とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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66話:合流

ビルの間を通り抜け、先程別れた友人の辿った道を走りながら御坂は声をあげる。

思っていたより上擦った声は、人通りが疎らな道を小さく通り抜けた。

 

「天羽先輩が誘拐された!?」

 

先程も別の場所で名前が出た友人が誘拐をされたと聞けば、誰だって大声を出してしまう。

それも、今まで何度も危険に巻き込んでしまった大切な友人の一人、心配にならないわけが無い。

 

『まぁ、大まかに言えばそんな感じだ』

 

「って、何でそんなに冷静なのよ……」

 

頭上に登った真っ白いカブトムシの言葉を反復させながら両足を動かすと、それは平坦な声で淡々と事実を述べる。

誘拐なんて物騒なことに巻き込まれているのがこのカブトムシの製作者の大事な人だというのに随分と声は冷めていた。

 

『冷静に怒ってるだけだ。お前に八つ当たりするわけにもいかねぇし』

 

『嘘つき、天羽の部屋壊したのに』

 

『壊してねーよ。綺麗にしてやっただけ』

 

『お洋服までボロボロにしてたのに?ベッド半分に折れてたのに?』

 

『……俺は悪くねー』

 

垣根帝督の声がするその虫は、何食わぬ声で呟くが、すぐさま知らない少女の声が聞こえた。聞き覚えのない幼い少女の声は、記憶にある垣根帝督のイメージからかけ離れていた。

 

「子どもの声?変な犯罪犯してんじゃないでしょーね?」

 

『天羽が拾ってきたガキだ。あんま気にすんな』

 

あっち行ってろと、マイクが拾うギリギリの音量で付け足す聞き覚えのある大人の声は、夏休みに会って、なんなら戦った科学者の女、テレスティーナのものだった。

 

『とにかくだ、テメェのご学友にうちの研究室長が連れ去られて、おまけに妹達(シスターズ)の一人もいない。そこにテメェが病院にやってきた。気になって動向を追ったら、お前と同級生の会話が聞こえてきたもんで、助け舟を出したってわけだ』

 

「なるほどね……確かに先輩、あの子達の体調管理してるって言ってたから、接点はあるかも。でもどうしてこんなちっさいカブトムシで連絡して来たのよ」

 

随分と丸くなった彼女は今までの経緯を簡単に説明すると、テレスティーナはカブトムシ越しでも分かるほど大きなため息を着く。

疲れた声色をした彼女に大変そうだと少し同情してしまうが、彼女との因縁を考えるとそうも思えない。

それに顔を見合わせられない事情が分からない以上、簡単に信用するのもどうかと思われた。

 

確かに、彼女の話は筋が通っている。

彼女は天羽先輩と一緒の病院で勤務しているので、妹達(シスターズ)のことを知っているのも理解出来る。垣根にも会っているので、彼が知っているのも分かる。

そして御坂が今日、天羽先輩の居場所を病院の看護師に聞いたので、そこ経由で彼らに伝わるのも想像に容易い。

しかし分からないことが一つだけあった。

それは彼らが顔を出さない理由。

 

食蜂操祈の派閥メンバーを自分でも分からないまま眠らせたこの虫を使えば遠隔でも能力を使用出来るようだし、言葉を交わして御坂の存在を認識しているということは視界も音声も拾えるのだろう。

だからこそ分からなかった。

こんな高性能な人工生命体を作ってまで顔を合わせたくない理由が。

 

『まぁなんだ、俺らは今表立って行動できなくてな、こうやって秘密裏に行動してるってことだ』

 

「なんで?テレスティーナは、まぁ、分かるけど。垣根さんはどうしてよ」

 

『大人の都合だ。それよりも、早くあの馬鹿を探さなきゃいけねーんだよ、手掛かりとかねーのか』

 

