とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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どうでもいい話を書くのが楽しくて長くなってしまいました。


61話:二日目朝

エレベーターが下降する。小さなLEDライトが伏せた顔から垂れる髪と肌を照らし、あられもない姿で立っていることになんだか恥ずかしさを通り越して溜息しか出ない。

 

渡された下着に、借りている黒いジャージしか着ていないこの姿のまま外に出たら通報ものだろう。それでいて隣に立つ少年が全く反応を示さないのも少し悲しい。

先程別れたばかりのイケメンと寸分違わず同じ顔をした生き物は、全くの無表情だった。

 

制服を破ったと言った垣根の冷めた顔を思い出すと、取り寄せる制服にかかる金額が頭を過る。

貧乏性の天羽にとっては少し痛い出費だ。誰か代わりに買ってくれないだろうか。

 

「替えの服くらい持ってきてくれればいいのに……」

 

「出歩いて欲しくないから服を渡していなかったんですよ。その小さな頭では理解できませんでしたか?」

 

背が高く、綺麗な顔をした真っ白い少年、カブトムシ05が天羽の手を強く握る。あらかさまに機嫌が悪いこの生き物は刺々しい言葉を投げかけ、開いたエレベーターの扉をくぐった。

白い蛍光灯の光が眩しく光る。

爪が食い込むほど強く握られた手に苛立ちを感じながらも、痛みを感じない体は悲鳴ひとつあげずに真っ直ぐ研究所に進んでいく。

 

「……あたしは裸で放り出されても恥ずかしがらずに出歩ける女よ」

 

「絶対にやめてくださいね」

 

「だからこうやって服を取りに来たんじゃん、わかんない?」

 

少しだけ歩くのが早い05を伏せたまま髪の隙間から軽く睨みつける。

しかし全く動じずに研究室の扉を開いてムッとした表情で天羽を見るだけだった。

 

全く面倒な野郎だ。

彼女の監視をマスターから仰せつかっているこの生き物もどきは先ほどから天羽から目も、手も離さない。

見るからに彼女の行動を制限しようとしているこの物体に苛立ちしか感じなかった。

 

「ていうか、アンタにとやかく言われる筋合いないから」

 

「ありますよ。だって私は貴女の護衛なんですから。貴女を危険な目に合わせるような行為は止めなければいけません」

 

思わず強い口調になると、05は眉を下げて拗ねたように反論を口にする。

悲しそうに振る舞っているそれにほんのりとした罪悪感を感じても、どうせ振る舞いだけの空っぽの入れ物のそれに感情を割くだけ無駄だと分かってた。

 

「あー、さいですか……」

 

「ちょっと、聞いてます?」

 

顔を見られないようにそのまま面倒な奴の手を引きながら研究室に足を踏み入れる。

明るい花に、鮮やかな緑、随分前に垣根からもらったクレーンゲームの景品などが至るとこに置いてあるこの研究室はいつきても華やかだ。

 

「着替え、見てもいいけど撮影はしないよーに」

 

「しませんよ。安心して着替えてください」

 

垣根から借りたジャージを脱ぎ、パソコンの隣に置かれたロッカーを開く。

姿見を無理やり取り付けた不恰好なロッカーから一着のワンピースを取り出すと服に袖を通した。

椅子に置いた黒いジャージとは全く違う色のそれは、秋口に着るには少し薄手だ。

 

肌触りのいい白い布が肌を隠す。

垣根にアクセサリー類を没収されたのは痛手だった。Vネックの飾りっ気のない首元に寂しさを感じながら、膝丈まであるスカートの皺を伸ばして鏡の中にいる自分を見つめる。

死装束のように胸元の布地が重ね合わされた白いワンピースは、上品なはずなのに、ハイウエストのシルエットが強調する胸のせいでどこか下品だ。

 

気が滅入る。

化粧をしていないことも、華やかなアクセサリーがないことも、死人であることも、すべて。

可愛くない自分も、飾っていない自分も見たくない。ひどく醜い自分なんか見たって楽しくない。

一度ぐちゃぐちゃに潰されたこの顔は、この世界で生きている登場人物と比べたらどれほど醜いことか。

褒められるのはこの体くらい。着飾らないと、不安だ。

 

