とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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更新滞ってて申し訳ないです。書き溜めしておりました。
これからは更新できると思います。

あと本編中の矛盾(天羽ちゃんが学園都市にきた年齢(10才のところを8と表記)を勘違いしていたなど……)やらルビやら誤字脱字も見つけたところは直しました。至らない人間で申し訳ない限りです。

あと今回も長いです。IFネタです。
時間帯的には上条がインデックスと合流する少し前あたりです。


52話:五月蝿い人たち

目が眩むほどの光を頭上から照らす太陽に様々な思いを抱く午後、熱したフライパンのような歩道はお昼時ということもあり、周りはきっとご飯にでも行っているのだろう、全くと言っていいほど人通りが少ない。

 

朝方より静かな道を二人で進む。あてもなく歩く行為にそろそろ飽きてきたようで、隣でため息をついて垣根は空を仰いだ。

長袖長ズボンの黒いジャージを着ていると言うのに一滴の汗も流さない彼に少しばかり感心しながら同じ歩幅で歩いていくと、突然彼は足を止めて天羽の手首を握る。心配と、少しの嫌悪が混じった表情はあまり好きじゃない。

 

「なぁ、腹減った」

 

「アンタがあたしのパトロールついてくって言ったんでしょ」

 

「飯食わねぇとは思わねぇだろ」

 

もうすでに機嫌を治し、改名の件も、監視カメラの件も特に言わなくなってきた矢先、今度は腹が減ったと機嫌を悪くするこの可愛い男が超能力者(レベル5)の第二位とはにわかには信じられない。

やはり超能力者(レベル5)第二位と言っても、所詮可愛らしい高校二年生。空腹には耐えられないそうだ。

 

やはり一八〇センチ以上の高身長、高IQの持ち主は食べる量も多かったりするのだろうか。

そう言えばご飯を食べてるところはあまり見た記憶がない、それに好きな食べ物も嫌いなものも知らない。

色々な『知りたい』が一瞬溢れ出るが、まずは目の前のことをこなしたい自分にとっては彼の申し出は不要なものだった。

 

「上条くんと昼ご飯食べてきなよ、あたしといてもご飯食べれないよ?」

 

「お前にも食わせないと保護者失格じゃねぇか」

 

代案として別の友人と食べに行くことを進めるも、玉砕。

そんなに彼女が好きかとからかってみたくなるが、余計な一言に姉としての尊厳にヒビが入るとそんな言葉は喉の奥に引っ込んでしまう。

ふざけているとしか思えなかった。

 

「ご飯なんて食わなくたって一ヶ月生きてけるし、いまはこっち優先。だからそのふざけた考えを捨てなさい」

 

「あのなぁ、俺がお前を心配してんのは林檎のこともあるって分かってんだろうな?ぶっ倒れて林檎泣かせたら死ぬどころの話じゃねぇんだぞ」

 

「あたしが死んだぐらいであの子は泣かないよ。それよりもオリアナ=トムソンについて心配しとけば?」

 

「あ?飼い主がペットの心配すんのは当たり前だろ、話逸らすな」

 

まるで天羽を管理しているかのような言い方が癪に触る。

感情に任せて前に進もうと一歩を手を振り払うが、それでも垣根は人の神経を逆なでするような言葉をとめない。

振り払った手首をもう一度、今度は折れてしまいそうなほど強く握って、彼は少女を繋ぎ止める。

 

無駄だと知っているくせに。

 

「本当に?あんたの野望だって気味の悪い偽物に変えられちゃうかも知れないんだよ?誰もが幸せしか感じられない世界になってもいいの?」

 

「それは……そんなつまらねぇ世界を望むだなんて、宗教家はよく分かんねぇな」

 

「分からなくてもいいんじゃない?相手は神に祈る異端者なんだから」

 

話を自分から逸らし、いま一番考えなくてはいけないことへ軌道修正を試みる。自分の信条と願望を否定される未来を提示したらそれはあっけなく達成された。

垣根帝督という人間を否定する魔術は態度に出さないだけで彼の中では大きなわだかまりになっていたのだろう、現実を突きつけただけで手首を握る力がゆるゆると無くなっていく。

 

「いい?全てがひとつの幸福によって秩序が守られる世界はありえないの。そんな幻想に縋る教養もない人間を理解したって意味が無い」

 

「でも願いとしては真っ当じゃねぇの?お前と似てるわけじゃねぇか」

 

