東方素手喧嘩録   作:寄葉22O

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本当ならサクッと目的の闘いだけで終わるつもりだったんですが、書いてるとどうも話が一人歩きしちゃう。
キチンとプロット守れる作家さん尊敬します。


第11話

ガサガサと幾多の足肢が地面を掻き、その巨体に似合わぬ爆発的な加速で男に迫るのは、有り得ない大きさの百足。

 

人間がマトモに当たれば木っ端微塵になってしまうのではないかという程の迫力。

 

その先端に付いた鋭利な二本の牙が、男の胴体を捉えよう物ならば、真っ二つにされるであろう事は想像に容易い。

 

 

「…やっべぇ~」

 

 

しかし、男の薄笑いが成りを潜める事はなかった。

楽しんでいるのが明白なその表情。

 

大百足に人間の表情を理解する知恵はなかったが、牙を剥いている様なその表情に怒りを感じた。

 

 

人間が、人間風情が、自分に牙を向けた。

 

その事実だけで、爆発的な加速は、殺人的な加速へとギアを上げる。

 

 

 

 

ズドンッと大百足が男にぶち当たる。

 

黒色の影が森を駆け抜ける。

木々を薙ぎ倒し、それでも止まることを知らない。

 

 

「うぉっ……」

 

 

背で木々をぶち折りながら、足が地面を抉りながら。

 

それでも尚、男の笑みは深まるばかりであった。

大百足の牙を二本の手で掴み取り、身体に触れるギリギリで押し留めていた。

 

その質量と速度に押し込められてはいるが、致命傷には程遠い。

 

高速の景色の中で、男は木にぶつけられる瞬間に体を入れ替え大百足を身代わりにし、地面に擦り付けようとすると地面を蹴り軌道を逸らす。

 

 

徐々に、徐々にスピードは削られ削られ…。男の足が地面をしっかりと捉え始め、遂にはその殺人的なスピードを止めてしまう。

 

 

「ふぃー、やっと止まったな。この野郎」

 

 

ギリギリとその指ごと胴を切り落としてやろうかと牙に力を込める大百足、だが男の非常識なまでの握力は、むしろ牙の角度を鋭角から鈍角までに広げていく。

 

 

満面の笑みの男。

 

 

背中に与えられた鈍痛は、身体のあちこちに出来た擦過傷は、紛れもなくこの敵が与えた物であり、闘いの証明。

 

 

本来笑顔というのは、牙を見せる威嚇だと、誰かが言っていた。

 

 

漸く、本当に漸く、大百足は気づいた。

 

 

「次は、俺だな」

 

 

目の前の肉は、人間は。

 

 

「せーーーーっ……の!!!!」

 

 

手を出してはいけない側の人間だったことに。

 

 

ガゴンッと岩に打ち付けられるハンマーの様な音が鳴り響く。

 

 

頭突き。

 

 

単純明快な攻撃手段。武術もくそもない。

人体の最も固い部分を、最も大きな筋肉を持ってして振り下ろす超絶人間的で原始的な攻撃。

 

豊かな後背筋が超常的な加速を生み出し、鋼鉄を彷彿させる腹筋が爆発的な加速を後押しし、類い稀れな僧帽筋が首を支え、堅牢な頭蓋が鈍器として大百足の頭に振り下ろされる。

 

「か~~っ……てぇー!!」

 

それは最早、兵器的なナニカであった。

 

大百足の堅牢な甲殻に、力の限り打ち付けた男の額は裂傷を作り、鮮血が飛び散る。

垂れる血が目に入ろうとも瞬きもせず、男の笑みが更に深まる。

 

 

男に比べて、大百足の甲殻の被害は甚大だ。

打ち付けられた場所から放射状に走る亀裂。亀裂からは緑色の体液が吹き出し、声帯がないはずの大百足がキィキィと叫びを上げる。

 

 

「でも……もう……一丁!!!」

 

 

ガゴンッと繰り返される常軌を逸した衝撃。

 

 

「まだ……まだぁぁぁあぁ!!」

 

 

ガコンッガコンッと鈍く響くような音が連なる。

その度に男の鮮血が飛び散り、甲殻に走る亀裂は深く、広くなっていく。

 

元が蟲である大百足は脳震盪にはなり得ないが、脳に相当する部位は存在する。発達した神経節の集中する部位である。

頭を切り離してもある程度昆虫が動くのはその全身を巡る神経節のお陰でもあるのだが、中枢を破壊されれば死ぬのは人間と変わらない。

 

大百足は強引に体を捻り、その破壊槌から逃れようと体をばたつかせる。

 

「あっ……」

 

大百足の体液に濡れ、男が掴んだ牙が滑る。

そのまま男はポーンと放り出され、大百足との距離が開く。

 