一匹のカブトムシから知り合い二人の声が流れることに慣れないというのに、彼らは答えをはぐらかして話題を変える。

なにか隠していると分かっても、それが何なのかは分からない。モヤモヤとした疑惑がわだかまりを作って、素直に彼らの話を鵜呑みにさせてくれなかった。

 

「アンタこそどうなのよ、天羽先輩のスマホの位置情報とかで探せば分かるんじゃないの?……てか、このカブトムシ使いなさいよ。飛んで回れば余裕じゃない?」

 

『残念なことにアイツのスマホは俺の手の中で、カブトムシ達は別にリソースを割いてる。数に限りがあるし、サーチしても、05……別のカブトムシが俺と接続を切られてアイツと一緒にいるんだ。あの個体は必ず天羽のいうことを聞く、監視の目のないとこに向かわせることなんざ造作もない』

 

声だけと言うのに目に浮かぶ垣根の苛立った姿に乾いた笑いが漏れると、同時に大きくため息をつく。食蜂との繫がりを持ってる先輩を追えば自ずと答えは見えると思っていたが、どうやらそんな簡単な話でもないようだった。

 

「詰んでるのね……じゃあ監視カメラとかは?」

 

『……それに関してだが』

 

テレスティーナが引き継ぐように言葉を零す。重たい空気を吐き出すように恐る恐るとカブトムシを通して呟く彼女に、なんとも言えない不安を覚えてしまうのも当然だった。

 

『アイツ、相似も連れて行きやがったんだよ』

 

「……誰?」

 

少し言い淀むが、小さな声で知らない名前を口にすると一瞬互いに沈黙する。

その名前に心当たりがないが、心のどこかで少し嫌な予感がした。それはその名前と同じ名字の人物を2人知っていたから。

 

『木原相似、同じマッドサイエンティストってやつだな』

 

そしてその予感は見事当たり、思考が止まる。

 

「……はぁぁぁぁ!?先輩、また!?お人好しにもほどがあるでしょ!??」

 

衝撃的な事実に足を止めるとその場で大声を張り上げる。

道端で叫んでしまったもので、少し通行人の目が痛い。恥ずかしくなってその場を離れるが、それでも叫びたい感情は無くならない。

 

テレスティーナといい、天羽彗糸という友人は一体どんな思考回路を持っているのだ。

甚だ疑問だった。

 

『お人好しじゃなくてただの馬鹿だあんなの。クソが、あの女、知らねぇうちにまた拾いやがって。しかも、男だぞ男、それも自分を誘拐した奴。ふざけてやがる。俺じゃダメだったのかよ、俺よりのクソナードのほうがいいってか。クソムカつく。俺こと好きなんじゃねーのかよクソ』

 

「誘拐!!?ねぇ先輩って大丈夫なの!?ちょっと世間知らずにも程があるでしょ!いや、本当に!先輩三歳児なの?!」

 

イかれているとしか思えない。

垣根の話を、テレスティーナの話を全て真実としたら、天羽彗糸という先輩はとんでもないアホなんじゃないか。そんな仮説が脳裏に過ぎる。

 

二つ上の大人びた先輩。

クラブに行って、チャラチャラした男にナンパされてそのまま夜の街に吸い込まれ朝帰りをしていそうな見た目のギャル。

なのに中身は底抜けに優しくてどこかミステリアス。煌びやかな見た目は全て惑わす武器で、真実は何もわからない。

お世辞にも頭が良さそうには見えないが、大人な雰囲気や大能力者(レベル4)ということもあり、ちょっと抜けてるとこはあったが『大人な先輩』として接してきた。

 

しかしどうだろう。

彼らの話から聞く彼女は、大人な先輩たる人物なのだろうか。

 

もしかしたら彼女は、御坂が思うよりも幼くて、お人好しどころかおバカで、大変面倒な人なのかもしれない。

そう思うと最早天然記念物レベルの思考回路に呆れて涙が出そうだった。

 

