とある科学の肉体支配【完結済み】   作:てふてふちょーちょ

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遅くなりました。休みと比例して文章も長いです。
課題は早めにやりましょう。



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超電磁砲T1クール目、完。


77話:お年頃

小さく呟いた名前に、暗く狭い部屋の中で椅子に座り縮こまる少女の肩が跳ねる。

どこまでも続いていそうな長い黒髪と、淡い光に照らされる白い羽はまるで繭のようで、開けた扉から見える彼女がとても小さく見えていた。

 

「……誰かお探しですか?」

 

煙草を咥え、煙を吐く。気だるげな目元は長い前髪に隠れて全貌は見えず、何を見て、何を考えているのかすら想像がつかない。

覇気のない言葉が静かな部屋にこだまする。聞いたことのない、子供のような声だった。

 

「天羽彗糸、って女をな」

 

「ここにいるのは『肉体の支配者(ドミニオン)』、それか『不死者(アンデッド)』。そんな女、いませんよ」

 

聞いたことのない単語を口にすると、掠れて消えかけた口紅をたばこの煙が覆い隠した。

両目を隠す前髪の隙間から黒い目玉が覗く。向日葵のような星が瞬く異常な虹彩に思わず顔を背くと、床に転がる嫌いな男の体が視界に入った。

 

動かない人体と、床に落ちた剥き出しの脳みそ、そして壊れた天井と様々に機械に訝しむ。

顔の見えない少女が、何か得体のしれないものに見えて仕方がなかった。

 

「これ、全部お前がやったのか?」

 

「それが何か問題でも?」

 

ピクリとも動かない男の体を跨いで彼女の元に歩み寄る。寂しそうな声色で煙を纏う彼女に手を伸ばすと、膝を抱えて閉じこもった。

顔を隠す彼女の心情を表すかのように、頭上の輪は先ほどより微かだが早く回っていた。

 

「……なにか、御用でもあるのですか」

 

「違う」

 

「じゃあなぜ近づくのですか。もう、あたしは必要ないでしょう?」

 

一歩ずつ近づいていく。彼女の言う通り、彼女に近づくことも、触ろうと手を伸ばすことも、連れて帰ろうと説得することも必要はなかった。

もう一緒にいる意味がないと、わかっていた。

 

天羽彗糸という少女は秘密が多い。その秘密を、好きな人への隠し事を知りたかった。そのおかしい思考回路を知りたかった。

 

けれどもう知ってしまった。

05に接続した時に聞いた御坂美鈴の話と、嫌いな男の言葉から全て知らされた。

おかしな思考回路は悲惨な家庭環境故の結果だと、彼女が藍花悦であることを。

知りたいことは知った。隣にいる意味はなくなってしまった。

 

それでも足は彼女に近づこうと動き、手は彼女の頭を撫でようと伸びる。

 

なぜ近づいているのか。

なぜ彼女と帰ろうとしているのか。

なぜ彼女の髪に手を伸ばしているのか。

 

なぜ、小煩い女がいないこれからが想像できないのか、何もかもが分からない。

 

大きな翼を生やした天使に興味があるから?

下着姿の綺麗な女の子を触りたいと思うのは思春期男子として当たり前だから?

 

どれもパッとしない。

 

ただなぜか、こんな姿をした少女を置いてはおけないと心がずっと揺れ動いていた。

 

「どうしてだろうな、俺にもわかんねぇよ」

 

「分からないなら、放っておいてよ」

 

「それは、」

 

「嫌いな女に、情けなんかかけないでよ」

 

優しく髪を撫でた手が弾かれる。それは今までになかった本気の拒絶だった。

 

「……あたしのこと、忘れさせたほうがいいのかな?キミは甘っちょろいから、そうでもしないと思わせぶりな態度、やめてくれないかな」

 

「あ?第五位の真似事か?」

 

その手で机の上に置きっ放しにされていたエアコンのリモコンを拾い上げると、まるで銃口のように彼女は俺へとポインターを向ける。

黒い髪から覗く彼女の黒い目はリモコンとは違い、下を見て顔を隠していた。

 

なんとも不器用なのか。

自分の望みを押し殺してまで俺を『幸せ』にしたいなんて、目の前の不器用で馬鹿な少女にできるはずもないと、手を再び伸ばす。

 

