とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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リクエストの『天羽彗糸がスカベンジャーに加入するif』です。
だいぶ遅くなりました。
ifじゃなくてがっつり本編過去回想だったり、一話でまとめたので内容が薄いなど色々アレですがなんとか書きました。


外伝:ハイエナ

十月三日も滞りなく終わり、翌日の朝。何事もなく朝を迎え、同居人(垣根くん)から奪い取ったシャツとズボン上から簡素なエプロンをつけ朝の仕事をこなす。

ご飯の支度、洗濯、掃除、前世も合わせれば三十年近くこなしてきた家事を一通りこなし終わり、忙しなさも落ち着いた頃、一枚の封筒を手に最後の仕事へ向かった。

 

「はい、これ」

 

「あ?」

 

「藍花悦のID。好きに使って」

 

厄介で暗い仕事に行く前、玄関先で子供がみていないタイミングを図り茶色い封筒を垣根くんへと手渡した。

中身は自分についての全ての権限、全ての情報が詰まっているとても大切なもの。死んでも手放してはいけないような大事な書類。

 

でも死んでしまったらそれはただのゴミクズだ。存在しない人間に権限や人権なんてない。

 

ならば死んだ後、誰かのために使って欲しい。誰かの幸せのため、あたしは骨の髄まで使われたいから。

目の前に好きな人に自分の全てを渡すことに胸が高鳴り、喜びがさらに増していた。

 

「……あぁ、どーも」

 

しかし自分の高揚感とは逆に彼は機嫌悪く封筒を手に取った。

自分だけが浮き足立っている現実に目眩がする。新しく出来た手駒に喜んでくれると思ったのに、予想外の反応に困惑する他ない。

想像とは真逆の態度に舌は乾いて、言葉は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

その言葉から数時間経ったあと、未だに彼の素振りに混乱しながら小鍋に火をつける。

 

「垣根くん忙しいのかな」

 

「……なんでそう思うの?」

 

「だっていつもよりそっけなかったからさ」

 

水と糸状の寒天を煮詰めてため息を着く。

太陽が頂上に近づく頃合い、小綺麗なキッチンの前で二人と一匹はお菓子を作っていた。

必要な材料の計りと容器の準備を任せていた杠ちゃんはあたしの小さなぼやきにクッキングシートを手に首を傾げる。

可愛くエプロンをつけた彼女の頭を優しく撫でると嬉しそうに目を細めた。

 

「マスターにも色々あるのですよ」

 

「何、知ってるなら教えてよ」

 

「嫌です」

 

ヘラで混ぜると溶けていく鍋の中身に注意を向けながら手元で休む白いカブトムシをつつく。

硬い羽を優しく爪で弾くと05は緑の瞳を閉じて小さくため息をついた。

 

「教えて」

 

「教えません」

 

「ケチ」

 

「可愛く言ってもダメです」

 

吝嗇(りんしょく)家!」

 

「言い直しても無駄です」

 

何を言っても05は硬い防御を崩すことなく口を閉ざす。絶対に口を割らない姿勢を崩さず耐える05にこれ以上何を言ったって無駄だと悟り、傍らにある砂糖を手に取った。

計りできちんと測った砂糖の山を鍋に注いで掻き混ぜる。透明な液体は砂糖によって濁り、鍋の底が見えなくなっていく。

 

「クッキングシートひいた?」

 

「うん。できたよ」

 

全て溶けきってクリアになった鍋の中身を用意していた二つの小さいバットに流し込むと、空気を抜くため軽く底をで叩く。

綺麗に平になった二つの砂糖と寒天の水を前に、それぞれ爪楊枝に着色料付けて作業に乗り出した。

 

「杠ちゃんは何色にするの?」

 

「たくさん使う」

 

「虹色?綺麗になるね」

 

「天羽は?」

 

「赤。綺麗かなって」

 

食紅をすこしとって透明な液体にランダムな模様を作っていく。紫も少し入れて美しい赤を彩る。

何も無い所に生まれた赤にぼんやりと秋色のスーツを着た好きな人が思い浮かび、関係もないのにまたもや今朝のことを思い出して素っ気のない悩みが膨れ上がった。

 

「でもどうしたのかなぁ……ほんと。なにかあったのかな……」

 

