とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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エイプリルフールに間に合いました。前回の告知通り外伝です。

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外伝:とある偶像の四月愚者

 

目を開けると、そこは夢の中だった。

 

「……なんだこれ?」

 

テレビや漫画によく出てくる楽屋のような部屋に一人、ポツンと立ち尽くす。煌びやかな衣装のかかったハンガーラック、会議室によくおいてある長机には菓子折りや、ミニボトルのお茶、真ん中にあるソファ、そして壁にある横長の鏡と椅子はどこからどう見てもアイドルや芸人が使う楽屋だ。

 

部屋を見渡すと同時に、大きい鏡に映る自分の姿に眉を顰める。なぜ着ているのかわからない料理人のコスプレ衣装に身を包んだ高校生の姿は見ていて愉快とは言い難い。

 

「夢、だよな?うん、夢だ」

 

普通なら芸能人がいるような楽屋に似た部屋に、本物ではない料理人のコスプレ衣装。記憶にない目の前の光景に賢い頭は冷静に判断を下した。

 

これは夢、それも明晰夢だろう。

 

夢を夢だと理解したまま進む夢を明晰夢と呼ぶ。今まで一度も明晰夢と呼べるような夢を見たことなかったが、なるほど、これが明晰夢か。

夢だと脳がなぜか理解している状況は確かに明晰夢と呼ぶほかあるまい。

 

「かっきねくぅーん!!元気ぃー?」

 

初めて感じる不思議な感覚に少し感動していると、派手な音を立てて薄っぺらいドアが勢いよく開かれた。

聞き取りやすい低い女の声がいつもより元気よく部屋に広がる。確認せずとも誰だかわかる特徴的な声にため息をつくと面倒だが彼女の方に体を向ける。

 

「天羽、お前は普通の格好なんだな……」

 

夢の中だというのに全く安らげない彼女の元気さに呆れるが、同時に彼女のいたって普通の格好に拍子抜けしてしまう。申し訳程度にフリルのついた赤紫の豹柄へそ出しキャミソールに、デニムのミニスカート。現実世界の彼女よりフェミニンさを醸し出す目の前の彼女は、いつもの調子で笑う。

彼女もコスプレしていれば、この微妙な恥ずかしさは感じなかっただろうに。

 

自分も元の、いつもの格好に戻りたい。

明晰夢ならそんな設定自由自在。

だというのに。

願っても願っても、着ている服は変わらない。

 

「なにが?それより早く!出番もうすぐだよ!」

 

「は?なんの?」

 

「なにって今日は料理対決番組の収録日でしょ?」

 

強く腕を引かれ、楽屋を飛び出すとガヤガヤとうるさい廊下を歩く。金と桃色の髪と大きな胸を揺らしながら進む彼女はどこか楽しそうだ。

しかし楽しそうなのはいいが、何を楽しんでいるのかがわからない。料理だの番組だの言っているが、コスプレをしている理由なのだろうか。

この夢を理解できてない現時点では、彼女の楽しげな横顔を見つめることしかできない。

 

「おい、押すなって!」

 

「公開収録ってやつなんだから、早く行かないと!」

 

「そうじゃなくて……!」

 

舞台袖と思しき場所に連れてかれると、背中を金色のネイルのついた手で強く押される。何をすればわからないまま舞台へ足を踏み入れると、ニコニコと冷たい笑みを浮かべた彼女の弧を描いた目と視線が交わる。

 

「楽しんでおいで」

 

どうせ夢だ、意味不明なのは当たり前のこと。夢の中でも薄気味悪い彼女の笑顔を背に、仕方がなく舞台へと向かった。

 

 

 

 

 

「さぁ今晩も始まりました!本日のゲストは学園都市でトップアイドルの地位を争う三人……」

 

舞台に上がると、すぐに収録が始まる。自分の他に観客の目を奪うのは二人、見覚えのある顔に夢だと忘れて苛立つと、陽気なナレーションがさらに苛立たせた。

 

一方通行(アクセラレータ)さん!」

 

カメラが隣の小さな白髪を捉える。

 

「垣根帝督さん!」

 

そして今度は垣根へ移り、最後に唯一の女性に照準を合わせた。

 

「そして御坂美琴さんです!」

 

