一応本編の時間軸ですが、番外編みたいなものです。
ここしか挟むところがなかったので……
秋の風が頬を撫でる昼過ぎ、外に設置されたテーブルに着いて目の前の女が仕入れた情報に耳を傾けた。
「──妙な動き、だと?」
「ええ。こっちで手に入れた情報によると、第一位を含む『グループ』が、とある店舗で活動しているみたい」
目的の一つである
休日出勤に苛立ちを感じるも、桃色のドレスを着た部下の面白みのない表情を見つめながら話の続きを待つ。
アレイスターに繋がる第一位の情報は例え休日を無駄にしても必要だった。
「はっ……天下の学園都市第一位様が、今じゃパシリかよ。で、その店舗ってのはどこだ?」
「最近新しくできた、執事喫茶よ」
ただその内容は到底理解できるものではなく、思考が止まりその単語だけが脳に残る。
「……執事だぁ?」
執事、バトラー、使用人。
現代日本で一生聞くことがなかったであろう単語を復唱する。
その単語の意味をきちんと理解出来ているかは垣根にはよく分からなかった。
◇
クーラーの風が心地いい午前中、冷蔵庫から取り出した冷えた甘い琥珀糖をケースに移しながらスマホのスピーカーから流れる可愛い少女の言葉を復唱する。
「執事喫茶、ですか?」
『はいっ!最近新しくできたんですよ!良ければ今から行きませんか?そそそれで、お揃いのお洋服を着て、一緒にお友達らしいお話をして、お料理食べて、手を繋いで、それから、それから!』
「それは構いませんが、スクール的にそんな遊んでる暇あるんです?忙しい感じしてたんですけど」
赤い琥珀糖を少し摘み食いしながら可愛い夢を語る弓箭猟虎の提案を聞いていると、おっとりした外見からは想像もつかない早口で捲し立てられ手が止まる。
楽しそうで可愛いと思うが、あまりにも友達という単語に単純な彼女が少し心配でもあった。こんなにも扱いやすい子供、これから先大丈夫なのだろうか。
それにこちらにもまだ準備がある。キッチンカウンターに置かれた印刷されていない真っ新なインディアンポーカーのチェキを横目で見ると、少し眉を寄せた。
垣根くんの邪魔がないようなら今晩のうちに印刷するつもりだったが、距離の詰め方が大袈裟な少女と遊んでしまったら家に帰れるか不安になる。
要求がエスカレートしてどこぞのラブホで女子会がしたいだの、家でお泊まり会がしたいだの言い出したら困るのは天羽の方。
断るべきか、悩んでしまう。
『垣根さん曰く、あとは
「そうですか。で、決戦前に少し遊びたいというわけですね?」
『そうなんですっ!せせせっかく、親友になれたのですから……』
期待する声で電話越しに大きく話す彼女に思わず微笑んでしまう。
誰かの可愛い要求、それも背が低い女の子からの要求は断れないのが姉の性。
あの子にも頼まれて色々回ってあげたな、と天羽はふと思い出す。
キャラ弁がいいとせがまれれば不器用ながら作ってあげて。
頼まれれば秋葉原のメイド喫茶まで連れて行ってあげて。
大規模な同人即売会とやらにお友達と行きたいと言われれば車を出して、一緒に回ってあげて。
コンビニでくじが引きたいと言われれば他県まで車を走らせて。
グッズやブルーレイが欲しいと言われれば、少ないバイト代から捻り出して。
アイドルのコンサートに行きたいと言われればチケットを買ってやって、運営に事前に連絡までする。
どんなに自分が興味ないものでも、誰かに頼まれればやってのけてしまうもの。
それに、新しく出来たオトモダチと小さな居候さんに新しい思い出を作らせるのも楽しいかもしれない。
「いいですよ、行きましょう。杠ちゃんも連れて行きましょうか」
『どなたです?』
「えっと、一緒に住んでる子です。お友達になってくれるといいですね」
『ままままぁぁ!!ふふ、ふ二日で二人もお友達が!わわわわかりましたわ、今からお揃いのお洋服を三着買って行きます!なのでサイズと住所を教えてください!!!!』
「ハイハイ、落ち着いてくださいね。ぼくたちは逃げませんから」
友達が増えるのはいい事だ。
賑やかな猟虎の興奮気味の声を聞きながらケースに詰め終えた琥珀糖を冷蔵庫にしまい、ソファで猫と戯れる杠林檎を誘いにキッチンから離れた。
