とある科学の肉体支配   作:てふてふちょーちょ

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93話:望まれない救い

アクセルを倒し、学園都市の街を走るタクシーの中、跳ねた茶髪を揺らして窓の外をみる少女は不機嫌そうに口を尖らせる。

水玉模様のキャミソールワンピースの上から大きめのシャツを羽織った少女の視線の先には灰色の空が広がっていた。

 

「んー、なんか方向が違うって、ミサカはミサカは訴えてみたり」

 

「いいえ、あってますよ」

 

「第六学区の遊園地に行ってみたいって、ミサカはミサカは願望を繰り返し表明してみたり!」

 

「と、繰り返しおっしゃるのを気にせず、ご自宅までお送りするようお医者様から申し使っておりますので」

 

赤信号で停車し、信号を待つと少女は瞳を輝かせて甘えた声で可愛らしくミラーに映った運転手をじっと見つめる。

ミサカと名乗った不思議な喋り方の少女は住み慣れた家よりも遊園地のほうが大事なようだった。

 

しかしどんなに可愛らしくせがまれてもプロである運転手は有無を言わさず自宅への帰路へ着く。

未だに変わらない信号と後ろの席に座る小さなお客さんを交互に確認しながらアクセルから足を離した。

 

「ならここで降ろして?ミサカの足で行って見せるから、ってミサカはミサカはちょっぴりお姉さんみたいにお出かけがしたいと言ってみたり!」

 

「目的地までの料金をすでに貰ってますから、途中下車は……」

 

信号が青に変わる瞬間、気を逸らしてしまったのがいけなかった。

ばちっと静電気が発生したかのような小さな音が聞こえると同時に後部座席にいた少女は電子ロックされたドアを開けて道路へ飛び出す。

 

「この隙にミサカは逃亡を図ってみる、ぅ!?」

 

「わっ、大丈夫?」

 

「お客さん!」

 

幸いなことに一番端のレーンで信号待ちしていたため他の車と接触することは無かったが、勢いよく飛び出した少女は見知らぬ女性の体とぶつかって金色の髪がひらひらと地面に散らばる。

慌ててタクシーを走らせ適当なところで路上駐車をすると、転んでしまった小さなお客さんと巻き込まれた女性に駆け寄った。

 

「あれ?天羽だ!」

 

「ラストオーダー、こんなところでどうしたの?」

 

地べたに尻餅をついた女性は少女を抱き留め優しく声をかける。

十月というのに未だ夏服を来ている女子高生は一緒に転んだことも気にせず、知り合いの少女に傷がないか確認しながら立ち上がった。

 

「おや、貴方は確か……病院の」

 

「こんにちは。この子はうちの病院の患者さんだったはずですが、どうしてタクシーに?」

 

金髪に桃色のグラデーション、きっちりと化粧が施された大人びた体の童顔な女子高生に見覚えがある。

第七学区の病院に通院する人や呼び出されるタクシー運転手、救急隊、そういった人達の間では名の知れた看護師見習いの女子生徒だった。

 

高い背、ハーフ顔、モデル並みの細い手足、なのに脂肪の着いた胸と尻、高い腰の位置と適度についた筋肉のおかげで貧相に見えないしっかりしたプロポーション。

病院にそぐわない今時な格好はそうそうおらず、記憶に残りやすかった。

 

「退院されたのでお医者様からご自宅まで送るように申しつかっていたのですが……」

 

「やだ!」

 

簡単に概要を伝えると、少女は女子高生のミニスカートに隠れるように抱きついて子猫みたいに威嚇する。

その姿に困ったように顔を見合せ、しばらく戸惑っていると観念したように背の高い高校生は声を上げた。

 

「じゃあラストオーダーちゃん、あたしのお友達と三人で一緒に帰ろうか。楽しいと思うよ?」

 

「お友達?」

 

「杠ちゃん、ご挨拶を」

 

朗らかな笑顔で妥協案を伝えると、彼女は近くの街灯のそばで様子を見ていた黒髪の少女を呼び寄せる。

 

「……だれ?」

 

黒いショートカットの眠そうな少女はスカートを握りお客の少女と目を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