「垣根くん、幸せはエゴなんだよ。自分が幸せになるすべは自分にしか分からない。それをとやかく外野から言われるのは腹が立つだけ」

 

体を反転させ、彼と向き合う。あんなものと似ていると言われたことにとてつもなく腹が立った。

まるでこの感情を害だと言われているよう。

 

汚くないのに、穢れてないのに、害なんかじゃないのに。

 

強くなる口調をどうしても止めることができない。緩められた彼の手は、天羽の口を閉じるには刺激が弱いようだった。

 

「お前はどうなんだよ。足の動かねぇガキを幸せにしようと人生掛けたんだろ?」

 

「それこそあたしのエゴでしょ?あたしにとっての幸せを受諾して欲しかっただけ。あたしはあたしの幸せのために彼女を幸せにしたかったの、誰にも否定できないあたしの幸せなんだから」

 

「他人に人生を預ける生き方はいつか破滅するぞ」

 

「いいんだよ。この血潮を他人のために使うことこそがあたしの喜びであり幸せなんだから。破滅しようが一時の快楽に身を任せたいの」

 

ぐっと手を握り、拳に爪を食い込ませる。痛みは感じなかった。

早くなっていく口の動きは止められない、まっすぐ見つめた目は垣根から照準を離さず黒い瞳の奥を見つめたまま声をだす。

 

確かな破滅願望がそこにあった。

その願望に垣根の正論は届かない。

 

「可哀想な奴だな、お前は」

 

「垣根くん、あたしのこと怒らせたいの?」

 

━━可哀想だなんて思わないで。

 

━━だって違うんだから。

━━お前なんかよりよっぽど幸せなんだから、お前よりずっとずっと幸せなんだから。

 

━━あたしが可哀想なはずないじゃないか。

 

できる限りの低い声と鋭い視線を投げつける。

それでも乾いた笑いをやめずに彼はぐっと天羽の頭を片手で押さえ込んで、毛先だけ桃色のくるくるとウェーブがかった髪を掬い、何か面白いものを見るかのように口角を上げた。

 

彼が何を考えているかは分からない。

それでもバカにされている事だけはハッキリと分かってしまった。

 

「お前みたいのが怒ったって怖かねぇよ。お前メジロみたいだし、ぴーぴーうるさくて」

 

「誰がメジロだ。ていうかそのチョイスなに」

 

「緑とピンクばっかだろ?桜にとまるメジロみてぇじゃん、花の匂いするし。薔薇とラズベリーって感じの、これ香水か?」

 

ケタケタと馬鹿にするかのように声をあげて笑い、目を細めて今度は耳を塞ぐように両手を添え、金と桃色の髪を梳く。吹き上がるように花の匂いが空気に舞った。

 

犬と戯れているような手つきはひどく不快で、それを止めようと腕を掴むがびくともしない。

それでもその不快さを受け入れた。それが彼女なりの優しさだから。

 

「……部屋にある花の匂いがついたんじゃないの?でもまぁ、桜はあってるかも。髪の色ピンクだし。ちょっと濃いけど」

 

「色だけな」

 

メジロなんて小さくてうるさい鳥に例えられたのは心の底から腹立たしいが、その理由にはある程度納得がいくし、安心した。

 

髪の色も着ている服も、さくらんぼに近い色だ。持ってる服も白か、黄緑、もしくは赤系統。

青だけが無い天羽の姿を見て緑の生き物と桜を連想するのも当然、そして彼女に藍の印象が無いということを意味する。

 

だからこそ安心できた。

自分の目論見が珍しくうまくいっていると分かるから。

それを感じさせる彼の言葉は、先ほどの不愉快な行為を忘れさせてしまうくらい彼女を舞い上がらせた。

 

「色だけって、それ以外になんかある?花弁?雌しべ?」

 

「花言葉だ、馬鹿。桜は『優美な女性』、お前には程遠いだろ」

 

「へー、花言葉知ってるとは思わなかった。趣味なの?」

 

そして饒舌にもさせる。

怒っていたこともすっかり忘れ、未だに髪を掻き乱す手を軽く引き剥がして、雑学に近い知識を披露する垣根のギャップに目をほんの少し見開く。

 

「あー、ほら、女はそういうの好きだろ?お前は違うみてぇだが」

 

「そういうのって贈り物考える時使うんでしょ?プレゼントなんてあんま渡さないし、興味なかったな。垣根くんはすごいね、物知りだ」

 

