とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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今回は長いです。
分割する勇気がなかった。


67話:手掛かり

微かに香る花と化粧品の匂いが薬品の匂いを塗り替える研究室の中、マニキュアや文房具が散らばる汚い机に肘を着く。

大きな画面とコード繋がる白いカブトムシをつんつんと指でつつくとパソコンのスピーカーから少女の高い声が流れ出した。

 

『天羽先輩、本当にここに来たのかしら?』

 

砂利を踏む音と共に御坂美琴が告げると、画面上に広々とした場所が映る。巨大なパラボラアンテナと、ちょっとした橋のかかった池があるその場所は、人目につかない静かなところだった。

 

「足跡があるからいたんだろ」

 

『ほんとだ』

 

ピンヒールの跡が残る、所々抉られた地面は誰かが争った後だと暗に伝えていた。

そしてそのピンヒールが奥に続く林に続いているのも分かってしまった。

 

『ちょっと!勝手に行かないでよ!』

 

御坂美琴の頭の上に待機させておいたカブトムシを研究室の中から操作して、その場にいないまま探索を始める。勝手に飛んだことを訴える第三位を無視して小さな機体を脳波リンクで動かし、生い茂る狭い木々の隙間を飛んで行く。

 

カブトムシの五感から伝わるあの女の甘い匂い。

どこかで嗅いだことのあるような優しい匂いを辿ると、木々の奥を抜け、ずっと先にある操車場へとたどり着いた。

 

「早速手がかりでもあったか?」

 

「特には」

 

「おっセーな、何やってんだか」

 

操車場につくが、何も目につくものは見つからず、ココアを入れてきたテレスティーナに鼻で笑われる。

いちいち癪に触る女だと苛立ちを露わにしても、彼女は何事もなかったかのように近くの椅子に座って静かに画面を見つめていた。

 

早く手掛かりを見つけたい一心で、カブトムシを動かす。目となり、手となり、足となるこれは、自分が思っていたより便利だった。

御坂が来る前に何か見つけようと飛び回り、観察する。

 

そうして時間をかけて見たら、あっけなくその手掛かりを見つけてしまった。

 

『何かあったー?』

 

「これみてみろ」

 

『トレーラー?』

 

コンテナが積まれた操車場に少し遅れてやってきた御坂美琴に、不自然なほど大きく、広告すら貼っていない大型のトレーラーの後ろに来いと先導する。

真っ暗な影のできたそこに倒れていた人影は、この場に似つかわしくない野郎だった。

 

『これが婚合さんの言ってた人?』

 

小太りに、お世辞にも造形が良いとも言えない顔。その男が暗部の構成員だと分かったのは、滲み出るクソ野郎の雰囲気のおかげだった。

 

「やっぱり表沙汰に出なくて正解だな、第二位」

 

「あぁ……クソ」

 

隣でココアを啜るテレスティーナの言葉に頷くと、奥歯を噛みしめる。

ムカつく。腹の虫が治まらない。

ムカつく顔のクソ野郎が天羽に近づいたことに昂り、近くにあった薄い板を握り潰すと乾いた音が研究室に響いた。

 

一番起きて欲しくないことが起きてしまった事実にただ腹が立つ。

力任せに片手で割ったアイシャドウパレットからキラキラと彼女の髪色と同じピンク色が零れ落ちる。

今すぐ、あの女もこの男も殺してしまいたいほどムカついていた。

 

あの女をほかの暗部と鉢合わせたくなかった。しかも、こんな男に。

どんな傷も治せる究極のお人好しを、ほかのクソ野郎に取られたくない。

 

自分以外の誰かに愛を囁くあの女を見たくないと、心の底から願っていた。

 

『天羽先輩がこれやったのかしら。ちょっと心配ね、無事かしら』

 

「……なんでお前が心配すんだよ。ただの知り合いだろ」

 

馬鹿な考えをよそに、第三位はクソ野郎を見下ろして小さく言葉を零す。

まるで友達とでも言いたげなその言葉に、なぜか苛立ちを覚えてしまった。

 

