薄暗く埃臭い空気の中をひたすら杖をつきながら歩いていく。
警備ロボット対策の金網がそこら中の出入り口を塞ぎ、ビルとビルの間の空は人工衛星の監視を逃れるための色とりどりの布で覆われている路地裏は少し異様に見えた。
「懐かしい空気だ」
地面の監視と空の監視を塞ぐスキルアウトの在り来りなガキ臭い小細工を鼻で笑うと、突然支給された黒い携帯電話が鳴り響く。
名前が書かれていない登録番号だが、振り分けられたナンバーから自ずと誰なのか分かる仕組みになっていた。
「土御門か」
『そろそろ初陣だと思ってな。お前に忠告しておくことがある』
「で?内容はなンだよ、先輩?」
『俺たちのことは信じるな』
突然の電話で唐突な宣言を言い放つ男に唖然として口をぽかんと開く。
グループの構成員の一人、土御門元春の言葉に驚いて足を止めた。尖った金髪にサングラス、前開きのアロハシャツを半裸の上に着て『にゃー』とか語尾につける胡散臭い野郎は、想像よりもだいぶ変な野郎のようだった。
『俺たち全員、その存在が表に出ただけで問題になるような連中ばかりだ。そういう人間ばかりを選んで作られたグループにゴールはない』
「この俺がご褒美を期待してるとでも言いてェのか?」
『統括理事会が決めたルールに従ってるだけじゃ、出し抜けないって話だ。その上で勝つにはどうしたらいいか、それを認識しておけ。俺もお前も、守るべきものを、持ってんだからな』
静かに真面目な口調を続ける彼にため息を着くと、早く話を切り上げようと携帯を強く握る。
仕事の前に面倒な話はしたくなかった。
「要件はそれだけかよ」
『早いとこ終わらせて帰ってこい。結標の方も、そっちでそろそろ仕事を始めるだろうしな』
「結標?」
同僚の名前に訝しむも、携帯越しの声が掠れるほどの風が一瞬のうちに吹き荒れ、血の匂いを巻き上げる。
小さく聞こえる断末魔と瓦礫の崩れる音、そして湿った火薬の匂いから路地裏の奥で何が起こっているかくらい安易に察することはできた。
「競走とは聞いてねェンだけどな」
『あいつが狙ってんのは人じゃない、金だ』
長い赤髪を下でふたつに結び、学生服のミニスカートを履いてジャケットを肩にかけたシャツも着ていないサラシ姿の女、結標淡希の顔を思い出すと舌打ち混じりに低く唸る。
九月前半に緊急搬送されて能力が傷ついたと聞いた
「つーか、あの女はまともに使えるのか?」
『お前と同じだよ。補強してる』
「……そォかい、そりゃ結構」
投げやりに通話を切ると苛立ちをぶつけるように目の前に広がる荒れた路地に目を向ける。
陰鬱とした空気が孕む狭い道、人の気配が漂うこの場所は反吐が出るほど汚らしい。
「そんじゃまァ、始めるとしますか」
チョーカーの電源を入れ、収納式の杖をしまう。
「お片付けだ。十分で終わらせてやる」
ごみ溜めによく似た路地の前、冷めた声だけが響いた。
倒れ伏せた人間の山を築き、綺麗になった路地を進む。もう音も風も聞こえず、どうやら結標淡希の方は難なく終わったように見えた。
「やだねェ、一人で残業ってのは」
「……それなら休ませてやろうか」
「ア?」
独り言として呟いた言葉はいつの間にか居た男によって返事を返される。三階分はありそうな工事用の簡易な足場に立ったゴリラに似た大男は、海原に見せられた標的の姿と一致していた。
「……
「駒場利得だな?一応理由を尋ねてやろォか?」
立ち止まって大男を見上げると、体格に似合わない暗い顔で彼は凄む。大きな体格をやっとのことで収める黒いジャンパーの安い光沢が鈍く薄暗い路地で輝いていた。
「……スキルアウトが能力者を叩く理由なんて、聞いても面白いものでは無い」
「ハン!街を混乱させた上で無差別攻撃ってとこか」
「無差別ではない。標的くらいはこちらで選ぶ」
「なかなか余裕があるみてェだが、今の状況掴めてンのか?」
抑揚のない喋りではぐらかす駒場は手に持った黒い棒を上から投げ捨てると、三白眼を細める。
