とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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なんとか間に合いました。
あと超電磁砲Tにやっと入りました。

次回:気分が乗ったらエイプリルフールに番外編の偶像ネタです。

訂正:とあるIFに偶像イベントきたので来週は確実に偶像ネタです。/(^o^)\ナンテコッタイ



60話:推理

嫌いな女の病室を飛び出した後、向かったのはとあるマンションだった。渡された合鍵を使って何事もなく部屋に入れることに僅かな優越感を感じるも、複雑な感情は未だこんがらがって治らない。

部下を呼び出して数分、先に呼んでいた女の部下を引き連れて入った部屋は彼女の匂いが色濃く残っていた。

 

部下一人と、少女一人。汚い部屋で三人、静かにもう一人の部下を待つ。リビングではなく、彼女の部屋を指定したのは、ただの気まぐれと、ほんの少しの下心。

病院で動けない彼女のいないうちに、何か見つけたい。それに替えの服も渡すべきだろう。

 

ため息をついて改めて部屋を見渡すと、汚い部屋を覆う多様な花の匂いが鬱陶しく鼻の奥を刺激する。鮮やかで毒々しいほど成長した花々に若干ムカつき、その辺にあったハサミを手に取って、花瓶から垂れた花の枝を掴んだ。

 

「ちっーす、ここでいいんすよね?」

 

切り落とそうと枝を掴んだ矢先、呼んでいたもう一人の部下が軽い音を立てて扉を開き、部屋に足を踏み入れた瞬間に充満した強烈な花の匂いに顔を顰める。

 

「って、うわ、なんすかこの匂い……」

 

「花の匂いよ。ここまでくるとちょっと気持ち悪いけど」

 

扉を後ろ手に閉めて、ボサボサの髪と洒落っ気のない長袖のスウェットを着た部下、誉望万化が部屋の中を見渡すと、もう一人の部下である年下の少女、心理定規(メジャーハート)が派手な桃色のドレスを揺らしてため息をつく。

心理定規(メジャーハート)がベッドの上に座りながら塗るマニキュアの匂いと、花の強烈な匂いが混じり合い、気持ちが悪い匂いが部屋を充満している。

 

「あの女、花の繁殖を促進してたみたいでな、季節じゃねぇ花が部屋中に伸びきってんだよ」

 

「天羽ってお花、好きなのかな」

 

足の踏み場もないほど散らかった本を手に取り、ボーッとしていたあの女の同居人、杠林檎が呟く。手に持った本はラヴクラフトのホラー小説で、無表情で気味の悪い表紙を眺める少女になんと声をかければいいものか分からない。

気持ち悪い本は天羽の趣味なのだろうかと一瞬不快感を催すが、よく見ると足元には論文のしたためられた紙束に、聖書、神学関連の本、科学雑誌と、SF小説など一貫性がなく、いつもの収集癖かと別の意味で呆れてしまう。

 

乱雑に積まれた本を避け、床にぶつかるほど伸びた枝を手に取ると、丁寧に枝を切り落としていく。

ピンク色のチューリップ、黄色い向日葵、赤い彼岸花、白いマーガレット。たまにぬいぐるみ。

ジャンルの定まらない本に、文字の書かれたレポート用紙と脱いだ服が散らばった部屋には毒々しい色の花々が蔦のように絡まり、咲き誇っている。

季節感に統一が無い花々が、気持ちが悪いほど増殖し、部屋にこびりつくような甘い匂いを発していた。

 

膨張して無残な姿に成長した花々をハサミで断ち切っていく。

何か意味があるのではないかと思って、花言葉や誕生花など色々調べて見たが、結局、ハッタリと揺さぶりにしか使えなかった無意味な花たち。

甘い女の匂いに似た香りは酷く胸焼けがするほど嫌な匂いだった。

 

この部屋の主、天羽彗糸がいない中で、甘い花の匂いが肺を満たす空気を吸う。

尖ったハサミが涼しい音を立てて花の首を刈っていき、マーガレットが床に落ちると、今度はチューリップに手を伸ばす。

あの女にこびりついた匂いを鋭い刃で削ぎ落とすように、一つずつ、切っていく。

 

