とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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白衣の天使系女子と天使に間違われる系男子のコンビ結成となるか?


7話:風紀委員

七月二十四日、電気系統は無事直り、いつもと同じ仕事を繰り返す。

クーラーが効く病院の中で二人、忙しく作業をしていた。

 

「もぉぉ、なんでこんなに忙しいのぉ!?」

 

「つーかなんで俺まで……」

 

いつもの病院、いつもの仕事。しかし違うところが一つ。

大体は一人で仕事をする天羽の隣には珍しく相方がいた。

それは他でもない垣根帝督であった。

 

「この間の二十一日に佐天ちゃん助けたりアンタが寄り道したりでバイトに遅れたことへの罰って先生言ってたじゃん」

 

「だからって無給でこの第二位様を三日間こき使うとはいい度胸じゃねぇか」

 

「二度とバイクは運転させない……」

 

空いた病室でベッドメイキングを勧める二人はお揃いのナース服を着てせっせと手を動かす。

同じズボンスタイルに同じ靴。違うのは男女の違いと水色かピンクかの違いだけ。

どこか風貌(この場合は雰囲気か)が似ているため、兄妹と勘違いされてもおかしくはない。

 

「ったく、今日で病室の片付け七回目じゃねーか。なんでこんなに入院患者が来るんだか」

 

「なんかこの間の虚空爆発事件の犯人みたく、学生がバタバタと倒れてるみたいだよ?しかも大抵が無能力者らしい。低強度(レベル)の人達が沢山搬送されてきてんだってさ」

 

「はぁー、なんでだろーな」

 

ベッドメイキングが終わると備品を確認して持っていたチェックリストを頼りに再度点検を始める。

垣根の言うとおりこれが七回目の作業で、そろそろそろそろ飽きが来ていた。

 

それもこれも幻想御手(レベルアッパー)のせい。

力を求めた哀れな子供たちがその()()()に抗えず搬送されてきている、と言うのが話のオチである。

自業自得。それ以外の言葉は出ないが、精神的に未熟な子供に責任を問うのは間違っている。

責めることも、心配することもなく、天羽は淡々と作業を進めていた。

 

「はい、こちら天羽……え?はい、はい、わかりました」

 

「なんかあったか?」

 

作業も終わり、次の部屋へ移動しようと振り返ったその時、耳に取り付けてあるインカムに通信が入る。

医師や看護師などの関係者用の無線機。聞き取りづらい無線から彼女へのオーダーが入ると、これ見よがしにため息をついた。

 

基本患者のケアや重症者の治療にあたるはずの天羽だが、人手が足りていない今、雑用として動いている。

自分はそれで結構だったが、垣根も手伝うとなると少しだけ申し訳なさが勝つ。

 

「佐天ちゃんが救急車で運ばれてくるっぽい……この部屋に通すから搬送手伝いに行くよ」

 

「こないだの黒髪ロングか?なんでまた」

 

「さぁね、わかんないけど初春ちゃん、花飾りの子も一緒みたい」

 

病室を出て一階へエレベーターで降り、救急車搬送口へ足を早める。緊急外来の受付を通り抜け、外へ。

救急車用の駐車スペースはなぜか混雑しており、急患とナースで溢れかえっている。

 

「ナースの天羽です。佐天涙子さんを乗せた車両で間違いありませんか?状況は?」

 

「はい、先程お伝えした通り、心拍数の異常は無し、その他外傷も確認されてませんが意識不明の重体。友人に部屋で倒れてたところを見つけられたそうです」

 

何台もの救急車と沢山の人の中、ストレッチャーに乗せられた少女を見つけると救急隊員に指示を出す。

淡々と報告を続ける隊員たち。バイタルや状況を細やかに伝えると、中の少女を一瞥した。

ストレッチャーに乗った黒髪姫カットの少女と、それを見つめ涙をこぼす花飾りの少女。

 

胸が締め付けられる。

誰かが泣く姿は嫌いだ。

それも、妹と同じ年代など特に。

 

