とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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この世界は2010年くらいだからあまり今時のギャル語を喋らせられなくてつらたにえん。
タピろ〜!とか言わせても他のキャラ絶対わからん。
だいたい1万2000字あるので暇なときに読みましょう。


5話:禁書目録

バイクが走る音が心臓に轟く。風が体を包む。

心地よい音と風の流れに眠くなって体を前に預けると、運転手は嫌そうに息を吐いた

 

「おい、寝たら殺すからな」

 

「はは、まさかそんな」

 

軽い殺気の籠った声に、さてはエスパーか?なんてのんびり考えて信号を進む。

寮が立ち並ぶ住居地域、人通りはまばら。しかしそんな中に見覚えのあるものを二人はほぼ同時に見つけた。

 

見慣れた髪型と、よれよれのシャツ、ガラの悪い歩き方。この世界の中心に、なんとまあ偶然にも出会う。

 

「上条くーん!」

 

「あれ?垣根と天羽じゃねぇか、バイク通学とは、かっこいいっすね」

 

叫びながら手を降ると、声に気づいた少年は驚いたように振り向いた。

上条当麻、この世界の主人公はなんて事ない不幸な顔で足を止める。彼の服装はいつもと同じ。標準の制服のままだった。

 

「通学?今日から夏休みっしょ?」

 

「上条さんは不幸にも補習だったんでせうよ……」

 

「あー、お前バカだもんなぁ」

 

あぁ、そういえばそうか。と、腑に落ちる。

 

彼らの通う高校は言わばFラン、成績最下位をウロウロ争うような人達にとって最後の受け皿のような学校。クラスの大半が担任の小萌先生と一緒に仲良く夏季休業中の補習を受けている。

上条ももちろんそのお仲間。

前世で大学院進学、今世でも既に大学で予習済みの天羽には縁のない話だったあまり、記憶から補習という概念すら忘れていた。

 

「いや、垣根に勉強教えて貰って少しはできるようにはなったんすよ!?」

 

「俺が教えたんだ、補習なんざ受けねぇはずなんだがな」

 

哀れな子羊に憐憫の眼差しを向けていると、上条の悲惨な溜息にビクリと体を揺らす。

上条の言葉にも、合わせて呆れた顔をする垣根にも、酷く違和感を覚えた。

 

「え、なになに、仲良くなったの?」

 

そんなの聞いてない!

と、内心怯えながら天羽はいつも通り天真爛漫に振る舞う。

 

ヒーローと悪役、物語で関わらなかった人達。接点なんて、元々なかった人達。

そんな彼らが天羽(特異点)抜きに、連絡を取り合い、会話をし、交流し、友人となっている。その事実に少し、いやかなり驚いた。

 

確かに、垣根は他の超能力者(レベル5)と比べて一般人に溶け込むのが上手い。そういう描写があったほど。

 

普通の男子高校生みたいに普通に笑って、普通にバカをやって、普通に過ごせる。

そうでなければスピンオフ漫画でも学友から冗談交じりの出席日数を心配するメールに、あの運命の日で年下に「お嬢さん」なんて優しく話しかけたりなんて、描かれないのだ。

普通の少年。

悪役。

 

そして正義を求めた悪役。

 

何かしら共鳴するものがあったのかもしれない。

そう思えば微笑ましい。

 

「まーな!つっても、俺が垣根に勉強手伝ってもらってただけなんだけどな」

 

「夜中に電話してきやがって……ちゃんと勉強しろよ」

 

「うぅ、おっしゃる通りで」

 

しかし、同時に不安が心を埋める。

 

天羽がいない所でも、彼らは彼らの物語を進めてしまう。

彼らは天羽がいなくたって、自分の人生を歩んでしまうのだ。

 

だって彼らも生きているから。

 

物語の外側で、食べて、寝て、言葉を交わして、物語にない情報が山のように蓄積されて行く。

つまりだ、天羽の行動一つで小石は地震を起こし、蝶の羽ばたきが竜巻を起こす。

 

まさにバタフライエフェクト!危惧していたことが現実になった。

 

「へー、てか上条くんの寮ってここらへんなん?」

 

「ん?そうだけど」

 

「暇だし上条くんち行くわ、場所おせーて」

 

「えっ」

 

「そうだな、エロ本でも探しに行くか」

 

「えっ」

 

そして次に抱く疑問がある。

 

もしもすでに()()()が始まっていたら?

 

天羽の知らぬところで物語が動き、すでに終わっている可能性。彼女が何かに関与してしまって、物語よりも凄惨な結果に変わっている可能性。

どれもが、何もかもが考えうる。

物語であり、多くの登場人物が絡んでいるという性質上、イベントが起きないなんてことは、天羽が関与しない限り低確率。

ならばこれからの未来、共にいる主人公になれなかった男を主人公にするための道筋は慎重になる必要がある。

何が何でも、彼らの動向は確認する。そんな不安ばかりが、彼女の中を渦巻いていた。

 

「まさか断るのか?」

 

「いえ滅相もゴザイマセン……」

 

縮こまった上条と愉快な談笑をする中、一人笑顔の裏で思案する。

この世界をハッピーエンドへ導く道筋を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

住所通りにバイクを走らせ、来客用の駐車場スペースへ停める。家主の到着を待つこと数分、ツンツン頭の少年が奥の道から顔を覗かせた。

 

「あ、きたきた、上条くん!」

 

「バイクはやっぱ早いな、羨ましい……」

 

ヘトヘトになりながら歩いてくる姿はまさに不幸少年と呼べるだろう。

泣きそうな顔で必死に「バイクに乗せろよ」と暗に訴える上条だが、バイクは二人乗りである。

 

「これでもスピード落としたんだけどな」

 

「んじゃ、行きますか」

 

疲れ果てた上条に歩幅を合わせながら、エントランスを抜け、エレベーターへ。安っぽい学生寮は、すこし暗くて人気がない。

ボタンを押して鉄の扉を閉めると、上条はふと何かを思い出したかのように、そういえばさぁ、と前置きをして口を開いた。

 

「今朝、ベランダにシスターさんがぶら下がっててさ」

 

なんてことないように、彼はつぶやいた。エレベーターの鏡ごしにその視線とかち合う。

前髪を気にして見つめていた虚像の自分が、彼の一言で自分を責めるかのような目線に変わる。

 

「なんじゃそりゃ、夢でも見たんじゃねぇの?」

 

今朝、ベランダにシスターが?

