とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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69話:苦味

体調がすぐれない。

 

吐き気を催しながら重い体を引き摺るように隠れ家に向かうと大きな柱にもたれかかって息を吐く。

大きな地下で轟々と水が流れる音と、少しだけ鼻に付く匂いにうんざりしながらローブを脱ぎ捨てると、ピンク色の衣装が現れる。前任者からもらった衣装は、暗部にしてはあまりにも派手だった。

 

「はぁ、最悪……あの女、精神系の能力者か?」

 

顔にかかった暗い色の長いツインテールを手袋越しに軽くはらうと、先ほどの恐ろしい瞳を思い出す。

鮮やかな赤と、厳かな緑が入り混じった薄気味悪い色。

どこの誰かは知らないが、自分を射抜くあの見透かした瞳から察するに同業者、それも目論見に勘付き忠告をしに来たのだろう。

 

「あーもう、御坂美琴から色々聞き出す算段がめちゃくちゃじゃん……」

 

推察するにあの女は高位の精神干渉系の能力者。接触せずに体内を狂わせるとなると、大能力者かも知れない。

 

あの瞳に射抜かれた時の恐ろしさを思い出す。

 

御坂美琴の母親と、友人と思われる頭お花畑の誘拐して、御坂美琴本人から情報を引き出す算段があの女のせいで狂ってしまった。

考えていたプランは潰れ、体調は未だ回復せず、現状は最悪と言わざるをえなかった。

 

「ん?着信?」

 

鈍痛で蝕まれる頭を叩くような木琴のコール音が、肩にぶら下げたタブレットから響く。大きな空洞とも言えるこの隠れ場所に反響する冷たい音はとてもうるさかった。

 

『取り込み中だったか?』

 

「んーん、別に。それでどしたん?何か重要なことかなー?」

 

『先ほど馬場から通信があってな、少し気になることがある』

 

タブレットを起動し、通信を始める。マイク機能のついた乗馬鞭を片手に体調の変化を感じ取られまいと明るく話すと、相手の女、こき使っている暗部組織『メンバー』の構成員の一人は重々しく口を開いた。

 

『……私が所属する暗部組織、メンバーは学園都市統括理事会の特命を受けて動く組織だ。だから貴様の命令も当然、上からの任務だと思っていた』

 

「はい?それが?」

 

『今回の任務、統括理事会は一切関わっていないらしいな』

 

突拍子も無い発言に眉を顰める。低い女の声は、どんな感情なのか推し量ることを許さなかった。

その後放った言葉に、顰めた眉にさらに深く皺を刻む。

 

『裏取りは博士がしているが、確かに上層部らしからぬ命令だったとは思う。貴様は外部の依頼者と共謀し、仲介者の立場を利用して、私や馬場らを使役していた。そう考えるのも無理はない』

 

一向に連絡がこない使い捨ての駒がまさか真相に辿り着いているとは思わなかった。クローンの情報を一向に報告してこなかった小太りの青年の顔に苛立つ。

してやられた。行き場の無い怒りが心の中を彷徨っていた。

 

『私にとっては誰の指図かなどどうでもいいことだが、裏切り者には制裁を下さねばなるまい』

 

無機質な音声がこだまする。

どこから間違えてしまったのだろうか。手駒もいなくなり、苦しくなる体だけを残して、計画は崩れ去ろうとしていた。

 

「あの男……!」

 

余計なことをしてくれた自信家の男のバカみたいなイキリ顔が思い浮かぶ。あの男への憎悪が、吐き気とともに、静かに増幅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌を歌う準備でもするかのように、ドレミの音階を一音ずつ喉で鳴らしていく。喉を元の調子に戻すよう、音階を上げていくと意地の悪そうな男の声から、いつも通りなんの変哲も無い若い女の声に戻った。

 

「あー、いー、うー、んっん、声戻ったかな?」

 

初めての試みにしては上手くいったと、自分自身感心してしまう。

声帯の変化など、筋肉と喉の構造少しだけ弄れば似たような声にはできるとは思っていたが、まさか本当にできてしまうとは。

馬場の身体に干渉したデータのおかげで、わざわざ暗部の少女に会いに行かなくて済んだのだ、彼に感謝してもし足りない。

 

「戻っていますよ。でも驚きました、まさか自分の声帯を変えることができるだなんて」

 