天羽は垣根らがこの汚い部屋に入ったこと知ったら何を思うだろうか。

今頃病院で悪態でもついている彼女を想像すると思わず笑いが溢れてしまい、つい口を手で覆って隠す。

 

今朝の彼女の話はとても面白かった。誰にも教えなかった自分の過去を彼女は垣根に教えた、その事実だけでむずむずとしたこそばゆい感情が心臓を満たす。

 

垣根が直した体を見てどう思っただろうか。

彼の血が駆け巡る体をどう感じるのだろうか。

可哀想で馬鹿なやつ。顔が曇れば曇るほど愛着が湧く哀れな女。

 

彼の前で弱音を零し、彼が離れることを恐れたあの女に、優越感と高揚感が込み上がって、脈が早まるのがよくわかる。

紙袋を覗いて、小さな意地悪に気づいた後の彼女の泣きそうな顔はとても愉快だった。

 

「……にしても、女の子の部屋って感じじゃないですね。夢が覚めた気分っす」

 

「窓開けてもいいかしら?」

 

他人の部屋、それも一応暗部ではなく日の当たる一般人に近い存在のものだというのに、部下たちは自由気ままに辺りを見渡して文句を言ったり、一つしかない窓を開けて換気を始めたりと、勝手に動き回る。

女と縁がなさそうな誉望はまだしも、他人との距離を見間違うことのない心理定規(メジャーハート)がそういった行動を起こすのは些か不自然に感じた。

 

「天羽の部屋が……綺麗に……」

 

「汚くするアレが悪いから気にすんな」

 

「貴方、こんな部屋の汚い女が好みなの?」

 

一人で花の処分をしていると、心理定規(メジャーハート)の棘のある言葉に一瞬ハサミが垣根の手を噛む。

鋭い刃先だったが、垣根の手からは血の一滴すら流れない。何事もなかったかのように再び花の茎に刃先を向けると、静かな部屋に垣根の言葉がよく響いた。

 

「何を勘違いしてるのか知らねぇが、あいつが勝手に俺を好きって言ってるだけだからな」

 

「六月くらいからずっと気にかけてきたくせに?天羽彗糸、だったかしら。その子が勝手に言い寄ってくるだけなら早く振ればいいじゃないの」

 

「……なんだよ、機嫌悪いのか?」

 

珍しく口調の厳しい心理定規(メジャーハート)に眉を顰め、ハサミを握る手を緩める。真っ白なベッドの上で彼女は腕と足を組み、一つにまとめた金髪を揺らして猫のような目をきつく細めた。

苛立ちを隠さずに言葉を続ける彼女は、塗ったばかりのマニキュアがついた爪で強くスカートの裾を掴むと顔を伏せる。

 

「そんな女の下着を代理といえど買わされて、あまつさえ呼ばれた家がその女のもので、しかも半同棲状態なのをわざわざ見せつけておいて、よくそんなことが言えるわね」

 

「……確かに金は俺が払ったとしても、お前に巨乳の下着を買わせたのは酷だったか。悪かったな」

 

「違うわよ!どうして貴方はそう人の神経逆撫でするようなことを言うのかしら?!」

 

何に怒っているのかと考えてみるが、視線の先にあった薄っぺらな胸元に合点がいく。

キャバ嬢のような桃色のキャミソールドレスとゴテゴテしたネックレスが年不相応な艶やかさを演出する彼女だが、体つきは年相応で、天羽と比べたら子供だろう。

 

まぁ、あの女が成長しすぎなだけだから別に心理定規(メジャーハート)が貧相とは思わないが、医療目的に裸にひん剥いてしまった天羽の服を買わせに行かせたのは配慮が足りてなかったのかもしれない。

とりあえず形だけは謝っておこうと、適当に詫びるが、どうやら垣根の考えは違っていたようで、高い声が否定した。

 

「つってもな、何に怒ってんのかわかんねーし」

 

「この状況よ、状況。半同棲なんてして、どう考えても貴方、あの子に近すぎるわ」

 