「子供あやす時みたいに褒めんなよ、ムカつく」

 

「えー、本心なんだけどなぁ」

 

花言葉だなんてロマンチックな言葉がまさか彼の口から聞けるとは思いも寄らなかった。

そういったものは他人によく物をあげる人や、いわゆるオタクが気にするものかと勝手に思っていたから。

 

というのも、妹はそういうものが好きだったのだ。

 

宝石やお酒、星座に花、色。そういったものの意味や言葉を調べては好きなキャラクターに当てはめて考察だか解釈を広げていた。

何度も、何度も、よくわからない用語を用いていかに好きなキャラクターが素晴らしいか力説していたが、自分には無関係なものだと思っていたため、天羽が興味を持つことはなかった。

 

それに彼女が欲しがるものは大抵課金とグッズ代に使われる現金か、アニメのDVDボックス、漫画、もしくはゲームソフト。

誰かにプレゼントをあげるときはそもそも本人に聞くし、花に例えたことも、例えられたこともない。

それを使うようなロマンチックは天羽の人生に一度も現れなかった。

 

「でも花言葉ねぇ……『優美な女性』は確かに違うかも。でもだからと言って他の花はあんまし思い浮かばないなぁ」

 

口では自分のことを気にしながらも、脳はもう違うことを考えていた。

自分に似てる花など興味もない。誰だって興味ないだろう。それなら隣に立つ顔の良い男について考えていたい。

 

垣根は花に例えるならなんだろうか。

じっと顔を見つめ合う。

綺麗な人。美しい人。彼を表現する言葉は何個も浮かび上がるが、花は全く思い浮かばない。

そもそも人間を花で例えるのなんて無理な話。

だって人は花なんてものよりよっぽど美しくて可憐で無力で儚いものだと知っているから。ただの植物に複雑な人間を表せることなどできない。

 

ならばどうするか?趣向を変えよう。

似合う花を考えれば良い。

 

どんな花なら彼を更に美しく見せれる?

 

鮮血を彷彿とさせる彼岸花?

儚く散ってしまう桜?

風に揺れる藤の花?

冷たい雪の上に花を落とす椿だろうか?

それとも太陽を求め続ける向日葵?

 

そういえば、死体を埋めると色が変わる花を聞いたことがある。

確かそれは美しい青と薄紅色の花。雨の匂いに混じって花の香りを漂わせる神秘的な花。

名前は───

 

「紫陽花」

 

土壌の酸性度によって色が変わるその花の名前を呟いたのは天羽ではなかった。

 

「突然どうしたの?」

 

「お前は紫陽花みたいな女だなって。ハイドランジア、東洋の薔薇。アメリカにもあっただろ?主流なやつは西洋紫陽花だしな」

 

ぞわぞわ、ぞくぞく。

一気に寒気と虫の這いずるような感覚が背中を駆け上がる。

じっと彼を見つめる瞳は狼狽え、瞳孔が狭まるのを感じ、彼の言葉に熱が奪われていく。

 

どういう意図があるかわからない。

 

それは紫陽花の歴史から?

それが違うのなら花言葉?

 

それとも、その色から?

 

青にも赤にもなれる花だというのに、紫陽花という単語はリトマス紙のように彼の思惑をはっきりと教えてくれなかった。

 

「それは、髪の色と同じだから?」

 

恐る恐る、嫌な予感が脳に警鐘を鳴らしながら言葉を選んでぐっと自分の腕を掴む。

怖い。彼の考えが読めないのが堪らなく怖かった。

 

もし、もしも彼が青い紫陽花を思い浮かべていたらどうしよう。

心臓が高鳴る。真っ赤な血液を押し出して体を巡らせているにもかかわらず、手先は冷え、顔は暖かさを失っていた。

 

「どっちだと思う?」

 

鼓動を伝える心臓を抉るように、八重桜のように色付いた髪を撫で垣根は笑う。初めて見るような、楽しそうな笑顔。

全てを見透かしたように細められた目が呼吸を奪い、目を離すこと許さない。

 

バレている。

 

どこまでかは分からない。藍花の名字までたどり着いたのか、それとも青い服を着た自分を知っているのか。

そのどちらかなのは分からないけれど、何かを知っていることだけは理解できた。

 

逃げなくてはいけない。

 

「あ、あたしちょっと、用事あるっ」

 