「珍しいですね、ワンピースなんて貴女らしくない……いや、そういえば夏休み最終日にそれを着ていらしてましたね」

 

「……あれはあの日だったからねぇ。真っ白いワンピースなんてか弱いの代名詞みたいなものだし、上手くいくと思って」

 

真っ白なカシュクールのAラインワンピースはいつもの姿からは全く想像できない清楚なもので、どこからどう見ても似合ってない。

デコルテが露出した瀟洒なワンピースは夏休み最終日にインデックスの誘拐騒ぎに便乗しようと思って買ったもの。

 

か弱く見せれば油断してくれるだろうかと短絡的に考えた自分が馬鹿としか思えないが、それしか良い案は思い浮かばなかった。

どうせ不幸の塊がいるのだ、他の事件と比べたら遭遇する確率は非常に高い。

 

そして事件があると理解した上での作戦は結果的にうまく行った。

 

弱い女だからこそインデックスの隣で彼女を守れるかもしれないなら、天羽は自分のポリシーを捻じ曲げたって構わない。この件に関しては自分が女でよかったと何度思ったことか。

 

「何が上手くいくと?」

 

「人助けかな」

 

白いハイヒールを履くとその足で隣のパソコンの前に座り、引き出しの中から化粧箱を取り出して暗転しているパソコンの画面を鏡代わりに顔の塗装を始める。

 

自分の顔はあまり好きじゃない。

 

どこの国の人間なのかわからない気持ち悪い顔。

子供みたいな大きな垂れ目を囲むまつげは伏せ気味で、ぼんやりとした瞳は気味の悪い色をしている。

少し腫れぼったい唇も、笑うと目が細くなって釣り上がる癖も、無いに等しい涙袋も、子供みたいで大嫌い。

 

大人でいたいのに。

 

下地とファンデーションを塗って、サクランボのようなピンク色のアイシャドウで飾る。

同じ色の口紅は白粉で色を抑えてから、全体にじゃなくてぼんやりと塗って、伏せたまつげをビューラーとマスカラ、つけまつげで伸ばしてパッチリと。涙袋を描いた後、黒のアイラインをつり目に見せるように引いたら出来上がり。

 

自分の短所を隠した加工品。

 

垂れ目気味だけど、少し端を跳ね上げれば、女ウケがいいと前世で死んだあたりに流行っていた『強い女』らしく見える。

そこまでしないと、美しくなれない。

 

もう思い出せない妹の顔とも似ていない造形は、鏡を見るたびにため息を零したくなる程嫌いだった。

 

「……御自身のことを大切になさってくださいね」

 

「は?突然なに」

 

デスクの近くに置いてあった自分の学校鞄からヘアアイロンを取り出すと、コンセントを挿して電源を入れる。

180℃に温まるまでの間は髪を梳かそうと感傷的な気分のままヘアスプレーに手を伸ばすが、05の手が代わりにそれを掴み、ブラシをもう片手に握った。

 

髪を優しく掴み、椅子の後ろに立つ05の顔はギリギリのところでパソコンの画面に映らない。垣根と同じ優しそうな声だけがそれの感情を教えてくれる。

 

「貴女が傷つく姿は見たくありません」

 

「なんで?別にあたしが怪我しようがどうでもいいでしょ?」

 

「そんなことありませんよ、貴女の痛々しい姿はマスターも私も二度と見たくありません。どうでもよくないです」

 

冷たいミストが髪を濡らす。意味のわからない言葉を絶え間無く零し、優しく髪を梳かす05の表情は伺えない。

地面を踏みつけるヒールが軋む。

なんだかとても気持ちの悪い感覚だ。ゆっくり動く太めのブラシが髪を撫で、ぞわぞわと蛇が這うような不快感が背中を襲う。

 

「すぐ治るし、見たくなきゃ見なきゃいいでしょ」

 

「ですが、今回のように不測の事態が起きるかもしれません。念には念をというでしょう?貴女に死んで欲しくないのです」

 