傍に落ちた黒いそれは、壊れてしまった懐中電灯のようだった。
「俺が殺した」
血に濡れた懐中電灯は確か
その意味を理解すると脳が処理を止めた。
言葉を出そうにも、喉がそれを拒む。なんて答え、なんて言えばいいか分からなかった。
「……話に聞いていたのと違う。日陰者たちは普通ならここで躊躇わない」
「そォかい。知ってるか?俺の前に立ったクソ野郎は普通ならミンチになるンだぜ?」
上から目線でものを言う駒場に、一度切っていた電極に手をかける。
腹立たしい物言いの彼に苛立ちが増す一方だった。
「……その電極、何らかの電子情報を送受信しているな」
何度目かも分からない舌打ちを鳴らすと電極のスイッチを付け、能力を使用できるように回路を変えた。
一万にも及ぶ
それを知られては非常に困る。だからこそ目の前の男をすぐにでも殺さなくてはいけなかった。
地面を蹴って上に飛ぶ。一気に飛び立ち駒場と視線が交わると高く笑いながら殺さんと手を伸ばした。
しかし駒場がおもむろに取り出した縦長の缶に視線が向かう。
緑色の缶が視線の先で回る。駒場の大きな足で蹴り飛ばされた缶は煙幕とも違う銀色の粉を吐き出し、空中に漂った。
「……電波撹乱装置の一種だよ」
「ッ!?」
その言葉を理解する前に足場に倒れ伏す。送られてこない演算に混乱しながらも、上から入れられた蹴りを避けて腰に着けた銃を手にした。
音と煙を吐いて銃が弾を飛ばす。一発、二発と撃ってこの状況を突破しようと撃ち込んだ弾丸は大男目掛けて宙を舞う。
しかし巨体に似合わず素早い動きで避けると、大きな足で銃を蹴落とし脳天めがけてかかとを振り下ろした。
強靭な足が硬い足場に振り下ろされる。身体強化の効果がある
「……真っ赤に弾けろ」
太いマガジンが二本刺さった不思議な形態の
叩きつけられたコンクリートの冷たい感触と硬さが脳を駆け巡り焼けるような痛みを刻みつけた。
焼けるように背中がひどく痛む。死と誤認するような強烈な痛みに吐き気を催しながら咳き込むと、彼もまた地面に重い体を着地させ再び銃口を向けた。
悶えている暇もなく男が握った銃口が脳を見据え銃弾を放つ。焦りつつ弾丸を確実に交わし、体と一緒に落ちていた拳銃を拾って照準を上へと合わせた。
引き金を引く。男ではなく上へ向けた弾丸は空を隠す布を留める金具目掛けて弾き出され、軽い発砲音が狭い路地に鳴り響く。
「すみませんが、これは外さないでもらいます?」
しかし放った弾丸は別の弾丸とぶつかり合い激しい火花を散らして消え失せる。極めて正確な射撃に驚きのあまり息を飲んだ。
背後から放たれた弾丸の持ち主の声は、以前何処かで聞いたことのある特徴的な少年の声。
見ずともわかるその男の姿に舌打ちを鳴らして駒場から目を離さずに体の動きを止める。第三者の乱入に次の動きをかき乱され、どう相手が動くのか伺う他なかった。
「……なぜここ、にッ!?」
少年の声に駒場の動きが止まる。驚きに満ち、酷く恐れた表情の駒場は声を漏らし、思いつめたかのように少年を見た。
因縁やらなんやらでもあるのかとふと思う。もしかしたらこの少年の前で彼を殺すのはとても残酷なものなことかもしれない。恐れられる行為かもしれない。
だが手にした銃に躊躇いは無かった。
「オイオイ、敵から目ェ逸らすなよクソ野郎」
「ッ!ぐっ……ふ……」
薬莢が落ち、拳銃は煙を上げる。小さな弾丸に貫かれた巨体は膝をつき嗚咽を上げて地面に伏せた。
呆気なく奪われた命と、動かない体。悪に堕ちた自分に彼を生かす方法は分からなかった。
「キミの仕事の方が早かったですね」
「……テメェ、なンでここにいる」
沈黙が続くこの場で最初に口を開いたのは後ろに佇む少年。一回り大きい長点上機学園の制服、高校生にしてはだいぶ幼い女顔。
人形のような冷たい顔を少し歪ませる薄幸そうな謎めいた美少年は、ついこの間の九月三十日、藍花悦と名乗っていた。
