ごめんよ馬場くん。
原作既読前提で書いているのでわかりづらいかも知れません(今更)
92話:幕開け
十月九日、バタバタと忙しく仕事をこなし、やっと一息つこうと病院内の自動販売機にお金を入れる。
二段目のボタンを押し、無糖のコーヒーがガコンと音を立てて取り出し口に落ちると今度は別の音がこめかみの近くで聞こえた。
「また随分なご挨拶だね?」
こめかみに当てられた重い銃口から微かに臭う煙に顔を顰めながらコーヒーを取り出すと、缶の蓋を開けて苦いコーヒーの香りで書き換える。
白い髪と赤い目、杖を着いて体を支える大切な患者の物騒な挨拶に動じることも無く、喉を潤すコーヒーの旨味に浸りながら白衣のポケットに手を入れた。
「情報が欲しい。電極の設計図だ」
「チョーカーの調子が悪いなら僕が治してあげようか?」
苛立った声で睨む彼の首についた黒いチョーカー型の電極、それは八月最終日脳に風穴を開けた彼のために作ってあげた
脳を損傷し、演算も会話も歩行も困難になった彼を補助する一万の
「命綱のオンオフを他人に握らせるつもりはねぇ。上層部の連中にもオマエにもだ」
「……そうか」
ドスの効いた低い声で脅す
渡されたUSBは正真正銘の本物で、彼の望むものが入っているというのに彼は疑い深いのか訝しんだままだった。
「用意がいいな」
「患者に必要なものを用意するのが僕の仕事だ」
コーヒーの苦味が胃に落ちる。
医者として患者の望みは叶えたい。どんな人間でも救いの手を差し伸べるのが医者であり、その価値観に従って仕事をするだけ。
USBも、家も、人生も、何もかも患者の為ならば用意する、それが医者としてのプライドだった。
「所で
そう言えばと、先程の退院してしまった小さな少女を思い出すと、
しかし、そこにはもう白髪の少年は影もなくなりどこかへまた行ってしまった。
「はぁ、まったく……家出が最近の流行りなのかね?」
大切な家族に会いたがらない彼の姿に金髪の少女の顔が脳裏に浮かぶ。
十歳から学園都市で面倒を見ている大切な愛弟子とここ数週間連絡が取れておらず、大変優秀な学生が隣にいるのは知っていても少し心配だ。
六年もの間面倒を見てきた子供に愛情が湧くのも当然、どこか抜けている可愛い子供が今どこで何しているか気になっていた。
「どこで油売ってるんだか」
人種を特定できない混ざった遺伝子、能力の常識から外れた力と異常なほどの優しさは学園都市にも、アレイスターにとってもこれ程にない研究材料。
気にするのも当然か。
ボーイフレンドが何とかしてくれることを祈りつつ、騒がしい病院の廊下で缶コーヒーを飲み干した。
◇
演説の中継を写すタブレットを両手で持ちながら隣に座る垣根帝督の肩に寄りかかる。
暗い部屋の中、柔らかいソファで二人だけ。近い距離に恥ずかしさを僅かに感じながら暖かい体に体を預けた。
「猟虎ちゃんのほうは順調そうだね」
タブレットに映されたのは野外会場で行われている親船最中による演説の中継で、現在はトラブルにより画像が差し替えられている。
トラブルとは機材でも野外特有の天気の問題でもない。物語とは違い、成功した暗殺計画に薄く唇が歪む。
弓箭猟虎が生存したおかげで親船最中は捕食者の餌食にされ、血を流した。
ただやはり弓箭猟虎の性格故、親船最中は数箇所撃たれ、手負いになる程度の怪我で済んだ。
殺すことが目的ではないので作戦そのものに支障が出なければいい。
その点においては弓箭猟虎は適任と言えるだろう。
「さっき引き上げを命じた。アイツの性格的にはもうちょい遊びたいって言うと思ったが、お前の名前だしたらすぐ帰ってくるとさ」
