とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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閑話休題的な短い文です。人がキレてる現場を書くのが好きです。




68話:肯定、否定

明るい髪をふたつに結び、風紀委員(ジャッジメント)の腕章をつけた少女が叫ぶ。

三人と一匹しかいない部屋ではその声は大きすぎたようで、隣に立つ佐天の肩が飛び跳ねる。

否定的な言葉には、なんと返せば分からなかった。

 

「絶対ダメですわ!一般人に支部のパソコンを見せるだなんて!」

 

可愛い顔で怒りながら黒子はソファに座りながら目の前の机を強く叩く。

初春のパソコンを調べに一七七支部へ来た御坂たちはどうやら歓迎されていないようで、眉間に皺を寄せて怒られてしまっていた。

 

「確かに行方不明の妹さんは心配ですわ。ですので、私たちがお調べいたします。その為の、風紀委員(ジャッジメント)ですもの」

 

「それはそうかもしれないけど……」

 

客観的に見れば確かに黒子の言う通り、妹が誘拐されて行方不明なんて風紀委員(ジャッジメント)や、警備員(アンチスキル)にお願いするような事件で、自分たちは一般人かもしれない。

しかし、御坂たちが探しているのはただの妹ではなく、御坂を模したクローン。

真実を知ってしまえば、どうなるか分からない。

だからあの子は御坂が見つけなければいけなかった。姉として、加害者として、妹達(シスターズ)の平和は必ず守らなければならないから。

 

「あの、白井さん、お願いします。御坂さんにパソコンを調べさせてください」

 

「佐天……?」

 

どうしようかと固まっていると、仰々しく黒子に頭を下げて佐天が静かに口を開く。

それに続いて自分も深く頭を下げる。汚れた靴についた泥を真っ直ぐ見つめるように、深く。

 

「お願いします。私達、もしかしたら御坂さんにとても酷い事をしてるかもしれないんです。助けになりたいんです」

 

「酷いことですか?」

 

「大切な友人、だったかもしれないんです。今回の事件は精神系の超能力者(レベル5)が関与しているそうですし、だから……!」

 

「……だから、彼女を信用しろと?」

 

冷たい声が放たれる。縮まらない心の距離がもどかしかった。

それでも必死に頭を下げて頼みこむ。

初春のパソコンを見なければ、妹の手掛かりも、天羽先輩の場所も全て分からない。これ以上の情報を得られないのだ。

 

「お願い、これ以上迷惑をかけるつもりはないの。一度だけ、そのサイトを確認できたら……!」

 

「……関係者以外に機材を触らせるわけにはいきませんの。私が見ているうちは、絶対誰にも触らせませんわ」

 

黒子はため息をつくと席を外し、給湯器へ向かう。少しためらってから未だ頭を下げ続ける佐天に向かって、もう一度ため息を零すと、背を向けたまま立ち止まり、少しだけ間を開けて呟いた。

 

「わたくし、お茶を入れてきますの。万が一、パソコンをどなたかに触られても、お茶を入れている間は分かりませんわね。あー、大変ですわ」

 

困ったように佐天を横目で見てから、明後日の方を向いて呟いた。

 

「ッ黒子!ありがとう!」

 

「はっ離してくださいまし!私にはそのような趣味はありませんのっ!それに私はお茶を入れるだけですの!!感謝を言われる覚えはありませんわ!」

 

「あ、ごめんね」

 

感極まり抱きつくと、黒子は悲鳴をあげてそそくさと給湯器のあるスペースへ逃げ込む。

それに少しの寂しさを覚えたが、寂しいを紛らわしてパソコンに向き直ると、使い込まれたキーボードに手を置いて息を吐いた。

 

ばちばちと青白い火花が舞う。キーボードと手のひらを繋げるように落ちた小さな稲妻がパソコンの電源を入れて、次々とウィンドウを開く。

 

消されたデータの復元。この稲妻がネットワークを駆け巡り、削除されたデータを元の姿に戻していく。

 

「あ、でた!」

 

たくさんのウィンドウの中に、一際目立つ写真の置かれたサイトが飛び出す。

 

見知らぬビルと風景の中佇む人工的な鮮やかな金髪と、目を隠す黒いモザイクが特徴的なその写真は良く見知った女を写していた。

 

MISSION:5

【要塞線の奥に眠る秘匿技術!?超能力を生み出す最新鋭DNAコンピュータを追え!】

なんて、つまらない見出しと共に貼り付けられたその姿は、ずっと追っていた人と同じだった。

 

「食蜂……!!」

 

