東方素手喧嘩録 作:寄葉22O
というわけで人里編、続きます。
結局、慧音が言った通り大事にはならなかった。
あれから帰ってきた慧音は開口一番。
「あぁ、問題なく話が付いた。……全く、大怪我をしていてもアイツは変わらん。一発制裁しておいた」
呆れ半分怒り半分の慧音には、男は制裁とはなんなのかまで聞けなかったが、妹紅が大笑いしていたところを見ても大事にはなっていない…はず。
男は一応人里を追い出されることなく、幻想郷縁起の複写を待つことが出来ることになった。
つまりはそれは、短期間とはいえ人里に住み着くことになったということだ。
短い期間だが穀潰しでは居られない。
それが此処、幻想郷の人間が住む人里の掟だ。
男は寺子屋の手伝いと、もう一つ、とある仕事に従事することになっていた。
「ふぃふぁん、ふぉんふぉにふぁふふぁふは」
「…いや、俺も場所借りられて助かってるっすから」
「ふぁふぇふぉふぁふぁっふぇふへふぁいふあふぁふぁ」
「それならしょうがないっすよ…顎砕けてますし…」
「ふぉうふぁふぉふぁ!ふぁっふぁっふぁ!」
男のもう一つの仕事。
それは思ってもみないところからの依頼だった。
守人頭をぶっとばした翌日。
朝も早くから寺子屋の戸を叩く者がいた。二日連続。
そして戸を叩いたのも、二日連続で同じ人物であった。
男は寝間着のまま、引き戸を開けると、目の前には包帯人間がいた。
ギョッとする男だったが、よくよく見れば見覚えがある。
目こそ露出しているが、下顎はぐるぐるに包帯で固定され、首には固定具らしきものをしている。
守人頭、その人であった。
少し気になったのは額に赤く大きな腫張…所謂たんこぶが出来ていること。
昨日の今日で負かした相手に会いに来る、それもわりと重症で。
その図太さとタフさは、妹紅をして悪ガキと言わしめるのも頷けるのかもしれない。
「ふぃふぁふ、ふぅふぁんふぁ。ふぁふぁふぁふぁふぅ」
「…はぁ」
なにぶん顎が砕かれているためその言葉は意味不明であった。
しかし、男のコミュニケーション能力には卓越したものがある。
目の動き、言葉の母音、雰囲気。
それらを統合して、意識する。
理解しようと、意識する。
耳からのみではなく、五感でコミュニケーションを取ることが出来る。
「ふぉっふぉ、ふぁふぉふぃふぁふぃふぉふぉ、ふぁふぅんふぁ」
「……頼み?」
「ふぉふ」
「……ちっと、慧音さんのとこ、寄ってもいいすか?」
「……ふぉふ」
守人頭が若干嫌そうに頷いたのは、男でなくても分かった。
「ふむ……悪くはないのではないか?」
どうやら守人頭の言葉は慧音にも理解できたようで、話は早かった。
その横で首を捻る妹紅がいたが、抜きで話は進む。
「ふぉふぁふぁふふぁふ(そりゃ助かる)」
「しかし……お前も懲りないな…いや、切り替えが早すぎやしないか?」
「ふぉふふふふぁふぉふぅふふぇ、ふぃふぁふふぉふふぉふぁふぃふぉふぇふぉふふぁふふぁふふぁふふふぁふぉふぅふぁ(性分なもんでね、にぃさんの強さにほれこんだんだわ)」
「まぁ…幻想郷縁起の複写が終わるまで少し掛かりそうだから、佐藤の仕事にはうってつけじゃないか」
「ふぃふぁふ、ふぉふぉふぃふぅふぁふぉふぅふぁ!(にぃさん、よろしく頼むわ!)」
「はぁ…」
守人頭からの依頼は簡単だ。守人衆の稽古に立ち合ってくれ、とだけ。
指導でも、試合でもなく、ただ立ち合ってくれ、と。
「立ち合うだけで…いいんすか?」
「ふぉふぅ!(おう!)」
「元々守人衆の閉塞感はいただけなかった。佐藤は良い刺激になるだろうな。それだけ佐藤の存在は…鮮烈だからな」
慧音は、眩しげに佐藤を見やる。
優しさと羨望をまぜこぜにしたような、複雑だが真っ直ぐな瞳。
「そんなもんすかね…」
そんな真っ直ぐな瞳に、やや照れながら頭を掻いて誤魔化す男。
「ふぁふぁ、ふぁふぉふぅふぃふぅふぁ!(じゃあ、早速行くか!)」
