とある科学の肉体支配【完結済み】   作:てふてふちょーちょ

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64話:発展

練習よりも簡単だった風船サンドは無事一着で終わり、運営委員のスタッフに軽く会釈をして一位の旗を受け取ると、ペアを組んでいた黒髪の少女が息を途切れさせながら体を震わせ口を開いた。

 

「じゃ、邪智暴虐にも程がありますわよ!食蜂操祈!」

 

「婚后さん!声、声!」

 

よく通る声を張り上げる婚后さんを小さな声で落ち着かせると、彼女は拳を握りしめて怒りに肩を震わせた。

 

「妹さんを拐かし、あまつさえ白井さん達の記憶を操作するなど、常盤台生の風上にもおけませんわ」

 

そして小さく頷くと、姿勢を正し私と目を合わせる。

 

「話は承りました。妹さんのことは私が調べてきますから、御坂さんは食蜂派閥の目を引き付けてくださいな」

 

「ごめん、こんな私事に巻き込んで……でも、くれぐれも深入りはしないで。あの女は何を考えてるのか分からない怖さがある、手掛かりさえあればあとは自分で何とかするから」

 

旗を握りしめて肩を落とすと、顔を上げて青い空を睨みつけた。

第五位、食蜂操祈。精神に関する能力では右に出る者がいない彼女が、一体何を企んでいるのか分からない。

そんな彼女と婚后さんを対立させるのは本当に申し訳ないし、巻き込む事に抵抗がある。現状、何もできない身としては、せめて忠告することしかできなかった。

 

「……いえ、御坂さんは私からの情報を信用すべきではありません」

 

「え、なんで……?」

 

「私も既に食蜂操祈に洗脳されているかもしれないからですわ」

 

淡々と述べると、私に背を向けて婚后さんは呟く。もっともな発言だというのに、何故か私は酷く動揺してしまう。

これ以上、友人を無くしたなんて考えたくなかった。

 

「私からもたらされる情報は全て嘘。御坂さんはその可能性を考慮すべきですわ」

 

「そんな……」

 

「ええ、そんなことを言っていたら誰も信用できませんわよね。ですから私は妹さん本人を連れて戻ります。信用するなと言っておいてなんですが、私を信じてお待ちください」

 

そう言って婚后さんは真っ直ぐ走り去る。その背中を追いかけようと腕を伸ばすが、届かずに虚しく空気を掴むだけだった。

 

「一位お見事でした、流石ですわね」

 

「……どうも」

 

遅れてやってきた監視役に足を止められ、そのまま動きを止める。有無を言わさず取り囲む集団に苦笑いしか浮かばない。

 

「大丈夫かな……」

 

もう見えなくなってしまった婚后さんの姿を目で追って、白い体操服の裾を握りしめる。

巻き込んでしまった手前強くはいえないが、危ない目に合わないでほしい。たとえあの子が助かっても、婚后さんが危ない目に逢うのも嫌だ。

 

小さくため息をついて監視役たちと歩く。早く抜け出したいのにそれをできない自分に怒りが募る。

もう一度、今度は大きなため息をついて周りを囲む彼女たちの表情を伺うと、視界の端に小さな白い虫が写った。

足を止めて目を凝らしてみると、あまりの美しさに息を零す。

 

それは白いカブトムシ。

珍しいその色は何かを訴えるように、美しい緑の瞳で私を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩しい太陽の光を反射するアスファルトを蹴り、少しだけ下で結んだ黒髪をなびかせて走り出す。先ほど御坂さんに聞いた話に怒りを募らせながら。

行方不明の妹に、記憶を消された友人の白井さん達、そして原因の食蜂操祈。与えられた情報を噛み砕くように一から頭の中で整理する。

 

妹さんが行方不明になったのはバルーンハンターの後、そして今向かっている工事現場に近い路地裏で見かけたのが最後だったらしい。

何故、食蜂操祈は妹さんを誘拐したのか、その根本的な理由は分からないが、御坂さんに宣言した以上早く見つけなくてはならない。

 

目的はおそらく妹さん。

つまり、食蜂操祈の派閥の方々が御坂さんを監視しているのはただの時間稼ぎ。それも、一時しのぎが出来ればいいと言う程度のもの。

そして白井さん達の記憶を奪うだけで、彼女達を御坂さんと敵対させなかったのは恐らく、そこまでする必要性を感じていないということ。

急いだ方が良さそうだと、走るスピードを上げる。

 

「となれば……食蜂操祈が接触したのも、恐らく……」

 

路地を抜け、ひとけのない道に踏み入れると、辺りを見渡す。

御坂さんの話ですと、妹さんと最後に別れたのは目の前に広がる工事現場。鉄骨や袋に詰められた砂利などが積み上がった工事現場には誰もおらず、見た限りでは特に異常はない。

 

この工事現場で妹さんは連れ去られた、しかしどうも腑に落ちない。

妹さんは御坂さんのように心理掌握(メンタルアウト)を防げるようなレベルではないということ。なら能力で人目につかない場所に行くように命令することも出来たはずなのに、なぜ捕獲して移送などという手段をとったのか。

 

考えられる線は一つ。

妹さんが倒れたのは能力によるものではなく、食蜂操祈にとっても不測の事態だった。

そんな推測が脳裏に浮かぶ。

 

もしそうなら、この場になにか手がかりが?