拳を握る。画面に映る忌々しい女にこれ以上ない怒りが湧いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賑わう道端に隣接されたカフェのテラスにあるテーブルに着くと、御坂母の鼻腔にフローラルな香りが広がる。その中に嗅いだことの無い甘くて優しい、砂糖のような香りあった。ベリーと花の香り。

それが目の前の女の子の柔らかい香りだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

「それで、垣根くんとはどういう関係なの?」

 

「……まぁ姉弟のようなものですよ。彼を支えたいあたしと、傍若無人に振る舞う可愛い弟が一番しっくりきます」

 

クッキー生地のような金髪の先、桃のようなグラデーションが風に揺れるのも気にせず、目の前の少女は答える。

天羽彗糸という可愛い名前と派手な見た目からは想像もつかない大人びた受け答えと、普通の女の子より少しだけ落ち着いた柔らかく低い声。育ちがいいのか、それとも本人の経験の多さなのかは分からないが、幼い顔立ちと高校一年生という年齢の割には非常に大人らしかった。

 

「天羽ちゃんの方が年上なの?」

 

「あたしが一つ下です。でも年齢なんて関係ありませんよ」

 

店員がテーブルの隣に着くと、暖かい紅茶とコーヒーが静かに置かれる。学生向けのチープなコーヒーの香ばしい匂いと、その匂いに負けない彼女の甘い香りに痺れてしまいそうだった。

 

「年下のお姉ちゃん……お世話好きってことかしら、弟としてしか見られないのは垣根くんにとって辛いんじゃないの?」

 

「本人は嫌でしょうね。でも、そんなこと関係ありませんし」

 

「そう?貴方を好きな垣根くんには関係あると思うけど」

 

淡々と答える天羽に、昨日のお昼に出会った背が高くてカッコいい男の子の顔を思い浮かべる。

長身でスタイルが良く、女性の視線を奪う端正な顔立ちと長い茶髪に真っ黒い瞳。

目の前の彼女とは真逆の明度をした彼、垣根帝督の見た目にそぐわない柔和な笑みと、目の前の少女について語る時の恥ずかしそうな顔、そして感情を隠すためのトゲのある言葉がどうしたって頭から離れられなかった。

 

母親歴十四年の勘がお節介をかけたくさせる。

若者の青春を見たいと、恋愛漫画を読むような気持ちで御坂母はそこにいた。

 

「ありませんね。彼の好きは高く見積もっても今までのことへの感謝でしょうし、彼はあたしのこと好きじゃないですよ。それに、あたしも彼も、互いを性的に見ておりません。この感情は貴方が思っているようなものではありませんよ」

 

「性的って……言い切るわね」

 

「事実ですから」

 

きらきらと太陽の光を反射する紅茶に似合わない、彼女の冷たく、重い言葉を柔らかい笑みで言い放つと、彼女は暖かい紅茶にガラスのシュガーポットから取り出した角砂糖をふた粒入れて、かき混ぜる。

ティースプーンとティーカップが当たる音が賑わう道の喧騒の中はっきりと耳に届いた。

 

彼と似たような言い分に、少し影が曇る。彼女の言葉が照れ隠しなのか、本音なのかは、彼女の愛らしい笑顔からは分からない。

ただ、十五、六の少年少女二人が、互いの感情を否定するのに『性』を口に出すのがなんだか気持ちが悪かった。

 

「……天羽ちゃんは垣根くんのこと嫌いなの?」

 

「好きです。断言できます。この世界(物語)で一番、誰よりも愛してます。顔も、能力も、生意気な態度も、甘っちょろい性格も、不幸なとこも、可愛いとこも、全部大好きです」

 

自分の考えは違っていたのだろうかと、少し核心を突くようなことを聞くが、考えに反して彼女は心の底から笑う。

笑うと目が細まり、猫のようになる癖は子供のようだった。

 

そういえば、垣根も必死になって彼女のいいところを言っていたなと、ふと思う。

 

彼女たちは、きっとお互いをよく知っていて、知らないことは一つ以外何もないのだろう。幼馴染のようなものなの。

唯一知らないことは『性』だけ。その一線を超えたくない。

だから知らないことを盾にして、否定する。

 

彼女と彼は似た者同士で、パズルのピースのように凹と凸がかっちり噛み合うような関係性で、進展などないと思っている。

 

もどかしい子供達だ。

よくあるラブコメ、よくある葛藤。若さゆえの燻った感情にくすぐったさを覚えるのも無理はない。

自然と笑みが溢れてしまう。

 

「思春期って大変ね」

 

「そんなもの、来た事すらありませんよ」

 