匂いのしない灰色の施設にヒールの音が響く。

素粒子工学研究所、この場所が親船最中の暗殺未遂でゴタゴタが起きた唯一の施設だった。

 

「素粒子工学ねぇ」

 

「こんなところの何を狙ってるんでしょうね」

 

誰かが侵入した形跡のあるドアをくぐり、着いてくる三人の部下たちの声が静かな道に反響する。

絹旗の疑問に対する答えは誰もいないこの場所では見つからない。

 

「麦野いるしヨユーでしょ、人もいないし」

 

「……」

 

「というか、戦闘員すらいない……チッ、予想が外れたか?」

 

廊下をぬけ、広い空間に出ても周りに人は誰一人いなかった。

フレンダの余裕そうな表情とは反対に、ピンク色のジャージの裾を心配そう握りながら黙り込む滝壺を背にぐるりと周りを見渡す。本当に人一人いない施設に不穏を感じるのも無理はない。

 

「あらあら、うるさいと思ったら。四匹も子羊が迷い込んだようですね」

 

予想が外れたかと腰に手を当て眉間に皺を寄せていると、ソプラノの少年声が広い施設にこだました。

聖歌隊にいるような優しい声に上へ振り向くと、声に似合わない背の高い女が鬱陶しい前髪を伸ばして吹き抜けの上の階から見下ろしていた。

 

「あ、アンタは…」

 

「どっかで見たことあるような……」

 

「お久しぶりです、絹旗最愛さん。お元気そうで」

 

「第六位、藍花悦……!!」

 

絹旗が目を見開いてその女の名前を呟く。もはや都市伝説に近い実態不明の名前に再び女の方に顔をあげると、星の輝く右目と目があった。

 

物語に出てくる日本のお姫様のようなくるぶしまで届く長いストレートの黒髪、ヘブンリーブルーの膝丈ワンピースと白いエプロンを揺らして品のいい少女は優しく笑う。

背は平均よりずば抜けて高く、胸も麦野より一つほどサイズが大きくて、人形のような幼く気怠いハーフ顔が生意気そう。

麦野とは相容れないような、そんな感じの女だった。

 

「初めまして、アイテムの皆さん。『肉体の支配者(ドミニオン)』の藍花悦と申します」

 

男がこぞって欲しく(ヌキたく)なるようなプロポーションの高嶺の花は優しい少年の声で笑顔を見せる。

ナイチンゲールのような昔の看護服に似たエプロンとワンピースを翻し、階段の手すりから身を乗り出してせせら笑う女に苛立ちしか感じなかった。

 

「テメェが?何人か藍花悦を名乗る無能力者(レベル0)に会ったことはあったが、本人に会えるとは」

 

「……超デカイ女だったんですね。てっきり男かと」

 

「ぼく、女にも男にもなれるんです。そういう能力なので」

 

肉体変化(メタモルフォーゼ)?随分と珍しい能力だな」

 

笑みを絶やさぬまま藍花悦と呼ばれた少女は長い髪をなびかせる。長い前髪で隠れた左目にも眩しい星が輝いていた。

 

「麦野、この女はそんなものじゃ、ッあぎィ!?」

 

「ちょ、絹旗ッ、ゥ、ふゔッッぃ!?」

 

「ッ!?おい!」

 

星の輝きが増すと後ろで事を見守っていたフレンダと絹旗が途端に悶え始め、こと切れる。荒い息を繰り返し、汚い地べたに体を伏せてそのまま呻き声一つこぼさない。

 

「クソ女、テメェ一体何をした?」

 

「ぼくの能力は肉体変化(メタモルフォーゼ)なんかではありません。安全に、危険なく、戦闘前に戦闘不能にできる不殺の武器です」

 

喉元を押さえたまま失神した彼女たちの姿に目の前のふざけた女が何かをしたと勘付くと、強く女を睨む。

空気を操ったか、それとも精神のほうか、どんな手を使ったかは分からないが、目の前の女が何かしたのは明白。妖精のように悪意のない笑顔を続けるクソ女の優しい声がひどく耳障りだった。

 

「目的は滝壺理后さんだけですし、降参するなら何もしませんよ」

 

「私……?」

 