 

夏休み初日。彼女は仕事と宿題と、期末テストの結果ですっかり忘れていた。

いや、もともと10年前のことだ、覚えていなかったのかもしれない。

冷や汗が流れ落ちる。

 

物語の冒頭。ヒロインとの邂逅。

それが今日だったとは、彼女は全くこれっぽっちも脳裏に刻んでいなかった。

 

(いや、でも、雷は落としてないって……)

 

それでも話の流れは覚えている。

 

上条は御坂美琴に決闘を挑まれて、落とされた雷を打ち消したものの停電が起きるのが前日のこと。

冷蔵庫の中身が夏の暑さと停電でダメになった日、ヒロインがやってくる。

 

もともと自炊していて、日本にいた頃は妹の弁当やら夕食やら作っていた姉だ。

冷蔵庫の中身が丸ごとダメになる不幸に共感したことをよく覚えている。

なのに気がつけなかった。

雷が落ちていないこと、夏休みの補習を存在丸ごと忘れていたこと。

そしてもう一つ。

 

(そうか、超電磁砲(レールガン)か!)

 

スピンオフを忘れていたこと。

 

禁書目録では雷を落とした御坂美琴によって、超電磁砲ではスキルアウトにはなった電撃によって。

停電(結果)は同じでも、作品によってその過程が違っていた。

 

失態だ。

この作品が()()()()()()だということをすっかり忘れていた。

 

「インデックスって言うらしくてな?部屋にフード忘れてったから取りに来るとは思うけどな」

 

「目次?どう考えても偽名じゃねーか」

 

今にして思えば、フィクションの世界にある様々な相違が違和感に感じる。

超電磁砲(レールガン)はあくまでもスピンオフ。なんなら漫画とアニメのみの展開である。

オリジナルである原作の要素を上回って、スピンオフが採用されているのはおかしな話だ。

 

そして何より、()()()()()()

 

原作は小説であり、挿絵はあっても人物がほとんどで、街並みにフォーカスされたものは数少ない。

だと言うのに、この世界はハッキリと街がデザインされている。

コンビニやカフェの配置、学校周りの描写、細かいところも現実のように。

だがそんな情報量、小説にはない。

 

あるのは放送されたアニメ版。

全カットで背景美術が必要なアニメは、大抵メインの場所は精密に設定を作っており、場合によっては実在の場所を使っている。

 

この作品もそう。

立川や武蔵小山の駅前、モノレール、多摩センター、秋葉原のドンキ、某美大。

セブンスミストにいたっては吉祥寺にある百貨店。

原作では学園都市が東京と神奈川を跨いで作られた場所だと書かれていても、現実通りの街並みとは一言も書いてない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

特に視覚情報や、音の情報。これから先、物語も大きく変わるかもしれない。

アニメしか確認していない天羽にとって、これ以上ない理想の状態。

 

では、アニメになっていない垣根の物語はどう変わる?

原作とアニメ、どちらの出来事が優先される?

なぜこんなにも天羽にとってやりやすいよう、物語が改変されている?

 

「ついたぞ」

 

ドアが開きます。ご注意ください。

 

エレベーターの音が彼女を思考の海から引き摺りあげる。

考えていてもしょうがなかった。

だってこの先、廊下を進んだ奥、上条当麻の部屋の前で劇的な登場があるのだから。

 

「ん?」

 

「清掃ロボット、だね」

 

エレベーターを降りて突き当たり、その廊下に三台の清掃ロボットが道を阻む。

白い袋を撤去しようと懸命に動くも、腕のない簡易ロボには難しく、蹴るようにその袋にぶつかっていた。

 

「たく、人の部屋の前で何掃除してんだ?」

 

「お前の部屋かよ」

 

呑気に話す男子高校生たちとは反対に、天羽は薄目で人通りを確認して息を吐く。

どうにかして目の前の二人を欺かなくてはいけない。

嘘をつくのも、演技をするのも慣れているが、いざ物語の根幹に関わると、少し緊張する。

 

(大丈夫、守り切れる)

 

自分の能力を戦闘で活かしたことはほぼない。実戦ではこれが初めて。

押さえ込んでもまだ、心臓がドクンドクンと波打つかのよう。

 

「ん……?ふ、なんて言うか、不幸だ」

 

その袋はただの袋では無い。

上条はその正体に気がつくと、微笑みながら歩み寄る。

そこにいる白い袋こそ、この世界のメインヒロイン。上条当麻のお姫様。

 

「おいインデックス、こんなところでなにやってんだよ」

 

「この子が?」

 

「こんなところで寝て……」

 

おかしさに何も気が付かず、上条は呑気にロボットを退けて少女に声をかけた。

おかしいだろうに。

この血なまぐささ、ロボットの攻撃にビクともしない体。

明らかに不可解で、危険信号が鳴り響くというのに。上条当麻は抱き上げるまで気が付かなかった。

少女の白いシスター服を乱す赤い傷口に。

 

「っ!天羽!怪我人だ!」

 

「え、わ、わかった!」

 

少女の異変にいち早く気がついたのは垣根だった。

少し離れた位置にいたというのに天羽の手を掴んで、動揺する上条を無視して白い少女の安否確認を執り行う。

流れるような対応に「こいつ看護師なった方がいいんじゃないか」と思ったりしたものの、その手際はどちらかと言うと裏切り者を追うマフィアのような、そんな患者への心配は微塵もなさそうなものだった。