『はぁ?友達だから当たり前じゃない』

 

「……なるほどな」

 

友達。

 

呆れたように笑う御坂の言葉に心が踊る。

アイツに友達なんて居ないのに。

人に頼れず、人を好きになれず、他人を見下ろすことしか出来なくて、誰に対しても一定の距離を置く馬鹿で面倒な女が友達なんか作るわけない。

 

確信する。

天羽彗糸は、きっと御坂美琴に興味が無いと。

優先順位の第一位はいつだって垣根だと。

 

その結論に不服はなかった。

 

『逆に聞くけど、垣根さんは天羽先輩のなんなのよ』

 

「飼い主、そして探求者。多分な」

 

『何それ』

 

「ほっとけねー奴ってことだよ」

 

不思議そうな顔をする御坂に伝えたのは本心だった。

 

彼女を知りたい、制御したい、隠していたい。

それがあの女に対する基本的な感情だった。

 

交友関係だろうがなんだろうが、あの女のことを知りたい。家族関係、友人関係、恋愛関係、人生、価値観、なんでもいい。

彼女の秘密を暴くためにも、知らなければ、彼女の部屋で思い浮かんだ推測をただの妄想と否定できないのだ。

 

もしかしたら、彼女は天羽彗糸では無いという仮説。

 

何故か思い浮かんだその仮説は心に影を差し、絡みついて離れない。

死んだということ、神に会ったということ、大人なこと。

人の脳を入れ替え、知識を入れ、他人を特定の人物として認識させる実験は学園都市ならば存在していてもおかしくない。

チグハグな精神と、いない妹、そして死を知っていることはそんな考えに辿り着かせてくれた。

 

可哀想な悲劇のヒロインかも知れないと、何故かそう思ってしまった。

 

借りたウィンドブレーカーのポケットの中で手を握りしめると何かが手に当たる。

金属が擦れる音を鳴らすポケットから金色のアクセサリーたちを取り出すと、輝く項垂れながら眺め、小さく口角を上げた。

 

ピアス、ブレスレット、指輪、チョーカー、ネックレス。

返しそびれてしまったそれらを強く握りしめ、優越感で心を満たす。

他の人から貰ったものなど、返すつもりはなかった。

 

『確かに分かる気がする。あの人はちょっとあのバカに似てるから、嫌いになれないって言うか』

 

「上条に?」

 

『おかしいほどに優しいとことか、すぐ人を許したりとか、ズタボロになって帰ってくるとことか、すぐ体張るとことか……あと、何故か憎めなくて、助けたくなるとことか。今みたいにね』

 

手の中でぱきぱきと音を立てて指輪を握り折ると、御坂の言葉に顔を上げる。

画面に映る優しい笑顔の御坂が癪に障った。唇を噛んで、再び強く指輪を握り潰すと嫌いな女の笑顔が思い浮かぶ。

 

「……俺にとっては誰よりもムカつく女なんだけどな」

 

血だらけの彼女の甘い匂いと、柔らかい肉、そして冷えていく体温が忘れられない。

 

ヒーローでもないくせに、必死になって傲慢にも彼を愛すその女は、何よりも嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンテナが多く積み上げられた操車場から一旦戻り、先ほどの雑木林の入り口で学友たちに一匹の猫を見せる。

湾内さん、泡浮さん、婚合さん、佐天さん、知らない猫耳帽子の少女と御坂。

大きなパラボナアンテナの下で猫を囲む女子中学生とはおかしな図ではあるが、人がいないこの場所はこれからすることを考えるととても都合のいい場所だった。

 

「この猫ちゃんですか?」

 

「ええ、すみません、読心能力(サイコメトリー)手間をかけさせてしまって」

 

「いえいえ、御坂様の頼みですから」

 

猫耳のついたオレンジ色の帽子をかぶった顔なじみのない少女に湾内さんが軽くお辞儀をすると地面で可愛く座る黒猫の前にしゃがむ。

猫が電磁波で逃げられると困るので少し距離を置いてその様子を見ていたが、しゃがんだまま御坂に向けて笑う猫耳中学生と目があうと慌ててお辞儀を返して笑う。

 