負けたくないと、どこか頭の隅で対抗心が燃えていた。

 

「ぼくの能力はね、『不死者(アンデッド)』って言うんです。上層部には『肉体の支配者(ドミニオン)』と呼ばれているそうですが」

 

「……それが、お前がずっと隠していたかったことなのか」

 

「知ってました?実はね便利なんですよ、この能力。体に関することならなんでもできる。肉も、水も、電気も、遺伝子も、なんだって。まぁ、なんでもできすぎて脳の処理が追いつかないのが難点ですけど。だからと言っても、体は精神ほど簡単に区切れるものじゃないのでね、リモコンでなんとかするのは本当は無理なんですけど」

 

乾いた笑い声が彼女の口元から溢れる。反論を許さないとでも言いたげに言葉を並べて、強気にリモコンを向ける下着姿の彼女はあまりにも滑稽だった。

 

「でも心理掌握(メンタルアウト)は違う。マイクロレベルの水分調整が及ぼす最大限の精神操作は区切ることで真価を発揮する。外装代脳(エクステリア)と繋がった今、能力のデータが逐一送られてくるんだ。どうすれば精神を支配し、どうすれば精神を壊せるのか。これがどう言う意味かわかるでしょ?」

 

「精神にまで干渉する気か」

 

「うん、そのほうがキミは幸せになれるだろうから」

 

弱々しい声が暗い部屋に響く。向けられた手に自分の手を重ね、優しくリモコンを奪い取ると小さく息を飲んでから遠くへ投げ捨てた。

反抗もしない、まるでそうしてほしいと言わんばかりの、態度だけの対抗。

 

床に落ちた衝撃でリモコンの中身が零れ落ちる。乾電池がなくなって、もう動かないリモコンは亡骸のように崩れた瓦礫の上にぶつかってヒビが走った。

 

「っ、なにするの。記憶なんて無くした方が幸せでしょう?」

 

「……俺のこと、嫌いになったのか?」

 

「はい?そんなわけないでしょ」

 

「なら、なんでそんな感じなんだよ」

 

苛立ちながら椅子から立ち上がると、彼女は慣れた手つきで煙草を吸う。糸のような煙が口元から零れ落ちて鋭いメンソールの匂いが彼女の香りを掻き消していく。

彼女が大人に塗りつぶされて、犯されていくようで、その行為が言葉に言い表せないほど嫌だった。

 

「だって、ぼくは()()()()じゃないんだもん」

 

すれ違いざま、小さい声が耳に入る。靴を脱いで裸足のまま地面に落ちた細かい瓦礫の破片を蹴り飛ばす姿は拗ねる子供のよう。

 

「はぁ?ヒロイン?なんだよそれ」

 

「言葉通りだよ。ぼくはキミに望まれない、どんなにぼくがキミを好いていても、キミはぼくを好きにはならない。もう一緒にいる理由なくなっちゃったから、キミに不快な思いをさせたくないの」

 

「お前は、俺に好きになって欲しいのか?」

 

「そうじゃないの、違う、違う!ただ、キミに幸せになって欲しいだけ。キミにとってはぼくがいない世界の方がいいでしょ?」

 

御伽噺でしか聞かないような単語に、思わず呆れた声が出る。しかしその言葉の意味を説明しようともせずに彼女は話を続ける。

まるで言い訳をまくしたてるかのように強く言い切ると、項垂れながらいまにも泣きそうな声で喉を震わせた。

 

「そんな泣きそうなやつの言うこと信じられるかよ」

 

「なんで?もうぜーんぶ教えてあげたよ。もうあたしはいらないんだよ?」

 

「……最終日のフォークダンスも、もうすぐ来るお前の本当の誕生日も、お前がいなきゃ意味ねぇーだろ?」

 

出口に手をかけて振り返りもしない彼女を引き止めるため、何かを言おうと口を開く。

しかし出てきたのは嘘。

 

すぐに嘘だとわかるようなできの悪い言い訳に内心呆れてしまう。だが思ってもいない嘘でもつかなきゃ目の前のカラスは飛び立ち、跡を濁して消え失せる。

それが嫌だと感じるほど、どうやら彼女に情が湧いていた。血だまりの中、初めて救った愚かな女を嘘をついて手放したくないのは本心。

 

その本心に嫌気がさす。こんな女、本当は会いたくなかったと。

 