「彼は友人でしてね、狙われると聞いたもので」
「ハッ、俺に復讐でもする気か?」
「いえ、ただ最後くらいは弔ってあげようと」
この間出会ったばかりの不思議な少年は長い黒髪を翻して憂いた瞳で倒れた男を見下ろす。
彼のそばでしゃがみ十字を刻むと、藍花悦と呼ばれていた少年は目を瞑って黙り込んだ。神に祈る信者のそぶりに何か皮肉めいた意図しか感じられない。
「彼は、最近頻発している無能力者狩りに酷く心を痛めていたようでして、こういう結果になってしまったのは非常に残念です」
数十秒経ち、ゆっくりと目を開けると床に着いた長い髪から埃をはらって立ち上がった。
ぽつぽつと布に覆われた空に向かって呟く声は掠れており、唯一隠れていない右目は微かに潤んでいた。
「無能力者狩り?」
「第一位は世間を知らないようですね。格上の馬鹿が、格下をどう扱うかなんて見ればわかるじゃないですか」
駒場を見下ろしたまま彼は震えた声で吐き捨てる。男のくせに女々しいやつと思っても、どこか神々しくもあるその姿から目を目が離せない。
黒いネクタイと白シャツをきっちり上まで留めた品行方正な着こなしだというのに、萌え袖にダボダボの裾、彼の体よりだいぶ大きい藍色の制服と童顔な女顔のせいで年相応には見えない。
祈る手は白い手袋で隠され、唯一露出する右目に視線が自然と向く。輝く一番星が煌めく黒い瞳に景色が奪われ、それ以外何も見ることが叶わなかった。
「キミは彼らが馬鹿をやっているから差別されると思われているようですが、内情は少し違います」
瓦礫の多い場所から平たく開けた場所に移動させようと必死に細い体で駒場の大きな体を掴む。機動力はあっても体力や筋力はないのか、ひとり大変そうに汗をかいていた。
闇を知りながらも甲斐甲斐しく死んだ大男に世話を焼く優男を手伝う気にはなれないが、何かするわけでもなくその姿を追う。本当に第六位、藍花悦なのかは知らないが、得体の知れない優しさは
「最初に差別があったから肩身が狭くなり、暴徒と化すのですよ。奴隷であった人々は元の国では平和そのものだったように、奴隷として扱われて、初めて差別を受け、そこから革命が行われた。歴史で習いませんでしたか?」
平らな場所に死体を移すと、彼は再び手を合わせる。
憂いを帯びた気怠い目を囲む伏せ気味の睫毛は少し湿っていた。
「これがその結果です。キミみたいな一定数の格上に馬鹿にされ、それが嫌で自分を強く見せようと群れを成し、暴力を振るう。自分でも分かっているでしょう?言葉の節々から下に見ていることがよく分かるのですから」
「なンですかァ?突然来て説教ですかァ?随分と偉そうだな?」
「説教をしているつもりはありませんが、もしこれを説教と受け取ったのなら、キミに思うところがあったということです」
駒場の安いジャンパーから取り出した携帯電話を少し弄ると、畳まずにこちらに投げ渡す。
軌道がズレることなく手の中に収まった携帯にはたくさんの名前が無能力者狩りの犯人としてリストに並んでいた。
「能力者による無能力者の虐げは、凄まじいそうですよ」
携帯を渡すと、近くのドラム缶に座って駒場をボーッと眺めて息を吐く。
「キミがどうするかは勝手です。ただ、彼はまだ、ここに置いていってくださいませんか」
スキルアウトのたまり場に学園都市屈指のエリート校の生徒が佇む。ただひたすらに駒場の死体を眺める彼にかける言葉は見つからなかった。
「旧友の最期くらい、感傷に浸りたいんです」
右目に輝く星は水分で光を乱反射し輝きを増す。
その瞳を拒むことを本能が許すことがなかった。まるで格上の存在に常識が縛り付けられたように、脳が彼を許す以外の選択肢を与えなかった。
「……まだ残業があるからな、勝手にしろォ」
「そうだ、彼女なら無事ですよ。もう既に家に帰っておられました」
「そォかよ」
事実、0930事件の際木原をしりぞけてもらった借りがある。もう死んだ人間を弔う程度の時間、くれてやってもどうでもいい。