「垣根のこと?」

 

「うん」

 

大人であり姉である存在として悩みがあるならば聞いてあげたい。

けれども無理やり聞くのはなんだか違う。

 

もどかしい。

何も出来ない自分が不甲斐なくて歯がゆかった。

 

「貴女とは住む世界が違うんです。分かるでしょう?」

 

「まぁ暗部はねぇ……色々面倒くさそうだよね」

 

住む世界が違う。それは次元ではなく道のこと。

そもそも住む世界が違っていた自分には鼻で笑ってしまうような言葉だが、暗部という世界はヤクザやマフィアに近い性質を持つ学園都市直属の自治警察、勝手が違いすぎる道は人から見れば別世界の話にしか聞こえない。

 

色々なことを知っていても結局自分がいる場所は暖かい光の中、暗いところにいる人の心情を誠に理解出来るかは不明だ。

 

「でも、前会った子達はそこまで……いや、分かんないか」

 

「は……?会ったとは?マスターや一方通行(アクセラレータ)以外で?」

 

しかしそこまで思った所で随分前に出会ったことのある少女達を思い出す。

華やかな女の子が多いひとつの組織。腐敗臭がしそうな名前をした四人組の顔をふと思い出すと、05は慌てて頭に飛びついた。

 

硬い身体が頬にめり込む。

虫の細い足が頬を歩く感覚はモゾモゾしてくすぐったかった。

 

「あー、ちょっと前に……聞く?」

 

「聞く!」

 

「あれは一方通行(アクセラレータ)を狙って病院が襲撃された時の話なんだけど……」

 

赤に色づき熱が無くなった液体を冷蔵庫に入れてゆっくりと話し始める。

少し前の九月中旬の話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまだ蒸し暑い九月のこと。

能力のおかげである程度の暑さは紛れるものの、じめじめとした日本特有の暑さにはニューヨーク生まれの体は悲鳴をあげていた。

 

「えぇ?暗部組織をあたしが見つけろと?」

 

クーラーが効いた涼しい部屋、湿気も暑さもなく快適なこの部屋で、カエルに似た顔の医者が頷く。

 

「同じ時期に超能力者(レベル5)の一位と二位が関わる事件が同時に起きるなんておかしいにも程があるだろう?もしかしたら君の大切な子がまた狙われるかもしれないんだ、やってくれるね?」

 

「そうですねぇ、一方通行(アクセラレータ)を狙うのも困りますし……でもこちらのDAは吸収しちゃいましたし、上層部なら先生の方が詳しいんじゃありません?」

 

「素性を調べて危険性があるか遠くから見極めるだけでいい。君の能力なら戦う前に戦闘不能に追い込むことができるし、それくらいなら問題なかろう?本当は話を聞き出してもらいたいが……そこまでは言わないさ」

 

朝早いこの時間、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)から話があると言われて来てみれば面倒な仕事を押し付けれただけだった。

関与していないスピンオフの皺寄せ、自分がいる故の新しい業務は面倒にしか聞こえなかった。

 

一方通行(アクセラレータ)の事件に関与した暗部で生き残ってるのはおそらく一つだけ。その子たちを見てきて欲しい」

 

「はーい、やりますよ。しがないバイトですし、拒否権はないですもん」

 

「バイトはバイトでも、君は特別なバイトくんだね?とにかく、いい報告を期待しているよ」

 

書類を手渡され大きくため息を着く。面倒なことを押し付けられたとただただ肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

そして向かったビルの上、渡された情報に軽く目を通しながら目的地を遠くからこっそりと眺めていた。

 

名前は屍喰部隊(スカベンジャー)。英語で言えばscavenger。

発音はスカべよりスキャヴェに近いのに日本語って変だよねとか、自分達をミミズやらゴミムシやらに例えられて嫌じゃないのかだとか、色々言いたいことはあれど、資料にある顔写真と一致するか確認しながら欠伸をする。

 

まず目についたのがリーダーの飯棲リタ。

小萌せんせーにデザインが似ている少女で、幼い顔を両手がデザインされたマスクで覆っている。

背が一番低く、幼い子だが他のものをまとめあげて作戦を指揮しているようだった。

 