「ふ、ははは、馬鹿だなぁ垣根くんは」

 

「あ?」

 

「言ったでしょ?ぼくはキミのヒロインじゃないんだよ」

 

無理してはにかむ彼女になんて返せばいいのか分からず、背を向ける彼女に中途半端に腕を伸ばして立ち止まる。

意味のわからないセリフと、助けて欲しいと言わんばかりの弱々しい声に彼女への『嫌い』が思考を止めさせた。どうするのが正解だったのか、わからない。

 

少しの苦味としょっぱさを残して、滞りなく二日目が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして何も起きること無く、会うことも無く、大覇星祭最終日が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賑やかな屋台の隅にあるテーブルで、財布を持ってどこかへ行った黒髪ボブの少女を待ちながらぼーっと遠くで揺らめくキャンプファイヤーを見つめる。

藍色の空に溶けていく赤になにか苛立ちを感じて、手元にある携帯電話を開き通知を確かめても苛立ちは炎のように大きくなるばかり。

たくさんの通知が来ていたが、望んでいる人からのものはなかった。

残り少ないバッテリーに焦りを感じながら通知が来ないか待つ。何度見てもメールも、メッセージも、電話も、何一つ来なかった。

 

あの日から彼女と会っていない。

家にも戻らず、彼女はあのタバコの煙のようにどこかへふっと消えてしまった。

 

別に心配じゃない。興味なんてない。好きじゃない。

あんな女、大嫌い。

 

だが心はあの甘く優しい匂いを、柔らかい血肉を、おぞましい瞳を、人形のようで、且つ誰にでも愛されるあの顔を、捕まえた細い首を、忘れさせてくれない。

初めての『スキ』も『アイ』も、忘れることは出来なかった。

 

移ってしまった微かな情は、確かにこの心に巣食っていた。

 

「垣根ぇ!!!!テメェ、なんで二日目から連絡途絶えたんだよ!結構心配したんだぞ!!」

 

「あ?」

 

物思いに耽っていると、上条当麻がどこからともなく叫び声に近い大声を上げて現れた。

どうやら絶賛フォークダンスをおこなっているキャンプファイヤーから逃げてきたようで、頬に誰かの靴跡を残していた。

 

至って無難な風貌だというのに、罪作りな男だと言うのがチグハグだ。

御坂美琴にインデックス、前の騒動にいた神裂火織もそんな気がするし、どうやら食蜂操祈も知り合いのよう。

まさかうちの馬鹿にまで毒牙にかけてないかと嫌な予感が脳裏をよぎるが、俺の事を置いて去ったムカつく女の顔を思い出してしまい、忘れるようにこめかみを抑える。

 

「無理難題だけふっかけておいて、それで俺が大変な目に遭ったら助けにもこねーしよぉ!それに連絡しても返事こねーしよぉ!友人を心配させんじゃねぇ!」

 

「……お前なら出来ると思って託しただけだ。それに、お前らのことなんかどうでもいいしな」

 

「どうでもいいって、なんだよ、今日は随分と冷めてんな」

 

「別に」

 

五月蝿い男を冷たくあしらうと、機嫌を伺うようにそいつは前にある椅子に図々しく座る。辺りを見渡して誰かを探す彼に面倒臭さを感じて空に目線を移すが、すぐに声をかけられ薄暗い空を視線から外した。

 

「ていうか天羽はどこなんだ?」

 

「あ?あの女に何の用だ」

 

「いやほら、借りてたやつ返そうかと。おかげで無事にゴールが認められたし」

 

そう言って金色のペンダントをテーブルに置くと、眩しいペンダントトップが街灯の光を強く反射する。キラキラしたペンダントは、もうここにはいない女のもの。

嫌という程頭に浮かぶ彼女の笑顔が腹立たしい。

 

「まだ入院中なのか?それとも機嫌悪いから一緒居たくないだけか?」

 

「そう思うならどっかいけ」

 

「友人が落ち込んでるところを放っておけるわけねーだろ?何があったんだ?」

 

「天羽と喧嘩したの」

 

話を聞く気満々のそいつを遮るように向こう側の屋台を眺めていると、テーブルの近くで少女の高い声が代わりに答えた。

 

「はっ!?まじで!?」

 

「……おい、林檎。何余計なこと言ってんだ?」

 

