とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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あと少しで100話ですね。何か特別なことをやりたいけど何も思い浮かばないです。
意欲はあるのに。


81話:会いたい

炎が舞い、煙が上がるアスファルトのそばで白い髪の少年が小さな赤い瞳を見開いた。橋の欄干の上、タバコの箱を手にしながら見下ろす男たちの姿はなかなか滑稽で思わず乾いた笑いが溢れる。

 

「お前が、藍花悦……?」

 

「ぼくに気を取られてていいんです?」

 

一本のタバコに優しく火をつけ、地面を這う最強に笑いながら空に煙を吐くと未だ掴まれたまま意識を失う打ち止め(ラストオーダー)に目を向けた。

無防備なまま捕まった小さい体はかろうじて生きてはいるが、このまま連れて行かれたらきっと二度と一方通行(アクセラレータ)と言葉を交わすことはできなくなる。

 

「ッ、打ち止め(ラストオーダー)!」

 

それを理解してか、一方通行(アクセラレータ)は地面を叩いて大きな風を巻き上げた。一瞬の隙を狙った風は木原の持つ笛で無効化されることもなく、打ち止め(ラストオーダー)の小さな体を吹き飛ばしてこの場にいる全ての視線を奪った。

吹き飛ばした本人は大きな口から塊のような血を吐いてその場で嗚咽を漏らす。

最強と呼ぶには頼りないその姿にわざとらしく声援を送ると、未だ体を硬直させる木原数多が口を開いた。

 

「さすが第一位くん。チャンスを無駄にしませんねぇ」

 

「……あーぁ、ゴルフボールじゃねぇんだからよぉ。ヤード単位で人飛ばすんじゃねぇよ。ったく、テメェのせいだぞ、第六位」

 

「何でもかんでも他人のせいにしてると、人生上手くいきませんよ?」

 

袖の中からボタンを押す音が鳴ると、後ろに待機している男共含め全員が木原目掛けて銃を構える。言葉も交わさずに静かに彼らは上司の頭を吹き飛ばそうと照準を合わせた。

 

ヘルメットのプロテクター越しに見える彼らの瞳には美しい星が花開く。

支配権を握られた彼らには、もう成すすべなど何一つ残されていなかった。

 

「……精神にまで干渉するとは、相変わらず化けもんだな、テメェは」

 

「化け物?人間をモルモットだと認識する人に言われる筋合いはありませんね」

 

「実験動物だろ。現にテメェは三番目、俺らの科学の礎になる運命だ」

 

動けない体の代わりに懸命に口で罵詈雑言を並べる男に哀れみを感じると、未だ小さく燃える地面に降り立った。

そして近くにいた車に向かって長い袖を向け、ボタンの音で運転手の意識を奪う。

 

「ま、何言ったって通じないか。一方通行(アクセラレータ)くんはそのまま逃げてどうぞ?彼は僕がどうにかして差し上げますので」

 

意識を乗っ取られた戦闘員がしっかりとした足取りで黒いワゴン車のドアを開けると、覇気のない第一位に視線を向ける。

 

「……感謝はしねぇぞ」

 

「ご自由に。それより途中でシスターを拾うのをお忘れなく、きっとお役に立ちますよ」

 

開かれた車のドアに僅かに驚くも、彼はすぐに理解して杖を使って起き上がる。とても嫌そうな顔で車に乗り込む彼を背に、再び木原に向き直った。

 

「それで、キミはどうしましょうか?殺すのはポリシーに反しますし、どうされたいです?」

 

「……まぁ、テメェは出来ればって話だったしな。一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)さえどうにかなればいい」

 

半ば諦めの境地で木原数多は面倒臭いと言わんばかりにため息を大きく吐いた。動かない体に抵抗することもせず、ただ面倒としか言わない。

その言い草に、なにか怒りが沸くのは気の所為だろうか。

 

一方通行(モルモット)は殺すつもり?」

 

「そりゃあそうに決まってんだろ。それが学園都市なんだからな」

 

「……そうですよねぇ、キミたちはそうですよね」

 

怒りは気の所為ではなかった。研究者として及第点にも届かない返答に、昔足掻いた事実をふと思い出す。

 

「でも、科学者ってそうじゃないと思うんです。他人のために最前線に立って、みんなの為に研究する。人に役立つために、愛する誰かを救うために。決して一人の少年を追いかけ回すような職業じゃないはず」

 

彼らはフィクション。それは分かっている。

けれど、どうしても独善的で非現実的な思想に虫唾が走る。認めがたい思想は、疲弊した体では無視することも出来ずにまともに脳に怒りを覚えさせた。

 

「ふざけてるとしか思えねぇな。研究をするために科学者になるんじゃねぇんだぞ、その先の、救いたい誰かのために研究をして、科学者になるんだからな?」

 

為す術なく立ち尽くす男の前でせせら笑う。研究者という職業を履き違えているフィクションは、いつだって本職の怒りを買うものだ。

 

「それなのにここの科学者は人間をやれモルモットだ、家畜だ、実験材料だのって……お前らなんのために生きてんの?」

 