「わかりました。ここからは私達ナースにお任せ下さい。診断書は別のものに届けさせます」

 

テキパキと救急車のストレッチャーから病院の物に移動させると、そのままエレベーターへ。

一刻も早く柔らかいベッドに移動させてあげなくてはならない。

そう思うと、自然と天羽の足取りも早くなる。

 

「垣根くんは初春ちゃんを病室に案内してあげて!ゆっくりでいいから!」

 

「は!?なんで俺が!」

 

「文句言わない!」

 

エレベーターが閉まる前に垣根にそう叫ぶと、呆れたような顔を向けられた。

それでもきっと手伝ってくれる。

初めて会った時よりもずっと、彼の中の優しさを信じていた。

 

目的の階に到着し硬いエレベーターの扉が開くと、急いで病室へ向かう。

まず病衣に着替えさせて、ベッドに移して、心電図の電極を付けて、その後脳波計に繋いで測定結果を先生に送って、診断書の作成、んでそれを救急隊員に渡して、学校へ連絡。その他諸々。

 

(やることが、やることが多すぎる!)

 

病室へ入り、ストレッチャーから体を下ろす。本当は複数人でやる作業だが、先日から昏睡状態の患者が何人も救急車で運ばれており、普通の診察も検査も通常通り行われているので看護師も先生方も手が空いていない。

必然と、天羽一人で全てを行う。

診察に検査、雑用。彼女の能力があるからこそ、それが許されていた。

 

一通り服を着せ、脳波計のヘッドバンドやパッチをつける。自分で計測しても良いが、こう言う場合は紙、データとして結果を残したいもの。

流石に能力で知り得たことを印刷することはできないため、科学技術に頼るところは頼っていく。

 

計測が始まり、印刷が始まる。

規則正しい機械音が鳴り響く部屋だったが、しばらくすると小さく扉を叩く音が狭い空間に響いた。

客だ。

足音と能力で感知できる人の気配から、その人物が誰かは想像がつく。

 

「垣根くんかな……?はーい!入っていいですよ!」

 

「ほら、入れよ」

 

「あれ?」

 

思った通り横空きの扉から垣根が現れると、嬉しそうに、かつ心配そうに駆け寄る。

友人が心配であろう初春に挨拶しようとするも、そこにもう一人の人影はなく。

代わりにいたのは白井と御坂。

全く違う二人組だった。

 

「初春ちゃんは?」

 

「木山先生の所にデータ解析をしに……」

 

「木山?なんでまた?」

 

「佐天さんは幻想御手(レベルアッパー)を使用してこんなことになっちゃったらしくて……」

 

初春がいないのは全くもって簡単な話。

責任感と罪悪感である。

 

大の親友、佐天涙子が幻想御手(レベルアッパー)に手を出した。

コンプレックスの塊で、それに寄り添えなかった。事実かどうかは関係なく、初春にはそう見えてしまった。

その結果、彼女は友人を病院に置いて助けてくれる大人に縋りにいったのだ。

 

「……そっか。とりあえず外で待ってて?色々事後処理があるからさ」

 

「わかり、ました」

 

二人を病室の外に促して、再度佐天を見やる。

力を望むのは当たり前のことだ。別にそれを咎めるつもりは天羽には一切ない。

しかし彼女が自らの欲を満たすために友人を悲しませたことについては少し怒りを感じた。

 

幻想御手(レベルアッパー)ねぇ、ま、当然っちゃ当然か。自分だけの現実に干渉するんだ、倒れるのも無理はないだろ」

 

「とりあえず診断書書いてもらわなきゃね、脳波計の結果も出たし、先生に渡しに行くか」

 

「そーだな、大先生の見解が聞きたいところだ」

 

 

 

 

 

 

その後細々とした事後処理が終わり、とある少女達を呼びに行く。

 

「あ、御坂ちゃん!白井ちゃん!」

 