「それで、えっと、猫とお話しできるんですか?」

 

「いいえ、私の能力は。テレパスの類とはあくまで別物なので、会話ができるわけではありません。動物の感覚経験(クオリア)を断片的に読み取るだけですけど、この子自身が理解できない状況でも汲み取ることができるという利点もあるのですよ」

 

困惑したように佐天さんは首をかしげると、しゃがみこんだ猫耳少女は人懐っこい笑みを浮かべて返す。

どうやら彼女が湾内さんが呼んでくれた動物専門の読心能力者(サイコメトラー)のようで、優しいことに多くのことを話していないのにも関わらず快く黒猫の記憶を見るのを承諾してくれたようだ。

 

「昨日のお昼頃でいいんですよね?」

 

「はい。そうでしたわよね、御坂さん?」

 

「うん、私の妹といるはずなんだけど……」

 

「では」

 

申し訳ないと感じながらも、頼ってしまう自分に情けなさを感じつつ猫耳少女が黒猫の頭に手を置く姿を眺める。

念じるように静かに目を瞑る少女から感じる緊張感に、なぜか自分の体も強張り、聞こえないような小さな音で息を飲んだ。

 

「場所は工事現場か資材置き場……背の高い男の人が一人。あ、あと女の人っぽい影が」

 

目を瞑り、子猫に右手を添えたまま少女は呟く。

 

「会話を始めました。『どういう形であれ、あちらの先手を取れる。今は構っている余裕は』『Auribus oculi fideliores suntはどうなっている?』」

 

「ラテン語?」

 

「『見ることは聞くことより信じるに値する』、何かの符牒でしょうか?」

 

難しい顔をして少女が言葉にした聞きなれないラテン語に各々首を傾げ、眉をひそめる。

もしこの猫が見た女が食蜂だとしたら、彼女は何を思ってラテン語なんて口にしたのだろう。謎だけが深まっていく。

 

「えっと、『あの少女の手を借りるのは』『白衣の天使様』『究極のお人好しなら、もしかすると』」

 

「白衣の天使、ですか。御坂さん、お心当たりは……」

 

「……一人ね」

 

しかし有益な情報もあった。

知り合いに一人しかいない、それも今探している女性と同じ珍しい特徴に頭を抱えて悩む。

読心能力者(サイコメトラー)の言葉から断片的にだが、天羽先輩が食蜂に手を貸していることは何と無く理解できた。

 

垣根さんのいう通り、食蜂が天羽先輩に手を出したのは間違いなさそうだ。

 

「これ以上は難しそうですね、この子も気が動転していたみたいで」

 

「いえ、ありがとうございます。助かりましたわ」

 

「では私はこれで」

 

一礼をして読心能力者(サイコメトラー)の猫耳さんがこの場を立ち去ると、湾内さんたちはその背中を見送った。

猫耳少女の背が完全に見えなくなったところで一息ついてこちらに一切近づこうとしない子猫に視線を移す。

 

「それで、どうでしたか、御坂さん?」

 

「とりあえず、天羽先輩は巻き込まれたって感じなのはわかったわ……それ以外はなんとも」

 

有益な情報を得られたか聞かれるが、それに答えるのは少々難しい。

泡浮さんに困ったような笑顔を見せるのが精一杯だった。

 

「でもみんなありがとう、私のために。危険な目に遭わせるわけにもいかないし、あとは私がなんとかするから」

 

「しかし、私達もお力添えを……」

 

これ以上悩んでいても仕方ないと、一礼してから笑う。

後で垣根さん達に相談してみようとポケットに手を添えて唇を噛むが、婚后さんに両手を掴まれ、ハッと唇を離す。

 

御坂はとても素晴らしい友人に恵まれた。

とても危険だと言っているのに、彼女を信じて、彼女の為に力を貸してくれる、大切な友人達。

だからこそ、彼女たちに危険な目にあって欲しくない。

 

