とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

79 / 162
とあるIFの新OPにすげーイケメンなていとくんいてびっくりしました。あとテレスティーナさんきて嬉しい。
2周年万歳!


75話:目の前の貴方に

じんわりとした熱気が頬を撫でる屋上で、聞き慣れない名前に足を止める。

眼前に立つ少女の泣きそうな顔に駆け寄りたくなる衝動を抑えて、その名前を呟いた。

 

「藍花悦……?」

 

秋に咲く小ぶりな花を苗字に添えた六文字の名前は彼女本人から聞きたい名前だった。

ぽっと出の男に挑発されているかのような声色で告げられるべきものではない。

虚しさと憤りを感じる。暴きたかった秘密は、部外者の手によって容易くベールを剥がされた。

 

「……違う」

 

『いいえ、貴方は藍花悦、ただの第三候補(サブプラン)の置物。()()を冠する癖に誰にも愛されない欠陥品です』

 

「違う、違うんだ……」

 

『天羽彗糸なんて、この世界のどこにもいないんですよ』

 

責め立てるように続く言葉に天羽は頭を抱えて唇を強く噛む。

唇が裂けても血は出ずに、ただ祈るように両の手を強く握って彼女はうわ言のように否定していた。

 

その姿があまりにも悲惨で、哀れで、可哀想で。彼女を裂けた唇を痛々しく思ってしまった。

 

「うるっせぇな、吠えてんじゃねぇよカス」

 

足を踏み出すも、機械仕掛けの犬が邪魔だった。囁くように罵倒する鉄の玩具を粉々に吹き飛ばす。

軽く力を奮うだけで簡単に壁に打ち付けられたロボットはもう二度と動くことも、喋ることもなかった。

 

「何、なんのつもり?」

 

「はぁ、怪我してねぇか?昨日みてぇに治療すんのは二度とごめんだぞ」

 

「……はい?」

 

急ぎたい気持ちに蓋をしてゆったりとした足取りといつもの声色で震える少女の頭に手をおく。

柔らかい金髪は、暗い曇り空の下だというのに、目に優しくないほど眩しかった。

 

「っは、なぁんだ、垣根さんは最初から知ってたのねぇっ?第六位、ってこと」

 

「……確証はなかった。せいぜい、沢山いる藍花悦の一人かと、そう思ってた。けど、違うんだよな?」

 

息を上げながらようやく屋上に辿り着いた食蜂操祈の言葉に一度躊躇ってから小さく答える。

掬うように金髪を撫で、確認するように髪から顎に手を添えると小さな笑い声が口元から溢れる。切羽詰まった笑い声が嫌に耳に響いた。

 

「は、はは……ずっと知ってたんだ。馬鹿な女が必死になってるとこ見て、愉しかったんだ?」

 

「違っ、」

 

掴んだ顎を持ち上げて彼女の嘲笑を否定しようと口を開く。しかし開けた口から否定の言葉を出すことは叶わなかった。

ただひたすら悲しそうに目を伏せる彼女に喪失感を覚える。その顔に、言葉を奪われた。

 

「お前も、あの野郎も、全部全部見透かして、馬鹿にして、いい気にさせて、大嫌いなくせに、思わせぶりな態度で繋いでっ、あたしの愛を貶すんだっ?!」

 

「おいっ、落ち着けって!」

 

泣きそうな声で、歪んだ瞳で、震える肩で叫ぶ。感情が爆発したように手を振り払い、後ずさる彼女の悲痛な声をいますぐ塞ぎたかった。

そんな声を聞きたくないと、胸の奥がひどく痛む。

 

「ねぇ!?貶して、笑って、馬鹿にして、楽しかったんでしょ?!()()()()()()、どうしてくれるんだよ!!」

 

「テメェいい加減に、っ!」

 

甲高い声を撒き散らして泣きじゃくる口元を奪おうと再び手を伸ばした。しかし掴まれた腕を引っ込めようと、ヒールを鳴らして彼女は後ろに下がる。

垣根に触られたくないと言われているようで、腹立たしい。どうやってでも、捕まえたかった。

 

負けじと腕に力を込めると、強く身を引かれ、バランスが崩れる。

彼女を巻き込みながら地面に倒れこむと、汚い地面と背中がぶつかり鈍痛が体に響いた。ジッパーの擦れる音、何か軽いものが落ちる音と、彼女の小さな悲鳴に反射的に目を瞑る。

けれど、掴んだ柔らかい肉に否応無しに瞼は大きく見開いた。

 

