(話は変わりますが、今回はなんとなーく恋愛成分を5%ほど含んでます)
賑やかな人混みから遠ざかり、彼女が行きたいと言ったところに連れ回されるお昼頃。彼女が欲しいと言った夢をプリントするためのおもちゃが入った紙袋を手に提げて少女について行く。無駄だと思いつつも、彼女の珍しいお願いを拒むことはできなかった。
そして現在、色鮮やかな店内で両手に紙袋を持ち、機嫌のいい黒髪頭を見つめる。柔らかい花の香りを振りまいて、天羽彗糸はハンガーを手に取ると顔を上げた。
「ねー、どっちがいいかな?」
犬のように無垢な瞳で首を傾げる彼女は黒と赤の二つの下着を手に取って簡素な質問を告げる。
フロントにジッパーのついた脱がすことを前提にしたような黒いレザーのベビードールと、純情とは一体何なのか再度問いたくなる赤く布面積の低いレースの上下。
目眩がする光景に頭を抱えるも、天羽の期待する瞳は輝きを失うことがなかった。
「……下着がないから買いに行くのは分かる。一緒に店内入るのもまぁ、分かる。金出すのは俺だしな。けど、何故あろう事か俺に選ばせる?」
「男の意見を聞こうと思って。あとからかおうかと♡」
長い黒髪に、水色のワンピースと白いヒールのないパンプス、そして白いカチューシャ。
両家のお嬢様ルックな現代版かぐや姫は、そのお上品な服装からは想像もつかないアダルトな下着を手に取ってあざとい笑顔を作る。
前髪に隠れた片目をちらちらと隙間から見せながら笑う彼女にため息しかでない。
「可愛いねぇ……これは可愛いじゃなくてエロいだろ、ジャンル的には。お前は地球上の男を全ての悩殺するもりか?」
「でもここの人達って貧乳ロリ好きだから悩殺もクソもなくね?」
「なんなんだそのぶっ飛んだ偏見は、んなわけねぇだろ。この世の人間が全員ロリコンとか救えねぇよ」
貞操観念と羞恥心がない女を多少心配しながら赤い下着を元のラックに戻し、代わりに色気も可愛さも装飾もないシンプルな白いセットを持たせる。
不満を言いたそうに頬を膨らませながらも渡した商品の値札を見ているのがなんとも面白い。
「えー?だって仲良い男の子みんな貧乳ロリ好きだよ?土御門くんはロリ貧乳の義妹ちゃんとヤる事やってるし、青髪くんは小萌せんせー大好きだし、上条くんは仲良くなる女の子みんな貧乳だし、一方通行くんも打ち止めにゾッコンだし……」
「あのグラサン野郎、きな臭いとは思ってはいたが……救えねぇな」
一、二、三と色を塗っていない指を折り、知り合いのロリコンたちを数え始める。
羅列される知人の名前に呆れ返るが、同時に彼女の周りにいるのがロリコンで心底良かったとも思う。
幼女体型とはかけ離れたグラビアモデル体型はロリコンには好まれないだろう。
まだ誰も彼女をそういう目線で見ない方がよっぽどいい。
「とにかく、この学園都市に巨乳は求められてないの。垣根くんだって貧乳好きでしょ」
「はぁ?脂肪の大きさで人を好きになるわけねーだろ。そういうのは好きな奴のものが自然と好きになるもんなんだよ、お子様」
「やっぱり低身長貧乳ロリ好きじゃん」
「話聞いてたか?お前は自分を低身長貧乳ロリだと思ってんのかよ?」
「え?あたしは高身長巨乳お姉さんでしょ、何言ってんの。見えないかい?この背と胸を!」
しかしだからなのか彼女の偏見は歪みまくっており、垣根にさえその火の粉が降りかかる。
頑なに垣根への愛情を認めない彼女に飽き飽きしながら腰に手を着く。上条達がまともな性癖を持っていないせいで一人の乙女が常識を歪ませてしまったでは無いか。
もう矯正しようがない変な方向にねじ曲がった自己否定に頭を悩ませられる。
キスをしようが、結婚しようが、ベッドの上で抱こうが、この先一生一緒にいようが、彼女の頭が
頭が痛くなってくる。
本当に厄介な女。