そう思うや否や、体は動いていた。律儀に別れの言葉を投げ、くるりと彼から体を逸らす。

弾む髪から溢れる花の匂いがやけに鼻についた。

 

「どこ行こうってんだ、嘘つき」

 

「っんあ!?」

 

だが無情にも大きな手に髪を掴まれる。散々弄られていた髪をまるで手綱のように力強く引き寄せると、力に耐えきれず体が後ろへ仰け反り垣根の胸板と背中が衝突し声が漏れた。

カーテンのように垂れ下がる茶色い髪が自分の視界に広がる。暗い瞳は逆光で見えづらい。

足を放り投げ、猫の胴をぶら下げて持つように脇の下で支えられている事を考慮しなければ、とても美しい光景だと純粋に感じられたのに。

 

「う、嘘なんか、ついてないし」

 

「ならどこ行こうってんだ」

 

「……ちょっと、そこまで」

 

「馬鹿だろ、お前」

 

「そんなの知ってるし、いちいち言わなくていいし」

 

口を尖らせぶつくさと文句を言うと、「あっそ」とだけ言って支えていた腕を離し地面に体を叩きつけた。人形のように体を支えられているよりはよっぽどマシだが、予告なく手を離すのもやめて頂きたい。

 

意地悪な人だ。でも同時に優しさも見え隠れする。

派手な音を立て地面とぶつかったと言うのに、さほど衝撃を感じなかったのは彼なりの優しさだとお姉ちゃんは知っているのだ。

 

「そんなにまでして止めなくたっていいじゃん」

 

「これくらいしないとお前は分からないだろ?」

 

「だからって叩きつけなくても良くない?」

 

しかし人の気配が全くないとはいえ、よくもまあ女を地面に叩き付けられるものだ。いつもの高慢な態度に呆れ返るとため息をついて体に力を入れた。

そのまま立ち上がろうとしたところで二の腕を掴まれぐっと勢いよく今度は上に持ち上げられ、早く立てと急かされる。

 

地面に叩き付けたと思ったら立ち上がるのを急かしたりと、随分と俺様気質な男だ。

再び呆れてしまう。

とはいえ、一番呆れてしまうのはそんな彼が好きで、どんな態度でもなぁなぁにして許してしまう自分の愛だろうか。

 

「あのね、垣根くん、ついてる嘘を暴きたいのなら、暴力じゃなくて知性で挑まなきゃダメだよ」

 

「何、挑発してんの?」

 

立ち上がって上着についた皺を伸ばしながら子供らしい彼の態度を鼻で笑うと、再び髪を掴まれ無理やり彼の黒い瞳と目が合わさった。

10cmも違わないのに、背の高い彼と視線を合わせるためには必死に背伸びをしなくてはいけない。

少しでもバランスを崩したらきっと倒れてしまうだろう。

彼が前から支えてなければ。

 

優しい子だ。

傷ついてもいいって何度も言ってるのに。痛みなんて感じないって言ってるのに。

中途半端に優しくして、天羽を傷つけない彼にもどかしさを感じてしまう。

何だってしてあげられるのに、気まぐれな優しさで拒む方が傷つく。無力な人間だと言われているようだった。

 

なにか言い返さなくては。

そう思って口を開いた時、垣根越しに誰かの大声が響いた。

 

「そこまでだ、兄ちゃん!」

 

先ほどまで誰一人歩いて居なかった道の先にだれかが立って居た。

ずっと前に聞いたことのある男らしい声に気を取られ髪をつかむ手が緩まると、自分のものより大きく骨ばった手から髪がスルリと落ちる。

 

「……あ?誰、お前」

 

「げ、」

 

昭和に取り残された喧嘩番長のような出で立ちに、マイクを使わずとも大きく聞こえる声、物理とは何なのか今一度問いたくなる絶対にずり落ちない肩にかけただけのジャージ。

真っ白い鉢巻をツンツンとした黒髪に巻いた赤いジャージ姿の少年と目が合うと、同じようなタイミングで顔を顰める。

天羽はその男を知っていた。

 

「……待てよ、その鉢巻にふざけた格好……第七位か」

 

「俺のこと知ってるのか?そう、俺は学園都市の超能力者(レベル5)の一人、ナンバーセブンの削板軍覇だ」

 

()()の一つ下。

序列七位の原石。おそらく、超能力者(レベル5)の中で一番厄介な相手。

 