温めたヘアアイロンに髪を巻きつけ、熱する。慣れた手つきで髪を触る05の優しさにまみれた嘘は天羽の機嫌を損ねるだけだ。

誰も悲しまない彼女の死がまるで残酷なことだと嘯く彼らの言葉は、彼女の心に空いた穴を広げていく。

 

「あたしが死のうが、お前らはどうだっていいだろ」

 

あの世界でさえ悲しむことのなかった彼女の死を、この世界の人間が悲しむわけがない。

 

嫌な考えから気を紛らわそうと、蛍光緑の液体を取り出して爪を塗り始める。

粘り気のある液体の匂いが薬品の匂いを上書きするように広がっていくこの不快感は、何歳になっても慣れない。

 

「どうでもよくなんかありません」

 

初めて聞いた05の力強い声に肩が跳ねる。何も聞きたくないと一生懸命動かす手がうっすらと熱を帯びていく。

 

「あたしに生きて欲しいと思う人間なんか、家族ですらいないのに?」

 

やっぱり塗り直せばよかったかもしれないと思ったところでもう遅い。

欠けた穴をパテで埋めるように塗ったマニキュアは酷く不格好だった。

 

 

 

神曰く、『汝を望むものいる限り汝は生き、汝は歩む』

 

今朝見た忌々しい神の夢が脳の奥を燻り、自然と奥歯を強く噛む。あの気持ち悪くも美しい存在が放った言葉は考えたくなかった前世を思い出させた。

 

彼女が死んだのは、妹も、両親も、誰一人として生を望まなかったから。神はそう告げた。

心臓が脈打つ。ほんのりと目頭が熱くなり、息が苦しい。

 

見返りも、愛も要らない。

それでも、彼女に生きていて欲しくなかったと告げられたのは、とても寂しかった。その言葉は飢えた愛情を刺激し、感じたことの無い寂しさをこの体に教えてくれた。

 

「それってどういう、」

 

「あんたらここでイチャついてんじゃねぇぞ」

 

ぼんやりと色を塗った指先を見つめていると、後方のドアが開く音と共に低い女性の声が部屋に響く。

後ろを見ずともその人が長い髪を揺らしながらこちらに歩いてくるのに気がつくと、小さくため息をついた。

 

「してませーん」

 

「ていうか入院したんじゃねーの?」

 

「脱走」

 

髪に付いた大人の匂いが懐かしい。強い煙草の匂いを待とう女性、テレスティーナ=木原=ライフラインはなんともなさそうに言葉を聞き流すと半笑いで天羽を見下ろした。

 

「あのガキが心配するぞ?まぁ興味ねーけど」

 

「てかテレスティーナさん煙草吸ってんの?匂いするんだけど」

 

鼻の奥を刺激する煙草の匂いに思わず顔を見上げ、目を合わす。髪をかきあげ、嫌そうな表情で眉を寄せると一気に煙草の匂いが広がった。

懐かしい匂いが忘れていた味をセピア色の映像のようにぼんやりと舌に浮かぶ。

 

「煙草吸ってた職員と話したから匂い移ったんだろ。結構喫煙所人いたしな。なんだ、煙草の匂い嫌いなのか」

 

「ううん、懐かしいなって。昔吸ってたからさ」

 

昔、二十歳を超えてた天羽はその特権をフル活用し、酒を呑み、煙を吸うなどいたって普通の大学生がすることをしていた。ギャンブルも、なんでも、必ず一回はした。

どれも好きではないし、美味しいとも思わないので今に至るまで呑んでも吸ってもいないが、あの独特な匂いを嗅ぐとあの味を思い出してしまう。ストレス解消にはちょうどいい娯楽だったから。

 

「……ちょっと待ってください、貴方未成年ですよね??」

 

「だからこっち来てからは買ってないよ?別にそんな好きだったわけじゃないし」

 

大人の世界はコミュニケーションが必須となる。それを円滑に進めるには知識が必要だ。

それも性的関係を設けずに研究者や教授を取り入れるとなると、『大人の嗜好品』の話は必ず知らなければならない。

 

タバコを吸っていればスモーキングルームで会話を始めることができ、酒が飲めればいい気になってバーに誘われ、ギャンブルが分かればカジノで交流を図れる。

 

