「杠は何処に住んでるの?寮で一人?と、ミサカはミサカは聞いてみる!」
「大きなマンションに、天羽と、垣根と、カブトムシと」
静かに進むタクシーの中、小さな二人組が楽しそうに会話を続ける。
アホ毛が飛び出た茶髪の少女、
真ん中の席で二人仲良く互いに話す光景は少し微笑ましい。
「垣根?」
「かっこいい、お兄ちゃん?みたいな」
「その人知ってるかも。会ったことは無いけど、ミサカを病院に連れて行ってくれた人だよ」
「そうなの?」
「うん、多分」
そろそろ家が近い帰路の途中、マスターの名が会話にあがる。
下手なことを言わないで欲しいと心配になりながら、窓から見える外の景色を目で追った。
「ありがとうございました」
「お気をつけて、お嬢さんたち」
過ぎ去る景色も止まり、タクシーの運転手に笑顔を向けて見覚えのないマンションへと向かう。
もう仲良くなったのか、二人手を繋いでタイルで舗装された道を歩いた。微笑ましい光景に少し唇を噛んでしまうのは宿命のせいか。
「では、おうちに戻りましょうか」
「えー、まだ遊んでたいって、ミサカはミサカは名残惜しそうに手を繋いでみたり」
「……じゃああたしの家に来る?ここから近いし」
予想どおり駄々をこねる子供に用意していたセリフを伝えると、彼女の頬はみるみるうちに赤くなってピンとはねたアホ毛が電磁波の影響か真っ直ぐ伸びる。
人目見てわかる感情に罪悪感と呼べるものを感じながら彼女達の手を取った。
「え!いいの!?やったね、杠!ってミサカはミサカは歓喜のあまり飛び跳ねてみる!!」
「……うん、嬉しいな」
二人の少女を両手に目の前の目的地から遠ざかる。
慣れ親しんだ自宅へ向かう足取りは、いつもと違う体のせいか、酷く重かった。
いつものスキルアウトのたまり場所、監視ロボットから身を隠すための鉄条網と、空からの監視を逃れるためビルの間にかけられた色とりどりの布が目につく路地裏、前を歩くゴリラのような大きな背中を追った。
友人から連絡があったと突然立ち上がったかと思えば、彼、駒場利得は浜面の首根っこを掴んで路地裏に出たのだ。
不可解な行動に目を点にしながらリーダーについて行く。彼について行くことしか部下である自分には今のとこ出来なかった。
「やぁ、駒場さん!お久しぶりですね」
「……久しいな、藍花悦」
路地裏から同じように寂れた表通りに繋がる狭い通路の先、そこに立っていた人物を認識すると駒場はコピー機のような声を少しだけ和らげその人を歓迎する。
高級な黒塗りの車を背に佇むその人の姿に足を止めると、恐る恐る口を開いた。
「えっと、こ、この人が?」
「初めまして浜面仕上さん、お会いするのは初めてですね?」
地面を擦る長い黒髪と、前髪に隠れた左目、そして眩しい星が輝く黒い右目に萎縮し、ただの確認の言葉がどもる。
そこにいたのは自分よりも少しだけ背の低いモデルのような女性。
水色が上品な膝丈のワンピースを白いエプロンで隠し、白のカチューシャと低いヒールのパンプスで足も頭も飾る。まるで一昔前の看護婦のよう。
手に持ったジェラルミンケースが少し場違いだが、清楚なことに変わりはない。
童顔で、ハーフ顔。
お人形のような少女だというのに、顔に似合わない巨乳がどこか威圧感を放ち、実際よりも大きく見せていた。
その人の名は藍花悦。
学園都市
「……その格好は?」
「あ?あー、これは知り合いの趣味です。ほら、ぼく、女にも男にもなれるでしょう?だからよくからかわれてしまうんですよ」
服装に疑問を抱いた駒場だったが、問題はそんなものではない。
彼女の目的、それこそが一番大切だった。
「それで?第六位のエリート様が俺らのリーダーになんの用だよ」
「あぁ、駒場さんにはお話しましたが、この子達についてです」
本題に入ると、彼女は車の中を軽く指さす。高級車の中でぼんやりと空を見つめる四人の女性に眉を顰めると、駒場は知ったようにため息を着く。
「……この子達が例の能力者か」
「はぁ!?能力者!?」
くるくると巻かれた長い茶髪の気の強そうな美人、まだ中学生ほどの背の低い金髪と茶髪、そしてどこかぼーっとしてそうなジャージ姿の黒髪ボブの少女。
どの人もどこか浮世離れしていて、どこか金持ちのエリートっぽく、この溜まり場には少々場違いだ。
「お話した通り、今日から
「……そんな義理はないが」
「そうだ、なんでリーダーがそんなこと……!しかも能力者なんだろ!?」
統一性のない女性四人組に狼狽えても、藍花悦はその表情が見たかったと言わんばかりに胡散臭い笑みを浮かべる。
「うち一人はキミの大切な幼女のお姉さんです」
「……しかし、四人は面倒見切れんぞ」
「リーダー!?」
彼女の支離滅裂なお願いに少し言葉が添えられると、駒場は考える素振りをしてため息を着く。
同意と見なす言葉に驚きながら彼を見上げるが、どうやら本気でこの四人の女達を助けようと思っていたようだった。
「分かってます。だから浜面さんを呼ばせたんですよ」
「……え?」
しかし流石に四人もの人間の面倒を見れるほど駒場利得という男は暇でもない。それを見抜いたのか、藍花悦は企むような無垢な笑顔で彼らを見る。
「浜面さん、キミが面倒見なさい」
猫のように目尻が上がる気怠い目が鋭く浜面を見る。