その次に嫌という程目に入るのは作楽木ナルハ。

美大に居そうな紫髪の少女の左頬にはドクロのタトゥーが入っており、凶暴そうな兎の着ぐるみを半裸に近い危なっかしい格好で手足だけ動かしていた。

将来はプロダクトデザイン系か、彫刻系か、能力で作り上げたそのうさぎはぬいぐるみにいてもおかしくはなさそうな完成度だった。

 

その少女の後ろ、爆発物が何かを投げる子に目を向ける。

薬丸医月。名前から攻撃方法が推測できる暗部的にはどうなのか問いたくなるのを堪え、大きな帽子で髪を隠した少女を眺めてため息を着く。

薬品を扱うキャラクター、病院で勤務して薬品の取り扱いが大変ということを知っている自分にとっては少し心配になる子だった。

 

最後に清ヶ太郎丸。黒髪ロングが綺麗なセーラー服姿の女装男子。

藍花悦とキャラ被ってる感じがしなくもないが、それ以外は特筆すべきところはない。

強いていえば舌に着いたドクロのタトゥーぐらいか。なぜ内臓にそんなことをしたのか聞きたくなるが、痛そうなので経験談はあまり聞きたくない。

 

「……変なとこないし、帰ろ」

 

スキルアウトを処理する仕事を頼まれたのか、廃墟のなかで不良たちと仕事を続ける彼女たちに飽きて座っていた屋上の柵から立ち上がる。

報告を済ませて杠ちゃんの病室へ向かわなければとビルから身を乗り出した。

 

その時視線に気づく。遠くに見える少女たちの目と目が合った。

 

「あれま、どうなるかな」

 

飛び降りたビルの下、衝撃からくる損傷を一瞬にして治して歩き出す。彼女らがどう出るか少し楽しみに思いながら路地裏を進む。

一歩一歩、誘うようにゆっくりと。

 

「誰?アンタ」

 

「お姉さん?お姉さんはただの通りすがりの女子高生だよ」

 

そして少年なのか少女なのか分かりづらい声が路地裏に響いた。

先ほど眺めていた少女たちが狭い道の左右を塞ぐ。明らかな敵対心がそこにあった。

 

「さっきの目標の仲間かなぁ。どうする?リーダー」

 

「目撃者は潰さなきゃ。ただでさえ次にヘマをしたら首が切られちゃうからね」

 

「了解!」

 

紙が舞う。紙吹雪が薄ピンクの大きなウサギに変化すると、巨大な手が自分目掛けて襲ってきた。

紙にしか効かないサイコキネシス。戦うには少し面倒な相手だった。

 

「戦うつもりはないんだけどな」

 

「そう言ってるのも今のうちっ、さッ!?」

 

威勢良く向かってきた着ぐるみの手は、この体に触れる前に勢いを失い力を失い倒れ臥す。

触らずとも簡単に他人を弄れる能力の恐ろしいところはどんな人間でも戦う前に殺せることである。かといって殺すことはしない、せいぜい眠る程度だ。

 

垣根くんはテレスティーナさんが杠ちゃんに近づかないかの監視、05は杠ちゃんのそば。そして今後会うこともないスピンオフのキャラクター達。

ある程度本領を発揮したってそこまで支障はあるまい。

 

「ッ、ナル!薬丸、行って!」

 

「このっ!」

 

今度は液体の入った薬瓶が頭目掛けて飛んでくる。化学室で見かけるような細長い試験管が宙を飛ぶ。

分離した中身が混ざり合う前、ギリギリの状態の薬品はどう考えても危険な物品だ。

 

「邪魔」

 

ならば、投げた彼女が理解する前に掴んで投げ返せばいい。一秒のうちに120mもの速さで電気信号は送受信される。

ならば一秒も満たないうちにそれより早く動けばいい。

 

自分の脳の送受信をさらに早めて投げられた試験管を掴み腕が千切れるほどのスピードで少女たちの隙間に投げ返す。

腕を犠牲にする一瞬の必殺技。大きな帽子をかぶった薬丸ちゃんの頬を試験管が掠めて後ろで爆発した。

大きな音と熱が轟く。

 

「……へ?」

 

「あたし、人に頼まれてアナタたちに会うよう頼まれただけなの。見逃してくれないかな?」

 

「テメェ!!」

 