 

暗部なんて、裏切り者は見つけ次第即地獄行きにさせるような集団のボスの一角。緊急時、とくに対人のときは真価を発揮するだろう。

とはいえその目付きは子供にするものではなく、なんだか居心地が悪い。

 

「なっ、イ、インデックス!おいっ!大丈夫か!?」

 

「こりゃ、後ろから斬られたな……ナイフか何かか?」

 

「……これ、刀の切り口っしょ、間違いない。でもこんなでかいと治すのに時間かかっちゃう」

 

服を切り裂いて、背中に大きくついた刀の傷。どくどくと赤い血が流れ落ちて、時間が進んでいく。

あまりにも酷い傷だ。

この出血量だと一時間持つかどうか。

 

「安心して、あたしが必ず助けるからね、お嬢さん」

 

天羽にはリミッターがついている。それは本来の力を発揮できないという意味で。

 

本来の、第六位として能力を使えば正直いってこんな傷一瞬だ。なんならこれから敵対する奴らだって探知することも、支配することも、生かすも殺すも、何もかも出来る。

 

だが彼女は誤魔化し続けなくてはいけない。

電気系の能力者で、自分と他者の電気信号を操ることが出来ること。その応用で自分と他者の治癒能力を飛躍的に伸ばすことが出来ること。

今の彼女はそういうことになっている。

その日が来るまでは。

 

「一体どこのどいつにやられたんだ!?」

 

「んー?僕達、魔術師だけど?」

 

焦る上条たちの背後、微かに誰かの気配がする。

 

くゆるタバコと、重そうな足音、布が擦れる音。

気配は徐々に大きくなり、音はピッタリ背後で止まった。

 

「これはまた随分と派手にやっちゃって」

 

ゆっくりと近づくその男の名を、天羽は知っている。

 

赤毛。バーコードの刺青。何十個ものピアス。黒い神父服。

十四歳とは思えない、二メートル越えの体格。

 

彼の名はステイル=マグヌス。

炎の魔術師。

 

「なんで」

 

背後の男に見向きもせず、上条は怒りのこもった声を漏らす。

その表情は見えない。

だがおおよその見当はついた。彼がこの中で最も怒っているということが。

 

「ここまで戻って来た理由?さぁね、忘れ物でもしたんじゃないのかな?」

 

わざとらしく喋るステイルに静かに耳を傾ける。

怒りをこらえる上条を煽るかのように、こちらへ向かって話し始めた。

 

「昨日はフードがあったけれど、あれってどこで落としたんだろうね?」

 

彼の目的はこの少女。

上条の部屋に忘れ去られた少女のフードを魔術的に探知して、ここを突き止めた。

 

初めて出会う、明確な敵。そして魔術師。

科学と魔術で分断されたこの世界、学園都市では滅多にお目にかかれない存在。

 

「ばっか野郎が……!」

 

彼の言葉に上条の拳は白さを増す。力一杯握りしめた拳は、どこか痛々しい。

片腕で支える少女の健気さが、今回ばかりはトラブルを招いた。

 

どうにかできていれば、彼も悲しまずに済んだ。

小さな罪悪感が天羽に芽生える。

例えそれが勘違いも甚だしい、的外れで上から目線な感情だとしても、天羽にとっては大事だった。

 

「んで?神父様だか牧師様はこのシスターさんに斬りかかったわけか?」

 

突然、聞き馴染みのないセリフが、静かな空間に響き渡る。天羽とは違う、自信に満ちた、強者の声。

超能力者(レベル5)としての余裕か、圧倒的な強者は静かに立ち上がり自分よりも二十センチだけ高い男を鼻で笑った。

 

「それを斬ったのは僕じゃないよ。神裂だって何も血塗れにするつもりはなかったんじゃないかなぁ?」

 

後、僕は旧教(カトリック)だ。と付け足すがそんなことはどうでもいいと言わんばかりに垣根は嘲るように口を釣り上げる。

呆れと、馬鹿を見る目。

端正な顔から放たれる見下し顔は少し心臓に悪い。

 

「誰だかしらねぇが、現に血塗れにしておいてするつもりはなかったって……どこの三下のセリフだよ」

 

「……その修道服、歩く教会は絶対防御なんだけど、なんの因果で砕けたのか」

 

イラつきを誤魔化すように話を逸らしたステイルだったが、その答えは魔術や話の前提を知らない垣根に理解されるはずもなく。

だが、分かっている男には酷く効いたようで。

彼はただ静かに言葉を重ねる。

 

「何でだよ」

 

「ん?」

 

「俺は魔術なんてメルヘン信じらんねぇし、テメェら魔術師みてえな生き物は理解できねぇよ。けど、お前たちにだって正義と悪ってもんがあるんだろ」

 

抱えていたインデックスを天羽に託し、上条は立ち上がる。

強い瞳で吐いた言葉は、とても強く、敵意に満ちている。

 

少年の、少年らしい言葉。

この世界を知らない無垢な言葉。

 

「こんな小さな女の子を寄ってたかって追い回して、血まみれにして、これだけのリアルを前に、まだ自分の正義を語ることができんのかよ!」

 

しかし、その言葉はステイル=マグヌスには届かない。

 

「言いたいことが済んだのならどいて欲しいな。それ、回収するから」

 

聞き飽きたと、吐き捨てるように冷たい瞳は上条越しのインデックスを見つめる。

仮面のような、誇張された表情。能力で伝わる彼の心音は、僅かに早い。

 

「回収する女に傷をつけて殺しちゃあ、本末転倒じゃねぇか?なぁ、神父様よ」

 

遠回しに互い喧嘩を売りながら、垣根とステイルは睨み合う。先頭に立って背中を向けるその姿からは、余裕と期待の感情が簡単に感じ取れた。

 