◇
「ふん……サイズは合ってるか。意外と悪くねぇな」
人の多い喫茶店で身を包んだ執事服のスワローテイルの長い裾が揺れる。十月に入ったとはいえまだクーラーが作動する店内では黒く重なったフォーマルな燕尾服と白い手袋はすこし暑い。
「しかし
「何か目的なあるんだろうけど、実際見るとなかなか異様ね」
貸し出しの黒い執事服を着込んで店の中に紛れながら
背が低く、人相も悪く、筋肉もなければ脂肪もない薄っぺらい体。病気を疑うような細さの男の執事姿は似合っているかと聞かれたら口を噤んでしまう程度のもの。
似合わない姿で周りを見渡す男に第一位の貫禄は感じられなかった。
「一時は絶対能力者になろうなんて話だった第一位様が、随分とまぁ堕ちたもんだな」
「でもこんなところで給仕なんてしてるってことは何か目的があるのよね」
「さぁな、それよりも知り合いに見つからないかが心配だが」
「あら、藍花さんに見せたくないの?そんな面白い姿、見せなきゃ損だと思うけど?」
「あいつは可愛い可愛いってうるさくなるからダメだ」
こんな姿をあのバカに見られたくない。執事服が似合っていないとは思わないが、あのうるさい女に見せたくなかった。
見られたら最後、ずっと可愛いだとか好きだか鬱陶しく鳴き続けうろちょろと垣根の周りを犬のように纒わり付く。
いっその事ベッドに沈めて黙らせてやろうかとも思うが、純潔の神様にそんなこと出来るはずもなく、ただの妄想で終わってしまう。
出来るのは奇跡に祈ることのみ。ミーハーだけどどこか冷めてる彼女がこの店の存在を知らないでいることを願っている事しか出来なかった。
「でも彼女、今日はあの子と一緒にオフなんでしょ?こっちに来るかもしれないわよ?」
「弓箭はこういうの好きそうだもんな。仕方ねぇ、05にこっちこさせるなって連絡を──」
「お帰りなさいませ、お嬢様方。初めてのご帰宅で宜しいでしょうか?」
「はい。三人でお願いします」
05と通信をしようと羽も出現しないほど軽く未元物質を展開させていると、店内の出入口から呑気な女の声が耳に入る。
ちょうど話していた女の声とよく似た通る声だった。思わずその方角に振り向いて声の出処を目で追い、見つけた黒髪に固唾を飲む。
「わー!本当に執事がたくさんおりますね、悦さん!」
「執事?」
「そういうタイプのコンセプトカフェ……えっと、お芝居しながら雰囲気を楽しむカフェ?うーん、伝え方が難しいですね」
「執事って、何?」
「そこからか……」
最悪だった。
林檎に弓箭、そして天羽のガキ三人組が同じ黒髪を揺らしてそれぞれ似た服装で姉妹のように席に案内される姿に背筋が凍る。
「なっっっ───!??」
「噂をすれば。お揃いなんて、ナカヨシさんね」
三人して同じ髪型で、見たことも買った記憶もない服を着込む彼女らは髪色も相まって仲良し三姉妹に見えなくもない。
黒いタイツとチェック柄のベージュのミニスカート。秋らしいくすんだ淡い色のジャケットは金持ちお嬢様学校のクラシカルな制服に採用されていそうな上品さがあった。
「執事さんかっこいいですね。こんなに男性のいるところは学び舎の園にないのでちょっと恥ずかしいですが」
「メイドカフェは行ったことありますけど、執事喫茶って似た感じなんですかね?せっかくきたんですし、イケメンとチェキ撮って売り上げに貢献しますか……え、チェキないの!?コンカフェなのに!?」
「メイド?そっちも行ってみたい」
各々好き勝手に喋りながらメニューを見たり店内を見たりと、こちらに気付かぬまま彼女たちは執事姿のウェイターに促されたテーブルにつく。
楽しそうに談笑を続ける彼女たちから隠れるように
「なんでここに……!」
「大方、弓箭さんの方が無理を言ったんじゃないの?あの子、距離の詰め方が尋常じゃないし」
「……これが寝取られ?女に女を奪われるのか??」
「落ち着きなさいよ」
「落ち着いてるだろ。これ以上にないほど落ち着いてるぞ」
垣根には見せない少しオシャレで高い服を着て、楽しそうに手を繋いで、恋人のようにイチャイチャとハグをしたり顔を近づけたりする光景はどう考えても浮気である。