驚きのあまり地べたに座り込む薬丸ちゃんに、隣に立っていた清ヶちゃんがスケートをするように走りだす。

摩擦を感じさない走りで滑る。能力によってできる移動に関心を覚えるも、すぐに目の前の状況に思考を切り替えた。

 

「摩擦係数の変動か。でも、それは体の中にもあるんだよ」

 

「っ、あ?」

 

「関節が動くのは摩擦のおかげ。それを無くしたら、転ぶのは目に見えてるよね?」

 

腕を広げて迫り来る少年に笑う。

少し体を弄れば、転ばせて動きを奪うことくらい造作もない。

 

「あ“ッ!」

 

「つっかまえた」

 

伸ばした腕で倒れかけた彼の頭を受け止めて衝撃を和らげる。

そこそこ長い黒髪を優しく撫でて硬い生地のセーラー服に顔を埋めさせて抱きしめた。確かに骨ばった骨格は少年な感じがする。

 

「よしよし、痛くなかった?」

 

「……へ?」

 

「で、最後はアナタだけど。どうする?」

 

「な、なに、何が目的だっ!こんな能力、聞いたこともっ!」

 

抱きしめたまま最後の一人に視線を移すと、小さな子供が震えながらマスク越しに叫ぶ。

悲痛な叫びは予想とは反していて、すこしだけ心の中では焦っていた。

 

「あー……前、一方通行(アクセラレータ)くんにちょっかい出したでしょ?またちょっかい出さないか最近の様子を見てくれってお願いされてね。邪魔するつもりはなかったの、ごめんね」

 

「あ、一方通行(アクセラレータ)……?お、お前、第一位の手先かッ……」

 

ありのまま正直に話すが、安易に出した一方通行(アクセラレータ)の名前に意識のある全員が震え上がる。

PTSDにトラウマを抉る言葉はNGだと分かっていたのに、軽率な言葉がこの場の空気を酷いものへと変貌させた。

 

「そんな、そんなこと!絶対にしないっ……!」

 

「だよねぇ……」

 

やってしまったと、軽々しい言葉に後悔する。

どうにかして彼女たちの気分を元に戻さなければならない。

どうすれば?暗部の子供は何を求める?普通の子供ではない彼女らは何をして欲しいと思うのか。

 

「そうだ、お詫びに今日だけ君たちのお手伝いしてあげよう」

 

「……え?」

 

考えついたのはなんとも簡単な答え。今日だけの体験入学を決めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ほんとに来るんです?」

 

しばらくした後、彼女らを起こして向かったのは次の仕事先。

病院から少し遠い名前も知らなかった研究所に不法侵入して白い廊下を進む。お詫びとしてここに来てしまったが、果たして本当にこれが良い判断だったのかは分からなかった。

 

「ま、まぁあそこまで戦闘能力があるなら使い物にはなるだろうし……」

 

「怪しいだろ、どう考えても」

 

後ろを歩く屍喰部隊(スカベンジャー)の子供達はコソコソと互いに話し合う。特に女装男子の清ヶちゃんはずっとあたしを睨んでいた。

 

「今回だけだから気にしないで。数分後には他人に戻るんだから」

 

「お姉さん嫌いだから、あんま一緒に居たくないんだけど」

 

「それは残念。でも、はっきりモノを言えることはいいことだよ」

 

「なんか、そういうとこが嫌。強くて怖いのに可愛いくて優しいから嫌いになりきれなくて嫌い」

 

「嫌いなのに褒めてくれるの?ありがとうね、ウサギさん」

 

唯一警戒心も少ないナルハちゃんが顔を覗き込んで顔を顰める。

紫色の髪が綺麗な彼女が頬を膨らますとドクロのタトゥーも同じように膨らんだ。

子供らしい表情は可愛くて微笑みが浮かぶ。

 

「それで何をするの?」

 

「あー……横領と情報の横流しをした研究員の殺害。その場では殺せって」

 

一度仕事内容をきちんと確認しようとナルハちゃんとの談笑をやめて後ろにいるリーダーちゃんに向き直る。

嫌々と言いながらも携帯を手にして遠慮気味に体を寄せる彼女の姿に微笑みながら携帯を覗く。そこには対象の個人情報から健康上のバイタルや基礎情報まで記載されていた。

 