「正確にはそれの持ってる十万三千冊の魔導書だからね、傷をつけたって別に構わないのさ。まぁ、傷つけるつもりは微塵もなかったが」

 

「十万だぁ?」

 

ステイルの言葉に、彼らは眉を顰める。天羽も一応、それっぽい表情を作るが脳内では設定を思い出す作業で忙しい。

 

十万三千冊の魔導書。ステイルは確かにそう言った。

しかしそんな膨大な量の本など今この時点では見当たらない。それもそのはずで、天羽はその在処を知っている。

 

「ふ、ふざけんなよ、そんなもん一体どこにあるっていうんだ」

 

「あるさ、それの頭の中に」

 

トントンとこめかみを叩くと、ステイルはさも当たり前のように呟いた。

 

「一度見たものを一瞬で覚えて、一字一句を永遠に記憶し続ける能力を持ってるんだ」

 

天羽が懸命に(手を抜きながら)治療する少女を横目に、ステイルはタバコを口にして大きく息を吐く。

 

「それの頭はね、世界各地に封印され持ち出すことの出来ない魔導書をその目で記憶し保管している魔導書図書館ってわけなのさ」

 

「完全記憶能力ってやつか、珍しいことで」

 

頭、つまりは脳。メインヒロインの特殊能力はその記憶。

 

禁書目録(インデックス)。この少女自体は目録で、目次で、索引である。

なんの索引か。それは彼女の脳。

記憶の中に貯蔵する十万三千冊の魔導書、その索引。

 

この少女一人いればこの物語に出てくるほぼ全ての魔術に対して有効打が取れる。

それだけでインデックスが追われる理由は明白だ。

 

「だから、そこのお姉さん、注意したまえ。君達程度の人間だったら、一冊でも目を通せば廃人コースは確定だから」

 

「悪いけど、人のために死ねるなら本望なんだわ」

 

「要らない気遣いだったかな?ま、それ自身は魔力を練ることができないから無害なんだけどね」

 

肩を竦めてまるで興味が無いと言わんばかりの振る舞いに、心の中で思わず舌打ちを放つ。

 

違うよ、違うんだ。なぜ考えない、ステイル=マグヌス。

なぜ自動書記(ヨハネのペン)なんてものがあるのか、なぜ魔術が使えないのか。

君は考えることを放棄したんだ。

 

傲慢で上から目線の嫌な少女にとっては居心地の悪い空間だった

 

「とにかくだ、その十万三千冊は少々危険なんだ。だから、魔術を使える連中に連れ去られる前にこうして保護しにやってきたってわけさ」

 

「保、護?」

 

ステイルの言葉に、空気が凍る。

彼のことばを信じるならば、彼は哀れな図書館を保護しにやってきたのだ。

しかし目の前にあるのは血痕。

保護、誰かを守り、救うこと。

到底今の状況を表せるような言葉では無かった。

 

「そうさ、保護だよ、保護。それにいくら良識と良心があったって拷問と薬物には耐えられないだろうしね。そんな連中に女の子の体を預けるなんて考えたら心が痛むだろう?」

 

「テメェ、何様だ!」

 

声を震わせ右手の拳を神父の顔を目掛けて大きく振りかぶる。

だが空振り。

いとも容易く避けられてしまう。

 

喧嘩ばかりとはいえ、素人相手にしか戦ったことがない上条当麻と、汚れ仕事を担うステイル。その差は歴然。

 

「ステイル=マグヌス、と名乗りたいところだけど、ここはfortis931と言っておこうかな。」

 

灰色の煙を漂わせながらステイルはその目をギラつかせる。

 

戦闘態勢。

 

唐辛子のようにぴりぴりとひりつく空気が少し気持ち悪かった。

 

「ラテン語だな。強者、って意味だったか?」

 

一触即発の空気が漂う中、垣根はつまらなさそうに口を開く。

さすが第二位といった所か、ラテン語まで知っているとは思ってもいなかった。

 

「よく知っているね。ま、語源はどうだっていい」

 

ふぅっと息を吐くと煙が月明かりに照らされる。

 

「魔法名だよ、聞き慣れないかな?」

 

「魔法……?」

 

「僕達魔術師って生き物は魔術を使う時に名前を名乗ってはいけないそうだ。古い因習だから理解できないけど、重要なのは魔法名を名乗りあげたことでね」

 

煙草を口から離し、そのまま空に放り投げた。

弧を描き、空を漂う。

その小さな光源がステイルの目を照らす。

 

「僕達の間ではむしろ殺し名、かな?」

 

ヂリッ

 

 

空気に熱がこもる。

 

炎よ(Kenaz)

 

宙に投げられた煙草から巨大な熱の塊が現れる。炎はそのまま男の手元に集い、まるで生きているかのように蠢く。

その熱量は尋常ではない。

 

「これが、魔術?」

 

「発火能力者……?大能力者(レベル4)はありそうだが」

 

両手に携えた炎は大きく揺らめくと勢いよく燃え盛り、上条を襲う。

 

巨人に苦痛の贈り物を(PurisaNaupizGebo)

 

轟音を寮に響かせながら不幸な少年を包み込むと、その姿を掻き消した。

残るのはあたり一面のお札だけ。

 

「上条くん!」

 

「っ!上条!」

 

「やりすぎたかな。残念だったね。ま、そんな程度じゃ何回やっても勝てないってことだよ」

 

ため息をついてこちらに振り返るステイルだったが、その後ろに影が落ちる。

その影は足を一歩踏み出した。

 

「誰が」

 

二歩

 

「誰が何回やっても、勝てねぇって?」

 

三歩

 

「な!ばかな!」

 

「上条!」

 

そこには傷一つ負ってない上条当麻がその拳を強く、白くなるほど握りしめ立っていた。

 