「……お前は立派な低身長貧乳ロリだよ」
「え、やばい、眼科行く……?それとも脳外科……?」
「俺よりチビで中身三歳児なら低身長ロリだし、オリアナに比べたら断然凹んでるしな。お姉さんって呼ばれてぇならもう少し中身を成長させろ」
恋愛感情も覚えたことがないお子様のおでこに軽くデコピンをお見舞すると、痛がる素振りもなく眉間に皺を寄せて鳥のようにうるさく喚く。
懸命に虚勢を張る可愛そうな彼女に呆れながらも、いつもと変わらない調子に日常が帰ってきたと安堵していた。
「へ、凹んでないんですけど!?このFカップが見えませんの?!!」
「あれ、Gじゃなかったか?」
「あっ、間違えた、アメリカ基準ではFで、日本だとGなんです!ぐろーばるなんです!」
精一杯胸を張ると、ワンピースの前ボタンが弾けそうにシャツが伸びて真ん中に隙間ができる。紺色のキャミソールで肌そのものは見えないとは言えど、その小窓に目が行くのは男のサガか。もう少し大きなサイズにさせればよかったか。
フンスフンスと効果音がつきそうな少女の精一杯の反抗にまたもや頭が痛くなるも、馬鹿な彼女の言動に一周回って可愛げを感じて今度は別の意味で頭を抱えた。
「はいはい、デカさを誇るのは俺を越してからにしろ。あ、でも太ももは俺よりデカいかもな」
「はぁっ!?この身長にしては細身だよ!それに女は脂肪がつきやすいの、デカイのは余計です!」
「お子様は見栄の張り合いで大変だな。なんでもいいけど、こういう会話他の奴とするなよ?」
軽く頭を撫でてやると、彼女はさらに顔を顰める。自分の肉体を大人としての判断材料にだす彼女の馬鹿さ加減に呆れるも、内容が内容なので少しドギマギしてしまう。
小さい顔と大きな胸のせいで大きく見える肩幅と大きめの骨盤で隠れがちだったが、胸を潰し、肩パッドのついたジャケットを着れば男と勘違いされる程度には細いのだ。
なんだか途端に小っ恥ずかしくなる。こんな馬鹿女へ向ける不純な感情が馬鹿馬鹿しい。
四ヶ月もの月日で積み上げられていった初めての感情がこんなアホな女へ向けられていることに内心呆れてしまう。
しかしうるさい彼女の声で一瞬のうちに永遠に解決しない悩みはどこかへと消え去った。
「垣根くんとしか話さないし、って誰がお子様よ!二十四歳なんですけど?!合計すればアラフォーですけど?!」
「あのな、前世が何歳だろうと、今現在どう扱われているかで精神年齢ってものは変わるもんだ。第一、今みたいに喚く時点でガキだろ」
「タバコも吸えて、お酒も飲めて、バイクも車も運転できるし、ギャンブルだって何回もやったことがあるし、確定申告の書き方も知ってて、扶養から外れるほど稼げて、お金の管理もできるし、アンタなんかより沢山の人と喋って、議論して、勉強して、色んなこと経験してきた大人なの!子供なのはそっちでしょ!」
「そうやって屁理屈並べるとこがガキなんだよ。黙って年相応の服着てろ」
馬鹿みたいに胸を張る彼女の頬を軽く抓ると、ギュッとハンガーを握りしめてじっとりとした視線で睨まれる。
早口で捲し立てながら怒りを露わにする彼女だったが、本気で怒っている時とは随分と違って、どちらかと言えば拗ねていた。
「……三十万のワンピースは年相応じゃないと思うけど」
「古着よりよっぽどマシだ」
「ふん、80sの良さが分からない子供に何言われたってなんとも思いませんもんねぇー!」
「あ、おいっ!ったく、外出てるぞ!」
手に取るように分かる彼女の感情に振り回される自分に若干嫌気が差しながらもそれを辞めることはない。
黒い方のハンガーを持ってレジへ向かった彼女の背に少し微笑みながら店外へと出向く。
「……さて、どうするか」
付近にある柱に背を預けてレジで会計をする彼女の後ろ姿を遠くから眺める。
鬱陶しいほど長い黒髪と女性にしては高い身長のおかげで人混みにいても分かりやすい。