 

土が剥き出しになった地面に目を向けて、手掛かりになりそうなものを探してみると、角を曲がった先に緑色の何かが落ちているのが見えた。

小走りで駆け寄ってそれを手に取るが、カエルをモチーフにした薄っぺらいお面だと気がつくと少し首をひねる。

御坂さんが好きなケロゾウ、だったか。何故こんな場所に落ちているのか不思議に思うが、頭上に影が差すと顔を上げて注意を移した。

 

「あれは……こ、こらー!」

 

何かと思って近くにおいてあったドラム缶の方へ顔を向けると、一匹の小さな黒猫がその三倍の体格はしていそうな大きなカラスに襲われており、慌てて手で振り払う。

大きな体をした烏は子猫を狙うのは諦めたのかどこかへ飛び去り、子猫だけがその場に残される。

 

カラスが飛び去った後も不安げに縮こまる子猫を撫でて様子をみるが、仕切りに私を見ながら鳴いていた。

御坂さんのお手伝いもあるためこの可愛らしい動物を預かることはできないが、自分の中の良心がいつの間にか子猫を手に取る。

こんなことをしている暇はないというのに、可愛らしい子猫を放ってはおけなかった。

 

「よしよし、可哀想に、って、あら?」

 

しかし、奥の方から誰かの砂利を踏む音が響くと、黒猫は手から離れ、その音の方向へと駆け出す。

軽く砂利を踏む音がゆっくりと大きくなっていく。誰の気配もしなかったのに、いまははっきりと誰かがいるのが聞こえた。

 

「……どなた?」

 

「あれま、先客?」

 

突き当たりから現れたのは、逃げていった黒猫を抱いて佇む背の高い女性。

15cmはある踵の高いパンプスを履いているとはいえ、おそらく身長は平均以上。175cmはあるメリハリのある体と、化粧の濃いハーフ顔も相まって学生には見えない。

 

しかし胸元に入場証をぶら下げていないので迷い込んだ外部からの一般客の線も薄い。

かと言って、この場にふさわしくない体の線を隠す真っ白いワンピースと男物の黒いジャージを着ている辺り、おそらくこの工事現場の関係者でもなさそうで、どう見ても怪しかった。

 

「常盤台生?この猫はアナタのかな?」

 

「い、いえ……」

 

子猫の首をつまんで私を見下ろす女性に少しばかりの嫌悪感を感じ、じっと観察を続ける。猫を乱暴に扱う態度もそうだが、180cmもある背から見下ろす彼女の奇妙な目の色にはなんともいえない怖さと威圧感があった。

 

「ふーん?じゃあこの猫は警備員(アンチスキル)に持って行ったほうが良さそうかな、お邪魔してごめんねー」

 

「えっ、ちょ、ちょっとお待ちなさい!」

 

「はい?」

 

「あ、貴方は何故ここに?」

 

普通の人とは違う、闇も光も入り混じったような目。赤と緑の不思議な色を細めて笑う女性はこの場を去ろうと背を向ける。

その背を引き止めようと伸ばした手が彼女の腕を掴み、ピタリと動きが止まった。

 

御坂さんの妹について何か知っているかもしれない。一度そう考えたら呼び止めずにはいられなかった。

振り向きざま金色と桃色の髪が消毒液の匂いを撒き散らす。消毒液の奥に香る甘い何かの匂い、柔らかいその匂いは優しくて、嗅いだこともないような香りだった。

 

「んー、強いていえば探し人を見つけにかな?お嬢さんには関係のないことだよ」

 

「……宜しければ、お手伝いしますわ」

 

「何か用事があるんじゃないの?気にしなくていいよ」

 

優しい香りと、優しい笑み。そのまま立ち去ろうと、含みのある言葉を残して背中を見せる彼女を引き止める。

腕を掴まれきょとんと目を丸くする女性の不思議な色の瞳を見つめて、できうる限りの笑顔を見せた。

 

「常盤台生として、困っている人を見過ごせませんもの!」

 

御坂さんとは別の立ち位置から妹さんと繋がっている可能性は高い。きっと彼女は何か知っていると、直感する。

そしてその自分の純粋な直感を、信じることにした。

 

「えっーと、それで、お姉さんはどなたをお探しで?」

 

「そう言えばお嬢さんも、なにか探してるみたいだったけど、そっちはいいのかな?」

 

手始めに簡単に探りを入れてみようと名前も聞かずに質問を投げると、女性は薄く笑ってはぐらかす。女性にしては低い声に体が強張ると、彼女は少し屈んで覗き込むように言葉を続けた。

 

「お友達でも探してるの?」

 

「っ、そ、それは……」

 

低い声が背筋を這う。赤と緑の瞳から目を逸らすと、女性は朗らかな笑みを浮かべて足早に歩き出した。狭い路地から抜け、大通りに出てもそのスピードは落ちずに、淡々と人を避けながら進んでいく。