廊下を歩いていた二人を見つけて朗らかな笑顔で近づくと、暗い空気の二人は少しだけ笑顔を見せた。

記憶では、この二人はつい先ほどまで屋上のスペースで楽しくない友人への心配をこぼしていたばかり。

そう簡単に明るい表情になるはずなく、二人してその瞳の奥は暗い。

 

「天羽先輩、垣根さんまで……二人ともここで働いてたんですね」

 

「俺は違う。こき使われてるだけだしな」

 

怪訝そうな顔をした御坂はナース服姿の天羽たちをじっと見つめて首を傾げる。

それもそのはずで、天羽だけでなく今回は垣根まで一緒にナース服を着ているのだ。

似合う似合わない以前に、柄じゃない。

光を受け付けない真っ黒な瞳に、ホストのような派手な顔と襟足の長い茶髪。天羽のピンク色の服とは真逆の水色のナースウェアは正直言うと似合わない。

 

誰も突っ込まなかったそれをいざ突きつけられると、天羽は少し笑いたくなる。

可愛い見てくれでいいじゃないかと、垣根に目線を送るも舌打ちと冷えた視線だけが帰ってきた。

つまり、これ以上何か言ったら殺すと言う意味。

 

「……それはそれとして、二人とも、先生が呼んでたから着いてきてくれる?」

 

仕方がないので話を変える。

元々伝えたかったこと口にして、さっさとその冷たい視線から逃れたかった。

 

 

 

 

場所は変わり暗い研究室内。

カエル顔の医者がパソコンをカタカタと鳴らしている後ろで四人の少年少女は立っていた。

 

「これは幻想御手(レベルアッパー)被害者の全脳波パターンなんだ」

 

エンターキーを押してくるっとこちら側に体を向けると、彼は唯一の光源を見せてくる。

白黒の画像が並んだパソコンのモニター。

その画像はいわゆる脳波図。人の脳波を映し取った画像ばかりだった。

 

「脳波は個人個人で違うから同じ波形なんてありえないんだね?」

 

そう前置きして言葉を続ける。

 

「ところが幻想御手(レベルアッパー)被害者には共通の脳波パターンがあることに気がついたんだよ」

 

「どういうことですの?」

 

カエル顔の医者の言葉に白井は思わず動揺してしまう。

それほどまで、この医者の言葉はあまりにもおかしかった。

 

脳とは一人ひとり違うもの。当然のことだ。

それが共通だと言うのはいささかおかしな話である。

それも数十人、数百人が同じなど。

 

導き出される答えは一つ。

 

誰かが脳を同じものに変えている。

まるでファンタジーのような事実に、誰もが息をのむ。

 

「誰か他人の脳波パターンで無理やり脳が動かされているとしたら、人体に多大な影響がでるだろうね?」

 

幻想御手(レベルアッパー)に無理やり脳を弄られて植物状態になったってこと?」

 

「誰がなんのつもりで……?」

 

謎が謎を呼び、少女たちは疑念を抱く。しかしその疑念の答えを医者が持っているはずもなく。

その医者は最も簡単に言い放つ。

 

「僕は医師だ。それを調べるのは君たちの仕事だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナース服からセーラー服に着替え、病院を後にした彼らは風紀委員(ジャッジメント)の支部へ足を運んでいた。

 

「なんでお前夏休みなのにセーラー服なわけ?」

 

「服考えるのダルいから」

 

底辺高校のセーラー服に沢山のピアス、首にはチョーカー、両腕にはジャラジャラと音を鳴らす複数ブレスレット、指には太めのリング。

いつもの格好、いつものスタイル。

なんてことない格好のはずだと言うのに、垣根は少し訝しげに見てくる。

 

「……女子高生としてどうなんだよ」

 

「いつも病院にいるからさ、移動だけで私服着るのも嫌なんよ」

 

「そういうもんか?」

 