「扱いやすくていいね、あの子。可愛いし、お嬢様だし、もう少し落ち着けば垣根くんと相性良さげじゃない?」
黒髪のハーフツインに、同じぐらいか、天羽より少し小さい程度の平均以上の胸、可愛い系の整った顔をしているお嬢様。
垣根と並ぶとお上品さが際立ち、チグハグながらお似合いに感じる。事実、一途な子のほうが
「今度はあのうるさいのと付き合えとか宣うつもりじゃねぇだろうな。いい加減聞き飽きたぞ」
「別に?垣根くんが幸せなら誰でもいいし。でもロリはダメだから、せめて大人になるまで待ってあげてよ?」
「はぁ……面倒くさくなってきた。つか、お前いいのかよ」
しかし猟虎が嫌なのか、不機嫌そうな顔で天羽の肩を抱き寄せてため息を着く。
手持ち無沙汰に黒髪を指に巻き付けながら遊ぶ彼に特別怒ることもせず面倒臭いと言わんばかりの彼の顔を見上げた。
「なにが?」
「親船最中を殺さないでって言わねぇの?弓箭の性格が即死に繋がるものじゃねぇから今回死ななかったものの、別のスナイパーとかだと死んでたんだぞ?」
「んー、色々とバックアップしてくれた人だから恩は返したいけど、あんま好きじゃないんだよねぇ……」
学園都市統括理事会の一人、親船最中。『スクール』が狙うその女性は、天羽の通う学校に在籍する先生の親。
直接は会った事ないが、大覇星祭での係などを先生経由に伝達してもらっていたこともある。
なので恩はある。優しい人だということも知ってる。
けれど決して善人ではない。
人を傷つけることはしたくなかったが、どうやっても死なないのが分かっていたことと、垣根の機嫌を損ねる可能性を危惧したら大きく意見を言うのもはばかれた。
「なんでだよ?学生に選挙権を与えるってお前好きそうじゃん」
「学生は子供なんだよ、垣根くん。それがどういうことか分かる?」
親船最中の演説内容は至極簡単。大人に支配された学園都市で子供が選択肢を得ることである。
子供に選挙権を与え、大人への発言権を得る。それが親船最中の政策で、希望だった。
しかし天羽はそんなものただの馬鹿の戯言にしか聞こえない。
「たとえどんなに頭が良くて、演算能力が高くても、彼らは子供で、責任を負うべき立場じゃない。だから普通は選挙権は20とか18なの」
学園都市の子供たちは天羽の知る子供と比べてかなり未熟だ。
幼い頃からの親と離れた一人暮らし、遮断された外のニュース、2020から進んでいるんだか遅れているんだかよく分からない技術の差。外の世界とではファッションなどの流行が一時代遅れていたり、占いよりも都市伝説や陰謀論を好むなど、学園都市と外の世界は全く違う。
未熟なのだ。
随分前にも垣根に話したが、都市伝説や陰謀論を信じて好む人は特別になりたがる人が多い。
それこそ
そんな子供たちに選挙権を与えたらどうなるか、考えなくとも想像つく。
「どんな形であれ、大人が無能の証を責任という形で子供に押し付けるのは、立場ある大人がするべきことでは無いんだよ」
それだけじゃない。無知で経験の浅く、責任能力のない子供に
子供が選んだ指導者の責任を取るのは同じ子供である。学園都市に入った責任を子供が不幸という形で負う現在だって腹立たしいというのに、それ以上子供に責任を押し付けて何がしたい。
統括理事会の唯一の良心と呼ばれるその老女は、天羽にとっては使い古された空論を振りまくただの老害だ。
大人が子供を守るべきなのに、この世界の人間共はそんな単純なことすら出来ない。アレイスターも、木原たちも、警備員も、暗部も、魔術師も。
私利私欲にまみれたクソ野郎ども。
こんな単純な理論を理解する頭もないクズ共のせいで皺寄せが可愛い垣根のもとへ来てしまう。ならば正義の鉄槌くらい下したって問題は無いだろう。