誰かに取り入るためのものでしかないが、長年やっていないと案外寂しく感じてしまう。同時に、それらを使えない子供の自分に苛立つ。

未だ昔の身長に数センチ届かない体、幼い顔、酒もタバコもできない年齢はどれも鬱陶しい。

 

「ふーん、見た目らしく遊んでたのかよ。どんなの吸ってたんだ?」

 

「女性向けのタール少ないやつだよ。月に一箱消化するかしないか、って感じ」

 

可愛らしいデザインのピンク色のボックスと、細身の煙草を口に含むと広がるメンソール。気まぐれにシトラスやバニラを選ぶと飽きがこない。

懐かしい味が広がる記憶に哀愁を感じ、ふとため息をつく。

 

大人の時の知識なんてこの世界では一ミリにも役に立たないが、経験はどんな場所だろうと役に立つ。細かな経験は、冥土帰しや学校の先生と喋るのに役立ち、必ず糧となる。

前世の記憶と経験を引き継いだ彼女は、もしかしたらコミニュケーション能力は世界最強かもしれない。

 

そんなことを思ってみたりもするが、実際引き継ぎデータがあるのは、やはり未来を知っているだけにかかわらず、大きなアドバンテージだろう。

戦うことより、権力者に媚を売るの方が得意だ。

演技をするだけで、ちょっと優しくするだけで、研究者や権力者は妹を救うために必要な情報を落としてくれる。誰かのために他人に優しくするのはとても気分がいい。

 

「え?あなたアメリカにいたころ八歳とかそこらですよね?」

 

「ま、アメリカはなんでもありみたいなとこあるしな、酒は飲んでたか?」

 

「うん、飲んでた」

 

話は煙草から写り、酒の話へ。

もう体感出来ない『酔う』という状態に思い馳せるが、この年齢だと商品を買うことすらできないのであの味を楽しむことすらままない。

 

虚しい。昔できていたことが今になって禁止される感覚は非常に虚しい。

もうこれ以上大人に戻りたくなる話をして欲しくないと思わせるほど虚しかった。

 

「保護対象、あなたの幼少期は些かおかしいのでは?」

 

「でもガキなのに酒飲めるって案外すごくねぇか?子供の舌には苦いだろ」

 

「んー、まぁ。でも甘いの結構あるし。果実酒とか定番じゃない?」

 

口に唾液が分泌されていく。真面目に聞いてないふりをしながら必死に酒への欲を隠してみるが、その考えと比例するかのように欲は膨らんでいく。

長年酒を浴びていない舌はあの苦味を求めているような気がした。

 

「ふーむ、煙草、酒と続けばあとは薬か。やった?」

 

「一回だけ。でも副作用酷くて二度としないって誓った」

 

「……副作用」

 

アメリカというものは日本とは様々な点で大きく違う、とだけ述べておこう。

 

ボコボコのネイルを見ながら今すぐ居酒屋に向かいたい衝動を抑え、あまり記憶に残ってない前世の大学生活を脳内で振り返る。

妹のために教授や学長に媚は売っていたが、友達と呼べるのは寮のルームメイトくらいの打算しかない学校生活を送っていたためか全くと言っていいほど記憶にない。

天羽はアメリカの大学院まで卒業して学んだのが接待の仕方のみというのがなんとも情けなかった。

 

「え?八歳児が?保護対象、なんて人生送ってるんですか、親はなんとも言わないのです?」

 

「言わないよ、あたしのこと興味無いだろうし」

 

「ヤクで副作用でるとなると……これは厳しいか?」

 

デスクに腰を下ろして長い足を組んだその人は、身動きが取れない天羽の手に何かを乗せる。手渡された薄いケースを訝しげに05と凝視して中身を取り出すと、タブレット菓子のような赤い結晶が手に落ちた。

眼鏡の奥の綺麗な青い瞳で天羽たちを見下ろすと彼女は薄く笑う。

 

「体晶?出来たんだ?」

 

「お前のDNAサンプルとファーストサンプルを使ったものだ。暗部に出回ってるものとは質が違う、本物。薬で副作用が出る体質だとちょっとキツイかもしれないな」

 