そんなことを本人に言えば『彼氏面するな』とかなり本気な声色で怒られるのが目に見えているが、それでもそう思う他あるまい。
女相手だろうが、パーソナルスペースを侵害しまくった光景は腹が立つ。
「はぁ、あの子のどこがいいの?天羽彗糸といい、貴方趣味悪いんじゃない?」
「小一時間ホテルでおっさんの相手してるガキに言われたくねぇな。他人の趣味にとやかく言える立場にいんのかよ、お前」
「何もやましいことはしてないわよ。それよりも彼女たちの方がやましいことしてそうだけど?胸の大きい気さくな女なんて、如何にもじゃない」
奥歯を噛み締めながら腹立たしい光景を眺めていると、
どこか怒っているような、責めるような言葉は目の前の浮気現場も相まって純粋にムカついた。
「何も知らねぇガキは黙ってろ、狭い視野で語ったら殺す」
「やだ怖い、何がそんなにいいんだか」
「お前には一生をかけても分かんねぇよ」
趣味が悪いことくらい自覚している。おぞましい神様を家族だと思って、あまつさえ情を抱いているなんて常識の範疇外だ。
けれど、彼女を好きでいられるのは垣根しかいない。
そう思うと、優越感で脳みそがオーバーフローし、まともに考えることもできなかった。
「ふーん……じゃあ本人に聞いてみようかしら」
「は?おいっ!!!」
怒鳴りたい衝動を抑え天羽達のいるテーブルを眺めているとおもむろに
「ねぇ、一緒に座っても大丈夫かしら?」
「一人分は空いてますけど、って
「こんにちは、なんだか楽しそうね」
こつんと白いテーブルを叩き、目の前に座る弓箭に軽く笑う。
少し前に弓箭と軽く話した際に近過ぎて心理的距離を離したと言っていただけあり、弓箭の反応はなんてことない顔見知りに話しかけられた程度にしか思っていないようだった。
「あ、垣根と一緒にいた……」
「
林檎の対面にあるデザインの凝った席に自然な動作で座るも、斜め前の天羽は疑う素振りひとつせず楽しそうに笑っているだけだった。
危機感のない笑顔に嫌な予感しか覚えなられない。
「キミのような子もこういうところに来るのですね。少し意外です」
「面白そうだったから、ついね。それより貴女たちはさっきまでデートでもしてたの?」
「デデデデデートだなんて、いえ、でも私たち親友ですからデートと呼んでも支障は、でも交際相手との外出の際に使う単語ですし、いえ、でもデートということは私達は親友以上の恋人になれるということでしょうか?ですが私たちは女性同士……!あぁ、いけません、そんな……!!」
「えー……っと、
「えぇ、私達もデートなの。ほら、こっち来なさいよ」
恥ずかしそうに顔を赤らめよく分からない言葉を羅列する弓箭を置いて困ったように笑う天羽を鼻で笑うと、
目が合った。星の輝く黒い瞳と目が合ってしまった。
仕事とはいえ中学生と二人きり、コスプレもしていること非常識な現実を彼女に見せたくなかったというのに、現実は軽々と嫌な方向に物事を進めてくる。
「垣根くん……」
「ごめんなさいね、彼のこと奪っちゃって。でも付き合ってないのだし、いいでしょう?」
「……えぇ、別に彼がどこで誰と何してようがどうでも良いですよ。たとえ相手が垣根くんのストライクゾーンど真ん中のロリ中学生でも気にしません」
「何でそこで俺を巻き込むんだ。あと変な偏見やめろ」
低めの声で見ていたメニューを閉じると、頑なに目を合わせないように天羽は真っ直ぐ
明らかに不機嫌になった可愛い嫉妬に心がくすぐられながらも、浮気だと勘違いされている現状はどうにかして打破したかった。
「嫉妬しているの?居場所を奪われて、面白くないのかしら?」
「面白い冗談ですね。まるでぼくが彼に恋しているみたいな口振りですけど、精神系能力者のわりにぼくの心は読めないんですね」
「読めなくても分かるわよ。ルービンの恋愛尺度のテストでも試してみたらどうかしら、それとも恋愛相談でもしてあげましょうか?サービスするわよ」
ばちばちと火花が見える気がする彼女たちの交わる視線に弁解の言葉は喉から飛び出ることを躊躇する。
