詰められたトラックの荷台は思っていた方向とは逆に進んでいるようで、モニターに映る第三位は鋭く目の前の金髪頭を睨みつける。
『写真の場所から離れていってるみたいだけど?』
『時間が押してるっていったでしょ?話をしたかったら、しのごの言わないで。それにあの場所は誰も近づけたくないのよねぇ』
クーラーの効いた研究室で見るパソコンから流れ出た軽い女の音声。選手宣誓で聞いた時と同じ声で、第五位は言葉を繋いでいく。
『心配しなくても、すべて終わったらあの子は返すわよ。ナノデバイスを打ち込まれてるみたいだから力には少し心配だけど、命に別状はないしぃ?』
『ナノデバイス?』
『あら、知らないの?』
『逆にあんたは妹達の何を知ってるってのよ。こそこそしてあの子を拉致して、変な連中頼って!』
研究室は実に静かだった。モニターの向こうで一触即発しそうなほど力強く呟く第三位とは比べ物にならないほど。
何を考えているのか、先程から隣の椅子に座ったまま一言も喋らない茶髪の青年を見つめてみるが、第三位に目もくれず、彼は手元にある金色のピアスを眺めていた。
『何も知らないのね。……一番最初はうちの研究所で妹達について研究員が話してるのを聞いちゃったことかなー。第一位のプランが凍結して、うわさが裏で広まっちゃってたのよ』
「そしたら暗部の一組織に御坂美琴の無力化とクローンの捕獲の依頼が来たことを知ったわけだ」
『え?』
第五位の声にようやく顔を上げて、補足するように呟くと、茶色い髪の隙間から暗い色の瞳でモニターを覗く。
真意が見えない第二位の黒い瞳が、拗ねた子供のように面倒な色をしていたのだけは確かだった。
「トレーラーのそばに落ちてたデブがいただろ。あれがその一人だ」
『あの人が……ってなんで知ってんのよ』
「そりゃあ俺が、」
「こいつに教えてやったんだよ。高位能力者がホイホイ暗部に関わるもんじゃねーからな、こういう形態をとってお前らに協力してんだよ。顔合わせたくねーし」
嘘を僅かに交えた本当のことを伝えると、垣根が驚いたようにこちらを向く。
彼が暗部と伝えること自体に不満も、何もなかった。けれど、上司の顔がチラつくと、どうしても彼の言葉を奪うことしかできなかった。
「お前……」
「文句はテメェんとこのお姫様に言え」
はっきり言おう、自分は優しくはない。人は殺すし、ろくな実験しかしていない。
科学のために、木原の名字を持つ自分は、何もかもを壊して科学を悪用してきた。
しかし、同時に自分は拾われた身だ。
忠義を尽くすとまでは言わない、けれど大事なモルモットが身体や精神に異常が発生し、実験を継続できなくなる可能性があるのなら、なるべくそれを排除するのが研究者の務め。
たとえ科学を悪用しようと、結局は科学。
実験をする時の数値は同じにしなければならないし、条件は一つしか変えてはいけない。
この青年が暗部とバレて、目の前の少女から非難され、天羽から引き剥がされた場合、きっと彼女は非難された彼に酷く悲しむ。
自分じゃない誰かのために泣く。
健全とは言い難い歪んだ考え方だが、それが彼女だ。
そのせいで実験が無に帰すことになっては非常に困る。
『ていうか、お姉さん誰よ』
「テレスティーナ。今は医療センターで働くただの研究員だ」
『あぁ、あなたが……』
怪訝そうな顔でモニター越しに鋭く睨まれる。
しかし直ぐに話を戻すと、その視線は外された。
『あなたの言う通り、研究員から存在を知ったすぐ後に暗部の輩にそんな依頼が届いたことを知ったのよ。御坂美琴の排除と妹達の捜索を指示されていたみたいよぉ?』
「なるほどな。一方通行のプランを潰した奴なんぞ邪魔だったんだろ。そんで本人の無力化の代わりに、間違えてクローンの方を刺しちまったと。馬鹿すぎんだろ、任務の一つもこなせないのか」