「じゃあさ、その猫、第七学区の病院に届けてくれないかな?垣根さんって天羽先輩の知り合いがいるから、見ててくれると思うの」

 

「ですが……」

 

大事な人に怪我をして欲しくないと思うのは至極普通なこと。

掴まれた手を握って笑顔で返す。

傷つくのは自分だけでいい。どこぞのお人好しな先輩みたいにやられっぱなしになるつもりは毛頭ないが、それでも、自分だけで解決できるのなら、友人たちを巻き込みたくなかった。

 

けどほんの少しのいたずら心がその感情を上回る。ポケットの中で猛抗議をして動き回るカブトムシを静電気で沈めながら、猫の世話を預ける。

妹達(シスターズ)と、名前も聞いてない訳ありの少女なら喜んでくれるだろう。

それに垣根は天羽先輩から目を離した罰として、これくらいのことはしてもらわなくては。

 

「……分かりましたわ!責任もってお届けします」

 

「ありがと、婚合さん」

 

「いいえ、御坂さんの帰りを待つのも友達としての務めですもの、当たり前ですわ!」

 

少し躊躇い、婚后は笑顔で頷く。

手を離してから子猫を抱き抱えると、湾内と泡浮を連れて教えた病院に踵を返した。

 

残ったのは御坂と佐天のみ。記憶のない彼女と二人きりでいるのは少々気まずい。

 

「仲、良いんですね」

 

「うん、大事な友達なの」

 

少し沈黙が走る。

記憶のない彼女と何を話せばわからず、口を閉ざしたまま視線をうろちょろとさせていると佐天の黒い瞳と目が合う。

 

「あの御坂さん、さっきの話なんですけど」

 

「ん?何か知ってるの?」

 

「実は、さっきのオウブリスなんたら、ってやつ、あれ私がよく見る都市伝説サイトの名前なんです……」

 

「都市伝説サイト?」

 

Auribus oculi fideliores sunt

 

『見ることは聞くことより信じるに値する』と先程湾内達が翻訳していたが、その名前は、意外にも全く関連性がなさそうな佐天から素性を明かされることとなった。

 

都市伝説サイト、なんて胡散臭い単語を脳内で反復させながら思考を巡らす。

もし、黒猫の記憶にでてきた女が食蜂操祈で、男の方が彼女の協力者だとしたら、なぜそんなものに彼女達は興味を示したのだろうか。

 

「食蜂はどうしてそんなサイトを……?」

 

「食蜂、って誰ですか?」

 

頭の中だけで言ったつもりだったが、気付かず口に出していたようで、佐天はキョトンと目を丸くする。

 

「あぁ、うちの学校にいる第五位の超能力者。この件の第一容疑者、的なやつよ」

 

「もしかして記憶を操れるとかって言う……」

 

軽く頷くと、佐天は悩む素振りをしてまたもや気まずい沈黙が流れる。

食蜂操祈になにか思うところでもあったのか聞きたいけれど、今は彼女が教えてくれた謎のサイトの方が気掛かりだ。

 

「えっと、それでそのサイトの話なんだけど……」

 

「あっ、はい、そこは噂話を集めて実際に検証するって感じのサイトで、初春に、さっき会った時の花飾りの子に頼んでサイトを探して貰ってたんですけど、見当たらないって言われて……」

 

「見当たらない?」

 

『確かに見当たらねーな』

 

「あ、ちょっと!」

 

サイトが見当たらないという言葉に訝しむと、硬い感触がポケットから腕を伝う。

凄まじい勢いで腕をかけ登り、頭のてっぺんに羽を休めると、男の声が女子二人だけの空間に静かに響いた。

 

「カブトムシ?垣根さんの声が……」

 

『通信デバイスだ。深く考えるな』

 

「すごーい……!」

 

真っ白の体に緑色のつぶらな瞳が特徴的なカブトムシに佐天は動じず、そしてその声の主を言い当て楽しそうに私の頭上をキラキラと目を輝かせて覗き込む。

 

こうなったら仕方がないと、半ば呆れながら垣根の声がするカブトムシを右手で掴みながら見つめる。

 