「能力が開花する前の話だし、今の体は関係ないよ。大丈夫、問題なく使いこなせると思う」

 

軽い結晶に笑みが浮かぶ。これでまた新たな武器が一つできた。

これさえあればいつもの自己ドーピングより遥かに良い効果が見込めるだろう。

 

誰かを守る力が注ぎ込まれた一粒の宝石に大きな期待を馳せ、胸元でじっくりと見つめる。

待ち望んだ力を試したいと浮き足立つ感情を止めるのはできそうになかった。

 

「どうして自ら茨の道を進もうとするのですか」

 

手のひらに途端に重みを増す。後ろから結晶ごと白い手で天羽の手を掴み指を絡めると、05がヘアアイロンをデスクに置いた。

後ろから回された手に顎を掴まれ上を向かされ、エメラルドのように眩しい目と視線が交わる。

 

「決して無茶はしないでください。貴女が倒れたら私は、」

 

「アーハイハイ、うるさい」

 

強引に手を離して勢いよく立ち上がると、05は椅子にぶつかり不機嫌そうな顔を見せた。体晶をケースにしまい、ヘアアイロンのコンセントを抜いて再び自分の学校鞄に手を伸ばす。

 

少しの武器と、化粧道具、そして藍花悦の衣装などが入っているこの鞄は、垣根に見つかる前にコインロッカーにでも置いておかなくては。

 

昨日の騒動で藍花悦の黒い携帯をポケットに入れたままでし、あの口ぶりから察するに彼は全てを知っているのだろう。

それでも物的証拠をそのままにするのは隠れていた身としてはやりたくない。

認めたくないという気持ちが大半を占めるが、それに気づかないふりをしてアイロンを片付け、同時に体晶の入った灰色のケースとともにワンピースの小さいポケットに突っ込んだ。

 

「これで絶対能力者(レベル6)になれるかは分かんねぇけどな。これはあくまでも自分で自分を制御しちまうお前がスムーズに暴走できるためのものだ。そこから先は自分でなんとかしろ」

 

「ありがとねん?あたしこっちの技術はノータッチだし、テレスティーナさん大好き!」

 

「羽より軽い好きの安売りをするなっていっつも言ってんだろ、学習しろ」

 

「保護対象、人にすぐ抱きつくのではありません」

 

感謝のついでにテレスティーナに抱きつくとすぐさま05に腕を掴まれズルズルと引き摺られて引き剥がされる。

嫉妬深いのか、危険察知能力が強いのか、過保護なだけなのかは分からないが、強い力で腕を掴まれるのははっきり言って不愉快だ。

 

「そのようなものを使わなくても私やマスターが守って差し上げますのに、なぜ自ら危険な行為をなさるのですか」

 

「実験よ、実験。学園都市ならあたり前でしょ」

 

どうせこの体は神のオモチャ、壊れるほど乱雑に扱ったって支障はない。

 

05に手を握られながらポケットに突っ込んだケースを布越しに触る。自分を暴走状態にするのは難しいと判断し、夏頃から作ってもらっていた代物だが、果たしてうまく行くのだろうか。

思惑というものはいつも成功するものではないが、こればかりは成功して欲しかった。

 

「そういえばもう一人は?」

 

「またグチグチ文句言ってるぜ。ま、すぐ黙らせるからいいけどよ」

 

「もー、またテレスティーナさんに迷惑かけてるの?ダメでしょー?」

 

作業員が一人足りないとあたりを一度見渡すと、研究室内にある出入り口とは違うドアを開いて最近拾った研究者に声をかける。

白衣の下で見え隠れする真っ黒い義手でパソコンを打つその男は九月上旬、天羽の大好きな人を殺しかけた最低な人。

灰色の短い髪に、たくさんついたピアスと黒い革手袋をつけた彼、木原相似は顔を顰めて大きな舌打ちを小さい部屋こだまさせた。

 

「相似くーん、黙ってるの?何が気に入らない?設備?ご飯?」

 

「……ここにいること、そのものでしょうかね」

 

大きな椅子に座り、様々な機械で埋め尽くされた部屋で小さく呟く。憎悪の籠った目を向ける彼はまるで捕獲された蛇のように滑稽だった。

 