心理定規(メジャーハート)の言う通り、確かに垣根たちは距離が近い。と言うのも彼女が垣根を好きだからで、垣根も彼女を知ろうと深く心に踏み込もうとするから。

当たり前だ。

 

林檎が住み始めてからはそれの保護観察としてカブトムシ05がいながらも何度か訪ねたし、掃除もした。だからこの部屋以外は綺麗だし、垣根の私物も何点かある。

あらぬ誤解を受けるのも当然だろう。

 

しかし、それがなぜ怒りに繋がるのかはいくら考えても答えが出なかった。

人畜無害で可愛そうな狂人を飼い慣らして何がいけない。必死になって垣根を愛する都合のいい犬を可愛がって何がおかしい。

ハサミを握る手に力がこもる。自分の声が徐々に低くなっていくのが静かな部屋のせいでよくわかった。

 

「それの何が悪い?」

 

「同じ女として忠告してあげる。あの子と仲良くするのはやめておいたほうがいいわよ」

 

「……俺のプライベートに口出しするとは、お前も偉くなったもんだな?」

 

パチンと音を立ててチューリップが花を落とす。次いで真っ赤な彼岸花の茎を掴むと、吐き気を催した部下のバタバタとうるさい足音が遠のいて、静かさに拍車がかかる。

隣で林檎も不安そうな顔で垣根を見上げており、少しだけ居心地が悪い。

 

「九月上旬、あの子と少しの時間とはいえ初めて遭遇した時、私は貴方と一緒にいる女がどんなものなのか見てみようと彼女の心を覗こうとしたわ」

 

「テメェ、俺の許可なくあの女に踏み込んだのか」

 

垣根が所属する組織、『スクール』に唯一配属されている精神干渉系能力者である彼女は人と人との心理的距離、つまりは想いを測り、その距離を自由自在に操る。

初めて会った赤の他人を世界で一番愛する人にも、大好きな家族をただの知り合いまでに落とせる能力は組織として使うにはいいが、その矛先が自分に向けられると途端に厄介なものになった。

 

「そしたら何が見えたと思う?何も見えなかったのよ。彼女に能力が効かないって、感覚で分かったわ。何を考えているのかわからない人を、一番近くに置いておくつもり?」

 

垣根すら知らない彼女の心理を覗こうだなんて、笑わせる。

 

「打算と下心を込めて『好き』と伝える女はいるわ。彼女は貴方の前で演じているだけかもしれないのよ?どうしてそこまで──」

 

「なあ、あと何分テメェのくっだらねぇ話に時間を割けばいいんだ?」

 

心を読むこともできなかった目の前のガキが、あの忌々しい天使様の何がわかる。

あの恐れの知らない傲慢な目に見下されたことも、あの優しい慈愛に満ちた目に見つめられたことも、真っ赤な液体で着飾って倒れ伏す柔らかい肉の感触も知らない赤の他人が、あの女の何を知っていると言うのだ。

 

打算と下心を込めて『好き』と伝える女がいることぐらい知っている。そういう女が何人も押しかけてきたこともあった。

だが彼女はそんなチャチで優しいものではない。

 

砂糖の塊のように甘く、かと思えば度数の高いアルコールのような苦さを見せる弱い人。

蛇のような艶やかさと、小鳥のような愛らしさと、犬のような無邪気さと、龍のような悍ましさを持つ気色悪い少女だと、垣根だけが知っている。

 

「何もわかっちゃいねぇ上に、俺のプライベートにズケズケ文句だなんて、テメェは一体何様のつもりだ」

 

━━俺しか知らない領域に軽々しく踏み込むな。

 

「おい誉望!早く頼んだもん報告しろ!」

 

掻き乱された感情の波を落ち着かせるために、走り去った部下を大声で呼びつける。

トイレに駆け込んだ部下は案外早く駆けつけると、焦りながら再び甘い匂いが充満した部屋の扉を開く。

苦々しい表情をしていたが、本題に入るとわかると途端に頼もしい顔をみせた。

 