様子を伺いながら天羽の隣に立つも、女同士の罵り合いに気圧され口は恐れをなして閉じてしまった。
「自分の感情くらい理解してますよ。これは愛よ。何よりも綺麗な愛、恋なんかじゃないの」
「愛?血縁でもない、会って間もない人間を愛しているというの?」
「これは神が願う隣人愛ですよ、異教徒。分からないなんて可哀想に」
「神に祈る情弱だったの、あなた。だからそんなに頑なで我儘なのね」
「愛は『尽くしたい』と思う美しい願望。恋がその逆だと言うのなら、恋とは『その人に尽くされたい』という一方的で我儘な怠惰なる想い。ぼくの感情はそんな穢らしいものではないんですよ」
いつもの超理論を展開し、低い声で垣根への想いに封をする彼女に寂しさを覚えるも、強がりで我儘の言えない可哀想な姿に同時に心臓が潰れそうになるほどの何かを感じる。
「なに、貴女マゾヒストか何かなの?じゃなきゃこんな男と付き合わないでしょ」
「テメェ当人の前でよく悪口言えるな」
「次に垣根くんのこと侮辱したら
ため息をつく
「マゾヒストなのは否定しないのね」
「……研究者はマゾとサド、両方兼ね備えていなければなれませんので、反論する余地はないかと」
「マゾ?何それ」
「り、林檎さん、メニュー見ましょう?!喧嘩してる人は置いておいて、ね?」
林檎がいる前で女同士の喧嘩が勢いを増していく。弓箭がいたおかげで林檎の気はそれたが、それでも小うるさく彼女たちは論争を続けた。
「小動物を生かし殺すことへの罪悪感がないサディズムと、自分を実験体に使えるマゾ心がないと研究者ってのは務まりません。歴史のお勉強はしてないようですね」
「自分を実験体にって……お前ほんと頭のネジ取れてんな」
「それは科学を作り上げてきた偉大な医学者科学者への冒涜ですよ垣根くん。ピロリ菌を自ら飲んだ医学者、コレラ菌を摂取し無害を立証しようとした近代衛生学の父、ミゾサナダムシの幼虫を自分から飲んだ動物学者、自分の性器を傷つけてまで淋病の仕組みを解明しようとした解剖学者、自分の心臓にカーテルをぶっ込んだ医者に、それから───!」
論争は激しくなり、天羽の欠点が色濃く口から吐き出された。
学術的なこと、医学的なこと、そういった事柄が彼女は好きだった。それこそ早口になって興奮するほどに。
いわゆる科学オタク。
妹のためとは言え一生を科学に投じてきた彼女は尋常じゃないほど科学に執着していた。
そこがなかったら完璧な女なのにと少し思うが、子供のように知識をひけらかし興奮する姿は隙だらけで一周回って完璧なのではないかと錯覚する。
この馬鹿さ加減がなんとも言えない。
「
「……馬鹿にしてるでしょ」
「してないから、な?いい子だから」
しかしこのアホさ加減を知らない
垣根の言葉に口を噤み、従順に椅子に座る彼女の姿がよっぽど可笑しかったのか、
「本当に彼が好きなのね、あなた……どうしてそこまで彼が好きなの?理解不明なんだけど」
「全てですよ。美しい顔も、綺麗な目も、少し大きな口も、ちょっと飛び出た犬歯も、丸っこい頭も、高い背も、骨っぽい手も、結構大きい足も、細い腰も、脂肪分のない体も、発達途中の筋肉も、口煩い所も、甘いところも、なんだかんだ優しい所も、自信家な所も、少しロマンチストなところも、白い羽も、誰かを救いたい心も、野心を持ってるところも、なにもかも。全て知った上で好きなんですよ」
「……それを恋と呼ばずになんて呼ぶのよ」
「これを愛と呼ぶんですよ、勉強不足ですね」
天羽は垣根のオタクでもあった。
続けざまにはっきりと言い切る愛の告白に小っ恥ずかしさを多少感じ、緩む口元を抑える。
もう片方の手で落ち着くように優しくハーフツインに括られた長い黒髪を撫でて、機嫌を損ねたお嬢様に精一杯の思い遣りを口にした。
「悦。お前が思ってることはないから、安心しろよ。お前を置いて行きはしねぇから」
「……別に、なんも疑ってませんが?」
「ぜってぇ誤解してるだろ……ッ?!」
少しだけ頬を膨らませながら顔を伏せる彼女の頭を撫でながら必死に弁解するも、雰囲気をぶち壊す店内の奥から喧嘩をするような激しい音に全て遮られた。