「そうか?最高だろ。研究は続けられて、永遠に死なないモルモットはいる。研究費と過激さとモルモットの数が足りねぇが、こっちは学園都市に追われる側だしな、文句ねぇよ」

 

「木原だというのに、呆れてモノも言えませんね。そんな女にほだされて、牙が抜けたんです?」

 

「あ?ここには面白いからいるだけだ。どうせ計画もおじゃんになったしな」

 

テレスティーナの言葉に彼は首を振る事はない。口角を下げて、睨むその姿になんとも言えない面倒臭さを感じる。

呆れてしまうのはこっちだろうに。

 

「……相似くん、これは救いの糸なんだよ。哀れなお前に与えた最初で最後のチャンス、わかるでしょ?」

 

「この扱いが、ですか」

 

タイヤが擦れる音が鳴った。真っ黒い車椅子に乗った彼は一寸も動かない足を見せつけるようにと、彼は薄く笑う。

 

「やり直しってやつだよ。もう一度挑戦するチャンスを与えたの、分かる?本当はあの場で放置したかったけどぉ……木原の謎技術で復活されてまた杠ちゃん達に迷惑かけたら嫌だし?仕方ないから戻してあげたんじゃん」

 

「……戻す?この体が戻した結果だと?」

 

それはやり直しの代償だった。

腕と足の機能の損傷、脳へのダメージ。一度やり直しを強要させて、人並みに戻した際に起こる弊害。

やり直しのやり直し、それが今の彼が置かれた状況だった。

 

杠を傷つけたことには変わりはない。このくらいの枷は必要だ。

まだこの男を許してはいないのだから。

 

「なら戻して欲しくなかった?」

 

「そうですね、あのまま殺しておいてくれた方がまだマシでしたよ」

 

「殺すのはいつかね。まだ使えるから」

 

デスクに腰掛けると、彼が座る椅子にヒールをぶつけて見下ろす。

 

「アナタ達の才能を悪用して、この学園都市をぶっ壊すために使いたいって思ってるの。それはきっと、アナタたちにしか頼めないこと。わかるでしょ?」

 

自分を滅茶苦茶にして、この世界の理を破壊して、神の領域(system)に到達したい。

 

神をあの玉座から引き摺り降ろすため、彼女の正義を行うため、彼らに科学を悪用してもらわなくてはいけなかった。

垣根を運命の日から救い上げるには、なりふり構っていられないのだ。

 

それは人間の情動で生まれた科学の力で神を殺したいという破壊衝動に限りなく近かった。

 

「正義だのうるさいくせに、自分は悪人に縋るのですね」

 

「なんか勘違いしてない?正義と悪って人の価値観と立場によって変わるんだよ。あたしは絶対的な基準点っつーまやかしなんかを持ち合わせてないの」

 

苦虫を潰したような顔で天羽を見上げる彼を鼻で笑うと、ますます表情が暗くなっていく。

 

分からず屋どもが。

 

人のいう悪とはただの手段の一つ。

誰かのために人を殺す、反道徳的な事だって、誰かを救うための手段だ。

それが誰かを幸せにするのなら、彼女は咎めない。その罪をかわりに背負ってやる。

 

「どんな形であれ、正義のためならあたしは何度だって死ぬし、誰だって使うわ。動物を何匹殺したって構わない。この美しい愛のためならば、惨たらしい手段を使ったって、あたしは赦すんだから」

 

「……頭がイカれてますね。アナタは倫理観というものがないのですか?人権とか、存じ上げません?」

 

「お前がそれ言うの?自分が今まで何してきたか分かってんだろ?」

 

静かな部屋に、低い声が広がる。

 

「まあ、これでも相似君のこと結構好きだし、処置は甘くしてるけどね」

 

「……気に入ってる?まさか、帝督さんから乗り換えたんです?まぁ、あの人女癖悪そうですしね、浮気でもされたんですか?それにそんな見た目と性格じゃワンナイトラブしか出来なさそうですしね」

 

「そうじゃなくて。あたし、相似くんの研究テーマ、気に入ってるんだよ?」

 