隣でため息をつく第二位の横顔が曇る。イライラとしながら片手で金色の指輪を潰していく様は狂気じみていた。
『その理屈だと天羽先輩が除外されてるのが分からないのだけど?あの人も一緒にいたんだから』
「……あいつは少々特殊でな。上層部に守られていることに加え、能力の関係上無力化できねー。かといってもあの女にバレようが第三位ほど大した力はない。除外するのもわからんでもないな」
第三位の質問に軽く軽く答えるが、思考は別のところにあった。
というのも、第三位の疑問も決して的外れではないからだ。
永遠に死なない肉体、そして生命を育む彼女の能力は、暗部にとっても都合が悪い能力だ。
御坂美琴を無力化するにしても、彼女がその場にいれば失敗してしまう。
どう考えても、今彼女が出歩いて、食蜂操祈に協力している状況は不自然だった。
誘われている。
なにか別の思惑に乗せられていると勘ぐってしまう。それほどまでに違和感があった。
「でも御坂をナノデバイスで昏睡させただけなのか分からねーな。暗部なら殺しにかかるだろ」
『そこは分かんないけど、妹達が狙われる理由は分かるでしょ?』
『ミサカネットワーク……』
違和感の正体に気づかぬまま話は進む。第五位の目的はどうやら、妹達の脳波リンクで結成されたネットワークの悪用を防ぐためだったようで、暗い顔をする御坂に薄く微笑みかける。
『そ、あの処理能力の高さを悪用されるとやばーいことになっちゃうしぃ?だから個々の妹達から電気的ウィルスを感染させないようにする経路を取ったの。私の天才力でね?』
「もし他の妹達が奴らの手に落ちたとしても、ミサカネットワークには干渉できないのか。それはよかったが……」
食蜂操祈の言葉に安堵すると、別の部屋で遊ばせている9982号の顔が思い浮かぶ。
こんな悪人の手伝いをやらされている彼女たちに被害が及ばないことが分かったのは、ある意味朗報だった。
『だから天羽先輩を連れてったの?彼女が妹達の健康管理任されてるから……』
『あー、そうみたいだけど、最初の理由は全然違うわよー?頼んだのは暗部の妨害だし』
面倒だと言わんばかりに足を組み直して座る第五位に、御坂が訝しげに眉をひそめる。この三人の認識と、彼女の言葉は乖離していた。
私は知っていた。
彼女が私を殴らなかったことを。殴るように見せかけて、痛みなく眠らせたことを。
夏の暑い日、あの日の出来事を私は忘れることなどできなかった。
彼女に赦された人間だからこそ、第五位の発言に納得がいかなかった。
「妨害?あいつがどんな形であれ人を傷つけるわけないだろ、あいつがそんな要望聞くはずが、」
「脅したんだろ。そうだな、「アンタの大好きな垣根さまに秘密を知られたくなければ協力しろ」みたいな感じでな」
『アンタ自己肯定力すごすぎない?』
少し高ぶってしまった感情は簡単に覆される。
第二位の自信ありすぎる返答に一瞬場の空気がぎこちなくなるが、首を傾げた第五位の複雑な顔に空気はさらに重くなった。
『半分正解で半分不正解ってところかしら。そもそもあの人、今回の件全部知ってたのよ。知ってなかったらそうやって脅すつもりでいたわぁ。死ぬのを恐れずに、絶対に裏切らない永久不滅の駒なんて誰にとっても魅力的でしょ?』
「……知ってた?」
第五位の言葉に、モニター内にいる御坂も含めてこの場にいる全員が驚きを隠せなかった。
能天気で、何考えているのか分からない、なんなら昨日入院騒ぎになる程暴れた女が、なぜ暗部に精通する第二位や自分よりも先にこの事件を嗅ぎつけていたのか、分からなかった。