「それに、親という存在はどれほど大切か分かってるくせして他人の子供が親と離れ離れになるこの状況を是非としている時点でアレイスターと同類だしね」
「はぁ、理想が高いな、相変わらず」
ため息を吐いて頭を撫でながらソファから立ち上がると、彼は部屋から出ようと扉の前に立つ。
一変して雰囲気が変わる彼の背を追って天羽も柔らかいソファから腰をあげた。
「もう行く?」
「弓箭もすぐ帰ってくる。手薄なうちに行くのがベストだろ?」
「うん、わかった」
「……大丈夫か?」
手招きする彼の手を取って隣に立つも、心配そうな彼の顔に足が止まる。
人が傷つくことにも動じず従順すぎる天羽に恐ろしさを感じたのか、彼は静かに釘を刺す。
杞憂だというのに、心配事が尽きないリーダーに微笑みが浮かんだ。
「もちろん、垣根くんのためならなんだって出来るんだから」
この美しい愛のためなら、どんなに汚い血の海の中でも息をしてみせる。
理解されなくても、寂しくなんかなかった。
◇
少し混んできたお昼時のファミリーレストラン、奥のボックス席に鯖カレー缶や映画のパンフレットなどが乱雑に置かれ、麦野を含めた女子四人がテーブルを囲む。
持ち込んだシャケ弁当を丁寧に食べながら各々好き勝手にお昼を楽しむ彼女たちに目を向けた。
「昼前に統括理事の親船最中が狙撃された事件があったけど、あの件そろそろこっちも動きたいんだよね」
携帯を取り出すと、真っ先にウェブサイトが開く。
親船最中の演説が襲撃により中断されたと大きく掲載されたネットニュースを尻目に部下たちは報告に騒ぎ始めた。
「あぁ、公演ででしょ?」
「たしか死に至るほどではないらしいですけど、それが?」
「はぁ……そいつらが企んでいることは、私たちアイテムの討伐対象だからよ。何考えてんだか知らないけど、私たちの仕事が増えたってわけ」
金髪にベレー帽をのせた小柄な少女、フレンダと、同じように小柄な茶髪頭をしたニットワンピース姿の絹旗最愛が報告に茶々を入れてうるさく騒ぐにもかかわらず、ただ一人無言で空を眺める滝壺理后にため息を吐くと再び言葉を続けた。
「まあ反乱分子を叩くのがうちらなのはわかるけど、なんでそいつらは親船なんか狙ったんだろーね」
「確かに。言ってはなんですけど、影響力もない、殺す価値があるかも分からない人ですよ?」
「逆に考えるのよ、暗殺するだけの価値がないからこそ選ばれたって」
「超意味がわかりませんが」
そして彼女、
反乱分子を排除することに趣を置いた暗部組織アイテム、それが彼女たちがいる吐き溜め。
どこの誰だか知らないが、統括理事会の一人を未遂とはいえ暗殺計画を実行したならば討伐対象になる。
「VIPが暗殺されかけたらどうなる?」
「え?一部の警備は混乱するでしょうね。VIPの周辺や犯人捜しに人員を割かなくちゃいけないし、医療スタッフや機材なんかも超動員されることになるでしょうし」
「その混乱に乗じて何かしでかすつもりなのよ。つまり騒ぎを起こすための標的としてギリギリセーフなラインである、死んでも影響が少なくて警備が薄い親船が選ばれたってわけ」
「親船カワイソ!」
「つまり、襲撃のせいで警備が手薄になっている施設をチェックすれば敵が現れるのよ」
間抜けな奇襲者の手口くらい分かる。革命家気取りの馬鹿がはしゃいでいるのは虫唾が走り、腹立たしい。
「下部組織に連絡して車を出させて。馬鹿騒ぎするクソ野郎どもを皆殺しにしなくちゃね」
食べ終えたシャケ弁から手を離し、硬いソファから腰をあげる。
仕事を増やした馬鹿共を皆殺しにしなくては気がすまなかった。