東方素手喧嘩録   作:寄葉22O

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本当なら一番最初に紅魔館に寄るつもりだったが、急にもこたんと絡ませたくなった。後悔はしていないが、この先のことは考えていない。


第13話

男は兎に角、腹が減っていた。

 

森の恵みだけでは男の腹を満たすには少なすぎた。

 

真っ赤な館を目指しても良かったのだが、それ以上にそそる匂いが逆方向から漂って来ていたのだ。

 

肉の焼ける…匂い。

 

フラフラと呼び寄せられる様にその方向へ歩く男。

 

 

 

この辺りはまだまだ未開の土地と言っても過言ではなく、木々が生い茂り、一歩踏み込めば鬱蒼とした森が広がっている。

 

遠目に煙が上がっているのが確認でき、石階段で見た集落だろうかと男は何の気なしに思う。

 

 

 

そんな微妙に人の気配とは程遠いこの場所になんでまたこんなに良い匂いが漂っているのか。

 

匂いに導かれるままに歩いていると、ある程度拓けた所に不釣り合いな屋台が一台。

 

焼き鳥屋、とシンプルな暖簾。

 

犯罪的なまでの香りが、男の鼻孔を直撃し、口腔内は唾液で溢れる。

 

焼き鳥のためなら強盗だって辞さないかどうかは分からないが、その香りは空腹の男にとってはもはや暴力であった。

 

 

フラリフラリと屋台に近づいて行く男。

 

 

「いらっしゃい……見ない顔だな。山伏か何かか?」

 

「あ…いや…」

 

男の想像とは違い、店主は若い女性であった。

地に付きそうなほどの長い白髪、紅白のモンペのような服。これまた美少女と呼んで差し支えない整った顔立ち。

 

「ま、座れよ。昼は客少なくて暇なんだよ」

 

「いや、俺金持ってないから…」

 

ここまできて漸く自分が無一文だと思い出した男。

 

「いいからいいから、奢るよ」

 

人好きのする笑顔で着席を促す女性。

男も空腹が限界で、奢ってくれるならと木の丸椅子に腰掛ける。

 

「ちょっと待ってな、新しく焼くからさ」

 

先に焼かれていた焼き鳥をハムハムとつまみながら、串に鶏肉を打っていく女性。

好意で奢ってもらう手前、新しくなくていいから早く食べたい気持ちを押さえる男。

 

 

グギュル~……

 

 

あまりにも旨そうな焼き鳥に、男の腹の虫は正直に唸りを上げた。

 

「ははは、余程腹減っていたんだな」

 

「……さーせん」

 

「もう少しの辛抱さ。……ちっと火力が弱いか」

 

女性は焼き台に手を翳すと、ボッと強い炎が生まれ、竹炭が次々と赤々と熱されていく。

 

まるで魔法の様な光景に、目が点になる男。

 

 

「あの…」

 

「んー?なんだ?」

 

クルリクルリと焼き鳥を返す女性。

 

「店主さんは……妖怪の人っすか?」

 

「……はぁ?」

 

キョトンとして男を見返す女性。

 

「あ、いや……すんません……その、手から火ぃ出してたし…」

 

「いや、別にいいさ。似たようなもんだしな」

 

苦笑いをしながら焼き鳥にタレを塗る女性。

 

「しっかし…火を出すくらい人里の退治屋でも木っ端妖怪でもやるぞ?そんな珍しいものじゃない。兄さん、本当にどっからきたんだ?」

 

その問いに、男は数瞬考える。素直に答えてよいものか、と。

しかし、特に隠している訳でもなし、親切にしてくれる女性に不義理に感じ、あるがままに伝える。

 

「幻想郷…?の外からっすね。えーと…たしか霊夢ちゃんは外来人…って言ってたかな」

 

「兄さん、外来人だったのか。こんな辺鄙な所をうろついているから、てっきり人里の変わり者かと思った。外来人ってもっと変な格好しているもんだと思ってたけど…この辺りの服だよな?それって」

 

「いや、これも霊夢ちゃんから貰って。世話になりました」

 

「はぁー、あの巫女がねぇ。存外世話焼きだったのか?……よし、もういいな」

 

スッと差し出される焼き鳥。

 

飾り気のない皿に、湯気の立つもも串が映える。

テラテラと輝くようなタレ、香ばしく焼き上がった犯罪的な香りが男の脳を直撃する。

 