同じような料理人風の衣装を着た第一位と、女児向けアニメにありそうなフリルたっぷりのコック衣装を着た第三位。

どうやら三人揃って職業:アイドルのようで、あまりにもぶっ飛んだ夢に一人心の中で嘲笑していると、ナレーターはさらに言葉を続ける。

 

「さて、今回はスペシャルな審査員にも来ていただいています!」

 

「え?」

 

高いヒールが硬い地面を踏み鳴らす。

長く、真っ直ぐな黒髪を揺らして舞台袖から現れたその人物に心臓が大きな鼓動を響かせた。

 

たくさんのフリルと、長い髪。同じ香りの少女がいた。

ただし、その少女は誰よりも色が少なかった。

 

「今話題の女性アーティスト!超能力者(レベル5)、第六位!藍花悦さんです!」

 

「っな!???」

 

パンダを連想させる藍色の中華モチーフの衣装。天羽とタメを張れる大きな胸。巨大なツインテール。

長い黒髪とドールのような気怠げで儚い顔は確かに、画面に写っていた天羽の別の姿だった。

 

「さぁ今日は一体どんな料理バトルが繰り広げられるのでしょうか──!?司会の私もテンションが上がってきました!」

 

驚きのあまり声が出ない。涼しい顔で審査員席に座る藍花悦(仮)の端正な顔を見ると、冷静を装いながらも頭の中で必死に考える。垣根の焦りも関係なしに続けるナレーションはただただうるさいだけだった。

 

だがすぐにどうしてその姿をしているのか理解すると、冷静さを欠いた頭はいつもの平常な精神状態に戻る。

 

なんであいつが藍花悦として出てきたのか、それは『ここが夢だから』の一言で片付いてしまう。

夢というのは現実で起こった出来事や感情を整理する過程で眠りの浅いときに見ると言われている。だから表面上に出ない深層心理が反映されたり、その日見た出来事に似たシチュエーションを夢としてみたりする。

 

つまるところ、天羽彗糸の裏の顔である『藍色のチャイナ服を着た人物』が藍花悦であるという証拠のない推理が夢に影響を与えているのだ。

だから天羽と同じようなプロポーションと、一般的なアイドルらしい格好をした藍花悦(仮)がこの夢にいる。

 

簡単な答えにたどり着くと、呆れながら目の前のキッチンに視線を移す。二つの姿で夢にまで侵食する彼女にふと笑い、フライパンを手にした。

夢の中でも垣根を困らせたがるのが彼女らしい。

 

「……作るか」

 

料理対決番組ということだったので、やはり料理をしなければいけないようだ。置かれた食材にざっと目を通すと、頭を抱えたい衝動に駆られる。

 

料理は決して得意ではない。

確かに、自分が生きるためのそれなりに美味しい料理の作り方は一人暮らしということもあって知ってはいる。

しかし、知り合いのどこぞのヒーローみたいにべらぼうに上手でもなければ、見た目と反して学と器用さだけはあるギャルとは違って他人に出せるほどの小綺麗で栄養の整ったものを出せるわけではない。

一度天羽たちに食わせたときだって、上条と二人で作ったから見た目も綺麗だったし、他人に出せた。

 

女に出す料理を知らないのだ、この料理対決とやらが自分に不利なのは嫌でもわかる。暗部にいる超能力者(レベル5)がそんなものを知っているわけがない。

まともに天羽以外の女と出かけたことすらないのに。

 

キッチンの近くに置いてある乾燥パスタを手に取り、思案する。テレビ的には地味な料理になるだろうが撮り高とか知らねぇし興味もねぇ、そもそもただの夢だからいつも自分で適当に作るパスタでいいんじゃないか。

藍花悦とはいえ、この夢の中では天羽が役割を担っている。アイツなら何食わせても文句言わずに食うだろう。

 

「最初に作り終えたのは垣根帝督さん!いつもの派手さを抑え、堅実にパスタを作り上げました!普通の男子高校生の作るご飯といった感じがします!」

 

遠回しに嫌味でも言っているのかとキレたくなるムカつくナレーターに舌打ちをすると、藍花悦の前に適当に作ったパスタの皿を置く。

そりゃあワインとか使って風味付けとかすれば派手になるかもしんねぇけど、いちいち自分で作る飯にそんなことしなくていいだろ。

 

