ビルの影に一人佇む金髪の少女は、ずっと探していた人だった。
「天羽先輩!」
「やっほー、遅かったねぇ。あたしが早かっただけかな?」
朝からずっと探していた姿に駆け寄ると、彼女、天羽彗糸は真っ白いスカートを翻して明るい笑顔で手を振る。
朗らかな笑顔はこの場に似合わなかった。
「やっほー、じゃなくて!アンタ、垣根さんにめちゃくちゃ心配されてたわよ!?」
「え?なんで?」
「多分ですが、私の通信が切れたからかと」
「あー、そういうシステムだっけ。ま、あの子はこっち来ないだろうし、どうでもいいけど」
何も分からない子供のように首を傾げて、困ったようにはにかむ。手の甲に止まるカブトムシと談笑しながら頷く危機感のない緩んだ顔は、確かに垣根さんが心配するのも無理はなかった。
しかし、その明るい顔にまた別の疑問が湧く。
彼女一人とカブトムシ一匹しかいない光景は、聞いた話とは違っていた。
「どうでもいい……って、そう言えば、もう一人ついてるって話だったけど、天羽さんとカブトムシだけ?」
「……あの子は用事があるみたいだから、気にしないで?」
大きな目を閉じて笑うと、目尻が跳ねる。煌びやかな化粧で縁取られた目で作った胡散臭い笑み。
それに僅かに怯み、言葉が詰まったところで白い虫が頭から飛び立った。
『その用事は、ジジイのことか?』
「お、テレスティーナさんもいるの?賑やかだねぇ」
『お前は相変わらず能天気だな。だからあのガキ怒らせるんだよ、分かってんのか?』
二匹の虫を手にして先輩はテレスティーナの言葉に首を傾げる。
あざとい動作だったが、表情を見るに本当に言葉の意味が分かっていないだけのようだった。
「なんか怒ることあるの?」
『また入院騒ぎでも起こされたら堪んねぇだろ。結構大変だったみたいだし』
「んー、それはそうかも?でも今日は大丈夫だから!」
『お前の大丈夫は大丈夫じゃねぇんだよ』
彼女を一番心配しているはずの垣根さんに対しての興味のない反応に呆れ返る。
これ程まで脱力させる返答があっただろうか。
身を隠しながらとはいえ、昼の時間を潰して彼女を探し回り、口を開けば彼女のことしか喋らない垣根さんに、なにか強いシンパシーを感じる。
鈍感な人間は、いつだって異性を振り回すものだ。
そしてそれを嬉しく思ってしまうのが人間というヤツなのである。
「お喋りしてないで、目の前のことに集中してくれるぅ?」
やるせない気持ちにため息を着くと、頬を膨れさせて腕を組む食蜂に睨まれる。
申し訳なさそうに笑う天羽先輩にきつい視線を向けると、呆れた顔をして話を進めた。
「あ、ごめんね。それで、ここってなんなの?」
「この先が今回の黒幕、木原幻生のフォーラムが行われる会議場。道中の警備は無力化済よ」
「ふーん、木原幻生さんかぁ。会ってみたいねぇ、テレスティーナのお爺様」
『こっちは会いたくなかったがな』
聞かされていなかったと言うのに、先輩は驚いた素振りもせず、意外だという顔だけだ反応を返す。
呑気にテレスティーナに笑いかける姿は危機管理能力の欠如を体現しているようで、ますます垣根さんの苦労が伝わってくる。
こんな人のどこが良いのかはわからないが、か弱いくせに強くなろうと背伸びして死地に飛び込む姿は確かに放っておけない。
無意識だとは思うが、彼女の危機感のない狂気的な一面は過保護欲がそそられるものなんだろう。よくわからないが。
「それで御坂さん?妨害力さえ発揮しなければ、ここで見ててもいいのよ?」
「冗談。誰かの犠牲なしには何も出来ない奴らに、引導を渡してやるわ」
だんだんと小悪魔に見えてきた先輩から目を逸らし、少女漫画から飛び出してきたような瞳に目線を移す。
愚問とも言える答えのわかりきった質問を鼻で笑うと、御坂は答えも待たず飛び出した。
風を切り、ビルの隙間を抜けて、影を走る。
生ぬるい風が頬を掠めると、少し眉を寄せて顔を横に振った。