「え……今から?」
「ふぁっふぁふぃふぁふぇふぁふぉ!(あったりまえだよ!)」
「あ、朝め……」
「ふぅふぁふぇふぃふぇふぁふ!ふぁふぃふぇふふぇ!(んじゃ慧音さん!借りてくぜ!)」
「昼までには返してくれ、寺子屋の手伝いもしてほしいんだ。佐藤、気を付けてな」
慧音の言葉を背に受けて、男は再度、道場へ連行されていく。
「……え?なんでお前ら会話成立してんの?」
妹紅の呟きには誰も答えることはなかった。
男が守人頭に連れられ、道場へ足を踏み入れると、二極化されたリアクションが出迎えた。
誰だコイツ?という当然のリアクションをする者達と、驚愕に目を見開き隣に立つ守人頭を見て更にあんぐりと口を開く者達。
言わずもがな昨日あの場に居合わせた者達と、そうでない者達だ。
「ふぉふふぉふ、ふぃふぃふふぁふふぇふぃふぃふぉ(おうおう、気にしなくていいぞ)」
「「「「「?」」」」」
無論、この場で守人頭の言うことが理解できたのは、男一人だけであった。
男に依頼されたのは守人衆の練磨に立ち合うことと、そのついでに通訳。
類い稀なタフネスを持つ守人頭をしても、顎が砕けた状態では流暢に喋ることは出来なかった為である。
とは言え、道場において守人頭の発言は少ない。というか、雑談しかしない。
無様にやられた者には嘲笑を。
健闘した者には称賛の拍手を。
元より守人衆は、こういう所だ。
強くなりたきゃ、勝手にやれ。
妖怪が蔓延る幻想郷で、ただ一つの目的を持つ…いや、ただ一つの命題だけを守る者。稗田家を守るというただそれだけのための者達。
それが集団となっただけの、明日をも知れぬ傭兵。
ついていけなくなった者は離れ、力不足の者は亡くなる。
それだけの集い。
だが、その中で、今までとは違う…言うなれば異物が紛れ込んだ。
それが及ぼした結果は…
「師匠…っ!立ち合いを…いえ!一手御指南を!!」
「……はぁ?」
そう、流れとはいえその気鋭に惹かれ、気紛れに指摘し続けた威勢の良い若い守人衆。
「分かっています…っ!!自分では師匠の足元にも及ばぬことを!歯牙にも掛からぬ身であることを!!ですが!ですがぁ!!自分は師匠に、指導して戴きたく存じますぅ!!」
「いや…そこじゃなく…」
「ぬぁぜですか!?やはり自分では…至らぬ自分ではぁ!!」
「いやちがくて…師匠って……」
「やはり……っ!圧倒的差……っ!己の未熟……っ!覆ることのない事実……っ!」
「いや…いやいやいや」
最早初対面とキャラが別人になった若い守人衆に困惑を隠せない。
それは男だけではない。
若い男は守人衆の中でも異彩を放っていた。
恵まれた運動神経に、卓越した技術。
古参の守人衆にも引けを取らぬその強さ。いずれは守人頭に成ることを疑う者は少ない。
周りもそんな若い男を疎む者もいたが、強さが全ての守人衆では一目置かれていることは間違いない。
そして強さに違わぬ、自負と自尊を持っていた。それ故に人里の退治屋と揉め事を起こすこともあった。先達の守人衆と意見を違えることもあった。
そして何れも…媚びることはしなかった。退くことはしなかった。
その若い男が、この態度。
周りの守人衆は目を、耳を疑った。
男は、戸惑う。
こんなにも真っ直ぐな瞳で、教えを乞われたことはなかった。
大体が、諦める。そう、諦めるのだ。
誰も彼もが、その強さを直視できない。
絶対的な実力の差に。
圧倒的な武力の差に。
己の身の可愛さに、男の実力に絶望して。
男の機嫌一つで捻り潰されかねない、己の矮小さに、彼と共にはいられない。
強さがなんになるのだと、理論武装した上で引きつったまませせら笑う。
強さの頂を麓から違う世界なのだとぼんやり見上げるだけ。
利用しようと近づくのすら躊躇われるような、隔絶した強さ。
そもそも、ステージが違うのだ…と。
師事を受けようなどと、思いもしない。
だが、目の前の若い男はどうだ?