「もう……で、見つからないってどういうことよ」

 

表情の分からないカブトムシの姿では、声色でしか感情が判断できないのが難しい。

 

『単純に検索しても出てこねーってことだ。ダミーサイトでも作って隠蔽してるのか、その都市伝説サイトは出てこねーな』

 

「……嘘ついてないでしょうね」

 

『なんで嘘つかなきゃいけねーんだよ』

 

「いや、猫そっちに預けるの怒ってるかなーって……」

 

『それに関してはガキどもが猫に喜んでるからどうでもいい。どうせ俺は世話しねーし』

 

腹いせに嘘をついてないか訝しげに見つめると、僅かに聞こえたよく知っている少女、おそらく別の妹達(シスターズ)の嬉しそうな声に被って面倒くさそうに垣根はぼやく。

他の子とは違う嬉しそうな声はおそらく9982号で、他に聞こえる声はおそらく天羽先輩が拾ったという少女だろう。

なんだかんだ言って、この男は面倒見がいいのか。

 

『とにかく、嘘はついてねーぞ。天羽に関わるしな、嘘なんかつかねーよ』

 

「じゃあ、食蜂が隠蔽したのなら、食蜂にとって都合の悪い情報がそこにあったってことよね?」

 

『初春って機械に強いお嬢さんだったか。もしかしたらもう既に突き止めて、都合が悪くなって処理された可能性があるな』

 

彼の言葉が本当だという以上、その事実は全てのことにおいて辻褄を合わせてくれた。

 

初春なら不審なサイトを見つけたらすぐ情報を調べてしまうだろうし、もしそれを食蜂が探知したのなら、データ消去させ、オマケに記憶を覗いて御坂の友人だと知るのも容易いだろう。

目の前の友人の記憶がないのも、サイトが見つからないのも、食蜂によって繋がった。

 

「……支部に行ってみますか?」

 

「そうね、垣根さんもそれで良い?」

 

『あの馬鹿に繋がるなら、どこでも良いぜ』

 

やっと見つけた小さな手掛かりに、拳を強く握る。

食蜂操祈と天羽先輩、どちらも何を企んでいるのか全く分からないが、でもようやくその影を掴めそうだ。

 

「そうだ、一応連絡を……あれ?」

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、なんでもないです!早く行きましょう!」

 

後ろで携帯を睨み、足を止める佐天に声をかけて、喜ばしい進展を噛み締めながら風紀委員(ジャッジメント)支部へと向かおうと足を踏み出す。

早く全てを終わらせたい一心で、彼女は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人々で賑わう大通り、その中でスマートフォン片手に機嫌よく笑う一人の女性が一人で歩いていた。

 

「美琴ちゃんも頑張ってるみたいね、結構結構」

 

首まで伸ばした明るい茶髪と、ハリウッド女優も真っ青な砂時計型のメリハリのある体が何人かの男の視線を奪うものの、女性は一切気が付かずにスマートフォンを眺める。

その内容は恐らく大覇星祭ニューストップに躍り出た、自分の娘、第三位御坂美琴の風船割りレースの記事だろう。

自分の娘の活躍に、誇りを持たない親は多くない。母である女性、御坂美鈴もまた、多くの親と同じように娘の活躍に喜んでいた。

 

そんな喜ばしい記事だが、歩きながら見るのはあまり褒められたことではない。

モラルある母親は見出しだけ確認すると、直ぐに携帯をポケットにしまってブラブラと散策を続けた。

 

しかし、

 

「ほら、もう大丈夫ですよ。心配しなくても、私がついていますから」

 

聞き覚えのある甘い声にその足を止める。

 

「あら?あの花飾りは……初春ちゃーん!」

 

「美鈴さん!」

 

春爛漫とした咲きこぼれんばかりの花飾りを付け、少しはねた黒髪のショートヘアが良く似合うセーラー服姿の風紀委員(ジャッジメント)に御坂美鈴は手を振りながら駆け寄る。

知り合いだったようで、初春と呼ばれた中学生は笑顔を見せて御坂美鈴に頭を下げた。

 