しかし、御坂母の笑顔と反して少女は口を固く結ぶ。三つ目、四つ目と、白い角砂糖を紅茶に落としていくと、だんだんと顔にかかった影が濃くなっていった。

 

心臓が大きく鳴る。

 

失言だったと、口にしてからわかった。彼女は普通の少女じゃないことを失念していた自分が悪い。

彼女が自分の娘が学園都市にくる前からずっと大人しかいない世界にいたと思い出したのは自分だというのに、頭が回らなかったなんて情けない。

 

垣根に見せてもらった一枚の画像。ナース服を着た小学三年生くらいの少女は、確かに昔テレビで見た恐ろしいほど大人びた子供だった。

あの頃と変わらぬ受け答えができる彼女は、子供と呼ばれたことはきっとなかったのだろう。

 

「あ、そうね……貴方は環境がちょっと特殊だものね。小さい頃から大人ばっかりの世界にいたら、思春期なんて忘れちゃうかもしれないわ」

 

「環境はあまり関係ありませんよ。ただ、下の子がいると上は勝手に大人になってしまうだけです」

 

「あら、兄弟いるの?」

 

「妹が一人いました」

 

「……なんか、ごめんなさい」

 

「いえ、本当のことですから、お気になさらず」

 

失言に続いて、また失言をしてしまう。何個目かも分からない角砂糖を入れ、苦々しい笑みを浮かべる彼女に胸が締め付けられた。

 

親は上の子に『お姉ちゃん』を求めてしまう。特に彼女みたいな出来た子だと、尚更。

それが彼女の年齢よりもだいぶ大人びた態度に繋がり、幼い頃の恐ろしいほどはっきりとした受け答えの元にもなっていた。

過去形になってしまった妹だけが取り残されて、姉である彼女はその頑張りを捨てられなかったのだろう。

 

━━姉らしい子だ。

 

頼るのが苦手で、甘えるのが苦手で、自分で全て決めてしまう。

長女とはそんなもの。

自分の娘と少し似ている。

 

「妹、かぁ。そりゃあ大人になっちゃうわ。うちの美琴も、高校生になったら天羽ちゃんくらい大人びるのかしらねー……」

 

「……御坂さんは、随分娘さんと仲がよろしいのですね」

 

「え?そうかしら、普通だと思うけど」

 

生意気さが増してきた可愛い娘の顔を浮かべると、天羽は再びシュガーポットを手に取る。

意図のわからない質問に嫌味はなく、ただ純粋疑問のようだった。

 

「体育祭……大覇星祭にわざわざ足を運ぶなんて、珍しいと思いましたので」

 

「そう?天羽ちゃんのご両親は来てらっしゃらないの?」

 

「来ませんよ。あの人たちとは縁を切ってますので」

 

三つ、角砂糖をティーカップに落として溶かす。白と茶色の角砂糖はぬるくなってしまった紅茶に沈み、ゆっくり回るティースプーンに潰されていく。

平坦な声が、ティースプーンの無機質な音と交わり、恐ろしく冷えて聞こえた。

 

「え?縁を……?ど、どういうこと?」

 

「言葉のままです。最後に両親と連絡したのは入学、いや、卒業ん時だっけ……忘れちゃったや」

 

指を折り、一、二と数えると、途中で少し笑って数えるのをやめてしまう。その姿から何年も連絡を取っていないのは理解できた。

 

「そんな、どうして?」

 

「求められた子ではないですし、それに、あんたなんか本当の子供じゃないと、気味が悪いと、言われましたので。一緒にいると気分が悪くなるそうです」

 

「は、娘に対して?そんなのって、」

 

「本当のことですから、仕方ありません」

 

冷たい言葉に、熱い怒りが込み上がる。湯気の立つコーヒーカップを強く握りしめると、想像とは違う、掠れた声をひねり出す。

怒りが言葉にできないほど、少女の恐ろしい冷たさに喉がかじかんでいた。

 

「そんなことないわよ、普通の女の子じゃない!」

 

「怒らなくて大丈夫ですよ。あたしもあの人たちになんの感情も抱いてないですし、結構どうでもいいんです」

 

「どうでもいいって……」

 

また四つ、角砂糖を落とす。

 

「あ、誤解なさらないでくださいね。あたし、()()のことは大好きですから。お金も、計画性も貞操観念もない不節操な人たちでしたが、あたしを、妹を産んでくれて、あたしに役割をくれました。()()には感謝してもし足りないくらいです」

 

心の底から溢れる可愛い笑顔の彼女に、これ以上ない寂しさと、悲しみと、愛おしさを感じてしまう。

娘と、彼女の想い人の言う通り、天羽彗糸と言う少女は『底抜けに優しく、無茶をし過ぎ、人のことを考えすぎて、怪我するようなやつ』なんだろう。

 