しかし、木原幻生は一体なんのためにこんなことをしているのだろう。
忙しなく足を動かして暗い路地を走る間、ふとした疑問が浮かぶ。
この街の目的は
だが
あの
木原幻生が何を企んでいるにせよ、あの時以上の対価が必要になるはず。
それほどのものが承認させれるのなら、神の頭脳、それを目的とするこの街の本質はやっぱり──
そこまで考えて思考を目の前の道に戻す。
敵地に乗り込もうって時に考え事に没頭するなんて、天羽先輩を馬鹿にできないほど危機管理がなっていない。
後ろで走っている先輩に、この罪悪感がバレてないといいが。
「……あれ?」
後ろにいる先輩に罪悪感を込めて視線を移すと、そこには誰もいなかった。
足を止めて再度確認してみても、やはり居ないものは居ない。
それも二人、食蜂操祈と天羽彗糸がいなかった。
そこでようやく気づく。
嵌められた、と。
ここまでは一本道、はぐれるはずがない。調子のいいこと言って誘い込んだつもりだろうか。
━━やるってんなら、例え同じ学校の女でも決して容赦はしない。
「ちょっとぉ、待ちなさいって、言ってる、じゃない!」
「食蜂ちゃん、大丈夫?」
しかし、そんな考えとは裏腹にゆっくりとした足取りで二人仲良くこちらにたどり着く。
人工的な金髪頭は長い髪を揺らし、大きく肩で息を吸いながら両手を膝につく。
片や天然物のくるくるとした金髪頭は大きな胸を抱え、食蜂の歩幅に合わせるように走っていた。
「注意力とか、ないわけぇ……?一人で、勝手に盛り上がってんじゃ、ないわよぉ。あたしが連れてきたんだから、足並み揃えるのが当然、でしょぉ……?」
「はぁ、やっぱ一回家帰るべきだったかな……」
「……あんた達、運動音痴なの?」
外見がなんとなく似ているなとふと思うと、何気ない本心がぽろっと口から漏れてしまった。
「は、はぁぁぁっ!??誰が!運痴だって、」
「そういや、あんたが体育の授業受けてるとこ、見た記憶がないわね」
「確かに保護対象も体育は受けてませんね……運動能力が低い故ですか?」
逆上する食蜂に今までの学校生活を振り返る。
同じく先輩の頭の上にいるカブトムシの一匹─垣根さん曰く、自立型監視システムらしい─も心当たりがあったらしく、息を整えた先輩に優しく問いかけた。
しかし食蜂とは違い、困ったように胸の下を抑える彼女からは若干の余裕を感じさせられた。
「いや、体育やらないのは体操服がダサいからで、元々運動は結構できるよ?能力的にもね」
「じゃあなんでそんなポーズでゆっくり走ってるのよ」
「食蜂ちゃん置いてくわけにもいかないし、それに垣根くんに貰ったやつワイヤータイプで走りづらいんだよ……」
「……わいやー?」
「やっぱり能力で痛みはなくても重力には勝てないからね、なんだかんだ不愉快なの。揺れると圧迫感があって……ちょっとくらいなら大丈夫だけど、走らなくて良いならあんまり走りたくないじゃん?」
突然現れた単語に脳がフリーズを起こす。
ワイヤー、それは何かを巻き付けたり、固定する強い糸状のもの。
その単語と、走りづらいという言葉が結びつかなかった。
「わっかるわぁ!ズレて擦れちゃうし、保護力ないから走ると縦に揺れて痛いのよねぇ」
「だからいつもはがっつり固定のスポーツ用なんだけどさ、それでも揺れるし、息しづらいし、足元見えないしで、やなんだよねぇ……」
『男が理解あるわけねぇんだから貰いもんだろうが着るなよ。デザインばかりで機能性見なさそうじゃん、あのイケメン』
しかし食蜂とテレスティーナは分かったようで、話を進めていく。
一瞬分かるのかと驚くが、一旦会話が進んでしまえば何を言っているのか分かってしまった。
食蜂操祈と天羽彗糸。
彼女達の共通点は結構多い。
高い背に比べて幼く、華やかな顔立ち、色素の薄い金髪、不思議な瞳。それに身体に関係する能力と、何考えているか分からない風貌はよく似ている。
だから二人が意気投合するのならわかる。
では何故テレスティーナが?