煩い屋台の方から現れたのは黒髪ボブが印象的な少女、杠林檎だった。屋台に行きたいと連日騒いだ少女は今やりんご飴片手に落ち着いた様子で聞かれたくないことを簡単に言い放った。

 

「だって本当のことだよ?」

 

「けいとと喧嘩なんて、珍しいね」

 

林檎の後ろからひょっこりと出てきた銀髪の美少女が抱えた食べ物の匂いが食欲を減退させる。

他人の問題に首を突っ込みたがるシスター服の少女は心配そうに焼きトウモロコシにかぶりついた。

 

「インデックスさん?どこに行ってた……って両腕に抱えた食べ物は一体……」

 

「買ってもらったんだよ!」

 

「誰に……?」

 

「垣根にもらったお金使った」

 

焼きそばに、たこ焼きに、わたあめに、りんご飴。小さな腕に収まりきれないほどの食べ物に上条の顔が引き攣る。彼の財布から出ているとは思えない量の食事は、どうやら林檎に持たせたお小遣いから使われたようだった。

 

「……申し訳ありません、垣根様」

 

「なら何も聞かずに帰れ」

 

一万円程度、渡した分だけなら子供が自由に使ったって困らないが、上条は顔面蒼白でテーブルに頭を擦り付けて謝り倒す。

それに漬け込み帰ることを促すも、彼らはけろっとした顔でテーブルを囲む。

 

「それはダメだよ。悲しい顔をしてる人をほっとけないんだよ!」

 

「お前らには関係ねぇよ」

 

「関係ないって、ともだちだから心配なんだよ」

 

「そーだそーだ!」

 

しかし散財を許したのがいけなかったのか、調子づいて各々席に着くなり主張を再度繰り返す。

余計なお世話とでも言わんばかりの主張は、呆れ返ってしまうほどうるさかった。

 

「うるせぇな。あんな女いなくたって、」

 

「寂しくないの?」

 

「……一人は慣れてんだよ」

 

黙らせようと開いた口は、隣に座った林檎によって閉じられる。

寂しいだの、そんな感情はあるはずない。けれど、家に帰ってこないお節介な女のいない日々は、確かに静かで、今までと同じずなのに、どこか心の隅ではあの騒音を望んでいた。

 

「そんな寂しいこと言うなよ。それで、いつから喧嘩してんの?」

 

「えっとね、大覇星祭2日目からずっと帰ってきてない。垣根に凄く怒ってるんだって。テレスティーナが言ってた」

 

「5日も帰ってきてねぇの!?」

 

「それってもはや迎えに来て欲しいんじゃないのかな……けいとも子供っぽいんだね」

 

人の言うことも聞かず林檎は赤裸々に事情を話す。大袈裟どころか全く違う話の内容にもはや訂正する気も起きなかった。

 

「どんな酷い喧嘩したんだよお前……」

 

「部屋を壊して、服と、家具と、おけしょーを捨てて、勝手に掃除したから?」

 

正解を聞くように林檎がきょとんと首を傾げ、こちらに目で訴えかける。

もうそろそろ訂正しないと誤解されたままになりそうで、ため息を深く吐いた。

 

「そもそも喧嘩なんてしてねぇよ。大体、あいつがそんなちっさい事で怒るわけねぇだろ」

 

「じゃあなんで一緒にいないの?」

 

「一緒にいる理由がなくなっただけだ」

 

そう、喧嘩なんかじゃない。

 

これは利害の一致した中身のない関係だ。共にいる理由がなければ、もう合わなくたっていい。

アイツは俺と一緒にいたくて、俺はアイツの本名を、本当の姿を知りたくて、そんな相互利益があったから互いに一緒にいたのだ。

 

「理由?好きだからじゃねぇのか?」

 

「愛情なんてものはねぇよ。あんな女、大っ嫌いだ」

 

「ならなんでオリアナの魔術で倒れたあいつを必死になって治したんだよ。嫌いならあんな必死な顔しねぇだろ」

 

「……まだその時はあいつに生きてもらわなきゃ困るからだよ」

 

しかしその返答は彼らにとっては不十分だったようで、話し足りないと言わんばかりに質問を重ねる。

 

「困るってことは、けいとが生きていることでていとくにメリットがあったってことだよね?」

 