彼女にどうやって本題を伝えようか。なんて話せばいいか、なんて切り出せばいいか、分からなかった。
彼女と離れるとすぐにこの間の命令が頭に浮かんで離れない。
整合性が取れていないおかしな命令だったが、背いたら必ずと言っていいほど高確率で垣根たちの反逆は阻止される。
スクールの面々を独断で動かし、上の依頼と関係ない施設に潜り込んだりしているのを、
にもかかわらず他の組織が掃除に乗り出さない。
さらに彼女を垣根たちの計画に巻き込みたいと言い出す始末。
考えられる理由は複数ある
垣根たちの行動がどう
反逆を通して
そもそも反逆そのものが計画の内か。
垣根を黙らせたいのなら天羽と林檎を捕まえて目の前で人体解体ショーでもするなり、他の男に犯されるなり、見せしめにすればいいのだ。
想像するだけでも嫌で、そんなことが万が一にでも起きれば全員皆殺しするのは確定しているが、垣根がいるのは暗部、それくらいされたって決しておかしくない。
だと言うのに与えられた重りは天羽との行動のみ。
嫌ではある、けれど考えつくような他の惨い仕打ちに比べれば圧倒的に優しい。もっと言えば、第六位という戦力を上が直々に与えているようなもの。
なにか意図を感じて仕方がない。
「そういや、インディアンポーカーでエロい夢を売ってくれる奴がいるって都市伝説、知ってるか?」
今日のうちに本題に入れるだろうかと頭を悩ませていると、同じ柱の裏側で馬鹿みたいな大声で下品な話を繰り広げる男子学生二人組が耳に入る。
そこそこいい学校の制服を着た彼らだったが、内容は馬鹿馬鹿しいほど下品。
スクールとして追っているインディアンポーカーの話に興味はあったが、内容の馬鹿らしさに呆れてしまう。
他人の見た卑猥な夢が詰まったカードを売買なぞ、聞いていて気分の上がる話ではない。品のいいデパートで話すべき内容でもないが、そんなことも構わずに学生は話を続ける。
「あー、BLAUって
「マジかよ、くっそー、残念すぎるだろ……!」
「本当だよな。有名な女性アイドルやニュースキャスター、あの
唐突に出てきた知り合いの名前に心の中でせせら笑う。
御坂美琴は置いておいて、第五位は胸がデカく、顔だけは愛嬌と可愛げがある女王様気質の中学生。
天羽の偏見とは真逆の、男が好きそうな外見と性格はこういう馬鹿の餌食になりやすい。
とはいえ中学生の子供相手との性行為を夢に見る男に反吐が出て堪らない。
基本的に性産業は儲かる。だからそんな馬鹿なことするやつも出てくるのは自ずと分かるが、中学生、しかも
しかし話を聞く限り、その代償として作った本人は餌食にした恐ろしい中学生に返り討ちにあったのだろう。
因果応報、自業自得。
もう終わった話だと安堵して綺麗に磨かれた地面のタイルに目を向けた。
「あ、俺、あの第七学区の病院のバイトちゃんの見てぇわ。裏で流通してねぇかな」
その目線はすぐに前を向く。不穏な言葉に腕を組んで必死に耳を立てると、静かに息を飲んだ。
第七学区に病院なんてわんさかとある上、バイトを雇ってるところは何も自分の知っている所だけではない。
なのに何故か胸騒ぎがしてやまない。
「ギャルのナースだっけ?スキルアウトの間じゃ有名だよな。この間の
「巨乳で高身長、金髪でオタクに優しいギャルのポニテナースだぜ?属性多すぎだろ」
男共の言葉に脳が停止する。いつも隣で健気に努力をする彼女の行いが、低俗な想いの糧になるなんて、想像もしたくなかった。
反吐が出る。気持ち悪い。殺してしまいたい。
初めて彼女と出会った時、クラスメイト達が鼻の下を伸ばして語っていた偏見が今になって心に突き刺さる。
「ま、つってもあーゆーメスはヤるだけでいいよな。付き合うとかなったら面倒くさそ」
「それは言えるな。高給取りの