先輩と食蜂だけじゃない、テレスティーナを加えた三人の共通項。
それは、高い背と大きな胸。
「今日替えがなかったからさ、やっぱり動きやすい服に一旦着替えてきた方が良かったよね。長距離走るのは無理かも」
「でも第二位さんから下着貰うなんて、結構進んだ関係なのねぇ。あなたのサイズは店頭に無さそうだし、わざわざ買ってくれるなんていい人じゃない」
「うーん、いい人なのは確かなんだけどツンデレというか、回りくどいというか、面倒臭いというか。そんなとこが好きなんだけどね、可愛いし」
もはや御坂は眼中に無く、二人は仲良さそうに、それこそ同じ趣味を持つ親友かのように心底楽しそうに話を続ける。
「えー、惚気?まさかこの話題で惚気られるとは思ってもなかったんだけどぉ」
「惚気じゃないよー。そういう食蜂ちゃんは、ちゃんとテーラー行ってそうだから、こういう悩みはなさそうだよね」
「……ちょっと」
「そうでもないわよぉ。布を多めに使うから他の人より料金高めになるし、気軽に服を買えないのよぉ」
自分を無視して進む談笑を止めようと小さく声をかけるが、それは叶わず食蜂の言葉で掻き消される。
初めて会った二人なのに、仲の良い光景を続けるのは舞台のようで嫌だった。
『あー、分かる。Tシャツとか伸びるし、プリント物は歪むし、ワンピースはずり上がるしな。ネットショッピングとか邪悪の塊でしかねぇ』
「そうそう。可愛いって思って買ってみたら全然入らなかったり、逆にガバガバだったりで、後々自分で手直しするんだよねぇ。おかげで裁縫上手くなったけど」
「自分で出来るのはいいじゃない。私なんか手直しでお金かけなきゃいけないんだから。ま、大した値段じゃないけど、直ぐに着れないってのがねぇ」
「ちょっと!!」
覇気のある、大きな声で目の前の姦しい声を塞ぐ。
そこまでしてようやくこちらを認識すると、食蜂は柔らかな笑みを途端にからかい混じりのいけ好かない笑顔に変えた。
「……あらぁ?御坂さん居たのぉ?全然話に入ってこなかったから気が付かなかったわぁ!」
「あんた、喧嘩売ってる?」
「べっつにぃ?お子様には早い話だっただけよぉ。仕方ない、仕方ない☆」
「この女ッ……」
「わー!喧嘩しない喧嘩しない。ごめんね、話し込んじゃって。脱線しちゃったね、ごめん。話戻そうか」
頭から電気を散らし、ニタニタと笑う食蜂を睨むと、先輩が慌てて仲裁に入る。
珍しく困りながら謝る先輩の姿に戦意を削がれ、大人しく口を閉ざしたが、食蜂は不満そうに口を尖らせた。
「……そもそも、私一人で済ますつもりだったわけだしぃ?仲良く突入する必要はないわよねぇ」
「えぇ。私もあんたと行動を共にする方が不安だわ」
眉間に皺を寄せて文句を言う食蜂だったが、彼女の言葉は珍しく同意せざるを得ないほど、完璧な正論だった。
「別々に動きましょう」
合図もなく、同時に同じ文章を言い放つ。
「……あたしは?」
どちらに着くか迷う先輩を一人置いて、二人別々に歩き出した。
「お守りかぁ……」
観光客と保護者で賑わう大通り。規制された車道を手に持った紙切れを眺めながら歩くと、上条はため息を零す。
手に持った一枚の紙。正方形の紙切れには折られた皺と、『お守り』という文字が付けられていた。
「すみませーん、借り物競争なんですけど、誰かお守り持ってる人いませんかー?」
学園都市にお守り持ってるやつなんていないに等しい。
なにせ科学を信じ、科学を愛し、科学で繁栄してきた街なのだ。お守りなどという非科学的な物体を持つ人間は、少なくとも学園都市にはいない。
つまりこれは負け確定のお題。
勝ちは見えなかった。
「誰かー、っん?」
不幸だと叫びたくなる衝動を押え、僅かな可能性にかけて道を歩く。
人の多い道ならば、誰かしらは持っているかもしれない。そう思ってひたすらに歩いていると、人混みの奥を走る茶髪の知り合いを発見した。
周りの目を引く高い背に、綺麗な顔。容姿端麗な見た目は、確かに知り合いの
「垣根?垣根ー!!なにやってんだー!?」
小走りで人を避けながら進む彼に大きな声で話しかける。
超能力者が走るほどなにか大変なことが起きたのか気になるということもあったが、彼がお守りを持ってる知り合いが居ないか聞きたかっただけでもあり、どうしても喋りたかった。
「おーい、垣根!かーきーねー!垣根さーん!?」
「うるせぇしばくぞ」
一向に気が付かないが、根気強く叫ぶと、痺れを切らしたのか足を止めてじろっと湿った目で睨んでくる。
目は口ほどに物を言うと言うが、事実、彼の鉛のような真っ黒い目からは鬱陶しいという感情が色濃く伝わった。
「おぉよかった、てっきり耳が聞こえてねーのかと」