「ほら、冷めるぞ」

 

「頂きます!」

 

男に躊躇はなかった。

 

 

ハム…ハム…ホフホフ…ムシャリムシャリ……ゴクンっ

 

 

「うめぇ……」

 

 

口腔に広がる味のファンタジア。タレと肉汁のオーケストラ。空腹の腹からは歓喜が聞こえるような食のパラダイス。

 

思わず男の心からの言葉が溢れ出る。

 

そんな素直なリアクションに、女性は嬉しそうに微笑む。

 

と、そんな中女性に芽生えた悪戯心。微笑みが少しだけ意地悪く歪む。

 

「あーあ、警戒しなくて良かったのかい?妖怪みたいな奴から出された物をそんなに食べて。悪ーい妖怪が騙して毒を盛っているかも…」

 

そんな言葉に、男は焼き鳥を頬張ることで答える。

 

「ムグ…んっ。いやぁ……それはないっすよ」

 

「ほう?その心は?」

 

「勘…すかね、店主さん悪い人じゃないっすから」

 

初対面、しかも説得力もなにもない言葉。

だが、男は確信をもって答えた。

過去に毒殺を試みられたこともある男には、その殺気すら読み取れる。

目の前の女性からは、隠れた好意しか感じなかった。

 

「あははは、ないだいそりゃ」

 

女性はひとしきり笑って、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 

「ふ、ふふふ。いいね、兄さん。気に入ったよ。名前は?」

 

「佐藤武。店主さんは?」

 

「藤原妹紅。ただの蓬莱人さ」

 

聞き覚えのない言葉。

 

「蓬莱…人?」

 

「んー?単に長生きで健康的なだけの人さ」

 

男はそのなんでもない風を装った言葉に、女性が秘める憂いと諦めを見つけた。

 

見つけたが、男はなにも言わなかった。

 

それは、きっと女性の深いところに直結するものだと感じたからだ。

 

 

「…ほら、また焼けたぞ」

 

「うっす、ゴチです」

 

「食いねぇ食いねぇ」

 

ささやかな交流。

 

焼き鳥をつまみに、話の花が開く。

 

男はこれまでの生い立ちを、これからを。

女性は最近の出来事を、友人の話を。

 

緩やかな時間を共に過ごす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、それはおかしい」

 

「いやぁ…」

 

「いや。誉めてない」

 

真新しい生傷の理由を話した時には、呆れた顔を浮かべる女性。

 

生涯を闘う事に費やし続けている、大馬鹿野郎。

その生い立ちは、男の十数倍も生きている女性にとっても理解しがたい物であった。

 

 

「にしても、本気で大妖怪に喧嘩売る気?たぶん…いや、確実に死ぬよ?大百足なんか足元にも及ばないような化け物ばかりだ」

 

「死にたいわけじゃないんだけどさ…それを望んでるところも…あるんだ。俺には…それしかないからさ」

 

「……そうかい」

 

男の穏やかな決意を感じ取った女性は、それ以上何かを言うのを止めた。

 

死ぬ、という単語は、女性にとって程遠い位置にあるものだが、人間という種にとって一番恐れるものであることは理解していた。否、理解していたことがある。といった方が正しい。

 

蓬莱人に成った女性からすれば、死という概念が存在しない女性からすれば、その刹那的な生き様は、羨ましく思える。

 

同時に、なんて悲しい生き様なのだとも思う。

 

 

孤独な男には、女性も強く共感してしまう。

 

なぜなら女性もまた、孤独だったから。

不老不死である蓬莱人。

家族が、友人が歳を取り誰もいなくなった。

社会が、時代が移り変わっていく。

 

変わらないのは自分だけ。

 

そして変わらない、という異端。

異端は忌避され、迫害される。

 

死んでも死ねない。終わりがないということの残酷さ。

いずれ時間は、死ねない体の代わりに精神を殺していく。

 

呪い染みたその鎖に囚われ、精神が死ぬのを待つばかりであった女性。

 

そして、闘いにしか生を見いだせず、退屈で心が死にかけていた男。

 

そして同じく、この幻想郷で求めていたものを見つけた。

 

男が幻想郷で好敵手を得たように、女性は長い付き合いになるであろう友人や、未来永劫を共にするであろう怨敵を見つけることが出来た。

 

全く類似性はないが、どうしようもなく共通する事が多すぎる。

 