「えっ、はっ、はい、藍花悦についてでしたよね?」

 

「なんか分かったのか?」

 

そもそも垣根がここに彼らを呼んだのは天羽の素性と藍花悦の関連性を調べるためだ。早く終わらせて、彼女のいる病室に戻りたい。

あの女が何をしでかすか心配だ。

 

「藍花悦……?接点もない第六位について調べるなんて、何がしたいの?」

 

「上手く行けばそいつを引き込めるかもしれないってだけだ、手数は多い方がいいだろ」

 

「でもどうして?会ったこともないじゃない」

 

「……色々あってな。誉望、データは?」

 

適当に会話を逸らしながら誉望から手渡されたタブレットに指を置く。天羽が藍花悦と関連性があることを黙って、タブレットに表示された文字の羅列に目を向けた。

 

「潜れるとこまで潜ってみたんすけど……どうやら藍花悦を名乗る人物が複数いるみたいで、どれが本物か分からないっすね」

 

「複数?」

 

起動されたPDFファイルの枚数はたったの三ページ。その中には藍花悦のIDを使った形跡のある人間の顔写真が鮮明、不鮮明に関わらず貼られていた。

それ以外の情報は何一つ書かれておらず、詳細不明としか記されていない。

 

「性別、年齢問わず、何人もの人が藍花悦のIDを使ってるんですよ。おかげでどれが本人か、そもそも本人がその中にいるのかすら分かりません。ダミー情報も多くて、精査するのに時間かかりましたよ……」

 

「何もわからなかったのか?見た目も、能力も、性別も?」

 

「全くヒットしませんでしたね。そもそものデータが最高ランクのセキュリティで、下手すると上層部にバレると思ったので手はつけてないっす。そんなに重要なんすかね、第六位って」

 

画面に指を滑らせてスクロールしていっても、あの人形のような顔は見当たらない。垣根の考えは不正解だったのだろうか。

夏休みに見た、武装のない可愛そうな女の素顔を探して指を滑らす。

 

日本人であるのはわかるが、同時に複数の国のイメージが湧く、様々な国が入り混じる彼女だけの顔。

甘ったるいベビーフェイスに、気だるそうな垂れ目、ぽってりした唇に、伏せ気味の長いまつげ、色素の薄い瞳、卵型の顔。

あの藍色の少女が持つ空気を侵食していく冷えた恐ろしさは、化粧をしているときの豪華絢爛故の悍ましさとよく似ていた。

 

画面越しに見たあの顔は、確かに天羽彗糸だったはずなのに。必死にあの顔を探して何度も同じページを捲る。

 

か弱い人形のような顔が脳裏に浮かんで消えない。焼印のように刻みこまれた彼女の名状しがたい表情に強くタブレットを握る。

昨日の無邪気な笑顔と、恐ろしいほど感情の色が見えない顔が頭からずっと離れてくれなかった。

笑うと目が三日月になる可愛い癖と、ドールに似た不気味な無表情の顔。

 

化粧の剥がれたその顔はどこにもなかった。

 

「超能力者のIDなんて、そう簡単に作れるものじゃないと思うけど。あら、この子いい化粧品持ってるわね」

 

「相当腕の立つ人でも雇って偽造したか、もしくは上層部絡みっすかね。考えられるのは」

 

早とちりだったのだろうか。心臓が大きく脈を打つ。

まさか自分に限ってそんなことあるはずがないと、肥大化したプライドと想いが思考の邪魔をして少し息がつまる。

先ほどの苛立ちを感じさせない態度で部屋を見て回る心理定規(メジャーハート)に対し、困ったような顔を見せる誉望にタブレットを返して溜息をつくと腰に手をあて再び考え始めた。

 

どうにかして辿り着けないか。

どうにかしてあの女に繋がる糸口が欲しかった。

 

「……本人が与えてるのかもな。自分を隠す隠れ蓑として」

 

「ならIDの流出先を時間がある時に調べときます。携帯のデータ辿れば分かるかもしれないんで」

 

天羽の本名が藍花悦であることは限りなく正解に近い答えなはずだ。それなら、隠れるためにわざとIDをばら撒いている可能性だってある。

 