「お前の場合は目が見えてないようだな、俺は今急いでるんだよ。分かるか上条」
「俺も急いでるんだよ!頼む垣根様!話聞いて!!!」
「あ?呑気に歩いてるだけだろ」
「ちげーよ!借り物競争中なんですってば!ほら!」
鬱陶しいと顔に書いてある垣根を何とか呼び止め、『お守り』とだけ書かれた薄っぺらい紙を見せつける。
上条の置かれた状況を察すると、今度は哀れなものを見るかのような生温い目で見下ろす。
「お守り?学園都市で見つかんのかよそんなの……」
「そうなんだよ……なんか持ってねぇか?」
「お守りねぇ……そんなもの……あ」
「なんだよ」
早く終わらせたそうにしていた彼だったが、なにかに気がついたのか難しそうな顔をして顎に手を当て考え始めた。
「お守りってただの概念的だよな?」
「は?何言ってんだ?」
「厄除け、魔除けっつー護符的なものは世界に沢山ある。全部知ってるわけじゃねーが、パワーストーンや四つ葉のクローバー、そしてロザリオもそれに含まれる」
「えーと、つまり?」
サイズの大きい灰色とピンクのウィンドブレーカーから金色のネックレスを手渡す。
見覚えのあるナイフの形をした手のひら大のペンダントトップは、昨日の夕方に見たきりの少女のものだった。
「これやるよ。四つ葉のクローバー探すよりはマシだろ?」
「これ、天羽のじゃねぇーか。あ……もしかして、昨日……その、形見……?」
「バーカ、生きてるよ。なんなら現在進行形で俺に迷惑かけてるよ」
渡されたペンダントに嫌な予想が浮かぶ。最後に見た彼女の血に塗れた姿から連想した結末に、恐る恐ると尋ねる。
けれど予想していた言葉と反して面倒くさそうに、且つ嬉しそうに呆れてため息を着いた。
「それならいいが……そもそもお守りじゃねーだろ、これ」
「あいつの扱い方といい、恐らくコレはロザリオの括りになってる。もし
「ありがてーけど、本人がお前にあげたのかよ?盗んだんじゃねーだろうな?痴話喧嘩に巻き込まれたくねーから、そこはハッキリしろよ?」
言い訳じみた解説を聞きながらペンダントを見つめると、太陽の光が磨かれた金属に反射して目に入る。
持ち主の金髪と同じように輝くこれを借りたいのは山々だが、どうしても彼らの関係性を考えると中々決断がつかなかった。
「あいつは俺のもんだから身につけてるものも俺のもんだろ」
「お、なんだ。とうとう告白でもされたか?」
「告白……そうだな、『告白』はされたな」
「まじか!ヤったのか!?あの推定Gカップを揉みッグァ!?」
気の合う友人に対して使う以上の自己中心的で俺様ぶりな言葉にある推測を立てた瞬間、みぞおちに長い足を折りたたんだ膝が物凄いスピードでぶつかる。
確かにエロ方面に話を持っていったのは悪かった。上条だって、もしインデックスについてそんな冗談を言われたら殴るだろう。
でも気になるから、仕方ない。
告白という単語と、天羽が着ていたはずのウィンドブレーカーを着込む目の前の友人の姿に下種の勘繰りをしてしまうのは当たり前のことだ。
━━だから俺は悪くない、思春期男子に誤解させるような態度を取るのが悪い。
そんな不真面目な冗談を頭の中で唱えてもテレパスでもない彼には伝わらず、苦虫を噛み潰したような顔で腹を抱え踞る上条を見下ろしていた。
「死にてぇのか?」
「ず、ずびばぜんでじた……」
「告白という単語に恋愛ごと以外の意味があることを叩き込んどけ。次そんな話題出したらテメェの粗チン磨り潰すからな」
「こわ……」
風貌からは想像つきにくい柔和な笑みで全男が泣くような物騒すぎる台詞を吐き捨てると、彼は立ち上がるのも待たずに背を向ける。
「それはやるから、とっとと行け」
「あ、あぁ……てか何そんなに急いでんだよ。お前、競技あんのか?」
「言っただろ?現在進行形で迷惑かけてるってな」
痛みが落ち着いて立ち上がり、ペンダントを握って彼に声をかけると前に進んでいた垣根の足が止まる。
一度口を開け、何かを言いかけてから少し考えると、意を決したかのようにもう一度上条の前に立った。
「そうだ、あー……お前に必要な情報かは分からないが一応伝えておく」
「なにをだよ」
「御坂美琴とそのクローンが
「は?」
突然の発言に息が詰まる。
大事な友人の名前と、忌々しい計画の名前に、体温が一瞬にして冷えていく。
見開いた目は、潤いをなくしていった。
「あとはテメェ次第だ、じゃーな」
場をかき乱す様な事実だけ伝え、垣根は再び人混みに紛れて走り去る。
残されたのはキラキラと光るペンダントと不安。
ざわざわと五月蝿い人混みの中、上条は一人ただ呆然と立ち竦んでいた。
ここからはサクサク進みたいので結構色々端折るつもりです。
なのであと5話ほどで大覇星祭二日目終わります。