「あれ?その子は?」

 

「迷子さんです」

 

駆け寄ったはいいものの、背の低い中学生よりもさらに背の低い少年が初春の後ろで泣きそうな顔をしているのに気がつくと、少し躊躇う。

 

「えぇ、大変じゃないこんな人混みじゃ、手伝おうか?」

 

「いえ、親御さんにはもうこちらに向かってもらってるんです」

 

「そうなの?」

 

「はい!美鈴さんもお持ちの入場証にGPS機能がついていて、来場者の位置情報は本部で検索できるんですよ」

 

世間話に花を咲かせる余裕があるのか、風紀委員(ジャッジメント)の腕章を付けた彼女に伺うように聞いてみると、もう既に解決済みだそうで、御坂美鈴は胸を撫で下ろす。

母親だからか、どうやら涙を浮べる子供を人一倍気にしてしまうようだった。

 

「パパだ!パパー!」

 

子供が元気よく父親を呼ぶと、彼らは感謝を伝えて去っていく。

 

「気をつけてくださいね!」

 

笑顔で手を振る風紀委員(ジャッジメント)を微笑ましく思いながら、御坂美鈴は首からかけた入場証を見つめる。

自分の顔と、割り振られたIDが記されたカードにどこか納得した表情で頷き、裏に書かれたバーコードを指でなぞった。

 

「なるほどねー、これだけ多くの観光客をどう管理するのかと思ってたけど、しっかり対策してるってわけだね」

 

規模の大きい学園都市は、外部の人間をあまり歓迎しない。

そのため観光客を入場証のデータによって位置情報を管理し、不測の事態に対応していた。

 

そんな学園都市の観光客対策だが、それには欠点がある。

 

「でも、そのシステムをハッキングすれば、誰だろうと特定の来場者を見つけ出すことも可能になっちゃうんですよ」

 

その欠点を、突然現れた金髪の女性が御坂美鈴の隣で呟いた。

高い背に、華やかな金髪のその人は顔は見えないが、落ち着く声でくすくすと笑う。

後ろ姿だけでわかる大人びた体つきと、清純そうな服装に見覚えはない。

 

風紀委員(ジャッジメント)の少女と共に、御坂美鈴の知り合いだろうか。

実に都合がいい。

その様子を伺っていた少女、警策看取はほくそ笑む。

 

御坂美琴と渡り合うには母親だけじゃ足りないと思っていたとこだ。

深くフードをかぶり、木陰から彼女らの様子を見つめる。

どくどくと、血が熱く興奮していた。

 

「天羽さん!」

 

「初春さんパソコン強いんだから、ちゃんと見ておかないとダメだよ?じゃないと」

 

眩しい金髪を翻し、白いスカートが揺れると、化粧で華やかに彩られた笑顔と目が合う。

 

どきどきどきどき。

 

異常な速度で血液を押し出す心臓に痛みが走る。

立てないほどの圧迫感が体の中から放たれ、息が苦しい。

 

「わるーい人が使っちゃうかもしれないから」

 

人と思えないほど悍ましい赤と緑の瞳に姿が映る。

恐ろしいと訳もなく感じる脳に、体は声も出さずに背を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐怖とは、脳の働きにより制御されている。

 

走り去っていった小柄な人影を見つめながら目を細めると、眉間に皺を寄せる。

本当は病院送りにしようと思っていたが、気付かれぬようゆっくりと支配していったためか逃げられてしまった。

観測範囲にいれば継続できるが、後で対処しても良いだろう。

 

「どうかされましたか?」

 

「ううん、なんでもないよ。初春ちゃんはお仕事中?美人なお姉さんまで連れて」

 

顔を覗き込んで来る初春に考え事を中断されると、隣に連れた女性に視線を動かす。知り合いによく似た顔の女性は何故か嬉しそうにしながらこちらを見ており、何処と無くその視線は不愉快だった。

 

「私はパトロール中です!それで、この人は」

 

「初めまして!御坂美鈴と言います、よろしくね」

 