「寝言言ってんじゃねぇぞ、クソアマ!!!」

 

少し狼狽えた滝壺を庇い、蒼白い閃光を作り出して固定された砲台のように巨大な力を放出させる。

原子を曖昧なまま固定し、強力な蒼白い光線を放つ『原子崩し(メルトダウナー)』はどんなものでも溶かし尽くす。第六位の格下がそれを避けられるわけもなく、微動だにせず爆発の中に飲み込まれていった。

 

鉄が焼ける匂いと灰色の視界。煙を巻き上げ破壊された階段の踊り場を見て無意識のうちに口角があがる。

人の影が見えない煙の奥に勝利を確信した。

 

「オイ、なに人の女焼こうとしてんだよ」

 

しかし唐突に響いた男の声に勝利は消え失せる。

煙の向こう、藍花悦が居たその場所で淡く発光する白い繭に目が奪われた。

それは大きな翼だった。少女の体を守る強靭な白い翼はゆっくりと開き、煙幕を吹き飛ばして全貌を露わにする。

 

「っテメェは、未元物質(ダークマター)……!!」

 

「名前で呼んでほしいもんだな、俺には垣根帝督って名前があんだからよ」

 

鼻筋の通った小綺麗な顔に似合わない黒い鉛のような瞳が白い翼から垣間見えた。肩につく茶髪を揺らしながら藍花悦の肩を抱く男にひどい嫌悪感を催す。

さらに格上の恐ろしい男の登場にはらわたが煮え繰り返って仕方がなかった。

 

「……別に垣根くんの手伝いがなくたって大丈夫だったのに」

 

「嘘つけ、避けようともしなかったくせに」

 

第二位と第六位、二人指を絡めて甘い言葉を囁き合う。気持ち悪い光景が進む。

まるで子供の擬似的恋愛。自慰のようなその光景に鳥肌が立って、吐き気が止まらない。

 

鉛色の瞳が二つ、見つめ合う姿がひどくおぞましかった。

 

「第二位と第六位が恋人ごっこかよ、気持ち悪りぃ。イかれた同士、乳繰り合って楽しいか?」

 

「テメェは黙ってろ」

 

「ッ!」

 

思わず飛び出た罵倒に巨大な翼が地面にめり込み足場を崩す。受け身をとって距離をとることにすんでのところで成功するが、アイテムの要である滝壺はそのまま吹き飛ばされ壁に衝突して小さな呻き声をあげた。

 

「もー垣根くんは怒りっぽいんだから」

 

「お前だって我慢ならねぇだろ?」

 

「えぇ、まあ。そうですけど……ほら、早く終わらせちゃいましょう?」

 

かつんかつん、低い白のヒールが音を鳴らし、藍花悦は階段を優雅に降りる。

 

「滝壺!テメェ、ぶっ殺してやる」

 

「大丈、夫……私が、なんとかする……」

 

「体晶飲んだって意味ありませんよ、だってぼく、AIM拡散力場なんてもってませんもの」

 

ゆっくりと滝壺に向かって歩くおぞましい女に気圧されながらも滝壺は痛みを我慢して立ち上がる。

小さなケースで持ち歩く能力体結晶を何を思ったのかおもむろに口にし、大きく目を見開く滝壺に藍花悦は少し笑い、恐れることもなく突き進む。恐れを知らない黒い瞳を攻撃したくても、なぜか動かない重い体がそれを拒んだ。

 

「ぼくは博愛主義なので人殺しなどはしません。けれど、その役からは降りてもらいましょうか」

 

「ッッうガッ、おぇぁぁぁ……!」

 

「何を、して……」

 

自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を破壊しているんです。大丈夫、ぼくの方にバックアップはとっているんで能力そのものがこの世からなくなるわけではありませんから、安心してくださいね」

 

「は……?」

 

体晶飲み込んだのにも関わらず、何も起こらず、何も喋らない滝壺はそのまま膝から崩れ落ちる。

その姿を高い背で見下ろす女のおぞましい笑顔に痙攣しながら叫ぶ滝壺を呆然と眺めることしか出来ない。

それしか体が許されていなかった。

まるで魔法にかけられたよう。

体が石と勘違いするほど重く、神経が繋がっていないと錯覚してしまう。種も仕掛けも分からない金縛りに、歯を食いしばることしか出来なかった。

 