『そうよ、どういう事なのかは全く分からないけど、彼女は全容を知ってたわ。だから彼女は協力する気で私の元に来たの』
『確かにあの人なら状況を知ってたら飛び出して行きそうね、中身三歳児説あるし……』
『だから快―くお仕事してくれてるわよ?どうやらその暗部組織の一人を復帰不能状態にまで持ち込んだらしいしね』
憎たらしい笑みを見せると、第二位は机に散乱した可愛らしいボールペンを握り潰す。
怒りを隠さないその姿にもし今の感情のまま天羽と再開したら世界が崩壊するかしないかの大喧嘩になりそうだな、と想像してしまうのは当たり前で、なんで彼女はこんな男を好きになったのか、疑問が絶えなかった。
「あークソ、目を付けられただろうな。俺が必死に隠してたものを明るみにしてくれてどうもありがとうクソガキ」
『どういたしましてぇ?第二位に感謝されるなんて光栄だわぁ』
「ムカついた、後で半殺しにしてやる」
『物騒なこと言わないでよ』
モニターに映る第五位と少しばかり口論をする騒がしいガキに、何故惚れたんだと年下上司のよく分からない性癖と好みに若干呆れていると、ふと先程の話を思い出す。
「おい、ちょっと待て」
「なんだよ」
「天羽が妹達の体調管理をしていることは上層部が知っているはずだ。妹達を世界中に派遣したからな、知らないはずない。だから暗部が妹達を狙うなら真っ先にこの病院に来るはずなんだ」
動いていた暗部は上層部の命令によってのみ動かされる。
妹達の処遇を知っている奴らが、わざわざ情報を渡さずに暗部を動かすとは考えられなかった。
『じゃあ今回の件は上層部絡みじゃないってこと?』
『そうよぉ、今回の黒幕は上層部じゃないわ。暗部を動かしていたのも、上層部を騙った別の奴ら』
そしてその考えは的中した。
『木原幻生、その人よ』
形のいい唇から一人の名前が呼ばれる。
スピーカーから流れた音声は、到底聞きたくない男の名前を広い研究室に響かせる。
同時に大きな音を立てて倒れた椅子は、もう既に座る人がいなくなっていた。
◇
大きなビルが影を作る。日照権について問いただしたくなるビルの横で携帯に表示された画質の悪い地図に頭を悩ませた。
「で、ここはどこなんです?」
「食蜂ちゃんに指定された場所はここであってるはずだけど、いないねぇ」
「どれ……おや、方向音痴でも地図さえあればたどり着けるのですね」
送られてきたメールに添付されていた地図を横にしたり、斜めにしたり、ぐるぐると回しながら見ていると、人の姿になった05に取り上げられ、再度確認される。
一言余計なその生き物に頬を膨らませて抗議してみても、垣根と同じようにからかうのを止めなかった。
「ふん、嫌味が言える程度には成長したんだ。凄いでちゅねー、すげーむかつきましたぁ」
「拗ねないでくださいよ、事実でしょう?」
「事実じゃないし」
車椅子の取っ手を掴み、ビルの影を足早にすぎる。
小学生男子と同程度の嫌味に少し機嫌を損ねると、握った取っ手が軋むほど強く手を握っていた。
「それでどうするんですか?拗ねているのは構いませんが、このビルに入る手立てを考えねばなりませんよ」
「……そーねー、どうしよっかなぁ」
黙ったまま歩こうとした所、05に振られた話題に足を止める。
天羽にはこの先の未来が分からない。つまり、このビルに入る方法がわからなかった。
彼女が見た作品は『とある魔術の禁書目録I~III』、そして『とある科学の超電磁砲一期、二期』
御坂美琴が中心となる大覇星祭二日目を、彼女は半分までしか見れていないのだ。
時代も時代だったし、アメリカというアニメのみならず日本の映像作品が海賊版と違法アップロードくらいしか見当たらない国では、リアルタイムで配信されているアニメを見る手は少なかった。そもそもオタクでない彼女は配信サービスなんてものに入っていない。