「んー、まー声紋取られたり、対面で話すとなるとすぐバレちゃうけどね。電話越しだったのが救いかな?」

 

自分の秘めたポテンシャルに少々気分が良くなっていると、先ほどから姿の見えなかった05が、ベンチの後ろから冷たい紙パックを手渡してくる。

まだまだ暑い九月中旬、喉を潤すために買ってきてもらった五〇〇ミリリットルの紙パックは水滴で濡れていた。

 

「どうでもいいですけど、警策看取をなんとかしたって主犯をなんとかしなくては意味ないですからね?」

 

「ま、それはおいおい。警策ちゃんは今度観測範囲にいればすぐ気絶させちゃうから問題ないし、主犯は後でどうにかするよ。誰かは知らないけど」

 

05の後ろから現れた車椅子の青年に馬場から奪った携帯電話をその男に投げつけると、面倒な顔つきでこれまた面倒な説教くさい問いを口にする。

適当に言葉を濁すと、長いストローを開いた紙パックの開け口に突き刺して、甘酸っぱいレモンティーを口いっぱい含む。

ほのかなタバコの匂いと合わさって、甘い香りが鼻の奥を刺激した。

 

「貴方の能力で殺せばいいのに、甘っちょろい人ですね」

 

「口を開けば甘い甘いばかり、ケーキでも食べたいの?お子ちゃま。なら」

 

人ひとりいない第二学区の公園。木陰の心地いい涼しさが頬を撫でるベンチを惜しくも離れると、文句ばかりの分からず屋に向かって視線を落とす。

ヒールを履いた目線からは、車椅子に乗った平均身長の男は子供のように小さかった。

 

「これはダメね」

 

彼が加えるタバコを右手で奪う。そのまま口をつけ煙を吐き出すと、甘くて苦い味が広がった。

大人の味。あの頃の味。

懐かしい煙の味を味わうように、その細いタバコを喉の奥に押し込む。

瞬く光を失うように舌に絡み、喉の奥を通る。元通りに治った喉に飲み込まれたタバコからは濃いメンソールの味がした。

 

「なっ!??」

 

「……健康被害、尋常じゃなさそうですね」

 

懐かしい味を凝縮した塊が胃に落ちる。カプセル式とは違う濃いタバコの香りが胃酸に溶けると、目を丸くする彼らに笑う。

 

「うん、苦いね」

 

「ペッ、ぺっしてください!ほら、早く!」

 

「うるさいなー、大丈夫だよ」

 

保護者の真似事をする05の鬱陶しい視線を振り払い、ストローに口をつける。両手で持った紙パックには、まだたくさん液体が残っていた。

 

「でもなんでこんな女物吸ってるわけ?そもそもタバコ吸ってたっけ?」

 

口に残った苦味をレモンティーで洗い流す。青い空の遠くを眺めながら素朴に思った疑問を甘さでいっぱいになった口からこぼした。

 

「ただの嫌がらせですよ」

 

未だ舌に残ったタバコのざらつきに息を吐く。吐いた息をかき消すように鳴り響く着信音に、ただ黙って車椅子を押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスファルトを強く踏みしめて、遠くに建つ大きなビルの見える学区へとたどり着く。

来る機会が少ない学区で、一際目立つその建物は見覚えのあるものだった。

 

「第二学区……確かにあの写真にあった建物ね」

 

『あれは第二学区の風紀委員の支部だ。写真から場所を特定するなんてバカでもできるだろ』

 

「いちいち棘があるわね、素直に感謝できないじゃない」

 

肩に乗った小さな白いカブトムシが鼻で笑う。

ムカつく言い方に苛立ち、片手で鷲掴んで揺さぶるが、カブトムシ越しの音声は乱れることは無かった。

 

『感謝なんて、俺みたいなやつにするもんじゃねぇよ』

 

『照れてるだけだから気にすんな』

 

『ウルセェぞババア』

 

「ちょっと、大声で喧嘩しないでよね!」

 

騒がしいカブトムシに呆れながら小さな声で怒ると、カブトムシ、もとい垣根とテレスティーナは押し黙る。

しかし、やっと静かになったカブトムシをポケットに突っ込んで、監視カメラをチェックしながら道を走っていくと、人のいない道の真ん中でまたもや面倒そうなため息が大きく響いた。

 

『はぁ……これで天羽が関わってなかったら俺は働き損だな』

 