金色が灰色の空に広がる。顔にかかる息と、くっ付いた額、目を覆う金髪と、掴んでしまった柔らかい部位に一気に体温が下がる。

守ろうと自分から下敷きなったのがいけなかった。

背中を預ける冷たい地面と同化したくなるほど、上からのしかかる暖かい体温にどうにかなりそうだった。

 

「っ、悪い。痛くないか?」

 

急いで上に乗る彼女を退かそうと優しく肩を掴もうと手を動かす。しかし触れるか触れないかの瀬戸際、手が途端に強張る。

馬乗りになった女にこんな時だというのに良からぬ想像をしてしまうのは男のサガとでも言えばいいか。

まるで間違いを犯した、いや、間違いを犯されているかのような格好に緊張と羞恥心が入り混じり、それ以上手を伸ばすのは危険だと自分のプライドが警告していた。

 

「……そうか、繋がればいいんだ」

 

「は?」

 

上の空で耳元で囁く声がくすぐったい。ゆっくりと顔をあげた彼女の眩しい金髪がカーテンのように視界を塞ぐと、赤と緑の瞳が大きく見開いた。

 

「他の女にうつつを抜かしてるならば、首を捻ってでも振り向かせればいい」

 

不穏な発言を呟いて体を起こすと、彼女は手元に落ちていたミントタブレットの包装によく似た細長いケースを手に取る。

中身がまだ入っているようで、動かすたびにカラカラと音を鳴らしていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。それは愛が枯渇してない証明になる。あたしはまだ、生きていられる、愛される」

 

酷く嬉しそうな顔でそのケースを掲げると、祈るように優しく呟く。何を意味しているか分からない言葉の羅列に思考は追いつかず、垂れた髪を掴もうと手を伸ばしてみるも、あっけなく消えた体温と重みに手は届かない。

 

「なぁ、一体何言って、」

 

「ちょっと!ラブコメ中悪いんだけど、非常事態なのよ。木原幻生の場所教えてくれるかしら?」

 

「あ?……あぁ、木原幻生は建物の中だよ、ここにはもう居ない」

 

「面倒な爺さんねぇ……大変なことしてくれたし……」

 

垣根たちの事情に興味が無いとでも言うかのように、食蜂は妹達のそばにいた男の洗脳を解く。その合間に立ち上がると、天羽は彼に目もくれず雷が落ち続ける場所をじっと見ていた。

その熱い視線が彼の目と向かい合うことはなかった。

 

「とりあえず、妹さんを安全な場所に移動させてちょうだい?そんな場所ないかもしれないけど」

 

「アナタは?」

 

「幻生を追うわぁ。私じゃないと洗脳されて終わりでしょう?それで、藍花さんはどうするの?」

 

「……藍花、悦か」

 

倒れた10032号の隣に立つ背の高い外国人に答えると、食蜂はすぐさま天羽の方を向く。その言葉に天羽は小さな声で自分の名前を呟いて、目尻を下げた。

憂いを帯びた目だった。赤らんだ目元で囲われた鮮やかな赤と緑の虹彩を閉じて大きく息を吸う。

 

そして、次に目を開くと、その鮮やかな色は消え失せ、垣根と同じ、真っ黒な瞳が空を眺めていた。

 

「食蜂さんたちは避難を優先してください。木原幻生と相似はぼくが何とかしますので」

 

「お、おいっ、どこ行こうと、っ」

 

どこかへ行ってしまいそうなか細い声で雷の落ちる遠くから視線を外し、出口の方へ通り過ぎる。一言も交わさずに、視線も向けずに、表情のない顔で離れていく。

いつもと違う雰囲気が堪らなく怖かった。

だからまた手を伸ばす。

しかし掴んだのは腕より細い黒。やっと会えたというのに拗ねる彼女を引き寄せようと伸ばした手が掴んだのは長く黒い髪だった。

 

糸のように細く、長い髪の束が手の中に収まる。

掴もうと伸ばした腕を振り払うように一瞬のうちに地面と触れ合うほど髪が伸びるとまるで日蝕のように、輝く金色が夜の色に変わった。

 

一瞬の出来事に息を飲む。

 

太陽が沈んだ髪色に言葉は出なかった。掴んだ髪を握る手は自然と力を失い、するすると柔らかい髪は重力に従って落ちていく。

流れる水のような髪に、酷く心は痛む。それでも何ヶ月も隣にくっついていた女を諦めきれなかった。

 

「……なにか御用ですか?」

 

「っ、なにって、お前は俺と帰るんだよ。その為に俺は」

 

「何故?ぼくが藍花悦だと知ったのに、これ以上何を求めるのです?」

 