「恐ろしいですか、第四位。キミが誇る唯一の兵器が、こんなぽっと出の女に奪われて」

 

「ッッァ、ァ!この、クソッタレェェ!!」

 

重い体を必死に動かし、憎たらしい笑みに指を向ける。弱々しく点滅する光が女に向かって放たれるも、鉛筆程度の細さしかない閃光は大きな的に当たることもなく消え失せ、何も得られない。

ただ恐怖が募る。

目線を合わせるようにしゃがむ女の黒髪が牢獄のようで恐ろしい。

 

「今は何も考えずお眠りなさい。目を開けたらただの一般人(モブ)に成り果ててしまうだけですから」

 

脳が掻き混ぜられていく。脳髄が破壊され、水分が移動し、視界が鈍く光る。

抗えぬ冒涜的な恐怖に歯を鳴らし、嗚咽を漏らすしかできず、声を出すこともままならない。

 

失っていく記憶、使い方を忘れていく能力、全てを失っていく。

麦野沈利という人間が破壊され、また新たに作り直されていく感覚だけを残し、意識は闇の中へと眠っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第四位の無力化!?」

 

「ああ。超能力者(レベル5)の順位がどうなるかワカンねぇな」

 

ガラスブロックが照らす広い室内、ソファの上で手に入れたケースをばらす垣根の背を見つめていると、研究所での出来事について報告された部下三人は異様な形相でこちらを見つめる。

 

「使い方を忘れさせただけですよ。無能力者(レベル0)と変わりはありませんが、超能力者(レベル5)の立場がなくなったわけではないと思いますよ?」

 

「似たようなもんだろ」

 

「それに滝壺さんの方は能力を破壊しましたが、垣根くんの方にデータは送りましたし、この世から能力追跡(AIMストーカー)がなくなったわけじゃないんですよ?」

 

「俺とお前がいれば学園都市中の能力コピーできんじゃねぇか?ほんと、俺から離れるなよ?」

 

誉望万化の驚いた声に淡々と説明しながら研究所から拝借した黒い箱を分解していく。

垣根の言う通り、第四位麦野沈利とその場にいた面倒な人達全てに記憶、見ている現実、認知、それらを歪め、改竄した。

AIM拡散力場に直接手を下すのは赤い体晶を飲まなくては出来なさそうだが、体そのもの、脳そのものへの干渉はドーピングをしなくても出来る。

第四位も未来の八人目も、将来垣根帝督というキャラクターの幸せを邪魔をする。05がいる以上、その可能性がないとも言いきれないのなら、今の時点で無力化するのがきっと正しい選択だ。

 

浜面仕上(ヒーロー)も、滝壺理后(ヒロイン)もいないこの世界線なら、きっと垣根帝督と杠林檎がその場所を取って代われる。

そうすれば未来(主人公補正)が保証される。

彼女が見たい未来が約束される為ならば、鬼でも悪魔にでもなるつもりだった。

 

「離れるななんて、甘ったれですね。お姉さんがハグして差し上げましょう」

 

「物理的にくっつくな。危ねぇから」

 

「あっ!垣根さんずるい!悦さん、私も!はははハグをぉ!!」

 

「俺の周りで遊ぶんじゃねぇクソガキども」

 

感極まって機械をいじる垣根に抱きつくと、後ろから弓箭猟虎も抱きつく。

垣根に怯えもしないその肝に内心驚きながらソファ越しに後ろに立つ猟虎を軽く抱きしめると、もう一度垣根の手元を見る。

色々なパーツが散らばるローテーブルの前で凛々しい顔で手を忙しなく動かす垣根の姿に猟虎から手を離して大人しく彼の隣に座り直した。

 

「分解してるんですっけ。えーと、なんでしたっけ、なんたらマニュピレーター」

 

「超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター、な。通称ピンセット」

 

「で、そのピンセットを組み直すんですよね。めんどくさいですねぇ、箱のまま使えないんですか?」

 

「こういうのは盗難防止に外側を大きくして重くしてるので、組み立て直すほうが無駄がなくて便利なんですよ」

 