『おうおう、うるっせぇなガキども。それは本人に言え。とにかく、同じ木原がいる以上、監視カメラやそれに準ずる機械は使えないと思え。アイツは機械に強いしな』

 

「仕方ない、婚后さんの所に行ってみましょう。なにか掴んでるかも」

 

『そうだな、面倒な輩も動いてるって聞くし、早く見つけた方がいいぞ』

 

小さくため息を吐いて面倒な先輩に頭を悩ませながらテレスティーナの言葉に足を急がせると、ふと口を開く。

 

「……テレスティーナ、随分丸くなったのね」

 

『耳、腐ってんじゃねーか?』

 

今まで聞いたこともない投げやりな彼女の言葉は、今までの印象とは比べ物にならないほど優しかった。

 

どうやら、異常なほどの優しさとは人に伝染するらしい。

 

変わってしまった昔の悪人に笑みがこぼれると再び前を向いて友人を探し始める。

黒い髪を探して真っ直ぐ道を進むと、姫カットの手入れの行き届いた髪が視界の隅でひらひらと舞う。先程別れたばかりの綺麗な黒髪に、また口角が上がっていた。

 

「あ、婚后さん!アンタ達、ちょっと黙っててよね」

 

頼もしい友人の背を見つけると、ポケットにカブトムシを突っ込み駆け寄る。歩道に立ち尽くす彼女に疑問を抱くも、満面の笑みの婚合を見ると疑問よりも安心が脳の割合を占めた。

 

「まぁ、御坂さん!えっと、派閥の方々は……?」

 

「ちょっと、知り合いが助けてくれてね。あれ、その猫は?」

 

笑顔でこちらに振り返った友人の手には、一匹の黒い子猫が抱えられていた。ふわふわで可愛い子猫にどこか見覚えがあったが、それよりもまずは子猫を抱えてこの場を動かない婚合に困惑していた。

頼みごとをほっぽって別のことをするような人でもないし、かと言って猫をに預けぬままぼんやりと立っているような子でもない。

何か彼女たちと関係があるのかもしれないと淡い期待を抱いてしまう。

 

「あぁ、この子は妹さんとはぐれた場所におりまして、いま湾内さんが読心能力者(サイコメトラー)の方を……ではなく!御坂さん、どうしましょう!」

 

「どうかしたの?」

 

「実は、何か知って居そうな女性が、怪しい男性に連れて行かれまして!私は湾内さんを待たなくてはいけないと、それで、彼女だけが……!」

 

「えっと、落ち着いて?ゆっくりでいいから」

 

期待を裏切らず、妹達(シスターズ)に繋がる手掛かりを見つけたらしい彼女に安堵すると、今度は別の問題が浮上する。道に指を指しながら早口で捲し立て、焦ったように子猫を強く抱きしめた。

 

「少々、長くなるのですが……よろしいでしょうか?」

 

そういって簡単に今まで起きたことを話すと、婚合はようやく落ち着きを取り戻す。

 

 

あの子と別れた場所に何かを知っているような口ぶりの女性が現れ、行動を共にしたが、そのあと現れた妹について話があると声をかけてきた小太りの青年に婚合の代わりについていった。

要約すると、そんな感じ。

 

 

派閥メンバーに監視され、垣根達と話していた時に起きたらしい出来事は、確かに焦りを感じさせた。

 

大まかな話の流れは理解したが、その女性にも、男性にも心当たりはなく、謎は深まるばかり。

もしかしたら垣根達が知っている可能性も考えたが、婚合の前で出すわけにいかず、これだけのヒントからその人物へ辿り着くのは難しいだろう。

 

「どんな人だった?」

 

「背が高い金髪の女性です。お化粧をされてて、あまり学生らしくは見えませんでしたね」

 

「うーん、心当たりはないわね……」

 