それに相手は見知った相手(?)だ。変に格好つければからかわれること間違いなし。いつものようにご飯を出せば彼女は満足する。

なら普通に、いつものように美味しい普通のご飯を食わせるだけだ。

 

「さて、審査員の藍花さん!如何ですか?」

 

「……」

 

黙ったまま口を動かすと、藍花悦は目を伏せて一枚のパネルを持ち上げた。

 

 

 

 

 

7点。おしい。

 

 

 

 

 

舞台袖から早歩きで先ほどの楽屋へ向かうと、強く扉を開く。目をまん丸に見開く天羽の顔にチクチクとした苛立ちを覚えるのはなんだろうか。

 

「で、説明してもらおうか」

 

「何を?」

 

「この夢についてだ」

 

ソファの上に寝転びながら差し入れと思しきクッキーを口にする彼女を見下ろす。大きなタブレットを弄っていた手を止め、怪訝そうに眉を八の字にするとクッキーを飲み込んでから困ったように笑った。

 

絶対能力者(レベル6)に到達するためアイドルをやるんだって。で、垣根くんはアイドル、あたしがマネージャー。わかる?」

 

「……夢とはいえぶっ飛んだ設定だな」

 

「ファンサービス目的の別次元スピンオフだから当たり前でしょ。でも君の男前な顔とCVを使えば一位なんてすぐなれると思うよ?このあたしがマネージャーなんですし!」

 

ソファに深く座り、隣に座れと促されると、天羽はニコニコと馬鹿にするかのように垣根を見上げる。何を言っているのか話の内容は半分も理解できないが、それでもどこか楽しそうということはわかる。

手に取ったタブレットにアイドル姿の垣根を映してくすくすと目を細めて笑う彼女からは、夢の中だというのにとてもいい香りがした。

薔薇とラズベリーの香り。

しかも押し当てる胸の柔らかい感触まで感じる。ここまで自我をはっきりさせ、感覚がある夢は初めてだ。

 

「でもマネージャーか。お前は俺のファン一号とかやってそうだったのに、夢の中とはいえ意外だな」

 

解像度の高い夢に感動すら覚えるが、同時に垣根の夢だからこそなんともいえない疑問が浮かぶ。

彼女にマネージメント業務なんぞ、夢の中でもやって欲しくない。おっちょこちょいで要領の悪い、方向音痴で気の抜けた彼女は、垣根を見つめて黄色い声援を馬鹿みたいに発声しながら笑っているのが一番望ましいはずだ。

 

夢の中という特異な空間、もしかしたら何か意味があるのだろうかとふと思う。

夢はフロイトやユングの夢分析だったり、学問として心理学に分類されている。深層心理が深く関与されていると言われる夢は、精神医学ではなんだかんだ重要だったりする。

 

ということは、深層心理の中では天羽にマネージメントを、自分を管理されたいと思っているということなのだろうか。

そんなドMみたいな思考、自分が持っているとは認めたくない。

普通に嫌である。

 

「え?あぁ……大丈夫、ちゃんと君のファンクラブ会員番号no.1だから。ほら、推しを意識した服装だし?オタクに優しいギャルじゃなくてオタクになったギャルだぞ♡」

 

「だよな、そうだよな?やっぱり夢の中でも俺のことが好きなんだな、お前は」

 

背筋が凍るような気色悪い仮説だったが、それを払拭するように天羽の明るい声が狭い部屋に響く。両手で可愛くハートを作って笑う彼女は、現実世界の彼女とそっくりで、自分の夢の完成度に感心してしまう。

 

「だってその方が似ているだろう?」

 

明るい声が一気に低く、冷たい声に変わる。

聞いたことのない恐ろしい声と意図の分からない言葉に夢ということを忘れて恐怖が迫り上がる。

 

「……は?」

 

「それより、他のアイドルのことは聞かなくていいの?説明してあげるけど」

 

「あ、あぁ……頼む」

 

冷たい声をなかったかのように振る舞い、明るく笑うと彼女はタブレットの画面を見せる。漫画に出てくるような王子様風の衣装を着た一方通行(アクセラレータ)を映すと、鼻歌交じりに甘い匂いを漂わせて一緒に画面を覗き込んだ。

金縛りのように固まった体は、夢だというのにそれ以上聞くなと言われているようだった。

 