テーブルが崩れる音、誰かが倒れる音。軽く頭を叩いて帰るように天羽の目を見ると、ため息混じりに彼女は立ち上がった。
「はぁ、面倒ごとに巻き込まれる前に行きますよ」
騒ぎが大きくなってきた店を見渡して、下着が見えそうなほど短いスカートを揺らし勢いよく立ち上がる。
林檎の手を引いて出入口へ向かう彼女を引き留める理由はなかった。
「いいの?垣根置いてって」
「そ、そうですよ、垣根さんだってもしかしたら何かわけがあったのかもしれませんし」
「良いんです、帰りますよ」
黙ったまま店内を後にする姿にはらはらと焦りを感じるも、先程の頬の赤を見るにまだ拗ねているだけ。
可愛い妹分が変に弁解を捻じ曲げて理解していないかだけが心配だった。
「随分あの子に甘いのね」
「あんな告白毎日聞いてたら気も削がれるさ。間抜けで可愛いだろ?」
唯一残った
弓箭もいるため無事に帰れるのは分かっているため尚更無理に引き留めることは無かった。
「だから馬鹿やってる連中はアイツが見る前に潰すに限る。そうは思わないか?」
それに悲惨な現場を見せる訳にもいかない。隣で懐の銃に手を伸ばす分かりやすいクソ野郎に振り返ると、青ざめていく野郎の顔をせせら笑う。
暗部に堕ちたからと言って、それが神様が汚れていい理由にはならない。
「お粗末な雑魚が。
だから見えないように、見せないように、感じないように、聞こえないように、触れないように管理しなければならない。
家族であり、ハジメテの少女を守れるのは他ならぬ垣根だけだから。
◇
後で服を処分しなければと思いつつも、もったいないとも感じながら薄暗い道を一人で歩いていた。
「垣根くん!」
「天羽、なんでここに……」
つまらない帰路にため息を着くと、突然目の前から柔らかい女の声が反響する。
狭い路地ではっきりと聞こえたあの女の声にパッと前を向くと、想像通り、背の高い巨乳の人形のような女が心配そうに駆け寄ってくるのが見える。
下着が見えるのも気にせずに短いスカートで走る彼女に悶々とした感情を味わいながら、走ってきた少女を体で受け止めると彼女は困った顔で早口を捲し立てた。
「怪我は?さっき
なんとも健気な少女なのか。心配そうな瞳で顔を近づける背の高い彼女からは先程の不機嫌そうな雰囲気は感じられず、ただ純粋にいつも通り他人を心配しに来ただけだった。
「なんだよ、機嫌悪いんじゃなかったのか?」
「……あっ、わ、忘れてた!」
「っふはは、そうか、悪いか。ぶふ、機嫌って忘れるものなのかよ」
単純な脳細胞に笑いが止まらず口を抑えて控えめに笑い飛ばすと、天羽は恥ずかしそうに口を尖らせながら必死に誤魔化す。
その滑稽な態度が余計笑わせてくるのも分からないのか、羞恥に煽られ彼女の赤みのある頬が更に顔が赤くなる。なんとも馬鹿で脳が素直なのだろうか。
「ちょっと、笑わないでよ!怒るよ!」
「はぁー、おもしれぇ。それで?どうやったら機嫌直してくれますか、お嬢様」
犬にも満たない記憶容量に笑い疲れると、綺麗に淡い茶色でコーティングされた爪を手に取る。
機嫌が治っているのは目に見えているが、からかわずにはいられなかった。
「……イケメンってすごくずるいよね」
「お褒めいただき光栄です、お嬢様。さらに惚れたか?」
「寝言は寝て言って。あたし、誰かに奉仕されるの嫌だもん。する側でいたいんだから」
頬をふくらませて不貞腐れているにも関わらず優しく手を握り返す本心に柄にもなく優しく微笑むと、気まずそうに手を離そうとそっぽを向く。
仕方なく手袋を外して素直になれない家族の手と指を絡ませ逃げないようにしてみると、満更でもなさそうに握り返して路地裏を歩き出した。
「ならメイド服でも買って帰るか?そんで美味しいミルクティーでも入れてくれよ」
「いらないよ、そんなもの。
重い愛の言葉を恥じらいもせず軽やかに言い放つ彼女にため息をひとつ吐くと、手を繋いだまま帰路を歩く。
この服はいつかのために記念に取っておこうと、機嫌の治った彼女を眺めながら思うものの、心の奥ではそれどころでは無い不安がふつふつと湧いていた。
きたる
次回から10月9日です。温度差でグッピーが死ぬ予定です。