「メリットだぁ?金持ちで、イケメンで、なんでもできる超能力者のお前に、天羽はどんなメリット与えてやれたんだよ?」

 

「別に、俺に隠し事してたから知りたかっただけさ」

 

「それだけ……?それだけのメリットのために守ったり救ったり一緒に遊んだりしてたわけ?」

 

「テメェにだけは言われたかねぇ」

 

どんなに彼らに彼女のことを言われても、心は動じない。

 

「いいんだよ、フォークダンス踊ろうとか、誕生日に駄々こねられねぇの楽だし。うるさくなくて俺は快適なんだ。だからこれ以上蒸し返すな」

 

「……天羽の誕生日、近くなの?」

 

「あ?確か四日後だ」

 

「今日は25だから、29日?あれ、でも4月って聞いてたような……」

 

ぽろっと口から出た本音に、林檎は過剰に反応する。席から勢い良く立ち上がり、何か求めるような目をして睨むと頬を膨らました。

 

「なんで教えてくれなかったの」

 

「聞かれなかったから」

 

矛盾に気がつきそうな上条をシカトして林檎はふてくされる。誕生日なんぞ、教える必要性は感じられない情報になぜ価値を感じているかは分からない。

俺だけが知っていればいいわけで、林檎が知る必要はなく、チクチク刺さる視線が鬱陶しい。

 

迷惑だ、全くもって腹がたつ。子供の世話も、誰かと言葉を交わすのも、人を宥めるのも、女である彼女の方が有利だというのに、肝心な時にいない。

何日間も音信不通で、隣にいないにも関わらず、起きることすべてに彼女の面影を感じてしまう。

 

「なら誕生日プレゼントでもやって機嫌治してもらえよ。理由とか言ってチャンス逃すと一生帰って来ねーぞ?」

 

「あ?贈るかよ、もう今月の初めに渡しちまったしな」

 

「むっ!ひとつしかプレゼントしちゃいけないって法律はないんだよ!なんてことない日でも、贈り物を貰ったら嬉しいものなんだから」

 

「ただの守銭奴だろ、それ」

 

「ていとくは夢がないね。それくらいしなきゃ女の子の機嫌は取れないって言ってるの!」

 

面倒なことに林檎だけでなく、お節介なやつらも誕生日のくだりに興味を抱く。まるで俺が悪いかのように進んでいく話に苛立ちテーブルをコツコツと人差し指で弾くが、誰も俺の感情に興味など示さなかった。

 

「じゃあ誕生日プレゼントは決定として、何贈るよ。女の子の欲しいもんって分かんねーし」

 

「……ハンカチ、とか?」

 

「いいセンスだな。けど特別感はあんまりねぇかも」

 

俺を抜いて話がどんどん進んでいく。人の話を聞かない彼らに我慢は限界を達していた。

 

「おい、なんで俺がプレゼント渡すことになってんだよ。頭下げるならあっちからだろ。あいつから『垣根様ごめんなさい、好きだから許して』って請われねぇ限り、俺はっ」

 

「そうだ!あいつの好みとかあんまり知らねぇし、ここは誕生日から連想するものでどうだ?季節もの的な」

 

「話聞けウニ頭」

 

俺は至って悪くない。

強いていえば、素直にならず、頑なに虚勢を張り続ける彼女が悪い。

 

だからもし、もしも、俺と一緒にいたいというなら、彼女から言わなくてはおかしいのだ。

だって俺と一緒にいたいのは彼女であって、断じて俺が彼女と一緒にいたい訳では無いのだから。

 

もし天羽彗糸本人が『一緒に居たい』と言ったら、仕方なく許可する立場にいる。

それが正しい認識だ。

 

だからこの俺が頭を下げるなんておかしな話だった。

 

「うーん、9月29日かぁ……天使ミカエル、ガブリエル、ラファエルの日、ユダヤ教では天使ザドキエルの記念日で、贖罪の日、新年イヴでもあるね。けいとって聖書的には結構凄い日に生まれてるかも」

 

「へー、よく知ってんな。なんの日なのかは一切わからねぇけど」

 

誰も主張を汲むことなく話が続く。しかしその中にあった聞きなれない単語になぜか惹かれてしまった。

 

「……なぁ、最初の3つは絵画とかでよく耳にするけど、ザドキエルってだれだ?」

 