「まず第一位、一方通行(アクセラレータ)。歌って踊れる大人気アイドル。よくよく考えるとなんで三白眼ギョロ目低身長口と目付き悪(んちゅ)が人気なんだろうね?人間の価値観よく分かんないや。そんなに性格と歌が良いのかね?ま、どうでもいいけど」

 

「まて、辛辣すぎないか??一方通行(アクセラレータ)嫌いなわけ?」

 

「立場的に、かなー?それに嫌いになって欲しいんでしょ?」

 

いつもの彼女からは考えられないような早口がテープのように一気に流れ出す。可愛い顔して笑うくせに、その口から零すのは淡々とした可愛げのない嫌味だった。

 

でも、これはきっと正しいのだ。

夏休みのあの日、一方通行(アクセラレータ)と対峙したあの日に見た光景は今思えば腹立たしい事実だ。一方通行(アクセラレータ)を嫌っていて欲しいって言う自分自身の深層心理が働いているのだろう。

 

「……そうだな、お前が好きなのは俺だけでいい」

 

「さっすが垣根帝国(エンパイア)帝王。俺様度はキャラクターの中で群を抜くね。やっぱり王子様系アイドルは君みたいにちょっと抜けててアホで高身長のバカ顔がいい人間にピッタリだと思うよ」

 

「それは褒めてるんだよな?」

 

夢だからこそ従順な彼女に機嫌が良くなるが、同時にいつもとはどこか違う彼女になんともいえない疎外感を感じていた。

同じ外見なのに、中身が少しだけ違う目の前の少女は聞いたこともないような単語を並べながら垣根を褒めるが、虚しいだけだった。

 

「んで、後は第三位御坂美琴。着ぐるみ着たり、フリフリの衣装着たり、みんなの想像する地下ドルって感じだねぇ。最近のアイドルはかっこよさに極振りしてたりするし、結構珍しいかも」

 

何を言っているのか分からないアイドル用語に圧倒されていると、タブレットに指を滑らせて話を続ける。

 

「第四位……んー、麦野沈利は暗部の子達と一緒にガールズバンドやってるからアイドルとはちょっと違うかなー?」

 

フリルとリボンがたくさんついた御坂美琴の画像を映したタブレットは、今度は真っ赤なライブ衣装に身を包んだ大人びた女がマイクを握る画像に変わる。

顔を知ってる人の衣装姿は夢の中だからこそ気まずくてぎこちない。

 

「第五位、食蜂操祈。御坂美琴と同じ感じだけど、プロポーションの良さ、センスの良さ、コミュニケーション能力の高さから海外セレブ系タレントもびっくりする良質なコスメ・ファッションブランドを展開してるよ。SNSの運営もピカイチだね」

 

早く別のシーンに写って欲しいと願うと、あった事のない、いや、この間の選手宣誓でしか見た事ない第五位の姿が映る。

見た目も相まって華やかな第五位は確かに、現実世界でもアイドルをやっていてもおかしくなさそうだった。

 

「第七位、削板軍覇。沢山資格もってて、ラーメンを小麦から作り出すとかどこに向かってるか分からない原石の少年。最早説明不要なTOKI……歌って踊れて米作りまで出来る農業系アイドル枠だね」

 

「おい、一人抜かしてるぞ」

 

パッと画面が暑苦しい男に変わる。飛ばされた番号はよりにもよって一番聞きたい場所だった。

 

「あら、バレちゃった?そんなに知りたいの?♡」

 

「早くしろ殺すぞ」

 

見覚えのありすぎるムカつく男にイラつき、足を組んであからさまに不機嫌になると、天羽は両手で頬杖をついてタブレットにあの髪の長い女を映した。

 

「第六位、藍花悦!黒髪スーパーロングのチャイボーグ系アーティスト。キャッチーな流行りの歌を歌うぞ!さっすが()()()()、学生ばかりの学園都市故の戦略だね!グッズもブラインドなしや、モチーフ系の大人向け、配信もたくさんやってるよ。オタクの喜ばせ方ちょー知ってるじゃん♡この運営に着いてけば解釈違いのない最高のオタクライフをエンジョイ出来るぞ♡」

 

「何一つ理解できねぇ……」

 