体力という概念のない脳筋は、死なない体を使っての持久戦しかできない天羽にとっては厄介極まりない。

その上、彼は藍花悦を知っている。

 

ずっと前のこと、藍花悦に接触してくるはずだったスキルアウトを探しにわざわざ扮装して会いに行った相手がこの第七位。

髪の色も長さも、胸の大きさも、声の低さも、服も違う。気づかれない確率の方が高い。

それでも念のためある程度隠れながら様子を伺おうと一歩後ろに下がった途端、大きな声を張り上げた彼と目が合った。

 

「ま、それはともかく今そこの嬢ちゃん投げ飛ばしたろ?髪まで引っ張って。可愛い嬢ちゃん、それも恋人にするとは根性があるとは思えねぇな」

 

言われ慣れない単語に思わず辺りを見渡すと、すっと前に出た垣根にため息交じりに睨まれる。

あまりにも自分を形容する単語とは離れすぎていたのだ、ちょっと理解できなくたってそれくらい勘弁して欲しい。

 

「か、可愛い嬢ちゃん……?どこに……?」

 

「ここに女はお前しかいないだろ、ちょっとはその小さい頭で考えろボケ」

 

少し狼狽えながら真っ直ぐ天羽の目を見る削板に居心地の悪さを感じる。

気味の悪いお世辞に嫌悪しているのか、気迫に押されているのか、それとも絡むはずのなかった第二位と第七位が衝突する原因を作り出してしまったことに罪悪感めいた感情を感じているのかは分からないが、濁りのない澄んだ目から視線を外したい。

 

「チッ……まさかこんな予想外の野郎がしゃしゃり出てくるとはな。こちとら取り込み中だってのによ」

 

視線をうろちょろと動かしていると、前に立つ垣根が腰に手を当て鬱陶しそうに大きく舌打ちを鳴らした。

誰に向けたものだったかは分からないが、機嫌がすこぶる悪いことだけは分かる。嫌な予感しかしない。

 

「で、助けに入る理由が分かんねぇんだけど。こいつをどう扱おうが俺の勝手だろ?それとも何か?こいつと知り合いか何かなの?」

 

「いや、全く知らんやつだ!……多分」

 

「は?って事はお前アレか?変な正義感で人助けしてヒーロー気取ってる勘違い野郎って訳か?」

 

「うん?俺はただ根性無しの兄ちゃんを見過ごせないだけだぞ?」

 

一触即発のピリピリとした空気が重い。

彼女を藍花悦として認識してないみたいだが、それでも妙に勘の良いこの少年の前にはいたくない。早く垣根とこの場を逃げ出したい気持ちが湧き出る程度にはめんどくささを感じていた。

 

「そういうタイプの馬鹿か。お前とどっちがマシだろうな。なぁ、彗糸ちゃん?」

 

「話振らないでよ……」

 

「ならとっとと誤解を解け。馬鹿と話たくねぇんだよ」

 

なるべく空気になっていようと静かにしていた矢先、気持ち悪い呼び名で突然二人の視線が一気に天羽に集まった。

スポットライトを浴びせられているような緊張感に顔が強張る。それでも上擦った声で彼の頼み通り誤解を解こうと一歩前へ足を踏み出した。

 

「あ、あのね、削板くん、申し訳ないんだけど、あたしは大丈夫だから。これは彼なりの愛だし。ね?垣根くん」

 

「は?俺はお前に愛情を感じたことは一ミリもないが」

 

「なんで助け舟を沈没させるの!もっとめんどくさくなるじゃん!!」

 

「嘘でも嫌だ」

 

適当な嘘と本音を混ぜて笑いながら垣根を庇うように前に出るが、その努力は虚しく頼んで来た本人によって意味のないものへと変わってしまう。

確かに事実とはだいぶ離れているし、彼が嫌がる気持ちもわかる。しかし上手に嘘をつかなきゃ生きていけないし、面倒事は増えるだけ。

我慢して欲しいと目で訴えるが、そっぽを向いて黙り込む彼にそれ以上怒ることはできなかった。

 

「嬢ちゃん、悪い事は言わねぇ、愛を言葉でも態度でも表さない根性無しは嬢ちゃん自ら根性叩き直してやった方がいい。嬢ちゃんに無理なら俺がやってやる」

 

「えっ!?た、たたきなおす!?」

 