考えたくもない言葉の羅列に喉が干上がり乾いた声がひねり出た。
「な、な、なんで!?はぁ!?俺が
「だってキミ暇そうですし、さっきから胸の辺りへの視線が気持ち悪いし……それくらいしてもらっても良くないですか?」
「いッ、いや、み、見てねぇし!てか見てても関係ねぇし!!??」
慌てて拒否するも、図星を突かれ後退る。腕を内側にいれて胸を強調するようにわざとらしく恥じらう女に小さな悲鳴が上がると、彼女は嬉しそうに女にしては高い背で見上げる。
「カジノで働く兎でも思い浮かんでました?それとも、レース上で写真を取られるレースクイーンでしょうか?」
「な、何故それを!!?」
「ぼく、エスパーなんで」
男の最低な性を心の中で叫びながら塞ぐように両手で顔を覆う。眩しい笑顔に自分の汚い欲が恥ずかしくてたまらない。
目の前に巨乳に妄想が捗らない男がいるのだろうか。
サイズは定かでないが、Fはある威圧的で圧倒的なバストを見れば誰だってバニーもコンパニオンもレースクイーンも着せたいと思うに決まっている。ミステリアスな人形女の肌に興奮するのは男の宿命と言わざるおえない。
「……諦めた方がいい。どうやっても勝てないからな」
「な、なんすかそれ……!?」
そんな邪な妄想はダダ漏れなようで、くすくすと藍花悦は困ったように笑う。呆れる駒場の姿も相まってまるで羞恥プレイのよう。
「ではお願いしますね、浜面さん。お金はここにあるんで、当面は大丈夫でしょう」
スキルアウトである浜面の手を掴み、持っていたジェラルミンケースを手渡す。
ずしっと重みで崩れるバランスに思わず声を上げると彼女はまた胡散臭い笑みで軽く頭を下げた。
「な、なっ!?こんな、えっ!?」
「浜面仕上さん、キミに一人の人間として依頼します。どうか、この少女たちを守ってやってくれませんか?」
その光景に息を飲む。
どうやら彼女は酷くお人好しで頭のイカれたエリート様だった。忖度のない態度に、いいえを突きつけるのは酷な話。
彼に退路はなかった。
「……どうなっても知らねぇからな」
「大丈夫、
受け取ったケースを握りしめて真っ直ぐ彼女を見ると、朗らかな笑顔で喜ぶ。
男がほっとかない笑顔だなと、抵抗できない自分に呆れてしまう。高位能力者には珍しい思考の女に抗うことも出来ず、彼女に笑い返すしか出来なかった。
「……相変わらず善人だな」
「いいえ、今回は切ってしまった縁を繋げ直しただけなので、正義などは関係ありませんよ。ぼく、アフターケアもバッチリなんです」
全てが終わったと言わんばかりに彼女は背を向いて車の方へ向かう。柄の悪い平凡な運転手にドアを開けてもらい、空っぽの少女たちを車から降ろしてもう一度振り返り、彼女は胡散臭い笑みを貼り付け再び頭を下げた。
「それではぼくはここで。まだ仕事があるのでね。御機嫌よう駒場さん、浜面さん」
「あ、おう……まぁ、面倒くらい見てやるよ」
車に乗りこむ彼女の違和感のある穏やかな目が優しくこの場にいる全員を射抜く。
誰も拒むことの出来ない優しくも恐ろしい笑顔に体が冷えていった。
「皆様に多くの幸があらんことを。お幸せに、元気でね」
もう二度と会わないと誓う彼女に一抹の不安が過ぎる。
しかし素性を知りもしない高位能力者にかける言葉も見つからず、そのまま走り去る車を眺めながら立ち尽くした。
恐ろしいほど全てを平等に見る異常者の力の籠った言葉を脳内で繰り返しながら、残された女たちに向き直る。
面倒事を押し付けられたと思いつつも、どこか浮き足立っている自分がいることに気がつくのはそう難しい事じゃなかった。
地面を照らす陽の光が眩しい暗い路地裏。コントラストの激しい地面に苛立ちを感じると手にした風船が一つ空を飛ぶ。
連絡のつかない
「こんにちは、お姉さん。こんな所をおひとりで歩くのは危険ですよ」
残り一つの風船が反射する光が路地裏の前で佇む少女に重なる。ヘブンリーブルーのワンピースを真新しい白のエプロンで覆ったアリスのようなおぞましくも美しい少女。
現実離れした人形のおぞましき美しさに歩みを止め、きつく風船の紐を握る。
その少女の名前は藍花悦。天使として呼び起こされた恐ろしい悪魔だった。
「でないと、悪い人が天国に連れ去ってしまいますから」
口元で人差し指を重ねてバツを作る。彼女のあざとい仕草と同時に生きてきて感じたこともない恐ろしい吐き気と寒気が込み上がると、堪え難い苦痛に膝をついた。
「っおぇぇ、ッがうぇぇぇぇ」
「大丈夫、痛むかもしれませんが、これは救いなんですよ。分かってくれますよね。アイテムの上司さん」
燃えるような熱さが内臓を焼き、凍える寒さが体を極限まで冷たくする。死を覚悟する体は汚い液体を撒き散らし、息をあげて体を追い込んでいく。
チカチカと星が見える視界に、限界を感じていた。
吐き出した胃酸が彼女の靴に飛び散る。美しい白が醜く汚れて、穢されていく姿に痛みの中口角をあげた。
ざまあみろ。
そう思って見ても、彼女の声色は変わらなかった。
「やだ、せっかく垣根くんに買ってもらったのに……替えの靴、買いに行かなくちゃ」
薄れゆく意識の中、最後に見えたのは冷徹な女の姿。
小さな声で悲しそうに呟く女の本心を掴めぬまま、重い体は熱された地面に抱きついた。