ミカエル、ガブリエル、ラファエル、それらならば古典美術で何度か見聞きしているから分からないこともないが、最後の名前だけは聞き覚えがない。ただ純粋な興味が自然と、まるで意図されていたかのように湧き出た。

 

「アブラハムの個人教授とも呼ばれていてね。神の正義を執行する天使様なんだよ。でも、7人の大天使の1人とか、下っ端天使の1人とか、堕天使アザゼルと同一視されることもあったりで結構キャラブレの大きい天使かな」

 

「正義ねぇ……」

 

「後は木星を司る慈愛と慈悲と記憶の天使で、グノーシス主義だと傲慢を表す悪意の天使でもあるかな」

 

インデックスの言葉に何か恐ろしい考えが脳裏を過ぎる。まるで彼女を象徴すると言わんばかりの天使に、何か作意を感じるのは当然のことだった。

 

慈愛に満ちた笑顔と慈悲を込めた輝かしい瞳、そして傲慢な振る舞いが記憶に焼き付いて消え失せない。

彼女が進む正義も、神への歪な愛憎も、全てがインデックスの口から伝えられる天使と良く似ていた。

 

「……あのさ、お前さ、天羽の誕生花とか、石とか、なんかそういうの知ってる?」

 

「たしか誕生花は林檎とツンベルギアとポーチュラカとチトニアだね」

 

「林檎……私?」

 

「食べ物のほうな」

 

「それで誕生石は慈愛を意味するブルーサファイアで、誕生色は強靭な精神を表すオペラ。誕生星は南十字座ε星で慈悲深い正義感を意味するよ」

 

嫌な考えが止まらない。確認の意味も込めて質問を重ねると、考えをさらに現実味のあるものにされた。

 

林檎は花なら「好み」「優先」「選択」、実なら「後悔」「誘惑」、木なら「名誉」

チトニアは「果報者」、ポーチュラカは「無邪気」で、ツンベルギアは「黒い瞳」「美しい瞳」

そしてインデックスの言う通り、ブルーサファイアは「慈愛」、オペラ色は「強靭な精神」、南十字座ε星は「慈悲深い正義感」

 

どこを切り取っても、あの少女の誰にでも愛される顔を思い出す。

 

それは他人を「好み」、自分より「優先」して人を救う「選択」し、妹を救えなかった「後悔」と、まるで人を「誘惑」するかのような言動と見た目で、誰かを救った「名誉」を欲しがり、

 

トランプを運だけで勝ち上がる運に恵まれた「果報者」で、「無邪気」に笑い、荘厳な緑と赤の「美しい瞳」と秘密にしていた「黒い瞳」を持ち、

 

「慈愛」に満ちた笑顔を誰彼構わず振りまき、「強靭な精神」で批判も同情も嫌悪も跳ね返し、誰にも侵されない「慈悲深い正義感」を持つ。

 

花の香りを纏って、青を拒む体は知らないところでサファイアのような藍を身につける。

そして彼女は星のように輝く金髪を桜に似た鮮やかなオペラ色でわずかに塗りつぶしていた。

 

 

気味が悪いほど、9月29日は天羽彗糸に似合っている。

 

 

9月29日の擬人化のような少女は、どう考えても偶然が折り重なって生まれてきた人間ではない。

まるで誰かが意図して作り上げたかのような、そんな感じたこともない得体の知れない感覚。

 

「……なぁ、話戻すけどよ、そのザドキエルって、ドミニオン、とかって呼ばれてねぇか?」

 

「呼ばれてはないよ。ドミニオンって天使階級のひとつだし」

 

「階級?」

 

初めての感覚に戸惑うも、この考えを否定してほしいと絞り出すように趣向を変え核心を突こうと質問を変え、静かな声で問う。

最後に見た彼女が呟いた知らない単語。まるで本物の天使と見間違う異形な姿にあった四角ではない丸い輪っかに、静かな興奮と、音もなく這い寄るおぞましさがあった。

 

「ザドキエルは主天使、ドミニオンの長なんだよ」

 

そして考えは命中する。

 

二つある名前、死んだ過去、妹のチグハグな記憶、妙に古臭いセンスと、神に会ったと豪語するあの表情、魔術への執着と、まるで未来を知っているかのような発言。

 