「おめーの言ってることはただの偽善的な理想論だろ。病院で使う薬だって、どれだけ犠牲が出たと思ってる?」

 

「は?お前治験と自分の実験を同列に語ってんの?ふざけてんの?適当にガキ攫ってきて効果が見られなかった子は健康も確認しない手抜き野郎共と、審査が厳しい治験を同列に語るなよ」

 

頭の出来が違う男は目を丸くして眉を下げる。まるで彼女が間違っているかのように見つめるこの男の両目を潰してしまいたかった。

 

「ここは学園都市だぞ、何をそんなにマジになってんだよ?気持ち悪ぃな」

 

「……あぁ、ごめんなさい。だってムカつくんですよ、たとえ嘘で作られた世界と分かっていても」

 

彼女が悪いのはわかっている。フィクションを現実として見てしまって、本物として受け止めてしまうこの脳が悪い。

 

けれど、この思いは間違いじゃない。

 

これは職業病に近いのだ。

教師が『ついでだから教職免許を取ったキャラクター』とか『脚色されたクソ教師』に苛立つのと一緒。

看護師が『そんな簡単な業務じゃない』と。

アイドルが『そんな優しい世界じゃない』と。

女子高生が『そんな互いに仲良くない』と。

政治家が『そんなに陰謀は渦巻いてない』と。

警察官が『銃の扱いはそんなに簡単じゃない』と言うのと同じ。

 

現実はそんなに甘くない、そこまで現実は酷くない。

事実を知っている人間は、虚構を酷く嫌ってしまう。まるで自分たちが酷いものだと言われているようで、まるで簡単なものだと言われているようで、必死に得た地位が悪だと言われているようだから。

 

野暮なのは分かってる。

たかがフィクション、ただの芸術品。そこに現実を求めてはいけない。

だから前は気にせず鑑賞できていた。たとえ酷く鬱陶しい設定でも、それはただのフィクションで、現実じゃないことを理解できていたから。

でもここはちがう。

例えフィクションだろうと、彼女が感じて、触れられるのであればそれは三次元として認識される。

 

そこに現実(リアル)を求めるのは罪だろうか。

 

「……頭イカれてんな。一体何を話しているんだよテメェは。理解できねぇよ」

 

「理解出来ねぇに決まってるだろ。天上の世界のことは、その世界にいた人しかわかんねぇからさ」

 

「っい"、ゔがっ!ガガガッっぅ!!!?」

 

袖の中からリモコンを取り出すと、彼の脳めがけてボタンを押す。脳を締め付ける痛みにはしたなく涎を撒き散らし、断末魔をあげながら地面に倒れた男から笛のついたペンダントを奪い、背を向けた。

情報も大事な道具も奪った今、目的は果たされたのだ。

 

「もーいいよ、キミは。どうせ情報取れたら()()()()のつもりだったし」

 

崩れ落ちた男に目もくれず、そのまま意識を奪った戦闘集団に笑いかける。何も考えず、何も答えられない兵士たちをリモコン一つで整列させ、倒れた男が本来言うべきセリフを口にした。

 

「二班に分かれて、一方通行(アクセラレータ)の妨害と打ち止めの捕獲。殺さず、死なずに、完璧に遂行しなさい」

 

虚ろな目をした兵士たちに言い放つ。

 

「やり方はわかってんでしょ?」

 

司令塔がすり替わったことすら理解できていない彼らは違和感すら覚えずに天羽の言葉に敬礼を向け、車に乗り込み走らせる。

排気ガスの匂いがしない車は静かにタイヤを回し、街灯の光に照らされて遠くへ消え去った。

 

「いい街ね、もっと早く侵食が進むと思ってたけど」

 

一台だけ残して走り去る車の軍勢、その間に飛び込んできた黄色い服の女性に気がつくと、タバコを咥えて大きく息を吸った。

 

「……客人?」

 

「いいや、殺しの商売敵ってところさ」

 

吸った息を煙として吐き出すと、白目を剥いて倒れる木原

からその女に視線を移す。

頭からつま先までからし色の十九世紀フランス風の衣装に身を包んだ修道女が、布で包まれた大きな棍棒を手に睨み、舌についたピアスを覗かせた。

耳だけじゃなく、眉に、頬に、目元に、舌につけられた多くのピアス。顔の造形を変える濃ゆい化粧も、実際の時代よりファッションが遅れた学園都市の人間には怖いかもしれないが、天羽には特別変にも感じられない。

 

前方のヴェント。

それが彼女の名で、今の天羽には面倒な人でしかなかった。無駄口叩かずに早く撤収しておけばよかったと、後悔しても遅い。

 

「ぼく、人殺しじゃないんだけど……いっか、説明も面倒だし。早く帰ろ」

 

一方通行(アクセラレータ)に『覚醒』させないことが今回の目的。十月九日に勝つための仕込みはもうすでに木原数多の無力化で終わってしまった。

そこから先はこの物語のヒーローの役目で、彼女には関係がない。だから『虚数学区』を呼び起こすお手伝いだけで終わらせ、主人公が勝てるように目の前の客人を疑似的な天国によって弱体化させれば今日の計画は終わるのだ。

 

だからこの女性と関わる必要性はない。

 