たった一人の神様に汚れた目を向けるのは誰であろうと許せなかった。
彼女のおぞましい優しさを、恐ろしい愛を、そんな汚いもので穢されるなんて酷く腹立たしい。
殺さなくてはいけない。
無垢な乙女を知らない下劣な人間など生きていたってしょうがないじゃないか。
汚される前に、自分が全て片付ける。
「垣根くん」
殺意を持って手を伸ばすも、優しい花の香りが体の動きと共に舞う。
前からの柔らかい抱擁と、視界を覆う黒い髪、くっついた頬から伝わる体温に感情は静かに収まっていく。
「遅くなってごめんね、殺気立ってどうしたの?」
「……はえーよ」
「何か嫌なことでもあった?」
心配そうに顔をのぞき込む彼女の手を取って柱に押し付けると、男共と鉢合わせないように自身の体で盾になる。
何も分からないかのように困った顔をして様子を伺う彼女を好奇の目に晒したくない。
「どうせ聞いてたんだろ、なんでそう言える」
「あぁ、さっきの?垣根くんには関係ないんだから、気にしないの。あたしも気にしてないし」
「なんで、そんなこと言うんだよ」
綺麗なショッピングバッグを彼女の手から取ると、その手で頭を撫でられる。
優しく前髪を撫でる手が暖かい。その暖かさに自分とは無関係だと言われるのも、全てが赦されるのも腹立たしかった。
「生理現象なんだから。垣根くんだって好きな子相手に妄想くらいするでしょ?」
「しない、絶対に」
神様を汚すことは許されない。撫でる手を振り払おうとすると、逆に手を掴まれた。
だからこんなにも悩んでいるというのに、彼女はそんなこと知る由もなく不愉快な質問を投げかける。
なぜそんなことをすると思うのか分からない。
「もー、何拗ねてんの?ほら、早く行こうよ。ね?」
「……馬鹿女。お前みたいなやつが酷い目に遭うんだよ」
「そう?さっきの子の方が危なそうだけど」
「あ?」
離れようと手を引く彼女の控えめな力に逆らわずに歩き出す。ショッピングバックは全部持って、少女の手を握る。
きつく指を繋いでゆっくりと賑やかな人混みを通り過ぎて彼女は何か悟ったように口を開いた。
「さっきの子、都市伝説って言ってたよね」
「それがなんだよ」
「学園都市の人間は陰謀論とか不祥事とか、そういう噂話ゴシップが好きな間抜けが多いんだから、そういう人の方が危ない目に合いそうじゃん?」
「間抜けって……お前が言うのかよマヌ彗糸」
「なんだバ垣根。あたしが言ってる事わかんないの?」
「あ?喧嘩売ってる?」
少し厳しい口調の彼女に手を強く握ると、不服そうに握り返す。
いつもより強い語彙に苛立ちながらお互い睨み合うが、天羽は張合いもなくすぐに諦めてため息を着く。押しに弱い彼女らしかった。
「でも事実でしょ?佐天ちゃんとかいい例じゃない、ゴシップに連れ回されて危険にあってる人」
「
随分前に会ってそれっきりの中学生が話題に上がると、興味も無い顔を思い出す。
そう言えばそんな人たちもいた気がすると、今まで思い出すことも無かった顔ぶれが久々に脳裏に浮かぶ。とはいえ今後一生顔を合わせることはないので思い浮かんだところで意味は無いが。
「陰謀論や馬鹿なゴシップって儲かるの、金の成る木なわけ。スキルアウトみたいな何も無い人達が秘密を垣間見て特別になれたと勘違いして金を落とす。せいぜい搾取されて愚かな行動に悔やむしかないよ」
「辛辣だな。お前にしては珍しい」
「実際に佐天ちゃんたちが被害にあってるからね、こればっかりは。もしさっきの学生の話題があたしじゃなくて知り合いだったら、記憶消してたかも」
「なんで自分ならそうしないんだよ」
「あたしは大人だから、子供のやることはある程度大目に見てんの。子供同士とか大人なら怒るけど」
いつにも増してしっかりとした持論に危うく納得しそうになるも、結局のところいつもと変わらず彼女は全てを下に見て大人ぶってるだけだった。