故に女性は男を止めることは出来なかったし、しようとも思わなかった。

 

 

 

 

だから、女性からは一つだけ。

 

ほんの一つだけの逃げ道。

 

「ま、闘うのに飽きたらまた来なよ。暇潰しにかけては達人だからさ。知り合いにも、暇潰しの達人いるし」

 

女性はあっけらかんと笑った。

 

 

そんなことがあるのだろうかと男は思う、自分から闘いがなくなったら、一体何が残るのだろうか。

 

闘いに飽きた時なんて考えてもみなかった。

闘いは男にとって、生き甲斐であり、生涯そのものだった。

 

 

だが、この目の前の少女とも呼べてしまうような女性のその一言は、不思議と心強かった。

 

 

「そん時は…お願いします」

 

 

「あぁ、任せとけ」

 

 

屈託なくニンマリと笑う女性の姿に、男は少しだけ目を伏せて頬を染める。

 

 

 

 

どうにもこうにも、幻想卿の女性は美人が多すぎるなと、男は心の中で思うに留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや藤原さん…」

 

「妹紅でいいよ、そんな呼ばれ方すると背筋が痒くなる」

 

「えっと…それじゃ、妹紅…さん?」

 

「さん、もいらない」

 

「えーっと…も、妹紅?」

 

「あぁ、なんだい?」

 

「なんでこんな見ず知らずの俺に……こんなにも良くしてくれるんすかね?」

 

「んー?別に理由なんてないが…強いて言えば、憎いあんちくしょうを久しぶりにボコボコに出来たから少し機嫌が良かっただけさ」

 

「憎い…あんちくしょう?」

 

「あぁ、未来永劫の腐れ縁さ。さっき言ってた、暇潰しの達人」

 

「は、はぁ」

 

「まぁ幻想卿に住んでりゃいつかは出会うんじゃないか?いつも暇をもて余してるから、外来人と聞きゃ飛んで食いつくかもな」

 

くつくつと笑う女性は、本当に楽しそうだ。

 

「永遠亭って所さ。彼処にゃ腕の良い薬師もいるから、怪我した時に行ってみるといい。難なら案内するぜ」

 

「そりゃ…世話になりそうな場所だ」

 

「まぁ世話になれればいいがな」

 

「…案内してくれんですよね?」

 

「死体を運ぶのは火車の役目だ、生きていたらいくらでも連れてってやるさ」

 

「なんとか半殺しくらいで会えるようにしますよ…」

 

妖怪相手に負ければ、まず命はない。

それを理解した上でのブラックジョーク。

 

 

「あ、そうだ、妹紅…」

 

宴もたけなわ…酒こそないが、会話もそこそこ、男の腹が満腹になった頃、男は切り出す。

 

「嫌だね」

 

「いや、まだ何も…」

 

男が感じるデジャビュ。つい最近もこんな風に先読みされた感覚。

 

「自分で探しな。死にに行くような奴に死に場所教える様な真似は出来ない」

 

幻想郷の猛者の場所を聞こうかと目論んでいた男、その思惑は見透かされていた。

 

 

「……そっすか」

 

 

男は言葉を飲み込んだ。

 

猛者の場所だけではない。

 

一目見た時から感じていた、目の前の女性、一人の猛者との手合わせも。

 

全てを飲み込めた。

一飯の恩をツマミにして。

 

 

 

 

「まぁこの幻想郷じゃ何処行っても変わらないけどな。とりあえず、日も暮れるし、このまま道なりに行けば人里がある。そこで探すなりするといいさ。後は知らん」

 

舗装もろくにされてはいないが、確かに煙が上がっていた方向に獣道のようなものが続いている。

 

「……人里で寺子屋やってる奴がいる。そいつを頼って話通せば、一晩の宿くらいは融通してくれるはずだ」

 

「……あざっす」

 

突き放しているようで、親切過ぎる女性にペコリと頭を下げる。

 

「今度は金払って食いに来ます」

 

「おう、是非そうしてくれ」

 

風呂敷を背負い直し、焼き鳥屋を後にする男。

 

女性はその大きな後ろ姿をただ見送る。

 

 

 

男はまだ見ぬ好敵手を求め往く。




ヒロインとか決めたりしてないので、おそらく誰かとくっつくみたいなことはないとは思います。たぶん。めいびー。喧嘩メインだからしょうがないね!!

次回
人里あたりまで
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