天羽の首元で跳ねるダガーのネックレスを見つめて垣根は眉を顰める。眩いそのネックレスは、唯一彼女が身銭を切って買ったもの。

垣根は知る由もないが、他のもの、チョーカーから指輪まで、全て彼女が面倒を見た患者からもらったものである。

元々派手好きではあるが、人からもらったものを蔑ろにできるほど彼女は薄情ではない。

その結果、全身アクセサリーまみれとなってしまっているのだ。

 

「にしてもあのカエル顔のお医者さんはなんで二人を私達に同行させたのかしら?ねぇ黒子」

 

「言っていたじゃありませんか、怪我人が出るようなら天羽さんを連れていきなさいと。垣根さんは知りませんが」

 

「俺は幻想御手(レベルアッパー)とやらが気になるだけだ。脳波パターンを変更する技術には少し興味がある」

 

「脳波ねぇ」

 

常盤台の少女たちは休みでも制服を着なければならず、天羽も制服、唯一私服なのは垣根のみで、側から見たら不自然な集団であることは間違いない。

明るい水色のスキニーなデニムに、白地にオレンジのラインが半袖部分に入った細身のポロシャツ。垣根の珍しい私服に内心喜んでいるものの、不審者と思われていたらほんの少し罪悪感が湧く。

 

だがそれはそれとして、現在天羽の脳内を支配するのはこのフィクションに対する小さな不満。

 

「そもそも脳波ってのは脳の電気活動を脳波計で記録した脳電図、脳波図の略称ってだけなんだけどねぇ」

 

「え?」

 

ぽつりと呟くと誰かが反応した。しかしそんなことを気にも止めずに口を動かす。

 

「脳の電気活動の個人差って結局のところまだ曖昧だし、たかが音楽を聴くだけで電気活動の変更は可能なわけ?てゆーのも‪その個人差ってα‬波~β波帯域のスペクトルにあるビミョーな個人による違いを何回も測定してパワースペクトルを求めて、平均を求める作業で分かるわけでして」

 

「天羽先輩?」

 

天羽には誰にも話していない癖(と言うよりバレるほど仲良くなっていないと表現するのが正確だが)があった。

それは少しオタクちっくな癖、誰にも理解できないこだわり。

 

「‪α‬波の20~50uVぐらいの微妙な違いと、β波、速波の違い。別の研究だとθ波が1番個人差があるとか言われてるけどあれは複数のチャンネル間で平均を取って初めて現れるEERの違いだし」

 

「あ、天羽さん?」

 

「それに少しの雑音でも脳波図は変わってくるんだよ?同じ環境で、同じ事を同じ人間にやらせても全く違う結果が出たりするわけで。体調、精神状態や集中度でもすーぐ乱れる脳波図なんて物は本当に個人を特定し、一定の活動に無理やり改竄するのを可能にするほどのもの?たしかに患者の電気活動は無理やり変えられてたけど、それって長時間続くの?」

 

「おい」

 

つまるとこ、彼女は医療オタクだった。

 

「指紋認証や顔認証の代わりに脳波図を用いたバイオメトリック認証なんて物を作ろうとしてるとこもあるみたいだけど、それは多チャンネル脳波計で‪α‬波とβ波だけじゃなくてδ波、θ波、γ波を使うもので、誤り率が低いとは言え運用できるほどのものじゃないし。パワースペクトル以外の個人特徴の特定方法が見つかんない限り正答率も上がらないし」

 

彼女は確かに頭がいい。この世界では優等生に毛が生えたくらいでしかないが、元の世界では天才の部類に入る異常者だった。

妹のために小学生から始めた生物学。頭のいい大学で勉強して、論文を読み漁って。

この世界でも同じように学び直した。

 

それは彼女の努力もある。

しかし同時に彼女のオタク気質に上手くハマったのだ。

 

彼女は天性の努力家。そしてなんでも好きになれる雑食。

果てない探究心と、飽きない向上心。

 

様々なことが合わさって、天羽は少し、ほんの少し人体や医療というものに愛を持っていた。

 