代替の足、代替の命、代替の役割。本物ではないけれど本物であるそれは彼女の望みを代替してくれる。

あの子の足の代わりに、あの子の命の代わりに、あの子の役割の代わりに。

あの子を失った彼女はこの代替にまみれた世界で生きている。

 

彼のテーマとそう代わりはない。

 

それを研究するこの男を否定するのはあまりにも虫が良すぎるのではないか。

 

「そういうとこに就職しようともしたし、あたしが研究してた分野でもあるからさ」

 

そう言えば、本当は春から新卒だった。死んだ後の未来なんか考えたってしょうがないが、それでも『もしも』が頭に浮かぶ。

せっかく就職活動をわざわざ日本でしてまで家族と暮らそうと考えていたのに。天羽が死んだ後の荷物や手続きはどうなったんだろうか。

 

死んだ彼女を見て、親は何を考えたのだろうか。

 

生みの親に付けられた名前を、彼らの手で死亡届に書かせてしまった親不孝者に何を思ったのかあまり知りたくなかった。

 

「あたしにとって垣根くんは未練を果たす為の代替品だしね。相似くんがやりたいことはとてもよく分かる。それが害にならなければの話だけど」

 

「後悔や未練で動くだなんて見た目通り女々しい人ですね。元彼のことでも引き摺ってるんです?」

 

「恋愛なんかじゃなくてさ、大切な家族への未練だよ。分かんない?思い浮かばなかったわけ?」

 

だからこそ、前世に犯してしまった罪をこの世界で拭う。地獄の中、天国へ行くために人を救い、あの神にこの価値をわからせる。

誰にも求められなかった彼女でも、人を救えると、お前の箱庭で生きる哀れなお人形じゃ無いと証明しなければならない。

 

「はぁ、そうですか。それで?どんな未練かは存じ上げませんが、それを達成したら貴方は帝督さんを捨てるんです?」

 

「え?」

 

「未練とは目標のことでしょう?達成したら何かあるのかと思いまして」

 

相似の言葉は少し衝撃的だった。未練を果たしたその先の不確定な未来なんて考えたこともない。

 

当たり前だろう。この体は他人のためにある。未来もこの体を他人のために使うに決まってる。

それでも、明確に救う人がいない人生は考えられなかった。

 

あの子のために学校に行って、勉強して、就職して、生きて、死んだ。

人生すべてあの子に捧げた。

そして今、成せなかったことを垣根で果たそうとしてる。

 

━━この未練を果たした時、あたしには何が残るんだろう。

 

もしあの子が歩けていたら。

もしあの子が幸せなら。

もしあの子が死んでいたら。

もし自分だけが生きていたのなら?

 

彼女はどうしていたのだろう。

 

彼のために死にたい。

けれども、残念なことに彼女は死なない。

たとえ死んでも生き返る。あの痛みも暗闇も血も感じず、生きてしまう。

 

ならば彼のために生きていたい。

例え代替品だとしても。

 

けれど、垣根を死の運命から遠ざけた後、彼を幸せにできるのは杠林檎(ヒロイン)だけ。

不幸に陥るキャラクターを多く知っているわけでは無いし、次に幸せにするべき人は思い浮かばない。

 

彼を救ったあと、彼女は何をすればいいのだろう。

 

「おい、電話なってんぞ」

 

「え?あぁ、誰だろ?」

 

デフォルトのまま設定された電子音にふと我に帰る。規則正しく鳴る音に慌てて飛び出し、デスクの引き出しを開けると黒い携帯を手に取った。

 

「はい、どちら様?」

 

そこでようやく気がつく。この携帯は、本来この場所にあるべきでないことに。

 

「初めまして、藍花悦さん?」

 

甘ったるい声に聞き覚えがあった。

 

鮮やかな黄色い髪と、誰もを魅了する外見と知られざる過去。

今日がなんの日かを鮮明に思い出させるほど衝撃を、この声の持ち主は持っていた。






※未成年は酒タバコギャンブルしないでくださいね。進めてるわけじゃないです。やめましょう。

※危ない薬に手は出さないようにしましょう。アメリカだと流行っていることもあるらしいので。
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