「そんな事言わないでよ、これでも役に立ってんだから」

 

『これでもってなんだよ、すげー役に立ってるだろ』

 

不服そうにポケットから這い出して、頭の上でくつろぐとカブトムシはくぐもった音声を放つ。

超能力者らしく、自分本位な人なようで、こちらを気にせず悩んでいた。

 

天羽彗糸。

第二位ともあろう人物の頭を悩ませる先輩の名前に御坂は大きなため息をついてしまった。

どうしてか食蜂操祈の元へ行った大切な先輩に、ただただ疑問しか湧かなかった。

 

「でも因果関係が分からないわね。どうして先輩はついて行ったの?怪我人でもいるのかしら?」

 

『拾った妹達の面倒見ろって言われたんじゃねーか?クローンの健康管理してるのあいつだし』

 

「でも、それ知ってる人少ないわよ?」

 

『クローンのことを知ってても知らなくても、天羽彗糸の名前を知っていて、尚且つ能力を知ってれば協力を仰ぐのは必然じゃねーか?』

 

『それにクローンのことを能力でだれかから聞いたか、関係者が第五位と繋がってるかすれば自ずと分かる。色々考えは尽きないな』

 

ふと呟いた疑問に、テレスティーナと垣根がそれぞれの考えを間髪入れずに答えると、「あー」と、気の抜けた声で納得してしまう。

そして同時に、先輩への心配と焦りが膨らむ。

 

「天羽先輩はなんでこう、変な人についてっちゃうのかしら?しかも木原の一人連れてるんでしょ?どんなやつなのよ」

 

『相似に関しては、なんとも言えねぇな。天羽のことを嫌ってるとしか』

 

「どうして連れていくんだか……」

 

不思議な先輩だとは常々思ってはいたが、彼女の行動はどう考えても危険極まりなく、彼女を取り巻く環境をイマイチ分かっていない御坂でさえその危険さは理解出来るほどだった。

 

腐っても大能力者だというのに、天然を超えた頭の緩さにほとほと呆れていた。

 

『あとは、そうだな……足が動かせないからなのか、天羽はやたらべったりだな。たぶん好きなんだろ』

 

「え、浮気?」

 

テレスティーナの思いもよらない言葉に、機敏に動いていた足が動きを止める。

 

それほど衝撃的だった。

 

確かに、天羽先輩は博愛主義と砂糖を煮詰めた性格をしている。

頼んだことは愚痴ひとつ言わず頷き、勝手に人を助けるお人好し。誰に対しても、それこそ敵対していたテレスティーナにでさえ、優しい人。

突き抜けた優しさを持つ先輩、しかしそれにはただ一人の例外がいた。

 

それが今話している第二位、垣根帝督だ。

何が母性、または姉性をくすぐるのかは皆目見当もつかないが、天羽先輩は誰よりも垣根を特別に思っている節があった。

見るだけで分かる。

垣根帝督という男への愛は、御坂やほかの友人への気配りとは明らかに違う愛だった。

 

『あのな、天変地異が起きようとあいつは俺の事一番好きに決まってんだよ。ふざけた推論かましてんじゃねーよ』

 

『キレんなよ。冗談だ』

 

そしてその愛の重さを彼本人も理解しているようで、馬鹿なこととでも言いたげに鼻で笑うと、テレスティーナは呆れたように訂正を述べる。

だが、彼女の言い分はそこで終わるものでもなかったようで、咳払いをしてから、再び持論を展開した。

 

『ただ、事実として、多分今のあいつお前のこと眼中にねぇってだけ。あの女は相似の野郎が秘密を漏らさないか監視してるんだよ』

 

「秘密?」

 

『色々な』

 

含みのある言い方に違和感を感じるが、聞いてみてもはぐらかされる。何か先輩がとんでもない爆弾を抱えてるのかと一瞬危惧するが、テレスティーナの呆れた声色からして、物騒なものではないと何と無く感じ取れた。

あの人の性格からして、誰かに迷惑をかける秘密ではないと、わかっていた。

 

「よく分かんないけど、その木原相似って人は天羽先輩にとっても危険で、それを管理するために一緒にいるってこと?」

 

『かも知れないってだけだ。今日に関しては、天羽が食蜂と会った後についていってたらしいから、関係ねーかも』

 