思い出すのは夏休みに見た不恰好な黒い折りたたみ式の携帯電話。真っ黒なあの携帯が、隠れ蓑である濡れ羽色の長い髪を彷彿とさせた。

あの時、研究室で談笑していた時にかかってきた電話にヒントがあるかもしれない。

 

だからと言ってもあそこはテレスティーナがいたり、看護師や医者の目があったりと何かと厳重で近づきづらい。誉望に全部任せるのは少し酷だが、怪しい行動を天羽の前で取りたくないので仕方がないので頼んでおこう。

 

「あ、頼まれた『天才少女』の話題なんすけど、研究者のメールを見つけました」

 

「天才少女?何それ?」

 

「この部屋の持ち主のことだ」

 

先ほどから黙って床に散らばった本を難しい顔をして読む林檎の素朴な疑問に答えると、構ってほしそうに顔を膨れさせた彼女の頭を優しく撫でながら誉望に話の続きを促す。

 

「えっと、それでですね、垣根さんの言っていた時期に多くの研究者が全く同じアドレスに一斉にメールを送ってたんですよ。そのアドレスはもう消されてるんですけど、そこに送られてる内容は殆ど誘致に関してで、名前が全て削除済み。怪しさ満開っすね」

 

「そのアドレスから名前は辿れないのか?」

 

「学園都市の運営するものじゃないのでそこまで足を伸ばすのは少々危険かと」

 

彼女が天才少女であることを肯定していたからそれが事実だとはわかっていたが、それが藍花悦名義だったかは分からないようだ。

まあ五年も前の情報をそう簡単に手に入るとは思ってはいなかったが、やはり不発だったか。

仕方がない、こちらの方向で新しい情報が見つかるのは期待しないでおこう

 

「ふーん……なるほどな。誉望は引き続き情報を集めてろ」

 

「分かりました」

 

「この子、ズボンばかり履いてるのね。スカートがないんだけど」

 

「テメェはさっきから何やってんだ」

 

誉望との会話を一旦切り上げると、いまだに部屋を見渡しながら散らばった服を取る少女が視界に入る。

スカートが一着もないことに少し引っかかったがそれよりも苛立ちが勝ってしまい、腕を組んで背の低い少女を睨んだ。

 

うろちょろと部屋の中を見て回る彼女のやっていることはあまり好ましくない。踏み込んでもらいたくないと、少し眉間にシワが寄る。

 

「物色よ、物色。この子の服装みれば貴方の女の好みがわかるじゃない」

 

「愉快な勘違いしてる上に、泥棒とは感心しねぇな。物色するのは構わないがテメェには寸法が合わねぇから持っていっても仕方ねぇだろ」

 

「持ってかないわよ、失礼ね」

 

「まあ気になるのも無理ないんじゃないですか?こんなに散らばっていれば」

 

足の踏み場のない室内で四人の男女のうち二人が物珍しそうに部屋を見渡す。何が面白いのかは全く分からないが、なんだか不愉快だ。

そんな感情に苛まれている垣根なんか気にもせず、なぜか林檎と二人でベッドの下や引き出しの中を躊躇なく漁り始める。

そして何かをクローゼットから見つけると、あっと声をあげた。

 

「みて、これ服の型紙だわ。しかもミシンまで」

 

「天羽って裁縫上手だよ。料理もできるし、大体なんでも出来る。掃除以外は」

 

両手で大きな荷物を取り出しケースを開くと、随分と大きいミシンが顔を見せる。一緒に入っていた紙を手に取って書かれた字に沿って視線を動かしてみると、それが彼女の採寸や服を作る時の計算を書き殴ったものだというのがすぐに分かった。

書かれた数字と文字はあの袖の長すぎる重い服について。あの藍色の服は自分で作っていたのだろう、こんな分かりやすい場所にヒントを置いておくなんて、本当に詰めが甘い。

 

「意外と女子力あるのね……男を落すにはギャップが必要なのかしら?それとも胃袋を掴むほうが……?」

 