こんなにも紳士に、真っ直ぐに見ている。向き合っている。
男は戸惑いの気持ちと同時に、なにか言い様のない…暖かみが生まれるのを感じた。
「未熟……っ!どうしようもないほどの未熟……っ!呆れ果てるほどの未熟……っ!不甲斐ない…っ!不甲斐ない…っ!」
バンバンと自戒するように自分の膝を殴り付ける若い男。
パッと、その腕が取られる。
若い男が恐る恐る顔を上げると
「……闘ろう。人に教えるなんて…俺にできっか…分からないけどさ」
「し……師匠……っ!!」
「いや…師匠は止めてくれ…」
「はいっ!ししょ……あ!兄者!」
「………お、おう」
何はともあれ、守人衆に新しい風が吹き込んで来た。
指導というには些か苛烈で、虐めというには情がある。
男も誰かにモノを教える、という行為をするにあたって、考えた末に出てきたのは、自らが行ってきた事をそのまま伝えるというシンプルな事だった。
即ち、実戦。
「……半歩浅い」
「…ぐっ!!」
「……腰が抜けてる」
「…がはっ!!」
「……肩が固い」
「…ふぐぅっ!!」
ほとんど昨日と同じだが多少の違いはある。若い男の得物が木刀であること、少しだけ言葉が増え、若い男にはそれなりの生傷がついていく。
男が肖ったのは、いつか教えを受けた自分の師匠。
そして有効な体の動きから外れたところを痛打。
痛打と言っても、デコピンであるが。
だが、その音は鞭で叩くような痛烈な音を響かせている。
その音に違わぬ発赤、腫張を若い男の肌に刻んでいる事からも、尋常ではない威力なのだと否が応でも解る。
「はぁっ…はぁっ……」
「…………」
荒い息。滴る汗。
何度木刀を振ろうとも、掠りもしない、防御すら伴わせることが出来ない。絶望的な差を見せ付けられるだけの指導…擬き。
自分の未熟を、力不足を、まざまざと見せつけられ続ける。
それは最早、闘いに身を置くものとしては拷問に等しい。
お前は弱い。お前は弱い。お前は弱い。
言葉にしなくても、伝わる責め苦。
そこに光があればまた違うだろう。
しかし、人類最強の壁は圧倒的に厚く、絶望的に高い。
その壁に希望を抱く事は余りにも難く、その壁に膝を折る事は余りにも易い事であった。
寧ろ誰もがこう言うだろう「あれは別だ」と「膝を折るのは当然だ」と。
……だが、何事にも例外があった。
強くなりたい。その一念。
強さを諦めない、大馬鹿野郎。
自分のために、勝利のために、何かのために。
若い男がどんな動機を抱えているかは本人しか知らないが、間違いなく分かるのは、この若い男も、大馬鹿野郎だということだ。
目の前の絶望的な壁を、僅かな突起に指をかけ、足をかけ、登っていく。
繰り返す度、繰り返す度。
壁を登っていく。
ほんの僅かであるが、登っていく。
遥か彼方に見える頂から、見下ろしてくれている男の姿を、ただ真っ直ぐに見詰めながら。
「はぁ……はぁ……」
少しずつ息が整っていく。
「はぁあ…………」
若い男は最後に大きく息を吐き、スッと正眼に木刀を構える。
「…………」
静謐な空気が、降りる。
その姿は間違いなく、強者のそれ。