「サブリミナル効果で外部からの刺激を与えて個人差が顕著に現れる波を掴んで98%の割合で個人を把握する技術もあるけどそれは視覚情報を元にしたものだったし。あれ?つまり幻想御手(レベルアッパー)は音からサブリミナル効果を生みだして脳内電気活動の変更を外部からの刺激から可能にする音響装置?たしかあの時測定した少年は睡眠時だと言うのに‪徐波は見られなかった、なぜかα‬波と速波が動いていたよね?つまり寝ていながら起きている?なら意識はどこに?それって───」

 

言葉を続けようとした瞬間、歩いていた足に何かが引っかかった。

意識が現実から離れていた今、その衝撃を回避する術はなく。中断した思考がゆっくりと地面が近づいて、ごつんと大きな音が響いた。

簡単に言えば転んだのだ。

顔から勢いよく地面に頭をぶつけ、ジンジンと額に熱が集まっていく。

 

「起きたか?」

 

「な、なに?」

 

何につまづいたのかと顔を上げて立ち上がると、平坦な道には何もなく、代わりに長い足を突き出した垣根と目が合った。

めんどくさそうな、少し怖い彼の顔から察するに、彼が足を引っかけたのだろう。

 

風紀委員(ジャッジメント)の支部、着きましたの」

 

そう言って指で示した場所は一七七支部の入ったビル。

初めて来たというのに初めてな気がしないのは、外見がアニメとそっくりからか。

 

何か引っ掛かる。

喉に小骨が刺さったような違和感。

しかしはっきりとその違和感に気がつくことはなかった。

 

「……お前、随分と詳しいんだな。看護師だからか?」

 

「別に、あたしの叶えたかった夢に関係があったから勉強しただけ。まぁあたしの本分は違うとこだから詳しく知ってる訳じゃないし」

 

少女二人を追って建物に入り階段を登る。短い階段は幅が狭く、かなり窮屈。

一段、一段と登っていく後ろから迫る垣根の圧も相まって、ひどく不愉快だ。

 

「夢?」

 

「そう、夢。叶えたい夢。あたしはもう叶えられなくなっちゃったけど」

 

垣根の言葉にふと昔を思い出す。

 

妹のためならなんだってできた過去を。

彼女のために知識を学び続けたこと。

彼女のために生を投げ捨てたこと。

彼女のために人生を使い潰したこと。

 

どれも素敵なこと。

どれも彼女にとっては誇りである。

 

ただひとつ心残りがあるとすれば、結局歩けるようにできなかったこと。

その夢は叶えられることがなかった。

 

しかしそんなこと垣根が知る由もなく。

鮮やかな瞳の奥で見え隠れする強い野望が、垣根の黒い瞳にはあまりにも眩しかった。

 

「特定の人物の脳波パターンがハッキリしてるなら……」

 

「初春に書庫(バンク)の検索をしてもらえば……!」

 

「初春ちゃんいないけど?」

 

「あ」

 

支部につくともうすでに白井たちはパソコンの前を陣取り調査を開始していた。

しかしこの少女たちの中で一番パソコンに強いのは、今ここにいない初春である。

詰んだ、そう少女たちはため息をつく。

捜査は振り出しに戻り、もうできることがなくなってしまった。

 

「まったく、何を騒いでるの?」

 

「固法先輩!」

 

その騒ぎを聞きつけてか、奥の部屋(おそらく休憩室か)から先輩と思しき少女が現れた。

名前は固法美偉、だったか。メガネが似合う女子生徒。猫につける名前かと少し思ってしまうが、彗糸も帝督も珍しい名前のため深くは考えず。

大きな胸と片手で持った牛乳が印象的なその女性は、淡々と白井たちの言葉を待っていた。

 

 

 

白井が簡潔に今の状況を説明すると、彼女はふむふむと顎に手を当て頷く。

風紀委員の中では一番権力がある彼女は、何も言わずにそのまま自分のパソコンに向かうと、書庫(バンク)へアクセスを始めた。

 