「本人はそういう器用貧乏なとこが嫌なんだろうけどな。つか落とすって何」

 

器用貧乏でなんでもそつなくこなす。料理も、裁縫も、運動も、演技も、嘘も、人とのコミュニケーションも、一定以上こなせてしまう彼女は一番になれない。

 

広く浅くを地で行く彼女は何もこなせなかった。

だから特別になろうと突っ走る。

 

彼女は言った、妹のために死んでみせたと。

きっとそれは比喩で、大胆な言い回し。死にかけるほどの大怪我を妹の代わりに背負ったと、滲んだ瞳で告げる彼女は飼い主をなくした犬のようだった。

 

何もできなかった彼女は、初めて感じた達成感(快感)を求めて人を救い、赦し、愛する。

エゴイストであり快楽主義者、他者愛をベースにした愛着障害に、タブロイド思考、メシアコンプレックスのヤンデレ。

もともとおかしかった彼女の思想は、きっと衝撃的なほどの痛みでまとまるはずのない感情が一つになった。

 

なんて可愛そうな人だ。

垣根より劣っているくせに、彼の先を行こうと健気に無茶をする彼女に、飼い犬程度の愛着が湧くのも無理はない。

 

紙を強く握り、床に落ちた服を踏みつけると不思議と心が躍る。誰に取っても都合のいい愚かな女が、垣根の隣にいる事実が喜ばしい。

あの血だまりに落ちた哀れな異形のものを管理できるのは彼だけで、二度とあんな失態は見せる訳にいかない。

しかしそれを改めて理解して優越感に浸る垣根とは逆に、女二人がクローゼットの奥に手を伸ばして呆れたように目を細める。

 

「でも、そんな乙女的な子なのに服は甘くないのね。もっと可愛いもの着てれば男ウケしそうだけど。それで別の人と付き合えばいいのに……」

 

「着てる服、なんか研究所の人みたいで嫌い。可愛くない」

 

「そうね。無地が多いし、シンプルなものが多い。高校一年生にしては気味が悪いくらいに大人すぎるわ」

 

心理定規(メジャーハート)と林檎が手に取った真っ白いTシャツは少し伸びており、安っぽい。金のかけてないシンプルな家具と服は持ち主の豪華絢爛な風貌とはミスマッチだ。

安そうな発色の鮮やかな色をした合成繊維の服が散らばる床には青がなく、どこもかしこも白ばかり。

 

「この女がセンスと倫理観を母親の腹の中に忘れてきたのは知ってんだよ。それがなんか気になるのか?」

 

「なんだか背伸びした子供というより、もはや諦めてる感じね。可愛いもの好きそうなのに。ま、あんな見た目じゃ似合わないでしょうけど」

 

「は?可愛い?この女が?」

 

「だってほら、化粧品もボトルとかパッケージが可愛いのばかり。花も見た目が可愛いものだし、散らばってる文房具も、ノートも可愛い色が多いじゃない」

 

藍色を隠すための明るい色を指差してから化粧品が散乱したドレッサーの椅子に座ると、心理定規(メジャーハート)はため息交じりに目を伏せた。

意味のわからない言葉を先ほどから呟く心理定規(メジャーハート)の言葉が何か引っかかる。

この話、というよりその言葉そのものに。

 

「なんか、貴方の話の天羽彗糸がこの服の持ち主ってなんだかチグハグなのよね。中身と外見が違うっていうか……あなたみたいな人を好きって言うような人が、こんな地味なのかしら?安物だし」

 

「そんなの人それぞれじゃないですか?」

 

「そうかもしれないけど……話を聞いた限り、私は悪に憧れる世間知らずなお嬢様みたいな子を想像してたのよ。もしくはうちのリーダーを誑かす別組織の色仕掛け担当か、ただのゴールドディガー(金目当てのビッチ)か」

 

「なんか、今日の心理定規(メジャーハート)さん容赦ないっすね……」

 

中身と外見が違う。

子供のくせに大人のように振る舞うあの少女の人形のように冷たい顔が何故か脳裏に浮かんだ。

 

「天使、様……?」

 

「どうかしましたか?」

 

今朝、病室で天羽が言った言葉を鮮明に思い出す。そして、昨日のくすんだ青と橙色の空の下で真っ赤に染まった彼女の異様な姿。

 

血腥い体を包むあの大きな翼と光輪。あれを見て、土御門(魔術師)はなんと言っていた?