間の抜けた欠伸をして音声を切るテレスティーナに思うところはあれど、何も言わずに再び走り出す。

しかし垣根は怒りを抑えたような、低く強い声をカブトムシから放った。

 

『関係ねぇったって、相手はあのクソ野郎だぞ、なにかするに決まってる』

 

「クソ野郎って……知り合いなのよね?」

 

『知り合いどころじゃねぇ。アイツは前、天羽と、うちにいる保護したガキを誘拐して、改造とかしたクソ野郎だ。だから焦ってんだよ』

 

殺しとけば良かったなどと物騒なことを口にして、垣根は音声だけでもわかるほど苛立ちを顕にする。

その内容に走り出した足がスピードを無くしていく。

 

保護したガキ、これに関して背景を知らないので考えないこととするが、それ以外の言葉には脳は素早く反応した。

 

天羽先輩は、件の木原相似という研究者に誘拐され、改造されそうになっている。

その事実は、ある推測を呼び起こした。

 

「天羽先輩ってもしかしてとんでもなく馬鹿なんじゃ……」

 

それは、天羽先輩の3歳児かと思われるほど弱い危機管理能力の欠損。

 

『ようやく気づいたか。あいつのアホのレベルは俺が出会った人の中でダントツだ。たまに人の言葉を喋ってんのかすら分からなくなる』

 

「子供でも変な人についてかないわよ……ちゃんと保護しておきなさいよねパパ……」

 

『誰がパパだ殺すぞ』

 

非常に、大変、とても、物凄く世話の焼ける先輩のちゃらんぽらんな笑顔が思い浮かぶ。

仕方なのない人だと、許してしまいそうになるのはきっと、彼女の砂糖のように甘い底抜けの優しさと、彼女の淡いいい匂いのせいだろう。

 

『そう言えば思い出したんだけどよ』

 

あだ名に文句を言い続ける垣根に柔らかく笑いながら走り、監視カメラを回っていくと、テレスティーナがおもむろに呟く。

 

『なんだ?あの馬鹿にまつわることなら一字一句間違えず言え』

 

「何よ、時間ないし早く言ってよね」

 

『あのジジイ、木原幻生のフォーラムが今日の昼頃にあるってカエル顔の医者に言われたんだよな』

 

「木原幻生?何度か名前は聞いたけど……」

 

『さっき言ったろ?天羽に電話が来た時、天羽が出て行ってから、しばらくして相似が出て行ったって』

 

その内容はいまいちピンと来ず、走りながら聞き返すと慎重そうにテレスティーナは言葉を紡いでいく。

 

()()()()()()!クソ、してやられた!』

 

「は?どういうこと?」

 

彼らだけで進んでいく話についていけず、その場で足を止める。

 

『……天羽が木原相似を連れて行ったんじゃなくて、木原相似がついて行ったってことだよ』

 

「それが何か……あ」

 

そしてそれに気づいた時、冷や汗が一筋頬から流れ落ちた。

 

『後から合流したということは、あの男は第五位の洗脳にもかかっておらず、なおかつ頭の中を覗き込まれていない』

 

「そして、木原幻生のフォーラム……」

 

繋がっていないと考える方が不自然だろう。

何をしたいのかは考察の余地はないが、なにか大きな事態を起こすつもりだとは判断できる。

食蜂操祈、天羽先輩、そして名前しか知らない木原相似。その三人が別々の思惑をもって動いている。

面倒事が増えていく厄介極まりない現実に、ただただ苛立ちしか芽生えなかった。

 

「どいつもこいつも、好き勝手しちゃって。先にどれから対処すればいいのか」

 

『それに関しては答えからやって来てくれたみたいだぜ?』

 

拳を強く握り、灰色の地面をきつく睨むと、歪んだ視界に誰かの足が入り込む。

影を踏んだその足に顔を見上げると、強烈な金色が目を焼き、長い髪が風に吹かれて太陽を反射した。

 

「あらぁ、こんなところで奇遇ね。御坂さん?」

 

人を小馬鹿にするような間延びした声が鼓膜に届く。

 

「……食蜂、操祈」

 

星が輝く瞳で御坂を見下ろす女は、ずっと探していたものだった。

 






早く大覇星祭終わらせたいのでしばらくは月金投稿です。
今後の大覇星祭編は5000~6000字と短めになる予定なのでもしかしたら水曜も投稿できるかも。

誤字脱字あったら報告ください……不安でしょうがねぇ。
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