「なるほど、そういうことなら書庫(バンク)へのアクセスは認められるでしょうね」

 

「能力開発を受ける学生はもちろん、病院の受診や職業適性テストを受けた大人のデータも保管されてるから見つからないことはないっしょ」

 

「それでもない情報もあるがな」

 

書庫(バンク)とはこの学園都市の総合データベース。

健康診断の結果から能力の情報まで、多岐にわたって個人情報を網羅するそれは、風紀委員だけでなく天羽のような看護師にも馴染み深い。

その立場を利用して自分のデータを改竄したことがある彼女には、馴染み深いどころではないが。

 

「でも、なんで幻想御手(レベルアッパー)を使うと同一人物の脳波が組み込まれるの?」

 

「しかも能力の強度(レベル)が上がるなんて、さっぱり分かりませんわ」

 

「コンピューターってあるソフトを使ったからって性能が格段に上がるわけじゃないわよね?ネットワークに繋いだらいざ知らず」

 

個法の助けを借りて書庫(バンク)を検索する側、少女たちは小さな疑問を投げかけた。

 

 

「ネットワークに繋ぐと性能が上がるんですか?」

 

「お前なぁ、風紀委員(ジャッジメント)なら知っとけよ。いいか、ネットワーク上でコンピューターを並列に繋げれば演算能力が上がるんだよ。たとえ個々の性能はそのままでも」

 

「垣根、さんでいいのかしら?彼の言う通りよ。」

 

クラウド機能みたいなものかと、パソコンに詳しくない天羽は勝手に一人で納得する。

彼女にできるのはブラウザでの検索と論文を書き上げることくらい。もちろん医療分野においてなら機器の取り扱いやデータの解析はできるが、じゃあハッキングしてと言われたら「できるわけねーだろ」と返すほかなく。

情報工学は彼女の専門ではないし、彼女自身興味がない。

ロボット工学で人体の動きを模しする際に彼女の知識は便利だが、彼女にとっては0を1にすることよりも1がどうして1なのか考える方が好きなのだ。

 

「呼び名なんてなんでもいいだろ。好きに呼べばいい」

 

「じゃあていとくんって呼んでいい?」

 

「ムカついた、後で半殺し決定」

 

真剣な声色の少女たちをよそに天羽は明るく垣根にちょっかいを出す。天羽にだけは猫被りを発動しない垣根は彼女には当たりが強く、軽いちょっかいも頬をつねってあしらうだけ。

つまらないなと少し残念がるも、興味をなくされるよりよっぽどいいと甘んじて受け入れる。

愛情の裏返しなのか、敵対心の現れなのか、どちらでも構わない。

彼の隣が許されるのなら、彼を救うことを許してくれるのなら、何をされようとどうでも良かった。

 

「そうか、もしかして、幻想御手(レベルアッパー)を使って脳のネットワークを構築したんじゃ?」

 

「可能性はあるわ」

 

「でもどうやって皆の脳を繋いでるんですか?」

 

天羽たちのじゃれあいをよそに、年下の少女たちはせっせと謎解きを勧める。

現在の話題は脳の並列処理について。

 

「AIM拡散力場じゃね?あれって無自覚に周囲に個々の力を放出してるものっしょ?」

 

「あり得ない話ではないな。というか、能力に影響を与える時点でAIM拡散力場に影響があるのは明白だ」

 

「その力場をなんらかの力、それこそWiFiやBluetoothのように電波で繋げてしまえば繋ぐことは不可能では、ない、のかな?」

 

AIM拡散力場。正式にはAn_Involuntary_Movement拡散力場。

力場という単語自体は空間の中で粒子に作用する非接触力を表すベクトル場のことを示す。

長ったらしいこの存在は、簡単に言えば能力者が持つ微弱なフィールドのこと。

言葉通りにいえば「無意識下で能力を拡散し、粒子に作用するベクトル場、つまり空間の広がりの中で大きさと向きの持つ量の分布を表すもの」という意味になる。

 