「天羽彗糸です。もしかして御坂美琴ちゃんのお母様ですかね?お会い出来て嬉しいです」

 

三十代前半くらいの若い母親。第三位、御坂美琴が順調に成長したらこうなるのかと考えてしまうほど、大きい胸と高い身長を除けば彼女は娘によく似ている。

生物学的に娘は父親に似て、息子は母に似るというが、御坂は違うようだ。

 

「え!よく分かりましたね、私なんて最初お姉さんかと思っちゃいましたよ」

 

「うちもお母さん若いから、なんとなくね」

 

若い母親なんて珍しくもなんともない。若くして天羽を産んだ母は、年齢差から考えて天羽の中学生時代は三十代前半。

そもそも、アニメの世界の母親役は幼少期の成長を疑うほど若作りなキャラクターが多い印象があるため、メタ的な推理をすれば簡単にわかる。

 

「それにしてもなんでこんな所に?垣根さんもいないですし」

 

「あの子はちょっと用事があるみたいでね。それよりもパトロールはいいの?こんなところで駄弁ってたら、白井ちゃんに怒られちゃうよ?」

 

「ハッ!そういえばそうでした。じゃあ私はこれで!」

 

天羽の一言に体が強張ると、早口で別れの挨拶を告げて初春は雑踏の中に溶け込んでいった。

人混みに紛れて見えなくなるまでその背中を眺めてから、小さく息を吐くと隣に立っていた綺麗な母親に笑顔を見せる。

 

「じゃ、あたしもここら辺で失礼しますね。良い一日を」

 

「あ、ちょっとちょっと、待って!」

 

「はい?」

 

当たり障りのない言葉でこの場を去ろうと軽く会釈をするが、引っ張られたジャージの裾に足を止める。

頼まれごともあるので早く先ほどの子供の対処に向かいたいのだが、興味津々にこちらを覗き込んでくる彼女をみると、それも叶いそうになかった。

 

「貴方、例のカノジョよね?やだー、会えるなんて嬉しいわ!」

 

「えーっと?あの、一応アナタとは初対面のはずですが……?」

 

「美琴ちゃんと、そのお友達経由でね、貴方のこと聞いたのよ」

 

「はぁ、そうですか」

 

キラキラと好奇心で支配された輝かしい瞳に苦々しい表情をした自分が映る。何について言っているのかもわからず、困惑しながら首を傾げてその場に固まってしまう。

 

「ね、ね、貴方と垣根くんってどんな関係なの?」

 

「垣根くん?えっと、帝督くんですか?」

 

「そうよぉ!もう、あんなカッコいい子のお相手がこんなに綺麗な子なんて。しかも、昔テレビに出てた芸能人の子なんですもの、気になっちゃうじゃない!」

 

「……ぇ?」

 

突然出てきた大好きな人の名前に思考が止まる。しかし止まった思考は続けて言われた『テレビ』と言う単語に反応し、かろうじて喉から乾いた声をひねり出した。

 

彼女の言葉に、ゆっくりと脳が昨日の出来事を思い出す。ガラの悪い満面の笑みで写真と共に告げた知らないはずの事実。

その事実の出所がどこなのか、脳の奥では気になっていた。完璧に隠蔽したはずの過去を、どうして情報が規制された学園都市にいる垣根が知っていたのか見当もつかなかった。

 

しかし、今やっと理解した。物語に深く関与しない外の世界の人、それも魔術に関与していない一般人で、当時大人だった人は覚えている人もいるだろう。

 

━━最悪だ。

 

「良かったらお茶でもどう?青春真っ只中の若人のお話、聞きたいわ!あと美琴ちゃんのこともね」

 

「……ええ、構いませんよ」

 

この調子なら、本名もすでにバレている。

 

優しく笑顔を作って頷くと、御坂美鈴は嬉しそうに笑う。これも必要なことだ。

彼女の中の『ぼく』を知ることくらいは短い時間でもできる。どれほどの情報を彼に与えたのか、知るべきだ。

幸い、時間は確保できていた。

 

 

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