きな駐車場と、大きな車庫、そこがどんな施設なのか、初めてきた自分でもそこがどんな施設か理解するのは容易い。

 

「っはぁ、はぁっ、バスターミナル……?」

 

「自立バスの整備場だね、来るのは初めてかも」

 

学園都市のバスは基本的に自立しており、自動運転で運行されている。現代でも似たようなものはあったのであまり驚きはしないが、それでもこんなにも多くのバスが並んでいると圧巻だ。

 

「ここで返り討ちにしてやろうって魂胆なんだろ。人もいないし、暗くて狭い空間だ。トラップ仕掛け放題ってわけだ」

 

「トラップ……」

 

薄暗く広い車庫を駐車場から眺めているが、オリアナらしき影は見当たらない。垣根の言う通り、トラップを仕掛けて虎視眈々と天羽たちを狙っているのだろう。

そんな目の前の地雷に上条は少し躊躇し、眉間に皺を寄せた。

 

「入ってみればわかるんじゃねぇの?俺は遠慮しとくが」

 

「じゃああたしが行くよ。確認し終わったらくれば?」

 

誰も中に入らないような雰囲気の中、天羽は笑顔で手をあげる。ただならぬ雰囲気が一瞬にして凍りついた。

笑顔で答えたつもりだったが、みんなしてため息をついて頭を抱える。

『何言ってんだこいつ』とか、『頭おかしい』みたいな、大変喜ばしくない視線に一瞬苛立ちが芽生えるが、そんな感情は揺れる視界に気を取られどこかへ消えてしまう。

 

「あー、自殺志願者はこっちだ」

 

「えっ!?ちょっと!?」

 

唯一天羽の発言を予測していたと思われる垣根は、なんともないと言う顔で彼女のジャケットと中身のセーラー服の襟を強く掴む。

ズルズルとまるで羽田空港から旅行に行く人々が持つキャリーバッグのように天羽を引き摺ると、彼は黙々と歩き出して羽も出さずに動かないバスの上に飛び乗った。

 

「中入るより上から待ち伏せする方が相手にとっては不測の事態だろ。トラップ仕掛けてる合間に先手とるぞ」

 

「拒否権は?拒否権を求めます!」

 

「お前セーラー着てんのかよ。掴みやすいな」

 

「この人話すげぇ聞いてない!」

 

襟を掴まれているせいでまともに歩けないというのに、垣根は構わずにバスからバスへ飛び移る。上条たちが小さくなっているのを確認すると、そのまま車庫の反対側の出入り口まで三十秒もかからずについてしまう。

おそらくまだオリアナは車庫の中。

アニメでは上条が車庫から抜けた時まだオリアナは目の前にいた。それと全く同じルートを辿っているのなら、まだ上条たちが車庫の中にいる現時点、オリアナも同じように車庫にいるはず。

 

「オラ、連れてきてやったんだから、後はお前がなんとかしろ」

 

「はぁー?アンタが勝手に連れてきたんじゃん、本人がなんとかしなよ。暴力はあたしの辞書にないし?」

 

「へぇ、暴力を知らない?そんなもの持っといてよくそんな口叩けるな?」

 

車庫の屋根に投げ捨てられその場にぺたんと座って彼を見上げていたが、めんどくさそうな顔に免じてゆっくりと立ち上がる。

その時言い返したのがいけなかった。彼は再び天羽の襟を掴んで軽く体を持ち上げて、ジッパーに手を掛けた。

 

嫌な笑み。

中身の重さで引っ張られてウィンドブレーカーは形を崩す。

服越しでも分かる服の中身に彼は嫌そうに息を吐いて手に力を込めた。

 

「……やっぱ気づいてたか」

 

「分かりやすいんだよ、お前」

 

「うっさいなぁ、分かりやすくないし」

 

「バレたから拗ねてんの?」

 

「拗ねてないから」

 

つま先立ちで支える体から乱暴に手を離すと、がっしゃんと音を立てて銀色や黒色の重い何かが落ちる。

拳銃、ハンマー、爆弾。

疑いと呆れと怒りとその他諸々の感情を含んだような声色で彼は落ちたものを拾い上げた。

 