彼女は別にこの世界に詳しいわけではなく、持っている化学知識はノンフィクション。実際の仕組みはよくわからない。

だがそれなりの知識と同調力で噛み砕く。

適応こそ、彼女の持つ一番の武器とも言えるだろう。

 

「でもあれは無意識下の事だし。あたし達の脳はコンピューターで言えば使ってるOSがバラバラだから繋がっても意味ないんじゃない?」

 

「コンピューターネットワークもOSはバラバラだし、使ってる言語だって違うわ。だけどネットワークが作れるのはプロトコルがあるからでしょ?」

 

脳内電気活動の書き換えにより能力の無意識下の出力を変更することによって、その空間の広がりの中のベクトルを改竄し、自身の知らないうちに他人のAIM拡散力場と同調した。

固法はあくまでも可能性だけど、と注釈は入れるものの、天羽の考えに概ね同意しているよう。

 

プロトコルというのはコンピューター同士の通信をする際の手順や規格のこと。AとBの情報をそれぞれの言語へ変更してくれる万能翻訳機。

それがないとネットワークというものは万人に使われない。

しかし、脳波図の書き換えという行為がプロトコルと同じ役割をしていれば話は変わってくる。

 

「特定人物の脳波パターンがプロトコルの役割をしているって言うんですの?」

 

「でも、そうやって脳を並列で繋げば莫大な量の計算をすることが出来る」

 

「単独では低能力しか持ってない奴でもネットワークと一体化することで能力の処理能力と速度が向上するっつーわけだ。それに加えて同系統の能力者の思考パターンが共有されることでより効率的に能力を扱えるようになる。だから能力が上がるなんてことが起きた。案外簡単な事だったな」

 

「では眠ってしまったのはどういうことなのでしょう?」

 

「たぶん昏睡患者は脳の活動全てをネットワークに使われているんじゃねーの?」

 

心底つまらなさそうに垣根はつぶやいた。

もうすでに、垣根は全部が分かりきっていたのだ。誰が犯人で、どういう仕組みなのか。

天羽の前世の記憶(チート)とは違う、彼本人のチート的ポテンシャルはもうすでに正解を導いていた。

 

「さっきこのバカが言ってたが、幻想御手(レベルアッパー)使用者は脳波図では睡眠時に現れる徐波は見られず、なぜか人が起きている時に現れるα‬波と速波があったそうだ。脳は活動してるのに昏睡しているっつーことだ」

 

「そうか、寝てればエネルギーは他のリソースに避けられるものね」

 

「別の何かの大きな演算を処理しているからその演算のために身体を省エネモードに切り替えた。そう考えるのが自然だな」

 

垣根がそう言い切ると、パソコンが一つのウィンドウを表示させる。

ようやく脳波の照合が終わったパソコンは、なんてことない事実を見せた。

 

「ん、でたわよ」

 

「脳波パターン一致率九十九%……」

 

そこに映っていたのは彼女たちのよく知る人物。

 

「登録者名、木山春生……」

 

茶色く長い髪に目の下の隈。大脳生理学者の木山春生その人だった。

 

「初春さんが!」

 

最初に口を開いたのは御坂だった。

その名前はつい先ほど友人が会いに向かった人。

 

危険。

それだけは強く感じた。

 

「さっき、その木山先生の所へ行くって言って!」

 

「なんですって!?」

 

その声に白井たちはすぐに携帯を取り出し、初春の番号に電話をかける。電話に向かって声を荒らげる白井の姿はひどく痛ましい。

 

「初春!?」

 

しかし電話口からは無機質な合成音声しか聞こえず。おかけになった電話は現在繋がりません、と冷たいノイズだけが鳴る。

 

「繋がらないんですの!」

 

警備員(アンチスキル)に連絡!木山春生の身柄確保!ただし、人質がいる可能性あり!」

 

「はい!」

 

腕のいい風紀委員(ジャッジメント)ということもあり、少女たちは手早く動く。こういう時の対処は迅速且つ明確で流石としか言いようがない。

彼女らならばなんとかしてくれる。そんな気迫さえ感じる。

 