妹達(シスターズ)について何か知っていそうな学生に見えない金髪の女。もしかしたら潰した研究所の関係者かもしれないし、もしかしたら外部から来た人かもしれない。

確実にその人物に辿り着く手掛かりはなさそうで、この件も手詰まりになってしまった。

 

頭に手を当て悶々としていると、何かを思い出したように婚合が声をあげ、子猫の腹を見せながら御坂の目を見つめた。

何か重要なことでも思い出したのかと首を傾げると、彼女はとても嬉しそうに猫を抱きしめた。

 

「そういえば、おそらく虹彩異色症でしょうか、一つの瞳の中に赤と緑が綺麗に混じっていましたわ。あんな瞳の方はそういないでしょうから、そこから調べれば……!」

 

「……やっぱり、心当たりむちゃくちゃあるわ」

 

赤と緑を一つの虹彩に持っている人間はそんなに多くおらず、そして一人だけ、そんな色の瞳を持っている友人がいた。

 

忘れられない色の瞳を持つ彼女は、間違いなくこの事に大きく関わっている。

予想が確信に変わる。何をしているか分からない先輩に不信感が募っていくのも無理はなかった。

 

今すぐにでも彼女を問いただして、理由を教えて欲しい。何をしていて、どんな目的があるのか。

底抜けに優しい人が、どうして垣根に何も言わず食蜂を手伝っているのか一生懸命考えても分からない。

 

「あれ?えっと、御坂さん、でいいですかね?よく会いますね」

 

「佐天、さん……」

 

答えの出ない問題にため息をつくと、今度は別の人に話しかけられる。

婚合と同じ黒髪に、御坂たちとは違う学校の体操服を着た彼女は、大切な友人の一人、会えたことへの嬉しさが込み上がるが、自分のことを忘れている現実に浮ついた声は徐々に覇気を無くしていく。

 

だがそこである事に気がつく。彼女が歩いてきた方角が、先ほど婚合が指差した方だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い携帯電話を耳に押し当てると眩しい晴天を仰ぐ。

コンテナが積まれた操車場から見える空にはたくさんのビルが立ち並んでいた。

 

「食蜂ちゃん?一人処理したよ」

 

地べたに寝転ぶ横幅の広い青年を見下ろして雇用主に連絡をしてみると、相手は機嫌良さそうに電話越しに笑う。

 

『どぉーも、ありがとねぇ?藍花サン?』

 

「その名前はやめてほしいんだけど」

 

『えー?だってこっちが本名じゃない?大切なオトモダチですものぉ、ちゃんと名前で呼び合いましょお?』

 

明るい声で呼ばれた名前は非常に不愉快で、低い声で慎重に呟くが電話相手は恐ろしくもないようで相変わらずフワフワとした態度で天羽を苛立たせる。

 

「オトモダチ、ねぇ……バレたくなきゃ手伝えって脅迫まがいのモーニングコールして来たのは誰でしたっけ?」

 

『あらぁ?その携帯、垣根さんに見つかる前に回収してあげたの、だーれだ☆』

 

「……それとこれとは話が別じゃんか」

 

男が好きそうな甘ったるい声は可愛らしくあれど、どこか奥で冷たさを感じる。

名前を知る少女の小間使いを強いられているのはさして悪いものでは無いが、それでも腹立たしい口調には苛立っていた。

 

『とにかく、ちゃんと働きなさいよぉ?垣根さんに教えて欲しくないならねぇ』

 

「ちょっと!……切られちゃった」

 

面倒そうな声で一方的に通話を切られる。

我儘な女王様に少々呆れながらも、久々に感じる年下女子に振り回される感覚は少しだけこそばゆい。

だから強い言い返せないのだろうか。姉としての性というか、母性というか、人の願いを叶えてあげたいと動いてしまう。

なんとも都合のいい体だとは思っているが、そうやって生きているのだからしかたない。

 

「お相手はなんと?」

 

「次も頑張ってだってさー。これ、馬場くんの携帯ね。主犯の無線とかの情報あると思うから探しといてよ」

 

