東方素手喧嘩録 作:寄葉22O
原作には全く影も形もないのに、東方二次創作ではわりと出てくる妖怪。
足取り軽く、リズミカルに石階段を下りていく男。
うんざりするような、やたら長く古ぼけた石階段すらも、男にとっては遊園地のゲートの様なもの。
階段の中腹に差し掛かったあたりで男の我慢はピークに達した。
階段を逸れて、ガサガサと藪に分け入る。
童心に帰り過ぎて、今晩の宿も危うい事に思い当たっていないあたり、男のワクワク感を伺える。
藪を抜けると、辺りはまさに森。
木々が鬱蒼と生い茂り、昼間だというのに薄暗く、本当になにかが出てきそうな雰囲気がある。
男にとっては、むしろ早く出てこいといったところだ。
男は鼻歌混じりに行き先も鑑みることなく森の中を突き進んでいく。
最早、軽い遭難である。
「っかしーな……」
男は戸惑っていた。
歩けども歩けども、森森森。
代わり映えしない光景が続く。
妖怪もなにもない、たまにいるのは野生の小動物。
博麗の巫女が言うことには、小物の妖怪は沢山いる…ということだったが、影も形もないのが現状だ。
ガサガサと風に揺れる木々までもが男を嘲笑っている様だ。
「…くすくすくす」
事実、何かに男は笑われていた。
しかし、音を消され、見える光景をねじ曲げられ、男はその存在に気づけない。
「馬鹿な人間…くすくすくす」
「干からびるまで迷うといいわ……くすくすくす」
「……というか、迷ってるのに気づいてなくない?」
男から少し離れた藪の中。
三人…妖精を人で数えるのかは定かではないが、三人の小さな少女達が男を見て嘲笑っていた。
実際には、男は何かがいるのには気づいている。
しかし、相手が悪かった。
妖精には小さな悪意はあっても、殺気はない。
自然物に近い存在であるが故に、何かいる、と察知出来ても、そこらの小動物と変わらない存在感しか感知できない、男には完全に捉えきれない。
しかし、もし男が注意深く辺りを探っていたのなら、仮に木に目印でもつけていたのなら、異常に気がつき、話は別だったであろうが……。
要は、男は浮かれているのである。
「あの人間…なんであんなに楽しそうなの?」
妖怪が跋扈する森で迷う。
もし妖怪と出会ってしまったのなら死は免れないというギリギリの状況。
どんな人間でも(一部例外はあるが)そんな状況では、小鹿よろしく震えているものであったはずだ。
なのにこの男ときたら鼻歌を歌いながら呑気に歩き回っている。妖精の能力により同じ場所をひたすらグルグルと。
「…さぁ?」
「馬鹿なんじゃないの?」
ある意味、妖精の指摘は間違ってない。
男は馬鹿なのである。妖怪との遭遇を心待ちにして、異常事態に気づけない程度には危機感はぶっ飛んでいるし、闘いたくて仕方がない戦闘馬鹿なのである。
「…なんか、つまんない」
「…そうね」
人間があたふたとする姿を想像していた妖精達は直ぐ様飽きてしまう。元より飽きっぽい妖精達だ、なにもリアクションがなければ早々に興味を失ってしまう。
「あっ!」
「ん?スター?どうかした?」
「あっちから何か来る…」
一人の妖精が指差したのは、男の進行方向だった。
「……やばっ」
「しーらないっと」
「えっ?サニー!ルナ!待ってよう!」
ピューッと効果音がつくような逃げ足で、妖精達はその場から逃げていく。
「あれ……」
男は浮かれに浮かれていたが、すぐに辺りの様子が変わったのに気が付く。
急に妖精の能力が解除されたため、まるでチャンネルを変えたかの様に目の前の光景がパッと切り替わったように見えた。
「なんだ…?妖怪の仕業か?」
男の中では、不思議な事=妖怪の仕業=強い、と単純な方程式が出来つつあった。