そんな成長著しい若い男に、男はニヤリと笑う。
「兄者……行きます」
「おぅ」
言われた事をただ愚直に行う。
それだけの事。それだけのはずの事。
それのなんと難しいことか。
意識を制し、無意識を制する。
神経を司り、体の全てを司る。
理想的な体の動きとは、己の思うままに体を動かせるということ。
人間には、それがどうして難しい。
二足歩行により道具という武器を手に入れた人類。
二足歩行により記憶という武器を手に入れた人類。
二足歩行により知恵という武器を手に入れた人類。
だが、それによって失われた物が余りにも多い。
堅牢な牙を失い、鋭利な爪を失い、豊かな体毛を失い、素早い四足の機動力を失い、体高が地に近い安定性を失った。
闘う事、狩る事に不十分なのだ。向いていないのだ。二足歩行は。
だが、それを補う物もある。
知恵が状況を覆し、経験が方法を見い出し、そして思いが力を宿す。
そして若い男も、知恵を経験を思いを積み重ねている。
「ぜやぁぁああ!!!!」
渾身の一撃。
昨日とは比べ物にならない。積み重ね。
弾指にも届かないような一撃ではあるが、それでも昨日より研ぎ澄まされた、一撃。
成長。
そう、二足歩行には、人類には、成長するという、類い稀な闘いの才能がある。
「……ふっ!!」
男は、避けずに迎え撃つ。
成長を記念して。
パァンッッと弾け飛ぶ様な音がして、木刀が真ん中からへし折れる。
半分になってしまった木刀が、若い男の掌から溢れ落ちる。
「……痺れるか?」
「うっ…くっ。…はい」
まるで鋼鉄に打ち付けたような手の痺れ。
全身全霊で打ち込んだ。それでも男の拳の方が硬く、速かった。
武器を折られる、武器を取り落とすという屈辱のはずだったが、若い男の心は満ちていた。
「有難う御座いましたっ!!」
床に付くのではないかというほど頭を下げる若い男。
あの高い壁から見下ろすだけのはずだった男が、わざわざ降りてきて迎え撃ってくれたのだ。
この痺れこそが、勲章。
この気持ちこそが、成長。
「あぁ」
ヒラヒラと手を振りながら、再び道場の隅に座る守人頭の横に座る。
「ふぉふぁふぁふぃふぃふぉっふぇ(お優しいこって)」
へらへらと不明瞭な言葉で男を迎える守人頭。
「……分かってたっすよね?こうなるの」
「ふぁーふぇ、ふぁふぃふぁふぁふぁ?(さーて、なにがかな?)」
「……ほんっと……狸っすわ」
「ふぁーふぁっふぁっふぁ…あがっ…ふぃふぇぇ…(わーはっはっは……イデェ…)」
思わず大笑いしてしまい、折れた顎が嫌な痛みを伝えてくる。
「……ざまぁ」
何はともあれ、男は守人衆の稽古を眺める仕事?に従事するだけであった。
実際投稿が開くのはソシャゲが忙しいからだけではなく、念願の原作キャラとの戦闘描写が上手くいかないのが一番の原因。ストックが尽きる前になんとか…!!
少しでも暇を潰せるような物をお届け出来たらと思いますのでのんびり待っていただけると幸いです。
追記。誤字報告、暖かい感想、大変励みになります。この場で感謝を。
次回
まだまだ人里編あたりで