「どうせなら撃ってみろよ。早く終わらせちまえば後々楽だ」

 

「……アンタがそう言うなら」

 

ウィンドブレーカーのジッパーを下げると、セーラー服が現れる。ハーネスのような銃のホルスター、弾薬に、小さいサイコロのような爆弾。

全て貰い物。

弾を込めて、放つ。慣れてはいないが、引き金に手を添え力を込めるだけなら天羽でも出来た。

 

「麻酔銃じゃねぇな、実弾?」

 

「正解。本音を言えば持ちたくないんだけど、イベントって色々と問題が発生したりするからさ。譲ってもらったの」

 

スキルアウトやらその他のコネクションを使って色々と手に入れた武器。ずっしりとした重さが手に馴染む。グリップを握りセーフティーレバーを外すと、垣根はさらに顔を顰めた。

 

麻酔銃なんてものは別の資格が必要なくらい取り扱いが実弾より危険だ。一寸でも狂ったら天羽でも修復不可能の状態に陥る。

そう思って実弾を駒場などから買い付けているが、どうやら麻酔銃ではなく実弾を持っているのが意外なようで垣根は首を傾げたまま黙っていた。

 

「で?撃てるのか?」

 

「もちろん」

 

「ふーん……即答とはお前らしくねぇな。まぁ、アメリカ育ちだし?あっちじゃ狩猟はスポーツみてぇなもんだからな、一理あるか」

 

力強く答えると、先程までのまるで不出来な妹を怒るような怖い顔から、納得のいく答えを出せたのか悪戯を考えついた子供のような悪い笑顔を見せる。

途端に態度を変えニタニタと口で弧を描く彼に少し不安を覚えつつも真っ直ぐ前を見て重い拳銃を構えた。

その先には、看板を持って走り去る目的の人物。

 

「なら、狐狩りと洒落込みますか。お姫様」

 

「言われなくても!」

 

望遠鏡にも、虫眼鏡にもなれる目はどこまでも鮮明に景色を映す。

彼の言葉と同時に女の姿を捉えると、銃を構えて引き金に手を掛けた。

 

乾いた音が空気を振動し、鼓膜に伝わる。

 

出口から慌て出てきた金髪頭。

狙うは手元。当たらなくていい。驚いて刺突杭剣(スタブソード)、もとい看板から手を離せば計画通り。足を止めれば及第点。

 

一直線に進む弾丸は走る金髪の女の荷物を持つ手の爪を掠めた。足を止めると、弾丸の軌道を辿って車庫の屋根に立つ天羽たちに目線を向ける。

彼女が看板から手を離すことはなかった。

 

「初めまして指名手配犯。降伏してとっとと面倒を終わらせてくんない?」

 

不敵な笑み。余裕のある大人の笑み。そんな笑顔を浮かべるオリアナは天羽を見てふっと鼻で笑う。

前世の天羽がしていたような、年長者の余裕。気に食わない笑みに苛立ちながらも笑みを返すと地面に降り立って同じ目線で目だけ睨み合う。

 

「ふふ、ごめんなさいね。それはちょっと聞けない相談だわ」

 

「抵抗するってんなら、俺らも容赦しねぇけど?どうせ選ぶのはテメェだ。抵抗か降伏か、どっちがいい」

 

嫌味を込めて笑いかけると、金髪の女性、オリアナは妖艶な笑みを浮かべる。自信に溢れる顔に冷たい感情しか湧き上がらない。何か答えようと口を開くが、屋根から降りてきた垣根の声が変わりに答える。

いつものように意地悪な笑顔をみせる彼に姉として怪我をする前に隠れてと言ってやりたかったが、楽しげな顔を横目で見てしまうとどうしても言えなかった。

 

「ふふ、なら激しめなプレイでお願いしようかしら。でも選ばせてくれるだなんて随分と紳士的なのね、そういうのお姉さん好きよ、濡れちゃうくらい」

 

「未成年相手に興奮してんの?青少年を誑かすのはやめてくんない?」

 

前言撤回。

 

卑猥な言い回しに、吐息の多い言い方。青少年の教育によくないことを確信すると、慌てて垣根の前に守るように出て低い声で睨む。

それでも女の笑顔は崩れない。

 