大体事実ではあるのだが、かなり妖怪への過大評価が強い。
流石に不思議体験をした男は、漸く足を止めて警戒体制を取る。
辺りの小鳥は異常を察知しているのか、囀ずりは既に止んでいる。
深い静寂の中に混じる、ガサガサという音。
ズルリズルリと這うような音。
何かが、近づいている。
一定距離の所で、音が止む。
再びの静寂。
男の足に感じる、微振動。
強い殺気。
その源は、男の足下。
男の足下が急に盛り上がったかと思ったら、地中から鋭利な牙を持つ何かが飛び出してくる。
ガギンッと男がいたはずの空間を噛み千切る異音。
男は余裕すら感じるステップで、何かの一撃を避けていた。
ズルリズルリと地中から這い出てくる何か。
その全貌が、地上に曝される。
「……すっげぇ」
男は半笑いで呟いた。
鋭利な牙から覗く口角からは粘性がある液体が滴り落ちている。
黒光りして、一目で強固である事が分かる甲殻。
数えるのも馬鹿らしくなるような足々。
獲物を狙い定めるような触覚と感覚器。
全長が6mほどの、大百足。
男は、何処かで聞いたことがあった。
もしも昆虫が、人間大の大きさだったら。
アリは自重の何倍の物を軽々と運び、ノミはビルを飛び越し、カブトムシはトラックを引っくり返す……らしい。
なら、この人間を遥かに越える大きさの百足は、いったいどんな事が出来るのだろう。
大きさはパワーである。重量はそのまま破壊力であり、強いことの裏付け。
デカイこと、説明は不要。
キリキリギチギチと不快な音を大百足は発する。
知恵も低く自我も薄い。本能に身を任せるだけの昆虫妖怪。能力もなく、悪知恵が働くわけでもない。
ただ、この大百足は体躯が大きかった、大きさは単純な強さでもある。
能力を抜きにした単純な戦闘力だけならば中級妖怪の上位にも食い込むだろう。
大百足は空腹だった。
元の住み処からはその大喰らいさと見境のなさで、とある昆虫を統べる妖怪の不興を買って追い出され、山を彷徨いていたところを博麗の巫女に退治されかけた。
大百足にとっては踏んだり蹴ったりであった。
しかし、ここに来て漸く食い出のある人間を見つけた。
獲物の大きさは、稀に見る人間よりも遥かに大きく、肉も付いている。
大百足にとっての強い者とは、小さい、雌の姿をしていることだと認識されていた。昆虫を統べる妖怪も、博麗の巫女も、総じてそういう姿をしていたことを、大百足は本能を越えたところで理解している。
強いて言えば肉が固そうな位で、大百足にとっては格好の獲物であった。
警戒も何もない、当たり前を当たり前に行う。
そんな認識をされているとは露とも知らず、男は笑みを深める。
敵意を持って、自分が獲物だと認識されている。
その事に男は懐かしさすら感じた。
大百足はただ、不運なだけだった。
人間とは本来、妖怪の獲物であり、供物であり、餌食であるはずのものだ。
喰って当然、嬲って当然の存在のはず……だった。
幻想卿であっても、襲ってはならない人間は数少ない。
博麗の巫女、普通の魔法使い、時を操るメイド、風祝の巫女……
住人の総数からすれば遭遇する方が珍しい。
大百足には落ち度はない。
強いて言えば、最初の一撃を避けられた時点で実力を見抜けなかった事が落ち度ではある。一目散に逃げ出せば、男は追わなかった。
大百足は、ただ不運だった。
空腹だったことも、上手くいかなかった狩りも、この場に現れたのも、妖精がこの男を足止めしていたのも……。
しかし、最大の不運は…
霊力も魔力も妖力もない
ましてや不死でも能力があるわけでもないこの人間が
たまたま出会ってしまったこの人間が
人類最強の看板を背負っていたことだった。
デカアァァァァいッ!!説明不要!!
次回
VS大百足