男性、A型RH+、低身長、近視、喫煙家。こと細やかに書かれた情報に少し呆れてしまう。

こんなぽっと出の女に簡単に教えるだなんて、この標的は誰に殺されてもいいような人間だったのだろうか。

気の毒だが誰のためにもならない悪いことをしたのなら、それ相応の責任を取らなくてはいけない。

 

ただ、その責任はこんな子供に委ねるようなものではない。

 

ここは最悪な世界。

この都市は嫌いだ。大人がやるべきことを我儘で押し通して子供に押し付ける。

同じ大人として、彼らを軽蔑するのも無理はない。

 

「うーん、人を殺すのは立場的に無理だから、そこまで送り届けてあげる。それでいい?」

 

「でも、どこにいるかなんて……」

 

「ここにいるのは確実だし、こうしよう」

 

「え?」

 

死に関与するのはとても嫌だったが、彼女たちのトラウマを刺激したり倒したりと酷いことをしてしまったのは自分。

落とし前はきっちり付けるべきだろう。

 

最悪な世界の身の振り方は分かっている。

 

「────!」

 

声にならない叫びを放つ。人間には聞こえない特殊な音を喉の中身を変形して絞り出すと、跳ね返った音を受け取ってある程度の構造を把握する。

3D立体ならば把握するのは簡単だ。

 

方向音痴でも出来る。いや、あたしは方向音痴じゃないが。違うが。

 

「なにしたの?」

 

「エコーロケーション。あたしの能力じゃ生き物の居場所は分かっても建物の構造は分からないからね」

 

「た、建物の構造が分かったって意味はないじゃないか。本人が分からなきゃ……」

 

「これだけの情報があればホルモンバランスと体の異常である程度絞れるもんなの」

 

受け取った波紋に構造を把握すると、現在感知している男の現在地と照らし合わせる。

二キロ先までなら高感度で探せる万能な能力に感謝しなくては。

 

「見つかったよ」

 

それだけ言って場所へと移動する。長い廊下を進んで道を曲がり小さな倉庫へ。

倉庫、というよりも情報データベースと言うべきか。

大切な情報を紙だけで残している随分とセキュリティ意識の高い古臭い研究所に見えた。

 

「う、うそ……ホントにいた……」

 

ドアを開いた先にいたのは白衣を着た男。見せてもらった情報に一致した普通の研究員だった。

 

「な、なんだお前らは!おい、セキュリティはどうなって──」

 

「あー、ごめん。早く帰りたいからお喋りは御遠慮するね」

 

「ーッ!?ガッ、こぇ、がっッッ、!??」

 

噛み付くように吠える男の喉を諌めてその場にお座りさせる。

無様によだれを垂らしながら膝を着いた男に背を向けて屍喰部隊(スカベンジャー)ちゃん達に向き直ると笑いながら倉庫から一歩外に出た。

 

「はい終わり。あとはあなた達でどうにかしてね」

 

目標までは連れていく約束は呆気なく達成された。

優しく笑ってそのまま帰路へと向かう。少し不思議な体験に機嫌よくなりながら足を進めた。

 

研究所を出て、病院までの道のりを行く。完全下校時刻を過ぎ、日が傾いた時間の空は赤と黒が混ざって綺麗だった。

 

「あ、あのッ!!!」

 

帰る足を誰かの声が止める。先ほど聞いた子供の声、別れて間もない声に止めた足を軸に振り返った。

振り向いた後ろ、そこにはショートカットとマスクの小さい子供が道の先に一人立っていた。先ほど別れた組織のリーダーは肩で息をしながら暗い道の中、街灯の明かりに照らされて真っ直ぐ目を見つめる。

 

「あれ?まだ手伝った方が良かった?」

 

「お姉さん、強いし一緒にいてくれると心強いんだけど……ぼくたちと先生退治をしてくれると嬉しいんだけど!」

 

手伝いが必要かと思ったが内容はただの勧誘。大人嫌いの子供による可愛い反抗だった。

 

「……そうだねぇ、確かに先生は好きじゃないかな」

 

考えてみれば、この世界にまともな大人はいない。

 