天羽のものとは違う、子供のような少年の中性的な声が黒髪の少女から伝う。

重い髪を引き摺って目線をこちらに向けた彼女は人形のような顔をしていた。

貸してあげた黒いジャージを着る彼女は、長い髪と合わさって、白い肌が亡霊のように浮き出ているようだった。

 

「……は?何言ってんの?」

 

「第二位というのに記憶力は乏しいのですね。ぼくがキミと一緒にいたのは、キミがぼくのこと知りたいからでしたよね?」

 

「それは、そうだけど、お前には俺が必要だろ?」

 

「どうしてそう思う?」

 

「どうしてって、だっていつもお前は俺と一緒にいたいんだろ?だからずっと隣に、」

 

「思い出して。一度でも、ぼくがキミを誘ったことがありますか?」

 

初めて聞いた恐ろしく低い声に、喉が震える。

嘘つきな女は、鋭い事実を突きつけて再び歩きだした。

その後ろ姿は、か弱い日本人形のよう。

 

「っ待てよ、おいっ!」

 

「電話、鳴ってますよ?」

 

もう一度、この手で捕まえようと一歩踏み出すが、タイミング悪く鳴った携帯電話に気を取られ、天羽は、藍花悦は出口へと消えていく。

 

「……っ、クソが!」

 

追うこともままならず、仕方なく鳴り止まない着信音を止めるために携帯を開くと腹立たしい人物の名前が表示される。

 

上条当麻。

 

その男の名前にこれ以上ない苛立ちを感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

老いを感じさせない軽い体で木原幻生は研究所を進む。何もない廊下を歩くのは少し退屈だったが、それでも会うべき人のため仕方がなかった。

金髪と、輝く瞳を持った第五位を探して、自分以外の音がない静かな廊下をただひたすらに歩く。

 

しかしどこへ行ってしまったのか、彼女の姿は見当たらない。どうしたものかと足を止めること数分、見たことのない黒が義眼に写った。

その黒に引き寄せられるように明るい廊下を渡る。

 

角を曲がり左へ。一転して暗くなった照明で淡く照らされた廊下の先、カラスのような少女と目が合った。

 

濡羽色の艶やかで恐ろしく長い髪、片目を隠す前髪から覗く光を反射しない黒檀のような瞳と、人形と見間違う顔の造形はまるで日本のお伽噺に出てくるお姫様のよう。

 

「最初に会うのは食蜂君かと思ったけど、違ったね」

 

その少女の名前は藍花悦。

照明にしては不十分な照射量のライトの下で淡く照らされた黒髪の隙間から獲物を狙うように細められた目がこちらを見る。

 

「嫌でしたか?」

 

「まさか。なにせ、君の能力は食蜂くんと同じく生き物にしか効かないからね。殺すのは簡単。妨害とも思ってないよ」

 

来ると思っていた人物とは違っていたが、足止めにくるのが彼女だろうが、食蜂君だろうが対して変わりはしない。

心理掌握(メンタルアウト)で防御された脳味噌、そして機械仕掛けの体には同じ心理掌握(メンタルアウト)も、彼女の能力も効かない。

厄介なのは第二位の彼だけだが、彼の立場と性格を鑑みればここに来ることは考えられなかった。

つまるところ、不安分子は万が一にもないのだ。

 

「死なないぼくを殺す?研究者なら、ぼくのこと大切になさった方が宜しいのでは?」

 

「何を言う!君を殺すのは簡単だよ。だって君は死ねないわけじゃなく、死なないだけ。自分でも分かってるだろう?」

 

彼女の言葉は決して不正解ではなかった。

 

彼女の特異さは一部の研究者では有名で、上層部に目を掛けられている。そう言った意味でも殺せなければ、能力的にも殺すのは不可能に近い。

 

しかし御坂美琴が絶対能力者(レベル6)になってしまえれば藍花悦の価値は暴落し、守られることもなくなる。

そして彼女の能力を深く知り、自らの知恵と力を使えば、難攻不落の不老不死を殺めることだって可能だった。

 

「……そうですね。この力は望まれた生を与えてくれる。誰も望まなければ、あたしは死んでしまう。ですが、それがどうしたのです?神でもない人間が、ぼくを殺せると?」

 

「随分な自信だねぇ、君の能力くらい突破するのは容易いんだよ」

 

頭のイカれた少女は傲慢な台詞を吐き捨てると、わずかにこちらを見下ろす。

実に可哀想な少女だ。

自分の短所も知らない子供が何を言ってるんだと呆れ果て、止めていた足をゆっくりと進める。

 