この場をどう切り抜けようか足りない頭で必死に考えるが、最善策が見つからぬまま削板に大きな声で説教を食らう。

根性を叩き直すなんて物騒なことを言う彼は申し訳ないが善人には見えない。

 

「あ、あのぉ!!言わせてもらいますけど!あたしが垣根くん好きなだけで垣根くんは別に関係ないっていうか、あたしが勝手に尽くしたいだけだし、救いたいだけだし、垣根くんのためならなんでも出来るってだけで、その愛を返せとは微塵も思わないし、何なら垣根くんは別に根性なしじゃないし、かっこいいし、可愛いし、好きだし、優しいし、かっこいいし、とにかく何でもしてあげたいほど好きなの!叩き直さないから!」

 

「あぁ、秋でもメジロがうるせえな。頭ん中が春真っ最中だからか?」

 

恋仲だと勘違いされているのは慣れているし、価値観のアップデートされていない時代遅れに説明するのも億劫だ。

しかし、垣根をDV彼氏か何かと思われることは無視できないし、彼は根性無しなんかじゃない。

部外者にそんなことを言われるのは腹がたつ。

 

その誤解だけでも解こうと全身全霊になって言葉を捲したてる。

必死に庇った相手は呆れ返り、伝えたい相手はぽかんと口を開けているのはあまりにもめちゃくちゃな反論だったからだろうか。

後半に至っては自分でも何が伝えたいのか分からなかったから、当たり前か。

 

「……なるほど。だったら尚更許せねぇな、恋心を利用して依存させるなんて根性のねぇ奴がやる事だ!」

 

「こ、恋!?違いますけど!!?話飛躍しすぎ!ねぇ垣根くん!?」

 

「まぁ、確かに他人から見たらそう見えるだろうな」

 

「否定を!!しなさい!!!」

 

息が上がり、呼吸が乱れながらも言いたいことを全て言ったはずなのに、それでも誤解は続き、余計にややこしいことになっているようだった。

愛を理解してくれない人種は本当に嫌だ。オリアナといい目の前の少年といい、なぜ分からない。

 

理解しろとは言ってないのに、ただ分かってくれればいいのに、何故か彼らは勝手に全部知っているかのように天羽を無様だと見下ろしてくる。

 

「で?どうすんの?俺がこいつの扱いが雑なのは認めるけどよ、第七位に何が出来るってんだ?」

 

「垣根くん!挑発しないの!削板くんもやめなさい!」

 

「簡単な事、根性入れ直してやるだけだ!」

 

ぐっと前にいた天羽の肩を掴んで引き寄せると、馬鹿にするように削板を鼻で笑う。

冷ややかな嘲笑を合図に削板は拳を作り、足を踏み込んだ。やめろと叫んでもやめずに、自ら怪我をしにいくようなことを続ける二人にもう優しい顔は出来なかった。

 

「止めろっつってンだろ!日本語分かンねェのか!!」

 

「うぉっ!?」

 

削板軍覇と言う男に自分の能力が通用するのは()()()()()

やめろと叫んだ瞬間に、その動きを止めさせる。なりふり構っていられない。

 

垣根には可哀想だと言われ、青い自分がいるのを知られた。

削板には余計な世話を焼かれ、オリアナ=トムソンは彼女を侮辱した。

磨り減った精神は自分が思っているより酷い有様だったようで、終わらない馬鹿騒ぎで更に消耗していく。

 

もういい加減にして欲しい。

 

みんなして彼女を見下して、侮辱する。

 

━━これが罰とでも言いたいの?

 

「アンタはこっちで職務質問よ、文句言わずについてこい」

 

一瞬だけでも体の制御を奪えればいい。

何が起こったのか分からないと言いたげな少年二人に構わず、ひらひらと風にはためく鉢巻を強く握り、出来うる限りの低音を耳の近くで囁いた。

 

「え?いや、俺は根性を……」

 

「垣根くんはどこかでご飯食べててね、ついて来なくていいから」

 

「あ、おい!」

 

そのまま誰とも目を合わせずに無理やり鉢巻を引っ張って歩く。

近くのファミレスでもなんでもいい。どこでもいいから息をしたい。

 

早く、早く。

不安定なこの心に、とびきり甘い砂糖が欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ紫陽花は正解じゃねーの?」

 

残された少年は小さく呟く。可憐な青と赤、そして白にもなる花。

その花言葉は「移り気」あるいは「浮気」

 

つまらなそうに、少年は一人背を向けた。

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