だが彼女らだけに任せるほど、部外者三人は冷たくも、好奇心が欠如しているわけではない。

 

「私も出るわ!」

 

「そうね……一般人を巻き込みたくはないけど、超能力者(レベル5)のあなたが手伝ってくれたら……」

 

個法が言い終わる前に、御坂は大きく頷くとそのまま勢いよく外へ出て行ってしまう。

電撃のような速さで向かう友人思いの少女たち。

白井もすぐその姿を追いかけ、支部は一気に静かになった。

 

「さ、て、と、あたし達も追いますかぁ」

 

「あ、貴方達は一般人なのよ?」

 

「あたしがここに来たのは怪我人救助のためだから、行くに決まってるっしょ」

 

その静けさから抜け出したいと、ぐっーと背伸びをして天羽は一人扉に向かう。心配、というよりも困惑した個法だったが、天羽にはそんな感情無用である、

 

「それに、患者にとって必要なものを提供する、それがうちのセンセイのモットーでね。師匠がそうなら弟子もそうなのよ」

 

だって彼女は救世主(メシア)になりたいのだから。

 

「ま、俺も護衛ってことで着いてってやるよ」

 

「護衛なんていりまっせーん!垣根くんはここで待機でーす」

 

そして救世主(メシア)は一人でなくてはいけない。

 

面白いおもちゃで遊ぼうとニンマリ笑う垣根の姿が癪にさわる。

傷ついていいのは彼女だけ。死んでいいのは彼女だけ。

軽い言葉に重い感情を乗せて、彼女はいつものように朗らかな笑顔を見せる。

 

「空飛んで行った方が早いだろ?」

 

「何、そこまでして首突っ込みたいの?」

 

「それはお前もだ。それに、俺はまだ()()()だからな。お前と一緒にツーマンセルの罰ゲーム中なんだよ」

 

妙に色気のある低く、優しげな声を耳元で囁く。

この声できっと様々な女性を落としてきたのだろう。勝手な妄想に少し苛立ちを募らせるが、確かに彼の声は魅力的だ。

声、というよりも言葉そのものだが。

 

「……同行を許可しましょう。大空、飛ぼうぜ、ていとくん」

 

「お前案外チョロいな。あとカスみたいなあだ名で呼ぶな」

 

「あ、貴方達!怪我どころじゃすまないのよ!?」

 

一緒に空を飛んでいいと言われたら、猫を通り越してライオン並みの好奇心を持つ彼女は「イエス」しか言えなくなる。

もう心は奪われて、覚悟にかわる。

 

「悪いが固法さん、俺らは怪我とは無縁でな」

 

「そう言えば自己紹介がまだだったね」

 

歩みを止めて開いたドアの前、彼らは薄く笑う。

顔も見た目も、性格も。何もかもが似ていないのに、その不適な笑みは不気味なほど似ている。

 

それは誰もを圧倒するほどの恐ろしさを秘めていた。

 

「私は天羽彗糸、不死身の大能力者(レベル4)肉体支配(リカバライザー)

 

「俺は垣根帝督、超能力者(レベル5)の第二位、未元物質(ダークマター)

 

彼らには自信があった。

そして高らかに宣言する。

自分が死なない自信を。

 

「こいつは死なねぇよ、この俺がいるんだからな」

 

「この子は死なないよ、あたしがいるんだからさ」

 

そして相手を死なせない自信を。




けいとちゃんは現代の医学知識しか持っていないのでSFなこの世界の常識にイマイチ染まってません。
途中出て来た脳波についての長文は一応自分が調べたものを自分なりに解釈して自分の言葉で書いたものです。
元生物物理学者ではありますが医学のイすら知らない作者が適当に調べてわかった程度の知識なので知ってても問題ないかなと思って発言させてます。
バディものだというのにまだお互いのこと信頼してないので書いてて困ります。
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