テンションを高くして早口でまくしたてる彼女に若干引きながらタブレットの画面を見つめる。垣根の夢は天羽と藍花悦が同一であると信じてやまないようだった。

 

顔も体も全く同じ。チャイナ風の衣装と控えめな化粧、長すぎる黒髪が醸し出す雰囲気を変えているが、どこから見ても隣座る胸がでかくて頭が弱い女にしか見えない。

夢から醒めた時、彼女と話すのが気まずいのは確かだ。

 

しかし何故目の前の天羽はこんなにも詳しく、鮮明に、垣根の理解できないアイドル関連の用語と思しき単語を喋るのだろうか。

ここは彼の夢だ。彼の知識と記憶を整理するための副産物。だというのに目の前の女はどう考えても垣根の知らない知識に詳しすぎる。

 

「なぁ、なんでお前、そんなアイドル詳しいの?」

 

自分の夢とはいえ不可解な点が多すぎる。不安げに隣に目を向けたが、知らない表情の女に固唾を吞む。

 

「……さぁ、なんでだろうな?」

 

薄く笑う彼女の言葉を最後に、視界は黒く変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬きのうちに、目の前の景色が変わる。

 

「え~、それではルールを説明しますね。地図で指定された範囲以外には立ち入らないようにしてください。道具は指定のもの以外使用禁止ですが、能力は自由に使っていただいて大丈夫です」

 

目に入るのは空調の効いた心地いい楽屋ではなく、果てしなく青い空と海、潮の匂いがするそよ風とサンダルに入り込む砂、そして陸地に広がる緑だった。

 

「料理の次はサバイバル番組ってやつか?忙しいことで」

 

先ほどと打って変わった視界に何故か思考は順応し、ナレーターの声から今の事態を推測する。

料理人の格好から、白い半袖シャツと裾を捲ったズボンの上にアロハシャツを羽織ったおかしな格好へと変わっており、花で作られた首飾り、ハワイではレイと呼ばれるものが首からぶら下がっていた。

 

見た目に文句が言いたいところだが、完成度の高い自然にその感想は引っ込む。煌めく海面に、雲ひとつない青空は海がない学園都市で同時にお目にかかる事は一生ない。

暗部所属で超能力者(レベル5)である自分には縁のない場所、夢の中とはいえアホみたいな格好しているとこを除けば結構いいバカンスに成りうるだろう。

 

しかし、夏の海にいなくてはいけない存在が欠けていた。

 

「水着の女はいねぇのな……」

 

せっかくの明晰夢だというのに、この場にいるのはむさ苦しいホルモンバランスの崩れた男女、幼女、下手をしたら母親と同年代の年上女が二人。

夢の中でくらい願わせてくれ。

嫌いなジャンルの人間が集まったこの場所に、せめてもの華やかさが欲しい。

 

「金髪のちゃんねーとか、あいつ適任だろ……」

 

思い出すのは見た目しか取り柄のない少女。

 

ギスギスした空気が重い。何故夢の中でまでこんな思いをしなきゃならんのか。

なんだかんだ言って、女で、明るくて、適度にうるさく、適度に空気を読まない天羽はこう言ったギスギスしている空気を軽くしていたのだろうか。

それにあいつがいないと、女ばかり(ハーレム)の第一位に負けたような気がしてならない。

 

全部吹き飛ばしてしまおうか。

 

そんな物騒な考えが頭を巡ると、タイミングよく誰かにアロハシャツの裾を引かれた。軽く引かれたシャツに添えられた手を後ろ手で握る。苛立ちながら掴んだ柔らかい手に、覚えがあった。

 

「服を掴むなよ。伸びるだろ?」

 

振り返った先にいた長い黒髪の少女、この夢では藍花悦を名乗る彼女は黙ったままじっとこちらを見つめ続ける。

垣根とお揃いの黒い目玉は、気味が悪いほど暗く、澄んでいた。

 

「アロハシャツ欲しいのか?それともこの花か?」

 

「……」

 

黒い瞳と髪を照らすような華やかな黄色の水着を着た彼女は不気味な無表情で何かを訴える。

何を考えているのか分からない彼女にとりあえず着ていたアロハシャツを着せたり、レイを首にかけたりしてみる。

ゴテゴテに装飾されていると言うのに、何をしても無反応を貫く。

 

「何が欲しいんだお前は……」

 