ただ妹が休みができたのなら見ろと送り付けてきたDVDボックスを眺めただけ。
こんな世界に生まれることがわかっていれば、もっと真面目に見てただろうに。
「ほんと、どーしよ……」
関わらなくても良かったけれど、助けを求める人がいるなら助けなくてはいけない。
その役目を負うのだから、当然の事だった。
「行かないのなら一人で行かせてもらいますね」
「え?ちょっと、なんでよ」
一人悩んでいると、唐突に車椅子が独りでに動く。
真っ直ぐ、ビルの影を抜けて陽のあたる場所に離れた彼は、蛇のような目付きで胡散臭い笑顔を作った。
「貴方を裏切ろうかと思いまして」
車も通らない静かな道だからか、やけに彼の言葉が大きく聞こえた。
「……ふーん。あたしの愛を無視して救われた事実を反故にするんだ?」
「愛?愛されたことも無い貴女に、愛の何が分かるのです?」
「……」
「貴女のおままごとに付き合うつもりはそもそもありませんでしたよ。勝手に正義でも名乗って楽しくやっててください」
車椅子がゆっくりと遠のいていく。
その姿になにか、哀愁を感じるのはきっと、好きだった妹を思い出すから。
「相似くん。救いに二度はないんだよ」
「はい?」
「それだけ知っていて」
伸ばそうとした手を下げて、祈るように両手を握る。
彼女のやるべき事はすべてやった。
その結果が今の状態なら、失敗を受け入れなければならない。
一度救った命を、どう扱うかは自由であるべきだ。
「……引き留めないんですね」
「アナタのやりたいことなら、それを応援するよ。でも、正義のないエゴで誰かが
妹も、垣根も、目の前の彼も、救われたその先の未来には天羽は干渉してはいけない。
それが彼の問いへの答えだった。
誰かに幸せになってもらうために生きているのなら、幸せになった人の隣にいては彼女が幸せになれない。
愛する誰かが幸せになるために生きる時、彼女は最高に幸せを感じるのだ。
「あたしね、あたしの事を幸せにしてくれる人が好きなの。だからもう幸せになった君は、好きなところに行っていいよ」
その言葉が彼に聞こえたのかは分からない。
自動で進む車椅子が見えなくなるまでぼんやりと、笑って道を見ていた。
「いいんですか?あの人を敵に送り出して……」
「それが彼の幸せなら仕方がない。これから先の未来が不確定な以上、あたしがどうこうするのは無理でしょ」
「だからって……」
「二度目はないの。あたしも彼も、全てにおいてもチャンスは一度しかない。だからもうあたしは何も言わないよ」
05の不安そうな表情に鬱陶しさを感じながらビルに背を向ける。
それらしい理由と優しい言葉で見送ったが、きちんと考えてのことだった。
杠は垣根のところ。暗部が関わっているところに深く今の彼なら世にはなっても支障はないだろう。
ついでに彼のデータはある以上、居場所をサーチすればこのビルにいるらしい今回の黒幕に会えるかもしれず、リスクはあれど簡単にこの事件を解決できるかもしれない。
彼を使えばこの事件も早く解決するのならば使う道はない。
それに、誰かを不幸にするのなら、必ずまた会うことになるのだ。
なにか起こしたら能力で特定して、今度こそ、全てをリセットさせればいい。
合理性と打算。
それが無ければ、あのような人間を手放すわけなかった。
「冷たい人ですね」
「なんとでも言いなよ。それにほら、」
後ろから聞こえたエンジン音に振り向くと、人工的な金髪と、明るい茶髪に白いカブトムシを持った少女と目が合った。
「救うべき隣人は別にいるしね」
やっと来た主役に、傲慢な少女は小さく笑い返した。