彼女、藍花悦の演算は酷く複雑。

 

視神経の切断、聴覚の破壊、傷の再生、色素の変化、髪の長さ、ホルモンバランスの分泌。一度能力を使えばずっと継続する変化をもたらすスイッチとしての機能。

そして血液を循環させ、心臓を動かし、働かない頭を回転させ、演算し、その状態をポンプのように保つ機能。

どれも同じ理論で成し得ないものだが、多重能力(デュアルスキル)に最も近く、何もかもを操る彼女は代わりに膨大な演算をしなければならなかった。

 

「恐ろしい能力だよねぇ、肉体の全てを支配できるなんて。しかし残念なことに君は頭が悪い。要領が悪く、多くのことを考えられない。そして良くも悪くも素直で、愚か」

 

もし彼女が一方通行(アクセラレータ)ほどの演算能力があれば、誰よりも早く、安定して絶対能力者(レベル6)にいけたかもしれない。

けれど、彼女の脳は小さく、演算能力は超能力者(レベル5)にも満たない代物だ。

普通の少女と言って差し支えない程度の塵のような演算しかない欠落品。その普通は、最大の欠点であり弱点だった。

 

侮辱を吐き捨てれば激怒し、恐ろしいことがあれば酷く恐怖し、誰かが死ねば泣く。波が激しく、極端。

そして一度その感情の波に乗ってしまえば彼女はずっとその感情に囚われる。

 

その性質を利用すれば殺すことなんて容易い。

 

「藍花悦の攻略は簡単だ。その小さい頭を醜い激情で埋め尽くし、演算なんか出来ないまま殺せばいい」

 

足を止め口角を上げると、疾風が飛び出す。木山くんの作り上げた幻想御手を応用した技術は、数は少ないといえど、複数の力を行使させてくれた。

そのうちの一つが牙となって彼女に傷をつける。

吹き飛ばされた右腕は血飛沫一つ上げずに彼女を照らす頭上の照明にぶつかると、小さな火花を散らしてぼたりと落ちた。

 

「激情?そんなものとっくに埋め尽くされて心は崩壊寸前ですよ」

 

綺麗に切り取られた右肩の断面から咲き誇る花のように筋肉組織や骨が生まれていく。

呻き声一つ上げない少女は、代わりに潜めるようにくすぐったい笑い声を暗くなった廊下に響かせる。

フルートのような単調で、か細く小さい笑い声はどこかおぞましく、眼球の焦点が定まらない。

 

「なぁ、木原幻生。アナタはぼくの異名を知っているかい?」

 

「えぇと、なんだったかね。『肉体の支配者(ドミニオン)』、と上層部は時々呼んでいたかなぁ?」

 

突然脈絡のない話題を振ると、袖の無くなってしまったジャージのチャックを下ろす。

髪で隠れた表情からは、それがストリップショーなのか、隠し球を持っているのかの判断はつかない。

 

「ならばその意味を知っていますか?」

 

はらり。

黒いジャージも、白いドレスも脱ぎ捨てると藍色の下着が現れる。黒の中で華やかに主張する体はどうしてか、エロティシズムより恐怖を伝えていた。

 

主天使(ドミニオン)、それは神の秩序を知らしめる天使の階級。そしてその長は神の正義、天使ザドキエル」

 

色気よりも芸術品のように厳かな空気を纏う少女は、片手に持った小さな赤い宝石を飲み込むと、嬉しそうにスポットライトのない暗闇でヒールを鳴らした。

一歩、また一歩と、荘厳な太鼓の音のようなくぐもった音を響かせヒールが床を蹴る。

 

「喜べご老人。お前が捨てた生命線(ライフライン)は大いに貢献した」

 

暗闇の中、ひとつの光が闇に溶け込む黒い髪を照らす。淡く、美しい光だった。

その光景に言葉を失うと、目の前の生き物は頭上で輪を成す自分だけのスポットライトの下で、大きな白い物体を掲げる。

それが大きな双翼だと気がつくのに、一秒もいらなかった。

 

中世絵画から生まれたような恐ろしい生き物が、美しく長い黒髪を広げて静かに目を開く。

髪の隙間から見えた黒い虹彩には一等星に似た光がきらきらと輝いていた。

 

「あぁ良かった。神はまだあたしを望まれている」

 

独り言のように少女は呟く。

安堵したかのような顔は、もはやこの世界を見つめていなかった。

 

そしてその顔を最後に、放たれた衝撃が脳の動きを封じ、呆気なく全てを奪われた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。