「ただ君を知りたいだけだよ」

 

いい加減めんどくさくなっていたところに、小さい声が耳に届く。初めて聞いた子供のような弱々しい声はストンと、心に入るように大きく耳の中で反響する。

 

悪戯っ子のような笑みを浮かべた彼女を最後に、再び視界は歪んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そよ風に薙ぎ払われ、暗転した視界は鮮やかな青を奪い、灰色の天井を写す。鏡に映った自分は、いつの間にかアロハシャツから暗部の仕事の際に着ている赤紫色のスーツに変わっていた。

 

「ヤッホー、元気?」

 

また楽屋に戻って来たと確認すると同時に、明るすぎる女の声に眉が動く。垣根のスーツと同じ色をしたビジネススーツを着る彼女に小さくため息をついてしまう。

 

「……元気に見えるなら、一回眼科にいったほうがよさそうだな」

 

「じゃあ慰めてあげようか?」

 

苛立ちながらソファに深く腰掛けると、開いた足の隙間に薄手のストッキングで守られた太ももが滑り込む。

馬鹿にするかのように目を細め笑う彼女に、ようやくこの夢がなんなのか分かってしまった。

 

「……はぁ、下手なモノマネ見せられるのにもいい加減飽き飽きする」

 

「というと?」

 

「アレはそんなこと言わねーんだよ、大根役者」

 

ソファに座ったまま、強く目の前のクソアマの顔面を蹴り飛ばす。派手な音を立てて後頭部から倒れるクソ野郎の太ももを片足で砕くと、声も上げずにそれは逃げようと床を這いずる。

 

「そもそも、あいつが俺の夢の中だからと言って一方通行(アクセラレータ)の悪口言ったり、自分の分身を褒めたりするはずがねぇんだよ」

 

「断言できるのかい?」

 

「他人を愛して自分を卑下する矛盾だらけのナルシストの彼女だからこそ、俺は今まで嫌わずに側にいてやってるんだ。誰にもない長所で、短所だから、その思考回路が知りたくてわざわざ一緒にいてやってんだ」

 

━━それをなくしたらただの馬鹿女じゃねぇか

 

アイドルに興味がない垣根が、アイドルになる夢を見るなどイかれてる。

 

夢とは睡眠時に記憶や感情の整理をするための人間に備わったシステム。自分が願ってもいないことを、自分の記憶にないことも、自分が思ってもないことが起きるわけがないのだ。

 

最初から感じてはいた。自分の夢だからと言って、いや、自分の夢だからこそ、彼女は垣根の都合がいいように変わることはありえない。

垣根よりも、全ての人に愛を振りまき、ずっと笑って、影で出来もしないことを努力する彼女の方がよっぽどアイドル気質で、彼はそれをよく知っている。

 

都合のいい夢だといっても、揺るぎない感情は夢に侵されることはない。あの女への感情と知識が、夢ごときに敗れるような綺麗なものと思われるのは、ひどく不愉快だ。

 

「……嫌いだから一緒にいる、か。それが彼女にとって一番いいのかもしれない、やはりこれで良かったのかもしれないな」

 

「どこの能力者か魔術師だか知らねぇが、夢に干渉してまで出来の悪いモノマネしやがって、要件によっては殺す」

 

ストッキングに穴が開くほど強く足を踏みつけ、低い声で聞こえるように呟いた。

あの気持ち悪い唯一無二をこんな量産型の馬鹿女みたいに扱った目の前のブスに、怒りが煮えたぎる。

 

何が目的かは知らないが、夢に干渉してまで垣根を侮辱するこの野郎を許してやることはできそうになかった。

 

「要件、か。あぁ、忘れていたよ」

 

女は笑いながら呟くと、潰した足を元に戻し、ゆらりと立ち上がる。

 

「汝は、あの乙女に死んでほしいか?」

 

金色と桃色が揺れる。太陽のように眩しい髪と気味の悪い色の瞳と相まって、厳かに佇む少女を何かおぞましく神聖な何かに見せていた。

 

「それとも、死んでほしくない?」

 

いつものセーラー服に、男物かと見間違うほど採寸があってないウィンドブレーカーに身を包んだ彼女の煌びやかな装飾品がキラキラと、暗闇に閉じていく背景の中で光る。

 

「は…?」

 