 

 

 

 

 

 

男の万力の拘束を逃れた大百足は……逃げることを選ばなかった。

 

 

否、選べなかった。

 

 

同じ妖怪ならまだしも、巫女ならまだしも、能力者ならまだしも…。

 

 

本当に、ただの人間に負けた時、大百足の妖怪としての存在理由が激減する。

 

 

 

妖怪には理由がある。意義がある。

 

例えば、人間を拐う。

例えば、人間を驚かす。

例えば、人間を溺れさせる。

例えば、人間と勝負をする。

 

それが意義ならば良かった。

それが理由ならば救われた。

 

 

大百足の存在意義は、襲うこと。

 

襲い、喰らうこと。

 

それが出来ない、負ける、逃げるということは、大百足の存在理由に直結する。

 

 

今の弱っている大百足にとってただの人間に負けることは、妖怪としての存在の消失を意味する。

 

例えば大百足が巫女に退治されかかってなければ、人間を捕食出来ていれば、話は違った。

内包出来る妖力が満たされていれば、例え逃げても妖怪であることは出来ただろう。

 

しかし、不幸なことに、そうではない。

 

間違いなく、大百足は予感していた。

 

負ければ…逃げれば…、妖怪としての自我を失うと。

 

 

 

故に、背中を見せる事は出来なかった。

 

 

 

 

「あー…百足って食えるんだっけ?」

 

 

 

 

大百足にとって、妖怪として、捕食者として、是が非でも負けられない…逃げられない理由がここにはあった。

 

 

 

 

 

 

一旦距離をとった両者。

 

男の額からは赤色の血液が顔を伝い滴り落ち、身体のあちこちに出来た擦過傷は痛々しく赤く腫れ上がっていく。

大百足の頭部からは緑色の体液が止めどなく流れ続けている。

 

ダメージで言えば、大百足の方が遥かに大きいが、純粋な体力は妖怪である大百足に軍配が上がる。

治癒力に関しても本来は大百足が有利なのだが、未だに境界を弄られたままの男の治癒力はかなり高く、空腹が祟っている大百足とでは男の方に分がある。

 

 

 

 

とは言え、治癒力が仕事をするまでもないし、体力のあるなしはほぼ意味をなさない。

 

ギチギチギチギチと、威嚇音を響き渡らせる大百足。

未だに自分に向かってくる大百足を、満面の笑みで迎え撃つ男。

 

長期戦になることはないし、お互いにするつもりもない。

 

 

 

 

 

 

先に動いたのは大百足。

 

多足肢による爆発的な加速は健在である。

地面を抉り再び男へ体当たりを敢行する大百足。

 

強固な甲殻と巨体を誇る大百足にとってはこれが最適解である。

幾度も獲物を屠ってきた、絶対の攻撃手段。

 

 

 

 

だが、それを敢えてねじ曲げた、本能の勝負勘。

 

 

身構えた男を掠めるようにして軌道を変更し、鞭のようにしなった極太の胴節を男に叩き付ける。

 

男の視界を被う黒光りする甲殻。

 

咄嗟に地面すれすれに身を屈め、やり過ごす男。

 

しかし、避けたと思った男の目の前の地面が隆起し、飛び出てくる二本の鋭利な牙。

 

逸れた筈の頭部を地面に潜らせ死角からの攻撃を可能とした超変則的な奇襲、長い胴体だからこそ成立した人類には不可能な一撃。

 

胴体の攻撃を避け、反撃に移ろうと試みていた男には、青天の霹靂だったであろう。

 

これ程までにない絶好の形で、男の首に迫る大百足の牙。

 

 

 

だが、男の度胸が状況を覆す。

 

 

 

男はあろうことか、牙の中心へ、胴体の攻撃を避けるために屈んだ頭を更に振り下ろしたのだ。

 

 

 

ザクッと男の髪の毛が束になって地面に落ちる。

 

 

 

ほんの数瞬。牙が閉じ切る、刹那の差で男の頭は死地を脱した。

 

ただでさえザンバラだった頭髪は更に残念な事にはなったが、男の首は繋がっていた。

 

 

そしてこの男は、死地を脱しただけで満足はしない。

 

振り下ろした頭部の勢いそのままに、宙で一回転。

 

 

 

胴回し回転蹴り。

 

 

 

遠心力の加わった男の踵が、大百足の甲殻に突き刺さる。

 

グチャっと甲殻を貫き、柔らかい内部が潰れる音。

 

大百足は悲鳴の代わりにギチギチガチャガチャと硬質な音を響かせる。

 

 

 

 

その致命的なまでの一撃が、妖怪の本能に火を吹かせた。

 

 

 