「ったく、そうだよ!何をビビってやがんだ?あの修道服をぶち壊したのだってこの右手だったじゃねえか!」

 

「くっ!この!」

 

その姿に驚きの表情を隠しきれなかった背の高い神父は再びその手に炎を集める。

またもや揺らめく熱を上条に向けて放つも、彼の右手がそれを迎え入れた。

 

その右手を炎に添えると、大きな音を立てて炎が崩れ落ちる。

膨大な力は残す影ひとつなく打ち消され、無に帰す。

 

「炎が、打ち消された?一体どんな原理で……」

 

初めて目にしたその現象に垣根くんもステイルも目を丸くする。

もっとも、科学の街で生まれ育った第二位はその現象の解析に夢中のようだが。

 

「……幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

ぽつりと呟く。その力の名を。

人の作りし異能も、悪魔の誘いも、天使の慈悲も、神の救いをも拒むその力。

彼を語る上で必要不可欠なその能力は全てを打ち消す。灼熱の炎も、癒しの光も。

 

「そうか、やっとわかったよ。歩く教会が誰に破壊されたのか。」

 

苦虫を噛み潰したように低く唸ると、今度は別の呪文を呟き始めた。

炎の精を呼び覚ます呪文を。

 

世界を構築する五大元素のひとつ、(MTWOTFFTOIIGOIIOF)偉大なる始まりの炎よ」

 

空気が震える。

 

それは生命の育む恵みの光にして、(IIBOLAIIAOE)邪悪を罰する裁きの光なり」

 

熱が集まる。

 

それは穏やかな幸福を満たすと(IIMHAIIBOD)同時に冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

 

風が赤く色づく。

 

その名は炎、その役は剣(IINFIIMS)

 

そしてそれは顕れた。

 

顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ(ICRMMBGP)

 

人の姿をもつ炎。

目の前に現れたそれは辺りに炎を撒き散らし、上条へと襲いかかる。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)、その意味は必ず殺す」

 

しかし、それに臆さず彼は右手を伸ばした。

 

「邪魔だ!」

 

打ち消された炎は彼を通り過ぎ、背後に熱を集め、姿を変える。

炎の巨人。巨大なその手に抱えた十字架を振り下ろすと、雷が落ちたかのような、鏡が割れたかのような、そんな音が轟いた。

 

「くっ」

 

上条の右手が炎に触れるも、その巨人は姿を変えない。

彼の奇跡が効かなかった。

 

「……打ち消しても炎が再生してるのか?あの炎は一体?」

 

「ルーン、神秘、秘密を指し示す二十四の文字にしてゲルマン民族により二世紀頃から使われる魔術言語で、古代英語のルーツとされます」

 

垣根が呟くと、天羽の腕の中でインデックスが瞼を開ける。そして無機質な、抑揚のない声で喋り出す。

まるでロボットのようで、少し不気味だった

 

「っ!喋っちゃダメ!傷口が……!」

 

「喋れんのか!?」

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)を攻撃しても効果はありません。壁、床、天井、辺りに刻まれたルーンの刻印を消さない限り何度でも蘇ります」

 

少女、あるいは自動書記(ヨハネのペン)は話を続ける。

まるでロボットのように喋るその子は瞳に光がなく、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「お前、インデックス、だよな?」

 

「はい、私はイギリス清教内第0聖堂区必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔導書図書館です。正式名称はindex-librorum-prohibitorumですが、呼び名は略称のインデックスで結構です。現在自動書記(ヨハネのペン)を起動──」

 

しかしその言葉は最後まで並べられることが出来なかった。

黒いコートから伸びる長い足が哀れなシスターを踏み躙らんと振り下ろされ、天羽諸共その口を強引に塞ごうとされたから。

 

慌ててその小さい体に覆いかぶさり、守りの体勢に入る。

痛みを感じないように痛覚を遮断。

直ぐに逃げられるように足の筋肉に集中して、時を待つ。

 

しかし底上げした動体視力で捉えた足は、誰かによって阻まれる。

 

「この女に手ぇ出してみろ、この俺が相手になる」

 

ぎゅっと目を瞑り、衝撃を待つが一向に蹴られる気配はしない。

それもそのはず。

男の足は一人の美しい少年に遮られていたのだから。

 

「か、垣根くん……?」

 

「お前はそのガキに集中しろ。この俺がいるんだ。火傷のひとつも負わせねぇよ」

 

その姿に、天羽はただ呆然とする。

まるでヒーローのように、主人公のように、ステイルの前に立ちはだかる垣根が解釈違いで、吐き気がした。

 

違う、あなたを守るのはあたしなんだ。

違う!違う!あたしは護られるべき人じゃない!

 

傲慢で上から目線のプライドが彼女を苛立たせる。

誰かに守られるなんて、お姉ちゃんにはあってはならないこと。弱者を守り、強者であり続けなければいけないのに。

目の前の光景は、この世で最も傲慢な彼女には耐え難いものだった。

 

「……まぁいい。どうせ君たちには出来ないんだ。この建物に刻んだルーンを完全に消滅させるなんて、君には絶対に無理だ」

 

舌打ちをし、赤毛の神父はとても苦しそうに、且つ面倒くさそうに息を吸う。

 

灰は灰に(AshToAsh)塵は塵に!(DustToDust)

 

再びその手に炎が現れる。空気を熱し、辺りを燃やす。

 

吸血殺しの紅十字!(SqueamishBloody Rood)

 

刹那、眩い光と爆音が破裂した。

 

爆音とともに舞い上がる煙が目に染みる。大きな影が爆音とともに渡り廊下から投げ出されると、そこに上条の姿はなかった。

 

「上条くん!」

 

「下の階に逃げたか。まぁ無事だろ」

 

代わりに下の階から音が轟くと、垣根は知っていたと言わんばかりに確認もせず呟く。

彼の目線の先には敵しか写らない。それがなんだか寂しくもあったが、どこか危うくもある。

 