「まぁ!可愛い嫉妬だこと、見かけによらず初々しいのね。そんな見た目で案外経験少ないのかしら?もしかして初恋?処女かしら?アドバイスでもしてあげましょうか?」

 

「は?まさかブロンドの巨乳が誰しも淫乱だと思ってんの?この世の愛が性愛だけとマジで思ってんなら多様性について学んでこいよ、見聞が広がるからさ」

 

この愛を性が絡む汚いものだと認識する彼女に一々苛立ちを感じてしまう。

思わず喉が痛むほどの感情を低い声にのせて吐き捨てるが、それでも認識を改めることはなかった。

 

「あら、図星なのね。ふふ、子供を相手するのは楽しいわ。でも、お喋りはこれくらいにしましょう?」

 

まるで初々しい子供を見るような眼差しで看板を持つ手とは反対の手にリングでまとめられた一冊の単語帳のような代物を手に取る。何の変哲も無い単語帳。

文字の書かれた一枚をそこから破くと、彼女の不敵な笑みはさらに口角を上げた。

 

「そろそろ運動のお時間よ」

 

オリアナの弧を描いた口で破いた紙が淡く光る。それと呼応するように空気から生み出されたのは肌を傷つけるほどの鋭い風。

痛くなんかない、痛みなんて感じない、死んだあの日以上の痛みを感じることはない。だから受け止めようとまっすぐ前を見た。しかし見えたのは真っ白い壁。

甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「俺の前に立つってことは俺に守ってほしいってことか?」

 

「違うから」

 

天羽の肩を掴んで背後に立つのは真っ白い翼を持つ少年。向かってきた風はその翼に遮られ、こちらに届くことはなかった。

殻のように守る翼の隙間から見えるのはオリアナの驚きに満ちた顔だけ。

 

「紙に書いてある魔術を発動させる感じか。炎なら対処法は解っているんだが、それ以外は詳しくなくてな。打撃が一番手っ取り早いか」

 

「翼……!?」

 

ブツブツと独り言を呟きながら目の前に広がる翼を広げると、驚愕の色を浮かべるオリアナと眼がかち合った。魔術師のことだ、天使とでも誤解して、恐れを感じているのだろう。

そんなものではないというのに。

 

「見惚れてないで、自分の心配でもしたらどう?」

 

ぐっと強く地面を蹴る。驚きで体が硬直し、反応が遅れたオリアナの懐に入ると、そのまま拳銃を持った手を振り上げた。

しかし拳銃の底が彼女の頭に当たる寸前のところで躱される。驚きから笑みへ表情が変わると、何事もなかったかのように距離をとって看板を後ろ手に隠した。

 

「貴方も激しい方が好きなのかしら?女同士、仲良くしましょう?」

 

「申し訳ないけど、お友達はいらない主義なの。それよりも、足元にご注意を!」

 

再び接近すると、そのまま拳銃を持つ手とは別の手でウィンドブレーカーからサイコロのような小さい黒い爆弾を一つ地面に向けて転がす。

 

一瞬のことだった。

 

目の前が鮮烈な赤に変わり、その次にまたもや白に変わる。

その白が先ほどと同じ白だと気づくのにそう時間はかからない。ぐいっと誰かに襟を掴まれて宙を浮く感覚はさっき感じたものと同じ。爆風の傷も、爆熱の火傷もない体と、掴まれた襟。

 

地面が遠くに見え、空が近い。

トンっと軽い音を立て地面に降り立つと襟を掴んでいた張本人は今度は両手で天羽の肩を掴み、目線を合わせてまるで子供に言い聞かせるかのように怒りを含んだ瞳で彼女を見た。

 

「爆弾はな、遠くに投げるものだ。決して自分の近くで爆発させるものじゃないんだ」

 

「知ってるよ?」

 

「なら何故自分諸共吹き飛ぶような場所に投げる?俺が助けなきゃ木っ端微塵だったぞ」

 

「別に良くない?ちょっとグロいかもしんないけどアンタは()()()()()でしょ?」

 