でなければ、誰がどう見ても破綻している親子関係を、嬉しそうに笑顔で言葉にはできない。

 

「ねぇ、どうしてそんなに他人を好きでいられるの?」

 

「それが『お姉ちゃん』だからです。あたしは、たくさんの好きな人が幸せでいられるように生きていたいんです。好きな人を幸せにしなきゃ生きる意味がないんですよ」

 

「でも、それだと天羽ちゃんは幸せにならないじゃない。自分の幸せはどうでもいいの?」

 

「あたしが幸せになるために、みんなを幸せにしたいんです。大好きな人たちが幸せであることがあたしの幸せって、とても贅沢ではありません?」

 

先ほど入れた砂糖が溶けきらぬまま、シュガーポッドに手を伸ばす。けれど、ガラスの器にはもう角砂糖が残っていない。

 

彼女の甘い優しさは誰かの温もりでしか溶けることはない。一つ一つの挙動から感じる『姉』としての頑張りと、言葉から感じ取る彼女の冷たい過去に同情に近い、吐き出したいほど熱い感情が湧き出る。

あのかっこいい少年に全て伝えて縋りたいほど、短時間しか言葉を交わしてない彼女の幸せを願っていた。

 

「……天羽ちゃんには、垣根くんと幸せになって欲しいと思うんだけどね」

 

「垣根くんがあたしに恋をすることはありませんよ。何より、好きな人の幸せが必ずしも本人の思いと同じとは限りません」

 

沈殿した砂糖を隠すようにミルクを垂らす。琥珀色に透き通る紅茶はゆっくりとミルクと混ざり、白濁としていく。

宝石を汚すかのように色褪せていくティーカップの中身を見つめながら、彼女は小さく呟いた。

 

「それに、親にすら望まれなかった人間を愛するような人間はこの世界にはいないですので」

 

「そんなことないわよ、子供を愛さない親なんて」

 

「愛されていたとは思います。けれど、愛とは必ずしも生きていて欲しいと願うものではありません」

 

初めて、彼女の瞳と目が合った。

 

鮮やかな赤と穏やかな緑が煌めく不思議な目の色。現実離れしたその色は酷く恐ろしい。

 

「愛に常識なんてないんですよ」

 

湯気の立っていないカップに口をつけ、鮮やかな瞳を瞼で閉じる。

 

「あたしの愛を、汚い恋だと勘違いしないでくださいね」

 

紅茶を飲み干し、紅茶一杯分よりも明らかに多い金額をテーブルに置くと、立ち上がって背を向け、振り返ることもなく背の高い少女は小さな肩を縮めて足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肩に重みが増していく。

 

薄暗い路地に入り、大きくため息をつくと足を止めて、口に残った甘い味を感じるように唇を触る。

第三位の母親と交わした言葉は、あくびを我慢するほど退屈でつまらなかった。

 

「母親役だからって、期待しすぎちゃったな」

 

この世界の人が、彼女を理解することは永遠にないというのに。分かってはいたのに、淡い期待を抱いたのが悪い。

タイムロスとも呼べない短い時間だったが、時間を無駄にしてしまった。

 

本名も知らず、最小限な情報しか垣根に提供していない。その程度の確信を得るためだけのお茶会は随分と長引いてしまい、結果的にそれ以上のことは何も得られなかった。

無駄な時間だったと一人項垂れる。

 

垣根に本名まではバレていないことは分かったから良かったのかも知れない。けれどその先を期待してしまったのは自分のせい。

塵のように積もっていく苛立ちに奥歯を噛むと、擦り切れるような呼吸音が狭い路地に響く。

 

「泣いてるんですか?」

 

「なわけねーでしょ」

 

大きくため息をつくと、白い影が影が視界の中ぼんやりと映る。

ビルの陰から現れた白い影は車椅子を押しながら少年の優しい声で呟く。その影と目が合うと、それは車椅子を手放してすぐに天羽の元へ駆け寄った。

 

「泣かないでください、悲しまなくても私がいますよ」

 

「そんなこと、思ってもないくせに」

 

頬を包む真っ白い手に温度は感じられない。はめ込まれたエメラルドの瞳から目を逸らすと、体を押しのけ車椅子の取っ手を握って真っ直ぐ陰に歩き出す。

彼と同じ姿をして、可哀相な女と見下ろして、愛しんで、目を合わせてくる人工的なその瞳が気に入らない。

 

口の中の体温で溶けていく砂糖は甘いだけで、美味しくなかった。

 

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