「さて、君たちは彼のようになりたくないだろう?それを渡してもらおうか」

 

「ハッ、誰がテメェの指図なんか従うかよ、三下」

 

「……燃やされたくなければ今すぐに引き渡すことをおすすめするよ」

 

その視線のせいか、ステイルは歩みを止めた。

立ちはだかる男の威圧感に足が進まないのだろう。

月明かりに照らされる垣根はまるで、スポットライトを当てられる役者のように華やかで、この場の主導権を握っていた。

 

けれど、この物語の支配権をこの男に譲るはずがない。

 

「彼女に傷をつけた()()()()()になぜ渡さなきゃいけないの?」

 

血だらけの子供を膝から下ろして立ち上がる。勝てる算段とか、予測とか、そんなもの彼女には無い。

ただ彼女を見下す思春期(十四歳)にこの苛立ちをぶちまけたいだけ。それだけのために彼女はわざわざ盾になる垣根の前に出る。

炎なんて熱くない。やけどなんて痛くない。酸欠なんて怖くない。

本性と本能が彼女をつき動かした。

 

「正義を持たないアンタに、渡すとなぜ思う?」

 

天羽は別に聖人君子ではない。

 

確かに博愛主義者で、救世主願望のある自分勝手で愚かなエゴイストだが、「嫌い」に該当する人間はいる。

分類するならば、「愛する人のために世界を裏切らない人」とでも言うべきか。

 

この背の高い神父はその筆頭だ。

 

敬愛する家族の為ならば、親愛なる隣人の為ならば、この身を犠牲にし、この人生を使い潰し、死んだって構わない。

彼女の愛は、そういうもの。

だから、それを出来ない他者を憎む。

 

愛する人を愛した故に、騙されて切りかかるなどもってのほか。

愛故に殺していいのはエゴを貫く己のみ。

 

だから彼女は軽蔑する。

一度救ったことがある身として、傲慢になるのも当然の事だった。

 

「天羽、黙ってろ」

 

「あ、ちょっ!」

 

「お前はこっちだボケ」

 

溜まっていく怒りがどんっと強く肩を押されて脳の遠くに投げ飛ばされる。

誰に、明白である。

今にも噛みつきそうな形相の彼女を止めた少年は本来の立ち位置に戻って、再びスポットライトを奪った。奪われた。

 

「……さて、魔術師殿?こちとら根っからの科学っ子でな、正直魔法がどうとかよくわかんねぇんだわ」

 

この瞬間、この場は彼が主人公へとすり変わる。

 

「でも今この目で見た魔術、能力の産物でもなければ科学に基づいた手品でもない」

 

彼は学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の一人。

 

「認めるよ、魔術師。その力はこの街を変えるにふさわしいものだ」

 

序列二位、未元物質(ダークマター)

理にない力を引き出し、支配する力。

 

「ならば答えはひとつ、解析して手に入れるだけだ」

 

背中から噴出された未元物質はみるみるうちにその姿を表す。

象るのは翼。人ひとりなんて余裕で包み込む大きな翼。

その形は聖書に記された存在と酷似していた。

 

「な!?て、天使……!?」

 

三対六枚の翼が月明かりに照らされる。

それが意味するものは熾天使、神の意志を伝える者。

聖書に登場するその存在を知らない神父ではなく、神々しいその姿に方をふるわせる。無機質な白い翼は、まるで雪のよう。

 

「悪いな、テメェらが信仰する神の使いじゃねーんだわ。まぁ、んなこたぁどうでもいい」

 

だがそんな思考に科学の国で生まれた熾天使はため息をつく。

当たり前だ、彼はあくまでも人間。天使程度のちっぽけな存在なんかじゃない。

 

けれど確かに、天羽には彼が天使に見えた。

 

「神に祈れよ、インチキ神父。お前は今日、地獄(ヴァルハラ)に招待されるんだからな」

 

前置きしておこう。別に天羽は熱心なカトリックでもプロテスタントでもない。

アメリカという宗教が根強く浸透した国には居たせいで少し造詣が深いが、神のことは好きでもなく、なんなら嫌いである。

たかが神や天使ごときを崇める思考は残念ながら持ち合わせてはいないのだ。

 

けれども翼の生えた少年を初めて見て、彼女は呆然と自らの手を重ねる。

それほどまでに、少年は神々しかった。

 

「っ炎よ(Kenaz)

 

人をも溶かす凶悪な熱の塊が翼を目掛けて飛び掛う。だが、スピードをあげて殺しにくる炎に彼は狼狽えもせず、ポケットに手を突っ込んでだらんと立ち続けている。

美しい翼を軽く広げると、煙を立てながら熱が弱まっていくのが見えた。

 

「悪いがそんなものはとっくに解析済みだ」

 

大きく広げられた翼の下、圧倒的な力を見せつけた少年は目の前の大男を見下す。

手品のように消えてしまった炎。もう熱はどこにもない。

魔術師はその事実に魔術師は酷く取り乱した。

 

「お前は一体……!」

 

「そうだな、incognita(未知を支配する者)ってとこか?」

 

いたずら好きな少年の笑みで、彼は宣戦布告をする。

 

未知の支配者。

その力は無限。

 

お前が俺に勝てるわけねぇだろ。

そう言いたげな笑みは絶対的な自信を持っていた。

 

「さて、次はこっちの番だな────っあ?警報?」

 

ようやく反撃できると意気揚々に翼に力を込め、攻撃を仕掛けようとした瞬間、警報が鳴った。

火災報知器がなったのだろうか、天井に設置された警報器はけたたましく音を鳴らす。それと同時に、頬に水が伝う。

 

「まさか、魔女狩りの王(イノケンティウス)の炎を消すために?……そんなつまらない理由でずぶ濡れにされたのか」

 