何かと思えばまたこれか。彼の言葉に呆れてしまう。

何度言ってもわかってくれない。死なないと、傷つかないと何度伝えても、天羽が彼を信じていないように彼は信じてくれない。

兄貴面しやがって、と心の奥の方で悟られないように悪態を吐くと、彼も同時に大きな溜息をついた。肺の空気を全て抜くかのような溜息と共に項垂れると、流し目で天羽をちらりと見る。

 

「引っ叩いていいか?」

 

「それで垣根くんは満足する?」

 

「……しねぇな」

 

了承が得られるとでも思ったのだろうか。意味の分からない発言に続き、誰も得しない行動の許可を求められるが、諭すように拒むと彼はすんなりと聞き入れた。

彼女がぶたれて垣根が幸せになるのなら喜んで頬でもなんでも差し出すが、別に得しないならする必要もないだろう。

 

「随分と仲がいいのね、お姉さん妬けちゃうわ」

 

「あ?」

 

不毛な会話が誰かに遮られる。爆発を起こしたその先、炎と煙が巻き上がる地面に燃ゆる赤を反射した金髪が風に揺れる。

未だ不敵な笑みを携えたままオリアナ=トムソンはそこに立っていた。

 

「こんな玩具じゃお姉さんを熱くすることはできないわよ。最も、少々焦って濡らしちゃったけど。見てみる?下着までびちゃびちゃだよ」

 

「水の魔術か、詠唱もしないでそこまでの芸当ができるもんなんだな」

 

ぼたぼたと髪から、服から大きな水滴がこぼれ落ちる。口に加えていた単語帳の紙切れを地面にふっと吐き捨てると、彼女はズボンに手をかけてからかうように甘い声で囁いた。

誘惑するような甘ったるい声。大人の声。

自分が失ってしまったあの頃を彷彿とさせるその声はひどく憎い。

 

「未成年にそんなもの見せようとしないでくんない?そんなにヤリたいなら適当な男でもひっかけてホテルでも行ってこいよ」

 

「っぶふ、おまっ、!」

 

声にも、卑猥な表現を青少年に向けて言っている現状にも苛立ち、つい口が滑ってしまう。子供相手に、しかも真昼間からそんな発言をするだなんて、妹が居た身としてはとても気に触る。

 

けれど、どこか妙なわだかまりが残る。大人として、姉として、怒っているはずなのに。

なぜか悔しい気持ちが迫り上がる。

 

「あら?なに卑猥なこと考えてるの?やっぱり見た目通りな子だったのかしら?」

 

「……ブロンドの巨乳ってだけで決めつけてんならアンタにステレオタイプって言葉を教えてあげる。無性愛って言葉も存じあげないようだったけど、ご存知?ステレオタイプ。いい言葉だから知ってて損は無いと思うけど?」

 

「そういえば処女だったわね貴女。だからその天使くんと仲がいいのかしら?ならそのまま大人にならずに彼らにキャンディでも貰ってなさいお子様。十字教じゃ処女はウケがいいんだから」

 

「処女膜なんて金と能力さえあれば何回も復元できるものを崇高だと崇める男共に可愛がられるのはお断りよ。愛なんて与えるだけで十分なんだから」

 

どうしてかは分からない、けれどなんだかとても腹が立つ。

理解不能の腹ただしさを口から溢れでる言葉の暴力で隠し、言葉の裏で必死に脳を動かしてその感情の出所を探していた。

 

この感情はどこからくる?

怒り?

嫌悪?

憎悪?

それとも、嫉妬?

 

いいや、嫉妬なんて違う。垣根に恋愛感情を抱くことはこの先あり得ないし、この女に劣等感を感じているわけでもない。

 

ならなぜ?