彼女は一体、どこからきたのか。

彼女は一体、何者なのか。

嫌な憶測が脳裏に浮かぶ。机に置かれたロザリオに似たナイフのペンダントに固唾を吞み、緊張が脳の思考を疎かにする。

 

彼女は、本当に文字通りの天使なのかもしれない。そんな馬鹿げた考えがいまになって鮮明に脳裏に浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姫様が泊まるような一室、ライトアップされた学園都市の全貌を見下ろせる豪華な部屋の中で綺麗なシーツに身を預け、黒い服を手にとった。

この部屋にあるのはわざわざ持ってきた学生カバン、その中にあった藍花悦としての最低限の荷物と、手の中にあるボロボロになってまともに着られない黒いジャージだけ。

 

長い黒髪が白いシーツに散らばる。もう何日も会えていない彼が何度も頭にチラついてまともに考えをさせてくれなかった。

別にいなくたってどうでもいいのに。寂しくなんかないのに。なぜか体はもう匂いのしない黒い布切れを捨てられず手元に残る。

 

今頃何をしているだろうか、ちゃんとご飯は食べているだろうか、杠ちゃんと喧嘩してないだろうか、怪我はしていないだろうか、些細なことでも笑えているだろうか、ちゃんと生きているだろうか、不幸じゃないだろうか。

考えが彼で半数を占める。

 

仕方がないじゃないか。

ずっと、ずっと誰かのために一人で生きてきた自分には、彼は初めての人だった。

 

最初はただのキャラクターだったけど、話して、触れて、関わって、人間並みの愛情が出来上がって、未練を成し遂げるための好きな人じゃなくなって。

いつからか、あの可愛い少年が、この身を滅ぼしてでも幸せにしたい人になっていた。

 

重い体を起こし、これまた豪華な洗面台へと向かう。人生初とも言える屋上に近いスウィートルームは防犯のため借りたと言えど、無駄な出費としか思えない。

こんな小汚い烏に似た女より、彼氏のいる可愛い少女が泊まるべきだろう。相手もいない自分には大きすぎるベッドも、二人掛けのソファーも、無駄な防音設備もいらないというのに。

宝の持ち腐れとはこのことか。

 

重い足取りでたどり着いたバスルームの透明なガラスに肩がぶつかる。そういった行為に及ぶために作られたとしか思えない機能性の全くないバスルームに苛立ちを感じながらも、なんとか辿り着いた洗面台に手をおいてゆっくりと上を向く。

醜い我儘を洗い流そうと蛇口に手をかけると、デザイン性のある丸い鏡写った顔にふとため息をついた。

 

目元に覆いかぶさる長い黒髪。その隙間から見える黒檀のような虹彩には光り輝く一番星がギラギラと瞬いていた。

 

人間とは思えない瞳に乾いた笑いがこぼれる。あの赤い結晶を飲み込んだ対価としてか、輝く星はその輝きは失せることなかった。

 

「神様、あたしまだ、見捨てられてないんですね」

 

星とは、基本天使を表す。

 

神の子イエス・キリストが生まれた馬小屋へ三人の学者を誘ったベツレヘムの星、あれこそが天使の姿の一つだと言われているからだ。

 

死んだこの体が天使というのは少々おかしな話だが、この世界準拠で考えればさほど頭のイカれた話ではなかった。

 

『考察』というものがある。

 

それは張り巡らされた伏線やアトリビュートを通してフィクションの物語のモチーフや土台を詮索し、そのキャラクター、その世界が一体何を思って、何を目指して、何を考えて、何を象徴して、何を望むのかを考え、議論することだ。

 

とある魔術の禁書目録(この世界)』だって例外じゃない。

何人ものファンが物語を読み解き、キャラクターが何を表し、何をモチーフとし、何を役割を背負うのかを考えてきた。

 

そのうちの一つに天使にまつわるものがある。

それは『超能力者はそれぞれ七大天使になぞられているのではないか』というもの。

 

天使と見間違う翼を持てるキャラクターがいる以上、けして的を得ていない訳ではない。誰がどれかは見当つかないが、可能性としてはある。

 

しかしそこには問題があった。

 

四大天使は決まっていれど、ほか三天使は書によって異なるのだ。だからあたしは読者の深読みとしか考えていなかった。

 

しかし、ここはその深読みが具現化した本物には程遠い模造品(パラレルワールド)