スプリンクラーが起動し、人工的な雨が降り注ぐ。

ぼたぼたと水が髪から頬へと流れていくと、水の音にまぎれるように誰かの足音が狭い通路に響いて視線を奪う。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)はどうしたんだ」

 

通路の奥、エレベーターのある方。

 

水を吸ったスニーカーが嫌な音を鳴らして、響く。

その音の主は一人の少年。

 

「ったく、参ったぜ、あんたすげーよ。正直ナイフかなんかでルーンを刻まれてたら勝ち目ゼロだったよ」

 

上条当麻。この物語の主人公。

拳を握りしめ、ハッキリと男を見据えるその姿はまさにヒーローと呼ぶにふさわしかった。

 

「まさか、魔女狩りの王(イノケンティウス)は3000度の炎の塊!こんな程度で鎮火するものか!」

 

「ばーか、炎じゃねぇよ」

 

スプリンクラーから降る水が熱した空気を冷やす。服が肌に張り付いて気持ちが悪い。

 

「てめえはひとんちに何ベタベタ貼っつけてやがった?」

 

彼の視線の先にあるのはそこらじゅうに貼られたお札。インデックスの言葉を借りるなら、ルーンの刻まれた刻印。

しかしそのどれも、破損されているようには見えない。

 

だからステイルは確信した。

勝利を。

 

「すごいよ、だけど経験が足りないかなぁ、コピー用紙ってのはトイレットペーパーじゃないんだよ?たかが水に濡れた程度で、完全に溶けてしまうほど弱くはないのさ」

 

上条の背後からけたたましい音ともに人の姿をした炎が現れた。

その光景をみた魔術師は笑い声を上げながら彼の行為を小馬鹿にする。

 

そして一言つぶやいた。

 

「殺せ」

 

命令を与えられた巨人は、上条を飲み込み、炎の渦が彼の姿を消した。

ゲームオーバー。哀れな高校生はここで生涯を閉じたのだ。

 

しかし彼は哀れな高校生ではない。

 

「馬鹿な!僕のルーンは死んでないのに!」

 

聞き慣れない音ともに炎が消滅していく。炎は右手によって打ち消され、跡形もなく消え去ってしまった。

 

だって彼は主人公だから。

負けなどありえない。

 

「バカはテメェだろうが。紙は破れはしないが、インクはどうだ?」

 

「っ!魔女狩りの王(イノケンティウス)魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

垣根の声に我に返ったのか、その精霊の名をしきりに叫ぶ。

けれどその名を呼んでも返事は愚か、姿も現さない。

 

「さてと、」

 

床に溜まったスプリンクラーの水はお札を剥がし、インクを流し、地べたに張りつく。

ヒーローがゆっくりと、だが力強く歩み寄る。

 

は、灰は灰に!(AshToAsh)

 

呪文を口にするも。

 

少年は進む。

 

塵は塵に!(DustToDust)

 

炎は生まれず。

慌てふためく大柄な少年を前に、上条は拳を握り、振りかざす。

 

吸血殺しの、紅十字……!(SqueamishBloody Rood)

 

先程までの冷静さと残酷さを感じさせない、戸惑いを隠せていない少年の頬にヒーローの拳がめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くに聞こえる消防車の音を聞きながら少年少女は上条家から少し離れたベンチで作戦会議を開く。

議題はインデックスのこれからについて。

ベンチにインデックスを寝かせて心配そうに彼女を見つめる男二人。バイクを停めて、ひと足さきに介抱していた天羽を囲む。

 

「これで発信機みてえな機能は消えちまったはずだけど……」

 

フードを片手に喋る上条くんとその姿を物珍しそうに眺める垣根くんにはなんだか少し楽しげな雰囲気が漂っている。

互いに互いの能力が珍しいのだろう。

上条は少し興奮気味に、垣根は少し探るように、天羽もインデックスもそっちのけで会話のキャッチボールを初めていた。

 

「お前の能力って意味不明だな。異能を打ち消すってなんだよ」

 

「いや、垣根こそ、なんだよあの羽!」

 

「次にあの羽に関してなんか言ったら殺す」

 

「き、気にしてるのな……」

 

男子高校生らしい会話を尻目に、ベンチに横たわるインデックスの頬をハンカチで拭う。

先ほどのスプリンクラーのせいでびしょ濡れ。服は透けて肌は冷たい。

医療に携わるものとして、怪我を織った少女を低体温で置いとくこともできず、かといって服を変えてあげることもできず。

気休めにでもなればと、能天気な男子高校生を置いて応急処置に徹していた。

 

「んで、バイクに腰かけて黄昏てる天羽彗糸サン?こいつの怪我は治ってんのか?」

 

「ん?あぁ、魔術的な要素かなんかで少し妨害されたけど、何とか治したよ」

 

「魔術?」

 

ようやく本題に入ったと言わんばかりに、垣根はベンチの手すりに腰掛けて哀れな少女を見下ろす。

傷は綺麗に塞がり、服についた血痕だけがその少女に残っていた。

 

これが天羽の能力。

どんな傷も怪我も治す万能薬のような力。

とはいえ、能力を制限しているせいでフルパワー出力は出ない。

体の権限を全て握れる第六位としならまだしも、下位互換の能力者、電気系統を弄って回復させるだけの能力では力不足。

 

しかし今回の場合はあえてではなく、出力を抑えることでしか治せなかった。

 

おそらくの話だが、自動書記(ヨハネのペン)が起動していたインデックスは「不死者(アンデッド)」もとい「肉体支配(リカバライザー)」を害あるものだと認識した。

そうなると細胞を分裂させて血液の量を増やすことが出来ない。無から有が作れない。

 

「……多分ね。他の人と比べて能力を拒絶しているようだったから、憶測」

 

「だから時間かかったのか」

 