「それは分かってはいるんですけど……」

 

側に立つ誉望の説明はもう既に知っていたこと。

しかしアイテムも無力化し、メンバーもアイテムが壊滅したことによって現場が混乱し、データで追跡していた彼らは未知の藍花悦の登場により追跡もままならない状態のはず。

ならば別に小型化しなくたって支障は無さそうだというのに。

 

「でも設計図なしでそういうことしちゃうって、やっぱり垣根くんってカッコよくて頭いいですよねぇ。うっかり惚れちゃいそうです」

 

「もうすでに惚れてる女が何言ってんだ」

 

「寝言は寝て言ってください」

 

だが真剣な目で機械をいじるイケメンの姿は悪くない。

隣に座って横顔を眺めて微笑ましい姿に笑うと、面倒くさそうな表情に変えて一度手を止めた。

 

「……貴方、天羽って彼女がいるんじゃないの?」

 

「あ?あー、あれは違う、妹みたいなもんだ」

 

「都合いい女ってこと?あの子可哀想ね」

 

手を止めていると、心理定規(メジャーハート)が近くの一人用ソファに座って呆れたようにため息を着く。

天羽彗糸が藍花悦と別人と認識を弄っているせいとはいえ、垣根が二股をしていると思われるのは少し腹立たしい。

というか彼女だと思われることすら腹立たしい。

 

天使は恋なんてしてはいけないのだ。別次元の生き物は他次元の生物と愛を成してはいけないのだ。

無性愛を貫かなければいけない、恋を知ってはならない。

 

それ以上踏み込んではいけない。

人を救えなくなってしまう。

 

「垣根さんって結構クズ……」

 

「誉望?」

 

「ッ、なんでもないッス!!」

 

「誉望くんに怒らなくたっていいじゃないですか。可哀想ですよ」

 

「藍花さん……」

 

重い枷に固唾を飲むと、立ったまま背中を縮こませる誉望に目を向ける。

嫌な考えを取り払うように少年の手を取り頬を膨らませた。現実を取り払うため、少年に優しくする自分が何とも滑稽にしか見えない。

 

「二度目はねぇからな?」

 

「俺、見回り行ってきます!!!」

 

手を取った瞬間に広い部屋に響く怒気を含んだ低い声に誉望は勢いよく部屋を飛び出した。

 

「さて、組み直したぞ」

 

あまりの速さに驚いて声も出せず唖然としていると、苛立ったように彼は足を組んでソファに体を預ける。

手に着けた二本の爪が伸びる機械仕掛けの手袋を見せびらかすように掲げ、不機嫌なまま部下の二人に目をやった。

 

「解析してる間はお前ら休んでていいぞ、少し時間がかかるからな」

 

「分かりました!じゃ、じゃあ悦さんはわたくしと……」

 

「テメェは教育係と行動しろ」

 

「えーッ!」

 

嬉々として天羽の首に腕を回す猟虎を鋭く睨むと、垣根はもう部屋に居ない誉望が飛び出て行った扉を指さして冷たく命令を下す。

酷く恐ろしい形相に流石にいいえを言える肝は猟虎と言えど持っていないようだった。

 

「また後でね、猟虎ちゃん」

 

「うぅ、行ってきます……」

 

「なら、私はちょっとお小遣い稼ぎにでも行ってこようかしら」

 

垣根の一言で悲しみにくれる猟虎の哀愁漂う背中を見送ると、今度は心理定規(メジャーハート)が立ち上がる。

桃色のワンピースを翻し、流し目で見下ろす少女に垣根はため息を吐いて足を組み直した。

 

「あぁ、恒例のエロい副業な」

 

「ただお話を聞くだけ、カウンセリングよ」

 

「おっさんとホテルで二人っきりなんだろ?勘違いされる要因はそっちにある」

 

「ホテルの一室で雑誌捲りながらお話すだけよ」

 

呆れながら手に着けたピンセットを弄ると、心理定規(メジャーハート)は少し眉間に皺を寄せる。

内容を察するに彼女はパパ活、あるいはそれに似ている事でお金を稼いでいるそう。

 