 

「あら?婚后さん?と、どちら様でしょうか?」

 

「湾内さん!」

 

前を歩くその人に注意を向けながら深く考え込んでいると、よく見知った学友とすれ違う。栗色のふわふわしたショートヘアが特徴的な友人、湾内絹保さん。

学友の中で最も親しい彼女に話しかけられたことに喜ぶが、如何せんこの状況下では素直に喜べなかった。

というのも、失礼とはわかってはいるが、隣に清楚とはかけ離れた長身痩躯の女性が立っているのだ、心配されてしまうかもしれないし、下手をすれば不審がってこの女性から情報を探れなくなるかもしれない。

 

「えぇと、こちらは……」

 

「こんにちは、この方とは先程出会いまして、見つけた猫を助けていただいたんですよ。いいお友達をお持ちですね」

 

「まぁ、そんなことが?」

 

一瞬言い淀んだ自分とは反対に、隣の女性はその風貌からは連想できないほど丁寧な言葉で湾内さんに人懐っこい笑顔を浮かべ、なんてことなさそうに腕に抱いた黒猫を見せびらかす。

きっと嘘を言い慣れているのだろう、その上品な物腰は派手な見た目が霞むほどの演技で、浮かべた笑顔は自然に見えた。

 

「え?ええ、そうなんですよ……それで湾内さん、この子をしばらく預かってもらっても──」

 

「あら?この猫さん、御坂様の猫さんですか?」

 

簡単に話を合わせながら猫の頭を撫でるが、湾内さんの言葉にすぐにその手は止まった。

 

「え?これ飼い猫なの?」

 

「飼い猫かはわかりかねますが、バルーンハンターの競技中に預かった猫さんにそっくりです。でも、確信がある訳じゃありませんので……」

 

「バルーンハンター……では御坂さんの妹さんの……」

 

まるで持っていたオモチャが突然価値あるものだと判明したような高揚感が手先を痺れさせる。

もしかしたら足跡やら何やら、色々使えば子猫から何か分かるかもしれない。

女性が抱くこの小さな猫が、この瞬間可愛い動物から情報を持つ金の卵へと昇格したような気分だった。

 

「ふーん、その妹さんがアナタの探し人なのね」

 

思わず呟いた言葉を聞かれ、肩が跳ねる。軽率な発言は慎むべきだった、軽い口に嫌気がさしながら眉を寄せた。

 

「でも、御坂様に妹様がいらしたなんて」

 

「その、詳しく説明している時間はないのですが……御坂さんから行方不明になった妹さんを探して欲しいと頼まれていまして……」

 

「行方が?」

 

湾内さんの言葉に軽く頷く。

 

「この子は、妹さんがトラブルにあったと思われる現場にいたのですが……」

 

「そうですわ、水泳部に動物を介する読心能力者(サイコメトラー)の知人がいます。その方ならこの猫さんとコンタクトが取れるかも。事情はわかりませんが、私たちにもお手伝いさせてください」

 

「じゃあ、その御坂さんの妹さんへの手掛かりになるかもしれないんだ、この猫」

 

「私、連絡してまいりますので、ここで少々お待ちください!」

 

どうやってこの猫さんから情報を得るのか少し不安だったけれど、友人の提案によって活路が見えた。

優しくて頼もしい彼女に感謝しつつも、仕方ないとはいえ怪しい女性に誰を探しているのかを教えてしまったことが悔やまれる。

 

「良かったね、お嬢さん。探し人が見つかりそうで」

 

「ぇ、ええ……ありがとうございます」

 

知り合いを呼びに走り去っていった湾内さんを見送り、女性が抱える子猫を撫でる。

サイコメトラーの方ならまだ食蜂操祈の手は伸びていないだろうし、妹さんを連れて帰ってこれるかもしれないと喜ぶ反面、隣の女性の存在にその喜びの波は引いていく。

 

「それで、あの、貴方は誰を探していたので?」

 

「あぁ、それはもういいの。見つけたから」

 

意味ありげな笑顔にわずかな違和感を覚えると、不審に思いながら背の高い女性を横目で見上げた。

程よく厚い唇が弧を描く。何か別のものに関心が移ったかのように、視線を外して目を細める彼女からは不思議と敵意が感じられなかった。

 

「え?それはどういう──」

 

「失礼」

 

違和感がないという違和感。それを探ろうと口を開いた瞬間、後ろに立っていた見ず知らずの男性が自分よりも早く声をかけた。

 

「ちょっとお話があるんですが」

 

妙に演技がかった男の声に振り返ると、少し横幅がある短髪の男性と目があう。高校生くらいの男性は胡散臭い笑みを振りまいて口元を歪ませた。

 

「御坂美琴の妹について、なんですがね」

 

濁った暗い緑の目に姿が映る。怪しい男の姿に体は動きを止めても、脳は思ったより冷静に働いていた。

 

鬼が出るか蛇が出るか。

一抹の不安を抱えつつも、それが手掛かりになるのならば、友人のために向かうしかあるまい。

ぐっと息を飲んで、足を踏み出した。

 

 


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