蛇足を伝えて涙を堪えるなよなよしい男を背に、杖をついて仕事へと向かった。
「サービス残業なンて、めんどくせェな」
手にした携帯に肩を落とすと、路地裏から抜け出す。
眩しい太陽に目を細め、新たな仕事に大きく息を吐き出した。
◇
熱が昇る。大きくなる心音に連なってゆっくりと意識が浮上していく。
血液が体を巡り、正常な機能が再開していくのが朦朧とした意識の中でも駒場にはよく理解できた。
「行った?」
「行きましたよ」
徐々に聞こえてくる耳に少年二人の声が届く。
ソプラノが綺麗な知り合いの声と、聞いたことの無い低い男の声。
「その人どうしたの?」
「ちょっと派手に転んだみたい。杠ちゃんは心配しなくていいよ」
そして次に聞こえたのは幼い少女の声。感情の起伏に乏しい声は自分のよく知る大切な少女のものではなく、初めて聞く声だった。
「……ここ、は?」
「残念ですがここは天国じゃなくて学園都市です。キミが死にかけたスキルアウトの溜まり場ですよ」
ようやく開いた目に飛び込んだのはいつものたまり場。
目の前には色とりどりの布で隠れた青空と、藍色の制服を着た黒髪の少年、そして彼に少し似た黒髪の少女。何故か白いカブトムシを頭に乗せた少女のキョトンとした顔にやっと現実を理解してきた。
「……なぜ、生きているんだ?」
体が動き、脳が思考する。
鉛玉が腹部を貫いた記憶を最後に息絶えたはずだというのに、体は熱を持っていた。
「それはぼくが何とかしてあげたから。ねー、05」
「貴女の演技には毎度驚かされてしまいますね。泣いたり震えたりと……」
「涙腺弄れば泣くし、体温を下げれば震えるんですよ?簡単な原理ではありませんか」
第六位、藍花悦は喋る白いカブトムシと談笑しながら相変わらず幼い笑顔を見せる。
正義を成すための手段を与えるこの少年とは少しばかり長い付き合いだった。
無能力者の自分にも対等に接する底抜けに優しい少年。
労働と物品にきちんと対価を払い、胡散臭い笑みではあるがいつも尊敬を絶やさず平等に人を見る。もはや異常に近い平等さに気味の悪さも感じるが、
「……人を死んだことにするのも、朝飯前ということか」
「はい。心臓を止めて、体温を下げ、血中の酸素濃度を低下させれば死んだように見えてしまいます。その間ぼくの能力で心臓を使わずに血液を循環させ、脳の動きを止めさえしなければ平気なんですよ。血液の色も変えちゃえば、さらにそれっぽく見えますね」
起き上がって地べたに座ると、長い髪が汚れるのも気にせず藍花は目線を合わせるためにしゃがみこむ。
相変わらず人の心を掴むのが上手いやつだ。隠れていない右目に輝く星に、思わずため息が零れる。
「……さすが、お人好しだな」
「いいえ、キミが人を慈しむ良い奴でなければ、ぼくはこんなことしておりませんよ。よって、この結果はキミ自身の人徳が掴み取った救済です」
「……相変わらず賞賛を受け取らないな」
「キミが生きていることこそが、ぼくへの賞賛そのものですから」
こんなことを言う少年を巻き込みたくなかった。
遅い後悔に苛まれながら、疲労が消えた健康体を地面から起こす。
「……さて、要件を聞こうじゃないか」
話があると連絡が来ていたことをすっかりと忘れていた。
招かれた客人をどうもてなそうかと考えながら、小さな友人に不器用な笑顔を向けた。
初期の方では弱いなど色々言われてきましたが、誰の目にも触れることなく傷は治し、気絶させ、精神も操り、草木も病気も操り、肉体強化もでき、老いも死も克服でき、その気になればどんな生き物でも触らずに殺せるなど汎用性が高い天羽さんは超能力者らしく国の一つくらい易々と滅亡できます。
体晶を飲んだ場合だと第一位と第二位の能力も使えるのでさらにカオスに。
ただし正面からの直接戦闘だと食蜂さん除く他の超能力者には負けます。第七位を除けば唯一の近接戦闘系だから仕方ない。
これが不憫萌え。