パパ活とは、女性による非合法なデートのサービスである。

基本的には食事やお買い物などのサービスを行い、高額なプレゼントや金額を見返りとして貰う女性によるお小遣い稼ぎ。

しかし大抵は肉体関係もそのサービスの一部になることが多く、立派な売春行為である。

また、得た利益から税金を払わなかったら脱税になる。贈り物にも贈与税があるため、金銭を受け取ってなくても脱税になる場合もあったりする。

 

「金持ちがお店に通って女にお金を渡す理由って知ってる?別に性欲を満たしたいんじゃなくてね、仕事以外の人間関係を自力で構築したいのよ」

 

「へー、みんな優しいんですね。大切にされてて何よりです」

 

「……はい?」

 

パパ活をしている設定とは知っていたが、どうやら体までは売っていないようで、少し驚く。

前世での男という生き物は、大抵『お持ち帰り』しようとしてくる。それは前世での理想の女性像が巨乳だからとは分かっているが、この世界ではスタンダードらしい体の彼女がそういった行為をしていないとは驚きだった。

恋愛だけでなく、性交渉もこの世界のキャラクターは未経験なのだろう。オリアナと、子供を産んだ母親たち以外は。

恋愛経験も性経験もない、いびつな思春期の子供達。

それが作者の好みなのかは一切分からないが、その世界観が目の前の少女の認識を歪めてここまで危機管理能力を低下させたのかと思うと痛ましい。

 

「いや、手を出さない男性って凄いなって。性欲を隠してキミと接してくれる方はいい人だと思いますよ?ぼくはそんな大人、ここに来る前は会ったことないので」

 

「……それは貴女が男との距離を間違えてるからじゃないかしら?」

 

「んー、でも男の人って結構穴さえあれば誰でもいいって方多いですから。稀でしたが睡眠薬とか幻覚剤の類を使われたこともありましたし、気をつけた方がいいですよ。これでも心配してるんです」

 

「……ご忠告どうも」

 

嫌そうな顔で扉を閉めて出ていく彼女の小さな背中を見送ると、ソファに深く体を沈ませる。

長い間ぼくっ娘の敬語キャラである藍花悦を演じることに少し疲れてしまった

 

「で、睡眠薬とか、お前平気だったわけ?」

 

「ん?んー、まぁ。性交渉には妊娠と性病ってリスクがあるからね、妹を治すまでは健康でいたかったし、金銭トラブル避けたかったから何度も国家権力のお世話になったよ」

 

疲れから息を大きく吐くと、ピンセットを弄ったまま垣根が胸の辺りに頭を乗っけて寄りかかる。

可愛いつむじを見せながら、ピンセットから飛び出る長い爪をカチャカチャと鳴らして小さく呟いた。

 

「やっぱ処女じゃねぇか」

 

「…………大人なんですけど、二十四歳だったんですけど、経験済みなんですけど」

 

「そうだな、大人大人、可愛い可愛い」

 

どこか安堵した声色で顎を胸に乗せて馬鹿にしたように笑う彼の顔に頬を膨らますと、頬を撫でられ更に笑われる。

少し腹立たしい彼に少しでも反撃しようと彼の頭を抱きしめ胸に埋めて、遠回しに嫌味をぶつけてみることにした。

 

「……それより、あたしよりも垣根くんが睡眠薬とか飲んだら危なそうじゃないですか?ぼくとは違って体内は操れないんですよね?」

 

「そうだな、一定時間は寝るかもしんねぇが、多分他の人間より効きが遅くて効果が切れるのが早いと思うぞ」

 

しかし嫌味も学園都市第二位には効かず簡単に拘束を解き、今度は胸ではなく肩に横から寄りかかる。

嫌味を避けられた上に抱擁まで逃げられた事実に肩を落とすと、わざとらしくため息をついた。

 

「まったく、ムカつくくらい便利ですねぇ、未元物質(ダークマター)

 

「お前も充分便利だよ」

 

「そう思うなら、ボロボロになるまで使い潰してよね?」

 

嫌味にしか聞こえない彼の言葉に小さく呟く。

あなたの為の人形だというのに、甘く優しいご主人様は使用方法を極端に間違えていた。




っょぃ
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