後ろから車輪を回す音が聞こえると、染めた灰色の髪が視界の下に映る。

随分目線の低いその男に先程押収した携帯電話を投げつけて、地面に倒れた青年をしゃがんで覗き込むと、木原相似は大きく息を吐く。

 

「はぁ、貴方の言うことはクソほど聞きたくありませんが、仕方ないですね」

 

「よろしく。あとは……この子どうしようか」

 

足元に転がる青年、馬場くんの頬を指でつつきながら彼の巨体を隠す場所をボッーと考える。

何もかも忘れて眠りこける彼を眺めていると、車輪が軋む音が響き、影が差した。

 

「殺してないんです?ダメですよ、殺さないと。慈悲とは生かすことだけではありませんので」

 

「でも、幸せとは生きることじゃない?それに人を殺すのは嫌だしね」

 

「貴方が愛してやまない垣根帝督も人を殺していると言うのに?」

 

冷たい目で見下すと馬鹿にするかのように鼻で笑い飛ばす。

滑稽とでも言いたいのか、神経を逆撫でするような歪んだ口元が腹立たしかった。

 

「貴方も同じ土俵に立てなければ、彼に愛想を尽かされるだけですよ」

 

「構わないよ。だってそもそも愛なんて彼は持ってないもの」

 

「可哀想に、好きな人に愛されたこともないんですか。でもそうですね、貴方みたいな人、嫌われて当然ですよ。これからも、貴方は誰にも愛されずに死ぬんでしょうね」

 

「そうだよ。それがどうかした?」

 

「愛も知らない女が愛と正義をほざくのですか?見当違いな救いをばら撒く貴方はママゴトをしているようで、非常に滑稽ですよ」

 

「滑稽に見えるのは、アンタの脳が足りないからじゃない?」

 

ゆっくりと立ち上がり、今度はこちらが見下ろすと相似くんは細い目をさらに細め、歯を食いしばりながら眉間に皺を刻む。なんてことの無い言葉だったが、彼にとっては吐き気を催すほど気色悪い言葉だったようで、吐き捨てるように罵詈雑言を口にした。

 

「……貴方のこと、本当に嫌いです。死んでくださいよ、はやく。そしたらきっと、世界は平和になる」

 

「あたしが死ぬくらいで訪れる平和なんてこの世にないよ。それよりこの子移動させとくから、データ解析早めにやっといてよねー」

 

面倒臭いスイッチを入れてしまったとため息をつき、馬場くんを大きなぬいぐるみのように抱えてトレーラーの背面に下ろす。

体積のせいで引き摺る形になったのは申し訳ないと思うが、それしか方法がなかったので許して欲しいと心の片隅で祈る。

影のあるギリギリのスペースは、傍目からは人がいるとは思えないだろう。

 

「ごめんねぇ、酷い事言って」

 

酷いことをしてしまったと、一人悩む。

暴言や脅しなど、ある程度の脅しとはいえ少々言い過ぎた気がしてならない。手の骨も、治したとはいえ折ったのは事実だ。

誰にも優しく、誰にも平等に幸せを与えなくてはいけないというのに、自分の意義を失ったような気がしてならなかった。

 

「そんな人間にも謝るんですか」

 

「そりゃあ、結構言い過ぎちゃったし。まじあたし、ゆーて好戦的じゃないんよ?穏健派というか、あんま暴言吐かないし」

 

「貴方の言葉は、彼ほど下衆なものではないと思うんですけどね。謝る必要はないかと」

 

しかし木原相似という男は容赦のない奴のようで、ゴミを見るときの目付きで吐き捨てる。

酷い言いように呆れ返っても、その男は捕まえた青年を馬鹿にするように笑うだけだった。

 

「こういうタイプの馬鹿はきっと貴女を打ち負かした後、手酷く犯してどこぞのポルノサイトに映像売りつける事くらいやるでしょう。もしそれでも、謝れるんですか?」

 