 

パズルのピースのように今までの記憶が蘇ると、ゆっくりとそのピースは穴を塞いでいく。

脳を冷やすような慄然とした恐怖が、静かに広がった。

 

あの夏の日、一方通行に首を刈り取られたとき、なぜ『能力は体に宿るものではない。魂にある』と断言した?

 

あいつは、誰を信じていると言った?

あいつは、誰を殺すために剣を握ると言った?

あいつは、誰に己を認めさせたいと言っていた?

 

彼女は言った。

死んだことがあると。

大人であると。

神に出会ったことがあると。

 

 

もし、彼女の話が全て()()なら?

 

「ちょっと、どうしたの?」

 

「確かここに、」

 

夏休み、初めて天羽の素顔を見た日、彼女は自分の役割をウェルギリウスと位置付けた。

辺獄を彷徨うウェルギリウスは神の子が産まれる前に死んだ詩人。わざわざ己をそんな御伽話で例えた彼女に違和感を今更になって感じる。

 

もし、それすらもヒントだったら?

 

散らかった床からとある詩集を見つけると、急いでページを捲る。あの青い少女が言った言葉を反復しながら目的の一文を探し出し、噛みしめるように脳の中で呟いた。

 

手に取った本は、ウェルギリウスの詩集の一つ、「アエネーイス」。

第十巻の中盤、ラテン語で書かれた一文に指を添えると小さく息を飲む。

 

 

Audentīs Fortūna juvat.(神は勇敢なものをを救済する)

 

 

悍ましく、冒涜的な推論が体の自由と、息を奪う。初めてこの部屋で眠ったあの日の夢が鳴り響く鐘のように激しく脳を揺さぶった。

 

冷や汗が頬を伝う。

魔術とは違う世界の異なる常識や違える法則を引き出す術だと、七月二十一日、天羽の担任の汚い部屋でインデックスが零していた。

それは恐らく十字教が言う所の神が住まう国なのだろう。

つまり、神の子と精霊と父なる神が存在する世界は異なる次元にあると魔術が証明しているのだ。

 

そして十字教徒の魔術師曰く、三角は神様が、円形は天使が、そして四角は、選ばれた人間が持つと言う。

暑い夏の日、夢に現れた高潔な物体はその頭上に何を浮かべていた?

昨日の黄昏時、地に伏せたあの女は何を持っていた?

 

 

 

天羽彗糸は神に見初められた人間だと、垣根の記憶の中で佇む彼女を照らすあの美しい光の輪が静かに語っていた。

 

 

 

恐ろしくて馬鹿馬鹿しい考えに頭を横に揺さぶり頭をあげると、切り忘れた真っ赤な彼岸花と鮮やかな黄色の向日葵が()()()()

そして脳裏に浮かんだ一つの花言葉が垣根の脳内で激しく主張し、赤く染まった金髪と結びつく。

 

有り得ない、そう思っても今まで聞いて、見たものがその言葉を『有り得ない答え』から、『可能性のある答え』へ変貌させていった。

 

 

この世界と互換性がない体

 

解析できない能力

 

傲慢な性格

 

幼い頃から成熟した精神

 

まるで本当のことだったかのように告げる死んだ過去

 

そして、何よりも憎む神の理不尽

 

 

とてつもなく悍ましい考えが脳を駆け抜ける。あの女の深淵に着実に近づいている感覚が堪らなく気味が悪くて、且つ気持ちが良い。

誰も知らない少女の秘密を知るのが何よりも楽しかった。

 

 

 

 

しかし、優越感で満たされた脳の裏側でふと気がつく。

カブトムシ05との接続が切れたことに。

 




彼岸花の花言葉は転生。
向日葵の花言葉は崇拝。
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