自然治癒、結局脳の電気信号を制御して人間の自然治癒能力を高めて傷を塞ぐしか方法がないのだ。

そしてどんなに能力でドーピングしたとしても、自然治癒にはやはり限界はある。

そのため思ったより時間がかかってしまった。

 

「まぁね。でもこの子どーすんの?上条くんちは無理やん?垣根くんに美少女預ける訳にもいかないしね……」

 

「垣根はな、女食いものにしてそうだもんな」

 

「なんか別のラブコメになりそう」

 

話に入ってきた上条のノリに加わって、ひとまずは暗い雰囲気から脱却する。

高校生のノリは、こういう非常事態では有用だ。

 

「テメェら人を好き勝手……てかお前ん家はダメなのかよ、同性だろ」

 

「うーん、部屋が汚い、部屋が狭い、ここから遠い」

 

「汚部屋系女子かよ」

 

そしてこのノリに乗れば、適当な理由で様々なごまかしが効く。

部屋に入れられない理由も、深く追求されそうな話題だというのに、適当な理由で流される。

それでも顔をひくつかせた垣根に頭をチョップされるのはもはや形式美か。

 

「お前んとこの病院は?」

 

「いや、ここのID持ってなさそうだし……あっという間に情報が漏れちゃう」

 

頭を擦りながら自分の職場のことを思い出すが、それも得策ではない。

インデックスは医療機関など、身分証明書の必要な建物に入れない。不法入国者のようなもの。

面倒な身分だと正規のルートを辿れないなんて、なんとも煩わしい。

 

「あ、れ、とうま、どうかした?あれ、しらない人も?」

 

三人で知恵を絞っていると、か細い声が下の方からかすかにこぼれた。

声の主はインデックス。

少しずつ回復し始めたのか、定まらない視線で宙を見つめる。傷が治っていても、無理やりあげた回復力では体力まで回復できない。

弱々しい姿で起き上がる彼女はとても痛ましかった。

 

「お、起きたか!具合は大丈夫か?傷は痛むか?なんともないか?」

 

「大丈夫、だよ、でもなんで、傷が……」

 

「あーあたしの能力。傷を塞ぐことが出来んの」

 

不安そうなインデックスにあえて空気を読まずいえーいとピースすると、少しだけ悲しそうにこちらを見上げる。

ひどく申し訳なさそうで、今にも懺悔室に飛び込みそうな、そんな顔。

助けたはずだというのに、まだ救われていない。

そういう目。

 

高飛車で、高慢ちきで、上から目線で、救済劇を望む誰よりもプライドの高い女にとっては、最高の侮辱だった。

 

「なー、魔導書図書館ちゃん、魔術って一体なんなんだ?それはどんな力なんだ」

 

そんな天羽の心情なんて気にもせず、垣根はズカズカと本題に入る。

使えるものは全て使う。魔術でもなんでも、目的のためならば。彼はそういう人。

その目には野心が強く宿っている。

 

「俺にも教えてくれインデックス。分からないままじゃ困るんだ」

 

垣根の言葉に添えるような上条の一言で、インデックスはようやくその重い口を開く。

まっすぐな上条の目と、インデックスの目。

清い少年の言葉に、インデックスは逆らえなかった。

 

「……魔術って言うのは、君たちみたいに才能のある人間が使うためのものじゃないんだよ。才能のない人間が、それでも才能のある人間と同じことがしたいからって生み出されたのが魔術」

 

「才能……?」

 

「とうまたちが使う超能力だよ」

 

インデックスの説明は、天羽にとってはだいぶ昔に聞いたセリフ。この世界の根幹たる設定だ。

 

科学と魔術は交わらない。

天才の努力は凡人には手が届かず、凡人の努力は天才には意味をなさない。

このルールは一貫している。

 

「なら、能力開発のカリキュラムを受けてるこの街の学生には……」

 

「うん、魔術は使えない」

 

しかし例外もあることも彼女は知っている。

 

そう、土御門元春だ。彼は天羽の能力の下位互換。

魔術の使用で受けたダメージを回復させ、その欠点を補っていた。

ならば天羽にもそれができる。

 

今の、いや元々だが、彼女の現在の目的はそこである。

人を傷つけないためにも、武器は多ければ多いほどいい。

それは抑止力になるから。

 

最短距離で、最短工程で、最短ルートで彼女はこの物語を進むつもりだ。

知っていること、もの。自分だって使う。

全てを知っているというのは、不安材料なく賭け事ができることに等しい。

 

「んなことよりどーすんの?インデックスちゃん野宿させるつもり?」

 

この少女にどうやって取り入って、魔術とやらを教えてもらおうか。

黒い腹の中を隠しながら、視線を上条に向ける。

あらかじめ用意されていた劇のセリフを、ただなぞるだけの寸劇。今はその役割に徹するしかない。

演技は自分の十八番、味のない感情で物語は進み始める。

 

「……天羽、いるじゃないか俺達には最強の先生が!」

 

そして彼女の知る通り、物語は元々の流れを辿っていく。

 




ぅゎステイルくんつょぃ
はい。7月20日と言えば物語の最初の日です。
普通に考えて10年前、しかもwikiを見たとは言え2倍速で見たアニメの正確な日付なんて覚えてません。知識に偏りもあるし、間違えて覚えていることもあるでしょう。
文中にも出ていますが、けいとちゃんはこの後出てくる綺麗なお姉さんも今回の赤毛の青年も苦手です。彼女の経歴と職業考えれば当たり前と言えば当たり前ですよね。そんなわけなのでこの先の展開を予測した上で苦手だと感じる方は読むのをお辞めなった方がよろしいかと思います。一応タグにアンチ・ヘイトを入れているので理解してくださると幸いです。

追記:評価で教えてくださったのですが、ふっつーに幻想殺しのルビ間違えてました。ご報告ありがとうございます。こんな小説にわざわざ長文でご意見くださりありがとうございます。精進します。
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