胴回し回転蹴りは一瞬とはいえ空中に身を投げるのだ、その瞬間、ほんの一瞬、どうしようもない隙が生まれる。

普通ならば当たれば怯む、避ければ隙を見逃す。その隙を付くならばカウンターしかないはずだった。

しかし、相手は蟲。硬質な外甲殻と捕食者としての誇りは、無茶なカウンターの決行を可能とした。

 

ギュルギュルと長い胴節を縮めに縮め、男の体を巻き込み、丸く、可能な限り小さく、巻き付いた。

 

 

 

硬い甲殻が足肢が男を締め付ける。

 

 

 

全方位からの圧力。昆虫を握り締める子供を想像してもらいたい。

閉じ込めるということが与えるストレス。

無遠慮に握り締められた昆虫は、衰弱し、再び空を飛ぶことも地を這うことも出来ないであろう。

 

 

 

だが、それだけでは終わらなかった。

 

締め付けるだけに飽きたらず、ギチギチガチャガチャと、大百足の体が細かく振動する。

 

 

 

本来は蜜蜂が巣に侵入してきた大雀蜂を殺傷する唯一の方法である、蜂球。

巣に侵入した大雀蜂を囲み、発熱し、蒸し殺す。

 

蜜蜂は飛翔筋を震わせて発熱するのだが、大百足は多数の節を高速で収縮させることで同様の効果を生み出した。

 

その巨大と多くの節からの発熱量は蜜蜂の比ではなく、人間を蒸し殺すことが可能なまでの発熱を生み出した。

 

無論、その発熱量は大百足も脅かす。

 

蜜蜂も自分が死なないギリギリの発熱を起こすが、その後生きていたとしても、寿命は凡そ半分になってしまうという。

百足の耐熱性はおよそ50度。妖怪化していても、極端な温度には耐性が低い。自分も死ぬかもしれないという自滅技でもある。

 

その危険性を無視してでも、大百足は己に出来る最高のパフォーマンスを選んだ。

 

未来も明日も何もなくていい。

今この時を、全力で。

命を賭けて。

目の前の敵を倒すことだけを求めた。

 

 

生命だけではない、妖怪の矜持を、捕食者の誇りを、存在の全てを、男を倒すことだけにベットした。

 

 

 

 

 

プチ…プチ…

 

 

 

 

だが、悲しいかな。

闘いは、無情であった。

強い者が勝つのか。勝った者が強いのか。

それは分からないが、勝った者が負けた者より、何かが上回っていた事は間違いがない。

 

 

 

 

ミチ…ミチ…

 

 

 

 

繊維の弾けるような音。

徐々に大百足球が解れていく。

 

 

 

 

ミリミリ……

 

 

 

 

胴回し回転蹴りによって、脆弱になった組織が音を立てて引き裂かれ始める。

 

 

 

 

ブチ……ブチ……

 

 

 

 

男は玉のような汗を滴らせながら、大百足の包囲網をぶち破った。

 

 

 

ブチリ……!!

 

 

 

「はぁ……はぁ……流石に…ヤバかった…」

 

 

高熱により身体の彼方此方が赤黒く火傷し、満身創痍にも見える男は、それでも立っていた。

 

対する大百足は引き裂かれた上下の胴体が、それぞれ地をビタンビタンと跳ね回る。

 

下部の胴体は徐々に動かなくなり、引き千切られた部位からダクダクと緑色の体液を撒き散らしながら痙攣し、沈黙する。

 

 

頭部側の胴体はズリズリと、男から少しでも離れようと足肢を這わせる。

 

 

 

 

 

はぁはぁと荒い息を吐き、膝に手を付き、そんな百足の姿を見る男。

 

 

 

 

 

男は…………

 

 

 

 

 

 

 

残酷なことに、何もしなかった。

 

闘う意思の無い者は、闘う意思を失った者は見逃す。

 

一見優しさにも見えるが、とても残酷な事だった。

 

闘う前の逃走ならまだしも、死闘を尽くした後の逃走。

上と下に体を裂かれ、百孔千創半死半生満身創痍。そのうち死んでしまうのが目に見えている状況。ある意味では、殺してやるのが正しいのではないかとすら思ってしまう。

 

 

 

 

 

だが、男はそれをしない。

 

 

 

 

 

大百足は半分になった体を必死にくねらせ、残った足で地面を掻く。

男から真っ直ぐ背を向け、最短距離で離れていく。

ドロドロと体液が流れるのも気にすることなく、一心不乱に。

 

大百足の姿が藪へ消えていく時に、男はあろうことか蟲へ声を掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

「もっと大きくなったら……また闘ろう」

 

 

 

 

 

 

 

決着。




大型の敵の噛ませ率って異常だよね。

次回
申し訳程度の弾幕要素
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