「あたしが酷い事言った事実は覆せないし、あたしはなんとも思わないよ。男子らしい復讐の考え方で可愛いじゃん」

 

━━クソほどどうでもいい。

 

興味もないことをペラペラと、わざと怒らせようとしてるのか必死に捲し立てるのは笑ってしまうくらい無駄な努力だ。

 

馬鹿になってまで彼女に失態を犯させようと、奮闘する彼が可愛く見える。

足が動かないのも相まって、垣根くんよりも更に『あの子』を重ねてみてしまっていた。

 

だから彼女は笑って木原相似を見ることしか出来ない。

妹と同じ、車椅子に乗って誰かの助けを必要とする彼に、一種の興奮を覚えてしまっていた。

 

「……あぁ、貴女なんて大嫌いです。善人すぎて反吐がでる。せいぜい汚いおっさんに公衆トイレとかで犯されればいいじゃないですか?」

 

「あまり保護対象にセクハラをしないでくださいますか?」

 

随分と酷いことを言われている。それでも何も言わずに悪態をつく彼を優しく眺めていると不意に誰かから横から抱きしめられる。

天国と同じ匂いのする真っ白い少年の腕が胸の下を強く締め付け、渡すまいと至近距離で低い声で呟いた。

 

「ちょっと、05、邪魔。そっち終わったんでしょーね?」

 

「はい、車はもう動きませんよ。それでこの男共はいかがいたしましょう?」

 

笑顔でトレーラーの運転席から降りてきたそいつは、爽やかな笑顔で倒れた青年と車椅子に乗った青年を交互に見やる。

データの消去や車の意図的な故障、大きなロボットとの接続解除、その他諸々を嬉々としてやったこの生き物は、まだ働きたいと言わんばかりに天羽の肩を強く掴んだ。

 

「何気に私を数に入れないでくださいよ人造物」

 

「あ?無断で殺さないだけマシだろボケ」

 

うるさく口論をする二人を横目に閉まりきったトレーラーを確認すると、05を引き剥がして車椅子の取っ手を握る。

ゴム製の滑り止めと、懐かしい重みに思わず口角が上がってしまう。

 

「05、口悪い。垣根くんじゃないんだから」

 

「不可抗力です」

 

優しく05を諭して重い椅子に力を入れると、ゆっくりと車輪が回り出した。

 

━━早く撤収してしまおう。

婚合に見つかったら面倒は確実。ほかの顔見知りと出会ってしまったら言い訳を考えるのが大変だ。

 

「にしても、そんなに酷いことをしたのですか?あの取り乱し方はかなり異常でしたけど」

 

操車場から離れようと歩いていると、カブトムシの姿に戻った05が頭の上でふと疑問を投げかける。

 

「さぁ……?もしかしたら、あたしが怖い人に見えたんだろうね」

 

何も知らずに疑問に思うそれに笑顔が溢れると、視線の下の灰色の髪が揺れる。彼の肩が跳ねるのを見逃さなかった。

 

「ね、相似くん♡」

 

車椅子越しに首を強く抱き寄せる。

忘れられない夜を思い出し、手を震わせる可愛い子供の耳元で微かに笑うと、青ざめた顔で唇を噛んだ。

 

やり直しのやり直しというものは、酷く恐ろしい記憶を作り出した。

それは本能故の恐怖。

 

死を知った彼は、彼女の抱擁をギロチン台と見間違う。

 

 





掲載し始めてから先週で一年が経ってました。ここまで続いたのは読んでくれるみなさんのおかげです。
コメントや評価も、辛口のものもありますがどれも嬉しいです。
一年間分もこの作品を読んでくださり、ありがとうございました。
感謝の印として、もし絵やお話のリクエストがあればメッセージボックスか活動報告にお送りください。
かけるようなら描きます。
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