二十四歳の姉だったことがそんなにも特別なのだろうか。
子供みたいに泣いたくせに、今更名誉挽回をはかろうと懸命に背伸びをする彼女が滑稽に見えて仕方がない。
「でも、珍しいね。あたしのことで怒るなんて」
「テメェが甘いからいっつも代わりに怒ってやってるんだろ?感謝しろよ」
「別にいいのに。なんでまた」
「……四ヶ月の愛情だよ。バーカ」
笑って、泣いて、傷ついて、それでもずっと垣根を好きだといい、秘密を抱えて誘惑して、垣根を困らせる。
滑稽な女だというのに、なかなか離れられない厄介な感情。
単純接触効果と返報性の法則の相乗効果か、四ヶ月という長い時間は確実に彼女への態度も、視線も、思いも変えていた。
それを愛情とはっきり言ってしまうほど、四ヶ月の日々は垣根の意識を変えてしまった。
「たった四ヶ月で愛情が芽生えるなんてちょろいね、垣根くんは」
「そういうテメェは初めて会った時から俺のこと好きだっただろうが」
「違うよ。生まれる前から垣根くんが好きだったんだよ」
彼女の蠱惑的な言葉に息を飲む。心臓の跳ねる音しか聞こえず、まるで世界から音が消えたよう。
繋いだ手が汗ばむ。
垣根の言葉は信用しないくせに、自分の愛の言葉は簡単に信じさせる、とてもずるい人。
きっとこの先誰にも言われることがない情熱的で重い愛情が苦しい。劇薬のような甘くて苦しい言葉に喉が渇く。
いとも容易く愛を言ってしまう軽率な女を、大切な人と思うのは当たり前なことくらい二十四歳ならば知っているくせに。
思わせぶりな態度が腹立たしい。
子どもみたいな女に振り回されている自分がどうしようもなく嫌だった。
「でも、ありがと。嘘でも愛情なんて言ってくれて」
「ッだから、テメェはいい加減に────ッ!?」
相変わらず愛情を信じない馬鹿に説教をかまそうと一度足を止めると、耳を擘く叫び声が突如デパートの屋内に響き渡る。
痛々しい声だった。
デパートに木霊する女の悲鳴にその場にいた誰もが反応し、何人ものひとが酷く慌てた様子でこちらになだれ込むと一気に密度が高くなって酷い混乱に陥った。
「っ!何!?」
「馬鹿っ、手を離すな!」
パニック状態の一般人は爆発音の方向から逃げようと足を踏んだり、人を蹴飛ばしたりと混乱をさらに大きくする。恐ろしい光景が続く中、誰かの肩がぶつかって、絡めていた指が水のように滑り降ちる。
そのまま波に逆らって騒ぎの方向へ向かう彼女の背が遠のくのが少し怖かった。
「おいっ!!馬鹿ッ……!」
「行ってみよ、垣根くん!」
必死に手を伸ばして再び彼女と繋がると、焦燥気味に彼女は手を握る。
繋いだ手にひどく安堵する。離してはいけない手を掴めるのは垣根だけ。
他でもないこの垣根が彼女を傍で守れることが何よりも喜ばしかった。
◇
人の多いデパートへ逃げ込むと、エレベーターから離れた中央の柱へと体を預けて懐からチューブに入った薬を取りだした。
傷を塞ぐ学園都市製の塗り薬を風穴が空いた腕に塗りたくりながらひとまず様子を伺うと、佐天涙子が慌てふためきながら怪我を塞ぐフレンダを見つめる。
現実がよく分かっていなかった彼女だったが、ここまで来ると理解も追いつくようだった。
「私を追いかけてきたんですか!?」
「多分ね!」
手練のスナイパーに近接から狙われているこの状況、十中八九先程佐天を連れ去った奴らの仲間だろう。
何が目的かは知らないが、きっとデパート内では手は出せまい。
「ここで一旦時間を稼ぐ訳よ。結局、これだけ出入りが多い場所、変装して人混みに紛れればまくのは簡単、ッ!?」
しかし考えとは裏腹に右腕に銃弾が貫通する。
誰に気づかれることも無く唐突に痛みが響き、真っ赤な血液が腕から吹き出した。
「走って!」