「要件はそれだけ。誰かが望まなきゃあたしは干渉できないからさ、聞きにきたの。ついでに君をからかいにも来たかな」

 

いつの間にか宇宙のような暗闇に変わっていた場所で、ようやく思い出した。

 

今日は大覇星祭初日の夜で、あの女が、天羽彗糸が真っ赤に変わった日だということを。

 

「死んで欲しいわけ、ねぇだろ」

 

あの暖かい血の、あの柔らかい肉の感触が蘇る。

 

二度と触りたくない冷たい体が、恐ろしいほど鮮明に記憶の奥底から呼び起こされていく。

空と地面の区別がつかない暗闇に膝を着くと、茶色い髪が垂れて視界を奪う。髪の隙間から覗く足がゆっくりと、こちらに向かって歩みを進めた。

 

「じゃあ、あたしが生きることを神に祈れる?」

 

「神?」

 

「そう、神様。人間のプライドをへし折って、神様に祈れる?」

 

ピタリと目の前で足を止めると、彼女は思ってもいなかった言葉を投げかけた。あまりに突拍子もなく、馬鹿馬鹿しい話に乾いた喉元から小さな笑い声がかすかに漏れ出す。

 

まるで神にしか救えないとでも言っているようで、腹が立つ。

 

「は、っはは、馬鹿馬鹿しいな。お前を救うのはこの俺だ。神なんかに祈るものか。俺は人を救えると、お前が教えたんじゃねぇか」

 

垣根が彼女を治した。他でもない自分が。

第一位にもできないことを、今まで出来なかったことを、彼は成し遂げた。

 

それをあの女の顔をした他人に馬鹿にされるのは、ひたすらに腹立たしかった。

 

「……そっか。君は君の力で望みを叶えるんだね。似た者同士で、いいじゃないか」

 

垣根の答えに優しく笑うと、天羽に似た誰かは何処かへ去ろうと髪をなびかせて踵を返す。もうここに用はないと言うように目の前の女はは晴れやかな顔をしていた。

 

「おい、どこいくんだよ!テメェにはまだ話が」

 

「大丈夫だよ。心配せずとも垣根くんが望む限り、あたしは生きるよ」

 

「なんでテメェにそんなことがわかる、結局お前は何を──」

 

その腕を掴もうと手を伸ばす。勢い良く立ち上がったせいでよろめいた体は、振り返った彼女の顔を最後に勢いをなくし、言いかけた言葉を終わらせることも出来ずに急激に襲ってきた眠気によって瞼が閉じていった。

 

「だってほら、あたし、神様だから」

 

最後に見たのは天羽とよく似た人懐っこい笑顔。

 

そして、風車のようにゆらゆらと頭上で回る三角の光だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと、柔らかい光に瞼を開く。

 

何か、不思議な夢を見ていた気がする。ぼんやりとした頭で思い出そうとするが、何も思い出せない。

嫌な夢だった気がするが、思い出せないくらいどうでもいい夢だったのだろう。

 

それよりも節々の痛みに気がつくと、ため息をつきながら肩を回す。

硬い病室の椅子で姿勢悪く寝ていたからか、身体中が痛い。大変な作業に珍しく疲れてしまったとはいえ、流石に椅子で寝るのはよくなかった。

もう二度と、こんな作業は御免だ。

 

とても面倒臭い作業だった。

血を抜いて、入れて、皮膚を作って、貼って、骨をくっ付けて、神経を繋いで。神経がすり減って、疲れてしまうほど、とても精密な作業だった。

しかし、この痛みを尊んでしまうほど、成し遂げた『作業』は達成感を与えてくれた。

 

「俺が、救ったのか」

 

カーテンから漏れる星々の明かりに照らされたベッドに目をやる。規則正しい寝息を続け、病院に運んだ当初より随分とよくなった顔色に安堵して椅子にもたれかかり、深く息を吐く。

 

「感謝しろよ、バーカ」

 

誰にも聞こえない声は静かな部屋の中で小さく響いた。

 






58話と59話の間の話でした。
エイプリルフールなので神様が遊びに来ていた模様。しかもからかいに来ただけ。

ちなみに一方通行を嫌っているかのように振舞っていたのは垣根へのヒントと、自分(神)と等しい能力を持つ一方通行にちょっとマウント取ってただけです。
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