「……驚いた。あんた、敵意がないのね」

 

「ぼくはキミに興味無いだけです。あー、でもピアス開けてるのはかっこいいと思いますよ」

 

「随分となめられたものね。興味無いなんて、自殺志願者かしら?」

 

「いえいえ、ただ、ぼくはそういう人間なんで、キミに敵意を向けることがないだけですよ」

 

口からタバコを離し、残された車のドアノブに手をかける。彼女の登場は自分の感情を高ぶらせるほどのものではなった。

 

だって好きでもなんでもないんだもの。

 

事故で弟が亡くなった可哀想な人、そして見当外れな復讐に燃える面倒な人。

理解できても共感できないキャラクターに思い入れはない。

 

生きなかっただけで医学を、科学を憎む人間を、現実の彼女は好きになれなかった。

 

服の工業生産は機械を多く使う。布も大抵化学繊維で、コールタールの合成染料も多い。ピアスだって手作りじゃない。

街灯という電気によって夜道は照らされて安全性が確保され、風邪を引いた人間は科学が作り上げた抗生物質で完治し、顔を隠す化粧品は多くの動物実験とパッチテストでようやく商品化され、地面を踏みしめるアスファルトは科学的に作られた。

 

そもそも、科学や医学という物は錬金術やら天文術なり言われてきた異端の学問。魔術と何が違う。

経済も、農業も、心理も、政治も、社会も、法も、教育も全て科学。人間が何に生かされてるか分かってて言ってるのか、甚だ疑問だ。

 

「まぁ、そんなこと思っていても無駄なんですけどね……」

 

「あ?」

 

たとえどんなに腹立たしくても、彼女の言う科学とは自然科学、特に工学と医学だろうからこんな八つ当たりは的外れで、論点が違う。

 

それに、彼女の役目は人を憎むことじゃないのだ。全てを救い、幸せを教えること、それが神に唯一与えられ、神の喉元を掻っ切る武器。

それを手放すわけにはいかない。

 

「……嫌ですよね、ほんと、医者とか科学者って。デマだとか、嘘だとか、インチキとか、陰謀説とか、科学を信じない人間にまで救いを施さなくてはならない。とても嫌な職業です。蔑ろにする人間も含めて全て救うのがお仕事なんて」

 

タバコの灰が自然に落ちると、運転席のドアを開いて答え合わせをするように優しく口を開く。

彼女の口から伸びる細長いチェーンとその先についた十字架を生温い風が揺らした。

 

「だからね、ぼくはキミを嫌っても敵意は持たないんですよ。全ての者に救済を与える尊ぶべき職業に殉ずるぼくはキミを愛さねばなるまい。役を全うし、全てに平等のもと救済を与えるのがそもそもぼくが生まれた理由ですので」

 

「……気味の悪い野郎だね」

 

「宗教家だって本当はそうあるべきですけどね。()()()()を着たシスターには一生かけても理解できませんよ」

 

運転席に乗り込み、エンジンをかける。久々に運転する鉄の塊に内心緊張がありながら、アクセルに足をおいた。

 

「誰にだって分からないんだから」

 

今日はとても疲れてしまった。

 

こんな日は、アルコールと糖分に溺れて朝を迎えたい。大人の彼女にしかできないことで、朝を迎えたい。

 

もう失くすものも、隠すものもないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨の音を掻き分けて明かりが照らす道の上を飛ぶ。冷たい雨を打ち消すほのかに暖かい秋の風を体に受けながら、大嫌いな女のために月明かりの眩しい空を飛んでいた。

 

誰にも代わりが務まらない自分だけの美しい天使様。力強く、か弱く、可憐で、可愛そうで、哀れな少女のため、空を回る。自分が他人を救えると教えてくれた眩しい彼女の姿を追ってひたすらに飛ぶ。

傘を持っていない彼女を汚い雨から守るには垣根が必要だと、嫌という程身に染みていた。

 

「あ?」

 

狭い路地に降り立って、隙間の中に隠れていないかくまなく探すと一台の車が目の前を横切った。

 

真っ黒なワゴン車から微かに臭う煙と火薬。静かな道路に一台だけ走るその車は、ひと気のない子の道では少し浮いていた。

あからさまに怪しい車に、息を飲む。中に座っていた白いシスターと、小柄な白い野郎の姿を捉えた両目は、その車を追い続ける。

 

一方通行(アクセラレータ)……?」

 

呆然としたままその車を見送ると、嫌な予感が脳を駆け巡る。賢い脳は、あっという間にあの女と過ぎ去った悪党に繋がりを見出して、無視し難い推測を作り出した。

 

「……クソ女、やっぱり大っ嫌いだ」

 

散々悩ませ、ずるい素ぶりで忘れさせないあの女の小悪魔に似た含みのある笑みが頭から離れない。

誰も彼もに手をつける浮気性な少女に怒りが沸くのは当たり前のこと。垣根の記憶に住み着いておいて、憎き男と談笑していたと思うと腸が煮えくり返る。

 

車が来た道を辿り、彼女の元へ向かう。無責任な彼女に、なんとしてでもこの思いを吐き捨てたかった。

 

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