ひとけのない場所とはいえ屋外で堂々と年頃の少女を着替えさせる倫理観のない先生。

大人としてじゃんって口癖はやばいんじゃないかと心配になる先生。

暑いと脱ぐ先生。

他人の娘と息子を蔑ろにして娘を助ける踏み台にする自己中が過ぎるダブルスタンダードで愚かな男。

 

現実なら本当に大学やら教職課程を受けたのか疑問に思うほどのやばい人達。

 

「じゃあっ!」

 

「でも、誰かを救おうとしているのは確かだ。蔑ろにした先生が嫌いなのはよく分かる。でも、あたしは人間を心から嫌うことは出来ないかな」

 

それに、結局のところ全部フィクション、本当に存在してもいない人間に大学経験を求めても無駄なのだ。

フィクションでも人間は愛している。でもフィクションだから多くは求めない、何も望まない、何も願わない、何も期待しない。

 

現実を生きたこともない薄っぺらいピクセルの塊(二次元のキャラクター)に何ができる。

 

「お嬢さんたちの気持ちも、大人の気持ちも知った上で、あたしは両方が納得する答えを自分を犠牲にしてでも考えたいの。だからごめんね」

 

言葉も脳内も全て本心である。

 

彼女たちとはきっと馬が合わない。だから背を向けて歩き出す。

この場にこれ以上いてもあまり意味がなかった。

 

「じゃあ、最後!名前!名前聞いてないッ!」

 

「……名前?」

 

最後と言われ、もう一度足を止める。もう二度と合わない子供に名乗る名前などなかったが、次に会うことはない彼女を少し驚かせようと邪気が湧く。

誰も聞いていない静かな道、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に渡した盗聴器(スマートフォン)、たった一人しかいない観客の前ならば平気だろうと口を開いた。

 

「藍花悦、悦でいいよ」

 

振り向きざま髪が勢いよく黒に染まり、くるぶしまで伸びる。先に残った桃色が霞むほどの深い黒が赤い空に散らばった。

 

「あい、は……ッ第、六位……!」

 

「みんなには内緒だよ?」

 

驚く顔に困ったように笑い、口元に人差し指でバツを作る。

静かになった道を辿り、そのまま二度と彼女らと会うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことがあってね。可愛かったんだよぉ、なんかすごい初心な感じで!」

 

冷えきったバットを二つ冷蔵庫から取り出すと、まな板の上にひっくり返して包丁を手に取った。

綺麗な虹色と、透明な赤の二つの板。先に虹色を手にとって小さく切り分けていく。小さな虹色の宝石がまな板の上に転がっていった。

 

「天羽って色んな人と知り合いだよね。ね、猫さん」

 

小さく切り分けた塊を一つ、黒猫を抱えた杠ちゃんの口に放り込むと彼女は嬉しそうに目を細める。琥珀糖と呼ばれる綺麗な砂糖の塊、甘さしかないこのお菓子を彼女はお気に召したようだった。

 

「たまに思考回路イカれることありますよね、貴女」

 

「え?そうかなぁ。普通じゃない?」

 

次は自分の作った赤い砂糖の板を切り分ける。

結晶のように小さく、美しく、ルビーのように包丁で割っていく。傍にいる05の呆れたような声に少し笑うと、刃を深く砂糖に切り込み、綺麗な断面を見せる。

ひんやりとした琥珀糖は少し紫を入れたせいか血のような美しい赤をしていた。

 

「……そのまま暗部として仕事をすることになっていたらどうするのです?」

 

「そんときはそんときかなぁ……でも垣根くんのためだと言うのなら、それぐらい苦でもない」

 

「軽々しい言い方ですね」

 

切り取った美しい赤い宝石を一粒手に取ると、ベランダから射し込む昼の太陽に照らす。ステンドグラスのように美しく光を通すお砂糖の塊は自分の血で生み出した体晶のようだった。

 

「男のために死ねる女の言葉が、軽いはずないでしょ?」

 

口に入れた甘い宝石は柔らかい氷のように軽やかに歯で割れてしまう。中から溢れた蜜のような甘い舌触りがあっという間に溶けると口は更に甘さを求めて渇き、疼く。

 

ただひたすらに甘い琥珀糖は、少し物足りなかった。

 




次回金曜です。猟虎ちゃんの回です。可愛い。かわいい。
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