 

「我儘ね。そんなんじゃ男に相手にされないわよ」

 

憎たらしい笑みが天羽の何かを傷つける。

とっくの昔に捨てたと思っていた感情に亀裂が走ると、いつの間にか大声が喉を切り裂きながら溢れ出た。

 

「……他人と交わることをステータスみてぇに言いやがって、アンタは性愛しか知らないの?!」

 

あれも違う、これも違う。自問自答を必死に繰り返し、たどり着いたのは一つ。

プライド。

 

この女にこの愛を貶されたのだ。

 

顔、性格、声、髪、体型。それらならばこれほどまでに腸が煮えくり返ることはなかったのだろう。

何よりも大切な彼女の正義を、愛を貶したのだ。

 

この愛を汚いものだと認識するだけならまだ許してやるというのに、自分の生き様を貶されるのは何よりもムカついた。

天羽がここのいる理由も、死んだ意味も、生きる糧も、そんな汚い愛じゃないのに。ましてや誤解した上で貶すだなんて。

否定ではない侮辱。

それは酷く彼女の心をかき乱した。

 

━━理解しろなんて言わないから、あたしの愛を汚いものにしないで!

 

心からの叫びは声じゃなく、能力によって女の元へ届く。

痺れるような甘い演算。

波のような感情は脳に直接命令を下した。何も喋って欲しくない、何も答えて欲しくない。眠ってしまえと、強く心から()()()()()()()

 

バチンと派手な音を立ててオリアナはその場に膝をつく。魔術の効果か、完璧に昏倒させるには至らず、辛そうな顔をして頭を両手で抱えた。看板を手放して頭痛と耳鳴りに耐える彼女はそれでも笑みを崩さなかった。

 

「ッ……!厄介な能力者もいるのね、お姉さん興奮しちゃう……!」

 

「垣根くん」

 

「ハイハイ、お姫様」

 

手放した看板は呆気なく垣根の翼によって回収される。それを見て一瞬顔を歪めたが、オリアナの強気な姿勢は一向に崩れそうにない。

だが車庫の奥から聞こえる足音が耳に届くと、彼女はほんのりと焦りを見せた。

 

「おいっ!今すげー音したけど大丈夫か!?」

 

「馬鹿が馬鹿しただけだ。気にすんな」

 

「……人が増えると面倒ね。それは預けておくわ、可愛い能力者さん達」

 

上条と土御門、二人分の足音に気がつくとオリアナは再び単語帳の一ページを切り取って魔術を発動させる。

風の魔術の応用か、体を包む大きな風の塊に乗って彼女は別の建物の屋根に飛び移り挑発的な笑みを見せて逃げて行ってしまった。

 

「逃げられたか、追うぞ!」

 

「大丈夫だよ、どうせ会うことになるし。それより早く刺突杭剣(スタブソード)確認したらいいんじゃない?」

 

「えっ、あぁ、そ、そうだな、とりあえずこっち確認しておこうぜ。刺突杭剣(スタブソード)持ってねぇんだし、あっちも大人しくなるんじゃねーか?」

 

逃げて行ったオリアナを追おうと土御門が声を張り上げる。しかし今優先すべきは別のもの。

垣根の持つオリアナの忘れ物を受け取って上条に押し付けた。

 

「なんだよ、また拗ねてんのか?」

 

「別に。なんでもないよ。心配しないで?」

 

目の前の二人が荷解きを始めたのを見て黙り込むが、隣の少年はどうやら気に食わないようだった。先程から機嫌が悪いことを感じ取られているそうで、ムッとした表情で天羽を見下ろす。

ニコニコとそれに笑顔で返事をするが、垣根はその答えに納得していないのか少しだけ不服そうな顔をしてそっぽを向いてしまう。見えない顔からは感情を読み取ることはできない。

 

理解されなくたって構わない。けど、この愛を性愛なんかに区別されて、侮辱されるのは頭に来る。

誰だってそうだろう。自分が最も大切にしているものを貶され、見下されるなんて嫌に決まっている。

 

笑顔の下は随分と濁った感情で埋め尽くされていた。

 

「っと、重いな…あ?」

 

垣根がそっぽを向いたちょうどその時、上条が声を上げる。どうやら荷解きが終わったようで、白い布から色が現れた。

 

「これが、刺突、杭剣(スタブ ソード)?」

 

そこにあったのはアイスクリームの看板。

何の変哲も無い板。

 

それらしい嘘は見事に役目を終えた。嘘に翻弄されて走り回った事実にため息をつくとふと空をみる。

眩しい太陽の下、そこには沈黙しかなかった。

 




今年最後の投稿です。次回は1月の上旬を予定してます。

良いクリスマスを。
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