その考察がこの世界のシステムに組み込まれている可能性は十分にあったのだ。

 

そしてその可能性は現実となった。

 

「アレイスターくんは知っていたんだね。人間でないことも、その役割も、全て」

 

能力名をつけられた時点で考えておくべきだったと、肩をすくめ項垂れる。

 

未練を治すために生まれ(リカバライザー)死に損なった人(アンデッド)

 

そして最後、ドミニオン。

それは神の秩序と権威を知らしめる天使の役職。そしてその指揮官は七大天使の一人、神の正義を伝える天使ザドキエルだと、勉強熱心なあたしは知ってしまった。

 

どれもあたしの本質。

 

この肉体を支配するのは天使だと、黒幕は全て知っていた。

 

「でも、少し違う。ぼくは神の使いじゃない、あたしは神の人形なんだよ。台本をなぞり、未練を果たして、神を見返して、そして最後は醜く死んでしまう」

 

けれどその読みは外れだ。たとえ天使でも、この体は役職のないただの駒。

 

結局のところ、あたしはコッペリアなのだ。

 

あたしはあの神のお人形さんで、台本をなぞることしか出来ない見た目だけの大根役者。どうせ愛を伝えられずに死ぬだけだ。

 

ただの舞台装置、ただのお人形さん。だからコッペリアは幸せにはなれない。ただの装置に幸せなんていらないから。

 

可哀想なコッペリア。ヒロインでも、人間でもないただの舞台装置。

主人公も、ヒロインも、悪役も、モブも、全員が幸せな大団円を作るのがコッペリアの役割り。

 

あたしがコッペリアというのなら、あたしのやるべき事はひとつ。

 

 

死をもって大団円を築くのだ。ヒロインでも主人公でもなく、彼らを幸せに導く眩い星として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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青年フランツは恋をした。

 

相手は窓辺に座る美しい少女、コッペリア。

心を奪われるのは当然だった。その少女は人形で、気が狂った人形師、コッペリウスの作った芸術品なのだから。

 

それを知らない青年は恋人スワルニダに黙って家へ忍び込む。嫉妬した恋人が同じように忍び込んだことに気が付かずに。

 

けれど青年はコッペリウスに見つかりその魂を奪われてしまう。コッペリウスは自分で作り上げた人形に命を与えたかったのだ。

ただのお人形を人間に、それが唯一の望みだった。

 

だが青年の恋人にコッペリアの真似をされ、散々とからかわれ、悪戯され、結局夢は敗れ、コッペリアを人にすることは叶わない。

そして酷く乱暴に扱われたコッペリアはエナメルの瞳を落とし、壊れてしまう。

 

腕も、足も、人の形を保てなくなり、もはや人形とすら呼べなくなった。

命を奪うほど大切な人形が壊れた消失感に膝を崩し、そのまま最後の幕が上がる。

 

ラストはなんてことないハッピーエンドだった。

 

恋人二人は仲直りを果たし、村の皆に祝福されながら歌と踊りで笑い、喜びを分かち合い、永遠の愛を誓った。

そして残されたコッペリウスも、最後は二人の謝罪に心を痛め、コッペリアなんて忘れて人々の輪に入っていく。

 

コッペリアは壊れたまま、装置として終わりを迎える。生きることもなく、壊れることが運命付けられたただの都合のいい人形。

 

 

 

 

しかし、神はそれを望まれていなかった。

 

 

 

バレエというものは作り手によって同じ物語でもその結末が大きく変わることが多い。

それはコッペリアも同じ。

 

壊れたコッペリアに見向きもせず、壊した主人公(恋人達)の婚姻を祝福する最後。

 

コッペリアが()()となり、コッペリウスと結ばれる最後。

 

 

そしてもうひとつ。

 

 

賑やかな村の隅で、ただ一人、無残に壊された最愛の女性の冷たい残骸を虚しく、切なく抱きしめるコッペリウスの姿で幕が閉じるのだ。

 




※ちょっとしたアンケ。作者が皆さんの考えを聞きたいだけ。
※物語の分岐とか、恋愛√とかじゃないのでお気楽に。
※次回更新日に締め切ります。短くてすみません。

天羽彗糸はヒロインか?

  • はい、ヒロインです
  • いいえ、ヒロインではありません

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