再び佐天と走り出す。人ごみを掻き分けて紛れるようにデパートを進むも、未だに多少は混乱していた。
この人混みの中を躊躇なく撃ってくるようなスナイパーが相手だと、この状況は少しまずい。
この人垣を利用してるのは相手、少女たちはまんまと相手の有利な場所に誘導されていた。
「周りの人に助けを!」
「何の役にも立たないわよ!パニックになって逆に身動きが取れない事態になりかねない!敵が人混みに潜んでる状況で、それは致命的!」
「じゃあ、携帯借りて……!」
「借りようとした相手の頭が弾け飛ぶだけよ!」
「〜っ!!」
必死に意味の無い救いを求めて思考を回転させる佐天をあしらいながら人を通り抜け、柱を通り抜け、人混みから脱する。
人のいない場所に駆り立てられる現状は決して愉快ではない。
ハンターには二種類いる
一切存在を気取らせない完璧な仕事に喜びを見出すタイプ。
実力を誇示し、獲物が悶え苦しむ様に喜びを見出すタイプ。
追ってきている奴は後者だろう。なぜなら自分と同じ気配を感じるから。
ならば必ず勝機はある。
そう思ったのもつかの間、逃げ回り続けて数十分はたっただろうか、相手に一撃を食らわせることすら出来ずに未だに走り回っていた。
逃げながら仕込んだ爆弾のトラップも、さり気ないフェイクも、床にばらまいた接着剤も、なにもかも不発。
まるでこちらの行動を全て読まれているかのように相手は数々の妨害をもろともせず銃弾を撃ち込む。
発信機でもあるのかとふと思うが、それではトラップの回避のカラクリが分からない。
行動の全てを把握するのは滝壺の
特に距離も遮蔽物も変動する入り組んだ建物内ではもうとっくに見失ってるはずだった。
対抗手段が分からない。結局どこから来るのか分からないのでは対策のしようがなかった。
痛い。開いた傷と吹き出る血液がどくどくと波打つ。
相手の手の内が分からず、増えていく痛みに体が限界に近い。
「あの!」
狙われてるのは佐天一人。
守ってやるほどの義理はなく、今なら別々の方向で逃げれば敵は相手を追うだろう。
自分は暗部の人間。薄暗い人間が一般人を裏切るなんてごく普通のこと。
他人を囮にするのも、いつものこと。
「あの!二手に別れましょう!」
「っは!?」
「別々の方向に逃げれば私の方を追って来るはずですから!」
現実的な考えを肯定する佐天の言葉に足を止める。
ふざけた考えをあたかも当たり前のように言う女に思わず手が伸びた。
「そんなこと言われなくたって分かってるわよ!」
彼女の服を掴んで近くの柱に押し付ける。この感情を目の前の女にぶつけなくては自分の気が済まない。
薄っぺらい友情のはずなのに何故か彼女の提案に腹が立つ。どうしてだかは分からない。
「アンタあたしから離れて身を守れるの!?
おなじ
生暖かい平穏を生きてきた女が言う軽々しい提案に腹が立って仕方がない。
「何聞き出そうとしてるか分からないけど、吐いたあと処分されるだけよ!」
「でも、このままじゃ……二人ともやられちゃうじゃないですか……あたし、足でまといでしかないし……だ、大丈夫ですよ、かけっこは自信ありますから……」
「結局、お人好しかと思ってたけどここまで来るとただの馬鹿ってわけね」
それを伝えてもなお囮になるとふざけたことを言う彼女に呆れてため息を吐く。
けれどこれはチャンスでもある。囮を買って出る勇気を履き違えた無謀な駒がいるならば、戦況は戦略さえ外さなければこちら側へ傾けられるもの。
「でもまぁ、そんなに言うならお望み通り、囮になってもらおうじゃない!」
一か八かの賭けに出る。
死んだって構わないと楽観的な中学生に全てを賭けてみることにした。
片やスナイパーから逃げる金髪と黒髪のリア充、片やなんか変な空気感出してる茶髪と黒髪のリア充。
そして百合なリア充二人を追いかける、男女のリア充が上司の猟虎さん。